この作品には男同士の性行為を描写した部分が存在します。
なので十八歳未満の方は(十八歳以上でも高校生の方も)閲覧を禁じさせていただきます(うっかり迷い込んでしまった男と男の性行為を描写した小説が好きではないという方も非閲覧を推奨します)。
それと、一部下品な描写もありますのでそういうものにまるっきり耐性がないという方もやめておいた方がよろしいかと。



俺の尻をなめろ
 セディシュは現在の状況に、基本的にはとても満足していた。
 セディシュの一番古い記憶は、憤怒の形相のおじさん≠ノぴしぱしと顔をひっぱたかれているというものだった。セディシュに父はない。母もない。なんでも十五年前、赤ん坊のおくるみもなく裸のままエトリア近郊に捨てられていたセディシュを近在の農家であるおじさん≠ノ拾われ育ててもらったらしい。
 赤ん坊の自分をそれなりの大きさまで育ててくれたのだからおじさん≠ヘ相当に頑張ってくれたのではないかと思うのだが、セディシュの記憶にあるおじさん≠ヘそういったところを見せはしなかった。一番多く見た姿が酒を飲んで酔っ払っている姿で、次が怒った顔で自分を殴っている姿だ。
「お前には俺に恩返しをする義務がある」としょっちゅうおじさん≠ヘ言っていた。「縁もゆかりもない赤の他人なのにお前を助けてやったんだから」と。
 それはそうだなぁと思ったので、セディシュは言われるままにおじさん≠ノ物心ついた時からあれこれとこき使われ、近所の農家の手伝いをしてわずかでもおじさん≠フ酒代を稼ぎ、おじさん≠ェ苛立った時には殴りたいだけ殴られるという生活を続けてきた。別にそういう生活を好んでいたわけではないが、記憶にある限りずっとそういう生活を続けてきたのでこんなもんなんだろうと思っていたというか、改善しようという気は起こらなかったのだ。
 そして十歳の誕生日の少し前、おじさん≠ェ死んだ。
 最初は死ぬということがどういうことなのかよくわからなくて、最近妙に静かだなぁぐらいにしか思っていなかったのだが、体が次第に腐臭を発し始め、蝿がたかってきたのでおじさん≠ヘ道の脇の倒れた野犬やら馬車に轢かれた雀やら、そういうものと同じになったのだということがわかった。なのでそういうものに対する近所の人の対処を真似て、穴を掘って埋め十字の形に結った木の枝を立てた。
 そのあとこれからどうすればいいのかわからなくて、ずーっとその墓(その時はそれをそう呼ぶのだということもわかっていなかった)の前に座っていたのだが、やがて目立たない服を着た小太りの男がやってきて、なにやら猫撫で声を出してあれこれと誘いをかけてきた。だがまぁ要するにこの人は一緒に来い、と言っているんだなということはわかったので、素直にうなずいてついていった。
 それが人買い、奴隷商人であったので、セディシュは磨きたてられて競りに出され、結果エトリアのとある富豪に買われた。とある≠ニいう言い方をしたのは別にその富豪の名をおもんばかってではなく、単純に名前を知らないからだ。家畜にはただ我らを楽しませる肉があればよい、とその富豪は言っていたので。
 そうしてセディシュは十歳の誕生日に、その富豪に肉として買われたのだ。富豪のおもちゃ、家畜として。性欲を思うさまぶつけて楽しむための奴隷として。肉奴隷というのだ、とその富豪の部下たちが嘲笑いと共に教えてくれた。
 なので、まだ精通も済んでいないころから大人のペニスをアヌスで咥え込めるように調教され、男の性欲処理用のおもちゃとして徹底的に辱められ、普通の人はエロ漫画の中でしかお目にかかれないような(あるいはその中でもあんまりないだろうというような)行為で弄ばれてきた。十五の誕生日までの五年間ずっと。その富豪の屋敷で、他の何人かの肉奴隷と一緒に。
 そして、十五の誕生日に、富豪の屋敷が焼けた。
 あれはたぶん肉奴隷の一人が(自分以外の肉奴隷は屠殺されたり壊れたりでわりとしょっちゅう入れ替わるのでその時一緒だった肉奴隷が誰だかはよく覚えていないのだが)富豪に恨みを晴らすためにやったのだと思う。火事が起きて、檻が壊れて、火が迫ってきたので外に出たら、富豪の悲鳴が聞こえたので行ってみるとずたずたに引き裂かれた富豪が生きながら焼かれていたから。
 富豪はほどなく呼吸を停止し、その部屋にも火が迫ってきたので手近にあった服を着て外に出た。外は寒いだろうと思ったので。外には野次馬がいっぱいいて、押されて引っ張られてあれよあれよという間にどこかの路地裏まで押しやられてしまった。
 で、これからどうすればいいのかがわからなかったので、ずーっとそこに座っていた。お腹は空いたし夜は寒かったし体のあちこちが痒くなってきたりもしたが、どうすればいいのかも、自分がどうしたいのかすらよくわからなかったので。
 そして、もう何日そこにいるのかわからなくなってきた頃に、ディックに会った。
 ディックは自分にいろいろなことを教えて、与えてくれた。食事、言葉、生きる道、他人に自分の意思でなにかを与える喜び。
 そしてそれらすべてがつまった冒険者という今まで想像したこともない生。
 それはセディシュにとっては新しい世界の始まりだった。迷宮の中で戦い、守り、自分の力で道を切り開いていく日々。なにもかもが初めてのことばかりで、最初は苦労もしたし痛かったり苦しかったりということも山ほどあった。初めの頃は配給で食いつなぐのがやっとということもあったし、何度も命を失ったりもした。
 けれど、それでもセディシュはこの生活に満足していた。すべてが新鮮で心地よかった。初めてちゃんと生まれてきたという気がした。仲間と共に生きていく、その幸福に酔いしれていたのだ。
 だが。幸福なのは確かなのだが。
(ヤりたい)
 ムラムラムラムラムラムラムラムラ、と体中溢れ出しそうな性欲に体をもぞもぞさせながら、セディシュは何度もリピートしたその欲求を再確認した。
(ヤりたい)
 迷宮に入った最初の頃はこんなことなど考えもしなかったのだ。最初の頃はとにかく日々生き延びることに懸命だったし、そうでなければ生きてこれなかった。宿屋に泊まって誰と同室になろうとも(ほとんど大部屋だったし)とにかく体力を回復させるために休むことしか考えられなかったのだ。
 だが、最近。(主にスヴェンが伐採のプロになったおかげで)とりあえず宿代ぐらいには困らなくなって、探索も慣れてきて。
 セディシュは自分がヤりたくてヤりたくてしょうがないのに気付いたのだ。
(ヤりたい)
 セディシュは今まで自分の性欲を意識したことはなかった。なにせ肉奴隷だったので、セディシュの世界にはエロしかなかった。射精を管理され禁止されることはあったが、それもプレイの一環だったから、エロと縁のない時間などこの五年間寝る時すらほとんど与えられたことがなかったのだ。基本的には性欲など感じる間もないくらい、もう嫌というほど搾り取られるのが普通だった。
 そして、ここしばらくエロとまるで縁のない生活をして。
 自分がたまらなくセックスしたい、と感じているのを自覚したのだった。
(ヤりたい)
 ヤりたい。ヤりたい。ヤりたいヤりたいヤりたいヤりたい。強い力で押さえつけて犯してほしい。無骨な手で四方八方から弄ばれたい。ケツにぶっといのをぶち込まれて泣きが入るまでズコバコと――
 思考が受け身なのはそういうものに感じるように調教を受けてきたのだから仕方がない。セディシュはプレイの一環として肉奴隷仲間に挿入したこともあるし、気持ちいいとも思ったが、それでもやっぱり挿れられる方が好きだ。
 このムラムラの解消方法を数日考えて、肉奴隷だった時と同じように誰かに犯してもらうしかないという結論に達した。となれば、相手を見つけなければならないのだが。
 ……誰とすればいいんだろう?
 セディシュはムラムラしながら考えた。そして今日(迷宮探索時以外)ずっと考えていたのにまだ結論が出ない。
 ちなみに現在位置は長鳴鶏の宿屋、部屋に向かい階段を上っている途中だ。時刻はPM9:00、食事を終えてこれから各自の部屋に引き取るところ。のろのろと歩きながらセディシュは懸命に考えた。
 セディシュにセックスの相手を探すという経験はない。基本的にセディシュにとってセックスの相手は強制的に与えられるものだった。えり好みなどすればご主人様である富豪に死ぬほどお仕置きされるし、そもそもそんなことをしようと思ったことすらない。だからセディシュは相手がどんなに醜く、臭く、下品な奴でも平然と相手をすることはできたが、それはこうして自由な場所で相手を探すにはまるで役に立たないスキルだった。
 では、どうすれば相手を見つけられるのか?
