大海原で憩い
「――エクス総帥からの指令が来たよ」
 きっちり部屋に入ってから封筒を取り出してみせるネスティに、部屋中の人間の視線が集中する。
「我々蒼の派閥の人間は、ハヤトたちに同道し、無色の派閥に対処せよと指令が下された。ミニスたちにも金の派閥から同様の命令が来ているだろう?」
「うん。指示した船にマグナたちと一緒に乗って、忘れられた島へ行きなさいって……」
「ああ、こちらの指示も同様だ。その船というのはこちらにとっても旧知の相手でね、島への航海に支障はない。ただ、ライ。君たちについての指令は下されていないんだが……」
「ここまできてハブはねぇだろ。ついてくんなっつってもついてくからな」
 にやっと笑ってやると、ネスティも苦笑してうなずく。
「ああ、エクス総帥もそれを期待していたようだった。君たちに命令する権限はないんだが、君たちの存在が戦力の大きな向上に繋がるのは間違いないからな」
「っしゃ!」
「我々については、エクス総帥はなにか言っておられたかい?」
 シャムロックが訊ねると、ネスティは軽く首を振った。
「いや、特には。君たち自由騎士団はどこからも命令のできない組織だからな。今回の一件で名声も団員の結束も高まったようだし。国内外の脅威に対処する戦力はいつでも必要だ、おそらくは君たち自身の判断で行動することを求めているのだと思うよ」
「そうか。ふむ……」
 少し考えてから、シャムロックは小さくうなずいた。
「ならば我々からは一人、騎士見習いをつけよう」
「騎士見習い……?」
「ああ。見習いだが、その実力は我らが騎士団内でも有数といっていいほどだ」
「アルバか!」
「その通り。個人でも任務を成功させたのなら、彼の呼称から見習いを取ることもできるだろう」
 にっこり笑うシャムロックに、ライもにかっと笑みを返す。確かにアルバがいれば、間違いなく心強い戦力になる。
「俺は……」
「いいってフォルテ。こっちは俺たちでも全然大丈夫だからさ、フォルテはケイナのそばにいてやれって」
「その通りだ。今の君の仕事は、一家の長としてケイナと子供を守ることだろう?」
 力強く言い切られ、フォルテはしばらく考えてからゆっくりとうなずいた。おそらくは一家の長になる人間として、今回なにか思うところがあったのだろう。
「俺さまたちも今回はレルム村を守ることにするわ。今回の件でレルム村を守る戦力がごっそり空いちまったしな」
「しかも今回のことを話したら、絶対行くとか抜かす奴がいるんでな、ハッ」
「へ、それって……」
「マグナっ!」
「うわ、アメルっ!?」
 ばぁん、と部屋(ちなみに今自分たちがいるのは巡りの大樹℃ゥ由騎士団団長室だ)の扉を開け入ってきたのは、まごうことなきレルム村にいたアメルだった。きちんと扉を閉めてから、マグナのところに駆け寄りせつせつと訴える。
「あんまりです、マグナ! 私たちになんにも知らせないまま、自分たちだけでなんとかしようとするなんて!」
「え、いや、まぁ……だって俺たちだけじゃないわけだし、なんとかなると思ったし、だったら心配をかけることもないかなぁって……」
「そんなの、ひどいです! 私の知らないところでマグナが傷ついて、倒れることになったら私、どうすればいいんですか!? 本当にもう私は、生きてられないかもしれないのに……!」
「いや、アメル、あのさ……」
 必死に身振り手振りを交えつつマグナはアメルを落ち着かせようとするが、アメルの勢いにはとても勝てない。『あーあー、面倒くせェことになりやがった』と言いたげな顔のバルレルに、こっそり耳打ちする。
「なぁ、あのアメルさんって、なんなんだ? なんか、すっげーマグナに押しが強いよな?」
「あァ? 大したこっちゃねーよ。単にあのオンナが前世でマグナの前世と恋人……みてェなもんだったってだけだ。別にマグナとどうこうしたってわけじゃねェんだがよ、あのオンナ基本いっつもあの調子なんで、なんだかんだできっちり自分の意志通しちまうのさ」
「そっか……」
 それは、バルレルも気が重いだろう。バルレルはマグナの、こ、恋人みたいなものなんだろうし。
「……ンだよ、その妙な目つき」
「いや、なんでも」

 結局、忘れられた島――スバルやパナシェたちの故郷に行くのは、ライ、リューム、ミルリーフ、コーラル、リシェル、シンゲン、アルバ、ギアン、マグナ、ネスティ、バルレル、レオルド、ハサハ、レシィ、ミニス、ユエル、パッフェル、シオン、アメル、ハヤト、ガゼル、モナティ、ガウム、エルカ、そしてキールとクラレットと――
「ちょっとー、ご飯まだー? あたしは捕虜なんだからご飯ぐらいしか楽しみがないのよ、せめておいしいの用意しなさいよねっ」
 このカシス、ということになった。
「あんたな……やれあれしろこれしろって、わがままほーだいしといてその態度はねーだろ」
「そーだよ、パパにちゃんとお礼言ってよぉっ」
「第一捕虜ったってハヤトにーちゃんはんなこと要求してねーじゃん! あんたが勝手に捕虜らしく扱えって縛られてんじゃねーかよ!」
「自分の状況、わきまえるべきかと……」
 一緒に食事を持ってきた子供たちと口々に言うが、カシスは偉そうな態度を改めなかった。
「だってあたしは捕虜だもの。ただハヤトとの勝負に負けて捕らわれただけで、まだ父さまの研究完成させること全然あきらめたりしてないんだから」
 つん、とした顔でそう言って、乗ってきた(なにせ後ろ手に縛られた格好なので、馬でないとまともに動けないのだ)馬に背中をもたせかけながらぷいっとそっぽを向いてしまう。このやろうとライは思わず拳を握り締めた。
 捕虜らしい扱いを要求し、どんな扱いをしようと好きにしろ、と言っておきながら喧嘩を売れと言わんばかりのこの態度。実際ガゼルなどはふざけんなと怒鳴りかけたことが何度もあったのだが、そのたびにハヤトが間に入るのだ。
「そう怒るなって。とりあえず、この子のことは俺にまかせておいてくれよ」
 困ったように笑いながらそう頼まれては、ついつい矛先を収めざるをえない。こういう奴は思いっきりうまい料理を食わせてぐうの音も出ないようにしてやりたいのに、移動中は簡単な料理しか振舞えないのが悔しかった。それでも一応文句を言われないぐらいのものは作ったつもりだが。
「悪いな、ライ」
「ハヤト……」
 声をかけてきたハヤトに首をすくめる。別に妙なことを考えていたわけではないが、ムカムカしていたのは事実なので、そこに謝罪されてはちょっとばつが悪い。
