向き合う、二つの心
 日々は過ぎる。あっという間に。なにも言えないまま、淡々と、何事も起きることもなく。
 日々の勤めと試験勉強。それを必死になってこなしているうちにあっという間に時は過ぎる。なにも思いきった行動を起こせなくとも。時間が空けば、いや空かずともついついライのことを考えて思い悩んでしまおうとも。
 ライがなにか無理している気がする、と感じるようになってから早二週間。相変わらずその問題は解決していない。
 ライは昼食を食べに来た時も夕食を食べに来た時も時々差し入れに来てくれる時もにこにこ笑顔だ。元気な素振りを崩さない。けれどやはりグラッドには、なにか無理しているように見える。
 聞きたい、けれど傷つけるかもしれなくて聞けない、という心の天秤は結局どちらにも傾かず中途半端なままふらついている。十日ほど前にリュームとセイロンが宿屋に来ていることもその状態に拍車をかけた。自分が聞かずとも、リュームが聞き出すのではないか、とそんなことに気を遣ったってしょうがないとわかっている気を遣ってしまうのだ。
 本当はただ勇気がないだけなのだと、わかってはいるのだけれども。
 グラッドは苦く笑みながら『忘れじの面影亭』への道をたどった。今日も昼食と野菜ジュースと、ライの笑顔をご馳走になりに。
 あー脳煮えてるな、と思いつつ歩いていくと、ふと道端で女の子が泣いているのが目に止まった。あの子は確かミール通りの雑貨屋さんの末っ子だ。名前はなんだったかな、と思いながらも仕事仕事と気を引き締めて歩み寄り、しゃがみこんでえっくえっくと泣いている少女に訊ねる。
「なぁ、どうかしたのか? なにか困ったことがあるならお兄さんに言ってごらん?」
 にこ、とできるだけ優しく微笑んで訊ねると、女の子はまだしゃくりあげながらも「おうち、かえりたい……」と言ってくれた。
 迷子か、とうなずいてにこにこ笑顔で言う。こういう時はとにかく相手の警戒心を削がなければ。
「じゃあ、お兄さんがお家まで連れていってあげよう。お兄さんはこの町の駐在兵士だからね」
「……ほんと?」
「本当だとも。なんならおんぶしてあげようか?」
 女の子はようやくほっとしたように笑ってくれた。
 そしてグラッドがその子を(頭の上に担ぎ上げてやったりしてあやしながら)家まで連れていってやり、家族とのこういう仕事の時の毎度の挨拶をこなしてから(グラッドさんありがとうございますいえいえこれも任務ですからなんでしたらお食事でもいえいえそんなこれも帝国軍人の当然の務めですから、等)また『忘れじの面影亭』への道を歩き始めると、今度は道端に腰を痛めたご老人がしゃがみこんでいた。
 当然家まで送り届けてまた家族との挨拶をして歩き出すと、今度は喧嘩の仲裁をやらされた。それが終わるとちょっと力を貸してくれ、と力仕事に借り出され、その次は嫁の愚痴につき合わされ――気付いた時にはもう夜だった。
 もちろん途中で「ああ、これは今日はライのところにはいけないな」と見極めがついたので途中商店街のパン屋でパンを買ったので空腹ではないものの、気分的にはだいぶ物足りなかった。ここのところ朝食以外は(時によっては朝食も)いつもライのところでご馳走になっていたので、商店街のパンでは正直食べたという気がしない。
 だが文句を言うわけにもいかない。これも駐在兵士としてはごく当たり前の日常だ。ライの作った食事が食べられないのも、ライに会えないのも、受け入れ慣れるべき事柄だろう。
 もうすぐ、きっとそれが日常になるのだし。
