この作品には男同士の性行為を描写した部分が存在します。
なので十八歳未満の方は(十八歳以上でも高校生の方も)閲覧を禁じさせていただきます(うっかり迷い込んでしまった男と男の性行為を描写した小説が好きではないという方も非閲覧を推奨します)。



そしてすき、だからすき
「砂糖にハチミツ、塩コショウ。果物屋でナウバの実とシルドの実、ミントねーちゃんのところでレモングラスとディルと唐辛子……と」
「おいおい大丈夫かよ、砂糖や塩コショウったって袋で買うんだろ? そんなに持てんのかぁ?」
 からかうように言ってくるリュームの額を、ライはメモを持っていない方の手で軽く小突いた。
「誰に言ってんだよ、お前何回俺の買い物に付き合ってんだ?」
「へへっ」
 照れくさげに笑むリュームといつも通りに少しじゃれ合う。リュームと一緒に買い物に来た時は、いつもこんな風だった。
 ライはいつもは問屋に宿屋まで食材や調味料の類はまとめて届けてもらうので、ミントのところへ野菜をもらいに行く以外は街を歩いて買い物をすることはあまりない。だが特定の食材がよく出たり、注文漏れやらの手違いが起きてしまったりで不足が出た時は街まで買いにいく。今回もそういう例だった。
 だがなにせ店に出すものを買うのだ、どれも業務用に大袋で買うので大人でも普通なら二つが限界だと言われたくらい重い。それを五つ六つ買って帰れるということは、やっぱりそれなりに自分は鍛えてるんだなと思うと悪い気はしなかった。
 最近の兄貴の頑張りには、負けると思うけど。
 グラッドのことを思ったせいでカッと顔が熱くなるのを感じ、ライは頬を染めてうつむいた。グラッド。お前のことが大好きだと言ってくれたライの恋人。
 試験の準備で大変だろうに毎日朝昼晩と顔を見せに来て、あの心が温かくなるような笑顔で「うまいよ」と言ってくれる大好きな人。自分の夢をかなえるために、頑張っているあの人に、俺のできることをしてやりたい。
 俺にできるのは料理くらいだから、俺にできるありったけでうまい料理作ってやりたい。今日は少し風が冷たいから、あったまるものかな。シチュー、ポトフ、卵雑炊。シチューは鍋で煮込んでおこう。ポトフは……お客さんに出す用のを流用させてもらうしかないか、悔しいけど。雑炊はすぐできるけど……スープパスタなんてのも面白いかも。パスタの生地まだあったよな。
 グラッドには気付かれていないが栄養、味、その日の気候に体調、そういうものまで考慮して常にいくつか料理を準備し、グラッドの要望ならなんでも応えられる状態にしている(お客さんに出すのを流用するのは兄貴にもお客さんにも失礼だからとできるだけ避けている)世話女房ライの顔はほんわりと緩んでいた。家族の温もりというものに縁が薄かったライは毎日誰かのために料理を準備できるのが嬉しいし、基本的に世話焼き体質だし、なにより大好きな人との新婚(?)生活、及びうっかり目覚めたツマの尽くす喜びにどっぷり浸かっちゃったりしているのだ。
 と、グラッドの笑顔を思い出して幸せな気分で頬を染めていた自分の横顔をリュームがじーっとめちゃくちゃ不機嫌そうな顔で睨みつけていたりするのにライは気がついた(リュームの複雑な心境にまでは思い至っていないが)。うわ、恥ずかしいとこ見られちまった、と慌てて顔を引き締め、リュームの腕を引っ張る。
「わ、なにすんだよっ」
「ほらほら突っ立ってないで行くぞ。早く帰って夜の仕込み始めねえとなんねーんだから」
「なんだよ、自分の方が突っ立ってたくせにっ」
 顔を赤くして突っかかるリュームを適当にあしらいつつ、笑いあいつつ、ライは商店街へと向かう。
 その足が、ふと目に入った光景に、止まった。
「………ぁ」
「? どうしたんだよ……っ!」
