この作品には男同士の性行為を描写した部分が存在します。
なので十八歳未満の方は(十八歳以上でも高校生の方も)閲覧を禁じさせていただきます(うっかり迷い込んでしまった男と男の性行為を描写した小説が好きではないという方も非閲覧を推奨します)。



楽しき狩こそ我が悦び
「………なー」
 仏頂面で口を開くアルバーに、ディックも負けず劣らず愛想のない声で答えた。
「なんだ」
「俺ら、いつまでこんなことしてなきゃなんねーわけ?」
「あと四十六時間の辛抱だ」
 何度言わせるんだこいつ、と言いたいのを堪えて言う。ディックの神経も正直かなりささくれだっているのだ。
「四十六時間もこのままこの狭い空間でえんえん歩き続けなきゃなんねーのかよっ!」
「そうだ」
 きっぱり返答。アルバーは鎧を着たままごろーんとその場に寝転びばたばた手足を動かしてぎゃーぎゃーと駄々をこねた。
「やだー! もーやだー! こんな狭いとこ四十六時間もえんえん歩き続けるなんてやだー! そんくらいなら四十六時間戦ってた方がまだマシだー!」
「だから何度も説明しただろう戦闘中は時間が経過しなかったってっ、第一魔物と会うまではえんえん歩くんだぞ同じだろう!」
「だからってずーっとおんなじこんな狭いとこずーっと歩き続けるなんてやってらんねーよー!」
 ぎゃんぎゃん喚きあうアルバーとディックを、ヴォルクは苛々と睨んで息を吐きエアハルトも鬱陶しげな視線を向け、セディシュ一人がいつも通りにきょとんと首を傾げている。それを目の端に認めながら、本当にこいつだけはいつも通りだなぁ……と遠い目になってしまう自分をディックは抑えることができなかった。たとえその精神の強靭さがセディシュの尋常でない生い立ちから来るものだとしても、大したものであることに変わりはない。
 実際、この百×三百mの空間の中でえんえん二十四時間ひたすらうろうろし続けていた時間は、わかってはいたつもりのディックでも、やっぱり死ぬほどげんなりした経験だったのだから。
 冒険者たちの間で『五日間クエスト』と恐れられているクエスト、『冒険者ギルドの試練』。それをディックは、B8Fのとりあえず今行ける場所の探索を終えてからすぐ受けた。
 クエストの受諾の可否は基本的にディックに任されているが、今回の仕事は一部のギルドメンバーから反発を受けた。具体的に言うとセスとスヴェンが。セスは「なんでそんなめんどくさい仕事しなきゃなんないわけ、第一そんな拘束時間長いのに報酬がロリカハマタってふざけないでくれる」と食ってかかり、スヴェンも「わざわざそんな割に合わない仕事を引き受けることはないんじゃないかな」と控えめながらも抗議したのだ。
 要はこの二人はセスが女だから五日間もの間男と一緒にいたらよからぬことが起きるのではと心配なのだろう。たぶん。誰もよからぬ真似をしなかったとしても、女としては男と五日間も同じ空間で生活するのは嫌で当然だ。たとえそれがギルドメンバーの男にばかりちょっかいをかけている野郎どもだとしても。
 実際あいつらはなにを考えているのだろう。普通に考えてホモは嫌じゃないのだろうか。そりゃセディシュはあんまり男男してないし、というか筋肉はそれなりについているけど小さいし、顔も声も体つきも子供っぽいし、笑顔は可愛いと言ってもいいとは思うけれども。でもそれとこれとはまるで別の話のはずだ。確かにディックはセディシュをいっぺん食ったが、だからってホモになりたいとは微塵も思わない。
 なのにあいつらは毎日のようにセディシュを追いかけている。何度かどうしてああもセディシュにちょっかいをかけるのか聞いてみたことがあるのだが、アルバーは「だってあいつされるの嬉しいってんだからヤってやんないとかわいそーだろ」などと抜かし、ヴォルクは顔を真っ赤にして「べ、別にちょっかいをかけているわけではない! ただあいつがしたいというのだからせっかくだからとそのげふげふん」と咳払いに紛らわせ、エアハルトは「別に……ただ、僕は負けるのが嫌いなので」とそれだけ言ってむっつりと黙り込み、スヴェンは「いや、あの、別になにかやましい気持ちがあるわけじゃないんだけどそのなんていうか、あははは」と笑ってごまかした。
 たぶん彼ら自身、ホモになりたいとは思っていないのだろう、とは思う。ただ、恋愛というのは科学的に言えばノルアドレナリンやPEAの分泌だ。性的な快感が理性に影響して恋愛をしているような気分に陥らせることは珍しくもなんともない。
 が、その感情を客観視してブレーキをかける理性も人の中には備わっていてしかるべきだろう。こいつらの中にはたぶんその手の理性がないのだ。というか、気持ちいいからいいやと快楽に流されてしまっているのだ。いい加減な奴らめ、と思うがとりあえず今は仲間の人格改善よりも迷宮探索とセディシュのメンタルケアが急務だ。
 一応ケフトで専門医の診断は受けさせたのだが、特に精神に異常は見られない、ただし発達にいくぶんかの遅れが見られる、と診断された。専門医の診断にケチをつけるつもりはないが、かといってセディシュをこのまま放っておくつもりはまったくない。
 今回のクエストを受けたのは、もちろん一番の理由は達成していないクエストがあるのが気持ち悪い、という理由だったが(エアハルトのレベル上げをしたいという気持ちもあったがそれも半分以上はLV30以上のパラディンが必要なクエストのためだ)、いくぶんかはセディシュのメンタルケアの時間を取りたいという理由もあったのだ。五日間の迷宮探索、当たり前だがずっと戦っているわけにはいかない。休憩時間も長く取ることになるだろう。ならばその時間をセディシュのメンタルケアに使えば効率がいいと思ったのだ。
 そういったことも含め話し合った結果、ディック、セディシュ、アルバー、ヴォルク、エアハルトというメンバーでこのクエストに挑むことに決めた。エアハルトも勇んで賛成し、セスとスヴェンもそれを受け入れ、B8Fへと下りてきたのだが。
 予想はしていたつもりだったのだが、五日間えんえん迷宮の中、というのは相当にきつかった。戦いはさして苦しくはない。そりゃ花びらとかが現れたらレンジャーがいないので苦戦することもあるが、基本的にレベルが高いので、眠らされても全滅する前になんとかなっている。
 が、戦いが楽でも、いつ敵に襲われるかもしれないという状況がえんえんと続くのはやはり精神的にくるものはあるし、それはまぁいつものこととしても、泉の前で寝る間も魔物が出る可能性を考えるとどうしても心の底から安心することはできない。この階層の全体的に薄暗い、彩度と明度の低い緑がよけいに精神を磨耗させる。
