この作品には男同士の性行為を描写した部分が存在します。
なので十八歳未満の方は(十八歳以上でも高校生の方も)閲覧を禁じさせていただきます(うっかり迷い込んでしまった男と男の性行為を描写した小説が好きではないという方も非閲覧を推奨します)。



4つの気質・4
「ディック。俺と同室になるの、スヴェンに、してくれない?」
 迷宮探索を終え、疲れた体を引きずって宿へと向かう途中。セディシュがくいくいとディックの服の裾を引っ張って言ってきた。数秒沈黙してから、一応聞く。
「セックスしたいからか?」
「うん」
 きっぱりはっきり宣言するセディシュに、あーやっぱりそーだよなー他の奴ら全員食ったお前がスヴェンだけ除外するわけねーよなーアハハ、と遠い目になってから、ディックは小さくため息をついてしみじみと聞いてしまった。
「なぁ、セディ。お前、なんでそんなにセックスがしたいんだ?」
「え?」
「アルバー、ヴォルク、エアハルトともうこれで三夜連続じゃないか。なにもそんなに、そのなんだ、男に飢えてるわけじゃないだろ? なにか理由でもあるのか?」
 できればこの問いで自らの思考回路を見直してくれ、という祈りをこめて放った言葉に、セディシュは小さく首を傾げてから、あっさり言った。
「別に」
「……別に?」
「すごくしたいってわけじゃ、ないけど。せっかくだから」
「せ……せっかくとかついでとかで男襲うのかお前はっ!」
「俺、襲ってない」
「ああそーだな悪かったよ、じゃあ誘うのかお前はっ! ギルドの男全員穴兄弟にしてなんか楽しいのか、あぁ!?」
 ここ数日の気遣いが限界に達し、ぶち切れて怒鳴るディックに、セディシュはいつも通りにきょとんと首を傾げてから、真面目な顔になって言った。
「楽しいっていうか。なんか、嬉しい」
「……は?」
「みんなと、いろんな繋がりができるって、嬉しい」
「な………」
 しばし呆然としてから、ディックは忙しく思考を回転させた。セディシュは真面目に言っているらしい。この顔でわかる。つまり、セディシュにとって、セックスとは。
「……セディ。お前にとって、セックスとは、なんだ?」
「? セックスは、セックス」
「いやだからな、なんというかあれだ、お前が誰かとセックスをしたいと思う時、その相手とどういう関係を結びたいと思っている? もしかしてもしかしてとは思うんだがお前、単なる親愛の表現だとか思ってないか?」
 セディシュはきょとんと首を振った。
「違う」
「そ、そうだよな、そりゃそうか、いくらなんでも」
「セックスは、うまくやれば気持ちいい」
「そーいう問題じゃねーだろ!」
 思わず絶叫すると、セディシュは間違ったの? いけないことを言ったの? というような悲しげな切なげな顔で見上げてくる。ぐあああその顔はー、と呻きたくなりながら、必死に説明する。
「いいか、セディ。セックスっていうのは、一般的には……お前の価値観がどうとか言ってるんじゃないぞ、あくまで一般論だぞ? 非常に重要な、それこそ一生を左右する行為だと考えられているんだ」
 セディシュはまたきょとんと首を傾げる。
「そうなの?」
「そうだ。だからそういう行為をほいほいやるもんじゃないって考えられているのは、わかるな?」
 セディシュはわずかに首を傾げた。なにかを考えるように、珍しくその眉はひそめられている。
「……じゃあ、ディックは俺と、一生を左右する行為、したの?」
「う゛」
 ディックは痛いところを衝かれて言葉を失った。
 はっきり言って全然そんなことはない。ぶっちゃけセディシュが男にしてはまぁ可愛い顔と体をしてるから、ちょっと味見してもいっかなー、くらいのつもりでしただけだ。そりゃ一番大きな理由はセディシュがしてくれと言ったからだが、それでもセディシュの一生責任取ります、ぐらいの気持ちでヤったわけではない。
 他の奴らはどうなんだろう、とディックは唸りながら考える。三角関係なんて作り出してるみたいだから好きなんだろうなぁとは思うが、それにしたってなんぼなんでもこんな狭い範囲に同性愛者がぽこぽこいるわけがない。おそらくはセディシュに迫られその気になって、ちょっとのぼせ上がってるくらいなんじゃないだろうか(というかそう思いたい)。だから時間をおけば醒めるだろうと冷静に時間をかけて考えたら思えるようになったのだが。
(こいつがこの状態じゃ時間のおきようがない……)
 だからなんとかしてセディシュの倫理観を修正せねば。それはセディシュの過去の経験を完全に否定することはセディシュの人格を崩壊させる危険があると思うと怖気づくものはあるが、それでも過去の傷はいつまでも放置していいものではない。薬を塗り、添え木をして、手術をしてでも治していかねばならないものなのだ。
 それになにより男同士の多角関係に巻き込まれてパーティ崩壊なんて嫌すぎる。俺はそんなもののために死にたくない。
 だからここはあえて、自分が泥をかぶってでもセディシュの思考を修正しなくては!
