忘れられた島で抜剣者と遊び・おまけ
 もう人も引け、宴会の痕跡すらなくなった広場で、レックスとナップは向かい合っていた。というか、正確には、レックスが必死の形相で、身振り手振りを使ってまで全力でナップに言い訳していた。ナップに軽蔑されて、万一別れるなんてことになったら、自分はもう絶対生きていかれない。
「本当に! 別にやましい気持ちとか全然なかったんだよ、ただ頑張ってるいい子だなぁって思ったからちょっと口を出しちゃっただけで」
「……ふーん。口を出すついでに手も出したってわけか」
「だから、そーいうことじゃなくてぇ……!」
 必死の形相で言う言い訳も、ナップの心を揺るがしはしないようで、ナップは相変わらずこちらにぷいっと背を向けたままだ。レックスとしては本当に、言いがかりもはなはだしい話だというのに。
 自分が今日この島を訪れ、みんなと一緒に島を案内した相手であるライに色気を出したなんて、そんなことがあるわけがないのに。
「ナップ! 君だってわかってるだろ、俺には君だけだって! 一生一緒にいたいと思ったのも、愛し合いたいあと思ったのも君だけだって! 君が一番よく知ってるはずじゃないか!」
 必死の思いでかき口説くと、ナップがようやくちろりとこちらを向いてくれた。ほっとしたのもつかの間、ナップの視線は相変わらず冷たい。
「そーだよな、俺たち一生付き合ってく予定の家族で師弟で恋人だもんな。普通ならよそ見とかありえねぇよな、相手に失礼だって思うよな」
「そ、そうだよっ? 俺はよそ見なんてしないよ、特にライくんなんてまだ子供じゃないか! そんな子に」
「子供だから≠ネんじゃねーの」
「え……な」
「だって先生ショタコンじゃん」
 ざくっ。言葉の刃が超高速で突っ込んできて、レックスの胸を刺し貫いた。
「しょ……あの、ナップ、しょた、こん、って……」
「可愛い男の子がいたらいっつも目で追ってるじゃん。態度に出したりはしねーからほとんどの奴には気づかれてないと思うけど、生徒たちの中でも可愛い男子がいたらこっそりニヤニヤしながら目で追ってるし。あのだらしねぇ顔見られたらどんな保護者だって子供預けるのためらうぜ、気をつけろよな」
 ぐさざくっ。言葉の刃がさらにレックスの痛いところを突く。そんな、そりゃ可愛い男の子は好きだけど、そんな風なだらしない顔なんて。
「で、ライだけど。あいつ顔立ち整ってるわりに言動べらんめぇだし、明るくて元気だし、そのくせどっか影を感じさせる部分もあって、もろ先生の好みじゃん」
 ぐざぐざぐさぐざくっ。何本もの刃にレックスの心は貫かれる。いや、そりゃ確かにライを一目見た時から可愛いなー、と思ってはいたけれども。話してみてますます可愛いなー、可愛がりたいなー、と思いはしたけれども。
 さらに言うならあの服がたまらんとか思っていたけれども。十五で半ズボンで生足で、しかもあんなエロいところから太腿出してるなんていやらしすぎると思ってはいたけれども。あの隙間から手を突っ込んで撫でくり回したいと思いはしたけれども。
「そんなのはただの妄想なんだよ! 本当に愛してるのはナップ、君一人だけだ!」
 力を込めて言い切るが、ナップはすぐにふいと目を逸らしてしまう。
「本当かよ。初めて会った十二の頃の俺に一目惚れするような奴だからな、先生って」
 うぐぐ、と言葉に詰まる。それを言われるとどうしようもないのだが。
「でも、俺は一目惚れしたから口説いたわけじゃなくて、君という存在をよく知ったから好きになって、告白を」
「子供に一目惚れしたことは認めるわけだ」
「うぐっ、いやだから、俺は本当に、そういうつもりじゃなくて、ただ可愛いなと思って接してただけなんだ! 好きな人がいるのに他の人を口説くような恥知らずじゃないよ、俺は!」
「どうだか。先生のことだから、心の中ではフルコース妄想してたんだろ? それをうっかり実行しちまうことくらいあんじゃねぇの」
「うっ……心の中ではそうかもしれないけど、俺は、本当にそういうことは実行してないよ!」