「んなことは、別にいーけどさ。移動中は、ずっとハヤトがこいつの面倒見てんだし」
「当然でしょ。あたしはハヤトの捕虜で、あんたたちの捕虜じゃないもの」
 つんとそう言ってまたそっぽを向く。子供たちがそれぞれのやり方で悲しそうな顔をした。
 移動中といっても、ゼラムからファナンの間はほとんどリシェルたちの召喚獣に分譲して高速輸送されてきたので、カシスと顔を合わせているのはその前や騒ぎを起こさないためにファナンの郊外で集合して移動する時の短い間なわけだが、その間ずっとこんな調子なのだ。つまり、この間中ずっとこいつは気を張りまくっている、ということになる。ったく、とライは小さく息をついた。
「おい、カシス」
「……なによ。あなたに呼び捨てにされる覚えはないけど?」
「面倒見てもらってる相手に礼も言えねぇ奴は呼び捨てで充分だ。言っとくけどな、俺はどうでもいいけど、あんたの兄ちゃん姉ちゃんと、ハヤトにはきっちり感謝しろよな。自分のことを本気で心配する奴に身勝手な態度取る奴は、殴られたって文句言えねぇぞ」
 言ってまだほかほかと湯気の立つ干し肉と乾燥野菜のスープの入った鍋を、傷つけないようにそっと地面に置く。
「それと! あんたが野菜嫌いなのはわかったから、今回のは鼻つまんでも食えよな。あんた明らかに野菜の栄養足りてねーから見ててひやひやすんだよ。落ち着いたらちゃんと野菜嫌いでも食える料理作ってやっからな! おやすみっ!」
 言ってさっさと背を向けて、子供たちをうながし去っていく。子供たちも特になにも言わずについてきた。
「……カシスお姉ちゃん、大丈夫かなぁ」
「もういい年なんだ、自分の面倒は自分で見るだろ」
「それに、ハヤトさんが一緒にいれば、平気だと思う」
「そーだよなっ、あのねーちゃん明らかにハヤトにーちゃんにもーべた惚れって感じだったもんなっ」
「こら、大人の事情に訳知り顔で首突っ込むんじゃねぇ」
『はーいっ』
 声を揃える子供たちに、苦笑してわしゃわしゃと頭を撫でる。子供たちはくすぐったそうな顔をしながらも、くすくす笑い声を立てていた。
 まぁ実際、子供たちが言う通りなのだ。ハヤトとカシスは、二人っきりになったら、きっと。
『……言われちゃったな』
『…………』
『まぁ、あの子たちも君を心配してるんだよ。わかってくれ、とは言わないけど……その気持ちを酌む努力はしてくれると嬉しいな』
『……別に、あたし心配してなんて頼んでないもの』
『まぁ、そりゃそうだけどさ』
『そうよ。あたしは、あなたが、誓約者ハヤトが、父さまの信ずる力においても、あたしの頼みだった召喚獣との絆についても、あたしを上回っているってわかったから、仕方ないからとりあえずのところは捕まってあげてるだけなんだから。もしちょっとでもあたしから目を離したら、すぐに逃げ出してもっと強くなってまた仕返しに来ちゃうんだからね』
『うん、わかってるさ。……スープ食べるかい?』
『……仕方ないから、食べてあげる。食べないとあなたが困るものね。セルボルトの一子として、抑留主に迷惑をかけるのは本意じゃないし』
『うん、そうしてくれると助かるよ。はい、あーん』
『あーん……んむ、ん』
『おいしいかい?』
『……まぁ、まずくはないってことにしておいてあげる』
 そんな風に、いちゃいちゃべたべたとし始めるに決まってるんだから(念のため様子をうかがったりした時にうっかりそういう光景を何度も見てしまったのだ)。

「うわーっ、すげぇっ! はしっこからはしっこまで、全部船だっ!」
「こらっ! リューム、落ちるぞ、走るんじゃねぇっ!」
「そーいうあんたもさっきから目がキラキラしてるわよー」
「う……」
 リシェルに突っ込まれ、ライは思わず言葉につまる。目の前の光景にわくわくしてしまっていたのは、実際確かなのだ。
 入り江の中に築かれた巨大港。えんえんと広がる埠頭を、見渡す限り巨大船が埋め尽くしている。その方々から赤銅色の肌の筋骨逞しい水夫たちが出入りし、積荷やらなにやらを運び、威勢のいい声をかけ合っている。
 なんというか自分の知らない世界が間近に見えて、どうしたってわくわくしてしまうじゃないか。こういう人たちにはどういう料理がいいのかとか、見ているだけでうずうずしてきてしまう。
「すごいなぁ……おいら、こんなにたくさんの船を見るの生まれて初めてだよ」
「え、アルバもなのか?」
「うん。おいら、お金があんまりないんでサイジェントからゼラムに来る時も歩いてきたから。観光するような余裕もなかったしさ」
「へぇ……アルバらしいかもな」
「確かにな……まぁ、俺もここまでのは初めてだけど」
「俺も、リィンバウムでは初めてだよ」
「ガゼルもハヤトも……って」
「リィンバウムではってのがハヤトさんよねー」
「ははっ、やっぱりちょっと感動するよなー。言っとくけど、これから乗る船もちょっとしたものなんだぜ?」
「いい意味でも悪い意味でもなー」
「え、それって……」
 バルレルの言葉に問い返そうとしながら一艘の船の影から出る――や、目の中に飛び込んできた船に一瞬言葉を失った。目の前の船が入り江を埋め尽くしていると一瞬錯覚するほど、大きく大きく帆を広げた船。
 その帆に染め抜かれているのは、眼帯をした髑髏。それを見るや、仲間たちの何人かがぎょっとしたように叫んだ。
『海賊船っ!?』
「……へ?」
「そう! 大海賊カイル一家の船、終わりなき蒼炎″! 四本マストの高速船さ!」
 そう声をかけてきたのは、縦にも横にもがっしりとでかい、金髪を長く伸ばした男だった。年の頃は四十前後だろう。逞しい筋肉を男くさくむき出しにした、いかにも海の男という感じの赤錆びた肌のその男は、隙のない自然体で自分たちの前に立ち、にっと白い歯をむき出して笑う。
「久しぶりだな、マグナ。そっちが今回の連れか? またえらく大勢だな」
「すいません、カイルさん。なにせあの島に関わることなんで、信頼できる人の船じゃないとならないので……」
「わかってるって。話は聞いた。そういうことなら俺も黙ってられねぇからな、きっちり力貸してやるよ。けどその分、乗せる奴らもお客さん扱いはしねぇぜ。全員しっかり働いてもらうからな」
「ちょっと、おじさん! 派閥のお偉方からたっぷり報酬せしめてんのに欲張んないどくれよ! あたいまで恥ずかしいじゃないのさ!」
「おう、モーリン! しばらく見ねぇうちにますますいい女になりやがったなぁ!」
「な、なに言ってんのさおじさんはっ!」
 案内役としてついてきたモーリンと話し始めたその男に、思わず目をぱちくりとさせる。
