この作品には男同士の性行為を描写した部分が存在します。
なので十八歳未満の方は(十八歳以上でも高校生の方も)閲覧を禁じさせていただきます(うっかり迷い込んでしまった男と男の性行為を描写した小説が好きではないという方も非閲覧を推奨します)。
それと、一部下品な描写もありますのでそういうものにまるっきり耐性がないという方もやめておいた方がよろしいかと。




浄夜

「おそらく、だが。俺たちはゲームの中の存在だ」
 ディックの言葉に、ギルドメンバーたちの中にわずかにざわめきが走った。
「DSというゲームシステムの中で動いている『世界樹の迷宮』というゲーム。俺たちはその中でのみ存在し、生を許されている。というか、そもそもがそのゲームのためだけに創られた存在なんだ。周りに存在する、人や店や、エトリアや俺たちが知覚している世界そのものすらそうだ。……こんな事実を推測できる知性が、この世界を創った人間に与えられたものか、なにかの事故で与えられたのかは知らんがな」
『…………』
「おそらくはB30Fの最後の部分に存在する敵、フォレスト・セルを倒し、図鑑を完成させることでゲームは終わる。クリア≠ノなる。その結果俺たちの存在がどうなるかはわからんが、エトリアそのものの存在が存続できるか怪しい今の状態では消滅する可能性もかなりに高い。だが、俺は明日フォレスト・セルに挑みたいと思う。質問や意見のある人間は、どんどん挙手して発言してくれ。ここで発言しなけりゃ消滅しちまうかもしれないんだ、頼むから、遠慮なく、な」
 真っ先にすい、と手を上げたのはヴォルクだった。
「そういった推測をする根拠はなんだ」
「俺の脳内にこれまで何度も流れ込んできたデータと映像だ。こう考えるとこれまでの諸々の異常な出来事に説明がつくし、なにより世界樹を背景にして浮かび上がった『世界樹の迷宮』という文字、New Game≠セのLoad Game≠セのいう文字。そういった文字を考えに入れた場合、俺たちがゲームの駒として存在していると考えるのが一番妥当に思えた」
「…………」
「俺たちの思考のパラダイムそのものが明らかにこの世界から浮き上がっているのもそう考える理由のひとつだ。この世界に存在しないものについての言語を普通に使用しているし、それがおかしいことだとすら思っていない。つまり、この世界とはなにもかもが異なる世界の存在が、この世界で動かす駒として俺たちを創り出したと考えて間違いない、と俺は思った」
「……それだけか?」
「それに加えて、俺の脳内に流れ込んでくるデータと言葉だ。俺は迷宮内のデータを調べようと思えば、ほぼどんなことでも調べることができる。敵の攻撃力、防御力、なにが弱点か、HPや経験値にドロップアイテムとその条件までな。そんなデータは、改めて考えてみればあまりにゲーム的だ」
「…………」
「そして、言葉。俺は一度プレイヤー=c…俺たちを使ってゲームをプレイしているプレイヤーらしき存在の声を聞いたことがある」
「本当か!」
 ざわっ、とざわめく仲間たちに、ディックは静かにうなずく。
「ああ。ひどく雑駁とした、俺たちの存在と行動を何度でもやり直しの利く駒のものだと当然のように認識している声だった。それが本当に俺たちを操っているかは確信が持てたわけじゃないんだが、確かに人間の声だと認識はできた」
「………ふ、む」
 眉根を寄せ、ヴォルクは口を閉じる。静かになった居間の中で、アルバーがす、と手を上げる。
「お前は、クリアしたら俺たちが消滅しちまうかもしれねーってのに、ゲームをクリアしようっつーんだな?」
「ああ」
「なんでだよ」
 静かな声だった。初めて会った頃はこいつがこんな声を出すなんて思ってもいなかったな、と一瞬おかしくなる。あれはもうどのくらい前のことだったか。もはや記憶のある限り昔から、ずっとこいつらと一緒に戦っている気がする。――そしてそれはたぶん事実なのだ。
「他に選択の余地がないからさ。お前たちもこの街が、この世界がもはや崩壊寸前なのは気づいてるだろう。人間も、街も、街の外に見える世界も存在が壊れ始めている。ゲームシステムに異常があったのか、そもそもそういう風にできているゲームなのかは知らんが、クリアしなければ早晩、俺たちは世界と心中することになる」
「…………」
「そして、俺はこの推測にそれなりの自信を持っているが、それでもしょせん推測は推測だ。実地検証してみたわけでもなんでもない。だから実際にはまったくの大外れという可能性も捨てきれない。だったら世界の崩壊の前にやれることはすべてやっておくべきだろう。フォレスト・セルを倒して図鑑を完成させることが、世界を救うことになるという可能性もゼロじゃない」
 アルバーは少し考えるように目を閉じたが、すぐに開けてにやっ、と笑った。
「そっか。つまり、やけっぱちになってんじゃなくて、生き延びるのにやれること全部やってみる、ってことだよな?」
「……そういうこと、だな」
「いいぜ。乗った。クリアしてやろうじゃんこのゲーム。俺はフォレスト・セルっつーのぶっ倒すの、賛成するぜ」
 ざわ、と居間がまたざわめく。ふ、とディックは息を吐き、改めてギルドメンバーたちを見回した。
「感謝する。……他のみんなは、どうだ」
 ふむ、と鼻を鳴らしてから、ヴォルクが告げる。
「俺としては、検証していない推測を信じる気にはなれんからな。現状を打破するためにやれることをすべてやってみるのは当然のことだろう。賛成する」
 レヴェジンニが静かに立ち上がってから、それに続く。
「私、も。私は、知り、たい。この世界の、こと。この世界が、なぜ、在るのか。なぜ、私たちは、在るのか。そのために、必要なら、消滅の危険を冒しても、いい。その価値は、ある、と思う、わ」
 クレイトフがにやりと笑んで、ぽろりんとエンジェルハープをかき鳴らしてみせながら言う。
「俺も俺も〜。俺はもともと、世界樹の迷宮制覇したギルドのサーガ創るためにこのギルドに入ったわけだしね。終わりのないサーガなんてサーガとは呼べないし〜」
「世界が崩壊したらサーガを聞いてくれる相手もいなくなるぞ」
「世界が崩壊しようがどうしようが、俺は死ぬまで吟遊詩人として生きたいんでね。生きてる限りはなんかやんなきゃなんない、そんでなんかやんなら中途半端でやめんのとかフツーに駄目だろ?」
「……まぁ、な」
 そこに即座にアキホが追いかけるように続ける。
「拙者も、同じです。拙者はいまだ道のとば口にも立たぬ未熟者。経験はそれなりに積めましたが、やはりみなさんに手助けしていただきようやく、という程度。ゆえに生に未練は尽きませんが、ならばこそ死するまで、道を突き進まぬわけには参りません。それに、皆様に少しでも、ご恩をお返ししたいですし」
 それからしばらく間を置いてから、エアハルトが考え深げに手を組み合わせながら述べる。
「僕は……正直、まだ死ぬのは嫌です。まだやり残したことが山ほどある。たとえ僕が創られた存在だとしても、僕は生き続けたいしやりたいことをやり続けたい。だから、消滅するかもしれないと聞かされたのに、敵を倒すのに素直に賛成はできません」
「………そうか」
「でも、このままでは世界ごと僕たちも消滅してしまう、という言葉にも確かに説得力を感じます。だったら生き延びられる可能性のあることは全部試してみるべきだ、とも思います。……それに、ここまで一緒にやってきたのに、最後だけ仲間外れというのはやっぱり面白くないですからね。僕も、ディックさんの作戦に加えさせてもらいますよ」
「……ああ。頼む」
 少し照れたように笑うエアハルトに(こいつのこんな顔はもしかしたら初めて見たかもしれない、とちらりと思った)、ディックは力を込めてうなずいた。
 ……が、そのあとがなかなか続かなかった。全員の視線がセシアとスヴェンに向けられるが、セシアは顔をうつむけたまま返事をしない。スヴェンは困ったように微笑んで、中腰になって座っているセシアと視線を合わせ、訊ねる。
「どうする、セシア?」
「……兄貴はどうすんの」
「俺はお前と一緒にいるよ。家に戻ってきた時に誓っただろう。これからは、俺がお前を守るって。少なくとも、嫁に行く時まではってな」
「…………」
「だから、俺はお前がここから逃げ出しても、ディックたちと一緒に戦っても、他のどんな道を選んでもお前と一緒にいる」
「っ………」
 それでもセシアは顔を上げない。居間の中に重い沈黙が下りる。そんな状態が数分続いたのち、ふいにアルバーが立ち上がり、つかつかとセシアに歩み寄って、上から見下ろすようにしながら言った。
「おい、セシア」
「……っ、なに」
「お前、なんで迷ってんだよ」
「……別に、迷ってなんか」
「だったらなんでさっさと結論言わないんだよ」
「っ………無神経なことばっか言わないでよこのホモ野郎!」
 ばしっ! と立ち上がって痛烈な平手をお見舞いしつつ、セシアは泣きそうな顔で喚きたてる。
「迷うもなにも、こんな状況でどうやってどうするか選択しろってのよ! 敵倒したら消滅しちゃうかもしれなくて! 倒さなかったら世界崩壊しちゃうかもしれなくて! どっちにしろ駄目じゃない、どうにもなんないじゃない! そんな選択して、なんかなるわけ、どうにかなるわけ!? なんであんたたちはそんなにほいほい選べちゃうのよ、おかしいわよ! おかしい……」
 途中で急速に失速し、う、う、と泣きじゃくり始めるセシア――アルバーは、その肩を、ばん、と叩いた。
「大丈夫だ!」
「だ……いじょうぶって、なにがよ!」
「全部だ! 全部、たぶんなんとかなる!」
「なんとかなる保証がどこにあるってのよ!?」
「俺たち、それだけのことやってきたろーが!」
 おそろしくきっぱりとした表情で言い切るアルバーに、セシアは目を見開いて、ぱちぱちと瞬かせた。
「それだけのこと、って」
「死ぬかもしんねーとかマジで死ぬとか思ったり、マジで死んだりとかしたけど、それでもなんとか全員で必死にここまでやってきたろーが! そんな頑張ってる俺たちがなんともなんねーまま死ぬわけねー、俺が保証する!」
「保証、って」
「お前を信じろ。お前がやってきたこと信じろ! お前が自分のこと信じられなくても、俺もみんなもお前のこと信じてんだ、死んだり消えたりするまでな! お前が逃げようがなにしようが、俺らはお前のこと信じ続けてやっからな!」
「…………」
「だから、一緒に来い! 一緒ならなんとかなるって。絶対なる! 俺はそうマジで思ってるかんなっ」
 そう力強く言ってにかっ、と満面の笑顔を浮かべるアルバーを、セシアはしばしまじまじと見つめ、くすっ、と少し恥じらうように、可愛らしく笑った。これもたぶん、初めて見るセシアの『女の子らしい』顔だった。
「わかったわよ。しょうがないな。っとに、なに偉そうに言ってるんだか」
「っせーな、いーだろ。俺はマジでそー思ってんの!」
「わかった、ってば。しょーがないわね、まーあたしのアザステとダブショとサジ矢がなかったらたぶんラスボスなんて倒せないだろーし?」
「お、言うじゃねーか。反論できねーのが悔しいな、くっそ」
 ふふん、と笑ってみせるセシアに、アルバーもにやりと笑い返す。スヴェンもその横でくすりと笑い、ディックに向き直って言う。
「というわけだから、俺も一緒にやらせてもらうから。まぁ、俺が戦いにできることなんてまるでないとは思うけど」
「わかった、感謝する」
 小さく頭を下げてから、ディックはセディシュに向き直る。セディシュはいつも通りのきょとんとした顔で、自分の隣に座って黙って話を聞いていた。
 なにを考えているのかさっぱり読めない顔。だが、考えていないわけではないし、感じていないわけではない。ただ、自分とパラダイムが違うだけだ。そしてそれでもセディシュは全身全霊で、自分たちにありったけのものを与えようとしてくれていることを、自分は感じているし信じていた。
「セディ。お前は、どうする?」
「どう、って?」
「これから。俺たちと一緒にフォレスト・セルと戦うか。それとも別の道を探すか」
 その問いに、セディシュはきょとん、とした顔でわずかに首を傾げてから、こくん、とうなずいて言った。
「一緒にいく」
「一緒にフォレスト・セルと戦うということで、いいんだな?」
「うん」
「なんでだか、聞いてもいいか?」
 その問いに、またわずかに首を傾げてから、セディシュはうなずいた。
「なんでだ?」
「俺、みんなのこと、一生面倒見たいし」
「は」
 一瞬ぽかん、と口を開け、それから思わず赤面した。以前、セディシュが初めて仲間たちと寝た頃に自分が口にした言葉を、こんなところで返されるとは。
「それに、俺、みんなと一緒にいたい、から」
「……うん。そうだな」
 真剣な顔で言うセディシュに微笑んでうなずき、軽く頭を撫でる。それからディックは立ち上がり、全員に告げた。
「じゃあ、次に迷宮に潜る時にフォレスト・セル討伐に向かうということでいいな。時間は過ぎないからわかりにくいだろうが、一日経ったと思えるぐらいのあとにこの居間に集合しよう。その時までに、それぞれやり残したと思うことをすませておいてくれ」
「あ、ちょっと待った!」
 勢いよくアルバーが手を上げたので、ディックはむ、と眉を寄せ疑問の意を表しながら訊ねる。
「アルバー。どうした」
「一日じゃ足りねーよー。せめて三日はくんねー?」
「……そんなにやり残したことがあるのか?」
「あったり前だろ! もし万一失敗したらこれで人生終わりになるかもしんねーんだぜ! だったら心残りのねーよーに、思う存分セディシュとヤっておかねーと!」
『…………』
「なに当然のよーにセクハラ発言してんの、あんた……」
 弓を構えて射る気満々のセシアにも腰を引かせずに、アルバーは堂々と宣言する。
「セクハラになってんのは悪いけど、ここは言っとかなきゃなんねーとこだろ! 俺、セディシュと思う存分ヤんねーで死んだら、ぜってー死ぬほど後悔するからな!」
