錨を上げて
「出発前に、いくつか言っておかなきゃならないことがある」
 冒険者ギルドにギルド名と人員を登録して、とりあえず迷宮に潜る前の会議と称し金鹿の酒場に全員を連れてきて。全員が注文を終えるやディックは宣言した。
「……なに?」
 セディシュがわずかに首を傾げる。ちなみにすでに公衆浴場で風呂に入り、清潔な衣服を買ってやっている。サイズが合う服の中から好きに選ばせたら、なんだか妙に露出度が高い柄の悪い服を選んだのだが、まぁ似合ってるとはいえるだろう。
「まず、提案なんだが。全員でギルドモットーを決めないか?」
『ギルドモットー?』
 数人が声を合わせて返す。ディックは力強くうなずいた。
「ああ、ギルドモットーだ。俺たちはギルドを組むことを決めたが、それぞれに迷宮に潜る目的は違うだろう? それをいちいち聞き出すほど野暮じゃないが、パーティを組んで迷宮に潜る以上行動は合わせなくちゃならない。だからギルドに属する以上これは守ろう、という内部規則を決めておこうと思うんだ。これだけは守ってほしい、という一線があればいさかいがあった時も退くべきところが見定めやすいだろう?」
「へー……いろんなこと考えてんだな、ディックって」
 アルバーが感心したような顔で言う。ヴォルクが仏頂面でうなずいた。
「別に、異存はない。確かに最初にルールを決めておいた方がごたごたは起こりにくいだろうな」
「いい方法だと思います」
 顔を見渡してそれぞれうなずくのを確認してから、ディックはよし、と拳を握り締めて紙とペンを取り出した。
「じゃあ、まず俺の求めるモットーを言うぞ」
「え、俺のって……」
「とりあえずそれぞれがこれは守ってほしい、というラインを言ってから全員で審議した方が効率がいいだろう。まず、その1」
 ディックはさらさらと紙にペンを走らせ、紙を持ち上げ全員に見せた。
「全滅だけは全力で回避。慎重に、しかし大胆に=v
「……なんで全滅だけなわけ?」
「戦闘後に誰か一人でも生き残れれば、アリアドネの糸という脱出用アイテム……執政院の出す試験をクリアしたギルドにしか売ってくれないんだが、で脱出できる。そうすれば死んだ仲間も施薬院で蘇生してもらえるだろう?」
「え、マジっ!? 死んだ奴が生き返れんの!?」
「……その程度のことも知らないのか、お前は。ここの施薬院は迷宮内で死んだ人間に限り驚異的な安値で蘇生させてくれるのだぞ」
「いや割安っつーかさ、普通死んだら生き返れねーだろ!?」
 アルバー以外にも何人か仰天した顔をしている者はいたが、ディックは気付かないふりをして続けた。相手を同意させるにはなによりも自分のペースに巻き込むことが重要だ。
「そこがこの迷宮の不思議な点のひとつでもあるんだが、まぁ詳しくはあとで説明する。次。スキルはみんなで相談して取る=v
「……なに、スキルって?」
「まぁ詳しくはこれもあとで言うが、どういう技術を優先的に取得するかはみんなで相談して決めようってことだ。パーティに必要な技術と取りたい技術の兼ね合いってものがあるだろう? そこらへんをみんなで相談して決めよう、ってこと」
「わからなくは……ないけど」
「次。財布はひとつ、みんな一蓮托生。分ける時は公平、平等に=v
「え……つまり、基本的にどんな金を得てもパーティの共有財産にしようってことですか?」
「そういうことだ。パーティとして得た金に限るけどな、もちろん。まず、パーティとして得た金を共有財産にしておけば、誰かに武器防具を買ったり誰かを生き返らせたりである程度の金が必要な時にいちいち借金をしなくてすむ。心理的に負担が軽くなるし、計算も楽だ。それに、不公平感も少なくなる」
「ふこうへいかん……ってどーいうことだよ?」
「パーティメンバーは固定じゃない。必要に応じてどんどん変わっていく。だから活躍の場が多い人間、少ない人間が出てくるだろう。だけどそれは活躍しない人間が役に立たないってわけじゃない。そいつしかできない仕事、そいつが必要な場ってのがあるんだ。少なくとも現在のメンバーならな。だからいちいち金を分けてあいつは俺より働いてないのにとか俺はもっと働きたいのにとかイライラを募らせるよりも、基本的に財産を共有にして今必要なものだけに金を使い、分ける時は平等に分けた方がすっきりしていていいだろ?」
「ふむ……確かに、そうかもしれんな」
「次。宿屋は余裕がある時、TPを回復させたい時のみ。基本野外でテント生活=v
『……はぁ!?』
 これにはセディシュ以外の全員から驚きの声が上がった。
「ちょ、待てよ、俺ら宿に泊まれねぇわけ!?」
「宿に使う金も節約する気?」
「いくらなんでも野宿基本っていうのは……というか、TPってなんですか?」