 ディックが教えてくれたことを思い出す。『まず、最初はイメージだ』とディックは言っていた。スキルポイントの割り振りに悩んでいる自分たちに、問題に対処する時の方法論を教えてくれたのだ。
『まず目を閉じて、自分の心に浮かんでくるものを観察する。たぶん最初は体の感覚が感じられるだろう』
 歩きながら目を閉じてみる。感じられたのは疼きだった。腰の奥に灯った熾火のような熱。どこかに放出したくてたまらない、うじゃうじゃとした欲望。
『それから自分のしたいこと、欲望をイメージする。最初はぼんやり考えるくらいでいい』
 したいこと。それはセックスだ。逞しい男に思いきり犯されたい。
『で、欲望のイメージに揺らぎがなくなったら、今度は思考だ。したいことを正確に頭の中で思い描く。それができたらそれに必要なものが自然と連想されるはずだ。その必要なものを正確にイメージし、現状それをどうやって手に入れるかを考える。問題を心の底から真剣に考えているのなら、それがひとつの答えにはなるはずだ』
 したいことを。頭の中で、正確に。
 逞しい男に犯されたい、とセディシュはムラムラと考えた。筋肉はしっかりついている方がいい。マッチョでもスジ筋でもどちらでもいいが貧弱な体はどうもそそられないのだ。
 年齢は二十代後半から四十代前半だと嬉しい。突っ込む相手はどちらかというと若い方が好きだが、突っ込まれる相手はある程度年上の方が望ましい。年下や老人にヤられるのも別に嫌いではないが、一番普通に気持ちよくなれるのはやはり兄貴〜親父という年齢層の逞しい男に激しく犯してもらうパターンだった。
 体つきも重要だ。別に背が低い男が嫌だというわけではないが、どうせなら均整の取れた体つきのがっしりした男の方がヤられていて興奮する。自分より大きな強いものに支配されている、という快感をたっぷり味わうことができるのだ。年齢の好みもたぶんそのあたりからくるものだと思う。
 顔は目を背けたくなるほど醜いというのでなければ別に整っていなくてもかまわない。というよりあんまり美しい男をセックスの相手にするのは萎える。適度な乱れというか、下劣な雰囲気を作れる素地があった方がセディシュは気持ちよくなれた。
 そしてできれば、ある程度ペニスが大きいといい。あまり大きすぎるのも(太すぎたり長すぎたりという一部だけ大きいのも含む)挿れるのに苦労するが、やはり巨根にはテクニックでは補えない圧倒的なパワーがあるのだ。大きなペニスで奥までがつんがつん犯してもらう快感は、やっぱり格別だとセディシュは思っていた。
 仲間内でいうとアルバーなどだろうか。一緒に風呂に行った時にしっかり観察していたのだが、さすがソードマンというべきか体にはしっかりと筋肉がついていたし、体もがっしりしていたし。それにペニスもわりと大きかった。あのちょっと子供っぽい愛嬌のある顔を(セディシュはかなり好きな顔だ)欲情に歪めて、自分をめちゃくちゃに犯してくれたらと思うと欲情に燃える背筋がぞくりと震えた。
 他にはエアハルトとか。体格があまり変わらないのはアレだが体はがっしりしていたし、ペニスも体格のわりには大きかった。ヴォルクもわりと。痩せ気味だが背は高かったしペニスもそれなりだったと思う。他には――
 そこまで考えてセディシュは足を止めて目を見開いた。
「……そうか」
 仲間たちは疲れているのだろう、自分に気付かずのろのろと階段を上がっていく。その背中を眺めながら、セディシュはその驚愕の事実を頭の中でリピートした。
 そうか、仲間と、セックスしてもいいのか。
 それはただでさえ欲情を堪えていた体を一気に燃え上がらせるような認識だった。仲間。自分にとって、大切な存在とセックスすることができる。それはセディシュにとって、まさにコペルニクス的転回だったのだ。
 セディシュにとってセックスの相手とはいうなれば仕事相手だった。感情の混じる余地のない上司であり顧客。ちゃんということを聞けばうまくすればこちらも気持ちよくしてもらえるが、それはあくまでご褒美であり仕事の報酬。相手を満足させることが最優先で、向こうもこちらもそれが当然だと思っていた。
 だけど、もし仲間とするんだったら。大切な人とするんだったら。
 セディシュは下半身がムラムラするのと同時にドキドキしてくるのを感じた。好きだと思う相手とセックスする経験なんて当然セディシュにはない。だからそれがどんな感じかなんて想像するしかない。
 けれど、それでもそれがいくぶんの背徳感と高揚感をともなうことはわかった。大切な人、大好きな人、自分を人と、仲間と認めてくれる人。そんな人と、自分が死んだ時うろたえて心配してくれるような人とセックスしてしまうなんて、考えただけで(申し訳ないような気持ちと同時に)冒険の時のように胸が高鳴ってきてしまう。
「セディ? どうした?」
 少し前を歩いていたディックが振り向いて怪訝そうに声をかけてくる。足が止まっていたのだ。慌ててぷるぷるぷると首を振ったが、内心はずっきゅーんと尻の入り口から奥にかけて走る切なくなるような疼きに痺れていた。そうだ、今日はディックと同室なんだ。
 今日は、ディックと同室。ディックと同室。
 じゃあ、ディックと、できる?
 またごくり、と唾を飲み込む。なぜか心臓がばくばく言い始めた。先端がもう濡れ始めているのを感じる。ディックとセックス。ディックとセックス。そう考えただけで脳味噌が爆発しそうに熱くなる。
 ディックはセディシュの中では、神様のような人だった。ディックがこちらを見て笑いかけてくれるたびに、ぽんぽんと頭を叩いてくれるたびに、触れてくれるたびに言葉をかけてくれるたびに、震えるほどに幸せになってしまう。
 ともし火のような、太陽のような。自分を温め、幸福を与え、道を示してくれる存在。生きていていいのだと教えてくれる存在。自分に価値があると思える、今の人生に自分を導いてくれた最初の存在は、ディックなのだから。
 そんな人と、セックス。
 燃え上がる体をなんとか落ち着かせようと苦慮しながら、セディシュはディックの後ろについて部屋へと向かった。セックスしたいと思った時に、セックスできる人がいる。これってもしかしてすごいことなんじゃないだろうか、とか考えながら。

 ディックのあとから部屋に入って、セディシュはしばし扉のところでもじもじと体をよじった(顔はいつもの無表情)。とりあえず密室に入った(セックスは基本的には公開しないものだということは知っている)。さて、じゃあこれからどう誘えばいいんだろう。
 ディックは手早く白衣とツイードを脱いで(もうそれぞれ風呂には入っている)、リラックスモードになってベッドに寝転がる。まだ時間の余裕があるせいか、本まで取り出し始めた。
 しばらく一人もじもじしながら考えて、セディシュはとりあえずトイレに入った。とりあえず腸の中をきれいにしなくては。幸い浣腸なら肉奴隷時代に与えられたものをまだ持っている。
 浣腸をして、中のものを出し、風呂場に行って中にお湯を流し込み洗い出す、という工程を二度ほど繰り返して準備完了。ご無沙汰だったせいで、その準備段階ですでにかなり感じてきてしまっている。
 セディシュはどうしよう、と考えながらディックに近寄る。ディックは眼鏡をかけてすらすらと本を読み進めている(ディックは本を読む時は眼鏡をかけるのだ)。どうしよう、どう誘えばいいんだろう、と考えながらディックの周りをウロウロする。