 ライの視線の先を追ったのだろう、リュームも絶句した。一区画ほど先の街角に、グラッドが歩いている。
 グラッドは一人ではなかった。というか、女の人と歩いていた。楽しそうにお喋りしながら。それも、腕を組んで。
 ライは呆然と、ぼんやりと、楽しげに歩くその若夫婦のようにすら見える二人を、見つめた。
「………………」
「っ、なにやってんだよっ、あいつ行っちまうぞ!?」
「………………」
「黙ってないであいつ怒鳴るなり殴るなりしろよっ、そうしなきゃ駄目だろっ、だって」
「……いいよ」
「いいってなんだよ!? お前がしないなら俺がぶんなぐ」
「いいって言ってるだろ!? やめろ!」
 思わず怒鳴ってから、リュームがひどく傷ついた顔をしているのに気付き、うつむいて小さく言った。
「ごめん。でも、本当に、いいからさ」
「………なんで」
「いいんだ。早く帰って夜の仕込み、しなくちゃな」
 そう笑って言って踵を返す。リュームは黙ってついてきた。
 買い物をせずに帰ってきてしまったのに、出迎えたセイロンはなにも言わず、代わりに必要なものを買ってきてくれた。

 そして、店じまいの時刻になった、夜。
「よう、ライ!」
「よう、兄貴」
 いつも通りにもう誰もいない店に入ってきたグラッドに、ライは顔を向けた。笑え。そう自分の顔に命じてグラッドの声に応え手を上げる。平然と、平然と。いつも通りに。そう自分の心身に全力で命じて、グラッドの顔を見た。
「兄貴、今日はなに食べたい? なんでも好きなもの言ってくれよ」
「……ライ」
 グラッドの顔は優しい。いつも通りの温かい微笑み。それにひどくほっとして、だからがっし、と腕をつかまれたときには仰天した。
「な、兄貴、なに」
「いーからちょっと来い」
 声は怒っていない。だが腕をつかむ力は強かった。それをどう判断すればいいのかわからず頭をぐるぐるさせているうちに、あっという間に裏庭まで引っ張り込まれてしまう。
「あに」
「なにがあったんだ?」
「え」
「朝は普通だっただろ。今日、なんかあったんだよな?」
 真剣な顔で自分を見つめる瞳。ライは呆然としてそれを見つめた。
「なん、で」
「なんでわかるかって……そりゃ、わかるさ。なんというか、まぁ……最愛の恋人のことだし?」
 へらん、とグラッドの顔が笑む。そののんきというか柔らかいというか、いってしまえばちょっと情けない、けれど優しい笑顔を見ていたら、かぁっと頭に血が上ってきた。
「なんだよ調子のいいことばっか言いやがってーっ!」
「ちょ、ライ!? いて、なんで、痛いって、ここ怒るとこか!?」
「なにのんきなこと言ってんだこのヘタレ駐在っ、兄貴はいっつも情けないくせして、人のことしっかり見てやがって、ヘタレなくせして優しくて、人が辛い時に、いっつも、そんな風にどうってことないって顔して、俺に、俺のこと……」
「……ライ?」
 グラッドを殴る手の力が弱まってきたのを感じたのだろう、グラッドは怪訝そうにライを見て、たぶん瞳が潤んでいるのを見たのだろう、一瞬息を呑んでからぐいっと自分を引き寄せて抱きしめてきた。
「……どうした? ライ」
「なんにもっ……ねーよっ」
 そう、なんにもない。自分が心を動かすようなことはなんにも。あんなこと動揺するようなことじゃ全然ない、まったくない。わかってるのに。
「なのに……なんで、兄貴はっ……こんなに、簡単に俺をめちゃくちゃにするんだよ……っ」
「め、めちゃくちゃ、って、その言い方ってなんか……あのさ、お前、俺を誘ったり、してる?」
 抱きしめられながら顔を見上げると、なぜかグラッドは照れ照れというか、少しばかりでれっとしたような顔をしている。その顔になんだか猛烈に腹が立って、ライは一発グラッドの腹に拳を叩き込んだ。
「ぐふっ……ちょ、ライ、本気の拳を恋人に入れるのはどうかと」
