この作品には男同士の性行為を描写した部分が存在します(ごくわずかではありますが)。
なので十八歳未満の方は(十八歳以上でも高校生の方も)閲覧を禁じさせていただきます(うっかり迷い込んでしまった男と男の性行為を描写した小説が好きではないという方も非閲覧を推奨します)。




恋愛禁制

 自室の扉を閉めて、ディックは階下へと降りていった。そろそろスヴェンたちが採集したものを売り飛ばしてこの家へ向かってきていることだろう、朝食の準備をしなければ。まだ夜も明けていないが、食べたらまた直で迷宮探索に出発するのだから朝食としか呼びようがない。
家≠ゥ、とディックは苦笑した。この屋敷はしょせん冒険者ギルドの拠点にしかすぎないというのにそう呼ぶのはディックとしては少しばかり抵抗があった。なにせ迷宮を踏破すればもう使われない期間限定の住居だ。
 だが実際、第二階層を突破してから(実はそれより以前から方々に働きかけて手に入れられるよう画策していたのだが)いい加減いつまでもギルドメンバーを野宿させるのもなんだろうと手を尽くして借りたエトリア郊外にあるこの屋敷は、少しずつ家と呼んでも遜色ないものへと変わっていきつつある。
 数年単位で使われていなかったので掃除は大変だったが、今ではもう上下水道も開通しているし、妙な匂いもしない。広さと部屋数は有り余るほどなので、全員に個室が提供できたし、おかげで自分だけの空間を思うさま作り上げ満喫できるのも嬉しい。
 ギルドメンバーそれぞれが自分の部屋に好きなものを持ち込み、それぞれの巣を心地よく整える。それは実際、悪くはないことだと階段を下りながらディックは思った。
「ディック、おはよう」
 後ろから声がかけられる。ディックは足を止めて振り向き、わずかに眉をひそめた。声をかけてきたのは予想通りセディシュだったが、その格好がだぼだぼのシャツを羽織っただけに見える(パンツも穿いているかどうか定かではない)というのは予想外……というか、あんまり予想したくなかった事実だった。
「セディ、おはよう。ついでに言うがな、自分の部屋以外でそういう格好をするのはよせ」
「そういう、格好って?」
「下着姿とか下着の上に一枚羽織っただけとかだ。ここは共同生活の場なんだからな、プライベートな空間とそうでない場所での服装はしっかり分けろ」
「? でも、アルバーが」
「……アルバーがどうした?」
「『家ん中でいちいちんなかっちり服着る必要ないってお前はシャツ一枚で充分だって、てかシャツ一枚でいろ』って」
「………昨夜はアルバーと寝たのか?」
「うん」
 穢れのない赤ん坊のような顔でこっくりとうなずくセディシュ。だがそんなあどけないセディシュがさっきまで普通の男ならどっ引くようなえげつないぐちょぐちょねとねとのセックスをしてきたことは予想に難くない。ディックはしばし治療の進まなさと人生の無情さを嘆きたくなる頭を押さえ、朝っぱらから甲斐のない説教をするのも嫌だったので話題を変えた。
「今日は十一階の地図を作るつもりでいくからな。たぶん何度か穴に落ちることになると思うから覚悟を決めとけ」
「うん」
「蟻がうじゃうじゃ出るだろうからな。お前よりはヴォルクとアルバーがメインになると思うが」
「わかった。クレイトフ、出る?」
「いや、とりあえず十一階の地図を書き終えるまではこのままでいこうと思ってる。そこからはもう少し積極的にクレイトフを登用しようと思ってるが」
 セディシュがクレイトフがどうこう言うのはクレイトフが安らぎの子守唄をマスターしたので長期戦がぐっと楽になったせいなのだろうが。そういう戦術を当然のように考えられたり自分に質問したりするあたり、セディシュも成長はしているのだろう。端的な言葉をいちいち補ってやれるくらいディックがセディシュに慣れたせいもあるのだろうが。
「おーっす。おはよー」
 ふああ、とあくびをしながらアルバーが上半身裸のまま洗面所の方からやってくる。セックスのあとにさっぱりしようと水浴びでもしていたのだろうと理解はできたが、それでもディックはその文句の付け所の多さに顔をしかめた。
「アルバー、何度も言ってるだろう、そんな格好でうろつくな」
「んー? いーじゃん別に、男同士なんだからさー固いこと言うなって」
「……それに、だ。あくびをするほどぐっすり寝てたのか? これからすぐ迷宮探索に出発するってのに?」
「あー。セディシュん中にたーっぷり気持ちよーくせーえき出したらさー、なーんか眠くなっちまってセディシュ抱いたまんまことっと。気持ちいーセックスのあとって眠くなるよなー、セディシュ?」
「うん? うん」
