この作品には男同士の性行為を描写した部分が存在します。
なので十八歳未満の方は(十八歳以上でも高校生の方も)閲覧を禁じさせていただきます(うっかり迷い込んでしまった男と男の性行為を描写した小説が好きではないという方も非閲覧を推奨します)。



帝都でファルチカ産の軍人と別れ
 ひゅおんひゅおんひゅおんっ、と音を立てながら、突き、巻き落とし、払いと型をなぞって、グラッドはふぅ、とため息をついた。
 宿として使わせてもらっているブロンクス家の屋敷の裏庭。グラッドはいつもここで朝晩の稽古をしていた。ある程度の広さがあって、人があまりこないからだ。もう陽はとうに落ち、夕食も終えてほとんどの人間は寝入っている頃合なので人に見られることすらまずあるまい。
 上級科編入の最終試験は、明日に迫っている。これまでの二週間、グラッドはほとんどの時間郊外の教練所でえんえんと軍事演習を行っていた。演習といってももちろんただの訓練ではない。ナイフ一本での生存訓練やら行軍訓練やら、軍人としての基本的な体力・技術・精神力を試す試験の一部だ。
 むろん上級科へ編入しようとする軍人だ、グラッドも含めほとんどの人間はその程度でへこたれはしなかったが、やはり二週間も演習漬けでは肉体的にも精神的にも疲れが溜まる。今日は休みということで朝に解散となったのだが、これにもグラッドは試験官の悪意を感じていた。
 なにせ最終試験(筆記試験も実技試験も)は明日なのだ、ほとんどの受験生は必死に詰め込み勉強をしたいところだろう。だが疲れた体では成果は上がらないし休もうと思えば休める、しかも娯楽に溢れた帝都の中、という状況で勉強し続けるのは精神的にもきつい。なんというか、とことんまで受験生の精神力を追い詰める、いかにも軍らしいやり方だ。上級軍人を志すならそのくらい耐えられる心身の頑強さを持った人間でなければならない、と言われたらいかにもその通りなのだが。
 グラッドは、というと、その目論見に当たってしまったというわけでもないのだが、この二週間ずーっと、イライラムラムラしていて心身ともに相当疲労しまくっていた。
 理由はというと、当然ライ。二週間前、ほとんど最後のチャンスという状況でライに誘いをかけて、コーラルがお腹痛いって言うから、という理由であっさり振られて、グラッドは相当腹が立ったというか、へそを曲げていた。ぶっちゃけいい年こいて拗ねていた。だって、このままいくと、本当にヤれないまま終わってしまう。
 いや、ヤれないとかそういうことは(グラッドの心情としてはめっちゃ重要ではあるが、理性としては)最重要項目ではない。このままいくと、自分とライと(心情的に)仲直りできないまま終わってしまう。一日時間を置いて仲直り、ということができなくなるのだから。
 つまり、もう、相当に長い時間、ライと自分は会えなくなるということ。一瞬一瞬がそれこそ宝石より貴重だということ。それをライがわかってなさそうというか、なんだかどうでもよさそうな顔をしている、というのがグラッド的にすさまじく面白くなくて、ちょっとくらい俺を必死になって求めてくれてもいーじゃんかよライのばかやろー、とかぶちぶちうじうじ文句を垂れていたのだ。
 だけど、もちろん今は、そんなことを本気で考える自分の大人気なさに心底呆れてはいる。この二週間ライはほとんど店の方に行きっぱなしだったし、グラッドもほとんどの時間を教練所で過ごした。会おうと思っても会えない状況が続き、拗ねたりひがんだりしている余裕なんて吹っ飛んだ。
 第一ライがどんな時も仲間や子供たちを大切にする男前な奴で、料理に人生を懸けて打ち込んでいる料理バカゆえに帝国最年少の有名料理人と賞賛されるほどの腕前を身につけた奴だということは、グラッドだってよーくわかっているのだ。そういうライは、兄貴分として男として、心からすごいと思う。
 だが、だからこそ、というべきか、グラッドはイライラしてしまっていた。夢に向かってまっしぐらに進むライをすごいと思う半面、その隣に自分が立っていいのか、立つ資格があるのか、将来そうなることを目指して上級科を目指してきたけどそれでライに負けない男になれるのか、とかそういうことをいまさらまた考え出してしまっていたのだ。
 この期に及んでこんなことを考えたり、二週間前のようなことを思う自分がライと離れ離れになってもうまくやっていけるのかとかうじうじして。そんなことをいまさら悩む自分も男らしくない気がしてくよくよして。試験前にこんなこと考えて受かるのかとか不安になってイライラして試験勉強にも身が入らなくて。
 でもやっぱり体は、下半身は、『ライとヤりてえぇぇっ!!!』と訴えてムラムラムラムラして。
 そういうばらばらぐちゃぐちゃな心身を抱えて、グラッドは思いきり煮詰まっていた。それで気分転換に槍の稽古でもしようと外に出てきたのに。
「―――ああ、くそっ」
 ちっ、と舌打ちしてずんっと槍を置く。やっぱりどうにも調子が出ない。そもそもグラッドは槍を振っていれば心身の乱れが消える、というような達人ではない。
 むろん稽古は軍学校時代から欠かさずやってきていたし、戦技はそれなりに成績もよかったが、グラッドは戦うのが好きだから軍人になったのではなくて、軍人として戦う力のない人たちを守るという理想に感じ入ったから軍人を目指した人間なのだ。実戦を何度も経験し、無限回廊で己を鍛え、そんじょそこらの相手には負けないほどの力を得たと自負してはいるが、グラッドは根本的なところで小市民な、凡人だった。
 そんなことも忘れてこんなところまでやってきたのか俺は。俺が上級軍人に、ライみたいになれるはずがないのに。
「………っ」
 ぶんぶん、とグラッドは勢いよく首を振った。ああ、もう今日は駄目だ。なにやっててもこんなことばっかり考えちまう。もう寝よう、寝ちまおう。明日のことは明日考えるしかない。
 くる、と踵を返し屋敷の方を振り向く。そして、絶句した。
 ライがいた。は、は、とわずかに息を弾ませながら、裏庭の入り口に立ってライがこちらを見つめている。手にはなぜか木刀。今帰ってきたばっかり、という感じの外出着そのままの格好。そんなライと、わずか数歩の距離を置いて視線が合った。
「……兄貴」
 落ち着いてきた息の下から、ライがじっと、その大きな瞳で真正面からこちらを見つめて言ってくる言葉に。
「………ライ」
 そんな風に、グラッドはただぽかんとしたような声で名前を呼び返すしかできなかった。
 ぐああなにを間抜けな声出してるんだ俺ぇっ、と心の中で絶叫しつつも表情はぽかんと呆けたようなものから動かない。だって、だって。
(……可愛いじゃないかちくしょう!)