「これも詳しくは後述だが……要するに心身ともに全快まで元気にしたい時しか宿屋は使わない、ってことだ。別に金をケチるためだけじゃない、単純に毎日毎日全員で宿屋に泊まってたら財政が破綻するんだ」
「え……どーいうこと?」
「俺はこの街に数日逗留しているが、宿代はむしろ安かったぞ」
「今ならな。いいか、まずこの街では、冒険者ギルドとして執政院に認められた人間には食料が無料で支給される」
「……マジ!?」
「マジだ。その他生活必需品の類はある程度支給されると思っていい。もちろん限界はあるから、厳密には配給制と言った方がいいな。公衆浴場にも無料で入れる。もちろん駆け出しの間は一番安い品物しかもらえないが、とりあえず生きるだけなら野宿できる装備があれば問題ない」
「うわぁ……」
「が、本気で体力その他を回復させたいなら長鳴鶏の宿屋に泊まるしかない。この宿屋はこの街唯一の冒険者専用の宿屋だ。この宿に泊まれば、どれだけ死にそうに怪我を負っていようが心身ともに疲れ果てていようが全快させることができる」
『……はぁ?』
 今度は困惑の声。予測はしていたが、当たっても正直嬉しくはない。ここは確かにたいていの人間が引っかかるところだろう。だが最初に説明だけはしておかないと基本野宿で生きる理由が説明できないのだ。
「意味がわからん」
「常識で考えてそんなことあるわけないでしょ」
「実際に泊まってみればわかる。とりあえず説明しておくと、長鳴鶏の宿屋では回復用の薬も錬金術の触媒もそれぞれの限界に応じて配給されるってことだ。当然それも無料。つまり、長鳴鶏の宿屋は一番効率よく潜った奴らを回復させることができる場所なわけだ。わかるな?」
「あぁ、そういう意味なら納得です」
 実際はそれだけの話ではないのだが、これが一番納得させやすいだろう。少なくとも嘘はついていない。
「が、当然値段も高い」
「……いくらぐらい?」
「駆け出しの間は安い。一人2エン、五人で泊まれば四人分の値段にまけてくれる。最低レベルの部屋になるけどな」
「それなら」
「が、強くなればなるほど値段はうなぎのぼりに上がる。具体的に言うとちょっと強くなれば軽く十倍、最終的には百倍以上」
「う゛」
「そして駆け出しの間はこの宿代が地味にのしかかってくる。世界樹の迷宮で冒険者が糧を得るにはクエスト――なにかの依頼を達成するか倒した魔物の体を掻っ捌いて素材を手に入れて売るか、だがクエストはいつもあるわけじゃないし、素材は第一階層では死ぬほど安い。具体的に言うと今の俺たちが限界まで戦っても100エン稼げるかどうか怪しいくらいだ」
「う゛う゛」
 データが足りなかったので算出方法はけっこういい加減だがこの際別にかまうまい。
「そして先に進むには強い武器防具も購入しなけりゃならない。一番安いナイフで100エン、それよりちょっと強いスクラマサクスで150エン。迷宮の奥の強い素材を売れば強い装備は店に並ぶが当然値段もうなぎのぼりだ。つまり、その日一日なにも怪我をしたり消耗したりしてはいない人間まで宿に泊まったら生活が成り立たないんだ。わかるな?」
「う゛う゛う゛う゛……」
「そういうわけで宿は拠点とする場所じゃなく、あくまで体力その他を回復させるための場所とみなす。長鳴鶏の宿屋には長期間滞在用の客に対するプランなんてないそうだしな。納得してもらえたか?」
『………まぁ………』
 全員面白くなさそうな顔はしているが反論はない。よし、最難関突破、と内心拳を握り締めながらディックは涼しい顔で続けた。
「では、次。プライベートと冒険はきちんと分ける=v
「え、どーいうことどーいうこと?」
「要するに、喧嘩していてもそれを冒険に影響させるようなことはやめようってことだ。冒険は命懸けの仕事だ、喧嘩してるからって前衛が後衛を守らなかったり回復役が回復の手を遅らせたりしたら成り立たないだろ? 公私の別をはっきりつける。一緒に仕事をする以上最低限のルールだが、一応明記しておこうって思ってな」
「確かにそれは必要だな。個人的な好き嫌いを仕事に持ち込まれては困る」
「別に、いいけど……好き嫌いって自分でもどうにもできないもんでしょ。どうしたって影響しちゃうんじゃないの」
「意識的にそうしないようにしようとするだけでもずいぶん違う。要は冒険中は感情じゃなくて理性で動いてくれってことだ。人間やってる以上完全に感情を排せと言われても難しいだろうが、そうしないように意識はしておいてほしい」
「……わかった」
 よし、とゆっくりうなずき、ディックはメンバーを見回した。
「俺からは以上だ。なにか疑問・異論は?」
 そういう言い方をすれば相手が言い出しにくくなるということを計算に入れて言うと、首を傾げたり眉をひそめたりしている奴らもいたが、予測通り反論を口にする人間はいなかった。よろしい、ここまでは予定通りだ。