 セディシュにべたべたと絡みながらにやにやと言うアルバー、いつもながら平然とした顔でときおり首を傾げたりしつつもいちいちそれに答えるセディシュ。思わずため息をつきたくなるのをディックは堪えた。そんな下品なことを堂々と口にするな恥というものを知れ、という説教は暖簾に腕押しにしかならないと何度も試みてわかってはいるが、それでもこいつらは視覚聴覚の両方で公害としか思えない。
 だから屋敷に戻ってから素材を売却しに行って帰ってくるまでのほんのわずかな仮眠用の時間にまでセックスするなっつってんのにこいつらはいちいち寸暇を惜しんでヤりやがって、と良識人として神経がどうしてもささくれ立つが、自分がここのところギルドメンバーたちを(この二人は特に)明け方前から丑三つ時まで睡眠時間を犠牲にしても探索に駆り出しているのも確かなので強くは言えなかった(だって傷は回復の泉で一瞬で全快できるし迷宮にいれば眠くもならないしで無駄に時間を過ごすのは損な気がしてしまうのだ)。
 まぁ四六時中ほぼ迷宮に潜りっぱなしというのは精神的にあまりよろしくないとは理解しているが、ストレス解消ならもう少し別の方法があるだろうに以前にも増してべたべたしやがって。ああまったくイライラする。
 そう思いつつも、ディックは一応現在の状況は最悪というほどではない、と考えていた。少なくとも迷宮の探索は遅滞なく順調に進んでいる。拠点を得たおかげで、とりあえず人様に恥をさらすことはめったになくなっている(部屋の中でどんな行為が行われているか考えると暗澹とした気分にはなるが、声が聞こえないよう各人の部屋を離したりと配慮はしているし、各自洗濯は自分でやることになっているので事後のシーツを洗ったりとかはしなくてすむ)。
 セディシュの治療は遅々として進まないが、それは今に始まったことじゃないし。とりあえず、落ち着くまではこの状態を維持しても悪くはないだろう、とディックはとりあえず考えていた。
 心の下の方に渦巻く奇妙なわだかまりは、気がつかない振りをしている間に忘れてしまったのだから。

 一マス=百m進むごとに左右を確認、隠された道がないか調べてマッピング。そんないつもの作業を何度も何度も繰り返す。
「敵は?」
「まだ大丈夫だ。もしかしたらこの奥に進むまで大丈夫かもな」
 十一階奥でそんな会話をかわす。ディックが魔物の接近を(勘とかそういうレベルではなく)感知できることが理解されたのはいつからだったか、などと思いつつマッピングを続けた。十一階の奥は同じような扉がいくつも並んでいて扉を開けると同じような通路がいくつも続いているという形になっていて(うち二つの扉の奥にはFOE)、さっきはその一番奥にあった落とし穴に落っこちてまたB12F→B11Fの階段からやり直し、ということになったのだ。
 実際この階の落とし穴には辟易していた。まぁ落とし穴というのがまともに出てきたのがこの階が初めてなので当然といえば当然だが、落ちるたびにまた最初の方から探索しなおしになるのでストレスがたまる。扉を開けたら即落とし穴というのまであってマッピングもしにくいし。
 扉を開けたら即イベント、っていうのもあったな。ふいにそんなことを思い出してしまいディックは顔をしかめた。氷の剣士レン。彼女にもらった秘伝の書でブシドーがギルドに入れられるようになったのは確かに嬉しいことではあるのだが。
 正直、不意討ちのようにまた会ったのは嬉しくなかった。実力的に勝る相手に気迫をこめて睨まれるのはあまり面白くないことではあるし、迷宮探索に自分たち以外の人≠介在させるのはよけいなことを考えてしまいストレスがたまる。
 あんな質問を受けるのは、一度だけで充分だ。
『迷宮に挑戦し、己の腕をみがく…その先に君は何を求めている?』
『わかるか、そんなもの』
 ぶっきらぼうにそう答えたディックに、仲間たちは少し驚いたようだった(除くセディシュ)。
 だが実際あの選択肢ではあれしか選べなかったと思うのだ。世界樹の謎なんぞいまさら知りたくもない。最強なんてものを目指すほど脳筋でもない。ただ、自分はそうしなければならないのだ。なんでなのか、わかっているわけではないけれど。
「おい、ディック! マッピング!」
「! っ、ああ、すまん」
「しっかりしてくれよな、ったく」
 新しい一マスに入ってもそのまま歩き続きかけていた。謝罪して素早くマッピングに戻る。FOEや接近してきている魔物がいないのも確認していたが、気が緩みすぎだな、と自省した。
 とりあえずFOEがいない場所から踏破していこうと意見が一致したので、今進んでいる通路は一番奥の通路だ。さっき近道になる隠し通路を見つけたばかり。さっきの道と同じなら次のマスが落とし穴になるところだが。