 まぁそんな程度ならばいまさらの話だし、五日間くらい耐えきれないことはない。そう思いつつ初日はクエスト関連で必要な弓なりの尾骨と赤玉石を集めようと南の二百×二百mの小部屋を歩き回り、TPが減ったら治癒の泉(ディックも知識として知ってはいた一滴でも飲めばHPもTPも全回復する泉)に戻って休んだ。泉の前の小部屋では敵が出ないので安心して休める。迷宮の中なので眠くはならなかったが、テントを張り、それぞれに毛布を引っかぶって横になる、それだけでも精神的にかなり違うのだ。
 その間にセディシュと向き合って話し合い、少しでもカウンセリングを進めようとすること体感的に二時間。わかってはいたがずれまくったセディシュの精神に砂をかくような徒労感を感じつつ、今日はこの辺にしようと時計を見て驚愕した。
 時計の針が動いていない。休み始めた時と、まるっきり。
 ばかな、と思ったが、脳内の時刻をチェックしてみても変わらない。なんなんだどういうことなんだ、と混乱しつつ実験と検証を繰り返し、知った。
 世界樹の迷宮では、歩かないと時間が過ぎない。
 普通に考えればありえないことだ。それは移動することで時間の流れる速さが変わることはあるが、それは光速に近いほどの速さで移動している場合だし、そもそも移動している間の方が時間はゆっくり進むはずなのだ。なのに座って休んでいる間は時間が過ぎないというのはどう考えてもおかしい。
 おかしいが、何度検証してみてもそうなのだ。地図上で一マス進むごとに二分。三十マスで一時間。早足で歩いてものろのろ歩いても、変わらず三十マスで一時間。それは絶対に変わらない。
 ヴォルクと議論を重ねてみたりもしたが、この状況で役に立つような結論は出てくることはなく。結果、五日間クエストをクリアするには五日間えんえんと迷宮を歩くしかない、ということになった。
 それからもしばらくは敵の出るエリアを歩いて経験値稼ぎに励んだりもしていたのだが、やがて止めた。戦闘が苦しいというのではない。全然ない。だがだからこそというべきか、飽きるのだ。面倒くさくなるのだ。休みなくえんえんひたすらこの狭苦しい感じを受ける迷宮の中で戦い続けるという状況に、精神の方が音を上げた。
 アイテムはもうとうに持てる上限いっぱいまで持っている。手に入っても安いものはどんどこ捨てなければならない。戦っても金銭的には得るものがないというのも辛いし、本来ならそれなりの金になるものをどかどか捨てなければならないというのもストレスが溜まる。物理的に街に戻れないのではなく、戻ろうと思えば今すぐにでも戻れる状況なので、なおさら。
 なので他にどうしようもないので、三日目に入った頃からディックたちは、泉の前の敵の出ない百×三百mの空間をえんえんと歩いているわけだ。現在四日目。あと四十六時間。まる一日以上ひたすらこの狭い空間を歩いていたことになる。
 当然ながら、ひどく疲れている。精神的に。肉体的な疲労は(ディックの推察した通りならば世界樹の迷宮の謎の力によって)感じないですんでいるが、これはもはや拷問だ。
 人間は意義のない行為を繰り返すことに耐えられない。ひたすら穴を掘ってそれを埋めるというのを繰り返させられているようなものだ。肉体的な疲労がないとはいえ、ディックだってこんなのもー嫌だ。やめたいかやめたくないかで言えば間違いなくやめたい。
 だが、やめてしまったらクエストが達成できない。クエストが失敗してしまうのは絶対に嫌だ。それはもうほとんど本能のレベルで拒否感を覚える。
 なので意地と意思を振る動員して必死にメンバーを叱咤し足を進めているのだが、当然ながらメンバーたちはもううんざりしていた。やってらんねーと体全体顔全体で言っていた。アルバーは何度もこうしてもー嫌だと喚きたてる。
 ちくしょー俺だって別に好きでこんなことやってるわけじゃないのに、とどうアルバーに言い返すかと頭を回転させ始めたとたん、セディシュが口を開いた。
「乱交、しない?」
『……………………』
 数秒の沈黙のあと、全員声を揃えてしまった。
『はぁ!?』
「乱交、しない?」
 いつも通りのきょとんとした顔でさらりと言うセディシュ。ディックは思わず顔をぽかーんとさせながら訊ねてしまった。
「乱交って、誰が?」
「みんなで」
「なんで?」
「みんな、苛々してるみたいだから」
「……苛々してたらなんで乱交するんだ?」
「出すもの出したら、すっきりするかな、と思って」
『……………』
 全員顔を見合わせてしまった。そしてそれからすぐさま逸らし、セディシュに顔を向けいっせいに言う。
「冗談言うな! 俺はお前ともうセックスする気はないし、多人数でなんてもっとごめんだ!」
「俺はお前以外の男とエッチなんてしたかねーよ! なんで好き好んで男同士で」
「セディシュ、お前なっ、俺がどういうセックスが好きか知ってるだろうが! そんなものを人前でできるわけないだろうっ!」
「迷宮の中でヤるなんて無茶なこと言い出さないでください、もし他のギルドがここに入ってきたらどうするんですかっ!」
 セディシュはきょとんとした顔をわずかに傾げ、きょとんと答えた。
「そうなの?」
『そうだ(です)っ!』
 セディシュはしばらくきょとんと首を傾げていたが、やがてうなずく。
「わかった」
『……………』
 全員ほっ、と息をついてしまった。アルバーが無言で立ち上がり、隊列の中に戻る。全員無言で隊列を組み直し、無言で歩き始めた。
 全員黙りこくっている。やはりそれだけセディシュのさっきの発言は衝撃が大きかったということだろう。実際あんな人としておかしい発言されて平静でいられる人間はそういまい。
 だいたい苛々してるから乱交ってなんだ、人間の常識としてその発想おかしいだろ、などとぶつぶつ言いながらディックは歩く。アルバーとセディシュのあとに並び、百×三百mの空間をえんえんと。
 歩く。ひたすら歩く。薄暗い森の中を、ひたすらに。歩く。歩く。歩く歩く歩く。
 歩く歩く歩く歩く歩く歩く歩く歩く歩く歩く歩く歩く。歩く歩く歩く歩く歩く歩く歩く歩く歩く歩く歩く―――
「だあぁぁぁっ! やってられっかーっ!」
 またアルバーがごろーんとその場に寝転び喚いた。ディックは思わず神経がイラッとして尖った声で怒鳴ってしまった。