 はぁ、とため息をついて家路をたどる。もう時刻は『忘れじの面影亭』の営業時間を大幅に過ぎていた(夕食の時間に一人暮らしの老人が突き指をしたとグラッドに炊事洗濯掃除愚痴聞かせのフルコースをかましてくれたせいだ、さらにそこから夜の見回りをしなければならなかったのだから)。実際店のあたりを見回った時も店の灯りはもう消えていたし。
 ライはもう寝てるかな、と埒もないことを考えながら駐在所へ向かう曲がり角を曲がり、瞬間、グラッドは固まった。
 ライが、立っている。駐在所の前に、ぽつんと。以前忘月の泉で見たのと同じ、たまらなくなるほど虚ろな顔で。
 一瞬呆然と棒立ちになってしまった。なんでこいつがここに、とかなんであんな顔をここで、とか考えるより先に、今こいつにこんな顔をさせているのは俺だ、という妄想じゃないかと思うような考えを心が勝手に確信し、罪悪感で固まってしまったのだ。
 ぼうっと夜空を見ていたライがふ、とこちらを見て、闇の中で明かりを見つけた子供のような頼りなげな笑みを浮かべる。それを見て、ようやく体が動いた。
「ライ!」
 叫んで駆け寄る。ライははっとしたように首を振り、普段と変わらない笑みを浮かべた。
 それに心を騒がせながらも、ライの目の前に立って抱きしめ頭を撫でてやりたい衝動と戦いながら言う。
「どうしたんだ、ライ。もう普段なら寝てる時間だろ?」
「なんだよ兄貴、俺の寝る時間なんてなんで知ってるわけ?」
「そりゃ毎日見回りしてるからな。お前の家の明かりが消えるのがだいたい何時かぐらい見当がつく」
「なんだよそれ、ったく兄貴ってホント面倒見いいよなぁ」
「それより。どうしたんだ、こんな時間に」
 そう真剣な顔で訊ねるとライは一瞬表情を凍らせた。だが、すぐに笑顔になって首を振る。
「別に? ただ、今日来なかったからどうしたのかなって思ってさ、なかなか眠れなかったから夜の散歩ついでに様子見に来ただけ」
「……そうか。けど今日はもう帰った方がいいぞ。明日も早いんだろう? 送ってってやるから」
 そう言うとライはびくん、と跳ねるように顔を上げてぶるぶると思いきり首を振った。
「い、いいよっ! 一人で帰れる! 兄貴疲れてるんだろ、休んでくれよ!」
「おいおい、俺は曲がりなりにも帝国軍人だぞ。たかだか一日ちょっと多く働いた程度で疲れるわけないだろう? それに、お前は俺がわざわざ俺を心配してやってきてくれた奴を一人で追い返すような冷たい男だと思ってるのか?」
 ちょっと怒ったような顔を作って言ってやると、ライはまた一瞬ひどく表情から血の気を引かせて、それからのろのろと首を振った。やや力ない笑顔で。
「……でも、いいよ。ほんとに、俺、一人で……」
「コラ。意地張るな、俺が送りたいって言ってるんだ。お前も言ってくれただろ、お前がよくても俺の気がすまない、そういうこと」
 そんな顔するようなこと言ったかな、と内心首を傾げつつもにっと笑ってやると、ライはふーっと顔を上気させ、ようやくゆっくりとうなずいた。

 特に話もせずゆっくりと夜の道を歩く。グラッドとしてはちょっとくらい話をしたいと思っていたのだが、ライが沈んだ様子で黙り込んでいるのでなかなか口を開けなかった。
 だがいつまでも黙り込んでいるのも不自然か、と「今日は店の方はどうだった?」と訊ねるとライはびくん、と震えて「ああ、順調だったぜ!?」と明らかに狼狽した風に答える。
「そ、そうか」
 グラッドはぽりぽりと頭をかいた。今日のライは、なんだか情緒不安定だ――
 そう思った瞬間、はっとした。もしや、これはライが自分に送っているSOSなのではないか?
 ずっと求めてきた、ライが辛い時苦しい時自分に助けを求める手。今ライが自分に差し伸べているのは、その手ではないのか?
