この作品には男同士の性行為を描写した部分が存在します。
なので十八歳未満の方は(十八歳以上でも高校生の方も)閲覧を禁じさせていただきます(うっかり迷い込んでしまった男と男の性行為を描写した小説が好きではないという方も非閲覧を推奨します)。



そして、大好きな人とデート
 びゅごおおぉぉおぅ、と風を切り裂いて飛ぶ一体の巨大な竜の背に、一人の少年が乗っていた。相当強烈に正面からぶつかってくる風圧にも体を揺らすことすらなくぎっと真正面を見据えるその表情は、戦に赴く前の将軍にも例えられようかというほど苛烈だ。
 その少年であり戦士でありなによりも父である存在――ライの様子を、竜――リュームとミルリーフとコーラルが合体した存在である至竜は、こっそりうかがいつつ心の中で会話した。
『……どーしたんだよ、あいつ? グラッドにーちゃんに会いに行くっていうけどさ、なんでこんないきなりなんだよ?』
『今、島にはいろんな人が集まって、団体行動をしているのに、一人だけ突然そこから離れるのは、変。お父さんらしくない、かと』
『そーだよねぇ、それにそれに、パパ、なんだかすっごく機嫌悪くない?』
『だよなぁ。なんであんな怒ってんだ? グラッドにーちゃんのしたこと思い出してぶち切れたりしたのか?』
『お父さんは、そこまで大人げなくないかと。それに、この数ヶ月ほとんど話にも出なかった人に、いまさらぶち切れる理由、ない』
『うーん、でもミルリーフ、ずっと忘れてたこと突然思い出すっていうのしたことあるよ?』
『いや、自分で言っといてなんだけどよ、昔のこと思い出していきなりぶち切れるだけならまだしも、わざわざ帝都までかっ飛んでグラッドにーちゃんに会いに行くなんて、尋常じゃないだろ。あいつ、そこまで簡単に怒ったりしないぜ』
『心の底から同意。……お父さんが、なに考えてるのか、わからない』
『うん……でも、今のお父さん、すごく怒ってるみたいだし。なに考えてるのとか、聞けないよねぇ?』
『そーだよなぁ』
『右に同じ、かと』
『……じゃあやっぱり、このまま帝都に行くしかないのかな?』
『それしかねーだろ。……けどホントに、なんでいきなりあんなブチ切れてんだ親父……』
 リュームの問いに、ミルリーフもコーラルも答えることはできなかった。至竜として人間以上の知識と知恵を持とうとも、体は子供な竜の子たちにとって、男のほとばしる情欲がどれだけ人の理性を壊し、人の行動の原動力となるかということについては、あんまり実感が持てていないのだった。

 ライは腹の底から湧き上がる苛つきと腹立ちに体中をカッカさせながら、ぎっと行く先を睨みつけた。ライの子供たちが合体して至竜の姿を形作った時は、周囲に結界を張って上に乗っている者を護る力を持つので、風がどれだけ吹きつけようと真正面を睨み据えるのになんの問題もない。
 頭の中はとにかくひとつのことでいっぱいだった。兄貴。兄貴に会いに行く。行ってやる。ふざけんなばかやろうなに考えてんだあいつらこっちの目の前でいちゃつきやがって。俺だって本当は、本当は。
 太陽が地平線の彼方に姿を現し、空がうっすらと白んできた。至竜はその中をどんな鳥よりも早く飛び、海を越え大地を越え、ひたすらに帝都を目指す。
 その背中でライはぎっと真正面を見つめていた。自分の体の底のなにかが、あの人の魂を感じている。あの人の心の輝きが、命の在り処が、どんどん近づいてくるのが感じ取れる。
 わずかまだ夜が明けてさして時間も経っていない頃、至竜は帝都の上空へとたどりつき――はたと考え込んだ。
『なぁ、ふと考えたんだけどさ、俺らが至竜の姿で人間の前に出るのとか、まずくねーか?』
『ものすごくまずい。至竜は今でも召喚術を研究する人たちにとってはかっこうの研究材料のはず。そうでなくても、巨大な竜が帝都上空に現れたら混乱が起きるし軍が出動する可能性もあるかと』
『ええと、じゃあ、どうしよう。パパに言った方がいいのかな……』
 ミルリーフの言葉に、三人の竜の子たちはしばし揃って沈黙した。おそらくはそのことをうっかり忘れてしまうくらい頭に血が昇っているのだろうから、ここは言った方がいいのだろうが、今のライに話しかけたら、それこそものすごい迫力で怒られそうで怖い、という気持ちは三人共通のものだったのだ。
「おい」
『はいっ!』
 ライがぼそり、とかけた声に、三人揃って返事をしてしまう。それだけライの挙動にびくびくしていたからなのだが、ライは苛烈な形相のまま手短に告げた。
「あそこの建物あるだろ。あそこに降りろ」
『へ?』
 ライが指差したのは、帝都の外れの軍部隊駐留所のひとつだった。有事の際は帝都の護りとなる部隊が集まっているそれらの場所は、平常時には新兵の教練のためにさまざまな場所の部隊が使用することもある。
 つまりはそこに紫電≠フ入隊試験に合格したグラッドがいる、ということなのだろうが、そういう軍部隊が集まっているところに竜が降りるというのは普通に考えて相当な騒ぎになる。
 それはさすがにまずいんじゃ、とリュームはおそるおそるながらも勇気を振り絞りライを諫めようとしたが、
『なぁ、おい……』
「あぁ?(ギヌラ)」
『や、なんでも、ないです……』
 殺気すら感じられる一睨みで撃沈した。
 仕方なく、半ばヤケになって至竜はライの指した建築物へと降りていった。当然ながら見張りに見つかり、呆然とされたり大騒ぎされたりするが、もうそんなのはこの際無視だ。
 どこに降りるか、とばっさばっさと翼をはためかせながら降下していくと、ある程度の距離まで近づくやライがひょいと背中から飛び降りた。愕然とする竜の子たちにかまわず、ライはたんと屋上に降り立ち、すいすいと雨どいを伝って窓のひとつに近づき、幸い開いていたその中に飛び込む。
 や、がったぁん! という凄まじい音が中から聞こえてきた。ベッド(おそらくはグラッドの)を蹴った音だ、と竜の子たちが思った通り、中から泡を食ったグラッドの声が聞こえてきた。
「うわっ! な、なんだぁっ!? ……って、ら、ライっ!? なんでお前がこんなところに、急に……なにかあったのか、っていうか凄まじく顔が怖いんだが……っわ!」
「兄貴」
 おそらくはグラッドを蹴倒して、ぐいっと胸倉をつかみあげたであろう音。ひやひやしながら中の様子をうかがう――や、思ってもいなかったライの発言が聞こえてきた。
「ヤらせろ」

 グラッドはこれは一体どういう状況なんだ、と呆然としながら思っていた。きつい訓練にくたくたになって(実技はぶっちぎりトップのグラッドには他の奴らよりきつい訓練が課されているのだ)いつものように施設のベッドに倒れ込み。ベッドを下から蹴られて跳ね起きたら、目の前にライが――もう数ヶ月も会っていない愛しい愛しい可愛くてたまらない恋人がいて、それが自分をベッドの上に押し倒して、胸倉をつかみながら凄まじく怖い顔で「ヤらせろ」と言っている。
 両手を上げて抵抗する気はありませんと示しつつも、グラッドは必死に状況を整理しようと試みた。
「な、なぁライ? 急にどうしたんだお前? お前まだ旅から戻ってないんじゃなかったのか?」
 少なくとも前に(みんなとの連名で一緒に書いたであろう)届いた手紙ではそう書いてあったのだが、ライは据わった目を少しも崩さず、ぐいっとグラッドをベッドに押しつけたまま訊ねてくる。
「ヤるのか、ヤらねぇのか。どっちだ」
「い、いやあの、なんていうか、その、だな」
 怖い。ぶっちゃけかなり怖い。今のライがマジギレ状態なのは言わずとも知れる。だからできるなら逆らいたくはないし、それに数ヶ月ぶりにライの肌身を味わえるなんて思っただけで興奮するし、今もライの肌の匂いを嗅いだだけで下の足が勃ち上がってきているのだが。
「いやあの……この状況で、それはさすがに、だな」
 ライの視線がぎぎぎっと鋭さを増す。それにひぃぃと内心悲鳴を上げつつ、必死に言い訳した。
「や、なんというか……ここ、四人部屋だし、それはちょっとまずい、だろ? もう他の奴ら、さっきの音で起きてきちゃってるっぽいし……」
「…………っ!!?」
 ライは一瞬ぽかんとした、と思ったらさっとその顔から血の気が引く。「ごめんっ!」と叫んで窓へと走りかけるが、それを必死に捕まえて懇願する。
「ちょ、待てよ、ライ! どうしたんだ、なにかあったのか、頼むから教えてくれ。あとできるなら少しくらいはゆっくり話を」
「……ってんなこと言ってる場合じゃねーんだよっ! ああくそすっかり忘れてた、リュームとミルリーフとコーラルがっ……!」
「へ? あいつらがどうか」