「兄貴のばかやろー」
「いや恋人にバカヤローはちょっとひどくないか」
 などと言いつつもグラッドの腕はしっかりとライの背中を抱く。優しく、温かいいつも通りのグラッドの腕。それだけでちくしょう、なんで俺ばっかり、と思いながらもライの心臓はドキドキと心地よく高鳴ってきてしまう。なんだか泣きそうになってきてしまうのがわかった。本当に、兄貴の腕の中にいると、自分は子供に戻ってしまったように感情を昂ぶらせてしまう。
「ホントに……不公平、だよなぁ」
「なにがだよ」
「俺ばっかり……兄貴のこと好きな気がする」
「おいおいなに言ってんだ、言っとくが俺の方が好き度は大きいぞ? 正直お前の目を他に行かせないようにするのにあっぷあっぷしてるんだから」
「なに言ってんだはこっちの台詞だっつーの。兄貴のいっきょいちどーに翻弄されて、ホントに……もうへろへろだよ」
 その言葉にグラッドは最初に聞いた言葉を思い出したらしかった。少し体を傾け、じっと顔をのぞきこんで聞いてくる。
「今日。なにがあったんだ」
「…………」
「な、答えてくれよ、ライ。お前をそんな不安そうな顔にさせたまま別れるなんて嫌なんだ。だから、さ、頼むよ、本当に」
「…………っ」
 言いたくない。こんな情けないこと言ってたまるか。
 だけどグラッドはねだるような顔でライの顔をのぞきこんでくる。ライの、実はこっそり大好きな、情けないけどちょっと優しい、懐に入れた相手に見せる笑顔。
 その顔はいつものようにうるん、とライの心を緩めて、温かくしてくれる。そして腕は背中を撫で下ろし、唇は額やら耳やら髪やらにちゅ、ちゅ、とキスを落としてくるので、ついつい体の力が抜けて、言ってしまっていた。
「……兄貴、今日、商店街の辺りで女の人と腕組んで歩いてたよな」
「え゛っ!?」
 ぎっくーん、というような顔になってから、ライの懐疑的な視線に気付いたのかグラッドは必死に笑顔を浮かべて手を振った。
「いやあれは本当になんでもないんだ! 下心なんて全然ないし! あれはな、知り合いのお嬢さんが変な男に付きまとわれて困ってるっていうから恋人の振りをしてみただけで」
「わかってるよ。兄貴が浮気とかする人じゃねーのは」
「そ、そうか!? いやぁ、やっぱり俺のことを信じてくれてるんだな、ラ」
「だけど、兄貴すごく楽しそうだった」
「う゛」
 う゛ってなんだよ、う゛って。図星ってことかよ、とライの心の中のなにかがイラッと燃え上がった。
「兄貴すげぇ鼻の下伸ばしてたよな。女の人がなにか話しかけるたびにでれでれしちゃって。あの人とのデートそんなに楽しかったのか?」
「いっいやっ別にそういうわけじゃっ! 俺はデートできるならお前とした方がいいし!」
「……ふーん。でもあの人とのデートもずいぶん嬉しかったみたいだよな。あの人胸けっこうでかかったし。兄貴、でかい胸好きだもんなぁ?」
「ぐ……な、なんでそんな」
「だって兄貴女の人見る時にまず胸に目がいくじゃん。俺と一緒に歩いてる時でも胸でかい女の人がいたら視線で追ってるし。ミントねーちゃんも胸で一目惚れしたんだったよな?」
「べっ別に胸だけってわけじゃないぞっ、ていうかそういう問題じゃなくてだな、今の俺はお前の方が」
「でもでかい胸は好きなんだよな?」
「う……そりゃ、まぁ、男として、好き、だけど……」
 顔を赤くしてぼそぼそというグラッド。ライが小さく息をついてうつむくと、慌てたようにがしっと肩をつかんで言ってきた。
「だけどな、俺はそれでもお前が好きなんだ! お前がいいんだ! 俺はあくまで巨乳派だけど、それでも俺はお前のことが」
「そういう……ことじゃ、ないんだよ」
 ライは小さく呟いて、ゆっくりと顔を上げた。グラッドはうろたえながらも必死に言い訳考えてますー、という顔でライを見つめる。ライはそれをじっと見つめて言葉をかけた。
