見えない、好きな想い
 なんか、おかしいな。
 グラッドはそう思うようになっていた。ライの様子が、なんとなくだけど、おかしい。そりゃ一週間前戻ってきた時からライはどうも安定していないが、また違った方向に。
 あの時からだ、といつも通りの巡回の途中で回想する。三日前ライが買い物しているところに行き会って、荷物持ちをしてやった時。
 あの時のライはあからさまに変だった。ろくにこっちを見ようともしないし話しかけてもまともに返事が帰ってこなかった。だからもしかしたら自分の邪な思いが顔やら態度やらに出てしまっていて、警戒させてしまったのかと思って聞いてみたのだが、ライははっきりそれを否定した。
 そしてそれからは普通に話してくれるようになって、それからもそれは変わらないのだが。
 なんと言えばいいのだろう、ライは普段と変わらないように見える。元気な笑顔を浮かべて、いつ見ても忙しく立ち働いて、一瞬も立ち止まっていない。
 だが、なぜか。グラッドはそんな姿を見ていると、不安になった。ライは元気で、いつも笑っていて、不健康そうなところなど微塵も見せない。ただ。
「なんっか、無理してる感じがするんだよなぁ……」
 道行く町の人々と挨拶を交わしながらひとりごちる。グラッドのライに対する、ライの弱いところを見てからずっと使ってきた観察眼が告げているのだ。ライは、なにかを必死に取り繕っている。
 でもそれがわかるからといって肝心の理由が分かるわけでもないし、聞けるわけでもない。どこまで踏み込んでいいものか、ということを考えてしまうのだ。
 駐在軍人で、ライがまだ九歳の頃からの顔馴染みで。一緒に戦い抜いた戦友で。いろいろ面倒を見たり見られたりしていて。
 親しい関係であるのは間違いない、とは思う。だが、どこまで心を許してくれているのだろうか。
 ライは、自分に踏み込まれることを望んでいないのではないか。そう思えてしょうがない。いや、それも結局は言い訳かもしれない。単純に怖いのだ。踏み込んだら傷つけてしまいそうで、自分に頼らせたいと思った存在を壊してしまいそうで、どうしても怖いのだった。
 はぁ、とため息をついて、忘れじの面影亭へと足を向ける。ライが自分に含むところがあるとしても、それでもやっぱり自分はライのところへ行ってしまう。ライの作る料理を食べたいし、自分でも馬鹿みたいだと思うのだが、ライに会いたいと思ってしまうのだ。顔が見たい。ライが自分になにもかも明かしてすがりついてこないかとかしょうもない夢想を抱いてしまうし、もっと単純に、そばにいたいと思ってしまう。
 重症だな、と苦笑しながら、グラッドは忘れじの面影亭の扉を開けた。
『いらっしゃい、グラッドさん!』
「いらっしゃい、兄貴!」
 リシェルとルシアンの声から一呼吸おいて、ライが厨房から笑顔で声をかける。ちょうど客が引けてきたところらしく、店内にいる客は少なかった。
「いつものやつ、よろしく」
「おう、用意してるぜ。滋養強壮特製野菜ジュース!」
 笑顔でジュースの入ったジョッキを差し出され、グラッドも笑顔で受け取ろうとする。
 だが、ライの指とグラッドの指が触れ合ったとたん、ライは指先を固まらせた。
「っと!」
 慌ててジョッキを支えるグラッドに、ライははっとして謝る。
「ごめん、兄貴。ちょっとぼーっとしてた」
「……気にするなよ」
 本当は言った方がいいのだろうか。『お前、どうかしたのか?』『なにか考えてることがあるんじゃないか?』
『お前、またなにか無理してないか?』
 だけど聞いてなにか役に立てることがあるのだろうか。以前自分が響界種だと知った時でさえ、ちょっと相談したくらいで結局一人で立ち上がったこの少年に。
 自分はライに頼ってほしい、自分を必要としてほしいと思っているけれど。今の自分ではちょっとした相談役くらいにしかなれないのだ。
 だからこのままじゃいけない、変わろうと上級科試験を受けようと思っているのに。ライは今、なんだか苦しそうな顔を自分に見せる。
 どうしたもんかな、と野菜ジュースを一気飲みして、息をついた。できるなら、助けてやりたい。  いや、グラッドの心境としてはできなくても助けてやりたい。ライが自分に頼るようにしてほしい、甘えてほしい、自分を必要としてほしいという思いはいまだ衰えていない。
 だがそれができるほどの包容力が自分にあるかというと疑問で、堂々巡りを繰り返してしまうわけだ。
 ライは鼻歌を歌いながら野菜を刻んでいる。その手つきはまさに名人芸と呼ぶにふさわしい。だけど、なんだか無理してるっていうか、必死になっているように見えてしょうがないんだよな、と思いながら見ていたが、ライはあっという間に(自分の早くて安くて量が多いのという注文をしっかりかなえてくれているのだ)料理を作り上げとんとんとん、とカウンターにいる自分の前に置いた。
「ほら、食べなよ兄貴。腹減ってるだろ?」
「ああ。……いただきます」
 ともあれ、腹ごしらえは必要だ。がふがふと食べ始めて、思わず目を見開いた。
「……なぁ、ライ。味付け変えたか?」
「え……まずい?」
「いや、うまいよ。普段もうまいけど、今日はまた格別にうまいから、どうしたのかなって」
 そう言うとライはふわっと笑顔を浮かべた。料理を褒められた時にいつも浮かべる満面の笑み。
 だけどそれだけではなかった。笑顔の、質が違う。潤んだ柔らかくて暖かいものがこちらまで溢れてきそうな、例えて言うならご主人様に褒めてもらっている犬のような幸福そうな笑顔。
 グラッドは思わず目を見張ったが、その笑顔は一瞬で消え、いつも通りの生意気そうな顔になってライは鼻の下をこすった。
「へへ、そりゃ俺だって日々精進してるからな。男子三日会わざれば克目してみよってやつだよ」
「なに偉そうなこといってんのよ、あんたグラッドさんのためにそのシチュー昨日から仕込んでたくせに」
「え……」
「……うるせぇなぁ、別にいいだろ、兄貴は勉強と仕事の両立で大変なんだから、ちょっとぐらい優遇してやったって」
「客商売やってる人間が贔屓とかしていいのかしらぁ?」
「兄貴に飯食わせるのは商売じゃないからいいんだよ」
「………ライ」
 グラッドは内心かなり感動しながら笑顔を浮かべた。自分のために、ライが必死になって頑張ってくれたのだと思うと、やはり心の底から嬉しい。
「ありがとな、ライ。お前のおかげですごい力湧いてきたよ。うん、気合入ってきた!」
「……うん。そっか、よかった」
 笑顔で言うと、ライも微笑みを返してくる。その笑顔は本当に嬉しそうで、グラッドまで幸せになってしまいそうなものだったが、グラッドはライがほんの一瞬、注意して見ていてもわからないのではないかと思うほどの刹那、ひどく切なげな顔をしたのが見えていた。
 なんでそんな顔するんだ、ライ。お前はなにを無理しているんだ? なんでそんなに苦しそうなんだ。俺は、お前のためになることなら、なんだってしてやりたいって思ってるのに。
 グラッドの方も内心ひどく切ない気分でライを見つめると、ライは早く食えよ、と口をぱくぱくと動かして皿洗いに戻っていった。
 その背中に必死に泣くのを堪えているような雰囲気を感じ、グラッドははぁ、とため息をついた。

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