「さて、たぶん次のマスは落とし穴なわけだが。準備はいいか?」
「うん」
「とーぜん」
「問題はない」
「もー四度目だってのによくないわけないでしょ」
 全員の返事を確認し、うなずいて。ディックは足を進めた。他のパーティメンバーも同じように並んで奥へと進む。全員が一番奥のマスに入った、と思ったとたん、床の底がずぼっと抜け、ディックたちは足から落ちた。
 一瞬の浮遊感ののち、ディックたちは十一階と同じ第三階層の、だがさっきまでとは違う光景の中に立っていた。これまで何度も味わった、下の階への落下だ。
 床が抜けた、と思ったのに周囲には土やら石やらの残滓はない。というか上を見上げてみてもそれこそ天井がどこにあるかわからないほど高くから落ちてきたはずなのに怪我どころか足に痛みもない。しかも次に落とし穴のあった場所にいったら最初の時と同じように普通に床が元通りになっているのだからこれはもう常識としてありえない。
 まぁ毎度お馴染みの世界樹の不思議パワーなんだろう、ということで片付けているが。そもそも全員がマスに入らないと発動しないという辺りからして普通ではないのだ、現在のろくな情報のない状況で理屈を解明しようとしても時間の無駄だろう。
 右下の水晶球を意識を向けて色が一気に青くなったのを確認し、また探索を再開する。もう十二階のこの辺りは完全にマッピングしてあるので普通に歩いて問題ない。
 マップをときおり確認しつつ、普通に考えれば二つ目の通路の奥が当たり≠ネんだろうがやっぱりどうしても全部マッピングしたくなるんだよな、などと考えつつ歩いていると右下の水晶球がみるみる赤くなってきた。
「おい、そろそろ魔物出そうだぞ」
「お、きたか!」
「了解」
「わかった」
 おのおのうなずいて武器を構え警戒態勢で進む。魔物が出現する時の現れ方は理不尽なまでに様々で、一度など宙から降ってきたこともあるが、それでも警戒しているのとしていないのとでは対応速度はやはり違う。
 ディックもジュエルスタッフを構えながら慎重に前に進む。冒険者生活も一ヶ月を越え、杖はもう体の一部のような錯覚を覚えるほど身に馴染んでいる。
 だがそれでもやはり敵が出るだろう時は緊張してしまうのだ。周囲に目配りをしつつゆっくりと次のマスへと進んだ――
 とたん、後ろに気配が生まれて、同時に「ぎゃぁっ!?」と甲高い悲鳴が聞こえた。
 素早く後ろを向いてぎゅっと顔をしかめる。自分たち前衛と後衛の間にガードアントが唐突に出現していた。セスが素早く矢を射掛けているがいかに近距離とはいえ(いやむしろ近距離だからこそ)この辺りの敵を弓の一撃で沈めるのは不可能だ。
 セディシュが素早くラバーウィップを振り下ろす。強靭なその打撃鞭はそれなりのダメージを与えはしたようだが、それでもさすが物理攻撃の効きにくい蟻系モンスターというべきかしぶとく死にはしなかった。アルバーが続いてヴィーキングソードを振り下ろすより早く、ガードアントはがしゅっとセスに噛みつく。
「セスっ!」
 叫びながらアルバーは力を込めてガードアントの表皮を断ち割る。ヴォルクが素早くこちらに視線を送ってくるのにこちらも視線で術式は不要、と返しながら、ディックはだだっとセスとガードアントの間に割り込んで杖を振り下ろした。
 セスもたたっと後方へ飛び退り(こういう現れ方をした魔物も初めてではない)、強烈な勢いの矢を放つ。続いて同様に後衛との間に割り込んだセディシュの鞭の一撃で敵は倒れた。
 ふ、と軽く息をついて、ディックは被害を確認する。
「セス。傷は大丈夫か?」
「……平気。ちょっとかすっただけ。ダメージいつもと変わんない」
「そうか……だが、ちょっとダメージが累積してるからな、治しておこう。傷を出せ」
 キュアもキュアUもエリアキュアも別に傷に薬をかけなくとも体に触れさせたり吸入させたりすれば傷は治るのだが、医者として傷の具合をきちんと確認できないというのは気分が悪いのだ。
「……うん」
 わずかに渋い表情でうつむくセスの前にさりげなく立って体を隠しつつ、ディックはコルクで蓋をした試験管を取り出し精神を集中させた。試験管の中にじゅわっ、という感じで薬が抽出される。一分もしないうちに揮発する薬だが、どんな怪我だろうと一瞬のうちに定量的に治療してくれる優れものだ。体に触れた時に初めてTPを消費するため、無駄打ちになることは心配しなくていい。
 セスを座らせて打撃を与えられたらしい胸上部の鎧のパーツを外そうとするのを手伝っていると、アルバーがふと声をかけてきた。