「よし、じゃあ次は他のみんなの考えるギルドモットーを述べてくれ。別に義務じゃないが、これは守ってほしいってことを言っておいた方が精神衛生上いいぞ」
「むー……」
 それぞれ考え込むような顔を見せる。ディックとしてはこれはひとつには仲間へのサービスというのもあるが、それ以上に必要なイベントだった。最初にこれだけは守ってほしい、という線を全員が引いておけば、のちのち人間関係をはじめとするトラブルは起こりにくくなる。
 しばしの沈思黙考ののち、最初にあ、という顔をして手を上げたのはアルバーだった。
「俺決めた! えっとなー、どんな敵にもひとまず当たる=I」
「……なんか微妙なモットー。僕、たちあんたの戦闘趣味に付き合う義理ないんだけど?」
「そーいうんじゃなくてさ! どんな奴だろうととりあえず戦ってみようってこと。戦ってみなきゃ対策とかどのくらいの強さかとかもわかんないだろ? いっつも戦う気持ちは持ってよーってことだよ!」
「ふむ……確かに妥当な考え方ではあるな。予想外に」
「そうだね。相手の力やらなにやらを知っておかないと対策も立てられないからね」
「まぁ……わからなくはない、けど」
「そーだろー?」
 全員受け容れムードだ。ディックはくそ、内心舌打ちしながら、顔はあくまで落ち着いた表情のままでアルバーに微笑みかけた。
「そうだな、確かに正しい考え方だ。だが、一応注釈をつけておいていいか? 例外というか。あんまりあからさまに強い、一瞬でも戦えば全滅確定なんじゃないかと思われるほどの奴にまで突撃するのは問題があるだろ? そういう相手に挑む時はとりあえず情報収集やらなにやら、対策を完璧にしてからにしたいと思うし」
「むー……そーだなー。それもそーかもな。わかった」
 ほ、と(あくまで内心)ため息をつきつつディックは紙に6.どんな敵にもひとまず当たる(ただしあからさまに強いと思われる敵は別)≠ニ書き記す。これでなんとか三階で全滅することは免れるだろう。
「……うむ。よし、俺も決めたぞ」
「なんだ、ヴォルク?」
「それぞれの目的を尊重する=B全員一律の目的を持っていると思われては困るからな。人には人の都合があるのだ、と全員理解しておくべきだ」
「そうだな。お前はもちろん他人の都合を理解して、状況に柔軟に対応してくれるんだろうしな?」
「と、当然だ」
 全員異論はないようだったので、ディックは7.それぞれの目的を尊重する≠ニ書いた。実際必要な考え方ではある。ヴォルクのような問題児を制する役にも立つだろう。
「はい、僕も決めました。いつも奥に進む心構えを忘れない≠ナ」
「それって当たり前じゃね? エアハルト」
「当たり前のことだからこそきちんと明記しておくべきなんじゃないかなって。探索に行き詰った時とか気力を奮い立たせる源になるかもしれないでしょ?」
「あー、そーかも」
「確かにな。異論は? なし、と」
 さらさらと8.いつも奥に進む心構えを忘れない≠ニ書く。そこにセスが手を上げた。
「僕も、決めた。迷宮に潜るからには金を稼ぐべし=v
「金を稼ぐ……モットーになるのか、それは?」
 眉を寄せるヴォルクをセスはぎっと睨みつけた。
「当然のことでしょ。僕は金を稼ぎにここに来てるの。命を懸けるからにはそれ相応の分け前がほしい。だから金を稼がずに命懸けの探索するなんてごめんなわけ。それに、迷宮の探索には金がいるんでしょ。だったら潜るからには金を稼がないと探索もまともにできないじゃない」
「正論だな。反論のある人間は?」
 顔をしかめている人間はいたが口に出して反論する人間はいない。ディックは9.迷宮に潜るからには金を稼ぐべし≠ニ紙に書いた。
「スヴェンは? なにかあるか?」
 考え深げに指を組んでいるレンジャーにそう訊ねると、スヴェンは「そうだな……」とわずかに首を傾げつつ答えた。
「みんな仲良く、できるだけ喧嘩せず何事も穏便に≠ゥな」
「……小学生か」
「いやでもこういう心構えを持つことは重要だと思うんだよ。冒険していればミスしたりすることもあるだろうけど、お互いに対する労わりの気持ちは常に持っていたいっていうか。持っていないとギルドが空中分解することにもなりかねないだろ?」
「ああ、それは確かに。心構えとして持っているにこしたことはないですね、持っていたからどうなるというものじゃないかもしれませんけど」
「ふむ。じゃあ、書いていいな?」
 何気にずけっときつい台詞を放つエアハルトに肩をすくめつつ、ディックは全員に確認したのち筆を走らせた。10.みんな仲良く、できるだけ喧嘩せず何事も穏便に=B
 それから、席に着いてからずーっとじーっとディックの顔を見つめ続けているセディシュに向き直って言った。
「セディは? あるか?」