「ほら、心の中ではそうだって認めるんじゃん。可愛い男の子見るとすぐエロいこと考える変態だって」
「ぐふっ……」
 どすざござすごずっ、と四方八方から刃か突き刺さる。どーしてナップここまで容赦ないんだよー、と思いつつも必死に弁明した。
「へ、変態と言われてもしょうがないかもしれないけどっ、実行に移すほど愛したのはこれまでの人生の中でナップだけなんだってば!」
「……もう俺、十二じゃないじゃん」
「え」
「っ」
 小さく呻くような声を上げてから逃げ出そうとするナップ――その腕を、レックスはがっしと取った。こちらからしぶとく顔を背けるナップを、決死の思いでかき口説く。
「ナップ、俺は本当に君が好きなんだ、一生一緒にいたいと思って、それを実行に移してるのは君だけなんだ! だから頼むよ、なにか辛いことがあるなら教えてくれ。頼りない先生で、恋人だけど……俺は、君を大切にしたいんだ。君をめいっぱい、幸せにしてやりたいって思うんだよ!」
「…………」
 ナップはしばし黙っていたが、ふいにぼそりと口を開いた。
「それって、十二の俺と、今の俺と、どっちに言ってんの」
「へ?」
 思わずぽかん、と口を開けるレックスに、ナップは堰を切ったようにまくし立てる。
「だって! 先生ショタコンなんだろ!? 十歳から十五歳くらいの子供が好きなんだろ!?」
「え、や、その、否定はできないけど……」
「そーだよな否定なんてできっこねーよな生徒たちにもそんくらいの男子見てる時とか明らかに眼の色違ぇもんな! そんな相手が、今の俺よりずっと年下の体持ってる子が好きな奴が恋人だってわかってんのに、可愛くてカッコいい男子ニヤニヤしながら見てんのすぐそばで見てて、嬉しがるとでも思ってんのかよっ!」
 レックスは一瞬ぽかん、と口を開けた。つまり、これは。ナップの、この言葉は。
 そして理解するや、ぐいっとナップの体を引き寄せる。年齢を重ね、この二十年間特に剣術に重きを置いて体を鍛え上げてきたナップは、力自体はレックスより強いのだが、ナップは素直に引き寄せられてくれる。
 そして、キスをした。最初は軽く唇を触れ合わせ、何度かついばんだあとでするりと舌を潜り込ませ、口中を舐め、しゃぶり、舌を引き出して絡め合い、つつき合い、互いの唾液が口から溢れるほど深く交わった、口付けながら体中をぐいぐいと密着させるキスを。
 ほんわり、と少し蕩け始めた顔でこちらを見上げるナップに(背自体はナップの方がわずかに高いのだが、今レックスはナップをゆっくりと押し倒そうとしているのでそういう状況になる)、優しく微笑んでまたキス。今度は鼻にも、頬にも、耳元にも、首筋にもだ。この二十年間で培ったナップのための技を駆使して、気持ちよくなってくれるように努める。
「んっ……んっ、なんだよ、先生っ……寝技でごまかすとか、最低、だぞっ……」
「ごまかすとかそんな気は毛頭ないよ」
 低く告げた言葉に、ナップはわずかに目を見開いた。びくり、とまぶたが震えるのが見てとれる。
「なんだよ……先生。そんな、顔して……」
「そんな顔って、どんな顔だい?」
「なんか、妙なこと考えてそうな……」
「妙なことなんて考えてないよ。ただ俺は、『ナップは本当に可愛いなぁ』と思ってるだけだからね」
「……はぁっ!?」
「自分からちょっとよそ見をするのも嫌な気持ちになるくらい、自分が俺の好みから外れた年齢になってしまうのが辛いくらい、ちょっと生まれた不安を俺にぶつけて解消しようと甘えてもいいって思ってくれるくらい、俺のことを好きでいてくれるナップがさ。本当に可愛くて可愛くてしょうがないなぁ、って思ってね」
「……っ……」
 ナップが真っ赤になる、のとほぼ同時に、レックスはナップをゆっくりと地面に押し倒した。レックスは本来青姦はあまり好きではないのだが、ここまで盛り上がってきてしまった以上一度はヤっておかないと収まりがつかない。
 ちゅ、ちゅ、と首筋にキスをくり返しながら上着を大きく広げる。ナップはいつも通りに胸元の大きく開いたシャツの上に上着をひっかけた格好をしているので、前のボタンを外していくだけであっという間にしどけない格好へと変わった。