 一気に早鐘のように鳴り始める心臓をぎゅっと押さえて、グラッドは極力落ち着いた口調を心がけながら言った。
「ライ。お前、なにか俺に言いたいことがあるんじゃないか?」
 ライはばっ、とこちらを見上げる。その明らかに平常心を欠いた眼差しに、人として間違っているとは思いながらも心の一部で歓喜を感じながら言葉を重ねる。
「俺はお前がなにか辛いことがあるんならいつだって話を聞くぞ。相談にだって乗るし手が必要なら貸すし愚痴だっていくらでも聞いてやる。お前の苦しいっていう気持ちがなくなるまで、いくらだってつきあってやるさ」
 自然、労わるような口調になった。実際今ひどく苦しそうなライに対する労わりの感情、可哀想だと思う気持ち、優しくしてやりたいという保護欲も溢れそうになっているので嘘の感情を乗せているわけではない。ただ、それと同様にグラッドの男の部分が、こいつに俺に、俺だけに縋ってこさせたいと叫んでいるだけで。
「だから、まぁ、気兼ねなくなんでも話してくれていいんだぞ? どんな時だって俺はお前のためなら時間の都合くらいつけるし。体力だって搾り出すし。第一今日はまだまだ元気なんだ、頼ってくれたって兄ちゃんは平気だぞ? むしろお前に頼られて嬉しいくらいだ」
 言ってから照れくさくなって、半ばごまかすように、半ば本音を隠してそんな風に続ける。ちょっと最後におどけた顔をして、俺は怖くないぞ、とできるだけ表してみせた。ライが少しでも気軽に話せるように。少しでも気が楽になるように。
 ライはじっと揺れる瞳でグラッドを見上げた。グラッドも無言で見返す。自然互いに足が止まる。ライの家まであともう少しという上り坂の途中で。
 優しく笑顔を心がけながらライを見下ろす。ここが正念場だ、と思った。自分の欲望はともかく、ライの最近の心の揺れを聞くためには。
 ライはしばしじっとこちらを見つめ――やがてうつむいて、ぼそりと言った。
「兄貴は、優しいよな」
「……は?」
 グラッドは目をぱちぱちさせた。褒められるのは悪い気はしないが、今のライの言葉は、むしろなにか。
「兄貴はいつだって優しくて、親切なんだ。誰にだって。街の奴らにだって、俺にだって。気を遣わせないように気軽に、でもちゃんと心底優しくしてくれるんだ」
「え、あの、ライ」
 このどこか嵐のような激しい感情の揺れを感じさせるライの口調は。なんだか自分が下手を打ったような気分を猛烈にかきたてる。
「兄貴、そういうの、やめろよ。勘違いする奴、出るだろ。俺みたいに」
「か、勘違いって」
「俺みたいに、自分が兄貴にとって特別に大切な存在なんじゃないかって」
 平板に言われた言葉に、怒りよりもむしろ動揺が湧き起こった。
「い、いや特別だぞ!? お前は俺にとって特別に大切だ!」
「だから、やめろって。本当に……」
「だ、だいたいな――なんでそんなこと、言うんだ!? 俺はお前を弟みたいに思ってるとも言ったし、紫電に入っても絶対また会いに来るとも言ったろ!? どうでもいい奴にそんなこと言うほど俺は酔狂じゃないぞ!」
 さすがにこの状況下で『ていうか俺はお前が可愛いし好きだしぶっちゃけ世界の誰より欲情してるんだよ!』とは言えないので今までに言った言葉でお茶を濁す。だが、それでもライは小さく首を振った。
「そんなに俺が信じられないのかよ!?」
「…………っ」
「ライ、あのな、俺は……お前が本当に大切なんだぞ? そりゃもうどうしようもなく大切なんだぞ? さっきも言っただろ、俺はお前に頼られるのが嬉しいし……なんていうか、誰にも頼らないで一人で頑張ろうとしてるお前見てると、少しでも俺の前では気を抜いて、楽に呼吸してほしいって思うんだ。俺にくらい甘えさせてやりたいって思うんだ。そんな風に思う相手が特別じゃないなんて、お前本気で思ってるのか?」
「………っ、………」
「俺は、その、お前がすごく大切だよ。特別に。お前の頑張り屋なところとか、すごくその、好きだよ。いい奴だと思ってる」
 おかしいと思われないように、弟分に対する言葉の範囲内に留まるように、と必死に考えながら言葉を紡ぐ。これまで気を遣って、というより勇気が出なくてなにも言えなかったが、ここまできたんだ言えることは言えるだけ言ってしまおう。
「お前、なんかここんとこずっと無理してただろ?」