 実際にはあると思って聞いたわけではない。単に他の人間との兼ね合いだ。こいつは少なくとも傍目には深く物事を考えるように見えない。ちゃんとした教育も受けてこなかったのだろうし。
 だからセディシュがこっくりとうなずいたのを見て少し驚いた。
「……なんだ? 言ってみろ」
「性病予防はきちんとしよう=v
『…………』
 その冒険者ギルドのモットーとはあまりにかけ離れた言葉に、全員思わず沈黙した。
「……せいびょう、って」
「なんでギルドのモットーにそんなものが出てくる!」
「空気読みましょうよ、これからどう探索をしていくかっていうのを決める場所なんですから」
 口々に言われるが、セディシュは無表情のままじっとそいつらを見返す。その視線には確かな意思があり、見られた人間をたじろがせた。
「……性病予防、大事」
 重々しい口調でそう告げる。どう反論すべきかわからなくなったのだろう、困惑した顔を見合わせるメンバーたちにディックは明るい口調で言った(むろん意識的に)。
「まぁ人によって大事なことはそれぞれ違うからな。性病をきちんと予防して、健康に冒険者生活を送ろうっていうのは間違った考え方じゃないし。とりあえず書いておいてもいいんじゃないか?」
「……別に、いいけど」
「うーん、あんまり大声で言えないモットーになったなぁ……」
 あまり芳しい反応ではなかったが、それでもディックは11.性病予防はきちんとしよう≠ニ書き記した。
 ディックとしても正直冒険者ギルドのモットーにはそぐわないとは思う。だが、こいつ、セディシュにとっては重要なのは確かだと思った。真剣に考えて言ったのだというのもわかる。ならばそれを取り消させるのも少しばかり忍びない、そうついつい思ってしまったのだ。
 なんだかついついこいつには甘くなりがちだな、俺。もう情が移ったのか?
 駄目だ駄目だこんなことでは、と自分を戒め、全員を見渡してディックは次の説明に移った。
「ギルドモットーは無事決まった。では次に、これを見てほしい」
 ディックはばっと七枚の羊皮紙を広げた。ギルドメンバーそれぞれに、それぞれの羊皮紙を差し出す。
「……なに、これ?」
「なんだか、僕の似顔絵と……いろんな数字と文字が並んでますけど」
「アルバー……って書いてあるってことは俺のなんだよな。この似顔絵も俺だよな? へー、俺けっこうカッコいいじゃん」
「この紙に書いてある内容がわからない奴はいるか?」
 そう問うと、平然と、あるいはおずおずと、あるいは元気よくセディシュとアルバーとエアハルトとセスが手を上げた。
「よし、じゃあ説明する。これはSTATUS≠セ。ステータスな。名前の書いてある人間の現在の能力が記してある」
『能力?』
 何人かが声を揃えた。
「そう、能力だ。LVって文字の横の数字がレベル。大体の強さの目安。その横にあるのがその人間のジョブ、クラス。いうなれば職業だな」
「へ? 職業って……ソードマン、って書いてあるじゃん。俺そんな仕事に就いてないぜ? 俺は剣士のつもりだし」
「ソードマン、というのは古代語で剣士という意味だ」
「え、そーなのっ!?」
「まぁ、この紙に書いてある職業はちょっと普通と違うからな。冒険者としてギルドに登録された人間は、九つのクラスのどれかに自動的に分類されるんだ。それまで積んできた経験によってな」
「へ、九つ!? なんで?」
「さぁ。データ管理上の都合じゃないか? で、その職業がソードマン、レンジャー、パラディン、ダークハンター、メディック、アルケミスト、バード、ブシドー、カースメーカーってわけ」
「……それ、分類されてなにか得でもあるの?」
「ある。分類されるとその職業に応じた能力が伸びやすくなるってのもあるが、一番は……」
 くるり、と羊皮紙を裏返してみせる。
「スキルだな」
『スキル?』
「ああ。ここにSKILL POINT≠チて書いてあるだろ? 現在俺たちは3ポイントのスキルポイントを所有している。で、そのポイントを、こっちのCUSTOM@p紙で各種のスキルに割り振る。するとあっという間に職業特有の技術を身につけられるという寸法だ」
「……マジ?」
「嘘でしょ。そんなに簡単にワザ身につけられたら苦労ないじゃない」
 一様に驚きの表情を浮かべるギルドメンバーたちに(セディシュだけはわかってんだかわかってないんだか微妙な表情で首を傾げていたが)、ディックは苦笑する。確かに、無茶な話ではあるのだ。
「確かに嘘みたいな話だが嘘じゃない。世界樹の迷宮に大陸中から冒険者が集まる理由もここにある。迷宮内で敵を倒すことで入るEXP――経験値を貯めることでレベルが上がり能力が上がりスキルポイントが1レベルごとに1ポイント手に入る。そしてそのポイントを自分好みに割り振ることで自分好みの技術を身につけられるわけだ」