 と、グラッドが言うより早く、窓の外からごごごごごごごぉぉぉおおぉんっ!! という音が響いてきた。なんだっ、と外に出て、グラッドはぽかーんと顎を落としてしまった。
 外にはリュームとミルリーフとコーラルが合体した至竜がいた。のみならず、もう一匹竜がいたのだ。
 リュームたちが合体した至竜並みに巨大な紫色の竜。その背中から何人もの声が降りてくる。
「ライ! どうしたんだっ、なにがあった、無事かっ!」
「……っつーか、こんな軍事施設のど真ん中に竜乗りつけて言う台詞か、それ?」
「ハヤト、大丈夫かい? いくら君でもこれだけの長時間超弩級召喚獣を召喚し続けるのは苦しくないかい?」
「大丈夫かと訊ねられるほど召喚獣が安定しているだけで奇跡だと思うがな……わかってはいたが、規格外にもほどがある」
「まぁそーだよなー、俺でもレヴァティーンを運び屋代わりに使おうとか考えないもん」
「まったくだぜ。普通なら怒ったこいつにブチ殺されてるとこだ」
「え、でもでも、レヴァティーンさんは天使の系譜に連なる竜さんなんですから、そこまではしないんじゃないですか?」
「ソコマデハセズトモ、怒リニ触レル可能性ハ大イニアルカト」
「あ、ここってもしかして……? これはちょっとまずかったかな……アズリアに叱られちゃうかも」
「かも、じゃなくて間違いなく叱られるだろこれは……」
 あまりに想定外の事態にぽかんと口を開けるしかないグラッドの眼下に集まってきていた兵士たち。それをすさまじい勢いでかきわけて、どどどどどというほど大きな足音で、グラッドの誰より尊敬する将軍――アズリア・レヴィノスが現れ、ぎっとすさまじい眼光で紫色の竜の方を見上げ、怒鳴った。
「レックスゥゥゥ!!! この事態は、貴様の仕業かっ!!!」
「え、や、その、そういうわけじゃ……っていうか、俺だけのせいじゃないんだよ? なんていうか成り行きとその場の勢いでこういうことになっちゃったけど最初のきっかけはハヤトっていうか」
「え、俺!? マグナだってノリノリだったじゃんか!」
「ちょ、俺だけのせいじゃないだろ!? レックス先生だって素直に乗ったんだから同罪じゃんか!」
 ぎゃあぎゃあ喚き合う男たちに、アズリアは数度深呼吸をしてから、すさまじい声で怒鳴った。
「いいから、とっとと全員降りてこい――――ッ!!!!」

紫電≠フ隊長にして史上初の女性帝国将軍、そしてグラッドの上司であるアズリアは、深々と息を吐いた。
「……事情は、わかった」
 ライは顔を真っ赤にし、心の底から身の置き所のない気分でうつむく。現在、自分たちはアズリアの執務室で説教を受けていた。
 あのあと、ハヤトがレヴァティーンを送還し、それと機を合わせてリュームたちも合体を解き、あの竜は召喚されたものですよ、的な顔をしてハヤトたちに紛れこんだ。そして関係者――ライ、グラッド、リュームにミルリーフにコーラル、そしてレヴァティーンでやってきたハヤト、ガゼル、キール、ソル、マグナ、バルレル、レシィ、レオルド、レックス、ナップの合計十五人は、アズリアに引っ張ってこられて事情聴取と説教を受けていたのだ。
 当然だろう、なにしろよりによって帝国の軍施設を竜が二匹も襲撃したのだ。蜂の巣をひっくり返したような騒ぎになるのはごく当たり前のことだ。
 そして、その大騒ぎを作ったもともとの原因が、自分が『兄貴とヤりたい』などという理由で血迷ってリュームたちにここまで連れてこさせたせい、というのだから――
 これはもう大恥などという段階ではない、一生の中でもこれ以上はないというくらいの赤っ恥、申し訳なくて申し訳なくて消え入りたい、というほどの超大失敗なのだ。
 アズリアはぎろり、と鋭い目で自分たちを見回し(その気配が伝わってきた)、厳しい声で告げる。
「君たちがどれだけ大騒ぎを引き起こしたのか。それは、理解しているな?」
『はい……』
「しかもそれがどれだけくだらない理由によるものなのかということも、わかっているな?」
『はい……』
 ああくそもうマジで死にてぇ、という気持ちでひたすらに頭を下げる。本当に、本当になにをやっているのだ自分は。自分のせいでリュームたちをこき使ってしまって、他のみんなにも迷惑をかけて。
 他のみんなは自分が急にリュームたちを至竜に変えて飛び立ったので、とりあえずすぐ動ける者たち全員で追ってきたのだそうだ。ハヤトがレヴァティーンを召喚し、足代わりにして。もう本当に、申し訳ないという言葉なんぞですませられる段階ではない大失敗だった。
「では、今後二度とこのような馬鹿な騒ぎは起こさぬように努めろ。――以上だ」
 え、と思わず顔を上げる。それは確かに話を聞く間で何度も怒鳴られたし怒られたし説教もされたが、自分の犯した失態からして少なくとも自分にはもっと長々と説教が続くものだと思っていたのに。
「……なんだ、その顔は。もっと説教を受けたいのか?」
「や、その、そーいうわけじゃないですけど……俺マジでみんなに迷惑かけちまったし、もっとちゃんとした罰受けた方がいいんじゃねーかなって……」
 ふ、とため息をつき、アズリアは肩をすくめた。
「たとえば、どんな罰だ?」
「え? えと……強制労働、とか」
「騒乱罪としては妥当なところだろうな。だが、この場合そのように公的な罰を与えてはかえってやっかいなことになる」
「え……」
「君に公的な罰を与えた場合、君の子供たちのみならず、誓約者殿、さらには忘れられた島のことについても軍の正式な報告書に記載せねばならなくなる。それが君たちにどれだけの悪影響を及ぼすかは言わずともわかるだろう。だから、公的には君たちがここにやってきた事実はなかった、ということで処理するのが一番問題が少ない」
「え……い、いいんですか? そりゃ、俺らはそれが一番ありがたいですけど……」
「上の命令に従うのを本分とする軍人としてはよろしくはないが、帝国に安寧を導こうとする身としてはそちらの方が無難だと判断した。そちらに言及されでもしたら、これまでの私の苦労が水の泡だしな……」
「え……」
 ライの疑問の視線に応えないまま、アズリアはキールの方を向いた。
「……キール、と言ったか。君の術で、竜を目撃した者たちから記憶を消せる、というのは確かなのだな」
「……はい。この街に合わせて多少術式を変える必要はありますが、問題なく可能なはずです」
「ならば、よし。――グラッド訓練生!」
「は、はっ!」
 グラッドが直立不動になって敬礼する。当たり前だ、グラッドにとってアズリアは雲の上の人なのだから。兄貴を尊敬する人にこんな風に怒らせるような真似をしちまうなんて、ちくしょう俺って奴は――
「これより特別任務を与える! 明日の夜明けまでに、貴官の恋人ライに正しい恋人の在り方を教授せよ!」
『……はっ?』
 そうぽかんとした顔で言ったのは、ライとグラッドだけではなかった。なにを言っているのか意味がわからず、おずおずと訊ねる。
「あの、アズリア……さん。それって、一体、どういう……」
「今回の事態を招いたのは、ライが衝動に任せて行動したせいもあるが、そもそもが本来範となるべき大人たちが周囲に人がいるかどうかも確かめず淫らな行為を行ったことによる。それが少年の心身に負荷を与え、暴走に導いたことは間違いがない」
 じろり、と目の前で盛ってくれた人たちを睨み、睨まれた方はおのおの面目なさげな顔で小さくなる。
「ならば、その対処方法としては、本来恋人としてあるべき姿をその恋人本人が教授し、心身に刻みつけるのが一番の早道だろう。正しい在り方を教えることができれば、このような事態の再発を防げるだろうからな」
「は……はっ!」
 びしっ、と敬礼して固くなりまくりながら言うグラッドに、アズリアは小さく息を吐いてからすたすたと近寄り、耳元に何事か囁いた。
 とたん、グラッドの表情が輝く。きらきらしいほどの喜びを満載にした笑みでアズリアを見て、心の底からの尊敬と感謝の念を込めて言った。
「了解いたしましたっ!」
「よろしい。……それから、レックス。それにナップ。お前たち二人にはまだ話があるので残るように。残りは解散してよし」
『はいっ!』
 声を揃えて返事してから、ぞろぞろと部屋を出て、ふぅっと全員息をついた。
「あー……焦った〜……! レックスの友達だって話だけど、すごいど迫力だなあの人」
「そりゃー史上初の女性の将軍になるような人だもん、並みの器量じゃ務まらないだろー」
「でも、あのぉ、どうしてレックス先生たちだけ、残らされちゃったんでしょうねぇ? なにかお話があったんでしょうか?」
「そりゃつもる話もあるだろーし、念を入れて説教したい気持ちもあんだろーさ。こん中で一番年上なのあいつらだしな」
「はは、悪いことしちゃたかな……で、その人がライの恋人さん?」