「…………!」
「無理して笑って、無理して元気に振舞ってただろ。なんでなのかっていうのはまぁ、機会がなくて聞けなかったけど、それでも俺はそれがわかるくらい真剣にお前のことを見てるんだよ。それは信じてほしい。なぁ、お前はなんでそんなに苦しんでるんだ? 聞かせてくれ。俺で役に立てるかどうかはわからないけど、俺はお前の力になりたいんだ。俺でできることならなんだってするから、だから」
「……めろよ」
「え?」
「もうやめろよ!」
 ライが顔を上げて、グラッドは仰天した。その蒼灰色の澄んだ瞳から、ぽろぽろ涙が零れ落ちている。
「なんで兄貴はそんなに優しいんだよ!? 俺は兄貴に、そんな風に思ってもらえる、価値のある存在じゃ、ないのに……っ」
 ぽろぽろぽろぽろ、ライの涙は止まらない。泣きじゃくるライの顔。見たいとすら願ったその表情は、くしゃくしゃに歪んでいたけれども、グラッドには抱きしめたくなるほど可愛く、愛おしく見えた。
「俺は汚いんだよ! 兄貴がずっと俺のそばにいてくれないかなんて甘ったれたこと考えてる。兄貴にこっち向いてほしいって、俺のそばにいてほしいって思って、兄貴が試験に落ちたらいいとまで考えたこともあるくらいなんだ! っかも……それだけじゃ、ないっ……!」
 初めてまともに見るライの涙はたまらなくきれいだった。水晶のような、宝石のような。あの大奇跡の時見た光の雨よりもグラッドには美しく思えた。ライの心の揺らぎが、感情が、目一杯つまってるせいだと、考えなくてもわかった。
「――――すき、なんだ」
 たまらなく苦しそうに、罪を告白するように、ライは小さく告げた。
「俺、兄貴が好きなんだ。変な風に。俺が女だったら結婚したいって――いや、女じゃないのに結婚したいって……妙なことされたいって、触られたいって思って、それ想像して興奮するような好きなんだ」
「え……ライ?」
「今日も俺兄貴のことばっかり考えてた。なんで兄貴今日なかなか来てくれないのかなとか、もしかして俺の気持ち気付いちゃったんじゃないかなとか、もう兄貴は俺のこと嫌いになって、そばにいるのも、こっち見るのもやになっちゃったんじゃないかなって、怖くて怖くてたまんなくて……そんで鬱陶しいって思われるんじゃないかって思いながら結局兄貴のとこ行って。毎日兄貴がどっか行っちゃうんじゃないかって不安でしょうがなくて」
「ラ……」
 ライはきっとこちらを睨むように見上げ、勢いよく、男らしくぐいっと涙を拭いてふっと柔らかく笑う。
「だからごめん。もう会わない。さよなら」
 くるり、と唐突に背を向けてライは走り出す。まだライの泣く姿がまぶたの裏に映りぼうっとしているグラッドに、怒鳴り声が投げつけられた。
「なにやってんだよ!」
 反射的に振り向いて、小さく口を開けた。
「リューム……」
「このままあいつ放っとくつもりかよっ。それでいいのかよ、あいつ本気でもう会わない気だぞ!?」
「………っ」
 よくない。いいわけがない、そんなこと。
 リュームは目に涙を溜めながら、ぎっとこちらを睨んで怒鳴った。
「人の親泣かしたまんまほっぽっとくんじゃねぇよ、俺の親父なんだと思ってんだ! あいつのことが好きなら、とっとと追いかけやがれっ!」
 震えるほどの感情をこめた甲高い怒鳴り声――
 グラッドは、「すまん!」と叫んで走り出した。なにに謝っているのかはよくわからなかったけれど。

「……よいのですかな、守護竜殿?」
「……いいんだよ」
「我の見るところ、守護竜殿にも勝機がないわけでは」
「いいんだよ。……きっと、こうなるのが一番いいんだ。オレたちは」
「…………」
「オレ、あいつ好きだけどさ……あいつはオレのことを息子だとしか思ってねーし。それに……オレも、さ。そっちのがいいんだ。オレはあいつの子供でいたいんだ。つがいじゃなくて。ずっとそばにはいられないから……なんにも考えないで大切にできる、そういう関係のが、いいんだ」
「…………」
「それに、さ。あいつの子供っていう、あいつの息子っていう居場所はさ。もうなにとも代えたくないくらい、気持ちいいんだぜ」
「成長、されましたな」
「……別に。まー、グラッドにーちゃんがだらしねー真似してたら横から引っさらってくけどな。オレの親父をそう簡単に奪えると思ったら大間違いだぜ」
