街道を通って懐かしい人の住む街へ
「ちょっと、ライ! 遅いわよ! なにしてたわけ!?」
「悪ぃ! ちょっと引き留められちまってさ」
 おそらくは朱に染まっているだろう血の上った頭に冷えろ冷えろーと必死に命じつつ、ライは笑顔を作った。リシェルや子供たちに、さっきまで自分がグラッドとしていたことなんてとてもじゃないが話せるわけがない。
「さって! 次の目的地ってのはどこだ?」
「あんたね……昨日ちゃんと説明しといたでしょーが、同じこと何度も言わせないでよねっ!」
「いてっ、耳引っ張るなって! しょーがねーだろ、昨日はいろいろ忙しかったんだからっ」
「あはは、パパ、リュームみたーい」
「一緒にすんなよ!」
「おいコラリューム、それはフツーに考えてこっちの台詞だろーが」
「へっへーだ、リシェルねーちゃんに叱られた回数はお前の方がずっと多いじゃねーかよっ」
「むぐ……」
「いやはや、久々に見る親子の触れ合いというのはよいものですなぁ」
「確かに、そうだね……ああっ我が子とじゃれ合うライを邪魔者なしで堪能できるなんてっ! この時をどれだけ待ったことか……! 久々に見る君の笑顔が眩しくてならないよ、ライ……僕はこの旅の間に君を僕の方に振り向かせることを改めてここに誓う……!」
「ギアンお前ちょっと黙れ」
「ええっ!? な、なんでだいっ、僕はただシンゲンの言葉に相槌を打っただけ」
「心の声、全部、声に出てるかと……」
 ぎゃあぎゃあ騒ぎながらも、ライは悪くない気分だった。帝都でやれることは全部やった。料理修行もみっちりやったし、グラッドとルシアンの試験合格を祝うこともできた。そしてこれからまた新しい土地、新しい世界に向けて旅が始まる。そう思うと、ついつい心が浮き浮きしてしまうのだ。
 親父も旅してる時こんな気分だったのかな、とちらりと思い、なんでクソ親父のことなんかこんな時に思い出さなきゃなんねーんだよっ、と勢いよく首を振ってからリシェルに問う。
「で、結局次の目的地ってのはどこなんだよ? お前の最終目的地はファナンって街なんだろ?」
「そ、金の派閥の本部がある街。けどその前にいくつか寄ってく場所があるのよ」
 軽くうなずいてからリシェルは持っていた地図を差し出してみせる。
「次の目的地はここ、紡績都市サイジェント。聖王国領にあるんだけど、聖王国と旧王国、二つの国が接地してる国境にある街ね。帝国との国境からもすぐ近くよ」
「サイジェント……って、確かアルバの故郷じゃなかったか? リプレとかガゼルとかが住んでる」
 料理大会を経て呼び捨てで呼ぶようになった年上の友人たちの名を挙げると、リシェルはあっさりうなずいた。
「そーよ。ここからはね、聖王都まで続く召喚鉄道があるの。それに金の派閥の中でも最有力な家の人間が顧問召喚師やってる街だし……なによりね、ここは『金の派閥の中で最も召喚獣の権利に配慮して召喚術が使われている都市』だってパパが言ってた。金の派閥で召喚師やるなら、一度は見て勉強しておきなさい、って」
「へー……そうなのか」
 ライもうなずきを返す。確かに、そういう街ならば自分も見ておきたいところだ。
「この地図からすると……皇帝街道を二、三週間ってとこか? いったんトレイユに戻るってのもアリかもな」
「ふふん、甘いわね。二日で充分よ」
「は? なんでそうなるんだよ。どうやったって帝都からだったらそんな日数」
「あーっ、わかった! 機界から、召喚獣さんを喚んでくるんだ!」
「そーいうことっ!」
「へ……? けど、二日って」
「実はね、あたし、機界の召喚獣を長時間呼ぶ訓練をするようにパパに言われてるのよ。長い間リィンバウムに留めながら、きっちり制御できる訓練を積むように、ってね。だからその訓練も兼ねて、長距離移動用の召喚獣を喚ぶから待ってなさい。まぁ、それだと難所は通れないから、大道都市を回っていくことになるんで、トレイユには戻れないけど」
 にっ、と笑顔でロレイラルのサモナイト石を取り出すリシェルに、ライも笑顔を返した。召喚術としてそれが難しいのかどうかとか、そういうことはよくわからないが、リシェルは頑張ってやってのけようとしているんだ、だったら自分のできることは、信じて任せてその後押しをしてやることくらいしかない。
「よっしゃ、頼むぜ、リシェル。……けど、二日一緒に過ごすことになるんだから、あんま性格悪い奴は呼ぶなよ?」
「あんたねー、性格まで召喚術で指定できるわけないでしょ? ま、心配はいらないわよ、今必要なのを喚ぶから。あたしにどーんと任せなさいっ」
「おっ、リシェルねーちゃん頼もしいじゃん」
「全力、応援」
「リシェルおねえちゃん、頑張ってー!」
 街道の脇でそんなことを話していると、ふとライはギアンが渋い顔をしているのに気付いた。不審に思って声をかける。
「おいギアン、どうしたんだ渋い顔して。なんか気になることでもあるのか?」
「いや……なんでもないよ、ライ。気にしないでくれ」
「……ふーん?」
 その顔はつまりなにかあるわけだな、とわかりはしたが、ライはとりあえず追求するのをやめた。こいつはなんのかんの言って頑固だから、今重ねて聞いてもたぶん無駄だろう。昼飯の時にでも聞いてみることにして、ライは「あんま、無理すんなよ」とぽんぽんとギアンの肩を叩くと(頭は身長の関係で無理だ)精神を集中しているリシェルの方に向き直った。
 なので、ギアンが「ライぃぃっ! 僕のことを君はそんなにも大切に思ってくれているんだねっありがとう僕も君のことを愛して」と抱きついてくるのに気づくのが遅れ、うっかりその場に押し倒されることになった。当然そのあとしっかり足腰立たなくなるまで叩きのめしたのだが。

「うぁーっ、着いたぁーっ! ここがサイジェントかーっ」
「ふーっ、つっかれたぁーっ! やっぱ長時間召喚獣を完全に制御するなんてほいほいやるもんじゃないわねー……ほらみんな降りて、カーゴを送還するから」
「はぁーい。でも、面白かったねっ、景色がびゅんびゅん飛んでって!」
「だよなー、形もカッコいいしさ、これ」
「はー、確かに見事なもんではございますが、自分は少しばかり酔ったような気分ですよ。船酔いならぬ、召喚獣酔い、ですかね」
「みんな、お疲れさま……ギアンも」
「……………………」
「おい、ギアン、大丈夫か? とりあえず降りて、少し休めって。なんか飲むか?」
「……いや、今は少し、横になりたい……」
「あいよ。よ……っと」