 ハヤトににこっと微笑まれ、ライは一瞬(ハヤトの召喚獣誑しの能力に抗しきれず)頭がくらりとしたが、グラッドはやや戸惑った表情を浮かべながらも、真面目に真剣にうなずいた。
「ああ、グラッドだ。君は……」
「俺はハヤト。ごめんな、ライ。俺本気で全然気づいてなかったんだよ。まさか真っ最中見られてるとかさぁ……周りに人いなかったから気ぃ抜いてたんだけど、外なんだから誰かに見られてもおかしくないもんな」
「ったく、いい年こいてガキに迷惑かけてんじゃねーっての。だっからあんだけこんなとこでおっ始めんなっつったのによ」
「なんだよー、お前だってなんだかんだでノってたくせに。あ、こいつはガゼルっていうんだけど」
「誰がノってたんだっつの……ま、よろしくな。一応、サイジェントの議会の下で働いてる」
「で、こっちがキールで、こっちがソル。召喚師なんだ。今は派閥には属してないけどさ」
「……よろしく」
「今回は力が足りずにこいつ(とハヤトを指して)を止めきれずにすまなかった。今後このようなことがないよう全力を尽くす」
「ひっどいなぁ、ソル……それじゃ俺がまるでいっつも妙なことしてるみたいじゃないか」
「してんだろーが」
「お前と会ってから今までの一日にも満たない時間の中でも、お前がどれだけとんでもないことをやらかす人間かというのは身に沁みている」
「そんなことないだろ? ファミィさんとかエクスに比べれば、俺くらい普通普通」
「その人たちと比べてる時点で相当無茶だと思うんだけど……あ、俺マグナ。蒼の派閥の召喚師やってます。こっちは俺の護衛獣の……」
「バルレルだ。言っとくけどなァ、馴れ馴れしくすんじゃねーぞ。俺ァそんじょそこらの悪魔とは格が違ェんだからな」
「ば、バルレルくん、そんな偉そうなの、よくないよぉ……あ、僕はレシィっていいますぅ」
「レオルド、ト申シマス。あるじ殿、島ノ方ヘハ既ニ連絡シテオキマシタノデ、ゴ心配ナク」
「で、さっき別れた赤毛の先生の方がレックス、茶髪の方がナップ。あの二人、あれで俺たちより年上なんだぜ」
「あ、えと、その……ああ、よろしく頼む」
 一気に自己紹介をされグラッドは目を白黒させていたが、すぐに大人らしくびしっとした態度になって会釈する。
 が、その表情はハヤトとマグナが笑顔で話しかけてきた言葉に固まった。
「で? ライの恋人って、何歳くらいからなんだ?」
「は……?」
「いやさ、ライってしっかり者だろ? この年で食堂とか経営してるし。顔も性格も男前だしさ、恋人いるとかいう雰囲気なかったし、いるにしてもてっきり女の子かもっと年下の子を可愛がる方じゃないかなーと思ってたんだよ」
「それがいきなり俺たちと同い年くらいの大人相手だろ? だからもっと子供の頃から食っちゃってたんじゃないかなーとこっそり話し合ってたんだよ。まー犯罪っちゃ犯罪だけど今なら一応一人前同士だし。……あっち≠カゃ今でも犯罪だけど」
「べっ、別にそういうわけじゃない。俺がライとその、恋人になったのは、ライが十五になってから三ヶ月は経った後だからな」
 顔を赤くしながらもきっぱり胸を反らしてみせるグラッドに、ハヤトとマグナは目を輝かせた。
「へぇ、そうなのかー。なぁなぁ、その口ぶりだとグラッドってライを可愛がる方なのか?」
「あ、当たり前だろ! 俺よりライの方が数百倍も可愛いだろうが」
「……おい、兄貴」
「えー、いやそこまでじゃないと思うけどな。グラッドも何気に顔可愛げあるし」
「は!? なに言ってんだあんたは。誰がどう見たってライはめちゃくちゃ可愛いだろう!」
「だからな、兄貴」
「おおー、べた惚れてるなー。ってことは夜の方はそりゃもうすごいんだろ?」
「え、や、まぁ……俺なりに手を変え品を変え可愛がってやってるっていうか。ちょっと激しいのとかになるとライはびくつくんだけどさ、それでも最後には『兄貴が、したいなら……』っつって許してくれるんだよ! どんなことも! なんつーかそういう健気で一途なとこがまたこう、支えてやりたいっ! って思うんだけどな」
「うおーラブラブだなー。じゃあさ、変態っぽいプレイとかやってもついてきてくれんだ?」
「いや、さすがにこの年だとそこらへんはわりと潔癖っていうか……本気でお願いしたらヤらせてはくれんだけど半泣きになっちゃうっていうか。そういうしっかり者なのにこういうことではまだまだ子供っていうのがまたクるんだけどさ」
「あー、なるほどなー……けどそれってそーいうのヤらせてくれるくらいべた惚れられてるっつーことだよな?」
「え、いやぁ、やっぱそう思うか? ライって他の奴に迫られても蹴倒すんだけどさ、俺にだけは恥じらいながらも甘えた表情を見せてくれるんだよ! 時々しっかり者っぷりに圧されて俺愛されてない……? って思う時もあるけどさ、俺の方を今すぐ抱きしめて押し倒したいっ! っつーくらい切ない顔で見つめてくるのとか見るともうこの子を幸せにしてやれるのは俺しかいないっ! って」
「兄貴!」
 廊下中に響き渡るような声で怒鳴ると、一気に場がしんとした。その中でライはつかつかとグラッドに近寄り、ぐいと耳を引っ張って(身長差がかなりあるのでかなり痛かったと思う)ずんずんと廊下の奥へと進む。
「た、いた、痛いってライっ……」
「あ゛ぁ゛?」
 ぎろり、と睨みつけると「いえなんでもありませんすいません……」と小さくなる。は、と息を吐きつつ、ライはグラッドと二人で廊下奥の階段を上り、どこからも視界が通らない踊り場で向き合った。
「え……えーとだな、ライ。さっきのはその、なんというか初めて惚気話をする機会を得たもんだからつい勢いで、というか……」
「それが言い訳になると思ってんのかよ」
「いえ思ってませんすいません……。……えと、勢いで話しちゃったけど、こういうの話して問題ない人たちなんだよな? ライがいきなりこっちに来てくれたのだって、あの人たちが乱交してるの見たせいなんだし」
「乱交とか言うな」
「はいすいません……」
 頭を下げて小さくなるグラッド。その姿をじろりと睨み据え――る気力もなく、ライは震える体を押さえきれずに、グラッドに勢いよく抱きついた。
「兄貴っ……!!」
「え! ら、ライ……っ」
 グラッドは一瞬戸惑ったようだが、すぐにぎゅっと抱き返してきてくれた。この数ヶ月ずっと厳しい訓練に明け暮れてきたのだろうその逞しい腕は、がっしりとライを抱きしめ、優しく背中を撫で下ろしてくれる。
「兄貴、兄貴、兄貴……っ」
「ライ……ライ、ライ! 会いたかった、会いたかったぞ……!」
 グラッドも気分が盛り上がってきたようで、ぐりぐりと顔を頭に押しつけて、ちゅ、ちゅ、とキスを落としてきてくれた。その体温を、肌を、唇を感じるたびに、びくびくっと自然に体が震える。
 ああ。そうだ。自分は、ずっと気にしないようにと意識の底に沈めてきたけれど。このグラッドの手を、唇を、体温を、ずっと求めてきたんだ――
「……ライ」
「兄貴っ……ん、む!」
 ぐいっ、と体を抱き寄せられた、と思うや口づけられた。それだけで自然に身がびくびくっと震えたが、残った理性を総動員してグラッドの腹に膝蹴りを食らわし、どんっと突き飛ばしてはぁはぁと息を荒げながら「うぉぉぉ……!」と下腹部を押さえて呻くグラッドを睨む。
「なに考えてんだよ兄貴っ、ここどこだと思ってんだ! こーいうことがないように、ってあのアズリアって将軍さん兄貴に命令下したんだろっ!」
「う、うぅぅ……いや、言ってることはその通りなんだが……すさまじく久しぶりに会った恋人同士としては、やはりなんというか、愛情の交歓をだな……」
「阿呆か! んなことしたら兄貴がせっかく頑張って入った部隊首になっちまうだろっ」
「え……もしかして、俺のこと、心配してくれたのか?」
「っ……」
 そう言われると、ライは思わず顔をカッと赤くしてしまった。そうなのだが、確かにその通りなのだが、そういうことを改めて言われてどう反応しろというのだ。
「……ライ。ありがとな」
「………っ」
「でもな。そう簡単には首にならないと思うぞ? なにせ、アズリア隊長は俺に、今日一日お前とデートしろって命令を下してくれたんだから」
「は……?」
 抱きしめられて赤くなりながらうつむいていたライは、思わずぽかんとグラッドを見上げる。グラッドの言っている意味がさっぱりわからなかった。
「いや、だからな。今後お前がこんな風に理性ぶち切って飛んでくるようなことがないように……」
「っ……悪かったよ」
「いやいや、怒ってんじゃないって。恋人としては、理性ぶち切るくらいお前が俺に会いたいと思ってくれたのは嬉しいし?」
「なっ……」