「え、モーリンと親戚、なのか?」
「そう、カイルさんはモーリンの叔父さんにあたるんだ」
「カイルのおじちゃん、はね。おふねの、せんちょうさんなの……」
「海賊トイッテモ、略奪ナドハ一部ノ心ナイ富裕層ナドカラシカ行ッテイナイノデ、ゴ安心ヲ」
「海賊さんですけど、とってもいい人ですよぉ」
「はぁ……」
 人格を保証された海賊であるところのカイルをまじまじと見ると、モーリンとひとしきり話したカイルは、こちらを向いてにやっと笑った。
「そうそう、今回はあんたらを島に連れてくついでに乗せてくお客がいてな。あんたらには懐かしい顔かもしれねぇぜ。挨拶してやってくんな」
「懐かしい顔?」
「おうっ、ライ! 久しぶりじゃねぇか!」
 甲板から叫ぶや帆綱をつかんで飛び降りてきたのは、着物から逞しい胸をはだけ、鬼の角を生やした巨漢の若者だった。その確かに見知った顔に、思わず目を見張る。
「スバル! スバルじゃねぇか!」
「おうよっ、パナシェとマルルゥもいるぜ」
「ちょっと、スバル、甲板からいきなり飛び降りるなんて危ないってば! あ、みなさん、お久しぶりでーす!」
「わぁ〜い店長さ〜ん、お久しぶりですよ〜ぅ!」
 パナシェは甲板から、マルルゥは近くにまで飛んできて挨拶してくれる。思わずみんな目を丸くして口々に声をかけた。
「ひっさしぶりねー! どうしたの、あ、もしかして里帰り?」
「あぁ、そうだよな、忘れられた島っての、スバルたちの故郷なんだもんな」
「おうよっ! 俺たちはあっちこっちを見て回ったら、定期的に島に戻ることにしてんだよ」
「もともと俺らはこいつらを島まで連れてってやるためにファナンに寄ったんだ。そこを金の派閥の議長さんに声をかけられたのさ」
「……っつーか、あんたって海賊なんだろ? それが堂々と港に寄っていいのかよ?」
「ま、そこらへんは蛇の道は蛇ってやつよ。俺らが主に稼いでるのは帝国だしな。海賊には海賊なりの商売の仕方ってのがあんのさ、デコ広あんちゃん」
「誰がデコ広だっ!」
「お兄さんはデコ広さんっていうですか? マルルゥ、これでお兄さんのことちゃんと呼べますよぅっ!」
「だからデコ広じゃねぇって! ガゼルだガゼル!」
「はっは、無駄無駄。マルルゥは十年来のつきあいの俺のことも未だにゲンコツさん≠ネんだからな」
「へぇ、そうなのか。よかったなガゼル、すぐに個別認識してもらえて」
「うるっせぇ!」
「なぁ、マルルゥ。だったら俺はなんて名付けてくれる?」
 笑って進み出たハヤトに、カイルはお、と小さく目をみはりスバルとマルルゥは大きく目をみはった。ハヤトがにかっと笑ってみせると、硬直が解けてスバルが笑う。
「なるほどなぁ……あんたが、例のあれか。なるほど、こりゃ一瞬でわかるわな」
「ハヤトって呼んでくれよ。本名を呼ぶのにはばかるほど、たいそうな奴じゃないし、俺」
「ハヤトさん……わかりましたです」
「お! おいおいマルルゥ、今そいつのこと本名で呼ばなかったか!?」
「え? あれ? マルルゥ、なにか変なこと言ったですか?」
「自覚もねぇ、か……本物だな、こりゃ。おっでれぇたな、大したもんだ。本気で半端じゃねぇ代物なんだな、あんたは」
「そいつの呼び名でそれ実感するって、どーだよそれ」
「わっはっは。あぁ、そうそう。おーい、パッフェル! まだ他にも、あんたのよく知ってる奴がいるんだよ!」
「えぇ、私ですかぁ? なんだか嫌な予感しかしないですねぇ」
 いつも以上ににこにこ笑いながら進み出てきたパッフェルは、すい、と船の影から出てきた黒色の細身の男を見るや、顔色を変えた。
「久しぶりね、茨の君<wイゼル……いいえ、今はパッフェル、だったわね」
「スカーレル……」
 半ば呆然と発されたその言葉――だがそれに続けられた言葉は、いかにもパッフェルだった。
「老けましたねぇ……」
「う……そういうあなたは若返ったようね、いろんな意味で」
「まぁおかげさまで、いろんな体験もしましたから」
 すまして言うが、その顔の下にはいろんな感情が秘められていることはライにでも察せられた。彼らはそれぞれに、強烈な過去を共有しているのだろうということも。
「……今は、なにを?」
「流れ流れて……今は、デグレアで店を持ってるわ。一度遊びに来て」
「そうですね……いつか。機会があったら……」
「……ごめんなさいね、あなたにとっては忘れたい過去の亡霊でしょうに、突然顔を出してしまって。でも、アタシにとっても、過去に決着をつけるには譲れないことなの。どうか、許してちょうだい」
「いえ……許してもらわなきゃならないのは、本当は、私の方ですから……」
「……パッフェルさん、大丈夫かい?」
「え? なに言ってるんですかマグナさん、私は大丈夫ですよ、やだなー♪」
「…………」
「ねぇねぇ、パパ……」
「……ん? どうした、ミルリーフ」
「なんであのおじちゃん、男の人なのに女の人の言葉遣いするの?」
『…………』
「ぶっはっはっは!」
 一瞬落ちた重い沈黙のあと、カイルとスバルの爆笑が明るい空に響いた。
「ちょっと、カイル、スバル。あなたたち年を取って性格悪くなったんじゃないの?」
「だっはっは、わりぃわりぃ。けどガキってのはホント正直だよなぁ、ってな。晴れの船出なんだ、んな辛気くさい顔つき合わせてんじゃねぇよ。第一、まだあとがつかえてんだからな」
「え?」
「おーい、じいさん、セクターの旦那!」
『……セクター先生っ!?』
「やぁ、みんな」
「久しいな、坊主ども。精進しておるか、嬢ちゃん」
 渡された橋げたをゆっくりと下りてきたのは、紛うことなきセクターとゲックだった。思ってもいなかった顔の登場に、そろって仰天してわっと集まる。
「どうしてこんなとこにいんだよ、セクター先生! それにゲックのじいさんも!」
「先生たち、確かグランバルドたちとビルドキャリアーで旅してたんじゃなかったっけ!?」
「おう、旅しておるよ。今もグランバルドたちは船内で働いておるし、ビルドキャリアーは信頼できる場所に預けておるとも」
「いや、ていうか、マジなんでいきなり……」
「まぁ……我々としても、正直こんなところで君たちと再会するとは予想もしていなかったのだけれどもね」
「まぁ、きっかけは嬢ちゃんの実家なんじゃよ」
「え……うちの?」
「わしらは以前坊主たちと会ったあと、聖王国に向け再び旅をしておったのじゃが」
「ファナンで、ブロンクス家ゆかりの召喚獣……というか、召喚機械に遭遇してね」