「そうだ。俺はお前の一生を引き受けるくらいの覚悟をして、お前とセックスしたんだぞ。だからお前がものすごく気軽な気持ちでセックスしたって知ったり、他の奴と気軽にヤったりするのを見てとても傷ついた」
「…………」
 セディシュは真剣な顔でうつむく。お、脈ありか!? とはやる心を冷静に制御しつつディックは真剣な顔で言った。
「セディ。お前が過去にセックスを強要された時、お前はどう思った?」
「どう、って?」
「嫌だ、とかやめてほしい、とか思わなかったか?」
「……別に?」
 きょとん、と赤ん坊のような顔で首を傾げるセディシュにくっそーこの純真肉奴隷経験者はっ、と歯噛みしてからいやいやここで退くものか今日はなんとしても! と気合をこめてディックは言葉を重ねる。
「それはお前が傷つきすぎているからだと、俺は思う」
「……そう?」
「ああ。お前はそうでもしなければ生きることができなかったから、傷に気付かない振りをしてきたんだ。だけど、今はもうそんな必要はない。苦しい時には苦しいと言っていいんだ、俺たちがいくらだって聞いてやる。だから、もう無理にセックスで繋がる必要はないんだ」
「…………」
「お前が過去にされた行為についてお前に責任はまったくない。だけど、それでもな、その行為が当然なことだと思い込んで野放図に振舞って、それで誰かを傷つけたなら、その責任はお前にあるんだよ、セディ。だから、な、お前の今まで培われた価値観が正しいかどうか、一緒に考えよう? もう誰かを傷つけないために。俺がいくらでもつきあってやるから。な?」
 これまで数多の女子供を誑しこんできた(ディックは小児科でも研修を受けている)優しさをフルバーストさせた笑みでセディシュに微笑みかけると、セディシュは真剣な顔でこっくりとうなずいた。
「わかった」
 ………よっしゃあああぁぁっ!!! と思わずディックは内心でガッツポーズをした。そうだそうでなくてはあらゆる困難は理性と努力で超克されるために存在するのだ! たとえ五年間肉奴隷をやってきたというとんでもない人生を送ってきた少年であろうとも、その傷は決して癒せないものではないはずだ!
「ディック、ありがとう」
「いや、気にしないでいい」
 心の中ではちょっぴり滂沱の勢いで喜びの涙を流しちゃったりしつつも、表面上はあくまで優しい笑顔で頭なんか撫でたりしちゃう見栄っ張りのディック。
「それで、今日俺と同室になるの、スヴェンにしてくれる?」
「……………………はっ?」
 ディックは笑顔のままフリーズした。おいお前もう一度言ってみろ。
「今日俺と同室になるの、スヴェンにしてくれる?」
 口に出してもないのに何度も言うな! いやいやそんなことを言われてもセディも困るだろうよ。というか脳内会話をしている場合ではない!
「セ、ディ? お前俺の話、聞いてたか?」
「聞いてた。セックスっていうのは、一生を左右する行為だって考えられてるって。ディックは、俺の一生引き受ける覚悟で、セックスしてくれたって」
「それでどうしてスヴェンとセックスするという結論になるのか教えてくれるか?」
 セディシュは真剣な顔でディックを見つめ、きっぱりと言った。
「俺も、スヴェンや、みんなの一生引き受ける覚悟で、セックスしたいって思うから」
「………は?」
「ディックが、してくれたみたいに。俺も、みんなの一生引き受けたい」
「いやいやいやいやちょっと待てちょっと待てちょっと待て! どうしてそういう結論になる!?」
「どうして、って。俺がそう、したいから」
 真剣な顔のままそう宣言するセディシュに、なんでお前はそういうところで異常な男らしさを発揮するんだ! とディックは泣きそうになったが必死に言う。
「セディ、いいか、一生を引き受けるっていうのは遊びじゃないんだぞ? 本当に一生なんだぞ? わかってるか?」
「わかってる。俺も、みんなの一生、引き受けたい」
「いやだからそれならせめて相手を一人に」
「なんで?」
 きょとん、と首を傾げられディックは絶句した。いや考えてみれば常に複数相手にしてセックス強要させられてきた人間ならありえない思考回路ではないかもしれないけれども! 普通一生っつったら一人だろ! っつか一生決める判断早すぎー!
 そう叫ぼうとして、気付いた。そう言ったらこいつは俺をただ一人の人と考えてしまうんじゃないか?
 そのかなり現実味のある可能性にうぐぐぐっとディックは言葉に詰まった。セディシュの精神構造を鑑みるに可能性は高い。もしそう言われたらどうしよう。嫌だーこの年で妻帯なんて、っつか男の妻を持つのはごめんだ!