「やってられんのは誰だって一緒だ! しょうがないだろこうしないとクエストは達成できないんだから!」
「だったら別にクエスト達成しなくたっていーじゃんかっ! どーせ報酬の鎧もうフツーに売ってんだろ!?」
「ぐ……っ、それは」
 そうなのだが。でも未達成のクエストがいつまでもあるのは嫌なのだ。嫌なのだったら嫌なのだ。そのことを考えただけでイライラしてきてしまうのだ。だったらしょうがないじゃないか。
 と言いたいがそれは自分だけの都合というか趣味の問題だとわかっているので口にはできない見栄っ張りのディック。
「……実際、馬鹿馬鹿しい苦行ではあるな。クエストを達成する以外の意味などなにもないわけだし。探索は遅れるわ心身ともに疲れるわ、そのくせ得るものはほとんどないのでは意味がない」
「ぐ……」
「レベル上げのためならまだしも、なんの意味もなくこんなところをひたすら歩かされるのは実際勘弁してほしいですよね……」
「む、ぐ……」
 ヴォルクとエアハルトにもぼそぼそと呟かれ、自らの形勢不利を悟りつつもディックは言い返す。
「だがな、それじゃあこの三日間が無駄になるんだぞ。もう半分まできてるんだ。あと二日、もう残り三十九時間だ、歩き続ければ今までの苦労は少なくとも評価はされるんだ。ここでやめたらなんのためにこれまでやってきたのかわからんだろう!?」
「ぐ……それ、は」
 反論の言葉に詰まる、ヴォルクとエアハルトと体を起こしたアルバー。やはりこいつらの中にもこれまでの時間を無駄と思いたくないという気持ちはあるのだ。勢いを得てディックはたたみかける。
「別に休んじゃいけないってわけじゃないんだ、休み休みでも残り……(計算して)117km歩けばそれで終わりなんだ! 将来なにかの理由でこのクエストを達成しなきゃならないってことになったらどうする、またここまで迷宮内に居続ける気力あるか!? だったら気合を入れて、ここで終わらせるしかないだろう!」
『…………』
「そうだよな……一度やり始めたことなんだから、最後までやんねーとな!」
「確かに、クエストを多く達成したギルドに執政院から使命が下されるということもあるかもしれんしな……」
「ここでやめてまたやることになるよりは一度で終えてしまった方がはるかにマシですね……」
 よし! クエスト達成する流れになってきた! と拳を握り締めたところに、セディシュがタイミングよく声をかけた。
「みんな。頑張ろう」
「……よっしゃ! いっちょ頑張るかー!」
「仕方ない、やるしかないか」
「そうですね、ここでやめるよりやり通した方が」
 ……なんとなくセディシュの機嫌をとりたいという気持ちが働いていそうなのは微妙だが、クエストを達成する方向に向かっているのは歓迎すべきことだ。ディックは全員にうなずきを返し、並んでまた歩き始める。
 歩く歩く歩く歩く歩く歩く。歩く歩く歩く歩く歩く歩く歩く歩く。歩く歩く歩く歩く歩く歩く歩く歩く歩く歩く歩く歩く歩く歩く歩く歩く………………
「だあぁあぁぁーっ! もーやだーっ! やってられっかーっ!」
 残り二十七時間にまで迫った頃、アルバーがまた寝転んで喚いた。自身脳の底から湧き上がる苛々を必死に押し殺して歩いていたディックは、思わずカッとして怒鳴りつける。
「また同じ問答を繰り返させるつもりか! やらなきゃならないんだから黙ってやれ、ぎゃんぎゃん喚いたところでどうしようもないだろう!」
 そこにエアハルトが冷たい視線を向けて呟いた。
「ディックさんも充分ぎゃんぎゃん喚いていると思いますけど。リーダーを気取るならそのすぐカッとなるところ直した方がいいんじゃないですか」
「ぐ」
 そのエアハルトに向けヴォルクがふんと嘲るように鼻を鳴らす。
「そういうお前もその厭味ったらしいところを少しは直したらどうだ。オンブズマンを気取ってるつもりなのかもしれんが、お前の子供っぽい声でねちねち嫌味を言われたら苛々する」
「っ、ヴォルクさんに言われたくないんですけど!」
「つかお前ら二人ともねちねちうるせーよ! もーやだっ、やってらんねー! もー俺ぜってー歩かねーからなっ」
「歩かなければ時間が過ぎないんだぞ、子供みたいに駄々をこねるな! ヴォルクもエアハルトもだ、クエスト達成の役に立つことも言えないなら騒ぎ立てずに黙ってるくらいの判断もできないのか!?」
「……なんだと? それならこちらも言わせてもらうがな、お前は自分ひとり理性的な判断を下しているかのような顔をするが、その常に上から目線なところが俺たちを苛つかせるというくらいの判断もできないのか。自分こそすぐぎゃんぎゃん喚くガキのくせに偉そうな顔をするな!」
「なっ……お、お前だってガキだろうが! 他人との交流もろくにできない学者バカのくせにっ」
「なんだと!? 貴様のような自分がこの世で一番賢いと思っているようなうぬぼれ屋に言われたくはない!」
「要するに二人とも自分が頭いいと思ってるバカってことですね。笑わせてくれますよね、今実際にぼろが出まくってるっていうのに」
「お前が言うな! この世間知らずの役立たず小僧!」
「な……っ、僕だって好きで役立たずなわけじゃないって何度言ったらわかるんですかっ、ろくに使ってもくれないくせにっこの横暴うぬぼれギルドマスター!」
「だーもーみんなうるせーっ! もーやだもーやってらんねーつまんねーつまんねーつまんねーよっ!」
「―――みんな」
 びくん、と全員思わず震えてしまった。
 セディシュが静かな顔でこちらを見ている。というか、セディシュのにぎやかな顔なぞ自分は今まで一度も見たことがないが。いつも通りの感情の感じられない、しかも今は背筋を震わせるほど冷たく冴えた表情を浮かべ、じっと自分たちを見つめている。
「な……なん、だ?」
 認めたくないが少しばかり(というか正直に言えばだいぶ)ビビりながらも、いくらなんでもこいつに怯えているところをセディやみんなに見せるわけには、と思いつつやや口元が引きつった笑顔で言うと、セディシュはいつも通りの淡々とした口調で、ごく当たり前のことを言うように言った。
「乱交、しよう」
『……………………』
「だからなんでそーなるーっ!」
 思わず絶叫すると、セディシュは無表情のまま答える。
「みんな、苛々してるから。出すもの出せば、すっきりするかな、って」
「だからなんでそういう発想になるのか教えてくれ!」
「俺は、体の中がうじゃらうじゃらしてる時とか、出すもの出したら、ちょっとすっきりした」