 一分ほどウロウロし続けて、あ、と気がついた。別に難しく考えることはないじゃないか。だって相手はディックなんだから。こちらの意思を示せば、どういうつもりかしっかり読み取っていいようにしてくれるはずだ。
 セディシュはディックのベッドの上に乗り、ディックの服の裾をつかんだ。ディックがわずかに眉をひそめ、眼鏡を外して本と一緒にサイドテーブルに置く。
 ちなみにこの時ディックはもー思いっきりリラックスモードに入っており(冒険者生活を二週間もやっていれば他人がなにをしていようが実害がなければ意識しない程度のスキルは嫌でも身につく)、セディシュにちょっかいをかけられてもー、なんだよ、ぐらいのことは思っていたのだが、まだ読み始めたばっかりでいいところでもなんでもなかったし一応拾い主としてセディシュの面倒はある程度見てやらないとと思っているので面倒だなぁと思いつつも上体を起こして聞いた。
「どうした、セディ?」
 セディシュは少しドキドキしながら小首を傾げて訊ねる。
「セックス、しない?」
「…………………………………は?」
 ディックは十秒近く固まって、聞き違えたと思ったのか眉をひそめて聞き返してきた。セディシュは再度訊ねる。
「セックス、しない?」
「………誰と?」
「俺と」
「誰が?」
「ディックが」
「…………………………………」
 ディックはまた十秒ほど固まって、頭を押さえなにかぶつぶつ言いながらうつむいて、顔を上げて優しい顔を作って聞いてきた。
「セディ。もしかして、お前は俺に、セディ――お前と、セックスしないかって、誘いをかけてるのか?」
「うん」
 セディシュはこっくりうなずく。なんでこんなに何度も聞き返すんだろう、ディックにしては珍しいな、と思いつつ。
 ディックはまた十秒ほど頭を押さえてうつむきぶつぶつと独り言を言って、ばっと顔を上げてセディシュを見た。その顔にはなぜか決意のようなものが溢れているのがわかる。
 実際この時ディックの心中はある意味決意に溢れていた。子育てなんて柄じゃないが、この子供(セディシュ)がこんなことを言い出した以上正しい道に導かないわけにはいかない、と。
 セディシュが突然こんな突拍子もない誘いをかけてきたのはきっとセックスというものに対するきちんとした認識がないからに違いない。もしかしたら過去に性的暴行を受けて(ちなみにこの時ディックが思い描いた性的暴行とは性的いたずらレベルだ)セックス観が歪んでしまったのかもしれない。ならば手近に自分以上の適任がいない以上、このもの知らずな少年をなんとか導いてやらなければ、というように。
 その決意が当たっているようで少々見当違いなものだとは気付きもせず、ディックは優しい顔を作ってセディシュに聞いた。
「セディ。お前はセックスってどういうものだか知ってるのか?」
 セディシュはなんだか妙な感じのする問いに首を傾げたが、素直に答えた。
「うん」
「……じゃあお前の考えるセックスの定義を言ってみな」
「ていぎ?」
「ああつまり、セックスってどういうものだか言ってみなってことだ」
 セディシュはまた首を傾げたが、素直に言った。
「いろんな前戯とか、やり方とかあるけど、基本的にはチンポを穴に入れてずこずこ動かして、挿れてる方がイったら、終わり」
「…………………」
 ディックはその当たっているようで微妙にズレた答えにまた数秒頭を押さえ、笑顔を作って諭す。
「いいか、セディ? セックスっていうものはな、基本的には子供を作るためにやるものなんだ」
 セディシュは小さく眉をひそめた。ディックの言っていることが理解できなかった。
 だってセディシュの今まで会った男たちは、みんなセディシュの痴態に興奮して思うさま犯してきたではないか。あの男たちは自分を孕ませたくて犯してきたわけではないはずだ。
「嘘」
「嘘じゃない。セックスっていうのはそれが本来のあり方なんだ。男と女が、家庭を作るために、お互いの間に愛の結晶である子供を作るために行う神聖な行為なんだ。そりゃ世の中には穴さえありゃあいい、自分がイければいいって男も多いけどな。そういうのは間違ってる。そんなセックスは、あっちゃいけないんだ」
 セディシュは眉をさらにひそめる。どういう意味なのかよくわからない。
「あっちゃ、いけない?」
「ああ。お互いに対する労わりと愛情のないセックスはセックスじゃない。そんなもんはクソだ。セックスの結果起きることに関しても双方が責任を取らなくちゃいけない。だから男同士とか女同士とかは、そりゃ両方がそういう趣味で好き合ってるっつーんなら他人が口出しするこっちゃないけどな、そうじゃないなら間違ってる。存在するべきじゃないんだ」
 存在するべきじゃない。
 セディシュは目を見開いた。その言葉は、セディシュの神様から言われたその言葉は、セディシュに脳天を殴られるようなショックを与えた。
 存在するべきじゃない。男と男のセックスは、好き合ってなければ存在するべきじゃない。
 自分を否定された気がした。根底から。十歳の時から五年間、男と、不特定多数の好きとか嫌いとか考えることもできないほどたくさんの男とセックスすることしかしてこなかったセディシュの存在そのものがあるべきじゃないと言われた気がした。
 自分は、存在するべきじゃない。
 まぶたが熱くなった。じわ、と勝手に瞳が潤む。胸が破られたように痛くて、頭がガンガン割れ鐘のように鳴った。
 堪えきれず、うつむいて膝を抱え込んだ。う、と呻くような声が漏れる。必死に抑えようとしてっく、と喉の奥が鳴った。目が熱くて、胸も頭もぐしゃぐしゃで、たまらなくて膝にぐりぐりと頭を擦りつけて懸命に声を抑えながら泣いた。
 そうか、俺泣いてるんだ、としばらくしてからセディシュは認識した。もちろん泣くのは初めてじゃない。肉奴隷を五年もやってきたのだ、泣かずにはいられないような苦痛を与えられたのは一度や二度じゃない。
 でも、こんな風に。胸の辺りが痛くて泣くのは、初めてだった。
 そう、これはたぶん悲しいというのだ。悲しくて泣くなんてことがあるんだ。ディックは本当に自分にいろんなものを与えてくれるなぁ、と頭のどこかで思いながらあとからあとから溢れてくる涙を堪えて頭を擦りつけた。
 そんなセディシュを見て、当然ながらディックは慌てた。え、泣かせた!? セディを!? セディが泣いてる!? つか、俺泣くようなこと言ったか!? ここ泣くとこか!? 俺普通にちょっといい話したよな!? と。だが動転しつつも頭の中で猛スピードで発言を再検討し、そして基本的にとってもよろしい頭の持ち主であるディックは、数秒で検討を終えた。
 結論→セディは愛のない男同士のセックスを何度か強いられたことがあるんじゃないか?(でもまだ何度かレベル)
 思わずざーっと顔から血の気が引くような結論だったが、落ち着け落ち着け俺が慌ててどうする、正直んな重い話背負えるか! とは思うがここには俺しかいない以上なんとかしなけりゃならない、と自分に言い聞かせ、とりあえずセディシュの反応を見ながら(男からの肉体的接触に拒否反応を示さないかどうか辺りを重点的に)そっとセディシュの肩を抱き寄せた。
「セディ……あのな、その……」
 どう言うのがベストか、ディックは必死に考える。
 犬に噛まれたようなもんだと思って! →犬に噛まれたことをそうほいほい忘れられるもんでもないだろ。
 お前のせいじゃないよ。→そんな台詞が救いになるか?