「とにかく、もちろん二度としないようにって言い含めるのはもちろんだけど、お前の欲求不満をきっちり解消してやるのも重要だろ? それで隊長は、お前に一日つきあってやるように、って命令を下してくださったんだよ」
「なっ……」
 猛烈に恥ずかしくなってきて、うつむこうにもグラッドに抱きすくめられていて果たせず、ライは固まった。そんなことをあんな女の人に言わせるなんて、俺は一体なにやってんだ。
「……あー、心配しなくてもそんなにアズリア隊長は気にしてらっしゃらないと思うぞ? あの人ギャレオ副長と結婚して何年にもなるし、お子さんも作ってらっしゃるし、男の生理ぐらい知り尽くしてるだろうから」
「そーいう問題じゃねーだろっ!」
「いや、だからさ、とにかく。今日一日、俺はお前と一緒に、お前のために時間を使っていい、ってお許しが出たわけだ」
「っ」
「俺と一緒にいるのは、嫌か?」
「っ…………〜〜〜!!」
 優しい声で囁かれ、ライはたまらなくなって抱きついてから、一発グラッドの腹に拳を入れた。照れ隠しもあったが、絶対自分がその誘いを断らない、と当然のように熟知しているのがわかるグラッドの声に、少しばかりムカついたので。

「お! お帰り〜。ちゃんといちゃいちゃしてきたか?」
「してねぇよっ!」
「えー、ちゃんとしなきゃ駄目だろ、せっかく恋人同士が久々に再会したんだしさー」
 ハヤトとマグナに寄ってたかって言われ、ライはうぐぐ、と顔を真っ赤にして言葉に詰まる。確かにさっきのあれこれはいちゃいちゃと言って差し支えのないものではあるだろうが、それでもそんなことこんな大勢の前で言えるものか。
 その場(アズリアの執務室前の廊下)にはレックスとナップも戻ってきていた。レックスは少し困ったように微笑みながら、ハヤトとマグナをなだめ言う。
「ほらほら、ハヤトもマグナも、そんな風にからかわない。……で、これからどうするか、だけど。俺としては、せっかくここまで来ちゃったんだし、久々に一日帝都見物をしてから島に戻りたいんだ。島と連絡も取れたし。会いたい人もいるしね。だから、ライが島に戻るのに合わせて、俺たちもリュームくんたちが合体した至竜の背に乗せていってほしいんだけど」
「え……や、そりゃ、リュームたちがよけりゃ俺はかまわねぇけど……」
「それでさ、せっかくだからリュームたちは俺が預かるから、ライたちは二人っきりでデートしてきたらいいんじゃないかってことになったんだよ」
「は!?」
 マグナの言葉に思わず叫んでしまうが、リュームたちはそれぞれ(しょーもなさげだったり真剣だったり)の表情でうなずいてみせる。
「ぶっちゃけこんな面倒くせーこともーごめんだからな。きっちり欲求不満解消しといてもらわねーと困るんだよ」
「なっ……」
「よっきゅうふまん≠フ解消は大事なこと、かと。ボクたちが一緒だと、完全にはできない、だろうし」
「おまっ……」
 最後のとどめは、天使の笑顔でミルリーフが告げた言葉だった。
「パパ、グラッドお兄ちゃんとちゃんとよっきゅうふまん♂消してから、ミルリーフたちのとこに戻ってきてね?」
「……ぅっぐぉおおぉぉおぉぉおおおおぉぉぉおっ!!!!」
「あ! 逃げた!」
「ちょ、待てって、ライ、ライーっ!?」

 力の限り全力疾走することしばし。宿舎を飛び出し、もう訓練を始めている軍人たちの脇を突っ切って、訓練場端の木立で息を荒げつつうぉぉとライは悶絶した。
 本当に、ほんっとに、なにやってんだ俺。なに考えてんだ。みっともなさすぎだろ。
 ハヤトたちが盛ってるとこ見せられたからって、苛々して、ムラムラして、なんかもうたまんなくなって、ずーっと会ってなかった兄貴のこと思い出して、もうむちゃくちゃどうにかしてやりたいって気持ちになったからって、リュームたち叩き起こして兄貴のとこまで連れてこさせるとか、しかも欲求不満解消してこいとか子供たちに言わせるとか、本気で、本当に。
「死にてぇぇぇ……!!」
「おいおい、そういうこと言うなよ。せっかく久々に会えたのに」
 はっ、と後ろを振り向きつつ飛び退ろうとするが、その腕をがっしとつかまれて、にこっと笑顔を向けられる。ライは半ば固まりながら、その相手を見上げ呟いた。
「……兄貴」
「級に走り出すから、びっくりしたぞ。お前足速いし、ほとんど見失いかけちまったぜ……まぁ、なんとか追いつけてよかった」
「追って……きた、のかよ」
「そりゃ追うだろ。だって、こんな久しぶりにお前が会いに来てくれたんだぜ?」
 そう言って笑うグラッドの顔を見上げながら、ぎゅっと拳を握り締める。ちくしょう、悔しい、どうしよう、ドキドキする……。
 久しぶりに会ったグラッドは、前よりも陽に焼けて見えた。トレイユの頃からいつも街中を警邏していたグラッドだが、おそらくは朝から晩まで外で訓練をしているのだろう。帝都の陽射しがトレイユよりも厳しいこともあるのだろうが、以前よりも少しばかり野性的な雰囲気もあるのに、笑顔はあくまで爽やかで、以前と同じように、優しい。
 すいとグラッドの顔が近づく。思わずびくっと身を震わせるが、今度は身を退かせはしなかった。早鐘を打つ心臓に耐えながら、きっと睨むようにグラッドを見つめるが、グラッドは優しく笑んだまま左手でついと背中を撫でる。右手で腕をつかまれているので、抱きこまれるような形になった。
「せっかく久々に恋人に会えて。その上今日一日たっぷりデートする時間があるんだぜ? そりゃ、追ってこなきゃ嘘だろ」
 そう言ってにっ、とグラッドは嬉しげに笑う。――その頬が『優しく笑え! 優しく、爽やかに!』というグラッドの渾身の努力でも抑えきれない衝動でふるふる震えていることにはライは気づかなかった。
「で、デート、って……」
「お前は俺とデートするの、嫌か?」
 笑顔をすい、と近づけられ、ライはびくん、と震える。――そんなの、聞かれるまでもない。
「嫌なわけ……ないだろっ」
 そう早口に言って、堪えきれずぷいと顔を背ける。うあぁなにやってんだ俺はっ、と思うが、顔が熱くて恥ずかしくてまともにグラッドの顔が見れなかった。
「ん。なら、行くか」
「行くって……どこへ?」
「とりあえず帝都。そんで二人っきりでぶらぶらして……それから」
 すい、と顔を近づけて手を握り、耳元で囁かれる。
「宿、だな。……嫌か?」
「………………」
 ライはその言葉が意味することに当然気づき、カッと顔をさらに熱くしながらも、心の底と腰の奥から湧き上がる熱に耐えきれず、ふるふると首を振ってしまった。
「よし」
 そう優しい声で言って頭を撫でるグラッドの手に背筋が震えるほどの歓びを得てしまっているライは、撫で終ったグラッドの手が内心の『よっしゃアァァァーっ!!!』という叫びを表して全力で握り拳を作ったことには気づかなかった。

「さって……どこ行くか」
 一緒に帝都の門をくぐりながら、グラッドが楽しげな口調で言う。さすがに握った手は放していたが、ライは手をついついわきわき動かしてしまっていた。久しぶりに繋いだグラッドの手を、自分の掌が求めてしまうのだ。
「ライ、お前はどこか行きたいところとかあるか?」
「や、んなこと言われたって、俺別に帝都に詳しいわけじゃねーし……観光名所みたいなとこは前に来た時に行ったし。……っつーかさ、そもそも、デートって……なにするもんなんだ?」
 改めて問うと、グラッドは目を見開いた。頭を掻きながら、小さく苦笑する。
「そうだなぁ……そういや、トレイユではお互い仕事が忙しくて、まともにデートとかしたことなかったからなぁ」
「そうだよな。そもそも二人っきりになれる時っつったら……あ、あいう、時、ぐらいだし」
 二人っきりで主に寝室で行っていたことを思い出し頬を赤らめてわずかに視線を逸らすライに、グラッドは(ライに気づかれないように『うおぉ可愛いっ今すぐ押し倒したいっ!』と燃え上がる熱情を見えないところで思いきり拳を握ることでごまかして)笑った。
「じゃ、今日が俺たちの初デートだな。めいっぱい楽しもうぜ」
「う……うん」
 おずおずとうなずいて、グラッドと並んで歩く。なんというか、ひどく、照れくさい。
「じゃあ、そうだな……珍しい屋台食べ歩き、なんてのはどうだ? お前、ちゃんとした料理についてはこの前いっぱい勉強しただろうけど、そういう屋台とかまで調べてないだろ?」
「お、面白そうだな! そんなに珍しい料理が屋台にあんのか?」
「屋台っつぅか、立ち売りの店な。訓練生の間じゃ休みにも食うか酒かってくらいしか楽しみがないからさ、自然そういう話は耳に入ってくるんだよ」
 実際にはそれ以上に女≠フことが話題になることを全力でおくびにも出さないようにして笑むグラッドに、ライは嬉しくなって笑みを返した。