「…………」
 一瞬ディックは黙ってしまった。つまり実体験に基づく判断か。それは確かに説得力があるといえなくもないが。だけどこの状況で口に出すことかそれ、というかその前に。
「なんで乱交なんだ! 出すもの出せばいいんだったら一人でやらせればいいだろう!」
 そこに気付いてまた怒鳴ると、セディシュはきょとんとした顔でいつも通りに軽く首を傾げた。
「一人でヤるより、みんなでヤった方が、気持ちいいと、思う」
「そんなNHK教育番組的な台詞をこういうことに使うな! それならまだ一人ずつ順番にお前とヤった方が」
 NHK教育番組ってなんだとかセディとヤるということを受け容れてどうするとか脳内で突っ込みつつも反射的に口から出た言葉に、セディシュはやはりいつも通りに首を傾げる。
「それならそれでも、いいけど。せっかく、こういう状況だし」
「せ、っかく?」
「普段できないプレイ、した方がいいかな、って。多人数プレイ、久々だし」
「た……」
 思わずあんぐりと口を開けてしまったディックを、セディシュはやはりきょとんと見つめる。ちょっと待て少し待てどこから突っ込めばいいんだ、普通の人間は多人数プレイなんて一生せずに終わるものなんだぞ、少なくとも俺はセックスを誰かに見られるなんて絶対ごめんだ、いやお前は何度もしてるんだろうがていうか本当にどういう経験してきてるんだよこいつ、だからそういう発想を直したいと思って何度もカウンセリングしてるっつーのにどーして全然変わってないんだ! とディックの脳内で言葉はぐるぐる回るがどう言えばセディシュに伝わるのかさっぱりわからず口には出せない。
 と。
「……面白ぇじゃねぇか」
 ぼそり、とアルバーが呟いた。地面から起き上がり、身にまとったアイアンブレストを体に留めたリベットを外し始める。一瞬ぽかんとして、それからさーっと顔から血の気を引かせつつ思わずがっしとアルバーの腕をつかんでしまった。
「待て! 待て待てちょっと待て! なんで脱ぐ! なんで鎧を外す!?」
「決まってんだろ。セディシュとヤるんだよ!」
 きっと顔を上げて堂々と言い放つアルバー。一瞬気圧されてから、ぶるぶると全力で首を振って必死にアルバーに言い聞かせた。
「待て、な、アルバー、落ち着け。お前常識で考えてそれはおかしいだろ? いくらセディシュと何度かヤったからっていっても、こんな人の見てる前で、しかも多人数プレイとか……っ(一瞬想像してしまい気分が悪くなった)、やりたくないだろ?」
「うっせーな。もーどーでもいーよそんなこたー」
 てきぱきとリベットを外し鎧を脱ぎながら、アルバーはさらに堂々と言い放つ。
「俺は今、すっげーセディシュとヤりたい! セディシュもヤりたいっつってる! だったらヤってなにが悪いんだよ。多人数プレイ衆人環視けっこーじゃねーか。すっげーヤりたいってーのに時も場合も選べるか! お前らがじょーしきだなんだって見栄張ってる間に、俺はセディシュといっぱい気持ちいーことしてやんだからな!」
「………………」
 きっぱりと下半身に支配された思考を口に出すアルバーの恥知らずっぷりというかなんというかに、頭がくらくらしてよろめくディック。
「よっし! セディシュー、服脱いだぜー。他の奴らはヤりたくねーみてーだからさ、俺と一緒にいっぱいしよーなー?」
「うん。いっぱい、しよう」
 自分もさっさと鎧を脱いで鎧下も脱いで、いつものやたら露出度の高い普段着になりこっくりうなずくセディシュにアルバーはにかりん、と嬉しそうな笑顔を浮かべて近づき、ぐいっと体を引き寄せてキスをした。
「………っ」
 慌ててディックは後ろを向く。人の情事をのぞき見て楽しむ趣味などディックにはない。が、そんなディックの気遣いなど意にも介さず、二人は盛大に(とりあえずキスを)おっぱじめてしまっていた。
「ん……む、う……は」
「ふ……はぁっ、ん……む、ふ」
 ちゅっ、ちゅ、ちゅばっ、ちゅぶっ。そんな水音がこちらまで聞こえてくる。よっぽど舌を絡めまくってちゅばちゅば唇吸いまくってお互いの唾液まで啜りまくった激しいキスでなければここまで音は立たない。どーしてこいつらは人がすぐそばにいるっつーのにへーぜんと(とりあえず)キスなんてできるんだーっ、と泣きそうになったが当然二人ともそんな心の声に答えはしない。
「ん……うん、ふぅ……」
 セディシュの鼻にかかったような喘ぎ声、そしてぴちゃちゅぶぴちゃ、というさっきとは違った水音。がさり、と草むらを押し分ける音がさっきしたから、たぶんアルバーがセディシュを押し倒して唇で愛撫を加えているのだろう。なにを喘いでいやがる俺とした時にはまぁまぁとか抜かしこいたくせしやがって、と思わずイラッとしてからいやなにを考えている俺! と自分に突っ込みを入れるディック。
 ぷち、ぷち、とボタンを外す音、ばっと服を脱ぐ時の衣擦れの音。セディシュはいつもボタンのない服を着ているから、これはアルバーが自分で脱いでいるのだろう。セディシュに脱がせるほどじっくりセックスを楽しむタイプには見えないし。そこまで考えてからなにを考察している俺ぇ! とまたものた打ち回りそうな気分になりながら突っ込みを入れる。
「な、セディシュ、しゃぶってくれよ」
「うん」
 はぁ!? と思わずディックは叫びそうになった。しゃぶってくれって、そういうことストレートに言うか!? 恥ずかしくないのかお前ら、というかアルバー! なんでそんな普通のことみたいに言う! っていうかだからなんでいちいち会話まで聞いてるんだよ俺!
 ちゅっ、ちゃっ、れーっれーっ、ちゅぶっ。一回亀頭にキスを落としてから竿に舌を這わせそれから口に含んだんだろうなぁ、と思われる音。「ん……」とアルバーが気持ちよさそうな声を上げるのも加えて妙にかあっと頭が熱くなる。いやなにを興奮してるフェラチオぐらい何度もやられてるだろーに! いやいやそこに突っ込むより先にこの状況のおかしさをどうにかすべきだろ! などと多重脳内突っ込みをしつつも体は動かない。
 じゅっ、ぢゅぷっ、ぢゅぶっ、ぢゅっ。激しいと言っていいほどに立つ水音。おそらくセディシュが激しくフェラチオを行っているのだろう。「う……ぁ、んっ……イイ……セディシュ……ふぁっ」とアルバーが半ば陶酔した声で喘いでいるから、相当に気持ちいいに違いない。やはり元肉奴隷、口舌奉仕はお手の物なのだろう、ってだからそういう発想はしたくないんだというのにどーして考える俺ー!