『…………』
 死んだら後悔できないだろ、だのだからって今ここで言うことか、とかいろいろ突っ込みたいのを堪えて言う言葉を捜していると、セディシュがひょい、と立ち上がった。とことこ、とアルバーに歩み寄り、すい、と顔をアルバーの間近に近づけて、見上げるような格好でにこ、と笑う。
「うん。いっぱい、しよう」
「なっ! いっぱいしよーなっ!」
 にかっ、と笑ってアルバーはセディシュを抱きしめる。どう突っ込んでやろうか、と頭を押さえて考えていると、おずおず、とヴォルクが手を上げた。
「? どうした、ヴォルク」
「いや……あの、だな。その……無理に、とは、言わんのだが。その……だな」
 顔を赤らめながらもじもじとそのややゴツ目の体をよじるヴォルクに、嫌な予感を覚えつつ訊ねる。
「……お前も、セディシュと寝ておきたいのか?」
「い! いやいやいやっ、その! そうではなく……だな! その……いや、その。その……まぁ、その。そういう、ことなんだが……」
 やっぱりか。思わず頭を押さえたが、それに構いもせずにひょいとエアハルトが手を上げた。
「エアハルト……」
「せっかくですから、僕も。アルバーさんとヴォルクさんがやってるっていうのに、僕がやれないっていうのはなんとなく損した気分ですし」
「あんたらねぇ……」
「まぁまぁ、セシア、落ち着いて。お前はどうする? お兄ちゃんと久しぶりにデートでもしようか」
「あーもーいーいー、兄貴となんか出かけたらものすごいやり残したことがある気分で死ぬことになりそう」
「おいおい、ひどいなそりゃ……」
「あ、あのっ! クレイトフ殿っ! せ、拙者などがこのようなことを申し上げるなど、無礼千万とは思うのですがっ! その、末期の思い出に、その……」
「ん? どうしたの、アキホちゃん。言ってみな?」
「そ、そのっ! で、でぇとなるものをその、してはいただけないでしょう、かっ!」
「もちろん、喜んで。最高の思い出になるよう、頑張ってエスコートさせてもらうよ」
 レヴェジンニが、ふいにくす、と笑い声を立てた(はっとそちらの方を向いた時にはもういつもの無表情に戻ってしまっていたのだが)。
「太古の昔から、やり残したことは、ヤり残したこと、なのね」
「………あのな」
「いい、んじゃ、ないかしら。とても、人間、らしくて。私、たちは人間、なんだから、人間、らしいことはとても、いいこと、よ」
「……そう、かもな」
 人間らしい。ディックとしてはそう言ってしまうのは、どうにも抵抗はあるのだが。
 けれど、自分の中にもそういった欲望が存在するのは確かだった。理性と知性に反する原始的な衝動。進歩的とは言い難い怠惰な欲望。脳と体が要求する、性だの欲だの、愛だのの快感に溺れたいというおそろしく単純な感情。
 それを否定するのは、たぶん、意味がないし向上心だの進歩欲だのにも反している。自分の中に、体を持つすべての生物の中に、それは確かに存在しているのだから。
 セディシュがふと、ひょいとこちらに視線を向け、とことこと歩み寄ってきた。アルバーにしたように、こちらに顔を近づけ、上目遣いで訊ねる。
「ディックも、俺と、してくれる?」
 いつも通りのきょとんとしたような、感情の読みにくい顔が小さく傾ぐ。そこから発される視線をしばし受け止めて、ディックはふ、と笑った。
「そうだな。しようか」
「うん」
 にこ、と確かな嬉しさを表して笑うセディシュの頭を、ディックはよしよしと撫でた。

 ぐ、ぐ、ぐ、とアルバーは大きく腰をグラインドさせた。潤滑油まみれの交接部が、ぐちゅ、ずちゅ、ぬちゅと卑猥な水音を立てる。
「っく、う、はぁっ」
「ぁ……あっ」
 自分も、セディシュも、息が荒い。ギルド会議のあと主張を通して、即行自分の部屋に連れ込んで、キスして脱がして押し倒し、すでに四回目なのだから当然といえば当然だ。
 だが体も心もたまらなく高揚していた。涙目になりながら必死に息を継ぐセディシュ、乳首に、首筋に、耳に唇にキスするたびびくびくと体を震わせるセディシュ、自分の腕の中で自分に貫かれしごかれて「あ、ぁ」と心底切なげな声を上げながら達するセディシュを見るたびに、体も心もたまらなく熱くなる。もっと、もっとと燃え上がる。
 けれど欲望のままに腰を動かしかけるたび、は、はと息をつきながらもそれを受け容れようとするセディシュを見て、心臓がちぎれそうに切なくなって、震える手でできるだけそっとセディシュに触るのだ。
 時には暴走してしまうこともあるのに、自分の手を、体をいつもセディシュは受け容れる。時にはきょとんとした顔で、時にはにこ、と笑って。その顔を見るといつも、体が、心が、心臓が、爆発しそうなほどぎゅうっ、とするのだ。
 いとしい。
 そういう言葉が、たぶん、今の自分の気持ちには一番近いんじゃないか、とこっそり思っている。
「セディシュ……セディ、シュッ」
「あ……る、バー、っ、ぁ!」
 お互いの状況にそろそろラストスパートだ、と判断し、ぐいっ、とセディシュの腰を持ち上げる。セディシュのイイところに当たるようにしながら、ずん、ずん、ずんっと腰を打ち込む。今にもイきそうなのを必死に堪えながら、腰を動かしつつ、セディシュを抱きしめつつ、ちゅ、ちゅ、ちゅ、と顔中にキスを落とす。
「好きだ、セディシュ、好きだ、セディシュ、愛してる、セディシュっ」
「アル、バー、アルバー、俺、も……す、き」
 涙目になりながら、顔を切なげに歪めながら言ったその言葉に、アルバーは体中が痺れるような快感に満たされるのを感じつつ唇をふさいだ。荒い息を吐き出しながら舌を口内に差し込む。セディシュもその舌に自分のそれを絡めてきてくれる。ずんっ、ずんっ、ぐちゅ、ずちゅ、ぬちぬろねちょぢゅっちゅっしゃっしゃっちゅ、ぶ、ちゅ――
「―――っくっ、あ、あ………!」
「ぁ、る、あ、っ……!」
 どくんどぷっどぴゅどぷどくっ、どくん。
 一瞬の忘我と、幸福な脱力感。ゆっくりと自身をセディシュから抜き、真正面から抱きしめる。腕の中でセディシュの呼吸が少しずつ緩やかになっていくのを、幸せな気持ちでアルバーは見つめた。
「……ちょっと、きゅーけいすっか」
「ん……うん」
 にっ、と笑いかけてやると、セディシュはほんのり頬を赤くしてうなずいた。可愛いなちくしょう! と思いつつ、ちゅっと唇と頬と鼻にキスを落とし、セディシュの横に体を横たえてセディシュを見つめた。
 セディシュも、そろそろとこちらの方を向く。絡み合う、手、足、体、視線。じっと相手を見つめて、相手の体温を感じて、時々ちゅっとキスをして、時々ちょっと触って。時々ぎゅっと抱きしめて。
 そういう、セックスの合間の、いちゃつく時間も、自分たちはようやく楽しめるようになった。
 セディシュとのこういった時間を他にも持っている奴がいる、というのは、考えただけで死ぬほど腹が煮える――のだが。
「な、セディシュ。俺のこと、どう思う?」
「? どう、って?」
「俺のこと考えた時にさ。どういう風な奴で、自分にとってどんな感じの人だ、って考えてんのかなー、って」
「……? なんで、そんなこと、聞くの?」
「俺がセディシュのことすんげー好きだから、気になっちまうんだよ。好きな奴のことはいろいろ気になっちまう奴なんだって、俺は」
「そ、う、なんだ」
「そ。だから、知りてーの。最後になるかもしんねーんだしさ。……俺のこと、どう思ってる?」
 アルバーはにっと笑顔を見せながらセディシュに問うた。こんな質問が(たいていの人間にすさまじくウザいと判断されるとまではいかずとも)女々しいという自覚はアルバーにもあったが、最後なんだからちゃんと聞いておきたいと思ったのだ。
 聞かなくてもなんとなく、感じられるものがあるから聞けたというのは確かだが。
 セディシュはしばし首を傾げてから、考え考えというように、そっとアルバーの腕に頭をもたせかけながらぽつぽつと告げた。
「俺のこと見て、すごく、嬉しそうに笑ってくれるって、思う」
「お? そっか?」
「うん。朝、会った時とか、たいてい、俺のこと見て、おう、セディシュ! って、すごく嬉しそうに笑って、言ってくれる」
「へへ……そりゃ、まー、セディシュの顔見れたら嬉しいもんな」
「俺と、一緒にいて、嬉しい、とか楽しい、とか思ってくれて、俺にもそういうの、いっぱいくれて、すごいって、思う」
「そ、そっか? なんか、照れんな、そこまで言われっと」
「あと、強くて、カッコよくて、毎日毎日、戦いの合間の時間、縫って剣の稽古してる頑張り屋で、自分の、好きな、ことには絶対、妥協しないから、すごく、まっすぐだって思う。自分の、ためにも仲間の、ためにも、もっと、強くなりたいって、すごくちゃんと言えるから、すごく、カッコいいって」
「……セディシュ」
 たまらずぐいっ、と抱き寄せて、唇にキスを落とす。唇を触れ合わせ、軽く舌を絡め合わせ、まぶたに、こめかみに、耳にとキスを落とすが、その間もゆっくりと、淡々と、けれどはっきりとセディシュは続ける。
「初めて、会った時、俺養うって、言って。それからよろしくって、手、出してくれた。俺のことすごく、気遣ってくれた。俺と、話してて、本当に、楽しそうに、嬉しそうに、笑ってくれた。なんでなのかわからなくて、驚いたけど。優しくて、いい人なんだなって、思った」
「セディシュ……」
 ちゅ……ちゅ、ちゅ。ちゅっ。
「赤くて硬い髪が、きれいで、触り心地良くて……好き。日焼けして荒れた肌も、男らしくて、好き……顔立ちも男らしくて、ちょっと子供っぽくて、可愛くてカッコよくて……、っふ、好き」
「セディシュ……俺も、好きだ。お前のこと全部、すげぇ好き……」
 ちゅ、ちゅ、ちゅぶ。ちゅっちゅっ、ちゅぶ。ねろ、ねちゅ、ちゅっ。
「あと、しっかり鍛えて、引き締まった……、っ体つきも、好き。お腹の、六つに割れた腹筋とか、すごく、カッコいい……ふ、ぅ。力ももちろん、すごく、強いとことか、すごくいいなって、思う。すごく、鍛えてるのに、まだ発展、途上? って感じの体が……ぁ、俺を、すごい力で、押し倒して、のしかかってくる、のとか、すごく興奮する……ん、ぅ……」
「セディシュ……このやろ、可愛い口でスケベなこと言いやがって……」
 ちゅっ、ちゅぶ、ねちゅっ、ちゅっ。
「すけべ、ってなに……?」
「え、言ってなかったっけ。……エロいことが好きで、可愛いなってこと」
「そっか。……じゃあ、俺も、アルバーの、すけべなとこ、好き」
「え……って」
「セックス好きなとこ、好き。気持ちいいことに、わりとすぐ流されちゃう、どうぶつてき? なとこも好き。おっきくて、固い、おちんちんも好き。何回ヤっても勃つ、わりと精力絶倫なとこも、好き。いつヤっても、最初の一回は精液、ねっとり濃い、精力旺盛なとこも好き」
「お前に言われたくねー……ってこともねーか。くそ、ある意味嬉しーぞ、セディシュ、好きだ」
 ちゅぶ、ちゅ、ちゅ、ねろ、ねちゅ、すりすり、しゅっ、さわっ、きゅっ、ちゅっちゅっ。
「……ふ、ぅ、ぁ……ん、あ、と」
「……ん?」
「俺のこと、傷つけようとする、他の、奴からは、絶対に、守ってくれようと、するところ。すごく、男らしくて、カッコよくて、好き」
「………っ」
 たまらずアルバーはぐいっとセディシュを引き寄せた。もはやお互い相当に舌を絡ませあいあちらこちらを触りあい、完全臨戦状態と言ってもいいぐらいだった状態だったが、もはや一気にブースト状態だ。
 ちゅぶちゅくちゅぶねちゅねちょっ、と思いきり舌を絡ませあいながら、手はセディシュの胸を、尻を、乳首を肛門をセディシュ自身を揉みしだき弄り軽く押し潰し、中を必死に優しく、でもやはり激しく拡げていく。
「セディシュ……好きだ。俺だってお前のことすっげー好きだ。お前の顔とか体とか隅から隅まで全部可愛くて色っぽくて大好きだし、なに考えてんのかちょっと見たくらいじゃわかんないとこもミステリアスでドキドキするし、なんか赤ん坊みてーな反応とかチョーゼツツボだし、そのくせ俺らのことしっかり守ってくれよーとするちっこいのに一人前の男してるとことか……あーもーたまんねー、全部好きだ、大好きだっ!」
「アル、バー。おれ、も、すごく、すき」
 ほんのり顔を赤らめ、涙目になりながら自分の愛撫を受け容れるセディシュに、アルバーは何度もキスして、何度も好きだと囁き続けた。そう、好きだ、全部好きなんだ。たとえ他の奴とヤってても、いっつも俺を嫉妬させまくってても。
 俺は、こいつを幸せにしたい。そりゃ自分だけの力でってのが一番だけど、力が足りない時に他の奴が手を貸してくれるのは、普通のことだしありがたいことなんだ。
 俺は俺にできるめいっぱいでこいつを幸せにする。他の奴も他の奴にできるめいっぱいでこいつを幸せにしてくれればいい。それでこいつがもうめちゃくちゃこれ以上ないってくらいに幸せになってほしいんだ。俺はこいつの親にはなってやれないけど、こいつを幸せにする人間の一人には、絶対なってやれると思うから。
 そう何度も誓い直した誓いを改めて胸の中で繰り返し、アルバーはセディシュを押し倒した。……約束の時間までは、まだ長い。

 自分の『やり残したこと』を考えた時に、自分が思いついたのは、セディシュとのことを別にすれば、資料と書籍の整理だった。
 自分は内科なので、世界樹の迷宮の産物の医療貢献ということについては論文の書きようがないし(というかスキルも薬も明らかにデータを直接弄ってるとしか思えない代物だ)、そもそもディックは求められていることをうまくこなすのは得意だったが、新しい概念を考え出すような、いわゆる『天才』の仕事は苦手だったのだ。