「なーなー、あのさー、なんでセス治す時だけディックってそんなふーにかくそーとするわけ? 別に男同士なんだから見られてもいーじゃん」
「っ!」
 セスがばっと立ち上がりアルバーを睨む。だがその顔色は青白い。たぶん見抜かれる、ということに対して本能的な恐怖を感じたためなのだろうが、いまさらそんなに意識せんでも、と思いつつさりげなく割って入った。
「あのな、アルバー、傷の治療というものは」
「あんたなんかに関係ないでしょ黙っててよ」
 斬りつけるような口調で言い捨てるセス。いやだからそういうの逆効果、と言う暇もなくアルバーはむっとした顔になった。
「なんだよなんかって。んな言い方ねーだろ」
「うるさいホモ野郎。あんたなんかに僕のことどうこう言われたくないって言ってんの、気持ち悪いから見ないでくれる」
「なっ、誰がホモだよ! ふざけんなっ」
 あーお前の中では毎日のよーにセディシュと繰り広げているアレやソレはホモ行為じゃないんだろーなー、と一瞬遠い目になるディック。
「そーいうこと言うならお前のほーこそホモみてーじゃんっ! 今もわざわざ胸隠したりしてるしさ、女みてーなカッコしてオカマにしか見えねーぞー」
「……………っ!!」
 セスの顔から、ざっ、と音を立てて血の気が引く。
 やばい、と思うより早くセスはアルバーに歩み寄り、ぱぁんっ、といい音を立てて頬を張っていた。アルバーが「いってぇっ!」と声を上げて頬に手を当て痛がる。
「なっにすんだよっ、お前ちょっとオカマとか言われたからって」
「アルバー!」
「なんだよっ……、え」
 ディックが割って入って制するのにアルバーは苛立ちを込めて睨みつけたが、その顔はすぐに固まった。なんだ、と振り向いて思わず顔を手で覆う。
 セスが泣いていた。あの基本常時強気の表情のきつい顔で、ぎっとアルバーを睨みつけながらぼろぼろ涙をこぼしていた。
「あ、の……セス」
「うるさいっ!」
 セスはぎっとアルバーを睨みつけながら怒鳴って、ざっとこちらに背を向けてずかずかと早歩きで歩き始めた。
「おい、待てセス!」
「うるさいうるさいうるさいっ、みんなうるさいっ!」
 だんだんだん、と床を蹴り、だっと走り出す。これは本格的にまずい、とディックも走って止めようとする――が、その足は途中で止まった。
 セスがなぜかこちらから二十mほど離れた場所で足を止めたからだ。というか、セスは全力で走っているように見えるのに、足が空転しているというか、同じところで足踏みしているように見える。
「セス……?」
「うるさいうるさいうるさいーっ! なにこれ、なんで、なんで走れないのっ!?」
 だんだんだんと床を蹴って叫ぶ。ディックは素早く思考を回転させ、これはたぶんまた世界樹の迷宮の謎パワーだろうと見当をつけた。
 セスは本気で全力で走っているように見える。だが自分たちから離れられないというのはたぶん迷宮がまたなにか妙な強制力をかけているのだ。『迷宮内ではパーティメンバーは一定の距離以上離れられない』とかなんとか。精神的な暗示によるものかそれとも、と忙しく思考は動くが今はとりあえずセスだ。
「セス」
「うるさいうるさいうるさいっ! 黙れホモ野郎、話しかけないでよっ!」
 俺にまでホモって、とディックはこっそり傷ついたが、セスはだすだすだす、と床を蹴り髪を掻き毟り大声で怒鳴り叫ぶ。
「やだっ! もうやだっ! なんであたしがこんなとこにいなきゃなんないの!? ホモホモホモ、ホモばっか! 全員頭おかしいんじゃないの!? 男同士でいちゃついたりいやらしいことしたり! 変態、気持ち悪い、みんな死んじゃえばいいっ!」
 興奮状態に陥ってるな、とディックは判断し、とりあえず見守る体制に入ったが、アルバーはごく素直にショックを受けたようだった。おろおろとした顔で両手もおろおろとさまよわせながらセスに近寄る。
「セ、セス……」
「近寄んないでよ腐れホモっ!」
 アルバーは傷ついた顔になったが、素直に足を止めた。そこから必死の表情で呼びかける。
「あのさ、セス、お前、そんなに……その、ホモが嫌いだったのか?」
 セスはぎっと殺意を込めてアルバーを睨んだ。
「大っ嫌いっ!」
「そ、そっか……でもさ、あのさ、俺たちは別にホモってわけじゃ……ただなんつーか、気持ちいいからやってるだけでさ。別に真剣に男とどーこーしたいわけじゃないっつーか」
 いやその台詞逆効果、とディックは心の中で突っ込んだが口には出さなかった。とりあえず迷宮内で別れ別れになるということはなくてすむのだ、とりあえず徹底的に泥を吐かせた方がいい。暴走してもセスの攻撃力なら殺されることはないだろう。サジ矢は移動中は使えないスキルだし。