「よっし、それじゃ帝都中の立ち売りの店、回っちまおうぜ!」
 そうしてライとグラッドは帝都をそぞろ歩き始めた。帝都はおそろしいほど広く、実際珍しいものを売っている店はそこらじゅうにあるのだ。立ち売り料理の店を渡り歩きながらも、その途中で珍しいものを見つけたらのぞいてみたり、芸人を見つけて見物してみたりと、歩く途中も飽きることがなかった。
「兄貴、あれ見てみろよ。短剣であんな風に投げ受けしてる曲芸、見たことねーぜ」
「帝都にはいろんな芸人が集まってくるからなぁ。お、あっちも見てみろよ。あれ、機界の機械か? すごい早さで木の実割ってるぞ」
 お互いもう長いつきあいなので、相手がどんなものに目が行くかよく知っている。それぞれに目や耳を楽しませつつも、相手の喜びそうなものに先に目がいってしまった。
 それはたぶん、お互いに、相手に喜んでほしい、楽しんでほしい、好きだと思ってもらいたい、そんな欲張りな気持ちを持っているせいなんだろうな、とライは気恥ずかしい気分とともに認めた。
「ん、ぐはぐ、ん! これうめぇなぁ、ソースも肉も普通のとちょっと違うぜ。肉を果物に漬け込んで……ソースの隠し味は、なんかミルクみてぇな、でもちょっと違う、酸っぱいような……前にどっかで……」
「お、そんなにうまいのか? 俺にも一口、一口!」
「いいぜ、その代わり兄貴のも一口くれよな」
「おう。ほれ、あーん、っと」
「あー……ん」
 はぐ、もぐと互いの料理を一口かじり、顔を見合わせて笑みを交わしあう。そんなことをくり返すのが楽しいと、こそばゆい気分とともに実感した。デートというのはこういうものなのだろうか、普段と違う場所で相手と一緒にいるだけなのに、それがいつもとは違う楽しさに変わる。
 お互い今までの分を取り返すように喋りあい、笑いあい、一緒に歩いて――そんなことをしているうちに、陽は傾いて、橙の光が空を覆い始めた。
「……夕方に、なってきちまったな」
「……うん」
 どちらからともなく言葉少なになりながら、さっきまでより心なしか寄り添って歩く。
「俺も……帝都の、宿泊場所とかにはまだあんまり詳しくなくてな。また、前と同じ場所になっちまうんだけど……いいか?」
「……うん」
 グラッドの言葉の意味が理解できてしまうせいで、ライの顔は自然と熱くなった。恥ずかしい、めちゃくちゃ恥ずかしい――のに、逃げ出したくないと体と心が言っている。
 グラッドがぎゅっと手を握ってきた。夕暮れとはいえ、見咎められれば面倒なことになるのはわかっているのに、どうしても振り解こうと思えなかった。
「……行くか」
 そんなはっきりとした誘いの言葉に。
「……うん」
 ライは、はっきりと応える意思を持ってうなずいた。

 以前帝都でした時と同じ連れ込み宿。向こうが顔を覚えているんじゃないかと思うとひどく恥ずかしかったが、受付の老婆も案内の少女も、まったくそんな様子を見せないのがありがたかった。
 以前とは違う部屋に案内され、「ごゆっくり」と扉が閉じられた――とたん、グラッドにぎゅっと抱きしめられた。
「ちょ……兄貴っ」
「ライ……ライ、ライっ」
 半ば理性の飛んでいる声で、ぐりぐりと顔を、体を、股間を押し付けてくる。その股間がすでに固くなっていることに、ライはぎょっとした。
「兄貴……いきなり、そんなに」
「いきなりじゃない……会った時からしたくてたまらなかったさ」
 半ば陶然とした声で、グラッドはライに訴える。
「今日一日、お前が笑ったり近づいてきたりするたびに、俺がどれだけムラムラしてたかお前知らないだろ。今すぐヤりたい押し倒したいってのを必死に理性で抑えてきたんだぞ」
「え……マジで?」
「ああマジの大マジだ。それを必死に、俺は大人だから年上だからって死ぬ気で押さえつけてデートしてたんだ」
 ライは思わず目を瞠ったが、それはグラッドの言っている内容にだけではなかった。
「兄貴が、そんなことすんの珍しいじゃん。前は……そういう時、全力ですぐヤろうとしてた……のにさ」
「はは……まぁなぁ。実際、お前といつも一緒にいた頃は、頭ん中で考えてんのほとんどヤることばっかだったからな。でもさ、俺も、何ヶ月もお前と離れてる間に、意識が変わってきてさ……あむ」
「っ……耳、噛むなよっ……!」
「そうか? じゃ、んっ、ちゅっ」
「吸うのも……舐めるのも……やめろって、マジで……!」
 そんなことを言いながらもグラッドは手際よくライの服を脱がせている。荒い息を浴びせながら、それでも手は優しく、素早くボタンを外し、ベルトを外し、上着を脱がせて下着を脱がし、上半身を裸にして立ったままちゅっちゅと首筋を、胸を、乳首を吸う。
「んっ、ぁ……あに、きっ、んな、立ったまま、とかっ……」
「あぁ、悪い。けどさ、なんつーかさ……目の前に、ずーっと夢見てたライがいて」
 またちゅっと乳首を吸い、ごく軽く歯を立てる。
「んぁっ!」
「その死ぬほど愛してる恋人を、俺はどう触ってもいいって状況で」
 言いながらするするとズボンを脱がし、下穿きを脱がし、左右の乳首を交互に口で弄りながら尻を揉みしだく。
「ん、ぁ……ぁっ、く」
「欲望抑える意味とか、ないだろ?」
「ん、ぁ、ぁ……ふぁ、ひっぅ……さっきと、言ってること、違うっ……」
「違わないって。俺はただ、どんなライも全部味わいたいっていうか、感じたいって思ったんだよ」
「え……」
「俺に会いたいって気持ちを抑えきれずに突っ込んでくるお前も。久しぶりに会って抱きついてくるお前も。恥ずかしがって逃げ出すお前も。一緒に街を歩く時の楽しそうなお前も。――もちろん、二人っきりの寝室で、俺の手で乱れてくれるお前も」
「んぁっ!」
「全部俺のものにしたい、って思う。俺の手で可愛がりたいと思う。……それじゃ、駄目か?」
 いつの間にやら潤滑油をつけた指で、ライの後孔をそっとなぞりながら、顔を近づけて真剣な顔をするグラッドに、ライはうーうー唸りながらあっさりと負けた。実際、自分だってとっくのとうに限界にきていたのだ。
 愛する人に、好きなようにされたいという欲望が。
「駄目じゃ……ねぇよ。っ好きにすりゃ、いいだろっ」
「……ライっ」
 その言葉がグラッドの最後の理性の線を全力でぶち切ったのが、ライにはしっかり感じ取れた。グラッドはライをひょいと抱き上げてベッドに半ば放り投げるようにして押し倒し、ちゅ、ちゅ、ちゅっちゅっちゅっとすさまじい勢いで体中にキスを落とし始める。
「ひっ、ゃっ、ぁっぁっあっ、兄貴、ちょ、ま……っ、あぅっ」
「悪い、無理だ。だってずっと夢に見るほど考えてたんだからな。お前の白い肌とか、ピンク色の乳首とか、キスしたらあっという間に紅くなるとことか……まだ半剥けの、こことか」
「ひっぅ!」
 ライ自身の裏筋をぺろりと舐められて、ライはびくっと身を震わせた。やばい、どうしよう、こんなことするの数ヶ月ぶりくらいだから、やばいくらい、気持ちいい……。
 のみならずライはライ自身を口で思うさま弄り始めた。裏筋を舐め上げ舐め下ろし、玉を口の中に含んで転がし、蟻の門渡りを舐め吸いしゃぶり、亀頭から根元までを一気に口に含んで、舌でべろべろと舐め弄りながらぢゅっぢゅっぢゅっと喉で吸い上げつつ頭を前後に動かす。
 本当に数ヶ月ぶりの快感にからだがぶるぶるっと震え、今にも出してしまいそうになったが、必死に堪えて荒い息の下から懇願した。
「待って、くれって……兄貴……!」
「ん、ほひた?」
 口の中にライのものを咥えながら問い返され、その振動にまたぞくぞくっと体が震えたが、必死に言う。
「俺……もっ」
「へ?」
「だからっ……俺にも、させてくれ、って……」
 その言葉にグラッドは一瞬ぽかんとした顔をしたが(ライはその一瞬悶死してぇぇぇ! と叫びたいほど恥ずかしくなったが、いや、いいんだ、俺たちはそういうことしようとしてんだから! と懸命に堪えた)、すぐにでれれ〜と顔を笑み崩して嬉しげに応えた。
「じゃ、これやるか」
「へ、て、わ」
 グラッドはごろん、とライの横に天地逆に寝転がるや、ひょいとライの体を抱き上げて自分の上に乗せる。うわ、とライは思わず顔を赤くした。前に一度やった、これか。
 目の前にグラッドの大きなものを突き出され、ライはごくりと唾を飲み込む。下半身では(グラッドは大きく体をたわめているのだろう)股間のすぐ前にグラッドの顔があった。つまり、これで、お互い目の前の相手のものを愛撫しろ、ということだ。
 数瞬逡巡したが、ライはえぇい! とばかりにグラッドのものにむしゃぶりついた。恥ずかしいし、もう死にそうってくらいドキドキしたが、それでも、それ以上に、グラッドに自分もなにかをしたいと思ったし、どうにかしてやりたいという息の荒くなるような欲情を、グラッドの体に感じていたのも確かなのだ。