「兄貴が俺のことを……その、好き、なのは……よくわかってる、つもりだぜ。兄貴はいつも俺のことちゃんと見てくれてる。それもわかってる。でも」
 思い出す。街中で女性と腕を組むグラッドを見た瞬間の呆然とした感情。
「だけど、兄貴は男より女の方が好きだよな」
「え……まぁ、そりゃ男として好きは……ってだからな!」
「本当なら、兄貴は、普通に、女の人を恋人にするはずだったんだ」
「……ライ?」
 グラッドはどこか気遣わしげな表情になった。自分はそんなに情けない表情をしているのだろうか。
「本当なら兄貴はちゃんと女の人と結婚して、家族になって。子供とか作って……そういう当たり前の、まっとうな暮らししていくはずだったんだ」
「ライ、お前」
「なのに、俺はそれをめちゃくちゃにしちまった。兄貴の親御さんに孫の顔見せてやることももうできねぇ。俺はまっとうに生きるって思ってたはずなのに、一番好きな人に、まっとうじゃない道を選ばせちまったんだ」
「………ライ」
「そういうこと……兄貴が、あの人と、腕組んでるの見た時に、気付いて。そのあといろいろ、考えて。兄貴が他の、女の人とか、好きになったら……俺、止められないなって、思っ」
「ライっ!」
 ぐいっ、とグラッドはライの体を引き寄せた。目を見張るライを膝をつくようにして抱きしめ、頭ひとつ以上下にあるライの頭を抱え込む。
「兄貴……?」
「頼むから、そんなこと、言わないでくれ……」
 自分の頭を撫でるグラッドの手に、ライは目を見開いた。兄貴、震えてる?
「そんなこと言ったら、俺はどうすりゃいいんだよ? 年上の大人で、兄貴分で、保護者みたいな存在で。お前を守ってやらなきゃならない立場なのに、劣情なんて抱いちまって」
「兄貴……」
「俺だって本当ならこんな気持ち捨てた方がいいんじゃないかって何度も思ったよ。間違ってるだろうあっちゃならないだろうと思った。だけどそれでも」
 ここで、グラッドはライと目を合わせた。ひどく、体の芯が震えるほど真剣な瞳が、ライの眼をのぞきこむ。
「お前が、好きだったんだ」
「っ」
「お前には迷惑だろうって何度も思った。邪魔にされたら、嫌な思いさせちまったらどうしようって怖かった。だけど、それでも気持ちは捨てられなくて。ずっと抱えてかなくちゃいけない、ってそう思ってたのに――ライ。お前は俺の気持ちを受け容れてくれたんだ」
「っ……」
「だから俺は、お前がいまさら他の奴を好きになったって言っても放してやれる自信はまるでない」
「え」
 グラッドはきっと、ほとんど睨んでいるといっていいほどの強さでライの眼を見つめる。本気の瞳だ。心の底から自分を求めてくれている瞳だ。
「心の底から好きだって、ほしいって思った相手が自分のことを好きになってくれたんだ。こんな奇跡たぶん人生で最初で最後だ、絶対手放したくなんかない。なにより……」
「なに……より?」
 怖いような、苦しいような、たまらなく切羽詰った気持ちでライはグラッドを見上げる。グラッドはそれを真剣な顔で見つめ返し、ふいにへらっといつもの笑顔を浮かべて言った。
「こんなに誰かを好きになることなんか、絶対俺の人生で最初で最後だって確信してるからさ」
「兄貴……っ」
 ライはぎゅ、とグラッドの胸のところを握った。どう答えればいいのだろう。この想いに、言葉に。なにを言っても足りない、足りない。自分にできるありったけで応えたいのに。表したいのに。言葉ってなんて不便なんだろう。
「兄貴ぃっ……!」
 目がやたら熱くなるのを必死に堪えながら、思いきり背伸びして抱きつく。唇にキスしたかったのに届かなくて顎になってしまったけれど、それでも懸命に口付けを繰り返そうとする。