 上着を体の下に敷いてこちらを上気した顔で見上げるナップに、レックスはにこりと、ついにこにこ笑って髪の先を引っ張られる。
「……なに笑ってんだよ、先生」
「いや、その、なんていうか。可愛いなぁとかきれいだなぁとか好きだなぁ、とかそういうことを考えてさ」
「……十二の時の俺の方がよかったんじゃねーの。あの頃の俺とヤりたいとか言ってたよな」
「違うよ! そりゃもちろん初めて会った頃のナップはまさに天使とも言うべき存在で可愛くて可愛くて可愛くてできることなら当初から爛れた関係になりたかったなんてよろしくない妄想も湧いてきてしまうけれども」
「……おい」
「でも、俺の愛する人はいつだって、今目の前にいて、俺と一緒に長い時間をすごしてきてくれたナップ、ただ一人なんだ」
 じ、と瞳をのぞきこんでそう言うと、ナップは小さく苦笑して、「バーカ」とからかうような声で呟き、ひょいと体を伸ばしてキスを返してきてくれた。
 レックスはにこ、と笑う。ナップもにや、と笑う。十年以上何度もくり返してきた、恋人同士(今でもそう自分たちの関係を呼びならわすことには、悶えるような気恥ずかしさと嬉しさを覚えてしまうのだが)のじゃれ合いだった。
 あとはもう、ここまできたのだから、互いの体が動くままに行動すればいいだけ。
 レックスはちゅ、ちゅ、とナップの唇とおとがい、それから首筋と乳首にキスを落とした。ナップもそのキスに応えながら、器用にズボンを膝下までずり下ろし、レックスのベルトを上手に解いてズボンもずり下ろす。
 そしてその間に、さわさわ、するる、とレックスの陰部と臀部を撫でさすってくるのに、レックスは少しばかり苦笑した。
「ナップ……お行儀が悪いよ」
「なんだよ、先生だっていつもやってんじゃん。ほら、こことか、さ……」
「んっ!」
 軽くだが後孔の中に小指を挿れられ、一瞬呻く。ナップに自身の体を開いたことは一度や二度ではない、レックスのどこが一番感じるかはナップもよーく知っている。
 だが、それはそれとして先生としては、そう簡単に翻弄されるわけにはいかない。にっこり笑ってナップの体中の性感帯に唇を落としていく。鎖骨、脇腹、太腿。そんなところにキスマークをいくつも落としながら、たっぷり潤滑油を使いつつ指と舌で乳首や性器や後孔を弄る。
「ん……ふぅ、っ、ぁ……」
 ナップの息が少しずつ荒くなってきた。感じてくれてるんだ、と思うとやはりごくりと唾を飲み込んでしまう。ナップがまだ年若い頃のように、痴態を見れば即鼻の粘膜が危うくなるようなことにはならないが、それでもやっぱり動悸はするし息も荒くなる。もう数えきれないほどこんな姿を見ているにもかかわらずだ。
 当たり前だ、だって――自分は、ナップが好きで好きでどうしようもないほど好きなんだから。
「……ん、先生……もう、挿れて、いいよ」
 後孔に二本指を出し入れするようになったくらいで、ナップが言う。レックスは少し驚いて、首を振った。
「もう少し馴らさないと、傷がつくよ。ナップだってもっと濡らした方が気持ちいいだろう?」
「っいいからっ……早く」
「いいからって……傷がつくのをわかっているのにそんな」
「っ早く欲しいんだってばっ! 言わせんなよこんなことっ……!」
 一瞬ぽかんとしてから、ぎっとこちらを睨んだあとぷいっと視線を逸らしてしまったナップを見る。仏頂面を真っ赤に染めたナップの顔を見て、思わずだらしなく顔が緩むのを抑えきれなかった。
 ああ――やっぱりナップは、本当に本当に本当に本当に、可愛いなあぁあぁ。
「……それじゃあ、挿れるよ? でも、痛かったらちゃんと言わなきゃ駄目だからね?」
「いい、からっ……早くっ」
 ぶるぶる体を震わせるナップに微笑んで、レックスは腰をすりよせる。両頬を赤く染め、息を荒くし、そっぽを向きながらも両足を持ち上げて大きく開き、後孔をあらわにしているナップ――それを今にも溶けそうなほど幸せに緩んだ顔で見つめ、ぐい、とレックス自身をナップの中に挿入した。