「変にいじったせいで暴走したのを必死に隠しておったんじゃが、それをまぁちょいちょいと直してやってな。そのお礼と称して引きとめられての」
「まぁ、実のところは秘密を守るためになんとか始末してやろうと考えてのことだっただろうけれどね」
「ご、ごめんなさい……」
「いや、リシェルくんが謝ることではないよ。ただ、どこにでもそういった愚者はいるのだということを覚えておいてくれればいい」
「はい……」
「まったく、セクターめ、おぬしはいつも固すぎる! よいではないか、うまい飯も食わせてくれたのじゃから」
「食い意地を張るのもいい加減にしろ、いい年をして」
「そんなんじゃからあの女召喚師ともうまくいかんのじゃ、この甲斐性なしめ」
「彼女のことは関係ないだろうがっ! ……とにかく、そこで助けに入ってくれたのが金の派閥の議長殿なんだ」
「お母さまがっ!?」
「ああ、君がミニスくんか。君のお母上には本当にお世話になった」
「うむ。あの方はなかなかの人じゃ。ブロンクス家の分家とうまいこと話をつけてくれての、わしらにこの男との渡りをつけてくれたのじゃ」
「いわく、『ロレイラルの技術を保った方々がおられる島に向かう船があるのですけど、よろしければお体のためにもそれに乗られてはいかが?』とね。技術研修の名目で、私たちを解放してくれたわけだ」
「じゃが、実際、もしまことにロレイラルの技術を保った場所があるというのならば……こやつが自己メンテナンスの技術を身につけるにも、わし自身のためにも、確かにこの上ない技術研修になると思ってな」
「それに、その船に教え子たちが乗るとあっては断るわけにはいかないさ」
「お母さまったら……本当にいつもそういう風に人を思い通りに動かしちゃうんだから」
「なに、自ら進んで踊らされているんだ、問題はないさ。……そういうわけだから、私たちを同行させていただけるかな、みなさん?」
「え、そりゃファミィ議長が選んだ人間に、俺は文句を言う気はないけど……」
「……つかこいつなんなんだァ? 人の血の匂いと機械油の匂いが混じってやがるぜ」
 バルレルの睨むように言った言葉に、ライは思わず食ってかかりかけて、微笑んだセクターに止められた。
 一瞬ぐっと言葉に詰まったが、すぐに力を込めてうなずく。そうだ、セクター先生は無力な子供ではないし、子供だろうとそうでなかろうと自分に売られた喧嘩は自分で買うものだ。
「その通りだよ、狂嵐の魔公子くん。私は融機強化兵士。人を機界の技術でいじって生み出された存在さ」
「! 召喚兵器……ゲイルの技術!? 誰がいつそんな技術を……いや、それ以前に誰が人間にそんな技術を用いようなどと!」
 目の色を変えて詰め寄ってきたネスティに、静かに答えたのはゲックだった。
「そやつの体を創ったのはわしじゃよ、お若いの。帝国軍所属召喚師、強化兵実験施設局長ゲック・ドワイト。それがかつてのわしの通り名じゃ」
「え……それって、もしかして……バルレルの体をいじってた、とこか!?」
 ぎっ、と一気に空気が緊張した。バルレルは今までに見たことのない、どこか楽しげにも見えるわずかに目を細めた表情で、ゲックを見つめつつ手の中の槍をもてあそぶ。
「へェ……てめぇが、俺の体いじってたクソ共の親玉か。なかなかどうして、悪くねェ面構えしてんじゃねェか」
「お褒めいただいて光栄じゃな、魔公子よ。あんたの召喚と誓約にたまたま成功したのはわしの直属の部下の一人じゃ。古き書物から伝わった召喚兵器の技術は基本的に悪魔に対するものだったのでな、仕様を確認するのにあんたの解剖データは実に役に立った。もちろん、他の実験にもな」
「……! あなたは、なんのためにそんなことを! 場合によっては、いいやどんな理由があろうとも僕も黙っていられは」
「すっこんでろ、メガネ」
「しかし!」
「すっこんでろ、っつってんだろうがッ!」
 ぶわっ、と強烈な魔力が膨れ上がる。空気がびりびりと震えるほどの力に、ライたちも押されて一歩下がった。
 だが、ゲックもセクターも、どちらも微塵も動ぜずにバルレルに対峙している。
「……面白ェこと抜かしやがんなァ、機械ジジイ。で? それ言って、俺になに期待してやがんだよ?」
「…………」
「言わなくても匂ってくるぜェ、てめぇの魂からよォ。てめェの魂は苦悩と後悔の味がどっぷり染みついていやがる。何度謝っても償いきれねェ罪悪感の味ってやつがよォ」
「…………」
「言えば楽になれるとでも思ったか? 断罪されたら楽になれるとでも思ったか? ンなわきゃねェよなァ。てめぇのやったことってなァ、やられた側にとってみりゃ謝られようがちょっとやそっといたぶろうが許すような気になれるもんじゃねェよ」
 歌うように言って、すい、と腕を動かす――や、その手には槍が構えられていた。
「だからンなこととはまるで関係なく、俺はてめェの面がムカつくから殺す。よかったな? 未来永劫償えねェ罪に、くよくよ悩んで苦しみぬけ」
 ひゅっ、となんの気負いも予備動作もなしに突かれた槍――それを防いだのは、自分の刀でもセクターの鋼の体でもなく、マグナの剣の柄だった。
 まだ刀身も完全には抜けていない状態で、少しでも位置がずれれば心臓直撃という攻撃を、文字通り身を挺して防いだマグナに、バルレルはちっと舌打ちし、そして即座に横へ身をさばきつつ槍を放つ――だがそれもマグナは必死の形相で刀身をなんとか抜きながら防いだ。
 マグナの戦い方はその頑強さで敵の攻撃に耐え、あえて傷を負いつつ壁になりながら敵に反撃するもの。技術と速さに寄った攻撃型の戦士であるバルレルの攻めをきっちり防ぐのは並大抵のことではないだろうに、怒涛のように放たれる突きをマグナは決死という顔で防ぎ続ける。
「邪魔だ、どいてろマグナ!」
「いやだ、絶対どかない!」
「てめェにゃ関係ねェことなんだよ、しゃしゃり出てんじゃねェ!」
「わかってる、でもどかない! 俺がお前のこと好きだからどかないっ!」
「……はァッ!?」
 一瞬できた隙――その瞬間にマグナは全力で間合いを詰め、がっしりとバルレルに抱きついた。バルレルは顔を真っ赤にしてじたばたと暴れるが、力はマグナの方が強いからだろう、振りほどけない。
「てッめェ、マジでなに考えてッ……」
「俺の自分勝手なわがままで、この手は離さない。……俺はお前が好きだから、今のこの気持ちが嬉しいから、それを悲しい気持ちで損ないたくないっていうわがままでこの手は離さない」
「な……」