「はぁ……めちゃくちゃ都合いいですね。なんでそんなことになってるんですか? すごい不思議な力って感じしますけど、どういう原理なんですか? 迷宮内だけじゃなくて冒険者ギルドに登録しただけでそれがもらえるってことは、もうそういう体制が確立しちゃってるってことですよね」
「さぁな……俺の読んだ資料には『執政院の研究により開発された』くらいのことしか書いてなかったが。ただ原理は解明されてない。特殊な製法で作った羊皮紙に冒険者が名前を書き、ギルドが認印を押せばそういうことになる、と経験則的にわかってるだけだ」
「……詳しいな」
「このくらいはな。……で、ここからが重要なんだが。スキルポイントってのは有限だ」
「有限?」
「ああ。俺たちはどんなに経験を積んでもレベルを70までしか上げられない。つまりスキルポイントってのは基本的に72ポイントしか使えないんだ。つまりスキルを有効的に使用するには、おのずからポイントの効率的な割り振りが必要となる」
「あ! 思い出した、もしかしてそれがさっき言ってた」
「そう、ギルドモットーその2。スキルはみんなで相談して取る、だ。もちろん最終的にはそれぞれの意思が最重要だが、それでもパーティメンバーの都合を考えるのと考えないのでは大きく違うからな」
「ふむふむ……」
「で、さっそくだが。ここでとりあえずどういう風に割り振っていくかを決めたいと思う」
「え、もう?」
「ああ。これから迷宮に潜るんだ、スキルを使った方が効率よく探索ができる。だったらスキルポイントを割り振らないなんて馬鹿馬鹿しいだろ? そしてスキルは1ポイントの割り振りミスが死を招くことにもなりかねない。最初にきちんと計画を立てておかないとな」
「うーん、それはまぁ、確かに……」
「とりあえずそれぞれスキル表を見て計画を立ててみてくれ。俺には一通りのスキル知識があるから疑問質問あったら説明する」
 その言葉に全員スキル表を睨み始める。自分の将来にも影響する話だ、真剣になって当然だろう。
 それを軽く眺め回してから、ディックは自然な調子を装って微笑みつつセスとスヴェンに話しかけた。
「セス、スヴェン。スキルを取る際に少し頼みがあるんだが」
「……頼み?」
「なんだい」
 ここは最重要ポイントのひとつだ。笑顔で、しかし押しは強く。ずいっと体を乗り出しつつ、ディックは告げる。
「お前たちの片方は、採集系に特化してもらいたいんだ」
「……は?」
「採集系って、なんだい」
「スキル表の一番下に書いてある、『伐採』『採取』『採掘』の三つのスキルだ。これは世界樹の迷宮での冒険の財政を事実上一手に支える金稼ぎの必須スキルなんだ」
「……ホント?」
「ああ。迷宮の中にはこの三つのスキルで素材を採集できるポイントがいくつかある。その素材は一日ごとに復活する。つまり毎日そのポイントに行けば無限に金稼ぎができるわけだ」
「それは……ずいぶん豪気な話だね」
「だが、当たり前だが限界はある。一日に手に入れられる素材はスキルのレベルによって量が決まってる。当然ながら高い方がいいわけだ」
「そりゃ、まぁそうだろうけど」
「で、ここでさっきの『スキルポイントは有限』という話に戻る。お前たちのジョブ、レンジャーは唯一採集系スキルを全種習得できる貴重なジョブだが、同時に支援、攻撃についても強敵と当たる時にはほぼ必須、といってもいいほど強力なスキルを有するジョブでもあるんだ」
「へぇ……」
 セスの眼が輝く。そうだろうなと思ってはいたが、こいつの方が上昇志向が強いらしい。
「で、その強力なスキルをすべて取るにはスキルポイントをすべて使ってもまだ足りない。だから中途半端に採集系スキルを取得するより、両方のスペシャリストを作った方がいいだろう?」
「なるほどね……だから二人一組の狩人を探していたわけか」
 スヴェンがわずかに苦笑した。ディックは笑顔で肩をすくめてみせる。その程度ならば別にバレても問題はない(これから否が応でもバレることになるだろうし)。
「なら、僕が攻撃を担当する」
 セスがきっと顔を上げて宣言した。予想通りではあるが、スヴェンはどう反応するか、とちらりと見るとスヴェンとしても予想通りだったらしくまた苦笑して肩をすくめる。
「じゃあ、俺が採集系を担当するよ。ええと、伐採と採取と採掘か……1ポイントずつ割り振ればいいのかな」
「いや、まずは伐採に全振りしてもらいたい。迷宮のB1Fには入ってからすぐ近くに伐採ポイントがあるんだ。序盤の財政はそこから得られる素材を基盤にする。伐採を10にして、それから採取と採掘に少しずつポイントを割り振ってくれ」