 うううだけどこのまま放っておいたらパーティが、ギルドメンバーの命が、と煩悶していたら、セディシュは真剣な顔で言った。
「スヴェンにちゃんと、一生引き受けるって、言いたい。スヴェンと同室に、してくれる?」
「うぐぐぐぐぐぐ」
 どうすりゃいいんだどう言えばー、と唸って、ふと気付いた。
「おいセディ、お前、セスは? あいつともセックスするのか?」
 セディシュはきょとんと首を傾げ、それから横に振った。
「しない」
「……なんで」
「無理にセックスで繋がる必要はない、ってディック言った。だから、したくない奴とは、しない」
「……お前、セスのこと嫌いなのか?」
「ううん、好き。なんで?」
「……じゃーなんでセスとはセックスしないんだよ」
「なんとなく、する気にならない」
「……それってもしかしてあいつが女だからか」
 できるだけ他のギルドメンバーには(自分で気付くまで)話さないようにしようと考えていた事実を口にすると、セディシュはまたきょとんと首を傾げた。
「わからない」
「……じゃー聞くが。なんでスヴェンとはセックスしたいんだ」
 セディシュはぱちぱちと目を瞬かせて首を傾げ、きっぱり言った。
「なんとなく、したいから」
「………………………」
 一瞬言葉を失ってから、怒鳴る形に顔を歪め。
 セディシュのきょとんとした顔に見つめられ、心底脱力してその場にディックは倒れ伏した。
「ディック。大丈夫?」
「………大丈夫じゃねーよもーやだなんで俺がこんな奴の相手しなきゃなんないんだ俺はそんなに悪いことをしたかそりゃ俺は褒められた人格じゃないかもしれないが人に迷惑をかけたことは一度たりとも」
「ディック?」
「………………………もう、いい」
 ディックは沈没状態からのろのろと上体を起こし、恨みに満ちた声で宣言した。
「もー好きにしろ。スヴェンと同室だな? わかった。だが行為の責任は自分で取れよ。俺はまったく関知しないからな」
「わかった」
「スヴェンを多角関係に巻き込んでもパーティ崩壊を免れさせるようにするのはお前の仕事だからな!」
「? わかった」
 のろのろとディックは立ち上がり、宿への道をのろのろと歩き出した。他のギルドメンバーはもう宿に着いている頃だろう。
 もう駄目だ。もう降参だ。もうこいつを説得するの諦めた、というか嫌になった。そもそもの行動原理がまるっきり違う相手を説得するのって凄まじく虚しい。ディックの体にはもうそんな元気残っていない。
 ああ、とディックは空を仰いだ。本当に、どうしてこんな奴拾っちゃったんだろう。

「スヴェン。俺と、セックスしてくれる?」
 いつも通りに一緒に部屋に入るやきょとんと首を傾げながら訊ねると、スヴェンは硬直した。
「……あ、あの。な、な、な、なん、だっ、て?」
 あからさまにひきつった笑みを浮かべながらどもりながら問うてきた言葉に、セディシュはまたも首を傾げつつ繰り返す。
「スヴェン。俺と、セックスしてくれる?」
「あ、あの、あのあのあの。な、なんで?」
「スヴェンの一生、引き受けたいって、思うから」
「………は?」
「あと、スヴェンとできたら、嬉しいって思うから」
「いや、あの……セディシュ? 俺、君がなにを言っているのかよくわからないんだけど……」
「? わからない?」
「いや、あの、うん」
 セディシュは眉をひそめて首を傾げた。そういうことを言われたのは初めてだ。今までは相手に疑問を提示するのは常にセディシュの側だったのに。
 だが問われたからには説明しなければ。セディシュは気合を入れて説明を始めた。
「セックスは、一生を左右する行為だって、ディックが。だから、スヴェンの一生、引き受けたいって思って。あと、俺がスヴェンと、したいから」
「え………」
 スヴェンはわずかに目を見開き、それからわずかに沈痛な面持ちで首を振った。
「セディシュ。君は、もう少し自分を大切にした方がいい」
 セディシュはきょとんとした。以前ディックにもそんなようなことを言われた気がするが。
「してる」
「セディシュ、いいかい。一生を引き受けるなんてこと、そんなに軽い気持ちで言っちゃ駄目だ。俺たちはまだ会って一ヶ月にもならないんだよ。君は俺のなにを知ってる? 俺は君のことをまだろくに知らない。そんな相手の一生なんて重いものを引き受けてどうするんだい。人を引き受けるっていうのはね、途中でやめたってわけにはいかないんだよ?」
「…………」
「君は若いんだ、これからいろんな人に出会って、いろんな経験をして、恋をすることになる。一時の気持ちでそういうことを言うのは、って……セディシュ!?」
「…………」
 セディシュは顔が上げられなかった。まぶたが熱い。ぎゅう、と服の胸のところを握り締めて衝動に耐えた。自分が泣きそうになってるんだ、と自覚する。
「え、あの、セディシュ、どうしたん……だい?」
「俺、軽い?」
「え」
「俺の気持ち、軽い?」
 うつむいたまま言った言葉に、スヴェンはうぐ、と喉を詰まらせたような妙な音を立てた。
「いや、あのね、セディシュ」
「俺、スヴェンのこと、知ってるよ」
「いや、だからさ、あの」