「あっはっはっは、善哉善哉」

「………ライ」
 忘月の泉。そこにライは、予想していた通り一人で立っていた。
「やっぱり、ここにいたんだな」
 数度深呼吸をしてから、緊張に震えそうになる声を必死に落ち着けて押し出した。
 ライは、こちらを見もせずじっと泉を見下ろしている。グラッドはそれに一歩ずつ近寄りながら言葉を紡いだ。
「俺、な。お前がここにいるの、前にも見たことがあるんだ」
「…………」
「お前はじっと泉を見てた。今まで見たこともない、想像したこともないような虚ろな顔で。自分が世界でただ一人、みたいな顔で。――その時、俺はお前に惚れたんだと思う」
「………え?」
 自分が聞き間違えたんじゃないか、と思っていそうな顔でライは顔を上げる。グラッドはそれにライが安心できるように、という思いをこめて微笑みかけた。
「なぁ、ライ。お前はそんなに無理しなくていいんだよ。お前は本当にしっかりしてると思うし、よくやってる。だけどたまには気を抜いてもいいんだ。少なくとも俺の前では。そりゃ、お前は小さい頃から一人でやるしかなかったのかもしれない。だけど、今は一人じゃないだろ。お前のことを大切に思ってる人はたくさんいる。もちろん、俺もな。そういう人間にくらい頼ったって、なにも悪いことはない。お前だってそういう相手になら頼ってほしいって思うだろ?」
「……兄貴、あの」
「少なくとも俺は、お前に頼ってほしいって思う。正直に言っちまうとな、俺はお前が俺にもー身も世もないって勢いで泣きついてくるとこ何度も想像したよ。しちゃまずいってわかってるのにな。お前の寂しそうな顔見て、俺に頼らせたい、甘えさせたいって思ったんだ。だから俺にはいくらだってわがまま言っていいんだよ。俺はお前に頼られるのが、縋られるのが幸せなんだから」
「……なぁ、兄貴」
「信じられなくても俺は何度も言うぞ。お前が信じられるまで繰り返してやる。お前が好きだって、大切だって。世界で誰より可愛いと思ってて、抱きしめたいっていつも思ってるって」
「なぁ、兄貴ってば、さっき」
 縋るような目で見上げるライを、グラッドは微笑んで見下ろした。言葉を発しながら一歩ずつ距離を稼いで、もう自分たちはほぼぴったりと寄り添うように立っている。
 だからもう遠慮はいらない。グラッドはにこっと笑って、一世一代の口説き文句をこう締めくくった。
「――愛してるって」
 そして即座に抱きしめ、唇を奪った。

 瞳を見開いて硬直するライに何度もキスをしながら愛を囁いていると、突然ライの顔にふーっと赤みが差してきた。そしてそのまますーっと倒れそうになるライを支えて、ちょっと苦笑して言う。
「帰るか」
 ぼうっとした顔のままうなずいて、よろよろと歩き出すライの手を、グラッドはそっと握った。恋人つなぎで。ライは仰天した顔をしたが、離さない。
 ぽーっとした顔のままよろよろと歩くライに歩調を合わせ、グラッドはライに見られないようににまにまと笑んだ。まさか、こうも話がうまく進むとは思っていなかった。思わず勝利の雄たけびを叫びたくなるほどの高揚感に、グラッドはこっそり打ち震える。これでライは自分のものだ、と思うとだらしない笑みが止まらない。
 いやいやそういう言い方はよくないよな。ものとかそういう言い方はよくない。俺はライを大切にしたいんだから。そう自分に注意を呼びかけつつも顔が崩れる。
「……兄貴」
「ん?」
 ライの家の前まで連れてきて、不安そうな顔で見上げるライに、グラッドは微笑みながら顔をのぞきこむ。ライは顔を赤らめながらも、小さな声でぽそぽそと言った。
「結局……俺ら、どういうことになったわけ」
「は?」
「男同士だから……結婚とか、できねぇし」
「…………」
 どう考えるかちょっと迷って、グラッドはにかっと笑ってみせる。
「そうだな、俺が出世して帝国の法律も動かせるようになったら、男同士で結婚できるよう法律を変えようか」
「……へ」
「それまでは、結婚に限りなく近い状態を目指す、恋人同士ってことで我慢しておいてくれ」
 そう囁いてまたキスを落とすと、ライはぽーっと頭に血を上らせひっくり返った。

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