 と、そこまで考えたところで、がちゃ、と鎧のリベットを外す音が聞こえた。
「え……ちょ、エアハルトー!?」
「なんですか」
 仏頂面で答えながらも、がちゃがちゃと手際よくブレストプレートを外していくエアハルト。ディックは動転しわたわたと不恰好に手を動かしながら、必死に言った。
「おい、な、落ち着け、エアハルト。落ち着け。いくらなんでも、それは人としてまずいだろ?」
「僕は落ち着いてます」
「いやだから! お前だって別にた……多人数、プレイとか……したいわけじゃないだろ!?」
「………」
 エアハルトは仏頂面を崩さないまま、軽く肩をすくめてみせた。ディックはその頬がわずかに赤いことに気付いたが、そんなことに気付いてもなんの役にも立たない。
「別に、したいとまでは言いませんけど。してもかまいませんよ。アルバーさんだけいい目を見るなんていうのは普通に考えてずるいと思いませんか?」
「いやだからそういう問題じゃないだろ!?」
「セディシュさん、僕も参加していいですか?」
「んむ、ぅ。俺は、いいよ。アルバーは?」
「えー、まーセディシュがいーっつーならいいけど。けど最初にヤんのは俺だかんな」
「冗談言わないでください。アルバーさんは最初に口でしてもらってるんですから、下の口は俺が最初にもらうのが筋ってものでしょう」
「えーけどさー」
「エアハルト。これ、潤滑油」
「あ、どうも。……じゃあ、そういうことで」
「ちぇっ。セディシュ、エアハルトが終わったら俺だかんなっ」
「うん。ん、む、む」
「うぁっ……セディシュ、そこ、イイ……っ」
 ディックはぼーぜんとその光景を眺めてしまっていた。口腔でアルバーのペニスに奉仕しながら、エアハルトにアヌスを広げられるセディシュ。そのフツーならAVの中にしか存在しないような(AV? AVってなんだ)光景に、現実を認識する脳器官が固まってしまったようだ。
「……いいですか、セディシュさん、挿れますよ……っ」
「ん、う、あ……ぁ……はぁっ、ん、む……」
「ちょ、セディシュ、玉はいいって、あぅ、ヤバ……っ!」
 エアハルトが自身をセディシュに挿入する。セディシュは一度自分とした時と同じような、子供のようなあどけなさすら感じる反応を、おそろしく敏感に返す。そして体を震わせながらも、口をすぼませ前後させ、舐めたりしゃぶったり咥えたり、手を細かく動かしたりしてアルバーに快感を与える。
 ずっ、ずっ。ずちゅっずちゃっぬぶっ。ぬぷっぬぽっじゅるるっ。体を動かすたびに立つ卑猥な水音。アルバーとエアハルトが次第に勢いよく体を動かし、腰をセディシュに打ちつける。それをセディシュはどこか切なげな顔で受け止め、巧みに相手の二人に喘ぎ声を上げさせる。ひとつに繋がった三つの人影は、同じ律動で大きく体を揺らしはじめた。
「あ、く、あぁっ、セディシュ、さ、そんな、締めない、で……っ、あっ」
「うぁ、舌やべーって、だからそこだめっ、あ、あぅっ」
「ん、む、ぅ、ぁ」
 ごくり。唾を飲み込む音が大きく響き、ディックははっと我に返りその音を効いた人間がいないかばばっと周囲を見渡してしまった。自分以外にはヴォルクしかおらず、ヴォルクも食い入るように三人が絡み合う光景を見ていると理解し、思わず安堵の息をついてから、いやだからそういう問題じゃないだろ俺なんで男同士のセックスなんざ見て興奮しなきゃならないんだ! と内心で絶叫する。
 だが目の前の光景に自分が欲情しているのは確かなことだった。上下の口で懸命に男のものを受け入れるセディシュ。それだけでなくいつも元気な顔を切なげに歪めながら口腔奉仕に喘ぐアルバーや、その美少年顔を快感に染めながら拙くも必死に腰を動かすエアハルトまで淫靡だと感じ、体がかぁっと熱くなってきてしまう。息が荒くなり、股間の自身が痛いほど固くなりズボンの前が突っ張ってくるのがわかった。
 なにを見てる目を逸らせこいつらにそんなことはやめろと怒鳴るんだ。理性はそう命ずるが体は動いてくれない。その光景から目が逸らせない。ディック(とヴォルク)に見つめられながら、三人の少年たちは睦み、絡み合いつつ絶頂へと向かっていった。
「あ、ヤベっ、ヤバいって、あっダメッもーダメごめん出るっあっあっあーっ!」
「は、あ、ひ、い、ぁ、あ、すいませ、出ちゃ、あぅっ……!」
「ふ、ぅ、ふ……」
 どくんどぷっどぴゅっ。そんな音が聞こえてきそうなほど激しく体を震わせ、アルバーとエアハルトはほぼ同時に絶頂に達した。途中でアルバーのペニスはセディシュの口内から抜かれ、精液がびしゃっびちゃっ、とセディシュの顔に叩きつけられる。しばし全員荒い息をついてから、出した二人はゆっくりとその場にへたり込んだ(セディシュはたぶんイってない)。
「はー……はー……クソ、口でイっちまった……中出しするつもりだったのによー……」
「ふー……はー……中出しって、避妊具つけないつもりだったんですか」
「そ、そーじゃねーって! ちゃんとつけるよ、でも俺はセディシュの中に挿れながら出すのが一番好きなの!」
「……そうなの?」
「そ、そーだよ。いいだろ、別に。……いいよな?」
 少し不安そうな顔になってアルバーが問うと、セディシュはこっくりとうなずいた。
「うん。俺とのセックス、好きだって思ってくれるの、嬉しい」
「……くそー可愛いこと言うじゃねーかちくしょー!」
 ぐいっと抱きしめて顔にキスをしかけ、アルバーは途中で固まる。
「う……やっぱ顔射すんじゃなかった……自分のせーえきだと思うとなんかチューしにくい……」
「飲ませる方が好きなんですか?」
「うん。一番は中出しだけど。顔射ってなんか汚い感じすんじゃん」
「僕は嫌いじゃありませんけど。なんていうか征服感があるっていうか」
 三人でセックスしたあと素っ裸で普通に卑猥なことを話し合う二人にどう突っ込むか、そもそも突っ込んでいいものか。見ていて興奮してしまった自分が言える筋合いではない気がしてしまい、頭をぐるぐるさせて固まっていると、二人の間でぽすんと地面にあぐらをかいていたセディシュが、いつものようにきょとんと首を傾げた。
「アルバー。お尻、挿れる?」
「あ! 挿れる挿れるっ、ちょっと待ってろ、今復活させっから!」
 慌てたように自身をしごき始めるアルバーに、セディシュはまた首を傾げる。
「無理は、しなくていい」
「いや無理じゃねーよマジだいじょーぶだって!」
「でも、どうせなら、気持ちよくイってほしいから。自然に復活したら、またヤればいい。でしょ? 時間、まだまだ、あるし」
「あ……そーかそーだよなっ、俺がヤりたくなったらいつでも相手してくれんだもんなっ!?」
「うん。いつでも、相手する」
 嬉しげな笑顔になったアルバーに真面目な顔でうなずくセディシュにあああだからお前のそーいうところを直せといつもいつもいつも言ってるのにどーして理解しないんだー! と煩悶したが、当然セディシュにはそんな心の叫びなど気付いた様子もない。