「お前がこの人を殺してもムリないかもって思うし、そうしても俺がお前のこと好きなのは変わらないけど、それでもやっぱり俺は悲しいし、他の方法がなかったのかとか、もっとどっちも幸せになれる方法なかったのかとかくよくよ考えるよ。俺はそんなの嫌だから離さない。俺は、お前と一緒にいて悲しい気持ちになるより、嬉しい気持ちで……幸せな気持ちでいたいんだ」
「…………」
「……バルレル?」
 ばぎゃ。真っ向からの全力の拳がそっとバルレルの顔をのぞきこんできたマグナの左頬に入った。
「……ってぇっ! バルレルお前本気で殴っただろ!?」
「やかましいッ! 黙って殴られてろこのタコッ!」
 叫んでふんッ、と鼻息も荒く身をひるがえし、「先に行く!」と叫んでずかずかと船へと続く橋げたをのぼっていく。それを見ていた何人かは遠慮なく大爆笑し、セクターも苦笑して、ゲックはなぜか目を細めていた。
 ライもニッと小さく笑って肩をすくめる。それはそうだ、だってバルレルの顔はまっ赤っ赤で、鼻の頭のあたりは思いきりしかめられていたけど、口元はしっかり緩んでいたのが見えていたんだから。

「ひゃっほーっ!」
 どこまでも続く滄海、雲ひとつない晴天の下で、デッキブラシを使って濡れた甲板の上を滑るリュームにライは怒鳴った。
「こら、リューム、真面目に掃除やれ!」
「そういうお父さんも、やりたそうに、むずむずしてるかと」
「う……」
「……実は、ボクも、ちょっと」
「お? 珍しいな、お前がそういうこと言うなんて。だったらまぁ、ちょっとぐらい……」
「あはは、大人ぶるなよ、ライらしくないぜ。こんな機会めったにないんだからさ、ここはひとつ」
 デッキブラシをひょいとかかげて、普段の真面目な騎士見習いの顔とは違う、子供の頃の悪童っぷりを思わせる笑顔を浮かべるアルバに、ライもつい顔が笑った。
「しゃーねぇなぁっ、たまには派手に、やるか!?」
『おーっ!』
 叫ぶや揃ってデッキブラシを掲げ、ひょいと甲板につけて足をかける。同時にびしょぬれの甲板をもう一方の足で思いきり蹴った。とたん、意外なほどの速さでデッキブラシは自分たちの体ごと甲板を滑る。
「うりゃうりゃうりゃーっ、俺がいっちばーんっ!」
「脇が甘いぜリュームっ、ほら抜いたっ!」
「おっ、やるじゃねーかアルバ!」
「孤児院時代からよく掃除はやらされてたからな! デッキブラシの扱いじゃおいらの右に出る奴はそうそういないぜ!」
「へっ、ぬかしやがったな!? これならどうだっ!」
「おっ、やったな、ライ!」
「……スキ、あり」
「あっこのっずるいぞコーラルっ!」
 そんな調子でわぁわぁ騒ぎ、はしゃぐ。水夫たちに教えてもらってから、このデッキブラシを使った滑走勝負は自分たちのお気に入りだった。ミルリーフのような女の子たちはそうでもないのだが、男たちはついつい甲板掃除の仕事となると先を争って引き受け、勝負をおっぱじめてしまう。
 もちろんやりすぎると、
「こぉらっ、ガキどもっ! いつまでも遊んでんじゃねぇっ、仕事はまだまだあんだからなっ、サボってっと海に叩き落すぞ!」
 ――と船長に雷を落とされるのだが。
 ぶっとい腕の筋肉を見せつけながらの大声にあっさりビビったわけではないが、当然自分たちは「はーい!」と返事してばっと散り、真面目に掃除を始める。いたずらにはいたずらなりの筋の通し方というのがあるのだ。
「おい、ライ!」
「はい、なんですか船長!」
 呼びつけられたら当然ぴゅっとばかりに飛んでくる。ガキの頃の料理店や、この前のミュランスの店などでの修行で、下っ端の心得というのは身に沁みていた。
「今日は夜海が荒れるかもしれねぇんでな、飯は少し早めに頼む。あと、料理長からも指示があると思うが、火は使うな」
「わかりました!」
 と、カイルがにやっと笑った。
「? なんですか、船長」
「いや、お前さんはなかなか大したガキだと思ってな。骨惜しみせずに働くのは他のガキもそうだが、海での料理ってもんをあっという間に呑み込んじまった上に俺らが食った中でも一、二ってくらいうまいもんを作りやがる。実際、お前がこの船に乗ってから飯の時間が楽しみになったぜ」
「へへっ、そう言われると悪い気はしないな」
「どうだ、この際、この航海が終わっても俺らのとこにいちゃ?」
「え……いや、俺は」
「だっはっは! 冗談だ冗談! おら、今日のメニュー当番はお前だろ、うちの会計士兼砲撃手のとこに言って使う食材の許可もらってきな!」
「はいっ!」
 叫んで敬礼し、甲板を走って船内に向かう。最初は揺れる船の上をうまく歩く感覚をつかむのに難渋したが、もうすっかり慣れた。
「お! リシェル、ユエル、ミニス、モナティ! ミルリーフはどうしたんだ?」
 船内の廊下を向こう側からきゃらきゃら騒ぎつつ歩いてくる四人の少女たちに声をかける。少女たちもこちらに気づき、笑顔で答えた。
「ああ、ミルリーフはもうちょっと航海士の人に話聞いてる、って」
「ミルリーフったら、星の読み方から海図の読み方まで教えて教えてってねだるのよ」
「でもミルリーフの気持ちわかるよー、フネってすっごいもん! こんなにおっきいのにぷかぷか水の上浮いちゃって、すっごい速く海の上走るし! ユエルも乗っててすっごい面白いよ!」
「ほんとですのぉ、モナティもおふねってすっごく好きですのぉ! ……でもガウムとエルカさんとレシィくんたちは、可哀想ですの……」
「あー……船酔い、ちょっとはマシになったのか?」
「ううん、あんまり。まだしょっちゅう吐いてるの」
「ちょっと可哀想よね……いっつも高飛車なエルカが船に慣れなくて、弱ってるところ見せるのとかけっこう意外だったけど」
「メイトルパの子ってこういう人の力で造った物とか、本来の環境にないものとかは苦手なのよ。特定の状況に身体能力が特化してる分、環境の変化に過敏なの」
「でもミルリーフも、ユエルもモナティも元気じゃねぇか」
「うんっ! だって揺れるのも面白いしねっ!」
「ぐらぐらするの楽しいですのぉ!」
「……まぁ個人差はあるわよ。どんな状況だって元気な子は元気だし。そっちの方がいいじゃない」
「確かにな。あ、マルルゥどこか知ってるか?」
「え? いつもみたいにその辺ふらふらしてたと思うけど……なにか用なの?」
「いや、あいつ普段は元気だけど海が荒れると弱るだろ。今日海が荒れるかもしれねぇらしいから教えてやっとこうと思っただけ」
「げ、ならあたしたちも準備しとかないとやばいじゃない」
「そうね、教えてくれてありがと、ライ。じゃあね!」