「うわー、パパ、力持ちー」
「……ライ、頼むから、両腕で体を持ち上げるのはやめてくれ……」
 とりあえずギアンを休ませつつ、ライは周囲を見回した。紡績都市サイジェント。生まれてからごく最近までトレイユからろくに出たこともなかったライとしては、やはり物珍しく見回してしまう。
 ちょっと前まで見たこともなかった高級衣料、キルカの織物の原産地であるというサイジェントは、思っていたより静かというか、穏やかな街だった。まだ街の入り口にようやく着いたばかりだが、行き交う人々の表情や聞こえる声がみんな落ち着いていて優しいので、なんとなくそう思える。
 もともとは街の外壁だったのだろう、あちこちに穴の開いたやたら大きい壁の中からは背の高い建物がいくつものぞいているが、その周囲になだらかに広がる新しい建物もけして手抜きをして作られた感じはしない。外側の建物を包むのは背の低い、壁というより囲いと言った方がいいようなものだが(たぶんそこまで予算がなかったのだろう)、みんなそれを乗り越えることなくきちんと衛兵の審査を受けている。治安がいいんだな、とわかった。
 などと周囲の様子をうかがいつつ、ライは横になったギアンの隣に腰を下ろした。他のみんなもそれなりに心配なのだろう、ギアンを取り囲み顔をのぞきこむ。リシェルは召喚獣(と言っていいのかどうかわからないような、馬のいない四輪馬車(ただし天井と壁は開閉式)のような代物)を送還することに集中しているが。
 ポケットからハンカチを取り出して水筒を開け、軽く湿らせ寝転がったギアンの額の上に置く。こいつのボディスーツは構造がさっぱりわからないのだが、とりあえず胸元を少し緩めた。
 ギアンはリシェルの出した召喚獣と相性が悪いようだった。単純に酔っているのかどうかよくわからないのだが、乗っている間中ひどく辛そうで、無理するなよと何度も言ったのだが「いや、大丈夫だ」と真っ青な顔で微笑むので仕方なくみぞおちに一発入れて気絶させて連れてきたのだ。
 口元を軽く湿らせつつしばらく扇いでやっていると、呼吸が落ち着いてきた。本気で辛かったのだろう、いつものような変態的な口説き文句も出ない。「なんか飲むか?」と再度問うと、「ありがとう」と微笑んでお茶の入った水筒を受け取った。
「大丈夫かよ、ギアン。お前、そんなにさっきの召喚獣に乗るの嫌だったのか?」
「いや、そういうわけじゃないんだが……単に、僕自身の問題でね。自分で喚んだわけではない召喚獣とは、相性が悪いんだ」
 苦笑するギアンに、首を傾げ問う。
「それって、お前の響界種の力となにか関係があるのか?」
「うん、まぁ……そうかな。大したことじゃないんだが……もう大丈夫。さ、行こうか」
「え、おい、もう立って平気なのかよ」
「ああ、もちろん。僕の体の丈夫さは君も知っているだろう?」
 笑うギアンの顔色は確かに、いつも通りのものに戻っていた。他の面々と顔を見合わせてから、まぁ本気で大丈夫みたいだしいいか、とそれぞれ立ち上がって街に入る人々の列に並ぶ。
 新しい街を通り抜け、大壁の中の街に入ると、一気に建物の隙間が狭くなった。たぶんこの壁の外に出ないようにひたすら建物を密集させて建てたのだろう。できるだけ意識してそういうことを考えつつ、隣を歩くリシェルに訊ねた。
「で、お前はこれからどうするんだ? 勉強することがあるっつってたよな」
「うん、だからここの都市の顧問召喚師の人のところへ挨拶しに行かなきゃならないんだけど……それよりも、とりあえず宿ね。汗を流して、とりあえずそれなりの服に着替えないと」
「ふーん……なんだ? 顧問召喚師って」
「あんたそんなことも知らない……って、まぁ帝国ではそういうのないもんね。あのね、聖王国では召喚師しか召喚術を使えないことになってるでしょ? だから金の派閥はいろんな都市の領主に自分たちの技術を売るの。金の派閥ってそういう組織だから。都市の産業や領主のために召喚術を使ったり、領主の相談役やったりね。それが顧問召喚師」
「ふーん……」
「まぁ、この街では領主と議会の両方に直接命令権があるらしいけど……ま、それはともかく、宿よ宿!」
「では、とりあえず繁華街の方に参りますか。いい宿の話を聞くにしろなんにしろ、それが一番早いでしょう」
「おうっ!」
「……あ」
「ん? どうした、コーラル?」
「……この街って、アカネさんがいる、はず」
 ぽそり、と小さく、いつも通りのどこかぼうっとした表情で言ったコーラルに、思わず『あ……』と声を揃えて手を打ってしまった。
「そーだ! すっかり忘れてたぜ、アルバの故郷ってことはアカネもこの街に住んでるんだよな」
「アカネねーちゃんってなんか基本流れ者って感じあるからなー……」
「こりゃうっかりしてましたね。確か、お店の場所をお聞きしてましたよね?」
「そっか、ならアカネにいい宿の場所教えてもらえばいいわね。街のどのへんだって言ってたっけ?」
「……すまない。アカネ、というのは誰のことかな。シルターンの名前のようだけど」
 ギアンが(おそらくは話題に入れなくて寂しくなったのだろう)おずおずと訊ねる。ああそっかギアンはアカネとはまともに話したことなかったっけ、とうなずいてライは説明した。
「覚えてないか? ほら、やたら量のある赤茶の髪を丸く結った……クノイチっつーんだっけ? 刀と投具使う、一瞬でとんでもなく高く飛んで移動したりする……」
「……ああ、思い出した。少し軽い感じの、十代後半から二十代前半ぐらいの女性だね?」
「そうそう! ……けど、二十代前半って……確かあいつ、年は二十五っつってなかったっけ?」
「……見えないね」
「あっはっは、まぁアカネさんはそれなりにご苦労なされてるのに年のわりに幼顔ですからねぇ」
 などと話しつつ、アカネのいるという店への道をのんびりと歩く。商店街に入ったのだろう、あたりには様々な店が立ち並び始めた。さすがに織物の店がやたらと多い。
「わぁ……この織物、すごく綺麗。やっぱり本場は違うわねー……」
「ほんとだぁ……ねっ、パパ、見て見てっ。こっちのスカーフ、すっごく可愛いよ!」
「……ふーん、そうか? ってか……」
「リシェルねーちゃんもミルリーフも、早く歩けよ。買い物するなら宿決めてからすりゃいいだろ?」
 だるそうな仏頂面で言うリュームに(よく言った、とつい思ってしまった)、リシェルはさすがに「そーねー……」と名残惜しげな顔をしながらも歩みを再開したが、ミルリーフはむーっと頬を膨らませた。