 久々の生ライはもーしょーじきたまらんほどに可愛かった。意志の強さをはっきり表して光る、だが大きく丸みのあるどこか子供っぽさを残した瞳。端整な形のよい、すっと筋の通った鼻。柔らかそうな、触り心地のよさそうな、だがきれいな曲線を描く頬。てんでんばらばらの方向に跳ねた、月の光を跳ね返して同じ色に輝く髪。
 キスしてぇ……! と思ったが、いや大人としていきなりキスするわけには、第一俺さっきまで悩んでたはずだろ! とぐるぐるして体が動かない。その間にライはこちらをじっと、考えの読めないというか、無心というかな感じの瞳で見つめて口を開いた。
「……帰ってきたら、兄貴が、裏庭で稽古してるって、聞いて」
「……あ、ああ」
「だから……つきあおうって、思って」
「え?」
「これ、持ってきた」
 ひょい、と木刀をかざすライにグラッドは目をぱちくりさせた。
「えーと……一緒に稽古してくれるってことか?」
「うん。嫌ならいいけどさ」
「いや、嫌じゃないけど……」
 なんでそういう発想が出てきたのかわからない。そもそもグラッドはライと一緒に稽古をしたという経験がほとんどなかった。槍とライの得意とする武器では間合いも違うし、基本的な関係として保護者と被保護者的感情があるし、どちらかというとお互い相手が稽古するのを見守る、という方が多かったのだが。
 だが、じっとこちらを見つめるライにだからやらない、なんて言えるわけがないし。それになんであれ、久々に会えたライをもっと見ていたい、という気持ちを抑えられない。なので、グラッドはうなずいた。ちょっと笑いながら。
「じゃ、つきあってもらおうか。明日が試験だし、お前も明日仕事あるんだろうから、軽くな」
「うん」
 ライはうなずいて、木刀を構える。グラッドも槍を構え、数歩の距離を置いて対峙した。元から本気でやるつもりがないのだから、かぶせものをすることもないだろう。絶対傷つけない、そのくらいの手加減はできる。
 じ、とライを見つめて、間合いを測る。槍は使いこなせれば、実戦ではおそろしく有効な武器だ。突きと払いを駆使すれば相手を間合いに寄せ付けず、一方的に攻撃できる。ただその分取り回しが面倒で、懐に入り込まれるともろい。ある程度の距離を置いての対峙から戦闘に移るという時に最大の効果を発揮する、戦争向けの武器なのだ(突進にも使うし)。
 対してライの刀は、シルターンの武器で使っている人間は少ないが、日常的に持ち歩く乱戦向けの武器だ。鋭利な刃と速さで肉を斬り骨を断つ、力より技術で使う武器。もっともライの場合はだいぶ力に偏っているようだが、なんにせよこちらの懐に飛び込まなければどうにもならない。
 自慢の脚の速さで一気に飛び込んでくるに違いない、と槍を握る手に力を入れたが、意外にもライは飛び込んではこなかった。間合いを保ったまま、じり、じり、と回るように位置をずらしていく。
 驚きつつもグラッドもじりじりと体の位置と向きを変えた。槍の間合いを生かすには常にライを正面に捉える必要がある。側面を突かれれば懐に飛び込まれて終わりだ。
 向き合って互いをじっと見つめあう。ライは自分をじっと見つめている。自分もそうだろう。互いの一挙手一投足に注意を払い、神経を集中させ、機をうかがう。息詰まるような時間。
 だが、グラッドの心中は、奇妙にウキウキしていた。ライと見つめあうのが、妙に楽しかった。
 自分に向けられるライの眼差し。ライに向ける自分の眼差し。お互い相手のことしか見ていないのがはっきりわかる。愛しいものを見つめる視線でもなく、敵対者を見つめる視線でもなく、稽古相手を見つめる視線とも微妙に違って、でもそれらすべてでもあるような視線。それをグラッドははっきり感じていた。
 こういうのは、男としても恋する人間としても、ちょっとときめくものがある。
 ライがふ、と動いた。間合いを取りながら、大きく回ってグラッドの側面へ走る。
 さっとグラッドは体の向きを変え、槍を繰り出す。すばぁっ! と空気を裂く音が一瞬遅れて耳に届く。真正面からのなんのけれんもない一撃、だが速さは最速。捉えた、そう感じた。
 が、ライはその一撃をぎりぎりでいなした。体さばきで槍をかわしつつ、木刀でわずかに受け流す。うまい。頭のどこかがそう客観的に判断する。最小限の動きで体に当たらないぎりぎりの位置まで攻撃の軌道をずらした。
 だが実戦はひとつの動きがうまくいけば終わり、というものではない。グラッドはぐいん、と槍の動きを変えた。突きから払い。何千何万何十万回と繰り返してきた単純な動きだが、軍学校の講師にはこれが槍の基礎で真髄だと耳にタコができるほど聞かされた。
 これはかわせない、かわしようがない。そのはず、だった。
 がぃん! 鈍い音がして槍が止まった。ライが刀で槍の柄を受け止めている。受け流すのでも跳ね上げるのでも弾き返すのでもなく、真正面から受け止めたのだ。
「っ」
「っぉっ!」
 そして槍をがっちりと受け止めたまま体を滑らせて一気に間合いを詰める。やられる、と思った瞬間、体の方が勝手に動いていた。
 がぃんっ!
「っ!」
「あ……」
 やってしまってから慌ててグラッドはひっくり返ったライに駆け寄る。まずい、今のは本気で入った。
 やったことは単に突き出した槍を回転させて、石突でライの顎を跳ね上げる、それだけだったのだが考える余地なく反射的にやってしまったせいで実戦用の力で攻撃してしまった。脳震盪くらい当然起こすだろうし、下手をすれば顎の骨が割れかねない。
「すまん! ライ、大丈夫かっ!?」
「……っ、つぅ……」
 頭をゆるゆると振ってライはこちらを見上げる。よかった、意識はあるようだ。
「すまん、ライ、やられるって思ったら反射的に体が……いや、言い訳なんてできんな、本当にすまん、明日も仕事があるのに……リビエル、はいないか、じゃあミルリーフを今呼んで」
「だいじょーぶ、だって……ちょっと、くらっとしただけだよ。まぁ、やられた時はマジで効いたけど……っぅ」
 すー、はー、と何度か深く呼吸をしているうちに、ライの瞳にはっきりと意識が戻っていくのがわかった。ストラを使って意識をはっきりさせているのだろうか、なんにせよグラッドはほーっ、と深々と安堵の息をついた。
「よかった……すまん、ライ。稽古だってわかってたのにな、一瞬でも本気になるなんて。お前の兄貴分失格だな……」
「なに言ってんだよ……ったく。つーか、すげーじゃん兄貴。あんな技見たことなかったぜ、思いっきり不意打たれちまった」
「え……ああ、ああいうのは多数対多数の役割分担がはっきりしてる戦闘ではあんまり使わないかもな……」
「なんつーか、さ。カッコよかったぜ、兄貴」
「え……そ、そうか?」
 思わず照れ照れと頭をかく。にっと笑ったライの顔は悪戯っぽかったが、少し照れくさそうに目尻が染まっているのがなんというかやっぱり可愛い。
 ライと並んで、座り込んで休む。ライは大丈夫だと言うが、それでもやはり安静にするにこしたことはない。
 なんとなく流れで横に座って、空を見上げてみたり裏庭を眺めてみたりしつつ、ちらちら視線を投げかけてライの様子をうかがう。やっぱり疲れているのだろう、普段より頬がこけているように見えた。仕事は大変なのだろうか。青灰色の瞳も心なしか充血しているような。大丈夫なのか、ちゃんと寝てんのか。店の人とかにいじめられてないか。いろいろ話しかけたいことはあるのだが、どうにも口がうまく動かない。
 今口を開いたら、『お前、俺に会いたいとか思ってくれたか?』とか、とてつもなくしょうもないことを言ってしまいそうな気がする。ただでさえちらりちらりと見る横顔は、やっぱりどうにも可愛くて、キスしたいそれから先のこともしたい、とか思ってしまうのに。
「兄貴」
「はいっ!?」
 突然話しかけられ妙な声を出すグラッドに、ライは正面を向いたまま淡々と訊ねた。
「兄貴は、なんで槍を使うようになったんだ?」
「へ……なんだ、突然」