 ヴォルクは論文をまとめると言って部屋に篭もり、エアハルトは綺麗なものを見ておきたいと外へ出て、セシアとスヴェンはなんのかんの言いつつ一緒に街に遊びに行ったらしい。クレイトフとアキホもさっきめかしこんで一緒に出て行くのを見た。なので、ディックは部屋で一人、蔵書の整理を行っていた。
 読みたいと思う本はこれまでの生活の中であらかた読み終えた。そのあらかた≠フ残りの部分を今読み終えてしまおうか、と思わないでもなかったが、論文の資料にするわけでもなし、時間に急かされながら読んでも面白くはなかろうとやめておくことにした。どうしても読みたい、というわけでもなかったし。
 とりあえず一通り整理を終えて、お茶でも淹れようかと部屋を出る。と、ぎし、ぎしという音と喘ぎ声がかすかに聞こえ、あいつら(セディシュとアルバー)まだヤってやがるのかと思わず半眼になった。まぁ、三日三晩ヤり続ける宣言をしたくらいだから、当然といえば当然なのだが。
 ふん、と鼻を鳴らして台所へ向かう。セディシュが他の人間とセックスしている、という事実は、当たり前だが面白いものではない。どころかすさまじく不快だ。自分の大切なものを穢されたような気も(勝手ながら)湧いてきてしまうし、人間本来の単純な所有欲についても、自分のセディシュに対する感情についても、著しく尊厳を損なう。
 だが、それ以上に、セディシュ自身の感情を尊重したい、と思えてしまうのだ。セディシュ自身がやりたいようにやらせてやりたい。たとえそれが自分の感情を損なうことであっても、それはパラダイムのズレのせいであって、セディシュの悪意や悪徳のせいではないのだから。
 そう思いつつもやはり面白くない思いで食堂の扉を開けると、そこにはレヴェジンニがちょこん、と座っていた。
「……なにをしているんだ?」
「考え、事よ」
 セディシュのきょとんとした表情とはまた違う、ひどく静かな無表情でレヴェジンニは答える。とりあえず「そうか」と答えてから、台所に向かいつつ訊ねた。
「お茶を淹れようと思うんだが、いるか? いつもの紅茶でよければだが」
「あり、がとう。いただける、かしら?」
「ああ」
 うなずいてかまどの中の埋み火を熾して、薪をくべる。頭の中で、こういった調理作業も本来かかるべき時間や手間が格段に省かれているな、ということをなんとなく思った。火は放っておいても消えることがほとんどないし、消えても再着火の際本来ならすさまじい時間がかかるはずなのにあっという間に着火できるし。
 おそらく、自分たちを創った存在の世界の中での調理の手間とさして変わらないくらいに調整されているのだろう。これもまたパラダイムのズレといえるかもしれない。世界の枠組みというのは、そういった細かいことの積み重ねでできているのだから。
 熱いお湯を温めたポットに注ぎ、砂時計で時間を計った分蒸らしてから温めたカップにお茶を淹れる。すっとカップを差し出してから、自分の分に口をつけた。まずはストレートで茶葉の香りを味わってから、ミルクを入れてまったりと温もりとコクを楽しむ。
 そうして自分がお茶を飲み終えるのを見計らったように、レヴェジンニはぽそぽそと話しかけてきた。
「あなたは、とても、優しい、人ね」
「……唐突だな。なんだ、いきなり」
「思っていた、ことよ、ずっと。私のような、素性も知れ、ぬ存在を、ギルドに入れてくれる、し。ギルド内の和を、頑張って保、とうと、保てるような存在で、いようとし続ける、し。優しく、て偉い、わ、とても」
「ずいぶんな褒めようだな……そのあとどんな落としどころがくるんだ? そもそも俺はお前にはそんな優しいところなんて見せてないだろう、お前が入った辺りはちょうど、セディシュに依存、しっぱなし、の……」
 まさか。
 顔面蒼白になって立ち上がるディックに、レヴェジンニはこくりとうなずいた。いつもと変わらぬ無表情のままで。
「そう。私は、あなたたちの情報、をギルドに入る、前から、すでに知って、いた。創り手≠フお告げ、として」
「……お前は……もしかして」
「心配、しないで。この世界を創った、存在のことを、よく知っている、わけではない、わ。ただ、私はお告げ、という形で、なにか≠フ声、を聞くことが、できて、私たちの一族、ではそのなにか≠、創り手≠ニ呼んでいた、というだけ。……というか、そういう過去、を持つ駒、として創られた、というべき、かしら? あなたの、推論によれば」
「……俺と、似たような存在だということか」
 レヴェジンニはゆっくりと首を振る。
「そうでは、ないと、思うわ。あなたを、主役とするなら、私は狂言、回し的な役割、を期待され、ていたと、思う。場を、引っかき、回せるよう、な。でも、私には、その力も、なかった」
「期待されていた、というのは……その創り手≠ニやらにか」
「そう。あなたの推論、が正しい、のなら。私が、ゲームの駒、として存在、するのなら」
「…………」
「私は、物心、ついた頃から……と設定、されているくらい、つまり存在を始めた時、からずっと、なぜ自分が、在るのか、知り、たかった。なぜ世界が、在る、のか知りたか、った。そんなことばかり疑問に、思って、きた。けれど、一族には、周囲には、そんなことを疑問に思う、など奇異なこと、としか映らな、かった……という、設定≠セった、わけね」
「………俺のことを、憎んでいるか?」
 レヴェジンニはディックとしては真剣に放ったその問いに、無表情のままわずかに首を傾げてみせた。なんとなく面白がっているような、とディックは思った。
「なぜ? 私は、嬉しいのに。なぜ、自分が在るのか、わかってとても、嬉しいわ。これで、思い残す、ことはもう、その仮説の検証、だけなのだから。あとは、それを全力でやり、さえすれば、いつでも満足して、消えることが、できる」
「…………」
「そんな、顔を、しないで。私は、ただ、そういう、風に生きるのが、当たり前な存在だと、いうだけ。いつまでも、ひたすらに探求、し続ける。そういう存在と、して創られた、のかしらね。それが創り手≠フ意思、にかなうことかは、知らない、けれど」
「……お前は、それでいいのか? 本当にそれで、満足して消えていけるのか?」
「そう、ね……」
 その問いに、レヴェジンニはまたわずかに首を傾げて、無表情なのにどこかおどけたような雰囲気を醸し出して答える。
「もう少し、このままでいたかった、とは思う、かしら。今のまま、冒険者として、みんなで探索して、いたかったとは。だって、存在、するようになってからずっと、こんな、風に、自分のことを、『価値がある』と、そう思うだけの、ことをやれている、と思えるなんてこと、本当に、考えられないくらいの、幸せ、なんだから」
「…………」
「でも、あなたの考えにも、心から賛成、するの。だって、いつかは、ゲームは終わる、もの、ですものね。人生と、同じように。それを無駄に引き伸ばす、ことは、それこそ無意味な、ことだわ」
「…………」
「お茶、ごちそうさま。あなたの淹れてくれるお茶を、飲む経験はそうなかった、けれど。それでもとても、おいしい、お茶だったわ」
 そう言って立ち上がり、軽く手を振って食堂の外に出るレヴェジンニを、ディックは無言のままに見送った。

「ひぃーっ、ぁっ、ひぐぅっ」
「おーら、どうしたこの変態奴隷が。体縛られて、宙に吊られて、乳首挟まれて、ケツにバイブハメられてんのがそんなにいいか、あぁ?」
「はひっ、イイでひゅっ、淫乱変態マゾ奴隷のヴォルクは縛られて吊られて乳首挟まれてケツにハメられて気持ちいいでひゅっ」
 幾重にも縄をかけられて、宙に吊られて、乳首をニップルで挟まれて、後孔にぶぶぶぶぶと絶えず振動する張り型を突っ込まれ固定されてヴォルクは悶えた。痛い、気持ちいい、痛い、気持ちいい。体全体にかかった縄の痛み、吊られたことによる体重がそのまま荷重になる痛み、乳首の痛み、後孔を拡げられ敏感な部分を刺激される痛み、そして自らの尊厳を剥ぎ取られる痛みが脳味噌と股間をたまらなく疼かせる。
「おら、チンポに重り吊り下げてやる。男にしか味わえない痛み味わえて、嬉しいな?」
「はひっ、うれひいでひゅっ、ありがとうございまひゅっ」
「おらなにやってやがる、先っぽが下がってるぞ! もっと気合入れて勃てやがれっ」
「は、は、ひっ、あーっ! あっ、あーっ!」
 さっきさんざん叩かれてまだ痛みの残った背中にまた鞭を振りおろされ、ヴォルクは身を大きくよじった。勃てなければ、と必死に股間に力を入れる。ご主人さまが勃てろとおっしゃられているのだ、自分はこの方の奴隷なのだから、なんとしても命令に従わなければ。そう思うだけで股間が、後孔が、体中がたまらなく疼く。
「おーら、お前の大好きなチンポだぞ。しゃぶらせてもらえて嬉しいだろ。うまいか、あぁ?」
「はひっ、うへひぃ、でひゅ、ほひゅひんははほひんほ、ひゅほふ、おひひひへひゅっ、んむ、あむ」
 目の前に突き出されたご主人さまのペニスを、勇んでしゃぶる。自分はご主人さまの奴隷なのだ、ご主人さまが気持ちよくなるために使われるための肉便器なのだ、それを繰り返し自覚させられ、脳味噌が弾けそうに震えた。
 しばしご主人さまのペニスが自分の喉の奥に打ちつけられるのをたまらなく幸福な気分で味わいつつ必死に舌を動かしていると、ご主人さまがゆっくりと自分の体を床に下ろされた。それでも興奮が冷めやらず、は、は、と荒い息をついている自分を、ごろりと仰向けにされて目の前にお尻を突き出される。
「おら、お前の大好きなケツ穴だ。ちゃんと上手にしゃぶれたら、今日は特別に突っ込ませてやる」
「はひっ!」
 そのお言葉に、思わず股間のペニスが震える。ご主人さまのお尻に突っ込ませていただける。もう二週間以上もそんなことはなかったのに。イかせてもらえる。そう思っただけでもペニスから精液が噴き出しそうだった。
「おぉー、イイぞー、ケツ穴しゃぶりも上手になったじゃねぇか。おらっ、もっと舌中に突っ込めっ」
「はひっ、んむ、む、むちゅ、んちゅ」
 ご主人さまの後孔を、必死に舌で舐めしゃぶる。舌で周囲を撫で、唾液でべちょべちょにして、腸の中に舌先を突っ込んで、舌の届く限り懸命に舐め清める。ときおり大便の苦い味が舌の上に広がり、幸福と喜悦に今にも気を失いそうになる。
「よーし、その辺でいいだろう。ご褒美やるから、ちょっと待ってろよ」
「はひっ」
 ご褒美。ご褒美。ご主人さまがご褒美をくださる。自分のような淫乱変態マゾ奴隷にご褒美を。興奮には、は、と荒い息をついていると、突然胸にぼたっ、と熱く粘度の高い液体が落とされた。
「ひ……ひぁ、ぁーっ!」
「おーら、気持ちいいだろ? 久しぶりの蝋燭だ、たっぷり味わえよ?」
「あ、ぁーっ!」
 ぼた、ぼたぼたっ。時に高く、時に低く、熱い蝋が垂らされる。落ちてくるのは常に不意打ちで、だからその分強烈に熱く、痛く、気持ちいい。胸に、腹に、太腿に、股間に。熱い、熱い、あぁ、気持ちいい――
 と、ふいにぎゅっ、とペニスをつかまれる感覚があった。固まりかけた蝋を引き剥がされたと思うや、ゴムの冷たい感覚が伝わってくる。そして、熱く、ぬめぬめ、ぬるぬるとして、たまらなく気持ちのいいものに、自分のペニスが包まれた。
 幸福に震えながら目を開けて、ご主人さまの顔を見る。ご主人さまはふん、と笑われ、手に持った蝋燭をぼたぼたっ、と落とされた。
「ひぃぁぁーっ!」
「おら、なにぼーっとしてんだ、とっとと腰動かしやがれっ」
「はひ、はひっ」
 必死にこくこくとうなずき、腰を動かす。緩急をつけながらヴォルクのペニスを締めつけてくださるご主人さま。そのご褒美を最大限に味わえるよう、お返しできるよう、ご主人さまが気持ちのいいようにペニスを押し進める。
「おぉー、イイぜー、いい具合じゃねぇか、俺のケツがそんなに気持ちいいのか、この変態奴隷がよっ」
「はひっ、ご主人さまのお尻に突っ込ませていただいひぇっ、淫乱変態マゾ奴隷のヴォルクは、すほふ、ひほひ、いいへふっ」
「それだけじゃねぇだろ、乳首挟まれて、蝋燭垂らされて、ケツにバイブ突っ込まれて気持ちいいんだろうが、このド変態が! こんなにケツが感じるようになっちゃ、もう普通の生活送れねぇよなぁ、あぁ?」
「はひっ、淫乱変態マゾ奴隷のヴォルクは、乳首挟まれて、蝋燭垂らされひぇっ、ケツにバイブ突っ込まれてよがふ、最低の、ケツ穴奴隷でひゅっ……あ、あ、あぁあぁぁぁ、ああーっ!」
「おら、イけ! 変態チンポからザーメンびゅるびゅる漏らしやがれ、この淫乱奴隷がっ!」
「ひぁぁぁあぁ、ぁぁ、イ、イひはひゅ、あはぁぁぁーっ!!」
 どびゅ、どぴゅ、どびゅるるるるるっ。
 法悦と忘我の快感に体と脳がどっぷりと満たされる。心身が被虐により導き出された悦びに支配され、完膚なきまでの陶酔に浸る。
 ――そして、ヴォルクはゆっくりと、呼吸が緩やかになるのに従って、現実へと戻ってきた。
「ん……」
 セディシュがゆっくりと腰を持ち上げ、避妊具を取り外す。それからてきぱきと自分の体から縄を外す。
 ヴォルクは無言のまま立ち上がり、体から固まりかけた蝋を落とした。蝋燭やら精液やら潤滑油やらで床が汚されないように、プレイの時は下にマットを敷くので、その上に。
「ヴォルク、お風呂、入ってきていいよ。俺、やっとく、から」
「……そうか。では、頼む」
 プレイ中とは打って変わって平常時のあどけない口調に戻ったセディシュと顔を合わせることができないまま、ヴォルクは立ち上がり、部屋についている小さな風呂場に入った。当然、すでにお湯は貯めてある。石鹸を使って、思いきりごしごしと体を洗った。
 セディシュとこういったプレイを日常的にするようになってからかなりの時間が経つが、未だにこのプレイ時と平常時のオン・オフの違いには慣れない――というか、慣れていいものかどうか確信が持てない。