「リュームのバカ! 意地悪! なんでそんなこと言うの! リュームだって昨日パパにチョコおねだりしてたくせに!」
「な……って、それとこれとは……俺間違ったこと言ってねーだろ!? なぁ、コーラル!」
「……理屈の上では。でも、ミルリーフには、その理屈は通用しない、かと」
「まぁ……女性は買い物が好きなものだからね」
「女子衆に正しい間違ってるで話をしちゃあなりませんよ。勝てるわけがありません」
 男性陣+コーラルの反応は芳しくない。リュームはううう、と顔をくしゃくしゃに歪める。ミルリーフの顔もくしゃくしゃだ。ライはしょーがねーなー、と息を吐いて、ミルリーフと視線を合わせた。
「ミルリーフ」
「……パパ……」
 泣きそうな顔で自分を見上げるミルリーフに、ライは軽く笑ってぽんぽんと頭を叩く。
「買ってやろうか? それ」
「え……? いいのっ!?」
「おう、せっかくの旅なんだしな。……けど、お前だけの分じゃないぜ。買うんだったらリュームの分と、コーラルの分もだ。お揃いでな」
「え、俺の分は別にいーよ……」
「……ボクのも?」
 ライが笑顔で言う言葉を、ミルリーフは驚きつつも真剣な顔で聞く。
「リュームのと、コーラルのも……」
「おう。で、俺はそんな金持ってるわけでもねーから、たくさんは買えねぇ。みんなのお土産の分もあるしな。だから少なくとも、この街ではそんだけになっちまうぞ。それでもいいなら、買ってやるぜ?」
「…………」
 ミルリーフはうつむいて、真剣な顔で考え込み、すぐ顔を上げてこっくりうなずいて笑顔で言った。
「わかった! 今は我慢するけど……パパ、ミルリーフが今度ちゃんと選びに来る時、一緒に来てね?」
「おう。いい子だな、ミルリーフ」
 立ち上がって頭をがしがしと撫でてやると、ミルリーフはくすぐったそうな顔をしながらもにこにこと言う。
「パパのもお揃いで選んじゃうから! ちゃんとつけてね?」
「え……俺のも?」
「へー、じゃー俺も一緒に選んでやるよ! ミルリーフだけに選ばせるのずりーよな?」
「……ボクも、一緒に選ぶ」
 リュームが笑顔で、コーラルが真剣な顔で続く。なんか大事になってきたような、と思いつつライは苦笑してうなずいた。
「わかった、わかった。じゃ、今度みんなで一緒に買いにくるってことで、いいな? ……ちゃんと俺にもつけれる奴選べよ?」
「はーい! えへへっ、すごい楽しみっ!」
「……楽しみ」
「へっへー、どんなのつけさせてやろっかなっ」
「おいリューム、お前もつけるってことわかってるか?」
 などとにぎやかに話す自分たちの後ろで、リシェルが思いっきりぶすっとした顔で「……いーけどねー、別に」と呟いたので、ライは「なんか言ったか?」と振り向いて訊ね、「なんでもないわよ!」と大声で怒鳴られた。

「ごめんくださーい。もしもーし」
「アカネねーちゃーん。……いないのかー?」
『薬処あかなべ』。そう書かれた看板の店の中には、人の気配がなかった。一応薬種らしきものは並べられているのだが、どれもどこか古びていて、生活感がない。掃除が行き届いていないのも相まって、どこか廃墟じみた雰囲気があった。
「……あいつここに住んでるっつったよな? のわりに、なんでこう」
「人が住んでる、感じがしない」
「シンゲン、クノイチってそういうもんなの?」
「いや、自分はシノビの方々の生活について詳しく知ってるわけじゃありませんがね。これは単に」
「あっれー!? ライ! あんたたちなんでこんなとこにいんの!?」
 唐突に響いた声にばっと後ろを振り向く。と、そこに立っていたのは男女の二人連れだった。女は赤茶の髪を丸く結い、首元に襟巻きとシルターン文字を打ち出したバッジをつけた背の高い、自分のよく知った顔。男は紫の髪と目をして、同系色のフードつき上着とズボンを着けた、すらりとした体型の――
「アカネっ! ……と」
「お前……ライ? と、リシェル、だっけか?」
 アカネの横で目を見開いてこちらを見ているのは、一緒にシルターン自治区へと旅をした年上の友人、ガゼルだった。
「だっけってなによ、しっつれいねー。お久しぶり、ガゼルさん。アカネもね」
「うんうん、久しぶり! もう半年ぐらいぶりになるんじゃない? シンゲンもおこちゃまたちも久しぶり……ってぇ、ギアンっ!? なんであんたがこんなとこにいんのっ!?」
「あー、いやまぁ、それは話すと長くなんだけど……」
 とりあえず近況を報告しあい、事情を話すと、アカネはあっさり笑って言った。
「なーんだ、じゃあフラットに泊まればいーじゃん!」
「フラット? ってなんだよ、アカネねーちゃん」
「おいアカネ。なんでお前が俺たちの家のことを勝手に決めんだよ」
「え、じゃあフラットっていうのは……」
「そ、ガゼルたちの家。今はサイジェントの孤児院みたいなのになってるんだけどね。まぁ泊まるんだったら大部屋で雑魚寝になるだろーけど、気のいい奴らばっかだから気は使わなくていーし、なにより店長の好きに厨房が使えちゃうよ? リプレなら嫌とか言わないだろーしさ」
「ほほう、それはなかなかに魅力的ですなぁ」
「でしょでしょ? だからあたしもついつい入り浸っちゃうんだよねー」
「おい、まさか昼日中から入り浸ってんじゃねーだろーな? お前店員だろ?」
「え、いやまぁほら、薬を作るのはお師匠だしさ、お師匠めったに帰ってこないしそういう時ぐらいだらけてもいっかな? ってー」
「いいわけねーだろ。ったく……だからこの店まともに商売してる感じがしねーんだな……」
「おいお前ら、だから俺はまだ来てもいいとか言って」
「えー、駄目なのぉ……?」
 ミルリーフにどこか涙ぐんだ顔で見つめられ、ガゼルはうぐ、と言葉に詰まる。そこにコーラルが真摯な表情で重ねた。
「……ボク、ちゃんと、お世話になった人たちに、ご挨拶したい。……駄目?」
「う……いや、駄目ってんじゃねぇけどよ」
「ならどっちにしろみんなフラットに連れてけばいいじゃん。泊めるも泊めないも決めんのはリプレでしょ? 実際みんな世話になった人に挨拶はしたいと思うし、そのくらいしたってバチはあたんないんじゃないの?」
 アカネににやにやと言われ、ガゼルはじろりとそちらを睨みながらも、小さくうなずいた。
「わかったよ、とりあえずフラットまでは連れてってやる。……けど、お前らがビビって逃げ帰っても、文句は聞かねぇからな」