「っ、ぁ……!」
「く、ぅ……」
 やはりまだ充分に濡らし切れていないのだろう、ナップの中の締めつけはレックス自身にも痛いほどだった。それでも、しばし待って形を馴染ませたあと、ず、ず、と動き出す。ナップと繋がる、溶け合うこの行為は、どうしたってレックスにとっては至福の快感をもたらすのだ。
「んっ……ぁ、んっ、あ、い、イッ」
「ナップ……ナップ、ナップ……愛してる、大好きだよ、ナップ……」
「先生……せんせ、せんせぇ……っ、好き、俺だって、好き……んァッ」
 正常位で交わりながら、ちゅ、ちゅ、とキスを繰り返し、体中を愛撫しあい、互いの性器を攻める。ぴんっと勃起した性器に指を滑らせ、揉みしだき、しごき、先端を掌で撫でる。ぱしんぱしんと体にぶつかってくるふぐりを、蟻の門渡りを指で撫で、揉み、掻くようにして刺激する。
 お互い愛を囁きながら、深く、広く交わり、絡み合い、溶け合い、律動に身を任せて高まり合い――
「んっ……」
「あっ、うっ……」
 お互い呻くような声を漏らして、ほぼ同時に射精した。
 互いに洗い息をつきながら、ゆっくりと性器を抜き、飛び散った精液を拭き、中に入ったものをかき出す。レックスたちは避妊具をつける時よりもつけない時の方が多かった。尿道炎は防止用の薬をクノンからもらっているし、皮膚の密着感というのは心地よさを増すし、なによりお互い精液を体内に出されるのは、お互いがより強く混じったような気がして決して嫌いではないのだ。
 それが終わってからまた目を見合わせ、照れ笑いをする。結局自分たちは、こういうことをするために痴話喧嘩をしてしまったような気がする。
「まだ、オルドレイクの残党部隊がいつどうやってくるかってこともわかってないのにな」
「そこのところはラトリクスの探知塔があるから大丈夫だと思うよ。魔力で隠れている場合も考えて見回りも強化したし……この島には探知用の結界も張ってあるしね」
「にしても、いろんな奴が一気に島ん中に入ってきたよな……」
「うん、でもわりとみんな受け容れてくれたみたいだからほっとしてるよ。たぶんやってきた人たちの人柄が大きいんだろうけど、ニンゲン≠ノ対するみんなの垣根が低くなってるのは確かにあると思う」
「ま、それはそれで善し悪しだけどな……」
 裸同然の格好で、寄り添って座りながらそんなことを話す。自分たちにとってはすでに、こういう風に愛し合うことは日常の一部だった。無限にも等しい寿命を得た自分たち。そんな中で、ただ一人、互いの人生に寄り添える相手。
「……なぁ、先生」
「ん?」
 くい、とナップが顎を引き寄せてキスをする。それに逆らわずキスを受けて、お互い体にするりと手を這わせている間に、ナップはレックスをゆっくりと地面に押し倒してきた。
「……騎上位?」
「あのなー……本気で言ってる?」
「いや、俺としてはどちらでもいいからさ。元気だなぁ、とは思うけど」
「とか言って、いざってなったらけっこうノリノリで盛るくせに」
「そりゃまぁ一応肉体年齢は二十二歳だからね」
 そんな益体もない言葉を交わしながら、何度もキスを繰り返す。自分たちにとっては、本当にいつものことなのだ。
 だから、そんないつもの幸せを守るために、自分たちは全力を振り絞る。それが今のレックスにとって、なんとしても押し通したい自分の意思だった。
 ……そう言いながらも、いざという時にはわがままになって誰もかれもを救わずにはじられなくなってしまうかもしれない。だが、その時にはナップがいる。
 ナップが自分の間違ったところを正してくれる。だから自分は、全力で、自分の正しいことを行い、この島の人々の心をひとつにまとめていくのだ。
 それが自分の役目だと、今の自分は知っているのだから。
 そう小さく独りごちて、レックスはナップの口付けに応えて服を脱いだ。

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