 一気に口に含み、口の中に入る分をせいいっぱい舐め上げる。グラッドが「っ……」と息を漏らすのが、腰の奥が震えるほど嬉しかった。
 少し塩気のするグラッドのもの。それをたまらなくドキドキしながら、脳味噌が吹っ飛びそうな気分で舐めしゃぶる。それが腰の奥を、股間をむずむずと昂ぶらせ、自然と揺らめかせた。
「っぁ……!」
 一瞬口を離してしまう。ライ自身を再びグラッドが口に含んだのだ。先端をグラッドの喉に愛撫され、悲鳴を上げたくなるような快感に震えを押さえきれなくなった。
 それでも口は必死にグラッドのものをしゃぶる。前はすぐにまともにできなくなったから、今度はよけいにちゃんと返してあげたかったし、それ以上に気持ちよくて止められなかったのだ。口でグラッドのものを味わうのが、グラッドの汗と体液の匂いを舐め、しゃぶり、味わうという行為が気持ちよくて止まらなかった。
 互いに息を荒げながら互いのものをしゃぶり合う。グラッドの指がライの後孔を弄り始めるのを感じ、ライは思わず声を漏らした。
 気持ちいい。相手の味が、匂いが、体温が、動きが、手が、指が、体が、すべて。
 グラッドに指を二本挿れられ、抜き差しされながら頭を前後に動かされ、グラッドの腰が揺らめき口の中を前後する感覚に翻弄され、耐えきれずライは「ん、ん、ん……!」と声を漏らしながらグラッドの口の中に精液を吐き出した。
 長らく忘れていたような気がする絶頂感。目の前が真っ白になるような日常生活ではありえない感覚。堪えきれず、腰からくたくたとくずおれる。
 グラッドが息を荒げながら、小さく訊ねた。
「ライ……悪い。一回、このまま出していいか。できるだけ、苦しくないようにするから……」
 その声の切羽詰った響きに、半ば幸福感すら感じながらライは一度口を離し、答えた。
「いいぜ……乱暴にしても」
 グラッドがわずかに息を呑む音が聞こえる。
「や……それは、そう言われても、さすがに……」
「いいんだよ。俺丈夫だから、そうそう壊れたりしねーし……それに、兄貴だったら、乱暴にしてくれるのも、嬉しいし……」
「っ……こいつ」
 一瞬獰猛にすら感じられる息を漏らし、グラッドは腰を使い始めた。ライの喉の奥までグラッドの一物が打ち込まれ、それから勢いよく引かれる。そしてまた打ち込まれ、引かれる。
 それに耐えながら、ライは懸命に舌を使っていた。息は苦しかったが、ライの体は痺れるような快感を感じていた。グラッドが自分に興奮してくれている。自分の体で気持ちよくなってくれている。自分がグラッドに快感を与える。それが、自分にも思いもしないほど、ひどく。
「っ駄目だっ……ライっ、出るぞっ、出る出る出るっ!」
「う、ん、ん……!!」
 ばしゅんっ、という音すら聞こえたような気がするほどの勢いでグラッドの飛沫が喉の奥に叩きつけられる。堪えられずげほげほと咳き込むライに、グラッドは慌てて自身を抜き取りライの背中を撫でた。
「あああっごめんな、悪かったなライ、外に出すつもりだったんだけどなんとゆーかそのお前の口の奥がどーにも気持ちよくって喉で締めつけられた時耐えられなくなってっ……」
「っぇっほ……いい、って、兄貴。兄貴が、そんだけ、俺に興奮してくれたってことだろ」
「っ……ライ」
「俺……兄貴に、今すげぇ、俺のこと好きにしてほしいし」
 そう自分の気持ちをそのまま言って笑ったライは、自分の言ったことがどれだけ過激なことか意識してはいなかった。
「ライっ……!!」
 勢いよくベッドに押し倒されて、体中にキスを落とされながら、グラッドはライの後孔を拡げる。潤滑油をたっぷり乗せた指を抜き差しし、中で大きく広げ中に潤滑油を塗りつける。数ヶ月間ほとんど触れられなかったせいで固くなっていたはずのそこは、我慢強いグラッドの手で見る間に柔らかくほころんできた。
「んっあ……ぁっ、ぁっあっぁっ」
「ライ……ライ、ライ。感じるとこ、変わってないな……体のすげぇいい匂いも、中の感触も……締めつけはきつくなってるけど……ああちくしょう、すっげぇ可愛い……っ」
「そ、そーいうこと、言うなってばぁっ……!」
 股を開かされ尻を上向きにされた恥ずかしい格好で、ちゅ、ちゅ、と尻にキスを落とされながら中を拡げられ、ライの体温はかぁっと上がってきた。恥ずかしい、恥ずかしい――なのに、嬉しい。
「なんだよ、可愛いって言っちゃいけないのか? 俺の恋人はこんなに可愛いのに。お尻はぷりぷりのつやつやだし、太腿はつるつるのすべすべだし。俺に触られてビンビンになってるここも、ピンク色ですげぇ可愛いってのに」
「ぁっ……だから……気持ちよくなっちゃうから……言うな……ってば……!」
 必死に顔を背けるライの股間に、グラッドは息を吹きかける。熱く昂ぶっているそこはそれだけでびくびくっ、と震えてしまう。
 それをよくわかっているのだろう、グラッドはぐちゅ、にちゅ、にちゃと音を立てて後孔を拡げながら、包み込むようにライのものを握りこんだ。
「あに、きっ……それ、やばい、って……!」
「大丈夫だって、イかないように加減してやるから。こういう風に、裏側を押されながら、軽く撫でてやるだけでもさ……」
「ひ! ぁ、あ、ぁっぁっあっ」
「な? けっこうクるだろ? ……こういう風に、俺の手で気持ちよくなっちゃうお前って、ホント、可愛いな」
「っ、だか、らぁっ……!」
 もうライは半ば泣き顔になっていた。グラッドの手で可愛がられるのが気持ちいい。可愛いとか恥ずかしいこと言われても気持ちいい。グラッドの表情が欲情に満ちていて、はぁはぁと息を荒げているのが、それをもたらしているのが自分だと感じられるのが身が震えるほど気持ちいい。
 脳髄の芯まで気持ちよさが染み渡ってきて、もうどうにもたまらなくって、半泣きの声で懇願した。
「兄貴っ……頼む、からっ、もう、ホント……どうにか、してくれよっ……!」
「どうにかって?」
「このままじゃっ……頭、へんに、なるっ……!」
「だから、俺に、どうしてほしいんだ? はっきり、その口で言ってみてくれよ」
 そう言うグラッドの息は荒く、声色には欲情が満ちていて、今にも暴発しそうだというのは普段のライなら感じ取れただろうが、久しぶりに触れられて快感に溺れそうになっているライはそれに気づくこともできず、助けてほしいという感情のままに言葉を発した。
「兄貴の好きなようにっ……俺のこと、ぐちゃぐちゃに、して、くれよっ……!」
 ぐちゃぐちゃに――というのは自分の今の状態を壊してほしい、というような気持ちが勢い余ってそういう言葉になったのだが、グラッドはそれを聞き、大きく息を呑んだ。
 それから、「お前なぁ……」と少し腹を立てたような声を漏らしてから、ぐい! とライを勢いよく押し倒し、ずぶり、と自身を挿入する。
「っ、ふ、ぁ、ぁ……!」
「んな言われ方したら、俺の理性なんぞ、もつわけないだろーがっ!」
 呻くように言って、ず、ず、ず! と小刻みに腰を前後に揺らす。そのたびに入り口を、中の弱点を擦られ、「あ、ぁっぁ!」とライは悲鳴を上げた。
 ず、ずぬ、ずぶ、ずちゅ。ぢゅ、ちゅ、ちゅぶ、ちゅぷ。後孔を勢いよく肉棒が出入りし、指が、手が、唇が、舌が、荒々しくライの体中を弄り、触り、吸い、ねぶる。すでに惑乱状態になっていたライが、そんな刺激に耐えられるはずがなかった。
「あ、あ、ぁあっ、駄目だ、駄目だっ、もう駄目っ、出るっ、出ちまうよぉっ……!」
「く、う、俺も出るっ、駄目だ出すぞ、中に出すぞっ、ライっ、好きだ、愛してるっ……出るっ!」
 どくっどぷっどびゅっぴゅっびゅっどくんどぷん。
 そんな音が体の奥で、二つ同時にした気がした。大量の白濁が飛び、ライ自身の顔や体にかかり、同時に中に腹が膨れるのではと思うほど大量に注がれ――それに半ば幸福感を覚えつつ、ライは一瞬がくんと気を失った。
 ――といっても本当にほんの一瞬で、それからまたすぐにグラッドの腕の中で目を覚まし、夜が明けるまで二人一緒に何度も絶頂を迎えることになるのだが(数えていたわけではないが、少なくとも五回はやったと思う)。

 空が白に染まり始める前に、ライたちは宿を出た。アズリアからもらった時間は夜明けまでなのだから、陽が昇るより前にはもう宿舎に戻っていなければならない。
 並んで歩くライたちの間では、自然と手が繋がれていた。誰も見る人はいなかったし、それに、お互い(さすがに公道なので)あからさまに表しはしなかったものの、まだまだ離れがたいと、一緒にいたいという熱が体に残っていて、少しでも互いに触れ、繋がっていたかったのだ。