 石畳の敷かれた道を通り抜け、『フラット』とだけ書かれた看板の掲げられた玄関を通り抜けると、ガゼルは大声で呼ばわった。
「今帰ったぞっ! 客も一緒だ!」
『お帰りなさーい!』
 わっ、とばかりに家の奥から駆け出してきたのは、年も髪や目の色もまちまちな子供たちだった。それぞれ満面の笑顔でガゼルを出迎え、あっという間に自分たちの中に呑み込んでいく。
「お帰りー、ガゼルー、おなか減ったー」
「ガゼルー、おみやげないのー?」
「あるか。お前らに勝手になんか食わせたら俺がリプレに怒鳴られんだぞ」
「えー、ガゼルのケチー」
「ケチー」
「ドケチー」
「うっるせぇな! っつか、いいからリプレ呼んでこい」
「え、なんで?」
「だから、客が来たっつってんだろ」
 その言葉に子供たちは初めてこちらの方を向いた。どこか警戒するような無表情に、ライはにっと笑いかけ「よう」と手を上げてやる。
 と、またもわっとばかりに子供たちはこちらに押し寄せ呑み込んだ。揃ってぎゃあぎゃあ喚きながら服やら腕やらを引っ張る。
「わー、髪が真っ白だー、白髪だー、おじいさんだー」
「ばか、こういうのはぎんぱつって言うんだぞ」
「なにこれ、なにこれ? しっぽ? しっぽ?」
「うわー、このおじちゃんへんー、服がへんー、服の模様もへんー」
「ムイムイッキュキュー」
 怒涛のような勢いで押し寄せる子供たちを、なんとか受け止め受け流し、どうにかしゃんと立つ。まぁガキなんだから元気がないよりずっといいか、と苦笑しつつ仲間たちの様子をうかがう――と、子供たちの声の中にふと聞き慣れた声を聞いたような気がして、ライは頭を巡らせ、驚いた。
「なんでテテがこんなとこにいるんだよ?」
「あ、ホントだ! テテだー、テテだー」
 ミルリーフが顔を輝かせて駆け寄ると、そのテテは「ムキュッキュー」と嬉しげな声を立ててミルリーフにすり寄る。リュームとコーラルも揃って駆け寄り、テテをかまい始めた。
「なんだよお前、召喚されてきたのか? にしちゃ、やけに元気だなお前」
「体調、万全。むしろ、全開?」
「……護衛獣、のようだけど」
「ラミが召喚したとかなのか?」
 ガゼルの方を向き訊ねると、ガゼルとアカネは揃って人の悪い笑みを浮かべた。
「こいつくらいで驚いてちゃ、ここじゃ暮らしていけねぇぜ」
「ほらほら、次の子たちが来たよ?」
「へ? って」
 だかだかと、がすがすと、あるいはふわふわと、こちらに押し寄せる者たちに、ライたちは揃って目を瞠った。
「ガガッ、ピィー」
「うわ、ライザー! ゴレムも!」
「ポクッ、ポクー」
「おやまぁ、ミョージンにナガレもですか」
「プワップワップー」
「ピッコピコピー」
「プニプニプー」
「ポワソにペコにタケシーにプニムにスワンプに……召喚獣の一連隊ができるね。なんだいこれは、ここにはこんなに召喚師がいるのかい?」
 珍しく真剣に不思議そうな顔になって問うギアンに、ガゼルとアカネ、そして子供たちはにやにやと笑う。
「べつにたくさんいるわけじゃないよなー」
「な! ひとりだよな!」
「一人!? なにそれ、誓約もかけないでこんなにほいほい呼び出していいと思って」
「でもそのひとりがすっごいんだよねー」
「ねー」
 くすくすと笑いあう子供たちに気勢を削がれたか、戸惑ったような顔になってリシェルはガゼルたちを見る。ガゼルとアカネはにやにや笑いを崩さずに、リシェルに軽い調子で言った。
「ま、召喚術がどうたらとか召喚師がどうたらいうのは俺らにはよくわかんねーけどよ」
「ぶっちゃけ、そーいう心配全然必要ないからさっ」
「なんか言いたいことがあんなら直接言えよ。あいつなら、この時間はたぶん……」
「中庭で子供たちの相手してると思うからさー」
『…………』
「中庭こっちだよーっ」
 なにか答える前に駆け出す子供たち&召喚獣に、揃って顔を見合わせてから、ライたちはあとに続いた。ガゼルとアカネはそのあとから、にやにや笑みながらついてくる。
 中庭というのは玄関からすぐ右の廊下をまっすぐ行ったところにあった。さすがに街中というべきか、子供たちの人数に比べ少しばかり手狭な感はあったが、よく掃除されていた。陽の光を浴びて木々や洗濯物がきらきらと輝いている。
 と、妙なものに気付いた。中庭の中心辺りに、やたら太く大きくごつごつとした赤い柱が立っている。根元の方はひどく細くなっていて、とてもこんな大きな柱を支えきれはしないだろうと思うのに、柱は揺らぐ気配もない。
 いや、揺らいではいるのだが、いっこうに倒れる気配がない。大きく小さく揺らぎはするものの、まるで意思があるかのように見事に平衡を取っている。いやむしろ、この表面の鱗の輝きと、圧倒されるほどに伝わってくる命のオーラは明らかに生けるものの――
「……なぁ。これってさ、もしかして」
「あれかな、あれなのかな? ホントに?」
「……普通ならありえないけど、確かにそう」
「まさか……本気で言っているのかい? そんなことが常識で考えてありえるわけが」
「おい、お前ら、なに話して――」
「おーいっ! ハヤトーっ!!!」
 ふいにこちらがびくりとするほどの大声でガゼルが叫ぶ。やいなや、赤い柱がぐおん、と明らかな意思を持って動いた。ずひゅうぅぅ、となにかすさまじく大きなものが空気を裂く気配が伝わってくる。ぐるるぉぅ、とまだ相当に距離は離れていることだろうに聞こえる、すさまじく苛烈な気配を伴った唸り声。それがどんどんと近づいてきて、息遣いが聞こえ、空気を焼くほどに熱い息吹がこちらに吹きつけられ――
 という頃になって、ひょいっとばかりに軽く、巨大な赤色の竜の頭が目の前に現れた。
『…………!!!』
「火竜、ゲルニカ……!!」
 思わずといったように漏れるギアンの言葉。その時になってようやく、さっきの赤い柱はこの竜の尻尾だったのだということに気がついた。
「おいっ、ハヤト! ガキども連れて降りてこいっ、客だ!」
「え、客? 誰だよ、ガゼル?」
 ぞくり、と。
 背筋が泡立つほどの快感が、一瞬体中に走った。
 なんだこれ。なんだこれ。理解もできないままに、体が震える。眩しい、と感じた。火竜の頭のところに、なにかすごくまばゆいものがいる。そう体が先に理解する。
「この前、アルバが関わってるってトレイユって街に行ったことあっただろ? そこのとこの奴らが来たんだよ」
「へぇ、なら挨拶しとかなきゃな。よっ、と」