「あ、もしかしてお前がそーいうのの標的になるって思ってるのか? いやそーいう心配全然いらねーから! 俺ホモじゃねーし! セディシュ以外の男に全然キョーミねーし! お前見ても全然、ちーともそーいう気分にならねーから!」
「……………っ!!!」
 セスはばっと弓を構える。くるか!? とディックは身構えたが、セスはさすがにそこまで暴走することはできなかったようで、弓を構えた腕が震えた、と思ったら顔がくしゃくしゃっと歪み、へたへたっと足が崩れ、わぁっ、と声を上げて大泣きに泣き出した。
「セス……」
 アルバーは困惑気味というか、状況がさっぱりわからないという顔でたたずんでいたが、ディックはそれを放っておいてセスに歩み寄り、片膝をついてぽんぽんと背中を叩き微笑みかける。予想通り、セスはわんわん泣きながらしがみついてきた。それを抱き返してやりながら(ちなみに相当強い力だった)、背中を撫で下ろして落ち着かせてやる。
 ずっと黙っていたヴォルクがはぁ、とため息をつく音が聞こえた気がした。相変わらず切羽詰った状況では役に立たない奴だ。セディシュはこの状況でも特に反応はない。たぶんいつも通りのきょとんとした顔で首を傾げているのだろう。こっちはある意味頼もしいが基本どうなってもまずいと感じないからやっぱりこういう状況では役に立たない。
 そんな中、アルバーは背後でおろおろとセディシュたちに訊ねている。
「な、なぁ、セス泣かしちまったのって、俺のせい……だよな?」
「そう?」
「それ以外の誰のせいだというのだ」
「そ、そうだよな……けど、俺そんなにひどいこと言ったか? 俺がホモじゃなくて、セス見ても全然そーいう気持ちにならないっつっただけだよな……?」
「うん」
「……だからな、お前には根本的な部分で勘違いがあるというか……」
「あ! も、もしかして……(小声になって)セスって、実はホモ……だった、とか?」
「……は?」
「違うと、思うけど」
「い、いや、だってさ! ホモだったら男にそーいう気分にならないって言われたらショックかもじゃん!? 俺ホモじゃねーからわかんねーけどっ」
「いや、だからな、アルバー……」
 うわー凄まじく的外れなこと考えてるなー、と思いつつセスの背中をぽんぽんと叩いていると、ふいにセスがディックの手を振り払って立ち上がり怒鳴った。
「バッカじゃないの、んなわけないでしょっ!?」
「わ! き、聞いてたのかっ、ごめん! で、でもなんでだかマジわかんなくてっ」
「バカ! 死ね! 腐れホモ! あたしが泣いたのはっ、泣くほど悔しかったのはねっ」
 ぎっ、とアルバーを睨みつけながら、またぼろぼろっと涙をこぼして怒鳴る。
「あたしが女だからよっ! この腐れ鈍感男っ!」
 そしてまた床に座り込んで泣きじゃくるので、ディックはまた背中を叩いて慰めてやる。
 どう反応するかな、と待っていると、アルバーは体感時間で数分間沈黙したあとで、言っていることがさっぱりわからない、という声で言った。
「は?」
「わからんのか。だから、セスが女だと言ってるんだ」
「は?」
「だからな……セスは女で、お前が当然のようにセスを男だと思って疑いもしないで、ホモだのオカマだの扱いして、お前には欲情しないときっぱり言い切ったから泣いたんだってことだ」
「………は………?」
 ここらへんでようやく理解が追いついたのか、「え……ええぇ゛ぇ゛ぇ゛え゛!?」と仰天した声が広がった。
「え、だ、だってだって、女って、え!? なんでそんなっ……そ、そりゃ裸見たことあるわけでもねーしなんか声高いなーとは思ってたしやたら細っこいし同じ部屋になったことも一度もねーけど……えぇ!? そっ、それならなんでずっと男だっつってたんだよっ!」
「さぁ……そこまでは知らんが」
「……冒険者の中じゃ女だってあからさまに言っちゃ危険だろうって、兄貴が言って。あたしもそうかもなって思っただけ」
 セスはぼそぼそと、こぼれる涙を拭きながらセスが言うのに、アルバーはおずおずを声にしたような声音で訊ねた。
「え、えーとそれはつまり……貞操を守るため、ってやつ?」
「……思いっきり筋違いだったけどね……あんたらみたいなホモ野郎どもがメンバーだったんだから」
「ホ……だから俺はホモじゃねーっての!」
「俺は≠ニか言うな、俺だってホモっ気は微塵もないっ! セディシュと行為を繰り返しているのはだな、あくまでその急場しのぎというか、他に出会いがないから溜まるものを抜いてもらってるだけというか」
「そ、そーだよ! 俺だってただ気持ちいーからヤらせてもらってただけっつーか」
 だからお前らそーいうのは潔癖な少女には逆効果だとなぜわからん?