「なんか、聞いてみたくなったんだ。話したくないなら、別にいいけどさ」
「いや、そういうわけでもないんだが……うーん」
 グラッドは頭をぽりぽりとかく。そんな、別に大層な理由があるわけでもないのだが。
「軍学校で授業を受けた時さ、教官に『お前には槍が向いてる』って言われたから、ってだけだよ。その頃俺体小さかったから真正面から殴りあう斧とか剣とかはまずいって思ったんだろ。……それに、アズリア将軍が、いやその頃は将軍じゃなかったんだけど、槍も得意だって聞いてたから、槍もいいかもな、って思ってさ」
「ふーん……兄貴、将軍じゃなかった頃からそのアズリアって人に憧れてたのか」
「まぁな。紫電≠ヘ俺が軍学校に入る前から国境警備の要だったんだぜ。きちんと評価されるようになったのは傀儡戦争からだけど、国境周辺に住んでるガキはみんな憧れたもんさ。ちょっかいをかけてくる旧帝国の兵士を鮮やかに撃退したり、村の娘にちょっかいをかけるたるんだ帝国兵士たちの手綱を見事に締めてみるみるうちに精強な兵に鍛え上げたり、ってな」
「そっか……じゃあ、合格したら兄貴はその憧れの人の下につくことになるわけか」
「はは、合格してすぐ任務に就けるわけじゃないさ。上級科の授業と訓練をみっちり受けて、訓練生を卒業して、採用試験に合格したら、の話だな。まだまだ先は遠いさ」
 そう、まだまだ先の話だ。そこに行き着くまで何年かかるかもわからない。ライの隣に立てるような、自分を誇れる男になるまで、果てしなく道は長いのだ。
 そしてその間、ずっとろくにライとは会えない。
 ああもうまたなにを考えてるんだ俺は、とグラッドは顔をしかめる。そんなことをいまさら考えたってしょうがないって、よくわかってるくせに。
「でも、兄貴ならなれるさ。みんなが憧れる、みんなを守る立派な軍人ってやつに」
「……だといいんだけどな」
「なれるよ、絶対。さっき改めてそう思ったしな」
「さっき?」
 ライはあくまでこちらを見ないまま、真正面を向いてぽつぽつと言う。
「さっきの稽古さ、俺、勝つつもりでやったんだぜ」
「え……そりゃまぁ、稽古でも普通負けるつもりでやる奴はいないだろ」
「そういうんじゃなくて。本気で勝つつもりで、ってことだよ。そりゃ、稽古としてだけど」
「……はぁ」
 確かにさっきの稽古でのライは、軽い稽古というよりは一騎打ちの構えだったような気はするが。
「俺さ、兄貴が稽古してるって聞いて、まっすぐこっちに兄貴の様子見に来たんだ。そしたらさ、兄貴が、なんかすげぇ煮詰まってるって感じで稽古してたんだよな」
「え……それって、お前」
「だから大急ぎで木刀持ってきた。兄貴のこと、叩きのめしてやろうって思ってさ」
「お、おいそりゃちょっとひどくないか?」
「だって、そんくらいしか今俺にしてやれること、ないだろ」
「……は?」
 思わず目を見開いたグラッドに、ライはあくまで真正面を向いたまま呟くように言葉を連ねる。
「ふだんなら、うまい夜食食わせて、ちょっとでも気持ち落ち着かせたりできるけどさ。兄貴、夕飯いっぱい食ってたって、屋敷の世話人の人言ってたし。明日体動かすのに、腹はちきれるくらい食わすわけにはいかねーだろ」
「それは……まぁ」
「思いっきり本気でやって叩きのめして、兄貴の腹を治まらなくさせて。そしたら兄貴、今苦しがってるのとかさ、とりあえず脇に置いて俺への……敵対心、っていうのか? そういうのでいっぱいになると思ったんだ」
「いや、それはちょっと短絡的……っていうかわざわざ敵対心煽らんでも」
「けど、今の俺にできることって、乗り越える壁になるくらいしかないだろ。……兄貴がなんか悩んでんのにも、ずっと気付かなかったってのに」
「え」
 グラッドは目を瞠ったが、ライはあくまでこちらを見ようとしない。きっと真正面を見据えながら唇を噛み締め――ってこれは、もしかして、泣くのを堪えている状態?
「ライ……」
「ごめん、兄貴」
「え、なにを」
「俺って、進歩ねーな。自分のことばっかりで手一杯で、大切な人が苦しんでるのとか全然気付かないでさ」
「え、いや……」
「ちょっとは……これでもさ。兄貴が励みにできるくらい、負けてられっかって頑張れるくらい、頑張ってた、つもりだった、んだけどな……」
 潤んだ瞳から涙をこぼすのを懸命に堪え、きっと前を見据えて、声を震わせるライ。それが自分になにかをしてあげたい、でもできない、そんな情けなさからくるものだと知った時、グラッドは思わずぐいっとライの体を引き寄せていた。
「っ!」
「ライ」
「あに、き」
 座ったまま真正面から向き合う。膝立ちになったライの腰と頭に腕を回し、がっちりと抱き寄せる。ライの体は相変わらず、焼けそうなほど熱く、骨格が華奢で、肌触りがすべらかで、女性の柔らかさなんてまるでないのに抱いていてたまらなく心地よかった。
 ライの体は震えている。目の前のライの耳は真っ赤だ。恥ずかしくてたまんないんだなー、と思うと胸の底からたまらない愛しさが湧きあがってきて、ちゅっ、ちゅっ、とこめかみや額に唇を落とした。
「や……めろよ、兄貴っ」
「ん? 俺にキスされるの、嫌か?」
「嫌じゃ、ねー、けど……」
「ほんとか? 俺は情けない恋人だからなー、料理修行で疲れてるライのことろくにかまってやれなかったし。俺のこと嫌いになっちまったんじゃないか?」
「ん、んなわけねーだろっ!? だって兄貴この二週間演習頑張ってたんだろっ、そんな時にかまってなんて言えるわけねーじゃんかっ、兄貴の邪魔になんかなりたくねーし! 俺は兄貴にそんな、なにかしてほしいとか、そういう」
「俺もそう思ったよ」
「え」
「俺もお前が料理修行頑張ってるってわかってたし、そういう時に邪魔になりたくないと思った。なにかしてくれ、なんて絶対言えないって思ってた」
「…………」
「でも……心の底では、やっぱりしてほしいこと渦巻いてたよ」
「え……」
 す、とわずかに体を離して、真正面からライの顔を見つめる。ライの顔はたまらない不安に揺れていた。嫌われた? 俺のこともう嫌い? 俺のこともういらない? そんなすがりつきたくてたまらない感情を、必死に抑えている顔だ。
 ああぁちくしょうかっわえぇぇ、と内心絶叫しつつ、グラッドはにっ、と大人っぽく笑んでライの頭を引き寄せ、ちゅ、と唇に軽いキスを落とした。
「……っ」
「会いたかった」
「あ、に、んむ」
「会いたかったし、キスしたかった。お前といっぱいいちゃいちゃしたかった。お前を抱きしめたくてたまんなかったよ」
「あに、ん……」
 口説きながら言葉の合間にキスを繰り返す。回数が増えるごとに少しずつ深いキスへと変えながら。最後にはちゅ、じゅぷ、じゅむ、と音を立てるほど舌を激しく絡め、自分の胸のところをきゅっとつかんでいるライの手を背中に回させたりしつつ、ライの口内を蹂躙した。
 うぉー久々のライの唇! たまらん! とか思いつつ感触とライの匂いをたっぷり堪能して、ゆっくり唇を離す。お互いの口から漏れた唾が、つぅっと糸を引いて光った。
 やはり久しぶりなせいもあるのだろう、快感に蕩けてほわぁんとした顔になっているライを、間近から見つめてさらに口説いた。
「俺がライにしてほしいことなんて、それで全部みたいなもんだよ。一緒にいて、いろんなことを一緒に感じたい。それだけでいい。……でも、これからはそういうことは、しばらくはできなくなっちまう」
「…………」
「だから、今、お前がここにいてくれて。残り少ない一緒にいられる時間を俺と過ごしてくれて、すごく、嬉しいんだ……」
 本音とはかけ離れているというか、カッコつけすぎだろう自分、とも思うが、やかましい男が惚れてる恋人の前でカッコつけてなにが悪い、と開き直ってグラッドはめいっぱい格好をつけた顔でちゅ、ちゅ、とキスを繰り返した。駄目だ、もう止まらん。止まってたまるか、このまま一気に突撃だ。いい年した大人だろうが年上だろうがそれ以前に俺は男なんだ、二ヶ月近くごぶさたなんだぞこんなところで止まれるかぁー!