 するとグラッドはちょっと笑って、軽く身をかがめてくれた。改めて考えたらめちゃくちゃ恥ずかしいことをしていると気付きかーっと顔が熱くなったが、それでも深呼吸を繰り返してきっとグラッドを睨みつけ、少し背伸びをしてキスをした。唇に。普段グラッドがするのとは違って触れるだけの、だけどたまらなくドキドキするキスを。
 数秒経ってからそっと唇を外す。まともにグラッドの顔が見れない。たまらなく恥ずかしいし照れくさい。でも、少しでもちゃんと伝えなきゃ駄目だ、と自分に言い聞かせ、またきっとグラッドを睨みつけ、顔が赤くなっていることを自覚しながらありったけの想いをこめて言った。
「俺、兄貴のこと、好きだ。世界で一番、好きだ」
「……ん。俺もだよ」
 グラッドも少し照れくさそうに笑い、今度はグラッドの方からキスをしてきてくれた。

 そしてこんな風に気持ちが盛り上がると、体も自然と熱くなってきてしまうものだ。ライはこの二ヶ月でそれをよく知っていた。
 二人で手を繋いでライの部屋に向かった。扉にセイロンの提案でつけられた『現在使用中』の札を下げる。なんというか今ヤってますよといわんばかりで正直恥ずかしくてしょうがないのだが、これがないとリュームが真っ最中の時に部屋に戻ってきかねないのでしょうがない。
 部屋に入るやグラッドはひょいとライを両腕で抱き上げた。「わ!」と慌てるライにちゅっとキスをひとつ落とし、自分よりはるかに少ない歩数でベッドまで大股で歩く。
 そしてす、と静かにライをベッドに下ろし、またキス。今度は頭を抱きしめながら、何度も角度を変えて。
 ライは実はこのキスがかなり好きだった。何度も何度も絶え間なく与えられるキスは、いつも頭をぽうっとさせて夢見心地にしてくれる。ライもグラッドの頭を抱いて、ちゅ、ちゅ、とキスに応え舌を絡め舐めあい唇を吸った。
 そしてライがほんわりとなってきた頃には、グラッドはライの服を完全に脱がせてしまう。しかもたいてい自分のも脱ぎ終えているのだ。その手馴れたやり方は、グラッドが自分とするのより前にもこういうことを何度もしているんだろうなぁ、という事実を否が応でも確認させる。
 普段なら押し殺してしまうような小さな不満だが、今日はなんとなくそれがいつも以上にムッとした。いつも通りにキスから体の愛撫へと向かおうとするグラッドに、体を起こして宣言する。
「今日は、俺がする」
「……へ?」
 ぽかん、とした顔になるグラッドを、ライはきっと睨んでかがみこんだ。
「ちょ、ライ……?」
「今日は、俺が兄貴を気持ちよくしてやる!」
 兄貴が俺の前にした奴らなんかに負けるもんか、俺だってちゃんと兄貴を気持ちよくできるんだ。燃え上がる対抗心のままにグラッドの下半身に顔を近づけた。
 そしてその大きさにう、とわずかにたじろぐ。こんなにでかいのが俺の中に入ってんのか……よくそんなことできるよな。普通なら無理だと思うから、やっぱり兄貴が上手いんだ(あくまでライの自らを基準にした感想だ)。
 そしてその事実にまたムッとして、負けるもんか! と口を開け、ほとんど完全勃起状態のそれを口に含む。
「……っ」
 グラッドがわずかに息を呑むのが聞こえた。気持ちいいのかな、とほっとして、いつもグラッドがやってくれているようにときおり吸いながら舌を動かし、手で幹の部分をしごく。
 確か頭を前後に動かしてたよな、こんな感じだったかな? と思い出しながらライは頭を上下に動かしながら吸い上げてみた。グラッドが「っ……はぁ……」と気持ちよさそうな息を漏らす。
 やった、ちゃんと気持ちいいんだ。嬉しくなってライは(少し顎が疲れてきてはいたのだが)一生懸命さらに顎を動かしてみる。
 と、グラッドが「ライ……」と少し呻くような声を出した。
「はんはよ(なんだよ)?」
 グラッドのものを咥えながら言うと、グラッドが少し照れたような、けれど熱い視線をぶつけて言った。