「……っ……もう、いい」
 セスはゆらり、とディックの手をすり抜け立ち上がった。ディックも立ち上がりつつ訊ねる。
「もう、いいのか?」
 セスは幽鬼のような目でこちらを睨みつつ(こちらを、というかたぶん背後の男共込みなのだろう)、弓を肩にかけた通常移動モードに戻ってうなずいた。
「もういい。もうあんたらには絶対、一切期待しない。仲間として以上の期待とか関わりとか一切持たないから」
「え……あの」
「さっさと行くわよ。今日中に十一階の地図作るんでしょ、まだ通路二本残ってるわよ」
 そう言ってすたすた歩き出したセスに、まぁ十一階の地図の提出する分は完成したってだいぶ前にメッセージ出てるんだけどな、と思いつつ声をかける。
「待て、セス。前衛に立つのは俺たちだ」
 セスは一瞬きっとこちらを見たが、一瞬でその視線を弱め、うなずいて後ろに下がる。
 その時小さく「ごめん。ありがと」と呟かれたので、なんとなく暖かい気持ちになりつつ「気にしなくていい」と首を振った。実際セディシュのアレっぷりに比べれば思春期少女のちょっとした暴走など可愛らしくて涙が出そうだ。
 アルバーもさすがに悪かったと思ったらしく、「あの……ごめんな、セス……」と珍しく気弱げな声でセスに言ったが、セスはぶっきらぼうな声で「なんのこと?」と返し、それ以上アルバーはなにも言えなくなったようだった。まぁ、乙女心に鈍感な人間にはこのくらい当然の罰だろう。
 その日は十一階の地図を書き終え、十二階の探索をある程度進めた。

 アルバーははぁ、とため息をつきながら家の廊下を歩いていた。
 なんで女だってバレても驚かなかったんだよ、と(セスのいないところで)仲間たちに聞いてみると、そもそも他の仲間たちはセスが女だということを知っていたらしい。ディックとセディシュは最初から女だとなんとなくわかっていて(ディックは『俺は医者だぞ骨格が男か女かぐらい見りゃ分かる』と言いセディシュは『だって、男の感じ、しないから』と言った)、ヴォルクとエアハルトはディックがいつも治療する時体を隠すこととかトイレやら風呂やらでの行動とかを見てディックやら本人やらに確認して知ったのだそうだ。
 俺だけハブかよ、と思うと面白くない気分にはなるが、それはやっぱり自分が鈍感だったせいなのだろうし、いまさらぐだぐだ言う気はない。セスには悪いと思うし、これからはちょっと気を遣わなきゃなんないな、とは思うが。
 だが、それよりも今考えているのは、セディシュとのことだった。
 自分はセスにはこれまで全然欲情しなかった。少しも女だなんて気付かなかった。
 そして今現在セスが女だということを知っても、少しも欲情しない。ヤりたいと思えない。これまでずっと一緒にいて、何度も死線を共に潜り抜けてきた大切な仲間だというのに。
 これって、ヤバくね? とアルバーは思ったのだ。
 アルバーはセディシュと出会うまで童貞だったが、それでも美人に鼻を伸ばしたことは何度もあるし、胸のでかい女を見てヤりてーなー、と思ったことも何度もある。マスをかく時には頭の中で何度もそういう女といろんなことをヤってきた。
 だがそれは積極的に女に声をかけてまでしたいことではなかった。剣術の修行の方がずっと大事だった。俺みてーなガキが声かけても相手にされねーだろーしもっと大人になって向こうから声かけてきてからでいいや、と思っていた。それは単にそういうことをスるまでのあれこれが面倒くさいからだと思っていた、のだが。
 セスが女だと知っても、自分はセスとそういうことをしたいとは微塵も思えなかった。普通の女よりずっと親しい仲間ってもんなのに。そこらの女よりずっと好意を持っている相手なのに。そういうことをできる可能性もそこらの女よりずっと高い相手なのに。
 そのことをなんでだろうとうんうん考えて、なんとなく思ったのだ。今自分がヤりたいと思う相手は、もしかしてただ一人、なんじゃないかなぁ、と。
「……でもなー、それはやっぱ、ちょっとまずいような気が……」
 確かにセディシュは可愛いし、エロいし、うまいし、いい奴だ。大切な仲間だし、同じ前衛として背中を任せられる相棒だとも思っている。だがだからってそいつとしかヤりたくないというのはまるでホモみたいではないか。
「別にホモってわけじゃねーんだし」
 自分はただ、あいつがヤってくれるっていうからせっかくだからヤらせてもらっているだけだ。あいつが大切だから半端なやつにヤられるのは可哀想だと他の奴にヤられるのはできるだけ妨害するし(一度みんな同じくらい好き、と言われてなんか気が抜けてそういう口出しはあまりしなくなりはしたが、それでも面白くないのに変わりはない)、俺とヤりたいと思ってるあいつが俺とできないなんて間違ってると思うから他の奴があいつをヤるのを邪魔できたら嬉しい。それだけなのに。
「……だってのに、あいつってば」