 明け方の帝都はどこか閑散として、うら寂しい雰囲気が漂っていた。これまでこんなことを考えたことはなかったけれど、もしかしたら朝というのは別れの時間でもあるのかもしれない。出立の時、それは間違いなく、今ここにいる人との別れを促すものでもあるのだから――
 なに考えてんだ俺は、とライは小さく首を振った。生きてればそりゃ誰かと別れることだってある、だけどそれはまた出会えるってことでもあるってわかってるじゃないか。今別れなくちゃいけないのはそりゃすごく寂しいけど、いずれまた会う時は訪れるんだから。……そりゃ、兄貴が紫電に所属しようとしてる以上、たまの休み以外にこうして会えることは退役するまでないんだろうけど。
 ああもうだから考えるな、とまた首を振る――と、ライは目を瞠った。ぱちぱちと目を瞬かせてから、周囲の様子をうかがって、またもう一度見たものを確かめる。
「? どうした、ライ」
「……なぁ、兄貴。あれ、見てくれよ」
「ん? あれって、な――」
 と、言われた通りにライの指したものを見ようとしたグラッドは、目を大きく見開き口をあんぐりと開けた。その様子に、自分の見たものが幻ではないと確信し、ライはほっと息をつく。
「な……あれって、まさか、こんなところに。トレイユと、まるで同じ……」
「だよな。あれって、シャオメイの店だよな?」
 トレイユでギアンとの騒ぎの時何度も世話になった店の店主で、実は至竜であり、本来はメイメイという妙齢の女性の姿をしていた少女、シャオメイ。彼女の店とまるっきり同じ外観の店が、帝都の裏通りの中に建っているのだ。ライが思わず目を疑うのも仕方ないだろう。
 どちらからともなく目を見交わしうなずいて、ライとグラッドはそろそろとその店に近づく。窓は閉まっていたが一応軽く扉を押してみると、鍵がかかっていなかったのかあっさり扉は開いた。
 驚きつつ用心しつつ中に入る――や、前に聞いたのとそっくり同じ声がかかった。
「あれー? お兄さまじゃない、どーしたのそんなとこから?」
「シャオメイ……やっぱお前の店か。トレイユからこっちへ移ってきたのか?」
 確かセイロンに龍妃さまとやらの居場所を教えてやるとかいう話があったはずなのに、と思いながら以前と変わらぬ眼鏡の少女に訊ねると、シャオメイはあっさり首を振った。
「違うわよー、お兄さま。このお店はトレイユにあるのと同じものなの」
『……へ?』
「シャオメイってば時間と空間については専門家だから。やろうと思えばリィンバウムのどこにだって、このお店ごと移動できちゃうのよ」
『はぁぁっ!?』
 シャオメイの詳しい出自を知らないグラッドは特に仰天したが、セイロンから教わった彼女の裏事情を教えると驚きつつも納得した。そもそも無限回廊なんてものをあっさり出してみせるような奴だ、なにをやっても不思議ではないくらいの気持ちは二人とも持っている。
「はぁ……でも、すごいな。こんな風に自由にどこにでも移動できたら……俺も、時間があればいつでも、ライのところに会いに行けるのに、な」
「……兄貴」
 思わず、といったように漏らしてしまうグラッドに、シャオメイの前でそんなこと言うなと言うべきだとは思いつつも、同じ気持ちを持っているせいでライは言葉に詰まったが、シャオメイはそんな二人にあっさり言ってのけた。
「お兄さまと会いたいんならいつでも会えるじゃない」
「……へ?」
「だって、お兄さまは古妖精、しかも水面にきらめく光の妖精との響界種でしょ? ラウスの命樹の力を借りれば、枝と樹の間を結ぶことくらいはできるはずよ?」
「え……えぇっ!?」
「マジかよ!?」
「うん、マジで。ねぇ、お兄さまの腕輪、ちょっとだけ折らせてもらっていい?」
「え……」
 言われて考える。これは母さんからもらったものだし、自分と母さんを繋ぐ役目も持っている。それを折るなんてして、いいのか?
「だいじょーぶだいじょーぶ、今のお兄さまならちょっとくらいなら折っても問題ないから♪ そもそもラウスの命樹は、妖精の力を増幅して固定化するためのものだしね。ちょっとだけならお兄さまの力が上がった分で補えるわ」
「……それなら……」
 はい、と腕を差し出すと、シャオメイはうなずいて、腕輪の端をごくごくわずかにだけ折り取った。それに対してなにやら呪文を唱えると、そのかけらは見る間にグラッドの小指くらいの指輪へと変わる。
「はい、これをはめた人のことを強く想って、空間を繋げればいいの。界の間を渡るのと同じ要領よ、今のお兄さまにならできるわ」
「ほ……ホントにか……?」
「あら、シャオメイが信用できない?」
「そんなこと……ないけど……」
 つまりそれは、これからも、会いたいと思った時にまたグラッドと会えるということで。
 今別れ別れになっても、またすぐ抱きしめあうことができるということで。
 またすぐ、キスとか、頭撫でられたりとか、さらには――
「――っしゃあああぁぁっ!!!」
「わ! って、兄貴!?」
 想いきりぎゅうぎゅうに抱きしめられて、ライは惑乱した。だってそんな目の前にシャオメイがいるのに!
「よっしゃぁっ、すげぇ、これからもライにすぐ会えるんだよなっ!? 時間決めておけば自由時間とかに会っていちゃついたり押し倒したりできるんだよなっ!? 休日にはすぐ会ってデートとかベッドでやらしーこととかできるんだよなっ!? うおおお嬉しすぎるぅぅぅひゃっほうライぃぃ愛してるぞぉっ!!!」
「っっっっっ…………い、い、加減にっ、しろぉっ!!!」
 ばごぉ! と羞恥に耐えきれず放った一撃に、グラッドは見事にひっくり返った。

「……じゃあ、兄貴。また……会いに来るから」
「うんうん、待ってるぞっ! 約束した日に、会いに来てくれよなっ!」
「………………」
 殴り倒してもまったく浮かれ気分が収まっていないグラッドに、ライはこっそりため息をついた。あまりに全力で浮かれているので、他の面々に見咎められ、これからもちょくちょく会えることを白状させられてしまったほどだ。
 別に、隠しているわけではないのだが。なんというか、そういうのを知られて、『へぇ〜』『よかったねぇ〜』と微笑ましげな目つきで見つめられてしまうのは(ここにはもう(それぞれ帝都での……デート? を終えたあとの)仲間しかいないとはいえ)死ぬほど恥ずかしい。そこのところをどうしてこの人は微塵も斟酌しないのだろうか。
(まぁ、兄貴がそういう奴なのはわかってるけどさ)
 心の中で呟いて、小さく息をつく。それにそれほど嬉しくなってしまうくらい自分が好きなのだろうな、と思うと胸がきゅぅっとしてしまう辺り、自分も相当いかれているのだし。
 見守る仲間たち(街から離れてから至竜になってもらい島に戻る予定なのでリュームたちも人間体のままだ)のところへ向かおうと背中を向けかけて、ふと足を止めた。そうだ。これをグラッドにも言っておこう。
 ここにいる連中に一緒に話すことにもなるし、それに、ここまで旅をしてきた総決算を最初にグラッドに聞かせられるというのは、正直、ちょっと嬉しい。
 うん、とうなずいてライはグラッドに向き直り、口を開いた。
「兄貴。俺さ、これまで旅してきて、ちょっと考えついたことがあるんだ。召喚獣たちのために俺ができること」
「……聞かせてくれるのか? どんなことだ?」
 さすがに真剣な顔になって訊ねるグラッドに、微笑んで告げる。
「旅の間に俺、いろんな街を見て、いろんな人たちを見て、いろんなものを知ったけど……それで、少しわかったのはさ。どんな奴だって、自分が正しい、って思って生きていきたいんだよな。自分が間違ってるなんて思いたくないんだよ。だからいろんな理屈で自分の立ち位置を……なんつーか、正当化? するんだ」
「ああ、そうだな」
「でさ。召喚獣を迫害するっていうのも、そのひとつなんじゃないかと思うんだ。自分にできないことができたり、自分と形が違っていたりする存在を怖い≠ニか気持ち悪い≠ニか思う気持ちを、『こいつは召喚獣なんだから、人間と違うんだからなにをしてもいいんだ』って言い訳して、自分たちの立ち位置……っていうか、立場とか利益とか、そういうのの邪魔にならないように全力で下に置こうとするんだ」
「……そうだな。その通りだと思う」
「だけどさ。そういう風に、召喚獣をいじめる奴ら全員が極悪人ってわけじゃねぇ。ほとんどは普通の、一人一人をとってみれば案外気がいい連中だったりすることもあるんだ。ただ、そいつらは自分の世界しか、自分の立ち位置とその周辺を護る方法しか知らないだけで。召喚獣も人間と同じように、感じたり考えたりするんだってことを考えたこともないだけで」