 セディシュの基本的な人格としては、間違いなく平常時のものだと思うし、プレイ時の人格は『S役の際はこのようにやれ』とセディシュを買った人間たちに仕込まれたことによるものだろう。なのに、曲がりなりにも成人した人間が、このようなプレイを強要(したわけではないが、そう言われても仕方のない状況ではあるだろう)するというのは、人としてどうか、などと思ってしまう。
 しかも、セディシュに対し恋愛感情を抱いているわけでもないのに。セディシュに調教されて、男にも(S役として)欲情を覚えるようにはなってきてしまっているが、自分はやはり基本的にはノーマルで、ヘテロで、金髪巨乳美人が大好きなのだ。
 というか、そもそも自分は他者に恋愛感情を抱けるのだろうか、と最近はときおり真剣に考えてしまう。自分はマゾで、性的に苛められ、いたぶられることで欲情する。本来性的欲望を抱く対象でなかろうと、調教されれば反応してしまう。そんな奴が、お互いに愛し合い労わりあうという、いわゆるまとも≠ネ関係を築けるのか。
 ふ、と息を吐いて部屋(カーテンで部屋の研究・生活用とプレイ用の器具などが置いてある部分を区切ってある)に戻るべく風呂場を出る。このずっと抱いていた疑問に結論を出せないのが、心残りといえば心残りだ。それはそれとしてヤりたい(≒苛められたい)し出したいので、最後の機会となるとつい手を挙げてしまったのだが。
 セディシュは部屋の後始末を終え、部屋のプレイ用部分(汚れ防止とプレイの気分を盛り上げるため革張りにしてある)に座っていた。おそらくは(アヌスから垂れる潤滑油などで)部屋を汚さないためだろう。当然まだ素っ裸のセディシュに、ぶっきらぼうに言う。
「風呂、空いたぞ。入ってこい」
 セディシュはいつものあどけない顔でこっくりとうなずく。
「うん。わかった」
 そう言って立ち上がり風呂場に向かい歩いていくセディシュの素っ裸の体と股間と尻を見て、また息をつく。素裸の体を見ても、やはり特に欲情はしない。それはこれまでのプレイを思い出し、『ご主人さま』のセディシュのことを思い出し疼くものはあったりするが、それはプレイを連想・回想したためであり、直接的な情欲の対象とはならない。
 むしろ赤ん坊の裸のようなあどけなさ、清らかさすら感じる。こんな小さな存在を無理やり犯すような奴は人でなしだろうと、人として当然の痛ましさすら感じてしまうのに。
「……くそ」
 小さく舌打ちし、ヴォルクはセディシュの後を追って風呂場に入った。体に湯をかけていたセディシュが、驚いた顔をしてこちらを向く。
「ヴォルク。どうしたの?」
「……背中を流すのを手伝ってやろうと思っただけだ」
 セディシュはきょとんと首を傾げる。
「なんで?」
「最後なんだから……それくらい、してもいいだろうと思ってな」
「……うん。じゃあ、お願いする」
「ああ」
 うなずいてしゃがみこんでいるセディシュの背中側に腰を下ろす。スポンジを取ってお湯で濡らし石鹸をつけ、少しだけ力を入れて背中を洗った。
 セディシュはそれを素直に受けながら、アヌスの中から潤滑油をかき出している。潤滑油というのは洗い流さないとどうにもべたべたする感じが残るので、当然といえば当然なのだが。
「……お前は、恥じらったりしないな」
「なにが?」
「セックスのあれこれで。やはり……それは、お前の、過去……のせい、なのか?」
 ディックの論によるとそういう設定≠ネのだろうが、まだ検証もしていない仮説を話の中で使う趣味はない。しかしそれはそれとしてもこの言葉はヴォルクなりに一か八かのような心情で発した言葉だった。普通に考えるなら、そんな過去のことを軽々しく話題に出すなど失礼などという言葉では表せないほど無神経なことだ。
 が、セディシュはきょとんと首を傾げただけだった。
「わからない」
「……そうか。一度聞きたいと思っていたんだが……お前にとって、その体験は、辛いものだったのか?」
「……別に?」
 いつも通りのきょとんとした声で首を傾げてみせるセディシュ。その間もアヌスの中を洗い流す手は止まらない。
「なら……嬉しいものだったのか」
「別に?」
「そうか。……お前にとって、セックスとはなんだ? できるだけ具体的に、詳しく、どういうものだと感じるかを話してくれ」
「セックスは、セックス。気持ちよかったり、痛かったりすること。好きとか言ったり言われたりしながらやると、普通より気持ちよかったりすることがある」
「……好きな相手だと気持ちいい、じゃないんだな」
「うん……? うん……普通より、気持ちよくはなりやすい、けど。別に好きじゃない相手でも、気持ちいい時は、気持ちいい」
「…………。最後の質問だ。お前は、これまで何度も俺の相手をさせられて……俺の、調教をさせられて……嫌じゃなかったか? というか……少しでも、その、楽しいとか、思ったのか?」
「うん……?」
 セディシュはまたわずかに首を傾げ、それから言った。
「嫌じゃ、ない。楽しい……っていうか、嬉しい、感じ。ヴォルクが気持ちよくなってるのも、俺がその力に、なれてるのも」
「そうか………」
 ふーっ、とヴォルクは深く息をつく。それから、ぐい、とセディシュの頭を抱き寄せた。
「わ」
「すまなかったな、セディシュ」
「……なにが?」
「俺の相手をしてくれて」
「なんで?」
「……もう、終わりだからな」
 呟いてそっとセディシュの頭を撫でる。できるだけそっと、優しく。そんなことも自分はやってこなかったのだ。セディシュはきょとんと首を傾げた格好のまま、されるがままになっていた(手は止まっている)。
「……真性のサドやマゾというのは、いったいぜんたい、幸せになれるもんなのかな」
「なんで?」
「俺は、幸せになりたいとは思うんだが……その幸せがどういうものかわからんのさ。自分の理性的な部分では尊敬できる人間と労わりあいたいと思うんだが、性的な部分ではご主人さまに思いきり苛められいたぶられ調教されたいと思ってしまう。普段の生活で殴られたり嫌がらせをされたりするのはごめんなのにだ。わがままだなと、自分でも思う」
「そう?」
「ああ……セディシュ。お前は、マゾというわけじゃないだろう?」
「? プレイする時は、ハードM」
「ああ、だがそれはセックスのプレイとして≠セろう。俺は、性的欲望としては、完全な奴隷になって四六時中素っ裸で首輪をつけられて射精管理されたりアヌスに張り型突っ込まれっぱなしにされたり……つまりマゾとして苛められいたぶられ虐げられるのを理想として求めてしまうんだ。理性的な部分としては、研究欲や名誉欲、それなりに豊かな生活をしたいという人並みの欲求もあるのにな。まったく、どうしようもない話だ」
「……? ……うん?」
「だが、うまいご主人さまに調教されていけば、俺は一生奴隷のままでいいと思ってしまうと思う。だが、セディシュ、お前は違うだろう」
「……うん? ……うん……? ……そう、かも」
「そうだろう。お前は自分を尊重してもらいたいという欲求もないが、虐げられたい蔑まれたいという欲求もない。SMプレイにも耐えられるが、それはプレイとして楽しむことができる、というだけだ。相手がしたいならば、と受け容れてしまうだけ。お前は……器が、大きいからな」
「……そう?」
「そう思う」
 だからもちろん、セディシュには苛めたい、という欲求もない。だから自分を苛めても、特に楽しいというわけではない。ただ、自分の快感を引き出すために、自分に喜んでもらうために自分のできるやり方で尽くしているだけだ。
 だから。ヴォルクはふ、と小さく息をついてから、気合を入れて口を開いた。
「セディシュ。俺は、図鑑を完成させたのち世界が無事存続できたとしても、お前ともうセックスするのはやめようと思う」
 セディシュはまたきょとん、と首を傾げる。
「なんで?」
「……これ以上お前に調教されていたら、お前に、本当に俺のご主人さまになってもらいたくなりそうだからさ」
 それは、駄目だ。性欲としては、セディシュと二人きりになり、セディシュがSの目つきでこちらを見るだけでペニスが勃ち上がり先端が濡れてきてしまうとしても、絶対に駄目だ。
 自分だってセディシュには幸せになってもらいたい。たとえ過去がただの設定でしかないとしても、この健気で一途な少年が幸せになれないというのには憤りを覚える。
 それに、すでに相当心身ともに隷従しかかっている、一生を捧げたくなりかけているご主人さま≠ェ、たとえ一生を捧げても、自分を苛めても楽しんでくれないというのは、マゾとして、あまりに切ないのだ。
 セディシュは、またいつも通りに首を傾げてから、きょとんとした声で言う。
「そう?」
「そうだ」
「……ふぅん?」
 あどけない風情で傾ぐ首。不思議そうな、いとけなさを感じさせる声。ヴォルクはたまらなくなって、セディシュにこちらを向かせ、ぎゅっ、とその頭を抱き締めた。
「わ」
「セディシュ。俺は……お前にはただの淫乱マゾと思われていたかもしれないが、それでも、それでもな。仲間のことは心底大切に思っていたし、もちろんお前のことも大切だし、幸せになってほしいと、心の底から思っているぞ。以前も、今も、これからもずっと、な」
 そう思っているくせに、性欲に負けてついふらふらと調教を求めてしまう、度し難い淫乱マゾなのは、確かなのだが。
 情けなくも切ない気分でぎゅっと抱きしめていると、セディシュは、また少し腕の中で首を傾げてから、そろそろとヴォルクの背中に腕を回し、少し恥ずかしそうに答えた。
「うん。ありが、とう」
 その恥じらう声にひどく胸がぎゅうっとして、ヴォルクは震える唇を動かして、おそるおそる訊ねた。これまでの人生で一度も、問うたどころか考えてみたことすらなかった、気恥ずかしい問いを。
「セディシュ。……キスしても、いいか」
 セディシュはまたきょとんと首を傾げてから、にこ、とひどく稚く笑って、答えた。
「うん。して」
 なので、ヴォルクは、心臓をどきどきさせ、体を緊張で震わせ、顔を真っ赤にしながら、セディシュの唇にそっとキスをした。初めて恋をして恥じらう少年のように、そっと。

 ディックは食事を作り終えると、自分の皿を載せた盆を持って食堂を出かかった。正確な時間ではないだろうが、砂時計を使って計っただいたいの時間としては、四日目に入って半日、というところか。そろそろヴォルクの時間が終わり、セディシュが階下に下りてくる頃だろう。その前に部屋にこもってしまいたかった。
 今セディシュに会ったら、すぐにでも押し倒してしまいそうなほど寂しくムラムラしていたので。自分の時間は一番最後だというのに。
「まったく、逆鱗マラソンに入ってから精神的忍耐力が下がっているな……」
 そんなことを呟きながら扉を開けるや、ちょうど食堂に入りかかっていたアキホとぶつかりかかる。
「と!」
「あ……これは、失礼を」
「いや……」
 ディックは少し戸惑ってわずかに首を傾げる。アキホは確か、またしばらく前からクレイトフと一緒に外出していたと思ったのだが。
 フォレスト・セルに挑むまでの時間、自分たちはそれぞれ好きな時間に寝起きしていいことになっている。その代り食事・衣服その他はすべて自分で自分の面倒を見ること。まぁ主夫&主婦業をお休みにさせてもらっているわけだが、ディックは一応気が向いた時には食事を多めに作って残しておくことにしていた。
 それはともかく、アキホも全員の食事の面倒を見たりせずにすむわけで、なのでずっとクレイトフに少女らしくアタックしていて、明らかに浮かれていたはずだったのに、今のアキホの表情は明らかに浮かない。これはクレイトフとなにかあったかな、とこっそり眉をひそめ、とりあえず訊ねてみた。
「食事なら、一応俺の作った分の残りがあるが」
「あ……これは申し訳、ありません。そうですね……ディック殿の作られるお食事は、まことに美味ですし。……拙者のような、女でありながら包丁もろくに扱えぬ女と違い……」
「……アキホ。度の過ぎた謙遜は嫌味だぞ、お前の料理は、そりゃプロ並とは言わないが、一般的な主婦をはるかに上回っているだろう」
「いいえ……故郷では、いつも母に叱られていましたし。そのようなことでは、嫁には、行けぬ、と……っ」
 う、と急に涙ぐみ始めたアキホに、ディックは少しばかり慌てつつ、とにかくアキホを食堂の中へと導いた。盆をテーブルの上に置き、角に座らせたアキホの90°横に座って訊ねる。
「よければ、話を聞くが」
「……よろしい、のですか」
「当たり前だ。……お茶でも淹れるか?」
「いえっ! いえ、結構です。どうか、そのまま……」
 う、とばかりにうつむき、しばらく嗚咽する姿から視線を逸らしつつ嘆息する。泣いている女を慰めるのはそれなりに慣れているという設定≠セが、こうまで近しい相手となるとこちらも相手の感情に呑みこまれてしまいそうだ。
「拙者……拙者。はしたないと……女の身でなんとみだらな、と承知しながらっ……恥知らずにも、申し訳なくもっ……」
 ううっ、と嗚咽を繰り返しながら、アキホは顔を覆って言う。
「拙者……クレイトフ殿に、求婚をっ……祝言を挙げてはくれぬか、などと申したのですっ! 身の程、知らずにもっ……!」
「……そうなのか」
「はい……すると、クレイトフ殿は。困ったように微笑まれて、拙者には、他にもっと、ふさわしい、方がいる、とおっしゃられ……」
「なるほど……」
「拙者、拙者、もう自らの浅ましさに腹を切ってしまいたいと思いました! 死して恥をすすぐべきだと! ですが、ですが、クレイトフ殿は、優しく微笑まれ、『俺を好きだと思うなら、どうか願いを聞いてくれ。どうか俺なんかよりずっといい男を見つけて、幸せになってくれ』と……! 拙者は、拙者は、それを聞いて……!」
「聞いて?」
 勢い込んで言いかけたアキホが、ぐっと口をつぐむ。目に涙を溜め、うつむき、手をぐぅっと握ってなにかに耐えている顔をする。
「……このようなこと、人に言えることではありません」
「俺は医者だ。人だと思わないで、壁に喋っていると思えばいい」