 軽くそんな会話を交わして、リシェルたちとすれ違う。基本的に女の子たちは船の内向きのことをいろいろしてくれているのだ。
 ……少なくともリシェルやユエルなどについては激しく不適材不適所だと思うのだが、海ではあまり女が目立つのはよろしくないというような風習のようなものがあるらしい。あれだけ活躍してる女の人がいるのにいまさらじゃねぇかなぁ、と思いつつ、ライはその活躍している人の部屋の扉を開けた。
「ソノラさーん、いるかー?」
「はいはい、なーに……って、ライか。今日のメニューの相談?」
 言って椅子の上でこちらを振り向いた女性――ソノラは、カイルの奥さんで、この船の有能な会計士兼砲撃手だった。もうすでに二人の子供を産んでいるというのにほっそりとした体で、無駄遣いやうかつな出費にびしばし駄目出しをする女傑で、射手(というか銃手というか)としてもほとんどアロエリ並みの腕を持っていることも実際に見せられている。
「ああ……って、あれ? シンゲンに……アメルさんと、ハサハ? 珍しい組み合わせだな。なに話してたんだ?」
 訊ねると、アメルたちはこっそり目配せを交わし、意味ありげに微笑んでみせる。
「うふふ、大したことじゃありませんよ、ね?」
「おんなのこどうしのおはなし、してたの……」
「へ? シンゲンは男じゃねぇか」
「手前は男の側からの意見を、と言われまして。まぁ、芸人にとって色事は芸の肥やしと申しますし」
「は?」
「もう、シンゲンさんったら!」
「女の子からかったらその眼鏡ぶっとばすわよ、そこのチョンマゲ侍」
「シンゲンのおじちゃん、め、だよ?」
「いやー、これまた手厳しい……というかハサハさん、おじちゃんはやめてくださいませんかねぇと何度も」
「あ、そうだ、せっかくだからライにも聞いてみたら? ライとマグナって似てるとこあると思うしさ」
「え……そうですか?」
「ハサハも、ちょっと、そう思うよ? ライおにいちゃんの心の色は、シルターンのそらの色に似てるの……おにいちゃんのとはちがって、嵐のあとみたいに、すごくたかくて、はげしいけど、やっぱりとっても、やさしいの……」
「そうですね……ハサハちゃんが言うならきっとそうなんでしょうし。じゃあ、あの、ライくん。ちょっと聞いても、いいですか?」
「いいけど……なんだよ」
 なにを聞かれるのかと身構えながら問うたライに、アメルはずいっと身を乗り出して、すさまじく真剣に聞いてきた。
「男の人って、どういう誘惑をしたらオチるものなんでしょうっ!?」
「………は?」
 ぽかん、と口を開けるライに、アメルはすさまじく真剣に言葉を重ねてくる。
「私の好きな人って、あ、それはマグナなんですけど、どういう誘惑をしてもオチないんですよ! いい雰囲気までもっていけたことはあるんですけど、手を出してくれないんです! なんていうか、ずるいと思いません、私だけ!」
「ハサハにも、おにいちゃん、て? だして、くれないよ? ぎゅっとして、おでこにちゅっ、とはしてくれるけど、「がまんがまん」って言って、それからうごかなくなっちゃうの」
「うんうん、ハサハはまだもーちょっとそのままでいてよね。……しっかしマグナって範囲広いわよねぇ。ハサハも範囲内なわけ?」
「いやはや、なかなか立派な御仁ですな。男ってのはそうじゃなくちゃいけません。巨乳など邪道! 貧乳こそが正しい男の道ですよ、ねっ御主人!」
「うーん、私も胸はどちらかというと控えめな方だと思うんですけど……」
「いやいやなにをおっしゃる、アメルさんはきちんと下着やら服やらを整えればけっこうありますよ」
「え! ほ、ホントですかっ!?」
「んー、言われてみればそうかも。女の子って下着とか体に合わないの着けちゃって体型崩すこと多いんだよねぇ。そこらへんはスカーレルが詳しいんだけど」
「相談してみますっ!」
「……ハサハも、おむね、おっきくなる?」
「いやいやなにをおっしゃる、ハサハさんはそのままの姿こそが正しいんですよ! ねっ御主人、そう思うでしょ!?」
「あたしは男ってのはこいつみたいな例外のぞけばみんな巨乳派だと思うなぁ。うちのダンナもあたしが胸でかくなってから見る目が変わったもん」
「いやいやそれは間違ってますよ! 御主人、御主人はどうですっ? 貧乳派か、巨乳派か!」
「ばっ……バカなこと言ってんじゃねぇバカヤローっ!」
 叫んでライは部屋を飛び出し、どたどたと廊下を走り、隅っこで真っ赤な顔を冷ました。
「ったく、なに言ってんだ、っとに、シンゲンのバカヤロー……」
「ほう。シンゲン殿がなにを?」
「っわぁっ!? シ……シオンさんっ!?」
「はい、どうも、ライさん」
「って……ガゼル? に、パナシェにマルルゥ? と、レオルド……なにやってんだ、こんなとこで?」
 シルターン風の黒い着物(現在は武装もしていない)に身を包み穏やかに笑うシオンと、その後ろからやや疲れたような息をつきながら姿を現したガゼルたち、そしてその後ろからのっしのっしと歩いてきたレオルド。その中で一番最初に発言したのは、やはりレオルドだった。
「御機嫌ヨウ、ライ殿。シオン殿、一点加点デス」
「……は?」
「あーくそっ……またやられたか。あんたの気配消す能力ってマジで化けモン並みだな、シオン。アカネも相当だったけど、あんたほどじゃねぇってマジだったのか」
「いえいえ、ただの年の功ですよ。ガゼルさん、あなたも年のわりには相当やられる方だ」
「シオンさんも、ガゼルさんもすごいですよっ……やっぱり本職の人は違うなぁ……」
「マルルゥ、もうへろへろですよぅ……」
「……なんか、気配消す能力で勝負とかしてたのか?」
「ええ、ガゼルさんの発案で。船内の誰にも気づかれずに、目標に話しかけられれば一点加点という仕組みです」
「私ハせんさーノちぇっくヲ兼ネテ、審判役ヲ仰セツカリマシタ」
「この前の戦いの時、俺は他の奴らの足を引っ張っちまったからな。生き延びて、守りたい奴ら守るためにもやれることはやっとかねぇと」
 いかにも意地っ張りな仏頂面に、ライは思わず笑んだ。兄貴と同じくらいの年の人なのに、子供っぽいとは思うけど、その想いはまっすぐであったかい。ハヤトもたぶん、ガゼルのこういうところが好きなのだろう。
「……けど、なんでパナシェとマルルゥまで一緒に?」
「たまたまその場に居合わせたからなんだけど……ほら、ボクたち三人の中じゃ、そういう搦め手担当になるのはどうしたってボクになるでしょ? だからちょっと訓練しようかなって……でもやっぱり付け焼刃じゃ駄目だね。教わったことを実践するのがやっとで、ついていくことなんて全然できないや」