 唇に、頬に、喉にキスの雨を降らせながらずずずっ、と押し倒そうとする――が、途中でライがはっと正気づいて、どんっとグラッドを突き飛ばしずざざっと身を引いた。わずかに乱れた着衣を直しつつ、はぁはぁと息をつきつつきっとこちらを睨んで怒鳴る。
「な、なにやってんだよ兄貴のバカ! なに考えてんだよ、明日試験だろ!? こーいうことなんて、やってる暇あるわけないじゃんかっ」
「えええぇぇぇぇ!? こ、ここまできてそれはないだろうっ!? こんな風に途中で終わりとか言われたら絶対眠れないぞ、俺!」
「そ、そーいう問題じゃねーだろ! それにっ、男は勝負の前はこーいうことしちゃ駄目なんだろ!? 明日が兄貴の一世一代の大勝負じゃねーかっ、気が抜けるようなことしてどーすんだよ!?」
「いや、けど、けどなぁ!? お前も男ならこーいう状況で止められるのがどれだけ辛いかってわかるだろ!?」
「……だからっ……!」
 きっと顔を上げ、それからカッとその顔を朱に染めてうつむき。
「明日、試験、いっぱい頑張ったらっ……ご褒美っつーか……そんな価値のあるもんかわかんねーけどっ……」
 こちらを見上げようとして果たせず、視線を下方に逸らしながら、真っ赤な顔で。
「……明日、終わったらっ……俺のこと、どんな風に、しても……好きなようにしてっ、いいか、らっ……」
「……え」
「おっ、おやすみっ!」
 それだけ言ってライはばっ、と立ち上がりその場から走り去った。あっという間に屋敷の中に消えるその背中を見送りながら、グラッドはしばし呆然とその場に立ち竦む。
 そして、数十秒ほどの時間をかけて、ライの言った言葉の内容を咀嚼し。
 怒涛のように燃え上がって、腹の底から叫んだ。
「……よおぉぉォっシャあぁぁァァ―――――ッ!!!」

 完全徹夜で教科書の内容を頭に詰め込み、グラッドは試験会場に突撃した。朝食にライが作ってくれた五色おにぎりをがつがつがつっ、と完食して。
 カカカカカカッ! と音が立つほどの勢いで答案用紙に答えを書き込み、何十回も見直して、一番早く答案用紙を提出し。
 その後の実技試験にも最速で向かい、槍を振り回して体を温め、試験官のはじめ! の合図と同時に対戦相手に突撃し。
 わずか数秒で一本を取り、その後の対戦相手も次々と撃破して完勝し、試験会場を一番最初に退席して(その様子を見ていた受験者や試験官は、口をそろえて『鬼がいた……』と語ったという)。
 グラッドは全力疾走で屋敷へと戻っていった。頭の中は『好きにして』『どんな風にしても』とそんな言葉がぐるぐる回っている。
 屋敷の門をばーん、と押し開け、中庭でお茶をしていたリシェルとルシアンと竜の子たちに驚いた目で見られたが、そんなことはどうでもいい。ぎっと我ながら鬼気迫る勢いで子供たちに迫り、訊ねた。
「ライはっ!?」
「え、ま、まだ戻ってきて、ないけど……」
 明らかに気圧されながらのルシアンの答えに思わず大きく舌打ちし、グラッドは踵を返して走り出した。向かうはライの働いているレストロ・ミュランス。
 もしライが働いていたらどうするのかとか、職場に押しかけるなんて大人としてどうよとか、そういう常識的な言葉は脳内に浮かんでこなかった。なにせその時のグラッドは徹夜明けだ、心身ともにぶち切れ状態だった。
 屋敷からの道はしっかり教わっている。今なら飛んでくる弾丸も見切れるだろうという勢いで道行く人々を避け、車を避け、角を曲がって突き進み――
 店まであと二区画、というところまできて、角を曲がってきたライとぶつかった。
「っと!」
「……ライ……」
 偶然の激突(屋敷から店への同じ道を進んでいるのだから時間さえ合えばこういうことは起こりうるだろう)。だが、徹夜明けの眠っていない頭に浮かんだのは、『運命だ』の一言だった。
「あ、兄貴! あっぶねぇなぁ、周り見ないで走るなよ、兄貴らしくもねぇ」
 軽く笑いかけてから、一瞬、わずかに逡巡して、それからじっとグラッドを見上げて真剣に訊ねる。
「試験、終わったんだろ? ……どうだった?」
「………―――――」
 グラッドはぐい、とライを抱き寄せ、抱き上げた。身長差がある相手ならではの、お姫さま抱っこ。ライは当然目を白黒させたが、それより早くグラッドは「行くぞ」と告げて足早に歩き出した。
「ちょ……兄貴っ? なんだよ、下ろせよっ、恥ずかしーだろっ、みんな見てるって!」
「…………」
「行くってどこ行くんだよっ、行くなら自分の足で歩くからっ。下ろせってばっ」
「…………」
 ぎゃんぎゃん喚くライの声も聞かず、グラッドはずんずん進む。レストロ・ミュランスは中級階層の住宅街のある辺りにあるので、盛り場からそう遠いというわけではない。これだけは、と帝都に来てすぐ見つけておいた男同士でも入れる連れ込み宿まで、さして時間はかからなかった。
 受付の老婆に「朝まで、一部屋」と財布を放り投げ、部屋へと案内する小間使いの少女を追い越す勢いでずかずかと進む。その間中ライはずっと抱き上げたまま。ライはもう耳まで真っ赤っ赤で顔も上げられない様子だったが、グラッドはほとんど気がつく余裕もなかった。
「ごゆっくりどうぞ〜」
 少女がそう告げて扉を閉める――二人っきりになった、と思ったとたん、グラッドはライに口付けた。唇を吸い、舐め回し、舌を差し込み、口内を、舌を舐め回し、吸い上げ、れろれるじゅぷじゅぱじゅぽじゅっぷぅん、と卑猥な音が立ちまくる勢いで。
 ライは必死に口を開こうとしていたが、そのたびにグラッドが唇をふさいだ。「兄貴……」と言った唇にキスを落とし、「あに」と開きかけた唇に舌を侵入させて舐めしゃぶり吸い。
 少しずつライの体から力が抜けてきた。顔がほわんと蕩け、だらんと腕が力なく垂れ、ただキスを受け容れて腰を揺らめかせる。ごくり、とグラッドは唾を飲み、ずかずかと奥へ進みライをベッドへと横たえた。
「……兄貴……」
 もうほとんど蕩けきった顔で見つめてくるライにまたキスを落とし、服を脱がしていく。幸い今日のライは薄着だった、脱がすのにほとんど手間はかからない。両手を上げさせてシャツを脱がし、ズボンをずり下ろし、下着を脱がせ、あっという間にライを生まれたままの姿にする。
「………っ」
 ライが羞恥に肌を染め、小さく身じろぎをする。股間のものは快感を示してわずかに上を向いていた。それをガン見しながらグラッドは勢いよく、ほとんど服を裂きかねない勢いでシャツを脱ぎ、ズボンを下ろし、下着を脱ぎ捨て、素っ裸になった。
「ライ」
「あに、き……」
 震える声で、顔を真っ赤にしながら応えるライ。その姿に、ごくりとグラッドは唾を呑み、襲いかかるような勢いで踊りかかった。
 はぁはぁと荒い息をつきながらキスを顔に、喉に耳元に、鎖骨に胸元に肩口に落とし、敏感なところは舐め上げ吸い上げる。体を曲げて股間のものをぐいぐいとライの体に押しつける。「あ、あ」とライが惑乱したような声を漏らすのがわかった。
 それにますます欲情を煽られて、グラッドはぐいぐい自身をライに擦りつける。
「ライっ……!」
 どぴゅぴゅっ。
「っ、…………!!!」
「……え?」
 ライがぽかん、と口を開ける。グラッドも思わず固まってしまっていた。
「これ……って」
「す………すまんっ!!!」
 思わずグラッドはその場で平伏して詫びた。下半身に溜まっていたものが抜けて、頭からも体からもざぁーっと血が下がっている。
「いや、すまんって、これってさぁ」
「すまん、本気ですまん、悪かった!」
「いや、別にいいけど……こういうことってあるのか? だって、まだ出すようなこと、なんもしてねーよな?」
「………………」
 死にたい、と思いながらひたすらにグラッドは頭を下げた。たぶん今の自分は真っ赤になっているだろう。
 そらもーどうしようもないほど溜まってたのは確かだ、認める。けどなにもライの前で、年下の弟分だった恋人の前で、触られてもいないのに、体に擦りつけてるだけの段階でイくってどんだけ早漏なんだ俺の体ぁぁぁ!!! ああ、軽蔑されたよなーそりゃそうだよなーどうすりゃいいんだどちくしょー!