「壁にでも、言えません。このようなこと……口にするだけで、自らの汚らわしさに首を突きたくなります」
「それは困ったな」
 ふむ、と息をついてから、茶をずずっと啜って言ってみる。
「クレイトフを斬ろうとしたとしても、別に俺は気にしないが」
「………!」
 ばっ、と顔を上げるアキホに、あーやっぱりか、と肩をすくめる。
「な……なぜ、それを」
「俺だったらそう思うだろうからな。本気で求婚した相手にそんなことを抜かす奴に、殺意を覚えない方が少数派だろう」
「…………」
「それで?」
「……は……刀を抜いた拙者に、クレイトフ殿は黙って、微笑まれました。拙者の刀などまるで気にしていないかのように、平然と……」
「ふむ」
「それで……拙者は、結局、ここまで戦ってきて、結局……刀を抜いても人を圧することすらできぬ、未熟者というも、武士ということすらおこがましい、どうしようもない人間だと、思い、刀を鞘に収め、戻ってきたのです……」
「なるほど」
「……それだけ、ですか」
「それだけですかというと?」
「いえ……あの、責めるなり、叱るなり、なさるのではないかと思っていました」
「そんなことを俺がやっても説得力がないだろう。これまでさんざん、愁嘆場を演じたり精神的に不安定になったりと周囲に迷惑をかけておいて」
「い、いえっ、そのようなことはっ! ディック殿は、いつも探索で活躍なさっていますし! 拙者は……いつも、足手まといですし」
「そう思うのか?」
「はい」
 こっくりうなずくアキホにふむ、と息をつく。確かに、このゲーム≠ノおいてブシドーはいまひとつ使いにくい職なのは確かなのだが(攻撃スキルを使うのに強化スキルを使わなくてはならないというのが致命的だ)。そしてメディックの医術防御はほとんどチート的な性能を誇っているのだが(しかも本来なら後衛食なのにHPやらなにやらも何気に高いし)。
 それを真正面から言っても意味がない。かといってごまかしたところでさらに意味がない。数瞬考えて、結局ひねりのないセリフを口にした。
「……お前が未熟者かどうか俺は知らないが。少なくともお前がいなければ、俺は今ここにいないのは確かだ」
 アキホがぽかん、と口を開ける。予想もしなかった言葉なのだろうか。まったくあまりにうぶすぎて可哀想になってくる、と思いながら続けた。
「お前は俺がどうしようもなく落ち込んだ時に、俺の担当だった家事を頑張ってこなしてくれた。俺に落ち込む時間を与えてくれた。その時間がなければ、俺はここにはいなかったし、たぶん生きてもいられなかっただろうな」
「…………」
「世界にどれだけの達人がいようが。少なくともギルドフェイタス≠ノ必要なブシドーは、お前だけだ」
「……っ」
 うつむき、しゃくりあげるアキホの頭をぽんぽんと叩いて立ち上がる。アキホにも、たぶん落ち込む時間は必要だろう。落ち込むには場所が悪いとは思うが。
「あー腹減ったー……って、うわアキホなに泣いてんだよ!? ディックに泣かされたのか? なに女の子泣かしてんだよディック!」
 アルバーに血相を変えて迫られ、「あー……」と言いつつ顔に手を当てた。他人がそばにいるというのは、ありがたいことだがそのコスト分の面倒くささをきっちり要求されるものだ、と昔思ったことを思い返しつつ。
 
「ふ……ぅ、はぁ……」
「ん……む、う」
 エアハルトは、目の前のセディシュの一物を半ばうっとりとしながら舐めしゃぶった。先端の亀頭にちゅ、とキスをし、竿を舐め、玉を舐めしゃぶり、一物ごとぐ、ぐと喉の奥に導き、吸う。
 そして自分の一物にも同様に、いや自分など比べ物にならないほど巧みに愛撫が加えられていた。腰が溶けそうになるほどの快感。それを与えられながらセディシュの一物をしゃぶっている。興奮と陶酔に脳味噌がとろけそうだった。
 自分の理性はこっそり苦笑しないでもなかった。男性同性愛者に強烈な嫌悪を感じていた自分が、今や男と69をして陶酔してしまうとは。
 けれど自分がセディシュにフェラチオをするのにも、されるのにも興奮し感じてしまうのはもはや確かなことだ。それどころか、男という性そのものにも、性的欲求を感じるようになってきてしまっていることも。
「ん……そろそろ、挿れる?」
「ふ、ぅ……はい」
 今日は、まず自分がセディシュに挿れる約束だ。自分の上になっていたセディシュがひょいと体を退かせ、ベッドに横たわってくい、とわずかに尻を持ち上げてみせる。
「ふぅ……ぅ。じゃあ、挿れます」
「うん……っ、ぅ」
 69をしながらも馴らしていたこともあり、セディシュの後孔はスムーズにエアハルトの指を呑みこんだ。息を荒げながらしばし孔を拡げ、中の感触を楽しんでから、ぐい、と避妊具をつけた自身を挿入する。
「う……ぁ、ふぅ……あっ」
「ん……く、ぁ、ん」
 お互いの息遣いだけがしばし部屋の中に響く。他の人はどうだか知らないが、エアハルトがセディシュとセックスをする時はお互い黙ってやることが多かった。卑猥な言葉を聞いて興奮できるほどエアハルトは恥を捨てていないし、なにより黙ってやっていた方が、お互いの中に繋がるものができそうな気がするのだ。
 ぐ、ぐ、と腰を前後させ、セディシュのイイところを後ろから突き、そっとセディシュのペニスをしごく。手の中に、エアハルトのペニスに伝わる熱さに、エアハルトは思わず体の芯を震わせた。
「ぁ……ぁ、あ、ぁ、ぁーっ……」
「ふ……う、ぁ……」
 しばしの交わりののち、エアハルトはセディシュの中に性欲を開放する。お互い身を震わせてその快感を味わってから、ゆっくりとペニスを抜いて避妊具を始末し、訊ねる。
「……できますか?」
「うん。エアハルトは? 休憩しなくて、いい?」
「はい。……むしろ、早くしてほしいです」
 顔を合わせて言うのは恥ずかしくてとてもできないので、ゆっくりと身を起こそうとするセディシュから顔を逸らしつつやや早口に言うと、セディシュがこくりとうなずく気配があってから、するりと抱きつかれぺろりと耳を舐められた。
「んっ……あっ、ちょ……やめて、くださいってば……そういうことされたら、挿れられる前に、また……ぁっん」
「加減してるから、大丈夫」
 体のあちこちを愛撫され、これまでの経験でだいぶ体のあちこちが開発されているエアハルトは快感に身を震わせたが、とにかく四つん這いになってセディシュに臀部を向けた。この体位は挿れられる時のエアハルトのお気に入りだ。挿れる時は体と体をもっとぴったりと触れあわせられる体位を好むのだが、挿れられる時はそういう体位はなんとも気恥ずかしいし、後孔の感覚に集中できない。
 かなりに身勝手な言い分だとは自分でも思うのだが、セディシュはいつもそんな自分をあっさりと受け容れてくれた。当たり前のように。ごく自然に。なぜかと訊ねた時、セディシュはこう答えた。
『エアハルトだから、嫌じゃない』
 ……それはつまり、『大好きな仲間だから』という意味なのだ、ということを、その時のエアハルトは当然わかってはいたけれども。
「ふ……ぅ、っは、あ、あ、あぅんっ、ぁっあっ」
「ふ、う、う」
 滑らかで、見事な緩急をつけて、的確に自分の急所を突く腰の動き。それにいつものようにエアハルトは翻弄され、たっぷり練り込まれたクリームのような、濃密な快感を味わう。
「ぁあ、あ、あっ、ぁっん、ぁ、だめ、だめです、もうだめ、い、イ、イきますっ、あっぁっぁ、ぁあ―――………」
「ふ、ぅ、ぅ……」
 放出と受胎の快感。股間のものから精液を吐き出す法悦と、後孔に熱いものを吐き出される幸福。それを一時に味わい、エアハルトの脳は深い快楽に痺れる。
 エアハルトがたっぷり余韻を味わってから、セディシュはゆっくりと自身を抜いた。その動作にびくん、とまた身を震わせてから、身を起こして避妊具を始末するセディシュに言う。
「あの、セディシュさん」
「なに?」
「もう少し……このままで、話とか、していいですか」
 セディシュは、珍しくすぐにこっくりとうなずいた。にこ、と小さく微笑んで。
「うん。しよう、話」
「……はい」
 お互い裸のままベッドに寝転んで、ときおり身を触れあわせながら語り合う。ほとんどはエアハルトの投げつけたボールにセディシュが応える、という感じだったが、エアハルトはそういう話の仕方はもう、決して嫌いではなくなっていた。
「僕の他にも、こういう風に挿れる方もやってる相手とかいるんですか?」
「アルバーは、ときどき。挿れられるの、恥ずかしいみたいで、あんまりやりたがらない、けど。ヴォルクは、張り型とか、バイブなら挿れる。スヴェンにはない。ディックは、指はよく挿れるけど、俺が挿れたのは、数えるくらい」
「わりと多いですね……っていうか、張り型とかってすごくいかがわしい感じが」
「そう?」
「まぁ、人の好き好きですけど。僕より具合がいい人とか、います?」
「うん……? アルバーは、同じ、かちょっと下がる、くらい」
「ふーん……やっぱり腰を鍛えてる人間ってことですね。でも暫定一位は僕なわけか。ちょっと嬉しいですね、それは」
「そっか。おめでとう」
「どうも。……まったく、こんなことを普通に話すようになるなんて、あなたと会うまでは思いもよりませんでしたよ」
「そう?」
「ええ。あなたと会って、ようやく知ったんです。セックスって、楽しいって」
「そっか。よかった」
「ええ……まぁ、今のところ楽しめてるのは男性とのセックスだけなんで、男にばっかり目が行ってしまうのがちょっと悔しいですけどね」
「そう?」
「だってなんだか損してる気がするじゃないですか。それに、結婚は女性としたいですし」
「そっか」
「まぁ、それでも他の男と遊んでしまいそうな気はしてますけどね」
「そうなんだ」
「ええ……お互いに合意の上なら、ちゃらんぽらんになるのも、そう悪くはないかな、と思うようになったので」
 そんな益体もないことをいろいろと話した。たぶんこれが最後だと思うと、つい口が軽くなってしまったが。
 それからエアハルトはするっとセディシュに近寄り、ぎゅっと体を抱きしめた。
「? エアハルト、なに?」
「セディシュさん。僕は、あなたを仲間だと思ってますし、友達だと思ってます」
「……そう」
「ええ。あなた以上の友達は、少なくとも僕の人生には二度と現れないだろう、ってくらいに。あなたに会えて、本当によかったと思ってます」
「……そっか。嬉しい」
 ちょっと体を話して顔を見る。セディシュの真剣な顔はほんのりと赤くなっていた。以前はそんな顔をするなんて思ったこともなかったのに。小さく笑んでから、その顔に、するすると自身の顔を近づけて、こつん、とおでこをくっつける。
「……エアハルト?」
「だから、ここに誓います。……友よ、我が剣は汝の隣に、我が盾は汝の前に、我が命は汝と共に。我が生と死は、汝の心の内にあるものなり。我が命尽きようとも、我が魂、永劫に汝を守らん。……手を」
 目を見開いているセディシュの手を取り、そっとその甲に、掌に、指先に口付ける。
「我がこの誓い違えん時は、我が魂は泥と腐肉にまみれよう。汝の手は、我が魂を握る手。我が魂を刈り取る手。我が誓い、汝の手に捧げよう。どうか、我が誓いを汝の心と手によりて守らせんことを……」
 言い切ってから息をつき、またセディシュに抱きつく。今度は、少しもたれかかるように。
「僕の故郷……という設定≠轤オいですけど、とにかくそこにある誓いの文句なんです。もともと僕の故郷はこういう誓いがやたらいっぱいあるんですけど、これはその中で、共に闘う友を絶対に守る、という誓い。それを破った時は、どうかあなたの手で命を奪ってください、という誓いの中でも一、二を争うくらい重い誓いです」
 また少し体を離して、今度は真正面からまだ目を見開いているセディシュを見る。たぶん自分の顔は、緊張やらなにやらで真っ赤になっているだろう。
「……受けてくださいますか」
「…………」
 セディシュはじっとこちらを見たまましばし固まっていたが、やがてゆっくりとうなずいた。
「うん」
「では、こう言ってください。――友よ、その誓い、受けよう。それで誓いは終わりです」
「俺が、したい時は?」
「……え?」
「俺も、エアハルトに、その誓いしたい、時は?」
「…………」
 エアハルトはしばしセディシュを見つめ、ひどく熱い顔を微笑ませて、ぎゅっとセディシュを抱きしめてから、その誓いの文言を教えた。

 ぽろろぽろぽろりらぽろり。屋敷に響く美しい音に、ディックは部屋を出て居間に向かった。クレイトフは楽器の調律はいつもそこでやっている。
「クレイトフ」
「おーディったん、どったの、部屋の整理もう終わったん? あ、それとももしかしてうるさかった?」
 笑顔で言いながらぽろぽろりと調律を続けるクレイトフに、こいつは実際いい根情してるよな、と苦笑しつつ首を振った。
「いや。いい音だったからな、耳障りじゃないんだから別にかまわないだろう」
「お、そう? いやーディったん太っ腹! 初めて会った頃だったら人の迷惑にならないところでやってもらおうか、とか言われただろーね俺」
「言っても絶対改めずに何度もやったけどな、お前は。……ちょっと、いいか。お前と少し、話がしたいんだ」
 そう言うと、クレイトフはお? とでも言いたげに眉を挙げ、にっこり笑ってうなずいた。
「もちろんいいよん。クレイトフおにーさんは懐広いからねー、お悩み相談から愛の告白まで、なんでもお話聞いたげる」
「そりゃどうも……というか、愛の告白はないだろう」
「ディったんが本気で告白してくれんなら、おにーさんも考えちゃうよ?」
「考えて、振るわけか? アキホみたいに」
 クレイトフがわずかに苦笑する。
「その話か……参ったな。別に俺としてはアキホちゃんを泣かせたかったわけでもなんでもないんだけどねー」
「それはわかってる。ただ、疑問だっただけだ」
「なにが?」
「お前の好みが」