 火竜が頭を地面ギリギリまで下げた、と思ったらその上から人が一人降りてきた。茶味がかった黒髪と黒の瞳。年の頃は二十代の前半から半ばというところだろう、柔らかく優しげな、なのにどこか凛々しさを感じさせる顔立ち。その顔がこちらを向いて、にこっ、と笑った。
「はじめまして。一応、アルバの保護者代わりの一人の、ハヤトです」
『…………!!』
 考えるより先に、体が動いた。
「え」
「わ」
「ちょ……ちょっと! あんたらなにしてんのーっ!?」
 リシェルの叫び声が遠い。痺れるほどの快感に指先まで浸りながら、ライはすりすりと顔をすり寄せた。隣でリュームたちや、ギアンが同様に顔をハヤトの体にこすり付けているのが見える。
「ふわぁ……ふわぁぁ……」
「ふにぃぃ……気持ちいいよぅ……」
「……絶対、服従……」
「ああ……母さん、夢見た場所はここにあったんだね……」
「あ……あ……お……」
「……えーと」
 蕩けるような気持ちで見上げたハヤトの顔が、困ったように笑み。
「わっ」
「やんっ」
「っ」
「うっ」
「てっ」
 ぽくぽくぽく、と頭を叩かれた。はっ、と我に返って顔を上げると、目の前のハヤトの顔はあはは、と優しく苦笑する。
「とりあえず、食堂でお茶でも飲みながら話そうか」
 ――ライとハヤトの出会いは、だいたいにおいてそんなようなものだった。

「えーと、改めてはじめまして。俺の名前はハヤトっていうんだ。こっちが俺の相棒のキール。で……ガゼルやリプレたちのことはもう知ってるんだよな?」
「……はぁ、まぁ」
 妙に気まずいというか、気恥ずかしい空気の中ハヤトがあっけらかんと言う言葉に、ライはおずおずとうなずいた。大人の話をするから、と食堂からは子供たち(と召喚獣)が追い出されたので、残っているのは自分たち一行をのぞけばハヤトとその横のキールという名らしいほっそりしたローブの男とアカネとガゼルとリプレだけだ。
 キールは感情が感じられない淡々とした表情でこちらを見ているが、ハヤトはなぜか楽しげな笑みを浮かべている。初対面の男二人に抱きつかれて、どうしてこの人こんなに平然としてるんだろう。リュームやミルリーフはまだしもとしても。
 というかさっきの自分のあれは一体なんだったんだろう。この人――ハヤトの笑顔がまばゆくて、暖かくて優しくて、もう蕩けるほどに気持ちよくてしょうがなくて、もうたまらなくなって抱きついてしまったあの衝動。
 自分たちを正気に戻したあと、ハヤトは火竜ゲルニカ(という名らしい)を軽く送還して(彼が召喚したのだということには予測がついていたので驚きはしなかった)自分たちを食堂に案内したのだが、そこまでの間にもわらわらと召喚獣たちが集まってきて、べたべたと彼に懐いていた。それこそまるでハヤトが自分の親であるかのように。
 この人、一体何者なんだ。うかがうような視線をハヤト(とその横のほっそりした感じのハヤトと同年輩の男)に向ける。只者じゃないのはわかるのだが。
 と、リプレが苦笑を浮かべながら、ごく自然な間合いで口を開く。
「ごめんねみんな、びっくりしたでしょう? 召喚獣のみんなが当たり前にうろうろしているし、中庭に竜がいるなんてちょっと普通じゃないもんね」
「ちょっとどころじゃなく普通じゃないわよリプレさん……」
「あはは、そうだね。これにはいろいろ理由があるんだけど……」
「……あなた、誓約者?」
『っ!』
「え……」
 唐突にコーラルがぽそりと告げたその言葉に、リシェルたちは仰天した顔になり、キールは目を見開き、ハヤトは少し驚いたような顔をしてから笑った。
「驚いたな、初対面でいきなり当てられたのは初めてだよ」
「あ、てられたって、初めてって」
「それは、確かに、誓約者ならば召喚獣たちを当然のように従えているのにも、ゲルニカをごく自然に使役しているのにも……僕たちを一目で魅了したのにもうなずけるけれど、でもまさかいくらなんでも」
「じゃあ、ほんとの、ほんとに」
「あんた、誓約者だっていうのかよ!?」
「うん、まぁ、一応は」
 ハヤトが笑顔で答えると、『…………!!』と仲間たち全員が衝撃を受けた顔をする。それを見て言い出しづらいなーと思いつつ、ライは小声で訊ねた。
「なぁ、あのさ、盛り上がってるとこ悪いんだけどさ。誓約者って、なんだ?」
「……あーもうっ! 誓約者ってのはエルゴの王の別名のこと!」
「……昔々、四界すべてのエルゴに認められ、リィンバウムを異世界の侵攻から救った、誓約によらず召喚獣と心を通じる召喚師を超えた召喚師。そして」
「このリィンバウムすべてを統べる王国の王となり、現在のリィンバウムの基礎を作った人間なんだ。聖王国も旧王国も帝国も、すべてその血を継ぐ者が元首となることで国家としての正当性を謳っている。それこそ伝説の中にしかいないはずの、世界の救世主となる存在なんだよ……」
「ふーん……」
「あんたふーんってねぇ」
「あはは、俺はそんな大それたものじゃないよ。いろいろあって誓約者になったけど……俺はただ好きな奴らを、大切な人たちをちゃんと大切にしたいって、守りたいって思って……そのために戦ってきただけだから」
 静かな口調。だがその言葉には力強さがあった。自分の手で人生を築いてきた人間だけが得られる、経験した者の重みだ。
「正直、俺なんかでいいのかなって今でも時々思うくらいだけどさ、でも選ばれたからにはって自分なりにやってきて。時々は休んで周り見たりして。そんな風にできるとこまで頑張ってるだけだからさ、ほんと、そんなすごいとか偉いとかいうわけじゃないんだよ」
『…………』
「……そっか。頑張ったんだな」
 ライは小さく応える。大変なことも山のようにあっただろうに、自分の力でそれを乗り越えて生きてきた人間に対するねぎらいの言葉がそれぐらいしか思いつかない自分が少し悔しかった。
 と、ハヤトがふいに子供のように悪戯っぽい笑みを浮かべて問う。
「で……思ったんだけどさ。君たち……俺に抱きついてきた奴らってさ、全員メイトルパの住人か、その血を引いてるかだったりするよな?」
『!』
「ライだっけ、君は、妖精……かその響界種だろ? そっちの眼鏡の人は幽角獣かな、たぶん。で、そっちの子たちは、たぶんだけど至竜、かその幼生体じゃないか? 三人で合体してひとつの至竜になるんじゃないかと思ったんだけど、違うかな?」
「いや、当たってる……」
「……誓約者に素性を偽ろうというのも無理な話か。ただ、わかってもらえているとは思うけど他言は」