「スヴェンが初めて俺の方見た時にこって優しく笑ってくれたの知ってる。俺があと一発で死ぬって時に魔物に矢当てて倒してくれたの知ってる。俺が最初に死んだ時、蘇ったら本当に嬉しそうな顔して頭撫でてくれたの知ってる」
「え……いや、あの」
「採集の時の真剣な横顔知ってる。俺が料理手伝った時によく頑張ったねおいしいよって言ってくれたの知ってる。庇った時にもうこんなことしちゃ駄目だよって怒ってからでもありがとうって笑ってくれたの知ってる。一緒に迷宮歩いてる時に何度も優しく話しかけてくれたの知ってる。食事の時にちゃんとディック手伝ってお皿運んでたの知ってる。朝おはようって、夜おやすみって、毎朝毎晩ちゃんと言って笑ってくれたの知ってる。俺の名前、セディシュって、毎日ちゃんと呼んでくれたの知ってる」
「………セディシュ」
 ひどく困ったような声を出してから、おずおずとスヴェンの腕がセディシュの背中に回された。そっと抱き寄せられ、セディシュは絶対に潤んでいるだろう目でスヴェンを見上げ、じっと見つめる。
「スヴェン。俺がスヴェンの一生、ずっとずっと、どっちかが死ぬまで引き受けていきたいって思うの、迷惑?」
「いや……セディシュ……」
 スヴェンはひどく困ったような顔だった。頬をほんのり赤らめながら、眉を寄せ、唇をもごもごと半分笑っているような半分なんと言えばいいのかわからないというような形に動かして、じっとこちらを見下ろしている。
 セディシュもじっとスヴェンを見上げた。真剣な気持ちをめいっぱいこめて。スヴェンに体と心のありったけで問いかける気持ちで。
 スヴェンはかなり長い間(数えていたわけではないが数分は経っていたと思う)困ったような顔でもごもご口を動かしてから、少し掠れた声で答えた。
「迷惑……では、ないよ」
「……ほんと?」
 自分でもなんだか泣きそうって感じのする声で言ってじっとスヴェンを見つめると、スヴェンは顔を赤くしながら咳払いをして、それから真剣な顔になって言った。
「でも、返事は今すぐじゃなくてもいいかな」
「……返事?」
「いや、だからさ、その、一生を引き受けるとか、そういう」
「? なんで?」
「いやあのねだからね、なんていうか。俺はさ、今まで君をそういう目で見てなかったから。君の気持ちと、同等の気持ちで君を思い返せるわけじゃないんだよ、今は。俺は君よりも年寄りだからさ……恋とか愛とか、そういう気持ちを抱くにも、時間がかかるんだ」
「……うん?」
 俺の方がスヴェンの一生を引き受けるのになんで恋とか愛が必要になるんだろう、と首を傾げると、スヴェンは苦笑してセディシュの頭を撫で言った。
「俺が君と同じ気持ちになれるかはわからないけど。これからはもっとちゃんと君のことを見て、考えたいって思う。だから、ちょっと待ってくれないかな。君のことを本当に、君と同じくらい、一生引き受けてもいいってくらい好きになれたら、ちゃんと告白して、その。……抱かせてもらうから」
「……うん」
 なんで自分と同じ気持ちになる必要があるのかはさっぱりわからなかったが、自分のことを見て考えてくれるのは嬉しい。別にスヴェンがセディシュを一生を引き受けてもいいくらい好きになる必要はないのに、とは思ったが、それでも好意に好意で返そうとしてくれるスヴェンの気持ちはとても嬉しい。好きになったら抱いてくれると約束してくれたのも嬉しい。なので、セディシュはにこ、と微笑んでうなずいた。
 スヴェンもにこっと微笑み返し、すっと顔を寄せてちゅ、と額にキスをしてくれた。
「だから、今日はもうおやすみ。明日から本格的に探索に入るんだろ、ちゃんと休まなくちゃ」
「うん」
 こっくりとうなずいて、セディシュはベッドに入った。スヴェンが「ランプ消すよ」と言ってくるのにうなずくと、スヴェンは硝子を上げ、ふっと火を吹き消す。部屋が暗闇に包まれて、スヴェンが近寄ってきて、「おやすみ」と小さな声で言ってからベッドに入る気配がした。それに「おやすみ」と返してから、セディシュは目を閉じる。
 ……が、目を閉じて数分経ってもさっぱり睡魔が訪れないので、あれ? と思って目を開けた。なんでだろう。体はそれなりに疲れているはずなのに。今までは宿屋のベッドに入ったら、あっという間に夢の中だったというのに。
 ベッドに横になりながらうーん、と首を傾げつつ考えて、気付いた。自分のペニスが半分くらい勃起している。
 昨日もエアハルトと何度かはヤったので、性欲は落ち着いていたはずだったのだが。今日はスヴェンとできる、と考えていたので体は勝手に臨戦態勢に入っていたらしい。どうしよう、と首を傾げて考える。スヴェンはもう寝ているだろうし、第一なぜかは知らないが自身がセディシュを好きになるまで相手してくれないそうだし、無理を言うわけにもいかない。
 うんうんしばらく考えて、ああそうかこういう時にオナニーすればいいのか、と気付いた。セディシュはこれまで一人でオナニーしたことはなかったが(肉奴隷時代は禁じられていたので。プレイとして衆人環視の中でしたり他人の体を借りてしたりすることはそれなりにあった)、一人でも射精をすればそれなりに性欲は落ち着くということは知っている。
 さっそく寝巻き(大浴場で入ったときに着替えた。最近は予備の服に着替えるくらいの余裕はあるのだ)のズボンを下ろす。さわ、とそっと自身のペニスを握ると、反射的に「ん……」と声が漏れた。