 即座にびしっと提言したディックに気圧されたのか、スヴェンはわずかに引きつつも「わかった」とうなずいた。よし! これで序盤の財政破綻は免れる! とディックはこっそり拳を握り締める。
「僕はどれから取ればいい?」
「攻撃系レンジャーはまず最優先でアザーズステップだ。これは自分以外の人間を一番早く行動できるようにするスキルなんだが、雑魚戦でもボス戦でもほぼ必須なスキルといえるだろう」
「一番早く行動……? どうやってそんなことするわけ」
「さぁ、俺もこの目で見たわけじゃないからな。だが有効なのは確かだ。それからHP・TPブーストを様子を見て上げつつ弓マスタリーを10まで上げてサジタリウスの矢を10まで。途中でダブルショットを1取ってもいいがな。それが終わったらダブルショットを10まで上げて、先制ブースト先制ブロックと取っていくのがベストだろう」
 セスは素直にうなずいてまたスキル表とにらめっこを始めた。この口の悪い奴が素直にアドバイスを聞くとは思っていなかったが、案外根は素直なところがあるらしい。
「でーきたっ! 見てくれよー、計画できたぜっ!」
 アルバーがばっと紙をさし上げた。ディックは汚い字でやたら余計な表現を書き連ねてあるその紙に素早く目を通し、思わずわずかに眉をひそめる。
「HPブースト10、ATCブースト10、剣マスタリー10、レイジングエッジ10、トルネード10、ハヤブサ駆け10、斧マスタリー5、ダブルアタック7………」
「やっぱ俺は剣士だからな! やるからには剣を極めねーと!」
 にかっと笑うアルバーに、ディックはこいつは……と思いながらも笑い返してやる。
「その志は立派だな。きちんとスキルの前提条件も見ているし」
「へへっ、だろー?」
「だが、ちょっとばかり効率が悪くはないか?」
「へ……効率?」
 きょとんとした顔をするアルバーに、ディックはずいっと顔を近づけて言う。
「まず、レイジングエッジ。これは単体に使用する技だが、トルネードやハヤブサ駆けと威力が変わらない。つまり、トルネードとハヤブサ駆けを取るならレイジングエッジはいらないんだ」
「え……そ、そうなの?」
「そう。そしてトルネードとハヤブサ駆けを両方取るのにも意味がない。スキルを使う時を考えてみろ。この二つは範囲攻撃技、つまり敵がうじゃうじゃ出てきた時に掃討するために使うわけだ。一度に使える技はひとつだけなんだから、両方取るのは無駄だろう?」
「そ、そうかなぁ」
「そうなんだ。ダブルアタックを7まで上げるのも……まったくの無駄とは言わないが問題がある。ダブルアタックは当然ながら単体にしか有効でないスキルだ。つまり雑魚戦ではあまり主力にはならない。となれば使うのはボス戦となるわけだが、ボス戦でも非常に有効とは言いがたい。ダブルアタックは10まで上げても発動確率は25%に満たないという博打スキル、不利になっても逃げられないボス戦で当てにするには少しばかり心細いだろ? 火力は安定していた方がありがたいからな。あるならあるにこしたことはないが、主力にするのは問題があると俺は思うわけだ。わかるか?」
「う……うーん……い、いまいち」
「そうかならもっと詳しく説明を」
「あ! 俺わかった、すんげーよくわかったからっ! もー説明しなくていいよっ!」
「そうか。じゃ、ついでにひとつ要望を言っておく」
「え、よーぼー?」
「ああ。できればお前にはTPブーストを10まで上げて、各種チェイスを取得しておいてほしい」
「へ? TPブース……あ、これな。チェイス……ってこの味方のなになに攻撃に合わせて、ってやつ? なんで?」
「まず、ソードマンは基本的にTP……技を使用する時に必要になるポイント、まぁ技の集中に必要な精神力みたいなものと考えればいいが、それが低い。TPブーストで底上げしてやらないとすぐガス欠になってしまう。そして各種チェイス。迷宮の中には物理攻撃にめっぽう強く、属性攻撃……火炎、氷結、雷のうちどれかに弱いという魔物がけっこういるらしいんだ」
「え……そーなんだ?」
「そう。各種チェイスはいわばアルケミストの術式に対する強力な追加攻撃だ。属性攻撃ならば術式に限らず発動するらしいがな。そしてそれは全体術式についても変わりがない。つまりアルケミストの全体術式では敵を倒しきれない時に雑魚をほぼ100%殲滅する手段なわけだ。おまけに単体攻撃としても充分に強力。取っておくにこしたことはないだろ?」
「う……まぁ、そー、かも」
「そうだ。最低でも全種1ずつは取っておいてくれ。あと、ハヤブサ駆けとトルネード、どちらを取るかは好みだが……技の性能でいえばハヤブサ駆けが圧倒してるけど、トルネードだとSP……スキルポイントに圧倒的な余裕が出るから他の技を伸ばしやすいぞ。斧マスタリーに振った5ポイントが無駄にならなくてすむしな。よく考えて決めてくれ」