「しないよ、大丈夫。この街では素性がばれるとかそういう心配しなくていいから」
「? なんでそんなことをあなたが」
「キールがそういう召喚術を使ってるんだよ。俺がちょっと派手に召喚術使ったりしても外に漏れない、噂にならない、そういうの」
「そんなことできるの!?」
 全員の視線の集中砲火を受け、キールは物憂げにため息をついてうなずいた。
「……情報処理と心理誘導に長けたサプレスの聖霊や妖霊を常に巡回させているんだ。彼が派手な召喚術を使う場合は即座に結界を張って他者に認識できなくする。それ以外の場合は街を常に見回り、僕の選んだ情報を隠匿、消失させる。その情報が大したことじゃないように認識させたり、軽い記憶操作を行ったりね」
「簡単に言うが……街ひとつの情報を完全に統制するのには、おそろしく複雑な術式設定とそれを完璧に行うだけの制御力が必要なはずだろう?」
「まぁ……それに力を割いているから、僕は普段はあまりたくさんの術は使えないんだけど」
「へー……でもすげーよなー。コーラル、お前そんな術の知識とかある?」
「一応。とても豊かな魔力と知識と術制御力が必要になるから、使える存在はそういない、っていうのは確か」
「それほどのことでは……ないけれど」
 キールは少し困ったような顔をする。褒められるのに慣れてないのかな、と首を傾げると、リプレがぱんぱんと手を叩いた。
「はいはい、難しい話はそのへんにして! ちゃんとお互いのことを紹介しあいましょ? 相手がどんな人でも、付き合いの基本は自己紹介からよ?」
「至言ですな。さすが若くして子供を何人も育ててらっしゃる方はおっしゃることが違う」
 べべんべん。
「お、それって三味線だよな? へー、弾いてるとこ見るの初めてだ!」
「お、ご興味をお持ちで? なんでしたらご挨拶のあとに一曲ぶたせていただきますよ、一宿のお礼ということで」
「おい、俺たちはまだ泊めてやるなんて一言も」
「はーい、ガゼルー? お客さんに喧嘩を売るなって、何度言ったらわかるのかしらー?」
「う……」
「へっ、尻に敷かれてやんの」
「んっだとこのガキ……!」
「がーぜーるーぅ?」
「う……わ、わかった、悪かったよ……」
「よろしい! じゃ、改めてハヤトからね」
「え、また俺? えっと、じゃーもう一度、ハヤトです、よろしく」
 ぺこり、と頭を下げるのに、揃って礼を返す。ライは軽い気持ちで訊ねた。
「ハヤトさんってどんな仕事してるんだ?」
「う……そ、それを聞かれると痛いな……」
 苦笑するハヤトに首を傾げると、キールが静かな声で説明する。
「ハヤトと僕は、今のところお金になるような仕事はほとんどやっていないんだ」
「……はぁ!? 働いてないのか!? その年で!?」
「誓約者としての召喚術関連の研究に忙しくてね」
「あ、そっか……そういう仕事もあるもんな……けど自分の食い扶持くらいは自分で稼がなきゃダメだろ、人として! いい大人なんだから!」
「そ、そうだよな……たまの仕事でそこそこ給金もらえたりするからつい……面目ない」
 頭をかくハヤトに、「ったく……」と息をついてから「たまの仕事って?」と訊ねると、ハヤトは笑ってみせた。
「議会の相談役とか、召喚術を産業に使う時に呼ばれたりするんだよ。召喚獣側の気持ちをちゃんと聞いて、ちゃんとお互いの益になるよう仲立ちをするのは俺が一番適任だろ?」
「あ……もしかして、サイジェントが召喚獣の権利に配慮してるのは、あなたのおかげ!?」
「いや、マーン三兄弟とか、騎士団の人たちが頑張ってくれてるおかげもあるよ。一応少しは役に立ててるつもりではあるけど」
「……さすが、誓約者」
「ほんとだねー、ミルリーフたちをとろとろにしちゃうくらいの力、すごーくちゃんと使ってるんだねっ」
「いや、ホント大したことじゃないって」
「ところで、あなたたちの行っている召喚術の研究というのはどんなものなのかな? 差支えがなければ教えてほしい」
 ギアンの召喚師らしい質問に、キールはハヤトに訊ねるような視線を送り、ハヤトは軽く頭をかいてうなずいた。
「いいよ。俺たちが今やってるのは、送還術を技術として確立させるための研究なんだ」
「! 送還術を!?」
「そう。そもそもエルゴが人に与えたのは送還術――別の世界からやってきた存在を元の世界に送り返すための技術なんだ。だったら今の俺たちに使えないことはないはずだってね。いろんな人間に送還術が使えるようになれば、心ない召喚師に召喚された召喚獣を、他の人間が元の世界に帰してやることだってできるようになるだろ?」
「うわ……すげぇ、ホントにそんなことができたらこの世界にいる召喚獣をたくさん救えるじゃんか!」
「だな! なぁ、ギアン、お前ハヤトさんたちに協力してやったらどうだ? お前送還術使えるんだから、参考になるんじゃねーか?」
 いい考えのつもりでライが言うと、ギアンは困ったような顔になった。
「確かに、役に立てるものなら立ちたいけれど……ちょっと、それは難しいな」
「へ? なんで」
「実は、僕の送還術は、技術というよりは体質に依存するものなんだ。半ば本能的にやっているものだから、僕以外の存在には参考にならないよ」
「へ……そうなのか?」
 思わず訊ねると、コーラルとリシェルが揃ってうなずく。
「そーみたいよ。あたしも、あとで調べたりミントさんに聞いたりして知ったんだけど」
「妖精とか、聖獣とか、至竜とか、そういった存在の中にはエルゴの王が張った結界がないかのように界の狭間を渡れる存在もいる。自らの属する界との間なら」
「エルゴに祝福された存在と呼ばれているね。そういう存在は例外なく性格が穏やかなものばかりだということや、エルゴの守護者と呼ばれるエルゴによって選ばれた存在は界を渡れることからも、これは真実だと思う」
「はー……」
「ほら、エニシアの母親だって、仲間が迎えに来たからとはいえごくあっさりとメイトルパへと帰ってしまえただろう? 僕の送還術も父の能力からくるものなんだよ。幽角獣がそういった能力を持つから、僕は父親がメイトルパへ逃げたという祖父の言葉を疑わなかったんだからね」
「そうなのか」
「うん……だから、完全に制御しきれないというか、制御が難しいというか、こちらが敵対すると認識する相手の召喚術は反射的に送還……喚ぶ≠ニいう力を消滅させたりできるけれど、すでにこちらに呼ばれている相手を自由に送還することはできない。でも勝手に力が反応して喚ばれているものを帰してしまうこともあって……」