 ほいほい誰にでも懐きやがって、と顔をしかめる。まったくしょうがないったらない。クレイトフにはなんか気を許してないみたいだったのに、この前はまるでクレイトフに惚れてるみたいな素振りまでしやがるし。
「あー……なんか、ヤりてー感じだなー……」
 昨日、というかこの前街に戻ってきた時も(最近なんだか四六時中探索しているような気がするので、日付の感覚はとうにない)ヤったような気はするが、あいつだって俺とヤりたいと思ってるんだ。だったら別にいいだろう。素材を売りに行ったスヴェンが帰ってくるまでに、軽く一発抜いてもらおう。
 うん、とうなずいてすたすたと二階の廊下を歩く――と、声が聞こえた。
「……しない?」
 アルバーはびくっ、と震えた。これは、セディシュの声だ。
 息を殺し足音を忍ばせそろそろと曲がり角の向こうをのぞく。そこにいたのはセディシュとクレイトフだった。セディシュがクレイトフを見上げ、じっと、あのいつも通りのきょとんとした可愛い顔で首を傾げている。
 息を詰めてアルバーが見守る中、クレイトフはわずかに苦笑してセディシュの頭に手を乗せた。
「しないかって、セックスするかってことかな?」
「うん」
 こっくりうなずくセディシュに、アルバーは一瞬呼吸が止まった。
 クレイトフは苦笑しながら、セディシュの頭を優しく撫でつつ訊ねる。
「なんで、そんなことを?」
「クレイトフが、優しくしてくれたから。嬉しいなって、思って。クレイトフのこと、好きだなぁって思って。ちゃんとクレイトフの一生、引き受けたいって、思って。あと、クレイトフがしてくれたら、嬉しいな、って思ったから」
「そっか……」
「……いや?」
 悲しげな顔になって首を傾げるセディシュの頭を、クレイトフは苦笑を崩さないままぽんぽんと叩く。
「嫌じゃないよ。君がそういう風に思ってくれたの、俺は嬉しい」
「……うん」
 ふわ、とセディシュの顔が嬉しそうに緩む。何度も自分を奮い立たせてきた嬉しげな笑み。相手のことが大好きだと思っていることがしっかり伝わってくる顔だ。
 ずきり、と掌に痛みが走る。全力で握りこんだ爪が傷をつけたんだ、とわかるが今はそんなことはどうでもいい。
「でも、俺は君とただしちゃうの、寂しいな」
「? 寂しい、って?」
 笑顔を苦笑より柔らかいものに変えてクレイトフは言い、セディシュは眉を寄せて首を傾げた。クレイトフはさすが吟遊詩人と言いたくなるような、深みのある優しい美声で囁くように言う。
「なんていうかな……セックスしちゃったら、普通の@F達で仲間、って関係にはなれないだろ?」
「? 普通の@F達で仲間、って?」
「セックスしない友達で仲間。セックスとか恋愛とか、そういうの関係ない仲間で友達。そういうこと関係なく、大切だなって思いあえる関係。セックスしちゃったら、そういう関係もう築けないじゃないか」
「……? うん……?」
 セディシュは困惑したように眉を寄せ首を傾げる。その頭をクレイトフは、やはり優しくぽんぽんと叩く。
「すぐにわからなくてもいい。でも、考えてみてくれよ。俺は君のこと好きだし、可愛いなとも思うよ。でも、俺は君とはセックスしない、そういうの関係ない関係でいたいんだ。そういう好き≠烽アの世にはあって、セックスする関係だけが全部じゃない、ってことをね」
「……うん……?」
 セディシュは難しい顔で首を傾げている。クレイトフはくすりと笑い、ひょい、とセディシュを引き寄せて額にキスをした。
「っ……」
「? なんで、キスしたの?」
「君のこと可愛いな、好きだな、可哀想だな、大切にしてやりたいな、って思ったからその印。嫌だったかな?」
「ううん……? 俺、可哀想なの?」
「君が本当にそうなのかどうかは君が決めることだけど……俺は勝手にそういう風に思っちゃったからさ。嫌かな?」
「ううん……」
 しばらくセディシュは眉を寄せて考えていたが、やがてクレイトフを見上げ顔を見つめ、にこ、と笑った。アルバーもこれまでほとんど見たことがない、セディシュの蕩けそうなほど幸せそうで嬉しげな、でも普段とは明らかに違う……なんというか、少し恥じらったような色のあるたまらなく可愛い笑みで。
「なんか、ちょっと嬉しい。なんでなのか、よくわかんないけど」
「そっか」
 クレイトフは笑顔でセディシュの頭をぽんぽんと叩く。セディシュは嬉しげに笑いながらそれを受け、それから少し首を傾げて、そっとクレイトフに近づき囁いた。
「クレイトフ。俺からも、キス、していい?」
「どうぞどうぞ。ただし唇と服の下以外ね」
「うん……? じゃあ、ほっぺ」
「はい、どうぞ」
 クレイトフが身をかがめ、セディシュはそっと体を寄せてちゅ、とクレイトフの頬にキスをする。それからクレイトフの体に抱きつき、くりくりと頭をすりつける。それをクレイトフは優しげな笑顔で受け止め、ぽんぽんと頭を叩いてやっている――