 うううう、と頭がぷすんぷすんいいそうなほど混迷した顔でアルバーはスキル表を見た。言うべきことは言っておいた。あとは出したプランを軽く修正してやればすむだろう。実際こいつは扱いやすくていい。
「ディックさん、僕のはどうですか?」
 エアハルトが真剣な顔でスキル表を出してくる。どうやら流れ的にディックが監修者という位置づけを受け容れたらしい。たいへんけっこう。
「どれ。……ふむ、HPブースト10、TPブースト10、DEFブースト10、盾マスタリー10……フロントガード3バックガード3防御陣形10渾身ディフェンス5シールドスマイト10オートガード1、か……悪くないな」
「そうですか」
 あからさまにほっとした顔をするエアハルト。そこにディックは笑顔で釘を打ち込んだ。
「属性防御を考えに入れなければ、だがな」
「え……もしかして属性ガードのことですか? でもそんな使いどころの限られるスキルを取るより汎用性のあるシールドスマイトの方が」
「パラディンの本領は属性ガードにある。他のスキルは他の職業のスキルで代用はできるが属性ガードはパラディンにしかできないんだ、ぜひとも5まで取っておいてほしい。5までだぞ、6以上はいらない。今すぐではなくてもいいが」
「……はぁ」
「ついでに言っておくとここから削るならシールドスマイトよりも防御陣形の方がいい。『味方全員の防御力上昇』というところは同じで、効果がこれより上なスキルがメディックにあるんだ」
「え……えぇ!? だ、だってパラディンって防御のスペシャリストなんじゃないんですか!? そんなようなことが説明には書いてあったのに」
「確かにな。だが事実は事実、曲げようがない。取りたいというなら止めることはできないが、使いどころないと思うぞ。回復役は必須だから俺は基本的に毎回潜るだろうし、最優先でその防御スキルを習得するつもりだ。さらに迷宮内では味方にかける強化は三つまでと決まってる、同じ種類の強化を二つかけても効果は薄いだろ?」
「うー……」
「そういうわけで属性ガードを考えに入れて、もう一度練り直してみてくれ」
 実際パラディン(=属性ガード)が絶対必要になるのは冒険の終盤だ、とディックは知っているのだが、それを今ここで言う必要はあるまい。エアハルトは情けない顔をしながらスキル表を見直し始めた。
「俺もできた」
 仏頂面でヴォルクが計画表を突き出す。さすがに研究職だけあって読みやすい字だが、字の尻がわずかに揺れている辺りに緊張が見える。こめかみもわずかに震えていたりするし。
「どれどれ……TPブースト10、炎マスタリー10、博識10、TPリカバリー10、火の術式10、火炎の術式10、大爆炎の術式10、千里眼の術式1、帰還の術式1……と。潔いな」
 にっこり微笑みかけてやると、ふん、とヴォルクは高飛車に鼻を鳴らした。
「俺の専門は火の元素の操作だ。他の術式を取ったところで実用に堪えるとは思えん」
「なるほど。だがヴォルク、お前は少し勘違いしてるぞ」
「なんだと?」
 きっとこちらを睨みつけてくるヴォルク。だがディックはやたら瞬きが早くなったり肩が震えたりといった動揺のサインを読み取っていたので、涼しい笑顔できっぱり告げてやる。
「世界樹の迷宮で取得するスキルにはそれまでの人生は関係ないんだ。あくまでスキルポイントの割り振りですべてが決まる。必要なスキルを取得して、術式にポイントを割り振れば、術式の起動もろくにしたことがないひよっこ錬金術師でも戦闘の一挙動程度の時間で術式が起動できる」
「な、そんな馬鹿な」
「まぁ確かに馬鹿な話だが、本当かどうかはお前が実際に迷宮に潜って確かめてみればいいさ。どんなに当たり前のように思われている話でも論理的に穴があれば疑うし、どんなに疑わしい話でもあらゆる角度から検証し間違いないと思われたら事実として認める。それが科学的な態度というものだし、な?」
「む……うむ」
 唸るヴォルクに、にっこり笑顔で畳み掛けた。
「というわけで、ヴォルク、お前にはスキルポイントの割り振りではあくまで迷宮探索に必要なものを取っていってほしいんだ。そりゃお前の専門からは外れるかもしれないが、お前の生涯を賭けた探求をこんな簡単なポイントの割り振りで済ませられるわけないんだから、スキルとして取得する必要はないだろう?」
「む……それは、そうだが」
「まずヴォルク、お前には全体術式のスペシャリストになってもらいたい。最終的にはすべての全体術式を10にしてもらいたいんだ」
「な……そんなことができるのか?」
「ああ、TPブースト10、炎マス氷マス雷マス5、博識10、単体術式1ずつ、全体術式すべて10。ここまでで68ポイントだろ? 残りはリカバリーに1、千里眼に1、帰還に1で残り1ポイントは好きなところに使えばいい」