「あ、もしかしてお前がこの街に来る時やたら疲れてたのって」
「ああ、送還しないように精神を集中していたせいなんだよ。……酔ったということも、ないとはいえないが」
「そっかー……なるほどなー」
 ライは何度もうなずいたが、ハヤトは笑顔で言う。
「でも、参考になる可能性もあるから、あとでちょっと見せてくれるか? 一宿と引き換えってわけじゃないけど」
「……わかりました。僕でお役に立てるかどうかはわからないけれど」
「はーいはい、まだ自己紹介は終わってないのよ? 次、キール!」
「……キールです。よろしく」
 小さく会釈するその姿は、なんというかどこか浮世離れしたものを感じさせた。ミントねーちゃんとちょっと似てるか? とちらりと思ったが、すぐ首を振る。ミントねーちゃんはもっと生きてるって感じがあった。なんかこの人、目ぇ離したらすぐ死にそうっつーか……そう、儚い感じがする。
「キールさん……って、召喚師、よね?」
「ええ、まぁ」
「……霊界の召喚師、なのかな? 相当な知識と技術をお持ちなのはわかるけれど」
「まぁ……専門は、霊界です」
「キール、そんなに謙遜するなって。機界の召喚術だって同じくらい使えるだろ?」
「え……それって、二属性使いってこと!?」
 驚きの声を上げるリシェルと目を瞠るギアンに、ライは記憶を探りつつ目をぱちぱちとさせた。
「それって、確かすごいんじゃなかったか? 普通の召喚師は一属性だけだってお前言ってたよな?」
「そうよ、二属性も使えるなんて、そういう素質があるすごい高位の召喚師じゃないと無理なの! しかも機属性も霊属性と同じくらい使えるって……キールさん、あなたってナニモノ……?」
 リシェルはキールに見開いた目を向ける。キールが少し居心地悪げに身をよじった。そこに割り込むようにギアンが告げる。
「まだ自己紹介が終わっていないだろう? ……ええと、次は誰かな」
「どうもありがとう、ええと、ギアンさん? 次はガゼル、やりなさい」
「へいへい。……ライとリシェルは知ってるよな。ガゼル。ここの世話役と……まぁ、いろいろやってる」
「いろいろってなんだよ。なんかあやしーぞ」
「うっせぇ、黙ってろガキ。大人の話に口出すんじゃねぇ」
「子供相手にムキになるのも、大人とは言いがたいかと……」
「……う」
 言葉に詰まるガゼルに、全員から笑いが漏れた。
「アカネのことはみなさん知ってるのよね。じゃあ、最後に、私はリプレ。ライとリシェルから聞いてると思うけど、ここフラット≠街の議会から任せてもらってるの。まぁやっていることは子供たちの面倒を見たり、ご飯を作ったり掃除したり、なんだけどね」
「お料理がとっても上手なんだよね! パパから聞いてるよ!」
「……えっと、ごめんね、パパって誰かな?」
「え? ミルリーフたちのパパは……」
 三人揃って指差され、軽く頭をかいてうなずくと、ハヤトが仰天した声を上げた。
「その年で子持ちっ!?」
「ち、違うって! 俺が作ったんじゃなくて、えっと、そう、育ての親なんだ!」
「……ああ、うちのチビどもと同じようなもんか」
「あ、あーそりゃそうか、至竜なんだもんな……あー驚いた……」
 汗を拭うハヤトに小さく息をつき、それからふと気付いた。
「あ、そういえばフィズとラミはどうしたんだ? もしかして、もう」
 問いかけると、ガゼルは小さく肩をすくめ、リプレは困ったように苦笑する。
「うん、ラミはもう蒼の派閥の本部のある、聖王都ゼラムにいるよ。手紙も来てるからもう新しい生活始めてると思う。で、フィズは……」
「今でもここでぐーたらしてっから、リプレが買い物行ってこいって叩き出した」
「ちょっと、ガゼル、人聞きの悪いこと言わないの!」
「事実じゃねぇかよ。……ま、自分の進む道をなかなか決められねぇのはあいつに限ったことじゃねぇしな。もーちょっとくれぇは面倒見てやる、その代わり守られてる間はそんくらいのことはやっとけってこった」
「……そっか。そうだな」
 守ってやれるうちはできる限り守ってやりたい。血は繋がっていなくとも、自分の子ならば、誰だってそう思う、そういうことだろう。
「あと、他にも仲間は何人かいるんだけど……その買い物に付き合ってたり別のところに住んでたりするから今紹介できるのはこのくらいかな。じゃあ、次はそっちの番?」
「あ、そっか。えっと、ライです。帝国のトレイユって街で宿屋やってます。妖精と人間との間にできた響界種……だな、一応」
「料理の腕はリプレに勝つくらいなんだよな?」
「うん、まぁ……一度は勝ったけど、次やったらわかんないぜ。もちろん、腕を磨くのは怠ってねぇけどな。じゃ、次、リシェル」
「え、あたし? じゃあえっと、リシェル・ブロンクスです。機属性の召喚師。次の金の派閥の定例考査に出るために、ファナンへ向かってるの」
「へぇ、お前金の派閥の召喚師なのか」
「正式に派閥に所属するのは考査に受かってからだけどね。まぁ、もちろんばっちり合格するつもりではあるけど? はい、次リューム」
「俺かよ? えーと……リューム。そこの、ライの息子で、まぁ至竜。三分の一だけどな。俺は体を使う役担当で、この体だと槍とか殴り合いとか得意だ。じゃあ次は……ミルリーフ」
「はーい。えっと、ミルリーフです。パパの娘で、三分の一だけ至竜で……あとミルリーフは、召喚術とか、マナを扱うのが得意なの。まだ子供だから召喚師さんほどじゃないけど、ペンタ君とかお気に入りだよ。じゃ、次はコーラルね」
「……(こくり)。……コーラル。至竜の力を三分の一だけ受け継いでる。担当は、秘伝の知識と技術。以後、よろしく。……次は、シンゲン」
「お、手前ですか? それでは失礼仕りまして。手前はシンゲン、鬼妖界から召喚されてまいりました流しの弾き語りでございます」
「弾き語りさん、っていうと、その楽器を使って?」
「はい、その通りで。こいつは三味線と申しまして、こう、べべんと弾いてやりますと……」
 べべん、べん。
「こう、しみじみとした音を出してくれるんでございます」
「わぁ……素敵。不思議な音色ね」
「……あんた、サムライじゃねぇのか」
「いやまぁ、故郷じゃ剣術を修めてはおりましたが、ちゃんばら芸で銭を稼ぐのはもう飽き飽きでしてね。こっちの芸で日銭を稼いで流れ流れの旅をしてきたところ、御主人に拾っていただいたというわけで」
「……ふぅん」
「じゃあ、次は君か。えっと、ギアンさんだっけ?」