 未来を見つめようぜ! →……とりあえずそのへんかなぁ……。
 脳内で結論を出し、ディックはゆっくり考えながらできるだけ優しい声で言葉を紡いだ。
「セディ。あのな……俺にはお前の気持ちはちゃんとはわかってあげられないと思う。だからさっきもお前傷つけるようなこと言っちまったみたいだしな。だけど……少なくとも俺はお前が辛い時愚痴の聞き役にはなれる。辛いことをなかったことにはしてやれないけど、それでもそれをできるだけ気にしないようにする手伝いはできるよ」
 セディシュは濡れた瞳ですぐ横のディックの顔を見上げた。そのひどく切なげな顔に少しばかり胸が痛みつつも、ディックは柔らかく柔らかく、と自分に言い聞かせながら続ける。
「だから、な。そう簡単に忘れることなんてできないだろうとは思うけどさ……でも、昔あったことより、これからのことを考えようぜ? お前に昔あった嫌なことなんて吹っ飛んじまうくらいいっぱい幸せなこと、これからやっていこうぜ。俺もできるだけ手伝うから。そんで、お前がもういいって思えたら、大好きな相手とめいっぱい愛し合ってるセックスやれよ。な?」
 優しく柔らかく微笑みながらディックはセディシュの頭を撫でて言った。ディック的にはそれなりにいい話をしたつもりだ。
 セディシュはディックの言葉に、少し考えた。それからまだ潤んでいる瞳で、子供のように小首を傾げて訊ねる。
「ディック。ディックは、俺のこと、好き?」
「……は?」
 まるで繋がっていない(ように思える)話にディックはあんぐりと口を開けた。こいつがすっとんきょうなことを言い出すのはこれが初めてではないが。
 セディシュはじっと息を詰めるようにしてこちらを見つめている。その緊張の程度から、たぶんこいつには重要なことなんだろうと(恋人でもなんでもないパーティメンバーの、しかも男相手に好きとかって……とこっそり頭を押さえつつも)笑顔を作ってうなずいた。
「ああ、好きだよ」
 ここはこう答えるしかないだろう。曲がりなりにも拾い主として。
 その答えに、セディシュはぷわーっとたまらなく嬉しげに笑んだ。まだ数度しか見ていないセディシュの全開笑顔はやはり可愛らしく、こいついつもこーいう顔してればもっと可愛いのに、と思いつつ頭を撫でてやる。
 と、セディシュは嬉しげな顔のまま、じっとこちらを見上げて言った。
「じゃあ、俺とセックスして、くれる?」
「…………………………………は?」
 さっきと同様ぽかんと口を開けてセディシュを見つめる。嬉しげだったセディシュの顔は、その反応にすっと曇った。いつもの無表情に戻って、いやむしろ眉間の辺りに悲しげな皺を寄せて、わずかに首を傾げてみせる。
「……いや?」
「いやいやっていうかなんていうかちょっと待てなんでそうなるセディ!? 俺の言ったこと聞いてたか!?」
「うん」
 こっくりうなずいて素直な返事。だがそれは今の状況にはなんら正方向に寄与しない。
「いやうんじゃなくてだな俺なんつったセディ。俺はお前に大好きな相手とセックスしろって」
 そこまで言って固まった。もしかして自分の言ったことはすさまじく間違った方向に解釈されてしまったのかも、とようやく気付いたのだ。
「ディック、俺のこと、嫌い?」
 セディシュは悲しげに皺を寄せて首を傾げた。ディックはまずいまずいこいつ本気で好き→セックスで嫌い→セックスしないと解釈してるぞ、と焦りながら必死に言う。
「いや嫌いじゃない、好きだけどな? 俺は普通に、大好きな女の子とセックスしろって言ったんだぞ?」
「なんで?」
「いやなんでって」
「俺、ディックのこと、好きだよ。大好き。なのにディックと、セックスするのは、駄目なの?」
「いや駄目っていうかだな! お前ちゃんと考えろ、お前俺に欲情できるのか!? お前だって女の子の方がいいだろう普通!」
 セディシュは即座に首を振る。セディシュにしてみればそんなことは考える必要もないことだった。
「俺、女の子より、ディックの方が、いい」
「………………」
 ディックは思わずぱかっと口を開けた。ディックのこんな顔珍しいな、と思いながらセディシュは眉間に皺を寄せながらディックを見上げる。
「ディックは、俺じゃ、いや?」
「いやっていうか……」
 ディックはううう、と唸って眉間に皺を寄せた。セディシュと違った方向の感情で。
 改めて嫌かどうかと問われると、なんというか、返答に困る。
 ディックは童貞ではない。むしろこの年にしてみればそれなりに経験を積んでいる方だろう。あくまでそれなりではあるが。
 神童と呼ばれ実際スキップするほど頭がよく運動神経もそれなりで容姿もそれなりに整っている上ファッションにも手を抜かなかったディックはかなりモテる方だった。特にまだ大学に入る前、下級生・同級生によくいた恋に恋するタイプの女子にはめちゃめちゃモテた。
 だが神童と呼ばれるタイプの人間にはありがちなことに、頭がいいと同時におっそろしく見栄っ張りだったディックは、そういうタイプの女子と付き合う前に一通りの経験を済ませることに決めており、決めた通りに実行もした。十五歳で大学に入学してから上級生の派手目なのに頭のいい、要領よく遊ぶタイプの女子に目をつけてストレートに誘いをかけたのだ。『自分を仕込んでみないか』と。
 つまり年上の経験豊富なお姉さまにセックスの技術やら女の口説き方やらムードの作り方やら、ともかく男女の付き合いに必要な技術を最初にみっちり学び、それから普通のお付き合いというのをすることにしたわけだ。自分のイメージやらなにやらを崩したくないがゆえのみみっちいといえば果てしなくみみっちい作戦ではある。
 だが頭と要領のいいディックならではだろうがこの作戦はうまくいき、そのお姉さまと円満に別れたのちディックはいろんなタイプの女の子(と、女)と付き合ってそのすべての交際で自分のイメージを守り通してきた。つまり失敗らしい失敗はせず、仕込まれた技術をしっかり覚え、経験を積みつつそれをしっかり応用して神童のイメージを守ったわけだ。二年になって人に言える程度の経験を積んだ、と思えてからはすっぱり女からは手を引いたが(細部に至るまで自分のイメージを守り通す交際というのはものすげく面倒くさいし勉強も忙しくなってきたし)。
 だからディックとしてはそれなりに経験はあるし、別にモラリストというわけでもないから、女に誘われたのならパーティメンバーでも(むろん相手がプライベートと冒険を分けられる相手ならばだが)食ってしまっていたと思う。据え膳は基本的に食う派だし。
 だが男となれば話は別。普通の男子としてディックにはホモとホモ行為に対する本能的な強い嫌悪がある、と言いたいところではあるのだが。
 心の奥の素直な感情の部分では、この申し出に嫌悪感らしい嫌悪感がなかったりするので困ってしまうのだ。むろんもっとごつい、男男した奴だったら秒で断っているだろうが、セディシュの体はまだ子供のようで、筋肉は少しずつついてきてはいるが女豹のようにしなやか。顔は客観的に見て(主観的に見ても)可愛いと言い切ってしまっていい顔立ちだと思うし、どこか頼りなげな風情はありていに表現するならばそそられる雰囲気がある。
 別にセックスに人格を持ち込む気はないが人間的にも間違いなく好きというか、可愛いなぁとは思うし、それなりに遊びの経験を積んできたディックとしては男同士のセックスにある程度(若い男として一般的な程度)の興味もあるし、食っちゃってもいいかなー、と感情としては思ったりするのだが、それを理性が『拾った性的虐待を受けた子供を食っちゃったら犯罪者じゃね? こいつの歪んだセックス観を直してやるのが保護者としての義務じゃね?』と押し留めているのだ。
 なんと答えればいいかわからずうーうーと唸っていると、じっとこちらを見つめるセディシュの目が潤んできてディックは慌てた。ここで泣き出されたらさすがに困る。
「あ、あのな、セディ」
「ディック、俺のこと、嫌い……?」
「いや、嫌いじゃないけど、好きだけどでもな」
「じゃあ、なんで、セックスして、くれないの……?」
「ううぅ……」
 唸るディック。いざり寄って切なげな瞳でディックを見上げるセディシュ。一分近くその状況は続いたが、セディシュの瞳がうりゅっと今にも泣き出しそうになってきたのを見て取り、ディックは叫んでしまった。
「わかった! する、セックスするから泣くな!」
「…………」
 セディシュはじっと少し口を開けながらディックを見つめ、ディックが緊張した面持ちで自分を眺めているのを見て、本当にしてくれるんだ、と思って嬉しくなってふわぁ、と笑った。
 ディックは内心あーついに言っちまったー、と思いつつもやっぱりこいつの笑顔は可愛いなぁ、とほんわりとし(あくまで子供は可愛いなぁと同レベルの感想だとディックは主張する)、まぁしょうがないよな、トラウマを持つ子供に対しての安全性の再学習ってやつだ、親子のスキンシップみたいなもんなんだから、と自分に言い訳しつつちょっとだけ興奮が兆してきてしまったりしていたのを感じていた。
 ここんとこ溜まってたし、誰かとセックスするなんてかなり久しぶりだ。

 話は決まった。決まったからには、大人であり男役であるだろうディックには(だよな? そうだよな? そうでなかったら俺は逃げるぞとディックは独白した)聞かねばならないことがあった。どう切り出すかしばし迷って、結局ストレートに聞いてみる。
「セディ。お前、どのくらい経験あるんだ?」
 別にこの質問はディックの男としてのプライド(テクニックとか精力とかをどのくらいの男と比べられるかとかそーいう不安やら保険やら)とは関係がない(その要素が皆無とはいわないが)。単にどこまでヤられてたのか知っておかないと、それ以上の行為をしたらよけいにセディシュを傷つけてしまうからだ。
 が、とりあえず人間に思いつくプレイはたいていヤられているセディシュにしてみれば、どう答えていいか悩む質問だった。どのくらい経験って、どういうことだろう。ヤられた年数を言えばいいのかな? ヤられた人数を言えばいいのかな? でも人数はよく覚えてないな。
 わからないので、聞いてみた。
「どのくらいって、どういうこと?」
「だから……セックスのどのくらいの段階まで、ヤられたかっていうか……」
 居心地悪そうにもにょもにょと言うディックに、セディシュは首を傾げた。どのくらいの段階って、どんなプレイの段階のことを言ってるんだろう。思いつくものから挙げていけばいいのかな?