 どうせだからアヌスも使いたいな、と思って枕元の荷物をごそごそ探り潤滑剤を取り出す。蓋を開けて指先にとろりとこぼし、体を起こした方がやりやすそうだ、と思って膝立ちになった。
 潤滑剤で濡れた指をそっとアヌスに挿入する。「ふ……」とかすかに息が漏れる。自分のことなのだから当然どこが感じるかは知っている。ゆっくりと中を探り、緩急をつけて触りながら指を増やしていく。
「ふ……っ」
 アヌスをいじりつつペニスに手を伸ばす。潤滑剤をつけて濡れた指で、半勃起したペニスをなぞるように触り、たっぷり潤滑剤を塗りつけてから竿を握った。
「んぅ……ぅ、あ……イイ……おしり、気持ち、い……」
 口に出して気分を盛り上げつつオナニーにふける。セックスのようなアヌスへの圧倒的な圧迫感はないが、入り口やらどこやらのイイところを自分の好きなように弄りながらペニスをしごくのもこれはこれで悪くない。ちゃっ、ちゃっ、と水音を立てながら竿をしごいていると、ふいにスヴェンのベッドで起き上がる気配がして、ごそごそ音がしたかと思ったらランプに明かりが点いた。
「? ごめん、起こした?」
 体勢を変えないままスヴェンの方を振り向いて言うと、スヴェンはベッドに腰掛けながらじっとこちらを見て、言った。
「誘ってるのか?」
「? なんで?」
 セディシュはきょとんと首を傾げる。セディシュとしては全然そんな意識はない。むしろスヴェンに迷惑をかけないようにしていたつもりだ。セディシュは隣でどんなにやかましい喘ぎ声を出されようとぐっすり眠れたので(肉奴隷をやっていた頃はそういう環境でしか眠れないことがほとんどだったので)、どれだけ隣のベッドで喘ごうとスヴェンに迷惑をかけるなど可能性すら考えたことがない。
 スヴェンは真顔でこちらを見ている。というか目が据わっている。スヴェンがこんな顔をしているところなど見たことがない。どうしたんだろう、と少し心配になってスヴェンに近寄るべく体勢を変えようとすると、「待てよ」と(据わった目をした)スヴェンから制止された。
「せっかく気持ちよさそうにオナニーしてたんだ。俺に見せてみろよ」
「え」
「俺が好きだっていうんなら、できるだろ?」
 に、とわずかに口の端を吊り上げて言うスヴェンに、寝るんじゃなかったの? と思わず一瞬ぱちくりと目を見張ったが、すぐにこっくりとうなずいた。スヴェンから言ってきたんだからいいんだろう。どうせなら他人に見られてる方が気持ちいいだろうし。
 隣のベッドに座っているスヴェンに体を向け、しごき始めようとするとまたスヴェンが口を開いた。
「上もちゃんと脱げよ」
「……はい」
 はい、と答えたのは、なんとなくSMっぽいプレイの気配を感じたからだ。スヴェンの口調、目つき、言っている内容と声をかけるタイミング、いちいち熟練のSの気配がする。
 もしかしてしてくれるのかな、とドキドキしつつ、セディシュは寝巻きのボタンを外し、素裸になった。そしてくるかな、と予想していた通りにスヴェンはさらに声をかけてきた。
「乳首勃ってるぞ。そんなに期待してるのか?」
「……はい」
「ふぅん。じゃ、乳首弄りながら前しごいてみて」
「……はい」
 右手の濡れた指を左の乳首に伸ばし、きゅ、と捻る。自分の乳首に触れたのは久々で、それだけでぞく、と背筋に快感が走った。
「は……ぁ、っ……」
 かすかに声を漏らしながら、乳首を捻り、引っ張り、押し潰し、と弄りながらペニスをしごく。その様子を、スヴェンは薄笑いを浮かべながら冷たい瞳で観察していた。見られている。そのことに脳が興奮し、体の奥がじゅんっと濡れた。
「気持ちよさそうに声出しちゃって。俺に見られてんの、気持ちいい?」
「は……い」
「腰振れちゃってるじゃん。お前処女じゃないだろ。そんなにお尻いじってほしい?」
「はい……」
「ふーん。じゃ、乳首と尻の穴いじってごらん。それだけでイけたら、触ってあげてもいいよ」
「……はい」
 ごく、と思わず唾を呑み込みつつ、左手をアヌスに伸ばした。膝立ちした足を大きく開き、つぷ、と指を挿れるのをじっと観察されている。
 は、は、と荒い息をつきながら乳首をいじり、アヌスのイイところを触る。正直、乳首へと指でのアヌスの刺激だけでイけるかどうか自信はない。トコロテンの経験は一度や二度ではないが、それはどれも前立腺を思いきり押されたからちょろっと漏れた、ぐらいの感じだった。
 だがスヴェンがああ言っているのだから本気でやらないわけにはいかない。たぶんプレイとしての言葉なんだろうなー、とは思うが本当にイかないのならやめてしまうという可能性もあるし。
「ん……う、ふ……っ」
 必死に指をアヌスの奥へと伸ばしながら、乳首を刺激する。引っ張り捻り押し潰し撫でる。もうアヌスは三本指を咥え込んでいた。入り口を弄りながら奥へ奥へと指を突き立てる。息が自然と荒くなった。気持ちいい、気持ちいいけれどやっぱりイくには刺激が足りない。懇願するような視線をスヴェンに向けると、スヴェンは余裕たっぷりの視線でこちらを観察しながら笑った。
「なに? そんなに俺にしてほしいの?」
「……はい。してほしい、です」
「へぇ。じゃあ、その気にさせてよ」