 言い訳をしなければならないのに、そんな文句でぐるぐるした頭はそこまで働いてくれない。あああどうしようどうすりゃどうすればー、と必死に打開策を練ろうとするもぐるぐるするだけで手一杯だ。ちくしょー俺のばかやろー! と夜空に向かって遠吠えをしたい、ああなにを考えてるんだ俺ぇー!
 ……と、ライがくすりと笑った。
「そんなに謝んなくてもいいって。気にすんなよ」
「え……いや、けどな」
「俺、別に腹とか立ててないぜ。そんなに興奮しちまえるくらい、俺のことが……その。すき、だってことだろ」
「あ……い、いや、だけど年上として兄貴分としてこれは」
「いーんだよ。……そりゃ、俺は兄貴のカッコいいとこも知ってるし、好きだけどさ。兄貴のそーいう、情けねぇっつーか……隙のあるとこも、なんつーか、ほっとするなって思うし」
「……ライ」
 ライは照れくさそうに、だがしっかりとこちらを見て微笑んでみせる。その笑顔は、本当に嬉しげで、優しげだ。可愛いっ! とグラッドの頭と股間にまた血が集まってくる。
「っつーかさ……こんだけでやりたいこと終わり、っつーんじゃないんだろ?」
「え……そ、そりゃもうっ!」
「だったら、早く、しろよ。……俺が、するんでも、いいしさ」
 顔を真っ赤に染めながら、目を逸らしながらぽそりと言うライに、グラッドは思わずごくりと唾を飲み込んだ。
 そうだ、今日はライは、好きなようにしていいと言ったのだ。ということはあれもこれもそれもどれもみんなオッケーのはずっ! そりゃ嫌われる可能性もあるわけだからあんまりアレなことは言えないが、それでも普段よりは……!
 よし、じゃあとりあえず最初はあれとかこれとか……とムラムラ考えて、とりあえず大人しいところからおそるおそる口に出してみた。
「じゃ……じゃあ、最初は口で……いいか?」
「……うん」
 ライは真っ赤な顔でこっくりとうなずいて、するする、とやりやすいよう座って足を開いたグラッドの股間に分け入ってきた。ちらちらグラッドの顔を見上げながら、おそるおそるという感じで口を開き、ぱくん、とグラッドのものを咥えた。
「っ……は」
「ぅ……む」
 ライも口でするのは初めてというわけではない。だから一応やり方はわかっているはずだが、それでもやっぱりこれでいいのかな? というようにちらちらこちらを見上げながら、のろのろと顎を上下させてグラッドの先端を吸う。
 ちゅ、じゅ、と吸って、喉の奥に導き。いったん口から出して、ねろりと幹を舐め上げた。柔らかく小さな舌先でれろれろぺろぺろと飴を舐めるようにグラッド自身を愛撫するその姿ともどかしいほど柔らかなその感触に、グラッドは「は……」と息を漏らした。
「手も……使っていいから」
「ん……」
 ライは恥じらいつつもうなずいて、いろいろと頑張り始める。口の中に含んで幹をしごいたり、幹を舐めながらしごいたり玉を揉んだり、玉を舐めながらしごいたり。可愛らしい顔を赤く染めつつ、恥じらいながらちらちらこちらを見上げながらおそるおそる奉仕するその姿に、可愛いっ! とグラッドはぞくぞくした。
「……な。腰、動かしていいか?」
「…………」
 それが苦しさを与えることを承知しているだろうに、ライはこちらを見上げてこくんとうなずいてくれた。ごめんな、ありがとな、という想いを込めて頭をなで髪をくしゃりとし、ゆっくりと律動を始める。
 後頭部を押さえながらずっ、ずっ、とライの喉の奥へと自身を打ち込む。ライは苦しげに顔を歪めて「う、う」と声を漏らしたが、抵抗はしなかった。涙目になりながらもじっと自分を見つめ、必死に舌を動かしてくれるその姿がもー辛抱たまらんほど可愛い。
「ライっ……出すぞ、飲んで……くれるかっ?」
「……う」
 ライは顔を朱に染めたが、それでもこっくりと子供っぽくうなずく。その仕草にもたまらなく興奮して、ずっ、ずっ、と腰を動かし、ほどなくグラッドは達した。
「っ……」
「う……む」
 どびゅびゅっ、と勢いよく精液が自身から発射される感触と、頭の中が真っ白になるような快感、そして体中から力が抜けるような開放感。はぁー、と息を吐きつつそれをしばし堪能してから、グラッドはゆっくりと腰を引いて自身をライの口中から抜いた。
 ライは顔をしかめながらしばらく口内の精液と格闘していたようだったが、やがてこくりと飲み下す。仏頂面ながらも「飲んだ、ぜ」と言ってれっと舌を出す。その姿にもやっぱりムラムラきてグラッドはぐいっとライを引き寄せちゅっとキスをした。
「ん、よく頑張ったな、いい子いい子」
 ちゅっちゅっ。
「っ、子供扱い、すんなって、兄貴のバカ……」
「しょーがないだろ、だってお前があんまり可愛いからさ」
「可愛いとか言うなっての……ん、む」
 ちゅっちゅっ、じゅぷれろじゅぽ。
 ちょろっと舌を入れうっかり自分の精液の味を味わってしまったが、それよりもライとキスしたいという欲情が勝った。後頭部や背中や尻を撫で下ろしながらちゅぶちゅばとキスをして、ライをしっかり蕩けさせてから口を離す。
 ほわんとなっているライの表情をたっぷり楽しんでから、ちゅっと耳元にキスをして囁く。
「な、後ろ……いいか?」
「…………うん」
 恥じらいに顔を真っ赤にしながらもライはうなずく。その顔にほのかだが確かな欲情を感じ、グラッドの腰の奥の熱情がぐわぁっと盛り上がった。そっかーライ後ろに挿れられたいとか思うようになったか、俺の技と愛で! うおぉたまらん本気興奮する、穴がしばらく閉じなくなるくらい本気でヤる!