 そう結論付けて、言った。
「フィストは五回くらいしか、やったことない。緩くなるから、って」
 ディックはぱかっと口を開けた。あれ? そういう意味じゃないのかな? じゃあこっち? とセディシュは続けて口を開く。
「人間便器は、のべでも三日ぐらい」
「に……にんげんべんき、ってなんだ」
「? だから、便器として通り道に配置されて、上の口と下の口で、大小便を受け止める……」
 ディックの唖然とした顔は、呆然になった。こっちでもないのか。じゃあこれかな?
「一度に相手した人数は、最大で十人くらいで、後ろに一度に咥え込んだチンポの数は、三本が限度だった」
「そ……そうじゃなくて」
 これでもない。とするとあっち?
「睾丸潰しは、されたことない。そのぎりぎりまでいったことは、あるけど。一番痛かったのは尿道にカテーテル突っ込まれながら、チンポはりつけにされていろいろ責められたので」
「そーいうことじゃなくてだなぁっ!」
 ディックは絶叫し、がっし! とセディシュの肩をつかんだ。わ、顔が近い、とびっくりする(そして少しドキドキもする)セディシュにかまわず、隣の部屋にも聞こえるんじゃないかと思うほどの大声で怒鳴る。
「セディ! お前はどーいう経験をしてきてるんだ!? なんでそんなに、その、いろいろとんでもないプレイをいっぱいヤってんだよ!?」
 セディシュは目をぱちくりとさせて、首を傾げた。
「聞きたいの?」
「聞き……たいような聞きたくないような微妙な気持ちだが……ここまできたら聞かないわけにいくか!」
 ディックの真剣な顔に、セディシュはちょっと照れくさくなりながら(でも顔は無表情で)うなずいた。ディックが自分のことを知りたいと思ってくれるのは、嬉しい。
「俺、十歳の時に肉奴隷に、なったから。五年間ずーっといろいろ、調教されてたんだ」
 ディックはぱかっ、と再度口を開けた。さっきよりも大きく。
「にく、どれい?」
「うん。エトリアの富豪の屋敷で、ずーっとおもちゃにされてた。俺は長く楽しむおもちゃに分類されたみたいで、ケツとかチンポとか壊されないですんだし、屠殺もされなかったけど」
「屠……殺?」
「うん。肉奴隷は家畜と、一緒だから。役に立たなくなったり、ご主人様の機嫌損ねたり、あとご主人様の気まぐれとかで、屠殺されるんだ」
「……………………………………………」
 セディシュの話を聞いて、ディックは呆然としていた。
 ディックの働き者な頭の中にはそういうことは平然と言うことじゃないだろうと突っ込み入れたりああこいつが自分の命を軽く考えがち(いつも真っ先に突っ込むし仲間を庇ったりもするのだ)なのはそういう育ち方のせいなのかなと感想を抱いたりしている部分もあったが、それよりもなによりもその言葉の重さ、セディシュの過去の重さに愕然としたのだ。
 死。抵抗できない死が当然のようにすぐ隣に存在する世界。自分の存在が他人にとって、おもちゃ程度の重みしかないと繰り返し自覚させられる生。
 それを、五年。傷つけられ苦しめられながら生き延びること五年間。
 その人生を思った時、ディックが感じたのは同情でもなく哀惜でもなく庇護欲でもなく、紛れもない恐怖≠セった。
 なんだこいつ、とディックは思ったのだ。なんでこんな平気な顔してそんなことが言えるんだ。
 苦しいとかそんなレベルじゃない人生だったはずだ。壊れて、狂って、心がずたずたになるのが当たり前の過去なはずだ。
 なのに、なんで、そんな赤ん坊みたいなあどけない顔ができる。
 理解できない。わけがわからない。これまでの人生に類がない。
 なんて言っていいのか、わからない。
 ぎゅ、と胸を握り締める。心臓が痛い。胸が苦しい。今まで感じたことがないほど、切実な痛み。他者の人生を思う時にはもちろん、自分の人生にも生まれたことがなかった痛み。
 その感覚に強烈な恐怖を感じて震える頭とは裏腹に、ディックの口はのろのろと動いて口にしてしまっていた。
「セディ、聞いて、いいか」
「なに?」
「お前、そんな体験したのに。なんで、セックスしたいとか思えるんだ?」
 セディシュにしてみればそれはよくわからない質問だった。セックスはしたいとかしたくないとかではなくしなければならないというか、当然の行為だった。自分にはそれ以外にいる意味がないのだから。
 ああ、でも。
 セディシュは思い出していた。自分はもう、自由なんだ。
 だから誰とセックスするか、セックスするかどうかも自分で決められる。
 そして今、自分はディックとセックスしたいと思っている。それが妙に嬉しく、セディシュはにこり、と自分でも陶然としているなーと感じられる笑みを浮かべディックに抱きついた。
「っ、おい」
「ディックだから」
「え」
「ディックとしたいって、思うから」
「……………」
「ディック、大好き」
 言ってすりすりと頭をディックの体に擦りつける。セックスの時とはやっていることも受ける感じも違うけど、その行為はひどく気持ちがよかった。
「………っ、ああもう!」
 ディックはぐいっとセディシュを自分の体からもぎ離した。あ、ちょっと寂しい、とセディシュが眉を下げる暇もなく、ぐいっと頭を引き寄せて、唇と唇をくっつける。
 セディシュはなんだこれ? と一瞬ぽかんとしたが、すぐ思い出した。そうだ、これきす≠チていうのだ。きす。確か、好きだって気持ちを表すためにやる、んだよな。じゃあディックは俺のこと本当に好き、ってこと? だったら、すごく、わーそんなんじゃない、めちゃくちゃ死ぬほど、嬉しい。
 蕩けそうなくらい気持ちがよくてほんわー、と顔を緩ませて、頭の中をぼんやりとさせながら考えた。こんなの、こんな感じ初めてだ。これがきすの力? そういえば俺きすするの、初めてだった。こういうのなんか言い方あった気がする、そうだ確か。
 ふぁーすときすだ。

 ディックの心中としてはもうわけがわからなかった。混乱と興奮でめちゃくちゃだった。
 なんだこいつ、理解できないわけわからん。そんなこいつが俺のことを大好きだって? なんだそれなんでこいつが俺のことを大好きだなんて思うんだ、ああくそ男に言われたって嬉しくないのに、なんだちくしょう胸が痛いぞ、わけわからんもうご要望通りヤってやろうじゃないか!