 と、少し考えるように首を傾げてから、セディシュは顔を拭いて立ち上がった。すたすたとヴォルクの方に近づいていく。まさか自分から誘う気か!? とディックはうろたえる。同様にヴォルクも(明らかに三人の交合を欲情に満ちた目で見ていたが)慌てたようで、逃げ場を探すように周囲を見回しながら一歩後ずさった。
 が、セディシュはまったく慌てた様子もなく、素っ裸のままヴォルクに近づいて、背伸びをして何事かヴォルクの耳に囁いた。
「………、………」
「…………!」
 ヴォルクが驚愕の表情になった。セディシュは普段のセディシュに似つかわしくない、にやり、という感じの笑みを浮かべて、また何事かヴォルクに囁く。
 ヴォルクはさーっと顔から血の気を引かせて硬直したが、じっとセディシュが(まったくセディシュには似つかわしくない表情で、なんで突然こんな表情を浮かべたのかさっぱりわからないのだが)高圧的な視線を見下すように投げかけると、ごくり、と唾を飲み込んで震える手でカフタンフラワーを脱ぎ始めた。
 おいおいおい待てこらお前までその気か!? と叫びたい(のに叫べない)ディックに目もくれず、ヴォルクは全裸になった。当然というかなんというか、股間のかなり大きなものはしっかりと天を向いていた。セディシュが小声で何事か囁くと、ヴォルクはびくりと震え、おずおずとその場に横になる。
 セディシュはひどくびくびくしているように見えるヴォルクを見下ろし、ふん、と鼻を鳴らし(こいつこういう動作する奴だったか? とまたも疑問に思う)、そこだけはやたら元気な一物を手にとってあっという間に避妊具をはめ、ぐいっと握って、するりと後孔に導いた。
「う……!」
「………、………」
 セディシュがひょい、と体を倒して何事か囁くたびに、ヴォルクは大きく震えて呻く。その顔がまるで泣きそうに見え、ディックは固まりながらも困惑した。なんでこの状況でそんな顔、ていうかヴォルクがあんな顔をするなんて。
 ずちゃっぬぼっぬぶっ。そんな音を立てながらセディシュは腰を上下させる。ヴォルクは泣きそうな顔で震えながら小さく腰を揺らめかせるくらいしかしていないが、セディシュはそれを巧みに乗りこなしてヴォルクを自在に操っていた。
「……おい、セディシュ」
 いつの間にか近づいてきていたアルバーがぐい、とセディシュの顔を上向けた。セディシュが目をぱちくりさせると、アルバーはセディシュの顔を見下ろしてにやりと笑う。
「なんかヴォルクろくに腰動かしてねーじゃん。そんなんじゃ満足できねーだろ? 俺が気持ちよくしてやっからさ、そろそろ俺に挿れさせてくれよ」
 いやお前だって(少なくともさっきは)ただ勢いよく動かしてただけだろうが、という心の中の突っ込みは当然届かず、欲情に満ちた表情で言うアルバーに、セディシュはいつも通りにきょとんと首を傾げ答えた。
「じゃあ、二本挿しする?」
「………は?」
 ディックもぽかんと口を開けてしまった。二本挿し? ってなんだ、おい。
「俺のお尻に、二本同時におちんちん挿れる?」
「え……て、えぇ!? な、そんな、ちょ、そんな、入るわけ!?」
「頑張れば、入る」
 こっくりとうなずくセディシュにぼーぜんとするアルバー(と自分たち)だったが、アルバーはやがてごくり、と唾を飲み込み、おそるおそるという雰囲気で訊ねた。
「ど……どうすれば、入る、んだ?」
 え、おいこら待てこらちょっと待て、乗るなこいつに、ていうかそんなの普通に考えて無理だろ無理無理いやこいつはやられた経験はあるのか前に言ってた、だがそういうこと以前に人としてやるべきじゃないだろそんなこと! というディックの内心の絶叫にはとーぜん気付かず、セディシュはこっくりとうなずく。
「ちょっと、待ってて」
 セディシュはヴォルクの上でぐるりと体を回転させ(ヴォルクが呻き声を上げた)、ひょい、と背中からヴォルクの体の上に倒れこみ、足を両手で抱え込み大きく広げた。そんなに大きく体を動かしてはペニスが抜けるのでは、と思ったが、抜ける角度を見切っているのかヴォルクのペニスはしっかりとセディシュの後孔に咥え込まれている。
 避妊具をつけたペニスを呑み込み、性器のように生々しく息づく肛門。セディシュのしなやかな足の間、艶やかなピンク色の亀頭をしたペニスとぷりんとした尻の中間でひくひくとうごめく真っ赤なアヌス。大きく足を広げ、足を自分で抱え込んだ、『見てください』とでも言いたげな格好でそれを衆目に晒しながら、セディシュはあどけない、けれど切なげで頼りなげな、以前セックスする時にも見せたような、世界で頼れるのはあなただけ、という顔をアルバーに向けて言った。
「挿れて、くれる……?」
「……っセディシュっ」
 アルバーは喚くように叫んで、大きく屹立した自身のペニスに素早く避妊具を装着し、セディシュの体を抱え込むようにしながら大きく足を開いて腰を落とし、ぐっと前に進めた。思ったより手馴れた動きだったが(考えてみればここ一週間毎日のようにヤってるはずなのだからたとえそれ以前は童貞でもそれなりに手馴れた動きになるはずだ)、当然ながらすでに一本ペニスを咥え込んでいるアヌスにそう簡単に侵入はできない。
 息を荒げながら何度も腰を押し進めるアルバーを、セディシュは切なげな顔で見つめ、ふ、ふ、と何度も息を吐く。後孔を拡げようとしているんだ、とわかった。やがてするり、と手が伸ばされ、アルバーのペニスを軽く握り(アルバーが呻き声を漏らした)、誘うように導いて、ぐいっとアヌスに挿入させる。
『はぁ……!』
 アルバーとヴォルクが同時に呻く。当然だ、いくら経験があるといってもひとつのアヌスに二本もペニスを挿入するのは無理がある。挿れた方のペニスにだって負担がかかるはずだ。
 だがセディシュはは、は、と懸命に息を吐きながら穴を拡げる。巧みに腰を動かしながら。アルバーが「あ、うっ」などと呻きながらも腰を動かし始める。ヴォルクが涙目になりながらも下からセディシュを突き上げ始める。
 と、づかづかづか、とエアハルトが赤い顔で三人のところに歩み寄った。セディシュがきょとんとした顔で視線を向けると、赤い顔のままぶっきらぼうに言う。
「……あなたがあんまりいやらしいことするから、興奮しちゃったんですけど。責任、取ってもらえますか」
 言ってぐい、と思ったより大き目のペニスを突き出す。えええなんだそれ言いがかりじゃないか、とディックは目を見開いたが、セディシュはわずかに首を傾げてからあっさりとうなずいた。
「わかった」
 えぇえ!? なんでそうなる!? と胸倉をつかんでがっくんがっくん揺らしてやりたくなったが、赤い顔でごくりと唾を飲み込むエアハルトに、セディシュはさらりと言い放った。
「俺の顔のところに、またがって」
「こ……こう、ですか?」
「そう。俺が、いっぱい舐めてあげるから」