「な、上に乗って」
「へ?」
「俺が横になるから、その上に乗って反対向いて」
「は?」
 意味がわからずぽかんとしていると、グラッドは焦れたのか「こうだよ、こう……」とぐいっと口を外したライを引っ張った。ベッドの上に横になって、ライに自分をまたがせる。
 つまり、ライの股間がグラッドの顔の前に、(ちょっと頑張って体を伸ばせば)ライの顔の前にグラッドの股間が来る状態になったわけだ。
 え? え? と状況がつかめずぽかんとしていると、下でグラッドがちょっと笑い声を立てて、ライの男の部分を口に含んできた。
「わ……ッ!」
「ライもやって」
 や、やってって、おい。
 目の前にグラッドの股間がある。引き締まった腹がある。そういう状況で下からグラッドは吸ったり舐めたり噛んだりしごいたり、いつも通りの巧みな攻め(ライ視点)をかましてくる。「っ、ッ、ん……ッ!」と気持ちよくて喘ぎ声を上げてから、駄目だこんなことじゃ、俺だって、と必死にグラッドの股間に首を伸ばした。
 だけど、これってちょっとヤバい。目の前でグラッドの逞しい体が自己主張して、どうしたってドキドキしてしまうのに、ライの股間はグラッドに思うさまいじられているのだ。どんどん気持ちよくなって、体が熱くなって。必死にグラッドのものに吸い付くが、気持ちよすぎて腰が落ちそうになってるのにまともに口ですることなんてできるわけがない。
 数分でライは「ッァ……!」と呻き声をもらして果てた。グラッドが喉を鳴らして自分の出したものを飲み込む音が聞こえ、カーッと顔が赤くなるのを自覚する。
 兄貴の馬鹿野郎なんでこんな恥ずかしいことするんだよ! と泣きそうになっていると、グラッドはにやにや笑いながら「気持ちよかったみたいだな?」なんて言ってきやがった。
 思わず顔面に蹴りを入れそうになったが、グラッドも伊達に無限回廊で何度も白夜と戦ったわけじゃない、事前に察知してひょいとライを体の上から下ろした。
「悪かった、怒るなって。俺で興奮して気持ちよくなってくれて嬉しいよってことが言いたかっただけだよ」
「そーゆー、こっ恥ずかしいこと、平然とした顔して……!」
「そりゃまぁ、愛があるから。はい、こっちに尻向けてー」
「あ……あいって、あいって……」
 だから、そーいうことを平然とした顔で言うな! と言いたいのだが体はいつの間にかグラッドに尻を馴らされるいつもの体勢になっている。くそー、やっぱ俺ばっか兄貴に翻弄されてる、と思いながらライは何度も潤滑油を塗りつけ周囲を撫でてからつぷり、と入ってくるグラッドの指を受け入れた。
「っ……ふ、ぅ」
 この入ってくる感覚は何度やっても慣れない。慣れないというか、正確には慣れないように体が構えてしまっているのかもしれない。
 だってこれは兄貴とする時の準備なんだから。どうしたって体から勝手にドキドキして、興奮してしまう。おまけにこんな風に背筋がぞわりとするというか、悪寒のような気持ちいいような、なんともいいがたいでも体の芯をうずうずさせる感覚、慣れるには相当回数をこなさなきゃ駄目だろう。
 この二ヶ月ほぼ毎日してるんだから、慣れるというか、気持ちいいと素直に思える回数は増えているのだが。
「ぅ……ん、は」
 いつも通りたっぷり時間をかけて潤滑油を塗り込められる。ちゃっちゃっ、とライの孔から音が立つのが聞こえる。それがたまらなく恥ずかしいのだけれど、体はますます熱くなる。自分の中が拡げられて、指が何本も入って、だんだん体の境目があいまいになってくる。
 普段ならこのまま太くて固くて熱いものが入ってくるのだが、なぜか今日はグラッドはそこで手を止めた。
「え……あに、き?」
「な、ライ。こっち向いて」
「え……うん」