 別に情緒的に特に障害があるわけでもないが切ない≠ニいう感情を感じることなく今まで生きてきてしまったディックは、初めての経験に混乱し震える体を叱咤してぎゅっとセディシュを抱きしめた。ヤるからにはプライドにかけてみっともない真似はできない。
 ちゅ、ちゅ、と軽いキスを繰り返しながらセディシュをベッドに横たえる。触れるだけのキスを唇から頬に、こめかみに耳に、と移していくと、セディシュはくすぐったそうに身をよじった。
 あれ、とちらりと思った。こいつ、なんかキスされ慣れてない気がする。
 こいつがさっき言ったこと本当なんだろうな? 嘘だったら切れるぞ俺は、と思いつつぐっとセディシュの頭を抱き寄せて深くキスをしてみる。まずそっと唇を重ね、それから唇で唇を食み、舌で唇を舐めてちゅっと吸い、舌を口内に挿入してつんつんと舌やら唇の裏やら歯裏やらをつついてやる。もちろん股間をぐりぐりと押し付けるのも忘れずに。
 ……反応がない。セディシュは大きく目を見開いて、呆然とというかなんというか、ぽかんとした顔をしてすぐ間近からディックを見ている。
 おいおいおいなんだこりゃ、本気でキスもしたことのない奴の反応だぞ、と混乱してとりあえず身を引こうとする――と、後頭部をがっしとつかまれた。
 そしてぺろり、と唇を舐められた。
 え、と思って目を見開く。その間にセディシュは一気に深く唇を合わせてきた。ちゅ、ぢゅ、ぢゅぷっ、と顔を傾けながら舌と唇を吸い口内に舌を差し込みその長い舌を器用に動かしてひどく精妙なタッチで舌を絡め、舐める。
「……っう」
 しかも手もしっかりと動いて、尻やら腿やら股間やら、性感帯を微妙に刺激しつつ服を脱がそうとしてきたのを呆然とした頭の中で感じ取り、ディックは慌ててセディシュの体を押した。このままでは押し倒されそうだ! ヤバい! と思ったわけだ。
 セディシュは素直に押されたが、それでも最後に舌と唇をいやらしく舐めて吸っていくのは忘れなかった。悔しいが、背筋にぞくりと電流が走る。
「……っ、はぁ……」
 正直ちょっと腰砕けになりながらディックは唇を離した。こいつ、本気で肉奴隷だったんだな……キスしたこともないような顔してたくせにすんげーうまい……とか思いながら。
 実際にセディシュは本当にキスは初めてで、肉奴隷というのは性的なおもちゃなのだからキスをしようなどという客がおらず仕込まれていなかっただけで、だが性技の学習能力にかけてはしっかり仕込まれていたのでディックの行為から学んだわけなのだが、そんなことをディックに説明してくれる人はいない。
 セディシュはきょとんとした、でも少し悲しそうな、駄目なの? 俺、いけないことをしたの? という表情で首を傾げている。はー、とため息をつき、ディックは言った。
「セディ。もうお前はなにもしなくていいから」
 セディシュはさらに悲しくなってまた首を傾げる。
「俺、へたくそだった?」
「いや、上手かったけどな。その……」
「?」
「……ああもう、いいから黙って俺の好きなようにさせろ」
 言ってディックはまたセディシュを押し倒し、キスと愛撫を再開する。セディシュはちょっと目をぱちくりさせたが、すぐにああディックは穴にリードされるのが嫌いなんだ、と納得して体の力を抜いた。そういう相手は今までも皆無だったわけじゃない。
 ちなみにディックがこういう態度に出たのは、このままリードされたら自分が押し倒されるかも、と真剣に危惧したからだったのだが、そんなことをセディシュに説明してくれる人はいない。
 ちゅ、ちゅ、とキスをされ、体のあちこちを撫でられながら服を脱がされていく。あ、ディック脱がすの上手だな、俺脱がされることってほとんどなかったけど(肉奴隷は着衣プレイとかいうのでなければ常に全裸に首輪だったから)、とぼんやりとしていたセディシュはふと気付いた。そうだ、これは聞いておかなきゃまずい。
「ディック」
 声を上げると、ディックは愛撫を止め緊張した顔で視線を合わせてくれた。
「……なんだよ」
「ディック、どのくらいのエロ語が、好み?」
「……は?」
 言っていることが理解できず眉を寄せるディックに、セディシュは説明した。
「『淫乱変態ケツマンコマゾ奴隷のセディシュのガバガバケツマンコにチンポぶち込んでズコバコ掘って種付けしてください』ぐらい? 『いやらしい変態のセディシュのケツマンコにチンポハメてください』ぐらい?」
「………………」
 ディックはまたもぱかっと口を開けた。セディシュはなんでだろうと首を傾げながらも続ける。
「幼児っぽい言葉遣いの方がいい? 『えっちでチンポ大好きないけないセディシュのケツマンコにおっきいチンポください』とか。それとももっと奴隷っぽく『ご主人様、この淫乱で変態なマゾ便器の汚いケツマンコに、ご主人様の太くて固い大きなチンポをお恵みください』とかの方がいい?」
「おおお、お前あのなぁ! どっからそーいう発想が出てくんだよ!」
 ディックは顔を真っ赤にして怒鳴った。ちなみにディックはセックスを女性に仕込まれたので、基本ムード重視のセックスをする。そして神童と呼ばれ見栄っ張りで友達らしい友達がいなかったので、猥談の経験もなければエロ漫画を読んだこともなく(そんなもの読まなくても相手がいたし)、当然男性向け的エロ思考というものには縁が薄かったのだ。
 なのでこういう卑猥な言葉をセックスの時に並べ立てられる、という思考はまるっきりない。そもそも局部の名称なんて言葉自体口にした経験がないしケツマンコなんて言葉自体初めて聞いた(でも聞くだけでものすごく恥ずかしい)。
「だいたいお前な! どーしてそう露骨なんだよ、オブラートにくるめよもう少し! チン、ポとか……その、あれだ、ケツ、マ……とか言うな! 上品っつか、もう少し普通の言い方あるだろいろいろ!」
「たとえば?」
 きょとん、と首を傾げるセディシュにディックはくそーなんか俺の方が変態みたいじゃないかめちゃくちゃ恥ずかしいぞ、と思いつつぼそぼそと説明する。
「だから……アレ、とか……後ろ、とか……」
「それじゃわかりにくいと、思う」
「いや、だから、あのな、そもそも普通セックスの時にそんな妙なこと」
 そこまで言って、気がついた。セディシュにはたぶん、普通≠フセックスなんてものは与えられてこなかったのだ。この言葉もきっと、セディシュをおもちゃにしていた人間に言えと言われたものなのだろう。
 そう思うとひどくセディシュが哀れになって、だがその考えを押し進めるとすさまじく性欲が盛り下がりそうだったので、欲情と理性の狭間で数秒迷って、結局こう言った。
「いいから、これからはする時は黙ってしろ」
 セディシュはわかってるんだかわかってないんだか微妙な顔で首を傾げてから、こっくりとうなずく。
「わかった」
 本当にわかってんのかなこいつ、と思いつつもディックは行為を再開した。微妙に萎えたが、それでもさっきのキスと愛撫のおかげで半勃ちくらいの状態はキープしている。
 ちゅ、ちゅ、と少しずつ唇から頬へ、耳へ、首へ胸へと少しずつ唇と舌を移動させつつ、手でてきぱきとセディシュの下を脱がせていく。そういえばこいつの服っておっそろしく脱がせやすそうだよな、そういう観点から選んだんじゃないだろうな、とちらりと思った。
 少しずつは、はと息を荒くしていっているセディシュによし、一応感じてはいるらしいと安堵しつつ、胸の先端の尖り、要は乳首に唇を移そうとして、少し驚いた。
(男の乳首って、普通こんなでかいもんか……?)