 ぺろり、と舌を出して唇を舐めるセディシュに、その顔のところにまたがったエアハルトはまたごくりと唾を呑み込んで腰を突き出した。そしてその昂ぶったペニスに、セディシュは荒い息を吐きながらも舌を伸ばしていく。
 むろんその間もアルバーとヴォルクは腰を動かし続けている。ぐじゅっ、ぐぢゅっ、ぐぶっ、ぬぐっ。鈍い音を立てながら、荒い息を吐きながら、自らの快感を追う。
 それはディックには想像したこともないようなセックスだった。二人の男のペニスを同時に後孔で咥え込み、顔のところにまたがり突き出されるペニスを口で奉仕する少年。四人の男の性を持つものが絡み合い、交わり合う。その光景は卑猥で、淫猥で、猥褻で。
 頭が沸騰しそうなほど、興奮させられた。
「くぅっ……すげ、中で、擦れて、あぅっ、イイ、すげー呑み込んでくっ、すっげエロっ、あーイくっイくイくイくイくっ!」
「お、おおっ、おうっ、あぅっ、あうっああっおぁあぅっ」
「はぁっ、イ、イイ、ですっく、ぅ、あ、気持ち、く、イくっ、イきますっ!」
 ぴゅっぷびゅっびゅぐっびゅっどぷっ。全員が同じタイミングで射精し、セディシュの体内に精液を放出する。もちろん後孔に放出したのは避妊具の中に放出したのだろうが、体感的にはそう感じられた。
 全員が荒い息を少しずつ整えて、それぞれがずるりとセディシュの体からペニスを抜く。セディシュはひょい、と体を起こして、ヴォルクの上から下りた。
「はー……すっげーよかった。なんつーか、たまには多人数でヤんのもいいな!」
「ふぅ……そうですね、ちょっと……興奮しました」
「は、ふ……む。まぁ、たまには、悪くはない、かもしれんな」
「セディシュー、お前はどーだった? 気持ちよかった?」
 アルバーの問いに、セディシュは精液を口から手に吐き出しながらうなずく。
「うん」
「そっか! ……っておい、まだ勃ってんじゃん、セディシュ。もしかして、イってねぇの?」
「うん」
「あ……そういえば、セディシュさんの前の方いじってあげるの、忘れてましたね……」
「わ、やべーじゃん。セディシュ、俺やってやろっか?」
「……ん……」
 セディシュは少し考えるように首を傾げ、それから(もういい加減これより上はないだろうと思っていたのに)爆弾発言をかました。
「じゃあ、挿れさせてくれる?」
『……………………………は?』
「じゃあ、挿れさせてくれる?」
 繰り返すセディシュ。全員数秒間沈黙し、それから絶叫した。
「え゛え゛え゛ぇ゛ぇ゛え゛っ!? ちょ、な、ま、それ、な、なんだよそれっ!」
「なに、って?」
「いやなにって! セディシュさん、あの、あなた、挿れたいとか、思って、たんですか……?」
「うん? それほど思ってた、わけじゃないけど。たまには、挿れたくなる」
「い、いやしかしお前は今までそんなこと一言も口に出さなかったじゃないかっ!」
「みんな、挿れられるより挿れる方が好き、みたいだったし。俺、挿れられる方が好きだし。でも、こういう機会なら、いいかなって」
「き、機会って」
「久々に、サンドイッチとか、できるかなって思ったし」
「さ、サンドイッチ?」
「挿れられながら、挿れるっていうの」
「な、なるほど、サンドイッチか……」
「……いや?」
『…………………………』
 いつもと同じ顔できょとんと首を傾げるセディシュに、三人は揃って沈黙してから、言い訳を並べ立て始めた。
「いや、いやっていうか……」
「だ、だってセディシュさんはそんなこと一回も言わなかったじゃないですか……」
「俺は、その、ゲイ的性向はまったくもってないし……」
 男にさんざん突っ込んでおいていう台詞か、とディックの意外と強固だった理性が突っ込みを入れた。
「いやなら、いいけど」
 セディシュはごく素直に引き下がる。揃って全員ほっとした顔をしたが、アルバーがはっと気付いたようにセディシュの股間を指した。
「け、けどセディシュ、イってないじゃん。それどうすんだよ」
「我慢する」
「が、我慢って……そ、そんくらいなら、俺が、手で……」
「どうせなら、セックスしながらイきたいし。手コキも、嫌いじゃないけど、それだけでイくなら溜めておいた方がいい」
「う……そ、そーなのか……我慢するのか……う、うー、うううう゛う゛う゛ーっ」
 アルバーはうーうー唸りながらばりばりばり、と頭を掻いてから、ぎっ、と据わった目でセディシュを睨むように見て怒鳴った。
「い、いいぜ、やってやる! 俺も男だ、突っ込ませてやろうじゃねぇか!」
『………え゛え゛え゛ぇ゛ぇ゛え゛!?』
 エアハルトとヴォルクは揃って絶叫し、明らかにどっ引いた目でアルバーを見た。アルバーはその視線にわずかにたじろぎつつも、セディシュに向かい笑顔でどんと胸を叩く。
「任せろ、セディシュ。俺がどーんとお前受け止めてやっからな!」
「…………」
 セディシュはわずかに首を傾げてから、にこ、と笑った。嬉しげに。そしてこっくりうなずいた。
「うん。ありがとう」
「……へへ」
 照れくさそうにアルバーは笑う――が、その笑顔は三秒後にはひきっ、と引きつった。
「じゃあ、そこに、四つん這いになって」
 どこからともなく右手に潤滑油を用意し、いつもの顔であっさりきっぱり言うセディシュ。アルバーは顔を引きつらせながら、おそるおそる聞いた。
「そ、それってつまり、その、俺の尻を、馴らす……ってこと、だよな?」
「うん」
「……えぇいっ、よっしゃわかった! 男に二言はねぇっ!」
 ぴょい、と飛ぶようにしてその場に四つん這いになり尻を向けるアルバー。その尻の前にセディシュはすとんと膝をついた。
 さわ、とその小さな手がアルバーの腰周りを這う。アルバーがびくん、と体を震わせた。セディシュはそれにかまわず、アルバーの尻を、太腿を、蟻の門渡りを撫で回し、キスを落とす。
「う……う」
「大丈夫。息、ゆっくり吐いて」
「い、息だな、わかった。はー……はー……」
 アルバーの体が弛緩してきたのを見計らい、セディシュは潤滑油をたっぷりと手に取った。どろりとしたゼリーのようなそれを、まず指先で固くすぼまったアルバーの肛門に塗りつける。
「うわ!」
「大丈夫。痛いこと、しないから」
「う、うん……」
 反射的に固まったアルバーの体を撫で回し、キスを落としながらもセディシュの右手は何度もアルバーの肛門を撫でていた。潤滑油を塗りつけ、馴染ませ、なぞり触りマッサージするように揉み解す。
「……っ、う……」
「アルバー。息、つめないで」
「ん、なこといったってっ……」
「大丈夫。俺の手、ちゃんと感じて」
「う……あ、ふ」
 セディシュの言葉にアルバーの体の力が緩み、同時に呼吸がわずかに荒くなっているのに、ああそうか肛門を触られて感じたことを知られたくなかったのか、と気付いた。肛門は男女問わずで性感帯のひとつなのだが、そういうことはたいていの若い男は知るまい。