 言われて素直にそちらを向くと、グラッドはなにやら胡坐を組んで(足を組合わせるのではなく足首を合わせる状態で)座っていた。股間のものがしっかりと天を向いているのを見てカッと顔が熱くなって目を逸らすと、グラッドが苦笑しながら言った。
「こーら、そっぽ向くなって」
「べ、つに、そっぽ向いてるわけじゃ、ねーけどさ」
「見るのが恥ずかしいんだったら、こっちにおいで」
「う……ん」
 ドキドキしながらライは中腰になってグラッドの広げた腕の中に収まった。兄貴のでっかい体に抱かれてるって、なんかすごく、安心する……。などと思っていると、腹の辺りにひどく熱いものが触れているのに気付きまたかぁっと頭に血が上った。
「な、ライ」
「な……んだよっ」
「このまま挿れさせてくれないか?」
「は?」
 意味がわからず眉をひそめると、グラッドはまた苦笑してひょいとライを持ち上げた。
「わっ」
「だから、こうして……」
 そしてそのままライの足を腰に絡めさせ、ライの孔に股間のものを触れさせる。えっ、と目を見開き立ち上がろうとした瞬間、ずっとグラッドが腰を進めてきてぬりゅっ、と先端が入った。
「ッ……あッ!」
「こ……ーいう風にして、真正面から向かい合って座りながらしないか、ってこと、だったんだけど、なっ」
「ば……っ、もう、入ってる、じゃんかぁ……」
「は……だよな」
 ず、ず、とグラッドが腰を揺らすたびに奥まで棒が入ってくる。さっきまで間近に見てた兄貴のアレが入ってるんだ、と思ったらまたかぁっと体温が上がった。ついには体重の重みもあってずぅんっ、と(感覚的な)最奥まで突き入れられ、「っ……」とライは息を漏らす。
 そのまま停止すること数秒、まだライは息も整っていない状態なのにグラッドは再び動き始めた。下から上へと突き上げる今回の動かし方は出し入れされる快感は比較的小さかったが、重量感は圧倒的だ。ずんっずんっ、とでも言いたくなりそうな強烈な圧力に、「は、は、う」と漏れるような声を上げるしかできない。
 しかも、目の前に。
「………っ」
 ライは思わずぞくぞくぅっ! と背筋に走る快感に震えた。目の前に、本当にすぐ目の前にグラッドの顔があるのだ。普段する時は体勢の関係でここまで近くはないし、ライはたいてい意識が半分飛んでいるので意識すること自体少なかった。
 だけど。今はグラッドの顔がこんなに間近に見える。快感に耐えているのだろう、歯を食いしばるように顔を歪め、目を閉じ、「ふ、く」と小さく息を漏らすグラッドの顔。気持ちよさそうな、自分で感じてくれているグラッドの顔が、こんなすぐ近くに。
 その事実はライの体温を、体の芯から一気に上げた。
「は、あ、う、ん」
「ライっ……ライっ」
 目を開き、自分を見つめてくれるグラッドの視線。瞳。表情。それが『愛しげ』と表現されるものだと気づいた時、ライの胸と股間、そして後ろがたまらなくぎゅわんと疼いた。
「兄貴ぃ……っ」
 思いきり腰に足を絡め、すりすりとすりつく。逞しい胸にがっしりと抱きついて体をすり寄せる。せいいっぱい首を伸ばして唇にねぶるようなキスを送った。
「すきだ、あにき、すき……すきだよぉ……っ」
「ライっ……!」
 グラッドの息が一気に荒さを増した、と思うやぐいっ、とグラッドは体を移動させた。え、と思う間もない。繋がったままベッドから降り、ライを抱えたまま床の上に立ち上がる。一瞬の浮遊感、そして落下と思いきり奥を突かれる感覚。こんなやり方ってありなのか、と頭のどこかがちらりと考えたが、それよりも体中の毛が逆立つような感じに頭が惑乱した。
 立っているグラッドの腰に足を絡めて。宙に浮かされて。思いきり首根っこにかじりついて。目の前の大好きなグラッドの顔に、体に何度もキスをして、キスされて。腰をグラッドのいいように動かされて、ずんずんと奥を突かれて。