 今まで見てきた男の乳首なんてものは(見たかったわけではないがディックは専門は内科だったので嫌でも男の裸の胸はいくつも見てきているのだ)、どれも体の前だということを表すくらいの意味しかない、本当に小さなポッチぐらいのものでしかなかった。だがセディシュの乳首は、明らかに淫猥というか性器じみた雰囲気を漂わせているというか、ぷっくりと膨れ上がって不思議なほど赤く、ほとんど授乳する母親のように吸いやすそうな形にすらなっている。
 つまりそれだけヤってきたってことなんだろうなぁ、となんともいいがたい気持ちになりながらディックはその乳首を口に含んだ。
「っ……ふ、う」
 やはり開発されているのだろう、反応がいい。しかもこりこりしていて舐め応えがある……というのも妙な表現だが、とにかくディックはちゅ、ちゅと口の中で吸い上げたり軽く歯を立てたりれろれろと舌で弄ったりと手では背中やら腿やら尻やらを愛撫しつつ(服はもう脱がせた)乳首を転がした。そのたびにセディシュは吐息を漏らす。
 なんかアレな感じだなー、と思いつつも欲情は煽られる。ディックも服を脱ぎながら、乳首の周りも軽く舐め回し、尻や脇腹を撫でながら少しずつ唇を下半身へと移動させ、そこでは、と気付いた。女とする時と同じ手順でやってきてしまったが、セディシュの股間にあるのはヴァギナではなく男のペニスだ。
 うー、とディックはしばしそれを見つめつつ唸る。これ、やっぱ触んなきゃ駄目だよな。
 ここまでの行為には嫌悪感は湧かなかったが、こうしてブツを目の前に出されると自分がホモ的行為を行っているのだと思い知らされ少しばかり嫌というか、気持ち悪いというか心地よくはない気分になる。セディシュのそれは大きさは平均的だが、なんというか使い込んである感じを受けた。ムケていたし。やっぱり日常的に性的暴行を受けていたからにはそうなるよなぁ、と少しばかり遠い目になってしまう。
 えーと。どうするんだこれを。しごいてやるのかな。フェラ……はちょっと抵抗あるよなぁ……。でもこいつを気持ちよくしてやらないと始まらないわけだし。ええい、とにかく考えてる暇があったら行動だ、セックスに関しては。
 じっといつもの赤ん坊のような瞳でこちらを見つめるセディシュに笑いかけ、ひょい、と太腿を持ち上げた。しなやかに筋肉の乗り始めた、陳腐な表現をあえて使えばカモシカのような足。それにちゅ、ちゅと口付け、舌を這わせる。太腿からふくらはぎにかけて、それから足の先端。れろんと舐め上げ指で愛撫しキスを落としてやる。「んぅ……あ、ふぅ」と身をよじり、セディシュはくすぐったいのと気持ちいいのとの中間くらいの声を上げた。
 ここでくるりと体を回転。セディシュをうつぶせにさせると自分から腰だけを高々と上げて足を開く。さすがにわかってるな、と苦笑しつつ陽に焼けたように褐色の、形よい尻を軽く舐め上げる。
 と、そこで気付いた。
「……セディ、潤滑用の油とか薬とか持ってるか? あと避妊具……」
 持っている確率は半分以下だろうと思っていたのだが、セディシュはベッドに顔を埋めながらもうなずいた。服をごそごそとやったかと思うと小瓶に入った潤滑油と避妊具、それもねばつく液体を加工して作った高級品を取り出してくる。
「こんなもん、どこで」
 言いかけて肉奴隷(他に言い方はないのだろうか、とディックは脳内でうなだれた)時代に手に入れたものなのだろうと気付き、小さく心の中で舌打ちしつつも表面上はにっこり微笑んで「ありがとな」と言っていた。実際アナルセックスには必需品なのだ、ありがたいには違いない。
 そりゃアナルセックスをしないという方向性もあることは承知しているが、セディシュはそれを期待しているようだし、ディックにもどうせなら挿入したいな、という男的欲望がある。その欲望をそのままセディシュにぶつけることにはためらいがあったが、セディシュの希望をかなえてやりたいという感情はそのためらいに勝った。
 また同じ体勢に戻って、ちゅ、ちゅと尻にキスをしつつ潤滑油の瓶を開ける。高々と尻を上げた体勢のせいで自然とセディシュのアヌスは目の前にさらされていた。
(なんつーか……性器みたいな肛門だなぁ……)
 ふと浮かぶ不謹慎な感想をディックは心の中で押し殺した。確かにセディシュのアナルは赤く色づき拡張され、息を吐くごとに大きく開く様子が女性器を連想させたのだが、セックスのマナーとしても人としてもそういうことを言うのはどうかと思う。
 それにそういうのが妙にエロいな、と思ってしまうのも確かだし。
 いやいやなにを考えている俺、と叱咤しつつ、指に潤滑油を取って周囲を撫で回してからそっと挿入した。ディックの研修を受けた病院では研修医は一通りの診療科を体験するシステムになっていたので、泌尿器科(性病科・肛門科を含む)も体験しているディックは肛門にどう指を挿れれば痛くないかという知識はちゃんとある。自分の手で実行したのはこれが初めてだが(ディックの研修を受けた病院では直腸触診ぐらいで痛くないように患者を気遣うような余裕のある状況は存在しなかった)。
「ん……ふ、ぅ」
 かすかにセディシュが喘ぎ声を漏らす。う、とディックは小さく唾を飲み込んだ。さっきも思ったが、セディシュは妙に喘ぎ声の上げ方がうまい。慣れているというのではなく、むしろ物慣れないというか初々しいというか、子供が初めての快感に戸惑っているようなあどけない感じで、なんだか子供にいけないことをしているような気分になるのに。
「や……あ、ぅ」
 反応がしっかり返ってくるところとか、ここらへんどうだといじってみたところに必ず切なげな声が帰ってくるくらいどこもかしこも開発されてるところとか。そういう体のエロさとのギャップが、背徳感と相まって妙な興奮をかきたてる。
 要は、セディシュの反応は妙にそそるのだ。普段はあんなきょとんとした子供みたいな顔してるくせに。
(……処女の心と娼婦の体ってやつか?)
 なんだか凄まじくいろんな意味で嫌なことを考えてしまった気分になり、ディックは心の中で自分に蹴りを入れて指を二本に増やした。無理なく挿入するにはできれば四本は出し入れできるようにしたい。
 人差し指と中指で何度も潤滑油を塗りつけ、中で指を動かして広げる。そのたびにセディシュは「ん、ぅ、ん」などと抑え気味な喘ぎ声を漏らす。その少し掠れた切なげな声にらしくもなく妙にムラムラする自分を感じ、しっかりしろ、俺! と自分を叱咤した。これはあくまでリハビリ……みたいなもんなんだから!
 ときおり背中や尻にキスを落としながら、ディックはゆっくりセディシュを感じるようにアヌスを広げていく。そこでは、と気付いた。
(前もいじってやった方がいいよな?)
 いくら体が開発されているといっても男が一番気持ちいい場所はペニスだ。少なくともディックの知る範囲内では経験上でも医学的な知識でもそうなっている。セディシュを気持ちよくしてやらなくてはならないのだからちゃんと触ってやらなくては。
 セディシュはそっとまだだらんと垂れたセディシュのペニスを握る。う、やっぱまだちょっと抵抗がある、と思いつつも柔らかく生暖かいそれをしゅっしゅとしごいてやった。自分でやる時とは手の位置が違うからやりにくかったが、それでもセディシュは「あ……ぅっ」と少しよがるような声を漏らした。
 お、いい感じ、と思いつつ指を三本に増やした。もちろん左手はセディシュのペニスをしごき続けている。あんまり長くやりすぎても感覚が麻痺してくるだろうから、あとはあんまり後ろをいじらないようにして、と思いつつ三本の指を中でゆっくり広げようとして、つるっとディックは体を滑らせてしまった。ベッドの上でこけたのだ。そしてその拍子に中で思いきり指を広げてしまい、しまった! と思った瞬間。
「ひぁ、あぁっ!」
「っ」
 ぎゅくん、と股間に電流が走るのがわかった。
 明らかなよがり声。セディシュの澄んだ声質で上げられるたまらないという感じの嬌声。ぶっちゃけ、今のはきた。
「んぅ……は、ぁぅ」
「っ……」
 ベッドの上に突っ伏していた顔をセディシュはゆっくりと振り向かせた。その表情に思わずまた電流が走る。『好きにして』と顔全体で言っているような顔。快感とこちらに対する隷属欲に満ちた顔。
 あなたの好きにしてください俺はあなたのおもちゃですあなたの好きに弄んで今すぐ突っ込んで、欲しいんです。そう言っているようなその顔に、ディックはごくりと唾を飲み込み、思わずまだ着けていた下着に手をかけ。
 必死に呼吸を落ち着けながら、アナルを広げる作業に戻った。
 頭の中では必死に複雑性PTSDのカウンセリングの必要事項を思い出している。的確なアセスメント、そして相手の感情に寄り添いつつも客観的な視線を忘れないこと。そうだ、こいつのペースに飲み込まれてたが俺は医者だ、こんなことくらいで冷静さを失うわけにいくか! こいつにちゃんとした、愛のある、一方がイって終わりっていうんじゃないセックスを教えてやらなきゃ!
 セディシュは、首が苦しくなってきたので顔を元に戻しつつも、あれ? と首を傾げていた。ここであの顔をしたら、今までの相手はみんな速攻で突っ込んできたのに。なんでしないんだろう?
 へんなの。そう思いながら、とりあえずディックの与える快感に身をゆだねた。相手のプレイのやり方に文句をつけるなど、ただの穴に許されるはずもなかったから。

 もう充分だろうと思えるほどアナルを柔らかくし、ディックはごくりと赤々と息づくその場所を見つめてから、セディシュに言った。
「挿れるぞ?」
「うん」
 こちらを見つめながらこくん、とうなずくセディシュ。その頑是ないのに欲情を表して潤んだ瞳にまた身を震わせつつ、ディックはこっそり何度も深呼吸しつつ素早く避妊具をつけてアヌスに挿入した。
「……っ………!」
 にゅちゃっ、と音を立ててあっさり自分のペニスを飲み込んだアヌスに、ディックは震えた。なんだこれ。なんだこれ。洒落にならないぞこの締め付け!