 ……と内心怒涛の勢いで盛り上がりつつ、表面上はあくまで大人に優しく笑ってそっとライをベッドの上に横たえさせ――てから気がついた。
 まずい、浣腸してない。
「……兄貴?」
「や……いや」
 そっと髪を撫でつつもグラッドの顔は固まっていた。ヤバいどうしようそうだよ男とヤる前には浣腸必須じゃないかーっ! でもだってヤりたくてヤりたくてしょうがない状況で悠長にライが浣腸終わるのを待つとかそんな、っていうか今から浣腸してきてくれるかなんて言うの間抜けすぎるし、いやでも一回くらいなら……なしでもいけるか? いやけどもし便が下りてきてる時とかだったらな……さすがに……と頭の中がぐるぐる回る。
 と、ライがちらりとこちらを見上げて、顔を真っ赤にして視線を逸らしながら、もじもじしながら言ってきた。
「あのさ……兄貴。浣腸……だったらさ。ちゃんと、済ませて、あるから」
「え?」
「だから……さ。兄貴……すぐ、したいだろうと思ったから。そういう時のために……一応。店で、自分で……」
「そ……そうか」
 恥ずかしそうに告白してくるライに、グラッドの方もつい照れてぽりぽりと頭をかく。こういうことには必要不可欠な前準備とわかってはいるが、する前に浣腸をしておかなくてはならないというのは、どーにも間が抜けていて、だいぶ散文的だ。
 でも、だからこそというべきか。自分のためにそんなことを頑張ってくれたライが、なんだか妙に愛おしい。
「……ありがとな、ライ。嬉しいよ」
「う……うん」
「お前は本当に、可愛いな……」
「なに、言ってんだよ、こんなことで……」
 真っ赤になりながらぶちぶち言うライの目尻にキスをひとつ。耳にもひとつ。頬にもひとつ。喉から胸にいっぱい、指にもいっぱい。胸の尖りは吸ったり舐めたり舌と指で同時に弄ったり軽く噛んだりと特に念入りに。引き締まった、だけどしなやかな腹にも、興奮を示して昂ぶっているものの周りにも軽く。本当は舐めたり吸ったりしゃぶったりしてやりたいけど、あんまり興奮させられるとこっちがもたない。
 さりげなく引き寄せていた枕を腰の下に入れ、腰を浮かせる。ライの頭の下にも枕を入れて頭に血が上らないように。それにライはこっちの顔が見えないの不安がるし。流れるように手順を進められることに、あー俺たち二ヶ月ほとんどヤってなかったけどちゃんと手順が身につくくらいにはヤってたんだなー、とちょっとしみじみとしたり。
 潤滑油をたっぷり指先に取って、じっと不安そうな顔でこちらを見るライににっと笑ってやってから、そっと指先を挿入。
「……っ、っ」
「痛くないか?」
「へい、きだって……」
 久々のライの後孔の感触に思わず顔が緩む。ライの後孔は二ヶ月ほとんどヤっていなかったせいでまた締まりがきつくなったようだった。指をぐにぐにぎちぎちと締めつけてくる感触にごくりと唾を飲み込みつつ、たっぷりと後孔を濡らし、中を広げる。
 ゆっくりゆっくり、慎重に。ちゃんと爪は切ってる、やり方もわかってる。万が一にもライを傷つけないように、ゆっくりたっぷり優しくそっと。
 ライが「ふ、う、は」と喘ぐ。指を出し入れする時の音がぬちゃぬちゃ、という音に変わり始めた頃に指を二本に増やした。傷つけないように、怖がらせないように。俺は大人だ、優しくそっと、真綿でくるむように……!
 と必死に自分に言い聞かせつつもライの後孔をガン見しつつはー、はー、と息を荒くしていたのに気付かれたのかどうなのか。小さな声で、ライが言った。
「……もう、いいよ」
「……え?」
「もう……その……挿れて、いいっつってんだよ」
 顔を真っ赤にしつつ、あらぬ方をきっと睨みつつ、必死な顔でそう言ってくるライ。その表情やらライらしからぬ今にも消えそうなか細い声やらにごくりと唾を飲み込みつつも、グラッドは首を振る。
「いや、せめて三本入るぐらいにならないときついぞ」
「いい、って」
「いや、もしかしたら傷がついちまうかもしれないだろ」
「だ、からっ」
 きっ、とこちらを睨んで、荒い息の下から泣きそうな声で。
「ちょっとくらい傷ついてもいいからっ、早く兄貴と……っ、つな、がり、たいんだ、よ……」
 先細りになって最後の方は口の中に消えたが、グラッドにはしっかり聞こえた。
 グラッドは、股間の昂ぶりがどごーん、と噴火するのを自覚した。ライの真っ赤な、泣きそうな顔と声、すぐ逸らされてしまう恥じらいに震える視線、それらが心臓と腰の奥に強烈な一撃を叩き込んできたのだ。
 そして、自分はその昂ぶりをぶつけてもいいと、この少年に許されている。
「ライっ」
「あに、きっ」
 ぐい、とグラッドはライの上に覆いかぶさった。腰を持ち上げ、後孔を上向かせ、苦しいだろうとわかっている無理な体勢を取らせながら、ようやくほころび始めた孔に自身をぐいっと突き入れた。
「っ……は、ぁ」
「く……ぅ」
 ぎゅうっ、とほとんど搾られるように自身を締めつける肉壁。ライの顔が歪む。おそらくは苦痛に。自分でも痛いと感じてしまうのだ、ライはそれこそ体を引き裂かれるような痛みを感じているはず。
 それでもたっぷり潤滑油を垂らした自身をぐい、ぐいと突き入れていく。時に押し、時に引き。何度も潤滑油を使いながらライの体を広げていく。
 繋がりたい。自分はそんな言葉を照れずに使えるほど若くはないけれど、体を触れ合わせることが、性器を相手の体に打ち込むことが、それこそひとつになったかのような錯覚を与えてくれることは知っている。
 少しずつライの孔は解けていく。ずち、ずちという音が少しずつぬりゅ、ぬちゃという水音に変わっていく。ず、ずっとほころんでいく後孔の中に自身を挿入していく、それだけの行為にかぁっと頭が熱くなった。ライの体の中は、覚えていた通り、やはり溶けそうなほど熱い。
 ずっ、ずちゅっ、ずちっ。
「……全部、入ったぞ……」
「ふぅ……ぁ」
 ライが顔を歪めつつも、不思議なくらい嬉しそうに笑い、ほっとしたような息を吐く――それに、グラッドはこの場に不釣合いだとは思いつつも、ついついしみじみと幸せを感じてしまった。覚えてるのと同じ感覚。ライの中にぴったり包まれて、ライを抱きしめられている。なんというか、あー俺この時のために生きてるなー、と思ってしまったのだ。
 本当に、なんでこいつはこんなにも、俺を気持ちよくさせてくれるんだろう。
「……動いて、いいか」
「……すきにしていいって、いっただろ……」
「……ライっ」
 グラッドはずりゅうっ、と音がするほど勢いよくぎりぎりまで自身を抜いて、またずんっと奥に叩きつけるように突き入れた。ひっ、とライの口から息が漏れる。ずりゅうっ、ずんっ。ずりゅうっ、ずんっ。単純な律動、だがその一突きごとにお互いの体が痺れるほど震えるのが、グラッドにはよくわかった。