「……うん。そうかもしれないな」
「だから、俺は俺にできるやり方で、そうじゃないんだってことを、そういう奴らの考えたこともないことを目の前に突きつけてやろうと思うんだ」
「なるほど。どうやってだ?」
 グラッドの問いに、笑みを浮かべて答える。自分がこうして答えを出せたことを、少しばかり誇りに思いながら。
「忘れじの面影亭≠、帝国一、いいやリィンバウム一の名店にする」
『……は?』
 グラッドのみならず、後ろで聞いている奴らもいっせいに困惑の声を上げる。だが、ライはかまわず続けた。
「そんで、俺の店がそんくらいの名店になった時に、俺が妖精との響界種だってことを大々的に宣伝するんだ」
「は……」
「あ、そうか! そのくらいの店になったらライも相当な名士ってやつになってるはずだから、社会的な立場っていうのができるもんな? 普通の人たちが頭を下げる存在になるもんな? そうなった時に召喚獣との響界種だってことを宣伝したら……」
「そっか、召喚獣なんてって思ってる人たちの固い頭に一撃入れることになるよな? リィンバウムの常識ってのが、変わるきっかけになるかも!」
「召喚獣も人間と同じように感じて考えて愛し合える存在なんだ、ってライの名前が宣伝してくれるわけか。なるほどね、すごいことを考えるな、ライは」
「もちろん、それ以外にも店やりながら力を貸せるところは貸してくつもりだけどな。それが一番、俺のやれる、やりたいことの中で大きな力になれることだと思うんだ」
「……だけどライ、そのやり方だと、店から一気に人が去っていくってことにもなるぞ。その可能性は考えないのか?」
「俺が店から離れられないぐらいのうまい料理を作ればいいことだろ」
 ライはきっぱりと言う。
「……それに、召喚獣たちの未来ってののために戦ってるのは俺だけじゃない。ここにいる奴らもそうだし、他にも何人もいる。俺が一人でできることなんてそんなに多くねぇ、そいつらが頑張ってるのを信じねぇなんてのは傲慢だ。だから、っつぅか……俺にできることは、全力でやんなきゃなんねぇって思うんだよ」
「……ライ」
 真剣な目で自分を見るグラッドに、さらにきっぱりと告げる。
「だから、兄貴。兄貴も仕事頑張って、いっぱい人を助けてくれよな。紫電にグラッドありって言われちゃうくらい。……そうしたら、俺と一緒にいても後ろ指差されたりしなくてすむし、それどころか俺と一緒にいるっていうのが常識ってのを変える助けになるかもしれない。それに、そういう力が二つ合わさったら……」
 一度言葉を切る。うーくそめちゃくちゃ恥ずかしいっ、と思ったが一気に言った。
「それこそ、兄貴の家族の人たちにも祝福されるくらい、幸せな結婚ってのに、なるかもしんねーだろ」
 かぁっと自分が耳まで赤くなるのを自覚しつつ、ぷいっと背中を向けてずかずか歩き出す。
「じゃーなっ! 兄貴っ、体に気をつけて、栄養ちゃんと取れよっ!」
「……ああっ! ライっ、俺頑張るからなっ! 楽しみにしててくれよっ!」
 すさまじく気合の入りまくった声が返ってきて、ライはほ、と小さく息を吐いた。……少しでも、気合が入ったのなら……恥ずかしいけど、よかったってことにしておく。

「いやー、ライって予想外に良妻だったんだな」
 ハヤトが明るく言った言葉に、ライはがっつんと頭を至竜の背中にぶつけた。思わず低い声で聞き返す。
「おい……なんだ、その良妻って」
「だから、いいお嫁さん。家庭をしっかり護って、亭主の尻をうまく叩くやり方なんてそうとしか言いようがないだろ?」
「そっかー、ライってしっかりしてるしっかりしてるって思ってたけど、あれは良妻としての力なんだな! 考えてみれば料理上手って良妻の必須能力だし」
 マグナがうんうんとうなずくのに、レックスが納得したように続ける。
「なるほどね、男の子だけどしっかり者な可愛い良妻かぁ。そりゃあのグラッドって子もめろめろになるよねぇ。いや、こういうのを良縁っていうんだな」
「…………」
 暴れだしたくなるのを懸命に堪えていると、そこにハヤトがどこか自慢げに言ってくる。
「あ、でもうちだって負けてないぜ。ガゼルは口が悪いけど尽くすタイプだし、キールなんて一歩下がって夫を支えてくれる妻そのものだし、ソルだってものすごくしっかりしてるし可愛いし!」
「……おい。なんで当然みてぇに俺らがお前の嫁になってんだ……?」
「ハヤト……やはり、僕だけでは君には、不足なんだね……」
「兄上、頼むから相手と自分の発言を常識と照らし合わせてみてくれないか」
 マグナがそれに言い返す。
「それ言うならうちだって! ネスは小姑みたいだけど、バルレルは口が悪い上に素直じゃないけどなんのかんの言いつつ俺を支えてくれるしっていうか素直じゃないところも可愛いし、レシィはもうかいぐりしちゃいたいくらいに可愛いし一途で健気だし、レオルドもひたすら滅私奉公しちゃうくらいにひたむきでなのに単純質朴なとこがすっごく可愛いんだぜ! ハサハなんてもう俺にとっては天使よりはるかに可愛いし!」
「なッ……てめェッ、だァれが可愛いってんだッ!? ッつーかなんで俺がお前なんぞに嫁扱いされなきゃなんねェんだよッ!」
「え、え、ご主人さま、ボクのこと、お嫁さんに、してくれるんですか……?」
「オイなんでてめェは当然のように受け容れてんだコラ!」
「……自分モあるじ殿ノ嫁<jナッテ、ヨイノデショウカ……?」
「てめェもなんで照れてんだ! ッつかあのガキにまで手ェ出す気かなに考えてんだてめェッ!」
 そこにさらにレックスが宣言する。
「誰がなんと言おうと世界一の良妻はナップで間違いないねっ! 俺にとっては四界すべてを見渡そうとも比べる者のない最高の相棒で、俺にはナップ以外いない! と確信させてくれる比翼の片羽で、心身ともに俺をこの上なく幸福にさせてくれる魂の恋人なんだから!」
「先生……や、別に嫌ってわけじゃないけど、もうちょい状況とか考えてくれねーかな……」
「レックス先生のは客観的な評価っつーより個人的な感情じゃん」
「そ、それはそうだけど……というかそもそも複数を妻に持つっていうこと自体おかしいんだよ! 一人に絞って愛を与えることができないなんて、節操なしとしか言えないぞっ!」
「う……い、いいじゃん、人それぞれだよ! 複数相手には複数相手にしか味わえないよさってのがあるんだよ、なー?」
「そうそう、男なら何人に惚れられようとどーんとでかい器で受け止めるべきだろ?」
「おい待ていつから俺がお前に惚れたことになってんだ!?」
「え……ガゼル、俺に惚れてないのか……?」
「な……なに衝撃受けたみたいな顔……」
「ハヤト……やはり、君は、僕だけでは……」
「兄上、頼むからもう一度自分の置かれた状況を考え直してはみないか」
「あーあ喧嘩しちゃってー。その点俺たちは愛し合ってるもんなー、バルレル?」
「だッ……誰がだッ!」
「あっ、あのっ、ぼ、ボクは、ご主人さまのことっ……大好き、ですっ!」
「おーありがとなーv レシィは可愛いなーホント、どっかの意地っ張りと違って」
「ッ……」
「うーそだって、バルレルも可愛いって。心配するなよ、ちゃんとわかってるから」
「なッなッなにがわかってるッてんだてめェ頭沸いてやがんのかッ!?」
「あ、もちろんレオルドも可愛いぞ?」
「……………………ハイ」
「ナップ……愛してるよ。俺にとっては、恋人も、妻も、人生でただ一人愛する人も、君だけだ……」
「先生、殴ってもいいか? この状況でそういうこと決め顔で言われるとものすごく殴りたくなるんだけど」
 顔を真っ赤にしながらこの恥を知らない騒ぎを聞いていたライは、ばーん! と至竜の背中を叩いてすさまじい大声で怒鳴った。
「てめぇら! い、い、か、げ、ん、に、しろ――――っ!!!」
 ――けれど、怒鳴りながらも、思っていた。
 こいつらが、召喚獣のためや、人を護るためや、世界を変えるために、戦うことができるのは、きっとこうして愛する相手がいるせいなんだろう。だったら、その相手を世界一だと思うのは当然だ。だって、誰だって、人生の主役は自分なんだから。
 つまり、それは。
 自分にとっても世界一で、可愛かったりカッコよかったり愛しかったりする、人生でただ一人の恋人であるグラッドのことも、心の中ではこいつらに対抗するぐらい自慢したいって思ってるってことで――
 そこまで考えて、ライはぶんぶん首を振って考えるのを止めた。そんなことを考えるのは、長い長い旅を終えたあとの、相手と二人きりでいる時くらいでいいのだ。

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