 きついというのではない。なんというか、締め付けの緩急が半端なく上手い。意図しているのかしていないのかわからないが、ぎゅっぎゅっとペニスを奥へ奥へと誘い込むような、ディックの腰の動きと連動した蠕動運動。周囲から一気にまとわりつきこちらが気持ちよくなれる絶妙の力加減で締め上げ擦りあげる内壁。
 その肉の熱さと締め付けに、ディックは体中がペニスになったような快感を覚えた。必死に抑えよう抑えようとするのに腰がゆらめき、ずっ、ずっと奥へ奥へとペニスを突きこんでしまう。
「ひ、あっ、あっ!」
 奥を突くたびに喘ぎ声が上がる。その子供のような、なのに壮絶に色っぽい声。頭がくらくらして、気がついたら腰を動かしながらセディシュのペニスを思いきりしごいていた。体を倒し、無理やりセディシュにこちらを向かせてキスをする。舌を絡めながら間近でセディシュの快感に潤む瞳を見て、ぞくぞくぅっ! と背筋に電流が走った。
「くっ……!」
「あ、あ、あぁー……」
 びくんびくん、とディックのペニスが勢いよく震えて精液を避妊具の中に放出する。早すぎるだろ! と頭のどこかが絶叫したが気持ちよすぎて腰が止まらない。
 幸い出しながら勢いよくしごいてやると、セディシュも切なげな声を上げてディックの手の中に出してくれたが。か、かろうじてプライドは保てた、と思いながら最後にちゅっと背中とうなじにキスをして、ゆっくりとペニスを抜き避妊具の口を縛る。相当大量に出たようだ。
 セディシュの精液も量も濃さも相当だった。なんとなく目の前に持ってきてまじまじと見つめてしまう。ついぺろっと舐めてその味に顔をしかめてから、あああなにやってる俺ぇ! と絶叫してさっさと持ち歩いているティッシュで拭いた。つい、なんだかもったいないな、なんて思ってしまったのだ。
 てきぱきと後始末を済ませる。セディシュのアヌスとペニス回りの濡れた部分をタオルで拭く(当然これも自前)。セディシュはきょとんとした、いつもの子供のような無表情でされるがままになっていた。ヤってる最中とのギャップがすごすぎる。
 とりあえず体を拭き終えてから訊ねた。
「シャワー浴びるか? そっちの方が体さっぱりするぞ」
「……ディックは?」
「俺は……別にいい」
 入ると言ったらまた一緒に入ろうとか言われそうで、そうしたらまたヤってしまいそうな気がして怖かったのだとは当然ながら言えない。
 ディックはきょとんとまた首を傾げて、「じゃあ、俺もいい」と言った。その頑是なく自分を見つめる瞳がひどくむず痒い。
「あー、と……セディ、お前そっちのベッドに戻るか? それともこっちで寝るか?」
「……こっちで、寝て、いいの?」
 珍しく驚いたような顔をするセディシュに、苦笑してうなずく。
「ああ。一緒に寝るか?」
 そう訊ねると、セディシュはふわ、とまたあの笑みを浮かべた。もう今すぐ死んでもいい、と言っているかのような幸せそうな笑み。
 ったく、こいつは。胸の奥にじんわり湧き上がる幸福感をそう苦笑することでごまかして、ディックはぽんぽんと頭を叩き、背中を撫でてやった。自然抱きこむような体勢になる。男同士でどうだろうこの体勢、と思いもしたがまぁ事後ってことになるわけだしな、と自分を納得させた。
 セディシュはもうとろんとした目になっている。そっと頭と背中を撫で下ろしてやりながら囁いた。
「もう眠いか?」
「……ん」
「よし、じゃあこっち来い」
 くい、とそっと体を引いて横たわらせた。一緒に横になって毛布をかぶり、とろんとした顔でこちらを見つめるセディシュを見つめながらぽんぽんと背中を叩いてやる。距離が近いことと見つめ合っている体勢になっていることにいくぶん気恥ずかしさを感じつつも悪い気はしなかった。
 セディシュがとろんとした顔で、とろとろとした口調で言う。
「……ディック。……ありがと」
「なにがだ?」
「俺と、セックス、して……くれて」
「……いや」
「気持ち、よかった?」
 どこかすがるような、とディックには感じられた顔でこちらを見上げるセディシュに、ディックは微笑みながら頭を撫でてやった(内心ではお前なぁ……と肩を落とす気持ちもありはしたが)。
「ああ。すごく気持ちよかったよ」
「……そか。よか、った」
「お前は気持ちよかったか?」
 訊ねてからなに女々しい質問してる俺ぇ! と心の中で絶叫したが言ってしまった言葉はもう取り消せない。それに正直言うと男として答えを聞きたかったのも事実だ。顔はあくまで微笑みながら答えを待っていると、セディシュはとろんとした顔のまま首を傾げた。
「……ん。まぁ、まぁ」
「……ま?」
「なんだか、あんまり、すごくなくて、驚いた。なんか、ぬるい、感、じ」
「ぬっ」
「他の、仲間の、みんなと、する時は、どん、な感じな、のか、な……」
 そこまで言ってセディシュは瞳を閉じた。呼吸音が長音に変わったので寝入ったのだとわかる。
「………なんっ、だそりゃぁおい!」
 思わず叫んで、その勢いのままセディシュをベッドから蹴落としてやりたくなった。が、曲がりなりにも自らを一人前と任ずる年上としてそれは全力で堪える。
 さっきまでの気分が嘘のようにささくれ立った気分で、ディックはセディシュの寝顔を睨みつける。この野郎まぁまぁってなんだ、あんまりすごくないってなんだ。俺じゃご不満だってか悪かったなぁおい。しかも他の仲間とする時はってなんだコラ。お前さっき俺のことが好きだからセックスしたいとか言ってなかったかあぁん?
 ディックはそれなりに自分のことをテクニシャンだと(こっそり)思っていたしなによりディックはディックなりにセディシュの想いに応えてやりたいという真摯な思いもあったりしたので(ついでに言うとセディシュを可愛いと思い懐かれていることを感じ独占欲のようなものも芽生えかけていたので)、この発言には非常にムカつきイラつき腹が立ったが、相手はもう寝てしまっているし、なによりそんなことで怒るのは自身の天より高いプライドが許さない。
 どちくしょう、と思いながらセディシュの安らかな寝顔を睨み、ふんっとセディシュに背中を向けて不貞寝した。あーくそ絶対こいつとはもーヤんねー! やってられるか! 勝手に好きなだけ他の仲間とヤってろ! とか思いながら。

 セディシュは瞳を閉じて、まどろみながらディックに言われたことを考えていた。本当に、すごく気持ちよくはなかった。神様みたいな人としたんだから、もっとすごいかと思ってたのに。中途半端というか、ぬるい快感を味わわされたというか。ディックに合わせてイったのに、一回しかしなかったし。それは、冒険の疲労のせいかセディシュが眠くなってきてしまったせいもあるのだろうけど。
 でも、悪いとは思わなかった。温かいお風呂に入った時のような、頭を撫でられた時のような、じんわり暖かい快感。それは確かに、ハードな快感に馴らされたセディシュの体にも、気持ちいいと思える感覚ではあったのだ。
 目の前のディックの背中にすり寄る。ディックがわずかに息を呑む音が聞こえた。温かいディックの背中。別に逞しいわけではないディックの背中が、不思議に、ひどく、心地よい。
「……くそ。ったく、しょうがないな」
 小さく舌打ちする音、体を回転させる気配。ぎゅっ、と腕が体に回され、優しく自分を抱きしめる。
 ほわぁ、と体中が暖かくなり、セディシュは笑みを浮かべた。こんなぜいたくなことってあっていいんだろうか。セックスして、その相手に抱きしめられながら眠りにつけるなんて。
「…………。おやすみ、セディ」
 苦笑する声、こめかみに唇が触れる感触。ああ、もう本当に、ぜんぶ、すごく、いいな。こんな気持ちで眠れるって、すごく、いいな。
 今日はあの声を聞かずに済みそうだ。いつも眠る時に体の奥底から聞こえてくる、あの
『ごめんなさいごめんなさい俺を罰してくださいこの愚かで醜い豚に罰を与えてください俺はこの世で一番醜く汚らわしい変態です』
 ―――声を。

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