 しっかりと脚を持ち、体を開かせ。自分の体を傾けて、唇にキスを。欲情に突き動かされるままに片方の手でライのものをしごく。お互いの体の熱。お互いの体の感触。律動のたびごとにぎゅうっとグラッドの自身を締め付けるぬるぬるぬちゃぬちゃの凹凸のある内壁。ずんっ、ずんっ、ずちゅっずちゃっずちゅっ―――
「駄目だ、ライ、イく、イくぞ、中に出すぞっ」
「っ、ぁ、ぅ、ぁ、ひっ」
「っくぅっ………!!」
「あっ、ひ、あぅっ……!!」
 ライの感じるところを擦りあげつつ勢いよくライのものをしごき、ぱんぱんと腰を打ちつける音がするほどの勢いで体ごとぶつかって――どぶっどぴゅっどくんどくん、と体感的にはそのくらいの音を立てながらグラッドとライは同時に達した。
 苦悶の表情を浮かべていたライの顔が忘我の表情に変わり、はー、はー、と小さく開けた口から力なく息をこぼすのを、グラッドは陶然と見つめてから、挿れたままゆっくりとライの上へ倒れこんだ。ちゅっ、と軽く唇にキスを落としてから、ライから自身をゆっくりと抜いて抱きしめる。
「……すごく、気持ちよかったぞ」
「……ん、俺も……」
 髪をなでられてほわんとした顔になりながら、ライはぽーっと呟いた。可愛いなー、とにやにや思いながらぎゅっと抱きしめてまたキス。ライもじっとこちらを見つめながら、すりっと体を寄せてきた。じっと見つめあい、さらにキス。
 ライはどこか切なげな瞳で、「俺も、キスして、いいか?」と訊ねてくる。「もちろん」と答えて笑うと、ライはおそるおそるといったように、ちょっと首を伸ばしてちゅっと唇にキスをしてきた。その仕草が可愛く、嬉しく、またキスを落とす。ただ見つめあいながら、お互いのことだけを考えて、キスを繰り返す。
 あー……今俺すんげー幸せだなー……この二ヶ月の苦労、一気に報われたなー……などと思いながら、グラッドは笑って言った。
「回復したら、今度は上に乗ってくれるか?」
「……まだ、やんの?」
「当たり前だろ、もうどっちも一滴も出ないってくらいまでヤるぞ、俺は。……嫌か? そういうの」
 つい一瞬気弱になって訊ねると、ライはうっすらと顔を赤らめながら首を振った。
「やなわけ……ないだろ」
「……ライっ」
「わ、あに……ちょ……ん、むぅ、は……」
 そんな風にまた押し倒したあとも、グラッドは二人で上に乗ってもらったり立って後ろからヤったり座りながら向かい合ってヤったり立ちながら子供を抱え込むようにしてヤったり他にもちょっと縛ってみたり鏡で映してみたり、それこそ朝陽が昇る頃までいろいろいちゃいちゃしつつ本当にもう一滴も出ないってくらいヤりまくったのだった。

「兄貴。兄貴ってば、起きろよ」
「んぁ……? んぅ、もうちょっと寝かせてくれよ……昨日遅かったんだ……ぅう」
「いやそれは知ってるっつーか一緒に起きてたけど、もう起きねーと宿の時間が、ってちょっ、こらっ、どこ触ってんだよ、そんなとこ抱きつくなって、こらっ」
「んん……ライぃ〜」
「やっ、だからやめろって、今日試験の結果出るんだろっ、やめっ、ってあっ、やぁ……」
「(ちゅっ)ライぃ、好きだぞぉ……ん〜(ちゅっ)」
「やめろって……言ってんだろーが!」
 がづん。
「っったぁ……ライ、お前なっ、仮にも恋人にこの仕打ちはないんじゃないか!?」
「それとこれとは話が別だっ。もう精算の時間だっての! 寝るなら屋敷帰って寝ろよ、それに今日は試験の結果見なきゃなんないんだろ!」
「うー……」
 グラッドは頭を振りながらのろのろと体を起こした。自分を揺さぶっていたライを見て、わずかに顔をしかめる。
「もう服着てるのか……」
「たりめーだろ! 兄貴も早く服着ろよ。もう風呂入ってる時間ねぇぞ」
「んー……」
 重たい頭を振りながら、のろのろとベッドの上に腰かけ、周囲をまさぐる。
「パンツ、パンツ……なぁライ、俺のパンツ知らないか?」
「……ほら、パンツ。こっち下に着るシャツと上着、それからズボンな」
「お、ありがとな。いやー、なんつーかこういうことされるとなんか新妻というか新婚というかそんな気分に……なに照れてるんだ、ライ?」
「別に照れてねーよ! ……ただ、なんつーか、その……裸の兄貴が、下着から服着てるの見たらさ、なんか、なんつーか……」
「お、お前も新婚気分に浸ったりしちゃったか? 可愛い奴めー」
「なっ、バカ、そんなんじゃねぇって!」
 などとひとしきりいちゃついてからグラッドとライは宿を出た。ふあぁ、などとあくび混じりにてろてろと歩くグラッドをぐいぐいと引っ張りながら、ライはずかずかと歩く。
「ライー、なにもそんなに急ぐことないんだぞ? 一応今朝から試験結果は発表されることになってるけど、今日中に確認して明日書類提出すればいいんだし」
「けど早めに確認しとくにこしたことねーだろ! 第一っ、兄貴は気になんねーのかよ。兄貴の試験の結果だろっ」
「んー、そりゃまぁ、気にはなるんだけどな……」
「けど、なんだよ」
「やることやって、なんかすっきりしたっていうか……結果は、そりゃどうでもよくはないけど、あとからついてくると思ってるし」
「……ふーん……」
 ちろりとグラッドの方を見て、ライはわずかに顔を赤らめた。ん? とグラッドはライの顔をのぞきこみ、軽く笑う。
「そんなに心配してくれたのか? ありがとな、ライ」
「別に……ただ、俺が勝手に、やってるだけだろ。余計なお世話だったら、ごめん……」
「そんなことないって。嬉しいよ」
 そう言いつつぽふぽふと軽く頭を叩いて、「ガキ扱いすんなよ!」と怒鳴られたり「悪かった悪かった」とぺこぺこしたりといちゃつきながら、グラッドはライとのんびり帝国軍事務局へと向かった。本来なら軍の施設に部外者は立ち入り禁止だが、おそらく試験結果は入ってすぐの大ホールに張り出してあるだろう。受付までは一般人でも入れるし、問題はないはずだ。
 ライと一緒に事務局の入り口をくぐる。緊張しているのか、ライはぐっと口数が少なくなっていた。グラッドも緊張していないわけではないが、ライの背中をぽんぽんと叩いてやるくらいの余裕ならあった。
 大丈夫だよ、ライ。俺は大丈夫だ。お前がそんなに心配することはないんだぞ。
 どんなに迷って悩んでぐるぐるしても、お前が頼れるぐらいの場所は、いつだって空けておくから。
 試験結果が張り出してある場所にはそれなりの人数が集まっていた。だが立錐の余地もないというほどでもなかったので、二人でずいずいと中に入り込み、結果の張り出してある板を見上げる。ライが緊張のあまり青くなっているのに、ぎゅっと手を握り励ますように微笑みかけてから。
 ライもほっとしたように微笑んで、素早く板を見上げ――目が一気にまん丸くなった。
「試験成績……一位、グラッド……!」
 よしっ。グラッドはぐっと無言で拳を握り締め、小さく勝ち鬨の姿勢を取った。ライはしばしぽかんとした顔で板を見つめ、それから顔全体をぶわーっと笑顔に変える。
「やった……やったーっ!」