 ぜんぶ、すごい。
 グラッドの顔が思いきり歪む。あ、兄貴イきそうなんだ、と理性よりも本能で感じて、体中が震えて、体の奥がぎゅんっとなって。
 それと同時にライの前をグラッドの腹で捏ねられ、中に出されるのと同時にライは射精していた。
「……っ……はァ……ふぅっ……」
 グラッドの呼吸がゆっくりになっていく。ライの呼吸もゆるやかになっていく。二人の呼吸が一緒に坂を下るように穏やかになっていくのを感じるこの瞬間が、ライは好きだった。他の時間も好きだけど。
 グラッドはいつものようにちょっと照れたように笑ってから、ゆっくり自身を抜いてベッドにライを横たわらせてくれる。「んぅ……」とその行為に感じて喘ぎを漏らしてしまった自分を恥じて、ライは唇を噛んだ。
「こらこら、唇噛むなって。感度がいいのはいいことだっていっつも言ってるだろ?」
「そーいう問題じゃ、ねーんだって……」
 こういうところ、グラッドは本当に鈍感だ。でもいつも通りに額やら頬やらにキスを落として微笑んでくれるのが嬉しかったので、ライも頬を緩める。
 でも顔は少し普段と違うような。なんというかうきうきしているというか、普段より妙に嬉しそうじゃないか? と気付いてライは訊ねた。
「兄貴、なんか嬉しそうだな」
「え? いやー……やっぱさ、初の同時イキ! しかもトコロテン! とか思うと嬉しくなっちゃってさ。やっぱほら、男として」
「……は?」
 トコロテンってなんだ。というか同時イキって、なんだそれ。
 自分がお互いの呼吸が穏やかになっていくことに幸福感とか感じていた時にこの男はそういうことを考えてたのか、と思うと別に少女趣味というわけでも全然ないライでもムッとするというか、面白くないような気分になったりもしたが、そういうことを正直に言ってくれるグラッドが好きでもあったりしたのでまぁいいかと考えておく。
 だが、イった、というか、あれは。
「……俺はあんま、嬉しいって感じじゃねーな」
「え!? 気持ちよくなかったか!?」
「いや、気持ちよかったけどさ。なんつーか、ちゃんとしごかれてイったのに比べると……なんつーか、ほら、アレだよ、その……イった気がしないっつーか、もやもやした感じが残るっつーか……」
 最後の方は自分が猛烈に恥ずかしいことを言っていることに気付き、もにょもにょと口ごもってうつむいてしまう。
 グラッドはしばらく黙っていた。あーくそ兄貴も呆れてんじゃねーかっ、と猛烈に恥ずかしくなってそっぽを向こうとする。
 その肩をがっしとつかまれた。
「へ? あに」
「じゃ、今度はちゃんと気持ちよくイかせてやらないとな」
「え、ちょ」
「心配するなよ、伊達に鍛えてるわけじゃない。お前が満足するまで付き合うぐらいの体力は持ってるさ」
「そ、な」
「お前が不安になる暇ないくらい、可愛がってやらないとな?」
「〜〜〜っ!」
 ちくしょう、とライはにやっとちょっと意地悪な、でもカッコいい笑みを向けられて真っ赤になった。本当に、自分ばっかりグラッドのことが好きな気がする。グラッドにいつも翻弄されて、おもちゃにされて。掌の上で転がされて。
 でも兄貴ならそういうのもいいかと思えてしまうんだからしょうがない。
 あーくそっ、惚れた弱味ってこーいうことだよなっ、とグラッドが知ったら「えー!?」と驚かれるだろうことを思いつつ、自棄になってライはグラッドのキスに応えた。

 その後ついつい盛り上がってグラッドは三回、ライは四回ヤってしまい、黄色い太陽を拝む羽目になった時は、ちょっぴり「俺このままでいいのかな……マジで生活考え直すべきかも……」とか自らを省みてしまったのも事実だが。

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