「マルルゥ、音出さないようにって飛んでるのに、やっぱり音が出ちゃうですよぅ……」
「いえいえ、私としては驚いていますよ、教わったことを数度で実践できる者もなかなかいないものですから。パナシェさんはなかなか筋がいいですよ」
「え、本当ですか?」
「ですが、付け焼刃なのもまた確か。少なくとも、一年以上きちんとした師匠についてきっちり修行を積むまでは、実戦で使おうなどとは考えないように」
「は、はい……」
「ははっ、ま、気長にいくこった」
「あら、面白そうなことやってるじゃないの」
『どわぁぁっ!!』
 唐突に後ろからかけられた声に、ガゼルと揃って声を上げてしまった。あわを食って振り向くと、そこに立っていた細身で、普通の男に見えるのに、口調のせいかどうかどこか性別不詳な雰囲気を漂わせる男に「はぁい♪」と手を振られた。
「あんた……スカーレル、だっけ?」
「パッフェルの昔の知り合い、とかいう……」
「そうよ、ボウヤたち。アタシはスカーレル。デグレアの『優しい毒蛇』って酒場の主人をやってるの。機会があったら一度遊びに来て?」
「へぇ、酒場やってるのか。そうだな、近くまで行くことがあったら……」
「……つーかな……おい、お……あんた。俺はボウヤなんぞと言われる年じゃねぇぞ」
「あら、ごめんなさい? だって、アタシに声をかけられて驚いた姿があんまり可愛かったから」
「か……」
 ガゼルはかーっと顔を赤くし、ぎっとスカーレルを睨んで指を突きつけ怒鳴った。
「あったまきた! あんたも勝負に加われ! さっきはしてやられたけどなぁ、俺だって伊達に盗賊やってるわけじゃねぇってわからせてやる!」
「あら、いいの? ようし、じゃあアタシ頑張っちゃおうかしら。一緒に頑張りましょうね、マルルゥ、パナシェ?」
「わーい、よろしくですよぅ〜!」
「あ、は、はい……」
「そうしていただけると、私としてもありがたい。先ほどのあなたの気配の消し方はとても興味深かったですからね」
「ふふっ、ただの年の功よ。じゃあね、可愛いコックさん。また食事の時に」
「お、おう……」
 言ってひそやかに姿を消していくガゼルたちに感心しつつも、ライはぽりぽりと頭をかいた。
「……スカーレルっていくつなんだ?」
 パッフェルは老けたと言っていたが、外見からでは年齢の見当がさっぱりつかないのだが。パッフェルの昔の知り合いということだが、パッフェルの年齢自体がそもそも謎なのだ。せいぜいが二十代前半に見えるのに、誰に聞いても「会った時からちっとも変わらない」と言うぐらいで年齢を知っている奴はいないし。本人に聞くのはさすがに失礼だろうし。
 それからはっと我に返る。
「やべぇ、ソノラさんに使う食材の許可取らねぇと」
 食材を管理するのはもちろん料理長の仕事。だが使っていい食材といけない食材を決めるのはソノラなのだ。敏腕会計長は、どんな小さな無駄遣いにも細かくチェックを入れる。
「どーすっかな……今から戻るか?」
 それでも別にいいといえばいいのだが、シンゲンたちに肴にされるのはまっぴらごめんだ。
「……先に船酔い連中の様子見に行ってからにすっかな。調子次第であいつらに出す料理も変えなきゃだし」
 そういうわけでライは貴賓室へと向かった。その部屋は一番揺れが少なく涼しいので、船酔いに悩まされている連中は、揃ってここで面倒を見られているのだ。
 軽くノックして、いらえがあったので扉を開ける。それから静かに声をかけた。
「おーい、生きてるかー……」
「うる……さいわねっ……あんたに、心配される、すじあい……うっ」
「エルカ、急に起き上がるとまた気持ち悪くなるぞ」
「ハヤトぉっ……背中さすって……背中っ……」
「ん、どしたカシス、また気持ち悪くなったか?」
「今、揺れた、すっごい揺れた……うぅ」
「よしよし、大丈夫だからなー……クラレット、そんなに歯食いしばるなよ、よけい酔うって」
「すい、ません……そう、しないと、お腹が……うっ」
「大丈夫か? 吐きたくなったらすぐに言えよ、付き添うから」
「いえっ! 大、丈夫、ですっ……う、うぅ」
「……ハヤ、ト」
「あ―よしよしキール、大丈夫だってそんな顔しないで。心配しないでもちゃんと面倒見るからさ」
 四人に囲まれながらかいがいしく面倒を見るハヤトに(兄妹三人が揃ってがっつり船酔いというのもある意味すごい)、こっそりレシィの面倒を見ているマグナと苦笑を交わす。
「いつもながらすげーなー、ハヤト」
「だよなぁ。俺はレシィだけだからすっごい楽してるけどさ」
「うぅ、すいません、ご主人さまぁ……」
「よーしよしレシィ、心配すんなー、またすぐによくなるからなー」
 ゆっくりと頭を撫でるのに、レシィは幸せそうにほんわり微笑む。二人の間にある絆がよくわかる光景だ。
 だったらハヤトたちの間にあるのはなんだろう、とちらりと考えてから、人様の事情を詮索するんじゃねぇと頭を振って全然違う事を聞いた。
「なぁお前ら、腹具合はどうだ? なんか食えそうか?」
「そんなわけないでしょっ! ……うっ」
「無理、無理無理絶対無理。今なんか食べたら絶対吐く」
「すいません、私も、今は無理、です……うっ」
「すま、ない。いつも、君に、面倒を、かけて……」
「あいよ、今日も重湯な。できるだけ栄養取れるようにすっから、まかしとけ。レシィは?」
「あ、ボクは今日は、柔らかいものなら、なんとか……」
「よっしゃ、ちっとでも今のうちに栄養取っとけよ。……ハヤト、マグナ」
 ちょいちょいと耳を貸させて、こっそり囁く。
「なんかさ、カイルが言うには、今日の夜ってちっと海荒れるかもなんだとさ。んで、食事ちっと早まるから。悪ぃけど、いろいろ覚悟しといてくれ」
「う……了解。頑張るよ」
「うん、こっちのことは心配するなって。ライは思う存分おいしい料理を作ってくれればいいからさ。……あ、そういえばネス見なかったか?」
「ネスティか? いや、見てねぇけど」
「ったく、ネスってば意地張っちゃって。酔ったんだったらここで休んどきゃいいって言ったのに『僕は問題ない、君はレシィを見てやれ。僕は海図を見てくる』とか言っちゃってさー」
「うわ、言いそう……っつか、ネスティって船弱かったのか?」
「ちょっとだけどな。たまに酔うんだ。ネスって樹になってからかなり体は丈夫になったんだけど、海の上だと時々ちょっと昔みたいになっちゃうんだよな。マナの影響らしいけど」
「へぇ……」