 一瞬クレイトフは大きく目を見開き、それからぶっと吹き出した。
「……っ、まさか、ディったんが俺の好みをそんなに気にしてくれてるとは、思わなんだわ……く、ぷぷっ」
「そう笑うこともないだろう。セディシュもアキホも道義的に範疇外にするお前が、どういう人間だったら好みだと思うのか、せっかくだから知っておきたいと思うのは、そんなにおかしなことか?」
「いやいやおかしいとまでは言わないにしろ笑えることだよ。だってディったんがわざわざ気にするようなことでもないじゃん?」
「せっかくだから聞いておきたいと思っただけだ。……お前のことは、これまでちゃんと知ろうと思ったことがなかったと思って」
「そう?」
 クレイトフはにっこり笑顔を浮かべてみせる。成熟した人間が浮かべる、詮索をごまかす笑顔。だがディックは単刀直入に続けた。
「それとも、俺がお前のことを知りたいと思うのは、迷惑か?」
「………やれやれ」
 苦笑して、楽器をそっと机の上に置く。そして椅子の背もたれに身を預け、どこか謡うように言った。
「人は幸せだとその幸せを他人にも押しつけたくなるもんだよねー。周囲にやたら結婚を勧める新婚さんやら、やたら子作りを勧める新人パパやら」
「もう一度聞くが、迷惑か? お前のことを知りたいと思うのは」
 クレイトフはまた苦笑する。
「迷惑ってわけじゃないけど……あんまり言いたくないし知られたくないかな。あんまり褒められるような人生送ってきてないからさ」
「……そうか。結局言えるほどの仲にはなれなかったわけか。残念だ」
「ちょ……いや別にそういうわけじゃなくてさ! ただ俺は……」
 勢い込んで言いかけ、うつむいたディックの口元が笑んでいるのに気づいたのだろう、舌打ちして背もたれに背をもたせかける。
「ディったんも人悪くなったよねー……」
「そうか? 俺としてはずいぶん人間的に成長したと思っているんだが」
「真顔で言うなって。……まぁ、否定はしないけどね」
 軽く笑って天井を見上げるクレイトフ。その瞳には奇妙にほの暗い光があった。
「実際、みんなはそれぞれに成長してると思うよ。俺はそんなにほいほい成長できるほど、若かないけどね」
「年はそれほど違わないだろう」
「俺はもう固まっちまってる人間だよ。これまでにさんざん人の道に外れたことして……騙して、盗んで、裏切って。やったことないのは人殺しぐらいだけど、それに近いことはやったことある」
「…………」
「世の中の汚いものさんざ見てきて……けどそん中でまぁ、それなりにいいもの見たりして、このままじゃ駄目だとか思ったこともあったりして、そんで今の俺ができて……そういう俺をそれなりに気に入りながら長いこと生きてきちまったわけだからさ、そう簡単に自分変えたりとかできないわけよ」
「……『人生舐めんなよ』」
「へ?」
「そう言ったのはお前だろう、クレイトフ。世界は都合よくいかない。人生はいい面も悪い面もある。そう言ったのもな。年を取れば変わりにくくなるのは確かだろうが、それは変わらない理由にはならない。お前だってまだ二十六歳の若造だ――俺が十九歳のガキなのと同じようにな」
 クレイトフは一瞬きょとん、と目を瞬かせてから、またぷーっと吹き出した。
「いや、なんつーかその、ディったんが言うとチョー説得力あるねぇ!」
「まぁな」
「いや、ホント、なんつーかこーいうの『負うた子に教えられ』とか言うのかね……ある意味カンドーだわ。そーだよなー……俺、まだ二十六の若造なんだわ」
 くっくっく、と笑いつつ、クレイトフは楽器をまた手に取り、ぽろろんとかき鳴らして言う。
「俺の好みなんて単純だよ。後腐れがない女。色気があって、こっちの責任追及してこない女。そういう女じゃないと、勃たないわけ、おっかなくて」
「なるほど。他人のことにああだこうだ言うのは、自分の責任を追及されないからなわけか」
「うっわ、きっついねーディったん」
「自分でもわかってるんだから別にいいだろう。……それでも、お前はサーガを作りたいと思うわけだな」
「あー……まーね。単純に飯のタネになるから、ってのもあるけど。やっぱり生まれたからにはそれなりに、自分のことを価値あるって思いながら生きたいわけさ。で、俺には自分の中でそう思えるものが歌で、音楽だった。だからそのためには命を懸ける。おかしいかな?」
「いや」
 ディックは首を振る。
「……お前の作るサーガというのがどういうものか、聞いてみたいと思うようになっただけだ」
 クレイトフは一瞬キョトンとしてから、破顔した。
「なんなら今から一曲ご披露しましょうか、お客さん? サーガはまだ完成してないけど、俺の持ち歌それだけじゃないぜ?」
「そうだな――じゃあ、頼む」
「身に余る光栄!」
 言って、クレイトフはぽろろん、と楽器をかき鳴らし始めた。

「んっ……あ、ぁ、あっぅ」
「っ……は。まったく、こんなことされても感じちまうのかよ、この淫売」
「っあ!」
 ぐい、と乳首を思いきり引っ張ると、セディシュは切なげな声を上げた。ごくり、とこっそりと唾を呑みこむ。実際、セディシュの反応の返し方には、いつもいつも情欲を煽られる。
「っひ……あ!」
「素っ裸でチェストの上座って、恥ずかしげもなく大きく股広げて。尻から孔から全部丸出しで。それで『挿れてください』だなんて、恥ずかしくないのか、この雌犬」
「ひ、あ、ぁっ」
 潤んだ瞳でこちらを見上げるセディシュにまたこっそりごくりと唾を呑み、ぬ、ぬ、ぬぶっ、と長いストロークでセディシュのイイところを突く。何度も関係を結んで、セディシュの感じるところはほぼすべて呑み込めるようになっていた。
 胸、尻、耳、首筋、背中、脇腹、太腿、指先、足裏、股間。すべてを時には指で、時には舌で愛撫する。セディシュがひたすらに快楽に埋没できるように。
「あ、ぁ、っあ、気持ち、イ……っ」
 そろそろ限界か、と察したスヴェンは、ぬっぬっぬっ、と腰の動きを速めた。セディシュの足を大きく上げさせ、斜めからのような格好でセディシュと交接し、そのペニスをしゃっしゃっと優しく、精妙に、かつ激しくしごく。空いている手であちらこちらを愛撫し、腰は勢いよくセディシュの弱点を突き。潤んだ瞳を舐め、唇を舐め、口内を舌で舐め回し――
「っぁ………!」
「く、ぅ……!」
 お互いほぼ同時に精液をこぼす。セディシュは二人の腹の間に、自分はセディシュの中、に差し込まれた自身を包み込んでいる避妊具の中に。
 しばし余韻を味わってから、ゆっくりと自身を抜き、避妊具の始末をする。それからそっとセディシュの前髪を上げて額にキスをして、「シャワー浴びておいで」と微笑んだ。
「? もう、いいの?」
「うん、俺はもういいよ。君も疲れてるだろ? この数日ずーっと他の奴らの相手してたわけだし」
「別に、疲れてない」
「そう? でも、俺は今はセックスよりも君と話をしたいな。つきあってくれるかい?」
「うん。つきあう」
 こっくり、とうなずいて、部屋を出ていくセディシュの背中を見送り、スヴェンはふぅ、と息をついた。あの子って、本当にどんだけ精力絶倫なんだろう。
 アルバーで三日、ヴォルクで一日、エアハルトで一日、その間もちろん休み休みだろうがずーっとヤりまくってきただろうに、自分とのセックスももう三回目だ。しかもそれに手抜きがないというか、何度やっても淫靡なこちらを興奮させる仕草と雰囲気を作り出してくる。
 自分はエトリアにやってくる前の帰省まで、相当に遊んでいた方だと思うが、それでもここまでタフじゃなかった。そこまであの子を動かすのは、仲間に対する思いやりなのか友情なのか、それとも色情なのか慣れなのか。
 そんなことを考えつつ、苦笑する。これまでずっと見てきたが、結局その問いへの結論らしきものすら出せなかった。実際、いろんな意味で、すさまじい子だと思う。
 セディシュに続いてシャワーを浴び、部屋に戻ってくると、セディシュが出迎えてくれた。素っ裸で。
「……セディシュ、なんで服を脱いでるんだい?」
「? なんで、着るの?」
「……。いや、あのね、セディシュ。人間は、普通服を着るようにできている生き物だと思うんだけど」
「そう?」
「………。あのさ、セディシュ。君、裸でいたいの?」
 その問いにセディシュは少し首を傾げ、それからこくりとうなずいた。
「今、ここでは」
「…………。なら、別にいいんだけど」
 苦笑して、まだ裸だった上半身に服を着ようとすると、その腕をきゅっとセディシュがつかんだ。
「……セディシュ?」
「服、着ないで、くれる?」
「………いや、セディシュ、俺はとりあえず今は君とセックスする気はないわけなんだけど」
「うん。でも、裸の方が、気持ちいいから」
「……なにが?」
「話、するのが」
「……え……」
 話を聞いてみると、こういうことらしい。これまでの(体感時間にして)数週間で自分はいろんな人とセックスをし、そのあとにいろいろ話をしてきたが、お互い裸でベッドの中でお喋りをする方が、服を着て話をするよりも心地よく、気持ちが通じるような気がして好きだ、と。
 その思考自体は別にどうこう言う気もないし、わからないわけでもないのだけれども。
「……誘ってるのか、とか言われてもしかたない台詞だよなぁ、実際」
「なにが?」
「いや……なんでもない」
 結局スヴェンはこの子のお誘いを断れず、同じベッドで、素っ裸の相手と、自身もズボンを脱いで下着ひとつで話をすることになった。
 別に、こんな状況じゃ興奮して話ができないというほど若くもないし。押し倒したりする気もないし、誘われてると勘違いするほど馬鹿でも、この子を知らないわけでもないのだけれども。
 安全な男と思われてるのかと思うと、少し微妙なものはある。セックスの際はけっこう焦らしたりいじめたりしてしまっているのに。
「……というか、実際にセックスしちゃってる奴に安心されるって、いいのかなーと思うよなぁ……」
「なにが?」
「いや、なんでもない……」
 カーテンを引いたスヴェンの部屋は、薄暗く涼しい。その中の同じベッドの、ひとつの毛布の中で、お互いの体温を感じながら話をする。別に嫌というわけじゃないけど、などとむにむに言っていると、間近にあるセディシュの顔がわずかに傾いで質問を発した。
「話って、なに?」
「……いや、そんなに改まって言うほど大した話じゃないんだけどね」
 苦笑しながら言葉を紡ぐ。実際、他人にしてみればつまらないこだわりだろうと思うのだ。
「悪かったな、と思ってさ。俺の理屈を、君に押しつけて」
「? なにが?」
「これまでさ、俺は君に、何度も俺の良識≠押しつけてきただろう? 自分を大切にしろとか……君がセックスを強要されてたのを、『当然嫌だったはずだ』と決め込んで、君からセックスを遠ざけようとしたり。余計なお世話ばっかりしてたな、って」
「なんで?」
「君にとっては意味のない気遣いだったんじゃないか、ってさ。君は別に、誰かとセックスするのが嫌なわけじゃないんだろう? というか……好きなんだよな? セックス」
「? うん……うん。わりと」
 こっくりうなずくセディシュにまた苦笑する。
「だからさ。自分と違う考え……ディックは『パラダイム』って言ってたけど、そういうものを持っている相手に、自分の持っている常識や良識で、よかれと思うことをしたって、押しつけにしかならないよなって。反省したんだ、これでも」
「? なんで?」
「なんでって……君にとっては迷惑なことだっただろう、って」
 セディシュはきょとんとした顔で、ごくあっさりと首を振る。
「俺は、嬉しかったけど」
「……なんで?」
 にこ、と確かな嬉しさを表して笑ってみせる。
「スヴェンたちが、俺のこと、大切にしたいって思ってくれてるの、すごく、嬉しかった」
「…………」
 じっ、とセディシュを見る。セディシュもじっ、とこちらを見返す。ごく間近にある顔が、瞳が、視線が交錯する。
「……俺は、さ。セディシュ。ここに……エトリアに来るまでは、本当にどうしようもない奴だったんだ。いや、そういう設定≠轤オいけどさ」
「そうなの?」
「ああ。家の金持ち出して家出して、街で女を引っかけて、家に転がりこんで、そこでまた女遊びだの男遊びだのして。それこそヒモかごろつきみたいな暮らししてた」
「そうなんだ」
「ああ……それで久しぶりに家に戻ってみれば、両親は死んでるわ、妹は一人で獲物を狩っては食って、それこそ獣みたいな暮らししてるわ、で……すごいショックを受けたんだ。自分が遊んでいる間に、こんなにも家族に、妹にひどい思いをさせてたのか、って」
「そっか」
「だから、心を入れ替えようと思った。なんとしても妹を守ってやろうと思った。それこそ命を懸けても。真面目に働いて、まっとうな、誠実な暮らしをしようと思ったんだ」
「うん」
「だから、君のことも助けてやりたい、なんて思い上がったことを考えたんだ。まっとうな大人として、道を踏み外した君を助けて『あげなくちゃ』なんて思ったりしてさ。……そんな考え方が、どれだけそういう相手にとってうざったいものか、身を持って知ってるくせにね」
「そう?」
「ああ。……そのくせ、俺は君とセックスして、『またヤりたい』なんて思っちまったんだ」
 苦笑の形に唇を歪めて、じっと相手の瞳の中をのぞきこみ。
「君とのセックスを『たまんなくイイ』なんて思っちまって、勝手に押しつけた良識と色情の間で勝手に苦悩したりしてた。結局、俺はまだ自分のことが一番大事なガキなんだと思う。自分に縛られて、自分に与えられたものにすがって。……だから、こんなことを言えた義理じゃない、とはわかってるんだけどね」
 苦笑を深くして。自分のみっともなさに自嘲しながら。それでもできるなりに懸命に、真正面からセディシュを見つめ。
「好きだ、セディシュ」
 目を瞠るセディシュに向け、心底真剣に。