「む……う」
「アルケミストの本領は相手の弱点を突いた属性攻撃にある。つまりひとつの属性に偏らずすべての属性を使えるのが理想なんだ、違う属性を弱点に持つ敵が出てきても対応できるようにな。そして単体の敵に対しても強力だが雑魚の殲滅能力においてアルケミストに勝る人材はいない。ならばパーティとして潜る以上、その能力を伸ばすべきだろう?」
「むう……」
「単体に対する攻撃力は全体術式でもある程度はカバーできる。それに他の戦闘ジョブはたいてい単体攻撃の方が得意だしな。お前にはお前にしかできない技を磨いてほしいんだ。納得してもらえたか?」
「………わかった」
 反論が思いつかなかったのだろう、難しい顔をしつつもこっくりうなずくヴォルクににっこり笑ってやる。よし、これで全員陥落完了。
「しっかし……よくお前そこまでいろいろ知ってんなー。どっからそんなこと知ったわけ?」
「まぁ、そこはいろいろとな。調べる方法はいくつもあるさ」
「……で、ディックさんはどういうスキルを取るんですか。もちろんもう完璧なスキルの割り振り計画ができてるんでしょうね?」
 エアハルトの言葉にはいくらか棘があったが、ディックはむしろにやりと笑いさえしてスキル表を広げてやった。
「当然だ。まず回復マスタリーを2まで取ってキュアを1。そこからまずは回マスを3まで上げてキュアを3まで、エリアキュアの前提条件を満たす。そこからエリアキュアを3だけ上げて、医術防御を一気に10までだ。医術防御は全ジョブの中でも有数の必須スキルだからな。そこからはHP・TPブーストを伸ばしつつ回復マスタリーを上げ、まずリザレクション、それからリフレッシュを8まで。それと前後してHPとTPのブースト、回復マスタリーを10にして、それから」
「わかりましたもういいです」
 揃って首を振られディックは肩をすくめてスキル表を引っ込めた。内心ではにやにや笑っている。あの程度の皮肉で自分をへこませられると思っているのなら考えが甘すぎだ。伊達に八年もスキップして医師免許を取得したわけではない、妬み嫉みを跳ね返す方法は嫌というほど学んでいるのだ。
 と、くいくい、と袖を引っ張られた。
「ん……セディ? なんだ」
 セディシュはじっとディックを見つめ、わずかに小首を傾げながら聞いてきた。
「俺は?」
「え?」
「俺は、どう取ればいい?」
「あ……」
 そうだ、こいつがいたんだった。
 別に存在を忘れていたわけではない。ただディックの方針ではダークハンターは必ずしも必要ではないジョブだったので、自然と思考の外におかれてしまったのだ。
 いかんいかん、と首を振りながらセディシュと同じ側に立ってスキル表をのぞきこむ。ダークハンターのスキルについてもまったく研究していないというわけではない。
「えっとだな、まずダークハンターってジョブは鞭使いか剣使いかどちらかを選ぶ必要があるんだが……どっちがいい?」
 セディシュはきょとん、とまた小首を傾げ、数十秒ディックの顔を凝視してから、ぽつんと答えた。
「鞭」
「そ……うか、鞭か。鞭ならまずボンテージ系だな、ヘッドボンテージレッグボンテージアームボンテージ。とりあえずはこの三種の取得を目指すといい。HPやATCのブーストを上げつつな。で、取得したらどれか一種のボンテージを10まで上げる。ボンテージ系スキルは相手のスキルを封じつつダメージを与えられるというのがおいしいところだから、どれかひとつに特化してまずダメージ源としての性能を上げるんだ。個人的にはアームボンテージがお勧めだな。それが終わったらエクスタシーやジエンドを取ってもいいし、他のボンテージを上げてもいい。だがそれよりもHPとATCのブーストを上げるべきだと思うけどな……」
 語っている間もずーっとセディシュはディックの顔を見つめ続けている。その赤ん坊のような、純真というかあどけないというかなきらきら光る瞳で、じーっと。
 途中でなんだか体がむずむずしてきて、耐えきれず訊ねた。
「セディ。俺の言うことわかってるか?」
 セディシュはまたじーっとディックを見つめて、うなずいた。
「わかってる」
「……そうか。わかってるなら、いいけど」
 ああもうこいつ調子狂うな本気で、と思いつつディックはあるいは興味深げに、あるいは面白がるように自分たちのやり取りを見つめていた仲間たちに向き直った。
「よし、それじゃあ最初のポイントを割り振ったら、各種施設を回ったあと……」
「あと?」
 にやり、と笑って全員待っていたであろう一言を言い放つ。
「さっそく迷宮だ。これまでの講義が懐かしくなるほど、実戦を楽しめるぞ」
 その言葉に全員小さく息を呑み、それから思い思いのやり方で歓声を上げた。

戻る   次へ
世界樹の迷宮 topへ