「うわっ、ライっ、ちょっと!」
 ライはひょいっ、とグラッドを宙に持ち上げた。当たり前だがライの背はグラッドよりはるかに低いので持ち上げる力は足りていてもかなり持ちにくいだろうしかなり不安定なのだが、そんなことにはかまいもせずにライはグラッドを持ち上げ振り回す。
「やった、やったーっ! 兄貴、すげぇっ! あははっ、あははははははっ!」
「ちょ、ライ、危ないって! 落ち着けーっ!」

「じゃ、またな、兄貴、ルシアン」
 にっと笑って告げてきたライの別れの言葉のさっぱりっぷりに、グラッドは思わずちょっと言葉に詰まった。
「あんたねー、もうしばらくは会えなくなるんだから、なんか他に言い方とかないわけ?」
「別れの挨拶に凝ったってしょーがねぇだろ。もう会えなくなるわけじゃねーんだしさ」
 そんな風に喋っているライの顔はあくまであっけらかんと明るい。別に落ち込んでほしかったわけじゃないが、なんというかやっぱりちょっと寂しいなー、とこっそりため息を押し殺した。
 グラッドが上級科試験に無事合格し、ルシアンも軍学校に一番の成績で合格し、とりあえず心配事がなくなって、ライも二週間の料理修行を無事終え。グラッドとルシアンをのぞく一行は、また旅を再会することとなった。
 ライには店があるし、リシェルも金の派閥の定例考査には間に合うように派閥本部へ向かわねばならない。いつまでも自分たちにつきあってはいられない、ことはわかっているのだが。
 昨日は合格祝いのどんちゃん騒ぎでろくにライと話ができなかったし、当然いろいろ仲良くしたりもできなかったし。なのにすっぱりさっぱり予定通りに旅立つっていうし。なんというか恋人同士の別れなんだから、もーちょっとこー、盛り上がりがほしいなーと思ったりするのだが。
 だが子供たちもいる前でそんなわがままを抜かすことはさすがにできない。心の中で何度もため息をつきつつ、笑顔を作って一行(ライ、リシェル、リューム、コーラル、ミルリーフ、あとギアンとシンゲン)に言った。
「みんな、気をつけて行くんだぞ。言われなくてもわかってるとは思うが、無茶はしないようにな」
「はいはい、わかってますって。グラッドさんも上級科の訓練、頑張ってね」
「ルシアンにーちゃんも頑張れよ。試験がたまたま一番だったからって気ぃ抜くんじゃねーぞ」
「うん、もちろんだよ、ありがとう。ただでさえ僕は他の人より一年遅れてるんだし、全力でやるつもり」
「でも、無理は禁物。体に、気をつけて」
「ちゃんとごはん食べて、いっぱい眠るんだよ。そうしたらおっきくなれるって、ミントおねえちゃん言ってたし!」
「あはは……ありがとう」
 にぎやかに喋りあう子供たち(ライ含む)を見つめつつ、ああ、これでライと本当にしばらくお別れなのか……全然実感が湧かない……あともうちょっといちゃいちゃしたかった、どうせなら二人っきりで恋人同士の別れというやつを……などと考えていると、ふいに気付いて、目を瞠った。
 ライの喉仏が、わずかに震えている。
 お喋りを終えて、ライたちが真正面からこちらと向き合う。ライが代表するかのようににっと笑って、喉仏を静かに震わせたままに、言った。
「じゃあな、兄貴、ルシアン。元気でやれよ。応援してるから」
「……ああ」
「うん、ライさん。ライさんも、みんなも、元気で」
「おう。これで終わりじゃ、ねーからな」
 がつん、と軽くルシアンと拳を打ちつけあい、「じゃ、行くか!」と声を上げる。他の仲間たちも、それぞれ手を振ったり笑いあったりしながら街道を歩き始めた。
「あ、ライ」
「え、なんだよ、あに」
 き、と言いかけたであろうライの唇を、グラッドは唇でふさいだ。振り返ったライの体をぐいっと引き寄せて、抱きしめながら。本当は舌を入れたいところだったのだが、さすがにこんなところでエロい気分になるわけにもさせるわけにもいかないし。
 背後でルシアンが息を呑んで、わたわた慌ててから後ろを向く気配が伝わってくる。あ、ルシアンのこと忘れてた、とちらりと思ったが、ここはあえて続行する。ここで退いたら男じゃない。すまんルシアン帰りになんかおごってやるから。
 名残惜しいと思いつつ、十だけ数えて唇をそっと離す。真っ赤になって目を見開いてこちらを見てくるライと視線を合わせつつ、にっ、とできるだけカッコいい笑みになるようにと思いながら笑いかけ、できるだけカッコいい声になっていますようにと思いながら告げた。
「……迎えにいくって約束、ちゃんと守るからな」
 そしてもう一度、今度はおでこにキス。
 ライの顔はカーッと、もう茹蛸のように赤くなり(グラッドはライに何度か茹蛸を食べさせてもらった経験があるのだ)、拳を振り上げてばぎぃっ! とグラッドの顔に強烈な一撃をくれた。
「あっ……あっ……兄貴のっ、恥知らずーっ!」
 そう叫んでライはだっと走り去り――かけて、足を止めた。耳まで真っ赤にしてきっと頭の中をぐるぐるさせてるんだろうライに、グラッドはできるだけ刺激しないように、けれど背中を押せるように声をかける。
「……ライ」
「………っ………!」
 ぐるりっ、とライはこちらを向いた。顔は当然真っ赤っ赤だ。だがそれでもしっかりと顔を上げこちらを向いて、瞳を潤ませながらも懸命に、怒鳴るように言った。
「まっ……また、会いに行くからなっ!」
「……ああ。待ってる」
 一瞬視線を深く絡ませあい。今度こそライはこちらに背を向けた。そしてだっと走り出すのに「またなーっ!」と姿が見えなくなるまで大きく手を振って、完全に姿が消えてから、くるりとルシアンの方を向く。
 ルシアンはどうしよう僕はここにいていいんだろうかという顔でおろおろしていたが、グラッドはにっと笑って言ってやる。
「さ、行くか、ルシアン! とりあえず荷物の整理しないとな!」
 ルシアンはぽかん、と口を開けてから、「は、はい……」とおずおずと答えて歩き出したグラッドのあとをついてくる。それに前だけを見据えながらグラッドは言った。
「なんか食って帰るか? 迷惑かけたお詫びに、おごるぞ」
「い、いや、それは……あんまりよくはないけど、別にいいんだけど……」
 いったん言葉を切ってから、おそるおそる。
「グラッドさん……泣いてるの?」
「…………」
 しばし黙ってから、静かに訊ねる。
「なぁ、ルシアン」
「な、なに?」
「ちょっとだけ、みっともなく泣いてもいいか?」
 ルシアンは一瞬沈黙したが、すぐに優しい声で「いいよ」と答えてくれた。
 グラッドは相手がルシアンでよかった、と思った。こんなところを見られてもいいような相手なんて仲間内でもそういない。
 もう、限界だった。
「……っ、…………っ」
 情けない、みっともないとはわかっていても、グラッドの瞳からは今になって涙があふれ出していた。

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