「ずっと好きだった。世界で一番なんて言い切る自信はないけど――それでも俺は、君が好きだ」
「…………」
「ああ、返事はしなくていいから! 言われなくてもわかってるとこあるし……それに、君を悩ませたいわけじゃないんだ」
 やたらとぶんぶん手を振り首を振る。たぶん自分の顔は今相当赤いだろう。遊んでた頃も、こんな真剣な告白なんてやたことはないのだから。
「ただ、頭の端にでも覚えておいてほしいんだ。君が助けが必要になったら、そしてその時君の傍らにいる人に助けを求められない状況だったら、俺はどんな時でも、君を助けに行く――よう努力する。……こんなことしか言えない情けない奴に告白されても、困るしかないとは思うけどさ」
 セディシュはぶんぶんと勢いよく首を振った。するり、と自分に近寄り、胸の中に飛び込むようにして体をすりつける。
「ちょ、セディシュ」
「嬉しい。すごく、嬉しい。ありがとう。すごく、本当に、ありがとう」
「………セディシュ」
「俺も、スヴェンのこと、好き。本当に、すごく、大好き」
「うん……ありがとう」
 その想いはたぶん、自分のものとは、質も量も違うだろうけれど。この子にとっては、間違いなく、心からの真剣な想いだ。
 ちゅ、と感謝をこめて額にキスをする。と、セディシュはひょいと体を伸ばし、唇にキスをしてきた。しかも、舌を入れて。
「ちょ……セディシュ、ん、む」
 などとなんとかお互いの反応を抑えようとしつつも、スヴェンの体は勝手に舌を絡ませ尻を揉みしだき後孔を撫で腰を擦りつけ乳首を捻り耳をしゃぶり首筋を舐め、とどんどんと動いていってしまう。そしてそのたびにセディシュは喘ぎ、息を荒くする。
 セディシュの潤んだ瞳が自分を見上げている。ごくり、と思わず唾を呑みこんだ。自分のものは、下着の中でしっかりと自己を主張している。
「スヴェン……?」
「あー……えーと……くそ、なんで俺はいつもこう……」
 数瞬苦悩してから、じっとセディシュを見つめ、小さく囁く。低く柔らかいのに少し掠れた、昔は腰にクると評判だった声で。
「セディシュ。抱いても、いいか?」
 セディシュはにこ、とほんのり嬉しさを表した笑顔で微笑んで、うなずいた。
「うん」
「……ごめんな。こんな奴で」
「なんで? 俺、スヴェン、好きだよ」
「うん……ありがとう」
 もうヤらないっつっといてなぁ自分って本当にどーしてこう、と苦悩する心を見えないところへ蹴り飛ばし(セックスの最中によそ事を考えるのは相手に対する最悪の侮辱だ)、スヴェンはセディシュを抱き寄せた。

 起きてからえんえんひたすらに剣の稽古をし(ここ数日は自分以外の奴にセディシュが触れていることを思い出したくないので疲れ果てるまで稽古をやっていたのだ)、アルバーはずっしりと重い体を引きずって食堂へと入った。腹時計は飯の時間だと告げている、うまくすれば他の人間が作った飯のおこぼれをもらえるかもしれない。
 が、食堂へ入って、そこにいた人間を見るや、その期待が裏切られたことを知り、思わずがっくりとその場に膝をつく。
「……ちょっと、なに膝ついてんのよ。人の顔見るやそれって失礼すぎんじゃないの」
「あー、悪ィ……」
 ぱくぱくと(たぶんディックの作った)カレーチャーハンを食べつつこちらに文句を言うセシアに、アルバーは力なく頭を下げて隣の席に着いた。一応念には念を入れて訊ねてみる。
「それって、ディックの作ったやつだよな?」
「そーよ」
「……俺の分、まだ残ってる?」
「んなわきゃないでしょ」
「だよなー……」
 は、と息をつき、意気消沈しつつ台所へ向かう。生きられる日数も残りわずかだというの(かもしれないというの)に、自分の作ったまずい飯を食わねばならないと思うと、やはり気分が沈む。
「……ちょっと」
「んー?」
「あたしの作ったご飯なら、あるけど。別に、食べてもいいわよ」
「え……」
 アルバーは一瞬思わず眉根を寄せかけた。確かセシアの料理は(ギルドを作った頃の一、二度しか見たことがないが)見た目も味もほぼ素というか、生肉をただ焼いただけ、という代物だったはずだ。
 だが、すぐに笑って「ありがとな。じゃーもらうわ」と答える。厚意を無駄にするのもなんだし、実際自分の料理も大差ないのだから作る手間が省けるだけありがたい。
 幸いお釜(かなりに巨大)の中にはまだ飯がそこそこ残っていた。それと味噌汁も鍋の底に少し。軽く温め自分の茶碗(どんぶりと言えとディックには言われた)に盛り、セシアの料理だというフライパンの中の代物と漬物、明太子にちりめん山椒、それと水を用意し、食堂へと運ぶ。
「んじゃ、いただきます、と」
 一応勧められたものということで、先にセシアの料理に箸をつける。まだ少し毛の混じった鶏肉の炒め物らしき代物なのだが、まぁなんというか、なかなかの代物というか……
「どうよ」
 ぎろり、とこちらを睨み訊ねてくるセシアに、一瞬も箸を止めず食べながら答える。
「しょっぱくて焦げてて生臭い。あと中半生」
「……悪かったわねだったら食わなくていーわよっ」
「ま、気持ちはウマイからな」
 言ってずずー、と味噌汁をすすったりしつつ、がつがつと完食して漬物に取りかかる。とりあえずこれで飯山盛り一杯は食えた、おかわりしてくるか、と立ち上がりかけた時、ぼそり、とセシアが呟く。
「あんたって、ほんっとに……そーいうところが、いちいち……」
「ん? なんか言ったか?」
「なんにも言ってないわよ、あんたは飯食ってれば」
「嘘つけ、俺のそーいうところがどうとか言ってたろ、聞こえたぞ」
「うっさいな、別に気にしなくていーっての、いーからあんたは飯食ってなさいよっ」
「気になっちまうんだからしょーがねーだろ、きっちりケリつけねーとと飯がまずくなる。それに」
 す、とわずかに顔を近づけて、にっと笑って。
「これで最後かもしんねーんだ。言うこと言っとかねーと、後悔すんだろ」
「………バカじゃないの。あんた、絶対どーにかなるとか言ってなかったっけ、言ってること違うじゃん」
「ははっ、バレたか」
「バレバレだっての、このバカ」
「まーバカだけどな、俺。けど少なくとも今は、嘘はついてねぇ」
「……なによ、嘘って」
「気持ちを自分にも他人にもごまかしてねーってこと。惚れた奴には惚れたって言うし、ライバルにはムカつくって言うし、で、仲間には大切だって言うんだよ」
「………なにそれ」
「そのまんまだって。……お前がぜってー言いたくねーっつーんならしゃーねーけどさ、お前が俺になんか言いたいことあんのにしまいこんどくとかいうの、すっげー気になるし収まり悪ぃんだよ。心配するし苛々するしムカつくし……それに、お前には俺、でっけー借りがあるからな」
「借り? なにそれ」
「お前だってずーっと怒ってただろーが。お前のこと、女だって気づかなかったこととかそのせいでセクハラしまくってたことだよ」
「……なにそれ。あんた、気にしてたとでも言う気?」
「まーな。俺バカだけど、仲間にマジでやな思いさせといて気にもしねーほどバカじゃねーよ」
「…………」
「だから、まー、お前のことは特に気になるし、お節介焼いちまいたくなるわけ」
 言ってから盆の上の水をぐいっと飲み、セシアを見て笑う。
「そーいうわけだから、言ってみろって。言ってみたら案外どーにかなるかもしんないぜ?」
 セシアはそんな言葉を聞くやうつむき、深く深く息をついた。
「あんたって……ほんっと、バカじゃないの?」
「バカでけっこー。でなきゃ女が好きだったくせに男に惚れっかよ」
「はは、ほんっと、バカ……そんな奴に惚れたあたしはもっとバカ……って、やつね」
「へ?」
 うつむきながら、小さな声で呟いた声に目をぱちぱちとさせると、ぐいっとすさまじい力で胸ぐらをつかまれ怒鳴られた。
「あたしはあんたに惚れてるっつってんのよこの脳味噌ウーズ馬鹿っ!」
「へ……え、えぇ!?」
 きーんと耳の中に響いた音に一瞬頭をくらくらさせたが、すぐにアルバーは顔を間近に近付け真っ赤になりながら床を睨むセシアに勢い込んで訊ねた。
「って、マジかよおい!? いつからだっ、俺全然気づかなかったぞ!?」
「……っあたしだって気づいたのは最近よ。あんたみたいな変態ホモ野郎」
「だ、だからそーいう俺にいつ惚れたんだよ!? 俺、お前に惚れられるよーなことなんにもしてねーぞ!?」
「……もともと、顔とか、体格とか、好みでは、あったんだけど。ホモ野郎だって知って、無意識のうちに、思いっきり失恋して。ものすっごい嫌って、思って。なのに……あんた、急に男前になるから。しばらく落ち込んでたりしたくせに、みんなの気持ち支えたり、モチベーション高めたりして、いっしょーけんめー迷宮探索進めたりしてるから。なんか……いつの間にか、そーいうことに、なったのよ」
 耳まで赤くしてうつむき、ぼそぼそと言うセシアを、アルバーはひどく弱りきって見つめた。困る。すごく困る。気持ちは嬉しいけど、なんて言う余裕はなかった。一片の余地もなく困りまくるしかない。だって、自分は、本当に心の底から好きな人間がいて、それ以外の人間と惚れた腫れたをやる余裕なんて全然ない。
 なのでひたすら困ってうつむくセシアを見つめていると、セシアはふん、と鼻を鳴らしていつもの偉そうな口調で言った。うつむいたまま。濡れた声で。
「別に、ハナっからあんたがこっちに振り向くなんて思ってないわよ。あんたみたいなホモ野郎が女とどうこうなるなんてありっこないし。あたしのこと女だって言うまで気づかなかった奴だし。デリカシーないし女心わかんないし、ぶっちゃけかなりサイテー寄りの奴だし、むしろ振り向かれない方がラッキーって感じだし」
「……ごめん」
「ウッザいわね謝んじゃないわよ。なに? あたしに許してほしいとでもいうわけ? 違うんでしょだったらぐだぐだ言わないでよウッザいな」
「ごめん。許さなくていいし、怒っていいし、憎んでいいし、呪っていい。そんくらいのことならする権利あると思う」
「………っ」
「けど、俺は、お前を仲間だと思うし、お前が仲間な限り、絶対お前を守る。お前が俺より強くてもだ。それが俺の役割だと思うし、俺にできる一番のことだと思うしな」
「っ……バッカじゃないの。ほんと」
「バカだよ。お前も知ってんだろ。たぶん、お前が一番」
「……っ……」
 ぐい、とセシアは腕で勢いよく顔の前をぬぐう。涙らしきものが光るのが見え、ずきりと胸が痛んだが、顔を上げたセシアはいつもの態度のでかい表情に戻っていた。
「じゃ、これからちょっとつきあってもらうから」
「は? つきあうって……どこに?」
「デートに決まってんでしょ。街一緒に歩いて、おしゃれなカフェでお茶して、レストランで食事すんの。プレゼントもしっかり買ってもらうからね、覚悟しときなさいよ」
「はぁ!? って、ちょっと待てよおい、俺あいつ以外の奴とデートとか」
「あんたの意向は聞いてない。……最後くらいつきあってくれてもいーでしょ。ほんとに、これで、最後なんだから」
「………〜〜〜っ」
 ぐしゃぐしゃぐしゃっ、と頭をかき回し、ええいっ、とアルバーは顔を上げた。思いっきりの笑顔で。
「よっし、じゃー、すっかデート! 俺の貯金全部持ってくるかんな、どんな店だろーとどんと来い!」
 一瞬虚を衝かれたような表情になり、それからセシアはにやりと笑ってみせる。
「いい覚悟じゃないの。下手打ったらマジで空っ穴にしてやっからね」
「おう、任せとけ!」
 笑顔で答えてから、アルバーはセシアの手をぐい、と引っ張った。仲間として、それぐらいのことはやっておいてやりたいと思ったからだ。
 とたん真っ赤になったセシアに殴られ、「んな汗臭い服着てデートになるわけないでしょ少しはマシな服着てこい」と怒鳴られたのだが。

「…………」
「…………」
 ディックはセディシュを膝の上に抱いたまま、どうしたもんかと固まっていた。ぶっちゃけ、これからどうすればいいもんか見当がつかない。
 アルバーとセシアが屋敷中に聞こえるような修羅場を繰り広げたのち一緒にデートに出かけるという大胆な行為をやってのけるのを、つい観戦モードで見送ってしまったあと、たぶん行為のあと一緒に眠っていたのだろう、スヴェンがまだ裸のまま落っこちるように飛び出してきて。
 状況を説明するや、スヴェンは部屋にとって返し、セディシュにかくかくしかじかと説明し、セシアを追いかけに行ってくる旨を告げ。
 そのほとんど押し倒さんばかりの接近具合と掻き口説くと言っていいほどの言い訳に対する熱意に少しばかり眉に皺が寄りはしたものの、とにかくセディシュはこっくりうなずいて、スヴェンは感謝の念と共に熱の篭もったキスを与えたあと、セシアたちを追って外に出て。
 そしてセディシュは寝ぼけ眼でこちらを見て、こんなことを言ってきた。
「ディック、このあと、する?」
 相変わらずのストレートな台詞にいつもながら少しばかり気圧されたが、それでも慣れてきてはいたので笑って「じゃあ、頼むか」と言うと。
「それじゃ、部屋で待ってて。身づくろいしてから、行くから」
 そしてセディシュはなんとなく妙に緊張しながら待っていたディックの部屋に、きっちり身づくろいをして現れて。
「じゃあ、どうやってする?」
 なんてことを訊ねてきたので、苦笑して。
「セディ、覚えてるだろう、俺はやりますか、はいやります、なんて勢いで服を脱ぐより、少しずつ距離を縮めて雰囲気を高めていく方が好みなんだ」
「そっか、ごめん。じゃあ、どうやって雰囲気高める?」
「それを俺に聞かれてもな……そういうのはお互いの駆け引きだろう。まぁ、どうすれば相手が自分の思うように反応してくれるか、そういうのを探っていくのも楽しみのひとつだしな」
 そう言うと、セディシュはわずかに首を傾げてから。
「じゃあ、やってみる」
 そう言ってベッドに座っているディックの上に横座りに座った。ディックは苦笑しつつも、まぁこいつらしいかも、と思いつつその背中や頭を撫でていたのだが――セディシュがなぜか、横座りの体勢のまままったく動こうとしないのだ。