 ぬぷ。セディシュが小指を挿入させた。「っあっう」とアルバーが小さく呻く。おそらくは初体験者にも感じやすい性感帯を巧みに弄っているのだろう、指を緩やかに抜き差しするごとにびくびくとアルバーは体を揺らした。セディシュの左手が緩やかにペニスをしごいているせいもあるのだろうが。
「んう……な、ぁっ」
「なに?」
「その、チンコ、しごくの、やめてくれよ……なんか、変な、感じする……からっ」
「でも、こうした方が、気持ちいい」
 言いながらセディシュは、中に入っている指を人差し指に変えた。ぬぷ、ぬぷと入り口を出入りする褐色の指。たぶん中では前後左右の性感帯を弄っているに違いない。アルバーがまた呻き声を上げた。
「あぅっ……べつに、気持ちよくなくても……いいからっ」
「なんで?」
「なんで、って……うぁっ……だって、気持ちいいのと、悪いのが、混ざって……なんか、わけ、わかんなくなるっ……」
「うん。最初は、たいてい、みんなそんな感じ」
「さいしょ、はって、うぁ……っ」
「でも、こういう風に、入り口出し入れされるのとか、気持ちいい、でしょ?」
 ぬぷ、ぬぷっ、と小刻みに指を出し入れしながら、セディシュは訊ねる。アルバーは切なげに呻き、喘いだ。
「き、きもち、いい……けどっなんか……ウンコ、出ちまい……そうでっ」
「そのウンチが出そうな感じも、お尻の、気持ちよさ」
「だ、からっ、尻で、気持ちよくとか、なりたくな、あっ……!」
 悲鳴のようにか細い、まるで女のような声がアルバーの喉から漏れた。
「こういう風に、中で、細かく動かしたり、とかもいい」
「あぅ……あっ」
「二本目、挿れるよ。こんな風に、中で、拡げるみたいにする、とかも。自分でも、あとでやってみて」
「な、にい、あ、そこ、し、ごくなって、駄目、マジウンコ出そうっ、ひぁっ」
 相当長い時間をかけて、セディシュはアルバーの後孔を馴らした。少なくとも十分以上は経っていたと思う。もしかしたら三十分くらいいっていたかもしれない、時間の感覚がおぼつかず覚えていない。そのくらいたっぷり時間をかけて、指が三本楽に出し入れできるくらいにまで馴らし、セディシュは指を抜いた。
「じゃ、挿れる」
「う、あ、あ……!」
 ずぷっ。セディシュの腰が、ゆっくりとアルバーの尻に重ね合わされた。
 しばし挿れたまま動きを止めてから、またゆっくりと動き出す。ずるー、ぬろー、と音が立ちそうな緩やかな動き。腰を捏ねるように振りながら、ゆっくりとアルバーの中をかき回し、体を倒して背中にキスを落としながら、左手でゆっくりと性器をしごく。
「うぁ……あ、うぁ……うぅ……!」
「……ふ、う」
 アルバーの声はもはや苦しげというより、喘ぐという感じに近くなっていた。体中を撫で触りながら後孔を貫く、というよりは拡げるように腰を動かすセディシュの顔はいつも通りだったが、ときおり小さく呻くような声を漏らす。
 平均的な成人男性より背が高くがっしりしているアルバーを、年齢よりもだいぶ小さめのサイズをしたセディシュが犯す。その奇妙でアンバランスな光景。ディックの美意識からすれば受け容れられないもののはず――
 なのに目が離せない。
 ゆっくりと腰を動かしながら、セディシュがこちらの方に顔を向けた。
「誰か、俺に、挿れてくれる?」
 一瞬ぽかんとして、それからすぐそうだ元はといえば挿れられながら挿れたい、というセディシュの要望から始まったことだったのだ。
 一瞬の間に激しく交わされる視線を感じ取ったのか、わずかに首を傾げながらセディシュはディックの方を向き言った。
「ディック、挿れてくれる?」
「…………!」
 ディックはびし、と固まった。熱に浮かされたような頭の中に、火を入れられたような気がした。
「なん、で」
「だって、ディック、まだしてない、でしょ? 余力、あると、思って」
「…………」
「……いや?」
 少し困ったような、悲しそうな、切なそうな、言葉で表現するならば『俺のこと、嫌い?』とでもいう感じの、捨てられた子猫のような寄る辺ない表情――
「……………っ!」
 ディックはばっ、とウッドダブレットを脱ぎ捨てた。無言で上着を脱ぎ捨てズボンをずり下ろしながら、ずかずかとセディシュのところに歩み寄る。
 下着を下ろし、ペニスを露出させ、素早く避妊具を着ける。ぐ、とセディシュの腰をつかみ、ぐ、ずぷっ、と挿入した。
「……っ……」
「く……っ」
「うぁ……!」
 ずぶっ、ずちゃっ、ずぢゅっ。同時に二つの場所で立つ卑猥な水音。男同士の、多人数の、体と体を絡め合わせ、舐め、突っ込み、動かし、ひたすらに快感を追う、獣のそれよりはるかに動物的なセックス。
 なのに体がどろどろに溶けそうなほど熱い。
 男に挿れて、その男も男に挿れて、そんなおぞましい光景を見ながら、実際にやりながら、自分は確かに興奮し、欲情し、快感を感じている――
「ぁ……っ、ぁ……!」
「は、くぁ、イ……くっ!」
「あ、ヤバ、いダメ、変だ、ってヤバい、からっ、変、気持ち悪、出そ、うあっ、あぅっで、出る、あぁ、あぁぁー……っ!」
 どくん、どぷっ、どびゅっ。

『五日間クエスト』を無事終えて、ギルドフェイタス≠ヘエトリアの街に戻ってきた。
「いやー、まー今回のクエストっていろいろあったけど最終的には楽しかったよな!」
「む、うむ、まぁ、その、そうだな」
「そうですね、レベルもだいぶ上がりましたし」
 にぎやかにお喋りをしながら歩く仲間たちのあとについて歩きながら、ディックはぼーぜんと宙を見つめていた。
「……死にたい」
 そんな言葉まで口から漏れる。別に本気で死にたいわけではないが、感情としてはそれに近かった。自分の存在を消滅させてしまいたくなるような、猛烈な羞恥心と自己嫌悪。
 あんな。あんな、むちゃくちゃな。おかしいことを、俺が。人として。医者として。セディシュを治そうとしてるのに。なんで、あんな。
 ぶつぶつそんなことを呟きながらのろのろと歩く。俺は、本当にどうしてあんなことをしちまったんだろう。
 自分が信じられない。そんなディックとしては(幸か不幸か)経験したことのなかった状態に、相当に精神的な打撃を受けていた。
 うつむいていた顔をのろのろと上げる。仲間たちに囲まれて話しかけられているセディシュを見る。いつも通りのきょとんとした顔で、あんなことをしておきながら平然とした顔で行動しているセディシュを。
 俺、本当にあいつを治せるんだろうか、などとくよくよ考えていると、ふいにセディシュがこちらを向いた。不意討ちに固まるディックに、セディシュはわずかに首を傾げてから、にこ、と嬉しそうに笑った。
 う、とわずかに気圧されたような気分になりながら、また前を向いて話し始めるセディシュを見つめ、はぁ、とため息をついた。どうしてあんなことをする奴の笑顔を可愛いと思ってしまうのか、自分で自分がわからない。

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