 言うやスヴェンは大きく足を開いた。じ、と切なげな視線を向けてみると、スヴェンはにや、と笑って言った。
「しゃぶれよ」
「……はい」
 ごく、と思わず唾を飲み込みつつ、セディシュはスヴェンの前の床に膝をついた。スヴェンが腰を浮かせるのに合わせて、口でスヴェンの寝巻きの下と下着を一度に引っ張りずり下ろす。そして姿を現したスヴェンのペニスに(見るのは初めてだ。大きさはヴォルクよりわずかに小さいくらいだったが、使い込んでいる感じがした)ごくりと唾を呑み込み、ちゅ、と亀頭に口付けてから一気に口に含んだ。
「ん……」
 スヴェンのかすかに漏れた声に欲情する。フェラチオはかなり久しぶりだ。ねろ、れろ、と舌でスヴェンの亀頭や竿を舐め回しながら、喉の奥へのスヴェンのペニスを導く。
「んむ、うむ、んむ」
「う……」
 スヴェンが気持ちよさそうな声を漏らす。セディシュの髪に指が差し込まれ、かき回された。口の中でスヴェンのペニスがみるみる固くなっていくのが嬉しくて、口腔粘膜でスヴェンのペニスをしごき上げ、吸う。
「……もう、いい」
 低い声で言われ、え、と口に含んだままスヴェンの顔を見上げる。我ながら寂しげな顔になっている自覚はあった。スヴェンがは、と笑い声のような息を吐き出す。
「そんなに俺の、うまいか?」
「……むう」
 ペニスを口に含んだままわずかにうなずくと、スヴェンはく、と喉を鳴らした。ぐ、と髪をつかまれ、ぐい、と顔を持ち上げられる。
「じゃあ下の口にたっぷり食わせてやるよ、淫売。俺にぶち込んでほしいから尻いじってたんだろ?」
「……はい」
 頭の皮を引っ張られながらもちいさくうなずくと、ふん、と鼻を鳴らしてベッドの上に突き飛ばされた。
「尻を向けろ」
「……はい」
 セディシュは言われるままに、ベッドの上で土下座の状態から尻を高々と持ち上げ、尻たぶを左右に開いてアヌスをスヴェンに晒した。
「挿れて……ください」
 そして必殺の表情。どういう表情かは見たことがないのでわからないが、『好きにしてと顔全体で言ってるみたいな顔』と言われたその顔を見せた相手は、ほとんど全員即行で突っ込んできた。
 スヴェンはごくり、と唾を飲み込んでから、体をベッドの上に乗せた。手馴れた動きで避妊具をペニスに着け、腰をつかみ、ずずずっ、と一気に奥までペニスを挿入する。
「あぅっ……!」
 思わず声が漏れる。今、かなりイイところを突かれた。挿れ方の巧みさといい、突くポイントといい、腰の動かし方といい、スヴェンはやっぱり相当うまい。
「っ……尻がそんなにイイのか? お前、相当な数男咥え込んでるだろ。赤ん坊みたいな顔して……この、変態」
「っあ……ぅ!」
 ずんっ、とまたイイところを突かれる。それからずるぅり、とペニスを抜かれる。ぎりぎり入り口、という辺りまでペニスを抜いて、亀頭だけを中に入れたまま軽く抜き差しし、またずるぅりと中に挿れて奥を突く。その腰使いがまた相当にうまい。
「あ、ひ、あ、や」
「いやじゃないだろ。イイんだろ? こんなにここ固くしてるぞ」
「んっ!」
 ペニスをぎゅっと握られ、セディシュは思わず悲鳴を上げた。その握り方もタイミングもやっぱりうまい。ちゃっちゃ、としごくタイミングに合わせてずんっ、ずんっ、と奥のイイところをピンポイントで突いてくる。
「んぅ、あ、は、ひっう」
「ガキみたいな喘ぎ声上げるなよ、淫売のくせに。ほら、こんなとこまで開発されてる」
「んぁ、ぅ……」
 ねろり、と背中を舐め上げられ、ぞぞぞっと背筋に快感が走る。かぷり、と肩を、首を噛まれる。ちゅ、と耳たぶを吸われれろれろと口の中で弄ばれる。
 そして耳の中に囁かれた。
「可愛いな、お前」
 それは正直、不意討ちの言葉だった。
 思わず目をぱちくりとさせる。なぜかはわからないけれど、身体の奥がざわりとざわめいた。
 そこにずっ、と前立腺をもろに突かれる。「あひぁっ!」と身体から勝手に声が漏れた。
「ひっ、あ、や、い」
「ほら、口が利けないのか? イイならイイって言ってみろよ、ほらっ……!」
「ひっ! イ、あ、イイ、ですっ……!」
 ぐりぐり、とぴったりと腰を押し付けられながらイイところを抉られる。前をしごかれる。耳を頬を首を舐められる。気持ちいい。気持ちいい。気持ち、いい―――
「っ、く……!」
「あ、い、あぁー………」
 アヌスの中に熱いものを感じた数秒後、セディシュもスヴェンの手の中に射精していた。それも、たっぷりと。心地よい疲労感に身を任せつつ、は、は、と荒い息をつく。
 スヴェンも同様に荒い息をついていたが、息が落ち着いてきたと思ったらするするとペニスを抜き、避妊具の始末をして床に下りた、と思ったらいきなり土下座した。セディシュは思わず目をぱちくりさせる。
「……スヴェン?」
「ごめん!」
 なにを謝られているのかわからず、セディシュは首を傾げる。
「なにが?」
「ごめん、本当にごめん、俺いったんエロスイッチ入っちゃうともう止まんなくて! 昔遊んでた相手がそーいうのばっかだったからつい意地悪な感じになっちゃって! ごめん、本当に、手出すつもりなんかなかったのに!」
「? そうなの?」