 普段なら耳やら首筋やら脇腹やらを触ってきたり、場合によっては即ズボンをずり下ろしたりするセディシュが、まったく動かない。となるとディックもどう反応していいものやらわからない。固まったままひたすら背筋を撫で下ろした。
 これまでセディシュとのセックスはずっと、セディシュの方から仕掛けてくるやり方で進めてきた。セディシュからの働きかけがあって始まるものだった。セディシュとのセックスに依存していた頃も、感情をぶつける自分をセディシュが優しくセックスへと導いてくれるから無事ことが始められたのだ。
 それなのにセディシュの方からアプローチがないということは、ディックの方からセディシュを口説かなくてはならないということで。
 どうすればいいのか。どうやればセディシュは喜んでくれるのか。まったく見当がつかないまま、途方に暮れてセディシュを見つめる。セディシュはじっとこちらを見上げたまま、動かない。
 ええい、と覚悟を決めて、ディックはセディシュに顔を近づけた。自分だって昔は女性とあれこれ遊んでいた(という設定)なのだ、好きな奴の口説き方ぐらいわからいでか。
「セディ……好きだ」
 セディシュはじっとこちらを真面目な顔で見つめながら、淡々とうなずく。
「そう。ありがとう」
 そ、そう、って。ありがとうって。ムードの盛り上がりようがないじゃないか。
 ええい負けるか、と思いつつ必死に髪を撫でたりキスを落としたりしながら耳元であれこれ囁いてみる。
「お前の髪は、きれいだな。まるで星みたいだ。お前の褐色の肌に、よく映える」
 セディシュはやはり真面目な顔で首を傾げてみせる。
「そう?」
「……っ、お前は可愛い奴だな。こっちを向いて、少しでいいからキスしてくれないか?」
 傾いだ首が淡々と近づいてきて、ごくあっさりと唇が唇に触れた。ちゅっ。
「こう?」
「………っ! 俺はお前に一生分の愛を捧げるよ。これから先一生、お前以上に愛する奴はいないだろう」
 これでどうだ、とばかりに思いきり真剣なキメ顔で言ったが、セディシュはやはり淡々とうなずいた。
「そう」
「………っ………!」
 うがーこれでも駄目ってどうやって口説きゃいいんだ! 反応がなさすぎるぞ! どーしろとぉぉ、とディックは頭を抱えたい気分で呻く。
 と、セディシュはわずかに首を傾げてから、すい、と体を近づけてきて、耳元で小さく囁いた。
「好き」
「え」
 じっ、とこちらを見上げ、どこか切なげに思える表情で、セディシュは淡々と、だからこそ物狂おしげに言葉を重ねる。
「好き。……好き。すごく、好き。ディックのこと、大好き。世界で、一番好き。俺の命よりずっと、大切。……大好き」
「セ……」
「ディックのこと、守る。俺のできる、ありったけで。ディックは俺に、世界をくれた人、だから。一番好きな人、だから……絶対に絶対に、守る」
「……セディ」
 じっ、と潤んだ瞳がこちらを見上げる。切なげで、物狂おしげな、悲痛ですらあると思える声音で懇願する。
「お願い。俺のこと、抱いて、くれる?」
「セディ……っ」
 ディックの心臓が、ぐぅっと熱くなる。セディシュに対する愛しさで満ちる。溢れる感情のままに、ぐいっとセディシュを抱き寄せ、キスを落とそうと顔を近づける――
 と、セディシュの顔が唐突に淡々としたものに戻った(ように感じられた)かと思うと、きょとんとした声音で言った。
「こんな、感じ?」
「…………は?」
 唐突な表情の転換についていけずディックがぽかんとすると、セディシュはわずかに首を傾げ、言った。
「ディックの、『雰囲気を高める』っていうの、ディックのやり方とか見てて、こんな感じ、かって思ったんだけど。違った?」
「……えぇと、つまり。それは、さっきまでのは、演技だった、わけか?」
 問われてセディシュはわずかに首を傾げた。意味がよくわからない、というように眉を寄せて疑問を表し、訊ねてくる。
「ディックがやってほしいっていうの、こんな感じかな、って思ったんだけど。違った?」
「…………」
 はあぁぁぁ、と思わず深々と息をついてしまった。セディシュがきょとん、と首を傾げるのに(困ったような風情だ、とディックは思った)、苦笑して頭を撫でる。
「違った、というかな。誤解を招く表現だったな、と自らの愚かさを反省しただけだ。俺としては、単純に、俺とのセックスを楽しんでもらいたいから言っただけなんだがな」
「………?」
「つまり、俺を接待しようとなんざしなくていい、ってことだ。やりたくもないことをやろうなんてしなくていい。俺は、お前と……その、お互いが幸せになるようにセックスがしたいから、ちょっと文句を言ってみただけなんだ。性に合わないと思うんなら、無理してしなくていい」
「……? なんで?」
「……セックスにも礼儀は必要なのは確かだが、礼儀ってのはお互いの心を守るためにあるものだ、と俺は思う。お互いにとっていいように互いに働きかけるのは重要だが、気疲れするような真似はしない方がいい。お前は、セックスの時に演技したいわけじゃないんだろ?」
「……別に?」
「……ええと。なら、演技したい、と思ってるのか?」
「したいって、いうか。当たり前、なんじゃないの?」
「は?」
「セックスの時、演技するの、当たり前なんじゃ、ないの?」
「む……それは、一概にどう、とは言えないが……」
 思わず顔をしかめた。確かに、ある程度の演技はお互いのために必要とも言える。双方の感情の盛り上げのために演出を使うのは有効な手段だ。しかも、セディシュの演技はまず相手には見破られないだろう、と思うほど巧みだ、普段が無表情なので見破りにくいことこの上ない。ので、場が白ける可能性も極めて低い。
 が、ディックはしばし考えて、首を振った。
「確かにそれには、一理あるかもしれないが。俺とセックスする時は……というか、俺の前ではしたくなければ演技しないでいい。たぶん『俺たちの前では』と言った方が正確なんだろうが、まだ他の奴の心積もりは聞いてないからな」
「? なんで?」
 首を傾げるセディシュに、じっと瞳をのぞきこんで、きっぱり言い切る。
「俺は、お前が好きだからだ。世界の誰より好きだから、俺の前でくらいは気を遣わないで、素のままで振舞ってほしいと思うんだ。その方がお前を独占できている気になるし、好きな相手に気を遣われない、というのは嬉しい」
 セディシュは目を瞠った。全く知らなかったことを聞かされた、というくらい戸惑った声音で、きょとんと訊ねる。
「好きな相手に、気を遣われないと、嬉しいの?」
「人にもよるだろうし、その好きな相手との相性にもよるだろうが、俺はお前に対して、今は強くそう思う。お前に自由なり自尊心なり幸福なりを、めいっぱい与えてやりたいと思う」
「…………」
「まぁ、これもある意味押しつけと言えばそうなんだが。俺は……お前と一緒にいて、お前を知って、お前に優しくされて……お前にめいっぱい幸せでいてほしい、と思うようになったから。お前は、これまで一緒にいて、それこそもう一生分ってくらい俺に幸せを与えてくれたし……そのお返しってわけじゃないが。お前に幸せを与えられたら嬉しいし、俺がじゃなくとも、お前が幸せでいてくれたら、本当に嬉しい」
「…………」
「だから、お前には、俺に気を遣わないで、自分の思うままに、楽しく生きてくれると嬉しい、と思うんだ。少なくとも、俺の前では。そう思うのは、嫌か」
 セディシュは眉を寄せて考え、それから考え考えという口調で口にした。
「嫌じゃ、ない、けど。俺も、ディックや、みんなに、そう思っちゃ、駄目なの?」
「え……」
「俺も、ディックや、みんなに、めいっぱい、一生分ってくらい幸せ、もらったから。だから、俺も、みんなに幸せ、あげられたら、嬉しいし。俺がしたんじゃなくても、幸せなところ、見れたら、嬉しい。みんなが、自分の好きなように、楽しく生きてくれると、嬉しい。そう思うの、おかしい?」
「……っ」
 ディックは、ぎゅぅっと心臓が痛むのに耐えかねて、ぎゅっとセディシュを抱きしめた。痛い。すごく痛い。たまらなく痛い死ぬほど痛い。
 なにも与えられなかったこの少年が、ただ幸せを享受せず、ひたすらに仲間の幸福のために尽くそうとするのが。死ぬほどの、狂うほどの目に合い、仲間たちからも決して本来与えられるべきだったほどは無条件の愛情を注がれはしなかったのに、当然のように与えられた幸福に感謝し、幸せを返そうとする、ひたむきといっても一途といっても足りない心の在り方が。
 そしてそれすらが、設定≠ナあり創られた感情かもしれない、という事実が。
「……人を想うっていうのは、本当に、胸が痛いことなんだな……」
 我ながらどこか泣きそうな声で言うと、セディシュが腕の中でわずかに首を傾げた。
「そう?」
「クレイトフが前に言ってただろう……世界というのは、いい面もあれば悪い面もある、と。これが悪い面だとは思いたくない、思えないが、それでもやはり、心から人を想うというのは、好きになるというのは、本当に……」
「……好きにならない方が、よかった?」
 淡々と発された問いに、ディックはわずかに苦く笑んで首を振った。
「いや。……どんなに痛かろうが、好きでいた方がいい。なにもない≠謔閨Aずっといい……」
「……うん。俺も」
 真剣な顔でうなずくセディシュに泣き笑いに笑ってから、ディックはセディシュの唇にキスをした。
 セディシュは一瞬目を見開いてから、すぐに閉じ、ちゅ、ちゅと舌を絡めてくる。そんな行為にも胸が痛くてたまらなかった。愛しい、切ない、苦しい、痛い。――そんな感情さえ本来はどこにもない≠烽フかもしれないのに。
 服を脱がせながら、体中にキスを落とす。あちこちにキスマークが付けられているのにむっとする気持ちがまだあるのが、場違いながらおかしかった。こんな時でさえ、人を想うのはきれいな感情だけではない。
 セディシュは自分の感情を察したのだろう、普段よりぐっと口数少なく、淡々と、けれど優しく行為を受け止めた。あちらこちらを舐めて吸い合う。互いのペニスを口に含む。熱意と切なさを込めながら舐めしゃぶる自分に、セディシュはいつも通りあどけなく、けれど淫靡に、そして優しく反応を返した。
「ん、ん、ぁ」
 こんな時にでも情欲を煽られる、セディシュの喘ぎ声。こんな時でも、性欲は確かに存在する。あぁ、本当に、世界というのは、きれいなだけではない。
「っぁ、あ、イっ、あぁっ」
「んむ、む、ふ、ぅっ」
 お互い、相手の口の中に一度ずつ熱を開放する。セディシュがそこまで熱意を込めて自分のペニスを口に含んでくれたことも、自分の愛撫でセディシュが達してくれたことも、どちらも確かに嬉しい、と今のディックには思えた。
 腰の下に枕を入れ、太腿に、足先に吸いつきながら、キスを繰り返し落としながら潤滑油をたっぷり取ってアナルを拡げる。こういった手際は、愛情だけではうまくいかない、経験と技術が必要だ。想っていればいいというものではない、これも世界の真理の一つか、とこっそり苦笑する。
「……挿れて、いいか」
 充分柔らかくなった、と思う頃、低く自分が問うと、セディシュは少し困ったような顔をして、じっと自分を見上げ、なにか迷うように口を開き、それから閉じ、また開く、ということを二、三度繰り返してから、ゆっくりと、まったくの無表情で言った。
「挿れて、ほしい」
「……っ」
 その言葉をその表情でセディシュが告げたことに、なぜかひどく胸が痛くなり、ディックはぎゅっとセディシュを抱きしめながら、ゆっくりと避妊具を着けたペニスを挿入した。
「……っ、ふ」
「……くぁ」
 気持ちいい。すごく気持ちいい。緩急をつけた締め具合が、いつものように自分にたまらない快感を与えてくれる。
 でも足りない。お互いの間に壁があるのが足りない。本当に溶け合って、ひとつになれたらいいなんて、そんなこと夢想でしかないのに。
「セディ……セディ、セディ……」
「ディック……ぅ、ふ」
 できるだけセディシュが感じるように、心地よくなれるように、少しでも与えられるようにそっと急所を突く。体のあちらこちらを、ペニスを愛撫する。そのたびにセディシュの顔が快感に歪むのが、確かに、泣きたくなるほど嬉しかった。
「セディ……っん、セディ、セディ、セディ……っ、あ、ぁっ」
「ディック……大丈夫。ぅ、大丈夫、だから……ぁ」
 ときおり互いに喘ぎ声をぶつけながらの、セディシュとの交わりは、爆発というほど強くもなく、激しくもならないうちに、静かに、ほぼ同時に達して終わった。
 セディシュが苦しくならないように、ゆっくりとペニスを抜いてから、横たわるセディシュの体に抱きつく。セディシュがそっと背中に腕を回してくれた。しばらく互いに黙ったまま、ただひたすらに抱き合って、しばらくののちセディシュが戸惑ったような顔で見上げ、訊ねた。
「ディック……これで、よかった?」
 どこかおそるおそる、という風情でそう訊ねるセディシュに、ひどく切ない気分になって、そっと、優しく微笑む。
「セディがいいなら、俺もいいよ」
「……俺も、ディックがいいなら、いい」
「じゃあお互い、相手が幸せならいい、って思ってるんだな、俺たち」
 そう笑うと、セディシュはきょとんとした顔をしてから、小さく首を傾げて、「そうなの、かな」と言ったので、「そうなんじゃないか」とディックは笑った。
 それから何度か交わり、一度はディックもアヌスにペニスを埋め込まれて喘ぎ、互いに熱を幾度も開放して、同じベッドでゆっくりと眠りに就いた。
 まどろみながら、ぼんやりと思う。――次に目が覚めた時、自分たちはすべてを終わらせに行かなければならない。

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