 ……しくしくしくしくしくしくしくしく。
 唐突に部屋の隅から響き始めたそのすすり泣きに、ハヤトとマグナは苦笑し、ライははーっ、とため息をついた。
「おい、ギアン。いつまでも泣いてんじゃねぇ」
「ひどい、ひどいよライ……君はそんなに僕のことが嫌いなのかい? 僕を憎んでいるのかい? 僕は苦しんでいる時もずっとずっと君のことだけを考えて、君が僕のところへ来てくれるのを心待ちにして、それだけを支えにして耐えてきたというのに、君は僕のことなど気にもしないで他の奴とばかり話して……うっうっ」
 ギアンは(前に来た時もそうだったが)全力で拗ねまくって部屋の隅でさめざめと泣く――が、周囲の反応は極めて冷たかった。
「ギアンうるさいー、鬱陶しいから部屋の外で泣いてよぉ」
「こっちまで気分が沈むのでぜひともそうしていただきたいですね」
「うざったいのよあんたっ、それでも半分はメイトルパの子!?」
「……ギアン……いや、やめておくよ……」
 ますますもってしくしく泣くギアンに、やれやれ、と肩をすくめる。そりゃ気分が悪い時にそばで泣かれれば気にも障るだろう。しゃーねぇ、と覚悟を決めて、ギアンのそばに寄った。
「ほら、ギアン。こっちこーい」
「うっ、うっうっ……」
「よーしよしよし、いい子だなー。いい子いい子、ギアンはいい子」
 ギアンの体をそっと起こして抱きしめ、ぽんぽんと頭を叩いてやる。何度も背中を撫で下ろし、できるだけ優しい声でくり返す。
「いい子だぞーギアン。いい子いい子。ギアンは大丈夫、大丈夫だぞー。いい子いい子、ねーんねーんねんねー……」
「うっ、うっ、うっ……うっ……」
 優しくぽんぽんと背中を叩き、子守歌のようなものを歌いつつ、あやすように大丈夫だとくり返すこと数分。安心した顔になって、ギアンはことっと眠りに落ちた。
 やれやれ、と思いながらぽんぽんと背中を叩いてそっとベッドに横たわらせてやると、なぜかハヤトとマグナににやにやと見られた。
「……なんだよ」
「いや、なんていうかさぁ」
「なんのかんの言って、ギアンのこと大切に思ってるんだなーって」
「べ、っつにそーいうわけじゃねーけどさ」
「そうか? それならギアン寝かしつける時、あんなに優しい顔しないと思うけど」
「だから、別に、そーいう……」
「そんなに大切ならもっとちょくちょく顔見せにきてやればいいのに。喜ぶぜ?」
「んな暇ねーよ。いろいろ仕事あるし、こいつちょっとかまうと図に乗るし。……それに」
『それに?』
「……こいつに、ちゃんと自分の足で立つやり方覚えさせねーとと思ってさ。こいつほっとく気はねーし、一人だったこいつの人生の寂しさなんとかして埋めてやりてーとは思うけど、俺はこいつと結婚したいわけじゃねーし。結婚したってこいつはもう子供じゃねぇんだ、自分の面倒は自分で見なきゃなんねぇ。どうすんのが一番いいのかまだわかってるわけじゃねぇけど……ちょっとずつでいーから、やらせてかねーと、ってさ」
「……なるほどなぁ。耳が痛いや。さすが子持ちなだけあるよ。ライ、大人だな」
「からかうなよ。第一、ハヤトだって大人じゃねーか」
「あはは、そうだった」
「……ったく」
 軽くわかりあった笑みを交わし合う――とたん、がろんがろんがろん、と鳴り響いた鐘にばっと身構えた。
「警報発令、警報発令、みなさんのなんでも屋さんパッフェルが警報をお届けしますよー! 右舷二時の方向より敵海賊が接近中! そろそろ砲弾を撃ってくると思われまーす! 船長は敵大砲を吹っ飛ばしたあと斬りこんで有り金いただくつもりなので、みなさんはりきって戦闘準備してくださいねっ♪」
「……パッフェルさん、いつもながらさすがだなー」
「しゃーねぇ……いっちょ、行くか!」
「よし、ここでちゃんと待っててくれよ、みんな!」
「ハヤト……気をつけて」
「大丈夫だとは思いますが……」
「ザコなんか、とっとと片付けてきなさいよ……」
「早く帰ってきなさいよ、マスター……」
「ご主人さまぁ……ご無事で……」
「ライぃ……(寝言)」
 そんな声を背中に、ライたちは甲板へ向かい飛び出した。

「よし、みんな、行くぞっ!」
 ずばしゅ!
「でりゃあ!」
 がずっ!
「うらぁっ!」
 ずばーん!
「ケケッ、喰らいなぁ!」
 ざむずっ!
「あっこらバルレルどこでサボってたんだよっ!」
 がぎぃん!
「ケッ、牛ガキとおままごとしてたテメェには言われたくねェなァ! うらッ!」
 ずぐっしゃ!
「隙だらけよ……シャァッ!」
 ずばっしゃぁ!
「んなろ……負けてられっか! いただきだぜ、ハァッ!」
 ずばっす!
「ガラ空きですよ、はいっ!」
 ずどむっ!
「いくよ! よぉーっし!」
 ずばばばばば!
「おいらの本気、見せてやる! はぁっ!」
 ずどぉんっ!
「斬り捨て御免!」
 ずばしゃぁん!
「忍っ!」
 ぶぉんっ、ずばっ!
「さよならだ……爆砕!」
 どごぼぉんっ!
「ドカンといくぜっ! でりゃぁっ!」
 ごぼがふぉっ!
「とらんすふぉーむ! 出力最大、クラエーッ!」
 ずごどがぁっ!
「一撃必殺! おりゃぁっ!」
 ずどごぉんっ!
「お願い、シルヴァーナ!」
 ごぉぉーんっ!
「旧き巨人よ、お前の力を向ける敵はここに、さぁあんたの拳をぶっ放しなさい! プロンプト・オン! ダブルインパクトぉっ!」
 ずがどぉーんっ!
「千腕の騎兵よ、汝の網を掲げよ、そが雷は疾く我が敵を捕らえん! コマンド・オン、ヘキサボルテージ!」
 ずばががががが!
「マルルゥも頑張っちゃうですよぅ〜! 桃竜さん、一緒にやるですよぅっ!」
「うんっ、マルルゥちゃんっ!」
「ひゃっこ竜さ〜ん、ひゃっこ竜さ〜ん、幻獣界のとってもとっても冷たいところにいるひゃっこ竜さ〜ん、マルルゥたちに力を貸してくださいですよぅ〜」
「ミントおねえちゃんに誓約してもらったけど、あなたはもうミルリーフのお友達……お願いブリスゴアさん、ミルリーフたちに力を貸して! ミルリーフたち、いっぱいいっぱいお願いするから!」
「マルルゥたちの敵を、みんなみ〜んな凍らせちゃってくださいですよぅ〜!」
「おいこら待てミルリーフ!」
「うわばか待てマルルゥそりゃやりすぎ――」
 がかぎがきかきおぉぉおぉんっ!!!

 ……そんなこんなで敵の船と一緒に沈みかかったりもしたが、終わりなき蒼炎″は基本的には順調に、忘れられた島への運航を続けていた。

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