「ああ、本当に……君のことを、心から好きにならなければ、手は出さないって、そう決めてたんだ……本当なんだ、いや信じてもらえないならそれでもいいんだが」
「ううん。信じる」
「セディシュ……」
「でも、嬉しい」
「え……なにが」
「心からじゃなくても、してもいいってくらいには、好きになってもらえたんだって、思うから」
 にこ、と笑むと、スヴェンは一瞬言葉に詰まってから、顔を上げ、わずかに声を震わせて言った。
「セディシュ」
「なに?」
「俺は、まだ君を、君が俺を好きなほどには好きじゃないと思う。でも、絶対に責任は取るから」
「? 責任って、なんの?」
「だ、だからその、した責任だよ。君に、その、なんていうか……」
 わずかに首を傾げた。した≠ニいうのはセックスのことなのだろうな、とは想像がついたがやっぱり意味がわからない。
「なんで?」
「い、いや、なんでって」
「スヴェンが責任取るようなこと、ないと思うけど。俺から先に、頼んでたんだし」
「い、いや、そういうわけには! 俺はもう遊ぶのはやめるって誓ったんだ! だから絶対に責任は取る!」
 セディシュはわずかに首を傾げたが、スヴェンがこう言ってるんだから別にいいか、と思うことにした。どっちにしろ自分はスヴェンの一生を引き受けるつもりなのだから、スヴェンが自分の一生を引き受けてくれるというのならディックの負担も減るだろう。
「わかった。責任、取ってくれるんだね?」
「……ああ」
「じゃ、約束」
「ああ。約束する」
 ベッドの下から土下座の体勢のまま真剣に言うスヴェン。なんとなく同じ視線で話をしたくなり、セディシュはベッドから下りてスヴェンに近づいた。
「スヴェン」
「……セディシュ」
「ありがとう」
 真剣な顔で言って、ぎゅ、とスヴェンの手を握る。
「俺、スヴェンの一生、ちゃんと引き受けるから」
「……俺も、ちゃんと君の一生、責任取るよ」
「うん。嬉しい」
 本当に嬉しくなってにこ、と笑い、セディシュはぎゅっとスヴェンに抱きついてすりっ、と体を摺り寄せた。
「スヴェン、大好き」
「…………」
 ふとくっつけた体の下で少しスヴェンのペニスが大きくなっているのを感じた。少し首を傾げて、スヴェンを見上げ聞いてみる。
「スヴェン。また、する?」
「……いや。今度する時は、誰にでも胸を張って君が世界一好きだと言えるようになってからにするよ」
「わかった」
 セディシュは立ち上がる。スヴェンも小さく息を吐いてから立ち上がった。
「でも、セディシュ。頼むから今度からは同じ部屋にいる時にオナニーとかしないでくれよな。誘うつもりでも、そうじゃなくても」
「? なんで?」
「……俺の理性が危なくなるから」
「? わかった」
 こっくりとうなずいてベッドに潜りかけ、あ、と気付いてスヴェンを見る。これは言っておいた方がいいと思う。
「スヴェン」
「ん?」
「すごく気持ちよかった。ありがと」
 そう言って、なんだかスヴェンが難しい顔をしていたなぁと思いながらも、セディシュはランプの消された部屋でぐっすりと眠ったのだった。

 なんだかもう心底エネルギーが吸い取られた気分で一晩眠り、最悪な寝覚めを迎えてあー起きたくねー、と思いつつ食堂に下りていったディックは、固まった。食堂右奥、いつもの席にギルドメンバーが全員勢揃いしている。
 スヴェンの隣にセディシュ、その反対の隣にアルバー。その隣にエアハルト。その隣にヴォルク。スヴェンの逆隣にはセス。全員むっつりと黙り込み、ひどくぎすぎすした雰囲気で。セディシュはいつも通りきょとんとした顔で、スヴェンは決意の表情だったが。
 うわぁすげぇ行きたくねぇ、と思いつつディックはのろのろと食堂に入った。全員がいっせいにこちらを見る。
「………おはよう」
「おはよう」
「……おはよ」
「……おはよう」
「……おはようございます」
「……おはよ」
「……おはよう」
 凄まじく気まずい雰囲気だ。とりあえず厨房に避難しようとして、テーブルの上に人数分のトーストと飲み物、料理が何品か置かれているのに気付く。
「……朝飯、頼んだのか」
「ああ」
 スヴェンがきっ、とこちらを見つめた。
「大事な話があるんだ。全員に聞いてほしい」
「……わかった」
 うわぁすげぇ聞きたくねぇ、と思いながらディックはセスの隣の席に着いた。八人席だから一個席が余るなぁ、あと一人いつ入れようと頭が一瞬現実逃避する。
「で。大事な話って、なんだよ」
 アルバーがぎろり、とスヴェンを睨む。スヴェンはああ、とうなずき、真剣な顔で言った。
「俺は、セディシュの一生、責任取ることに決めたから」
『…………』
「……兄貴。それって、どういう意味?」
「なんというか、その……セディシュが女だったら、嫁にもらうってことになるんだろうな」
『…………』
「はぁっ!? ちょっとあに」
「ざっけんなっ!」
 ばぁん! とアルバーがテーブルを叩く。スヴェンが驚いた顔になった。
「アルバー……」
「なんでスヴェンがセディシュを嫁にもらうんだよっ! スヴェンなんて採集係じゃねーかっ、セディシュの方が絶対強ぇだろ! 嫁の方が強いなんて変だ!」
「? なんで?」
 きょとんと首を傾げるセディシュに、空気が凍った。
「なん、で、って……セディシュ、お前……スヴェンの嫁になってもいいってのかよっ!」