 もう限界だった。アルバーは隠れていた場所から出て、ずかずかと二人に歩み寄る。きょとんとした顔でこちらを振り向くセディシュをぐいっと引っ張ってクレイトフから引き剥がし、笑顔で言った。
「セディシュ。ちょっと付き合えよ」
「うん……? いい、クレイトフ?」
「君がいいなら、もちろん」
 笑顔で言うクレイトフに腹の底が焦げる。なに余裕ぶってやがんだこの野郎。
 セディシュをぐいぐい引っ張って自分の部屋に向かう。セディシュがクレイトフに手を振るのにもまた苛ついた。
 突き飛ばすようにセディシュを部屋の中に放り込み、自分も中に入って鍵をかける。いつも通りのきょとんとした顔でこちらを見るセディシュに、笑顔で言った。
「セディシュ、ヤらせろよ」
「うん……? わかった」
 一瞬首を傾げてから素直にうなずくセディシュ。その一瞬の間と素直さに、また腹の底が焦げた。なんだよそれ、なんでいつも通りすぐうなずかねぇんだよ。そう思いながらもなんでそんないつも通りにうなずくんだよ、と頭のどこかが叫んでいる。俺はそんな風に偉そうにヤらせろって言ったこと、いっぺんもないのに。
「服、どうする?」
「全部脱がなくていい。ケツだけ出して突っ込ませろよ」
「わかった」
 衝動をぶつけるように叩きつけた言葉に、セディシュはあっさりとうなずく。その仕草に腹の底がさらに焦げ、同時に胸から肩にかけてがすっと冷えた。そのくせ心臓の鼓動は痛いくらい早い。なんだそれ、なんだよそれ。まるで俺が悪いことなんて全然言ってねぇみてぇに。
「しゃぶってる間に、穴馴らすのでいい?」
「面倒なこと言うな、さっさと突っ込ませろって」
「うん? でも、馴らさないと、入らない」
 セディシュはあくまで冷静だ。いつも通りだ。それがひどく苛立たしくて、なに言ってんだ俺、と心のどこかが絶叫していたが、頭がかぁっと熱くなり言葉が止められない。
「挿れられないわけじゃねーんだろ? 突っ込ませろよ。それとも俺とヤるのが嫌だってのか?」
 セディシュはまた少し首を傾げて、それから首を振った。
「嫌じゃない。いいよ、突っ込んで」
「……っ……」
 セディシュはとことんいつも通りの顔で、するりとズボンを下げてこちらに尻を向ける。わずかに首を傾げて、ぐいっと尻たぶを広げて後孔をあらわにした。
「挿れて、くれる?」
 わずかに首を傾げて訊ねるあどけないその顔に、がっと体温が上がる。アルバーはズボンを下ろして自身を露出させ、避妊具を装着し、ぐっと腰をつかんで挿入した。
「……っ……」
「ふ、ぅ」
 セディシュが小さく息を漏らす。アルバーは思わず息を詰めた。なんだこれ、痛い。普段と全然違う。普段みたいなねちゃねちゃぐちゅぐちゅって感じが全然しない。動かした時の腰の下が蕩けるような感覚がなくて、乾いたものに突っ込んでるみたいな感じがする。馴らすのってこんなに重要だったのか。
 なのに頭は蒸発しそうなほど熱い。息がどんどん荒くなるのがわかる。ぐいぐいと腰を押し付けてほじるように自身を突っ込んだ。痛い、痛いのに、腰が止まらない。
 セディシュはは、は、と大きく呼吸している。穴を拡げようとしてるんだ、とわかった。セディシュだって苦しいのに、俺の言うことを聞いて、俺のために。
 そう思うと脳が沸騰しそうになり、アルバーは体を倒しぐいっとセディシュの顔をこちらに向けてキスをした。なにやってんだセディシュきっと息苦しいのに、と頭のどこかが思うがどうしても止められない。セディシュの後頭部を支え、何度も角度を変えながらセディシュの唇と交わる。セディシュの口の中を舐め回す。セディシュの息遣いを感じるたびに、背筋がぞくぞくぅっと震えた。
 少なくとも数分はキスを続けてから、アルバーは口を離した。その間も腰を前後させるのは忘れていない。どこか切なげな顔でこちらを見つめるセディシュに、囁く。
「セディシュ。お前、俺のことが好きなんだよな」
 セディシュは一瞬のためらいもなくうなずいた。
「うん」
「俺のことが好きだから、ヤらせてくれるんだよな?」
「……うん?」
 わずかに首を傾げるセディシュに、繰り返す。
「俺のことが好きなんだろ? 好きだからヤらせてくれるんだろ!?」
「……うん……?」
 眉を寄せて首を傾げるセディシュに、かぁっと頭が熱くなった。なんで、すぐにうなずかないんだよ。
「俺のことが好きなんだろ!?」
「うん」
「……だったら、ヤらせてくれるよな?」
「うん」
 セディシュはなんのためらいもなくうなずく。その反応にひどくほっとして満足し、また腰を前後させ始めた。セディシュはどこか切なげには、は、と息を漏らし、自分はその反応に興奮してセディシュの穴をほじる。
 それでも腹の底には肌を一気に冷やすような冷たい不安が淀んでいることをアルバーは知っていたのだが、気付かないふりをした。気付かないふりをしていることさえ、気付かないふりをしながら。

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