「よめってなに?」
 がっくりと全員脱力した。
「……嫁っていうのは結婚相手。一生を共にして家族を作るという契約を結んだ女性を男から見た言い方だ。ここでスヴェンが言っているのはお前が女だったらってことだから、スヴェンはお前と一生共にいたいっていう意思を示してるんだ。で、それにアルバーは反対してることになる」
 ディックがあーやだなー次こいつがなんて言うかわかるなー、と思いながらディックが説明すると、セディシュはわずかに首を傾げてからうなずいた。
「わかった。なら、俺、みんなの嫁になりたい」
『………………はっ?』
「あ、あの……セディシュさん。みんなって、どういう……?」
「ディックと、アルバーと、ヴォルクと、エアハルトと、スヴェンと……セス?」
「なんであ、僕だけ疑問系なわけ!?」
「そうか、ごめん。セスも」
「だからも≠チて、ていうか僕はあんたを嫁にもらうなんて、ていうかなんで重婚」
「そーだよ! なんで全員の嫁なんだよ!?」
「俺は、みんなの一生引き受けたいって思うから、できれば一緒に住んでくれると、嬉しい。駄目なら別に、いいけど」
『…………はっ?』
「……おい、セディシュ。なんでそうなる? 俺はお前に一生面倒を見られる気なんぞないんだぞ?」
「? だってヴォルクと俺、セックスした」
『…………!』
「ちょ、セディシュ、おま、なんっ、やっぱり、いやなにも今っ!」
「ヴォルク……なんか一昨日様子が変だと思ってたら、やっぱりこいつとっ!」
「べっ、別にお前に文句を言われる筋合いはないだろう! そういうお前こそ昨日はやたらセディシュにアプローチしていたじゃないか、したんじゃないのかっ!?」
「ふざけんな俺がヤったのは一昨昨日だっ!」
「……一昨日の晩から昨日の朝にかけてヤったのは僕です」
「あーっ! エアハルトてめぇやっぱヤってやがったなっ!」
「それがなにか悪いっていうんですか。僕は誘われたからしてあげただけですよ。別にセディシュさんも嫌だとは言いませんでしたし?」
「て、てめぇっ」
「………え、えと………も、もしかして、みんな、この子と、してたの、かな?」
「ディックさんは知りませんけど」
「そーだディックもしてんじゃねーかっ! ていうか真っ先にヤってたんじゃん! 俺がヤるより先にヤったって言ってたもん、セディシュ!」
 ひたすら黙って空気になろうとしていたディックはぐ、と唇を噛んだ。俺に振るな!
「どーなんだよっ、ディックっ」
「………したは、したが。別に、俺は」
「別に、なんだよっ」
 本気なわけじゃ全然ない、と言いかけて固まった。昨日俺はセディに、一生を引き受けるつもりでセックスした、みたいなこと言っちまってなかっただろうか。
 ざーっと思わず顔から音を立てて血の気が引く。やばい、やばいやばいやばいどうしよう。頭に血の上ってるこいつらにそんなこと言ったら決闘騒ぎになりかねないし。でも嘘つきましたーなんてセディに言ったらセディは絶対傷つくと思うし。
 肉奴隷から解放されて、信頼できる人を見つけたと思って。その人が自分に嘘をついたなんて思ったら、セディは、きっと。
 どうしようどうしよう、どう答えればいいんだ、俺!?
「黙ってんじゃねーよっ」
「少しは落ち着いてくれませんかアルバーさん。なんですかあなたは、ムキになって。そんなにセディシュさんが好きなんですか。もしかしてホモなんですか?」
「な……ば、バカ言ってんじゃねーよっ! そーいうエアハルトこそ昨日やたら俺に絡んできたじゃん! ホモなんじゃねーのっ!?」
「じょ、冗談言わないでください! 僕はただ、セディシュさんがしてくれって言ったからしてあげただけで……ヴォルクさんはどうなんですかっ!」
「なななななにを言うんだ俺は変態でもなんでもないただちょっとちょっとだけだぞしてくれるっていうからセディシュにちょ」
「ちょ?」
「うああああなんでもないなんでもないなんでもない!」
「え、えと……お、俺たち、全員、穴兄弟……?」
『………………』
「……不潔」
 がたり、とセスが立ち上がった。
「ちょ……セ」
「変態っ! なに考えてんのよ、汚らわしいっ! あんたたちみんな変態っ! もう一緒にいたくないっ、みんな死んじゃえばかーっ!」
「ちょっと待てセシ、じゃないセスっ!」
 だーっと宿の外へと走り出すセスを呆然と見送っていると、目の前に滑るように糸目ことフロアマネージャーが現れ、いつものにっこり笑顔で言った。
「お客さん。申し訳ありませんが、あんまり騒ぐようでしたら、出ていっていただけませんか?」
 冒険者専用の宿で騒いだから出てけって、と反射的に反論しかけ、周囲の冒険者たちが思いっきり野次馬的な視線をこちらに集中させているのに気付き、ディックはがっくりとうなだれた。むしろこれは糸目の慈悲かもしれない。
 いつものようにきょとんとした顔で首を傾げているセディシュを見つめる。いつも通りの赤ん坊のようなあどけない顔。それを見ているとなんだかほとほと悲しくなってきて、ディックは「行くか……」と呟いて立ち上がった。
 反論はなかった。

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