「ああ……はい。僕はギアン。幽角獣と人間との間に生まれた響界種で、獣属性の召喚師です」
「で、俺たちは、いろいろ理由があって一緒に旅をしてるんだ。リシェル以外はこれって目的地があるわけじゃねーから、とりあえずリシェルが定例考査ってのに行くのに付き合ってるんだけど」
「なんか、旅の目的とかあるのか?」
「えっと、俺は……なんていうか、自分の道を決めるために、今のリィンバウムを知るのが目的かな。召喚獣たちの現状とか、生き方とか。で、リシェルの旅に護衛役として同道させてもらう代わりに、旅費をある程度まかなってもらってるんだ。他の奴らは、まー観光とか俺につきあって、みたいな感じかな」
「へぇ、護衛役ってことは、やっぱりライもやる方なんだ」
「こいつ年のわりには相当やるぜ」
「まぁ、一応。いろいろあって、それなりに腕も上がったし」
「へー、そっか……」
「ちなみに、この街に来たのはなにか理由があってなの?」
「ひとつにはここから召喚獣鉄道が出てるから。ゼラムからファナンはすぐでしょ? それと、それより大きい理由としては、金の派閥の召喚師として、サイジェントでの召喚獣の在り方を勉強するため、かな」
「へぇ、じゃあお前、マーン三兄弟に会うつもりなのか?」
「うん。一応前もって手紙も送ってあるし。約束の日にちまではまだ少しあるけどね、余裕見ておいたから」
「なんだ、なら俺がイムランたちに話をつけてあげるよ」
 手を上げて言うハヤトに視線が集中したが、ハヤトは気にもせず笑う。
「勉強したいっていうならイムランたちも断らないだろうし。ついでにライたちも見学させてもらったらどうだ? それが終わったらサイジェントの街を案内するからさ」
「え、いいのか? 研究で忙しいんじゃ……」
「いいって、いいって。あんまり根をつめるのもあれだしさ。そうだ、どうせなら泊まっていってくれよ。仲間たちをちゃんと紹介もしたいし。いいかな、リプレ?」
「うん、もちろん。うちでいいならぜひ泊まっていって。部屋は大部屋になっちゃうけど、ベッドの寝心地は保証するから」
「……ケッ」
 ガゼルは舌打ちしたが、口に出して反論はしていない。ならいいか、と仲間たちと顔を見合わせうなずきあい、リプレに頭を下げた。
「じゃ、悪いけど、お世話になります」
「はい。……あ、もうこんな時間? そろそろ晩御飯の準備しなくっちゃね」
「あ、手伝うぜ」
 ひょいと立ち上がり腕まくりすると、リプレは驚いた顔で首を振る。
「そんな! お客さんを働かせられないよ」
「客なんて考えないでいいって。仲間で競争相手って言ったのリプレだろ。一緒に料理作ったらお互い盗めるものとかもありそうじゃんか」
「それはそうかもしれないけど……」
「それにさ、うちには一人米の飯じゃないと嫌だとか抜かす奴がいるからさ。自前の食材じゃないと、いろいろ難しいんだよな」
「いやぁ、すいませんねぇお手数を」
「米の飯っ!?」
 がたんっ、と勢いよく立ち上がるほどの反応を返したのはハヤトだった。驚く周囲に目もくれず、らんらんと目を輝かせてライに迫る。
「米、持ってるのか!?」
「え……う、うん。帝国で俵三つ分は買ったから。持ち歩いてるのはシンゲンだけど」
「おかずはっ!? おかずはなんだ!?」
「えっと……他の奴らの分はともかく、シンゲンだけに出すのは……ダイコンって野菜とトウフって食材を油で揚げたのを入れたミソ味のスープと、ナスときゅうりを塩で漬けた漬物って料理と、鶏肉と芋とか人参とかいろんな野菜と煮たのと、作りおきのつゆを使ったきんぴらごぼうとかいう……」
「味噌汁と漬物と煮物ときんぴらごぼうっ!?」
「そ、そうだけど……なんか嫌なことでもあったのか?」
「いいやっ!」
 ぶるぶるぶるっ、と勢いよく首を横に振り、だだっとこちらに駆け寄ってがっし、と手を両手でつかむ。
「俺もそれで! 米で! ていうか和食で!」
「へ……ワショク?」
「うああっこっちに来てまた米の飯が食えるとは思ってもみなかったっ! しかも味噌汁と漬物までっ……! おかずもしっかり和食だし! なぁっ、他には!? 他に和食なんかないのかっ!? 例えばそーだなっ、肉じゃが……はリプレが作ってくれるからっ、鯖の味噌煮とかっ!」
「……作れる、けど?」
「よっしゃぁっ! じゃああとええとっ、出し巻き卵とかっ!」
「作れるけど」
「おおっ! じゃあじゃあっ、無理かもわかんないけど……寿司とかはっ!?」
「作れるけど?」
「………っ! うあーすっげー嬉しいっ! 神様ありがとうっ……! 米の飯だー米の飯っ」
 ひどくうきうきわくわくと拳を握り締めるハヤトをしばしじっと見つめ――ライはよし! とうなずいて荷物からエプロンを取り出して身に着けた。
「そこまで期待してくれたんなら応えねぇわけにはいかねぇなっ! 米の飯に合うもんだなっ、たっぷり作ってやるから待ってろよ!」
「ああっ、待ってる! うわぁすごく楽しみだっ」
 満面の笑みのハヤトにライも笑顔を返す。周囲はどこか呆れたような雰囲気だったが、ライとしては気合が全力で装填されたような感じだ。
 料理を楽しみにしてくれている人においしい料理を食べてもらうのが料理人の仕事だ。そして喜んでもらうのが料理人の本懐。ならば自分は全力を尽くすのみ。技術心身すべてをかけて、うまい料理を作ってみせよう。
 誓約者でもなんでも、すごい人でもなんでも、腹は減るし好きなものを食べたいと思う。それに対して応えたいと、幸せを届けたいと自分は思い続けているのだから。
「リプレさん、厨房こっちだよなっ」
「え、えぇ。案内するね」
 足早に歩き出すリプレについて、ライは颯爽と歩き出した。

 ライの料理はハヤトに、感涙するほどの喜びをもって迎えられた(むろんリプレと一緒に作った他の料理も、ガゼルたちや子供たちに喜んでもらえたのだが)。
 本当に涙ぐみながらワショク≠喰らうハヤトに、ライは笑顔で言った。
「ここにいる間はなんでも注文に応えるぜ。リプレにもレシピは教えるけど、米以外とはあんまり相性よくない料理ってあるからな」
「本当に!? じゃあさ、和食とは違うんだけど、カレーって作れるか!? 本場インドのはワイスタァンに行けば食えるけど、日本風の肉とかじゃがいもとか人参とかがごろごろ入ってるのは食えないんだよ! あと福神漬けもつけて!」
「……いや悪い。カレーって、なんだ?」
「え」
 そこで、ようやくライと仲間たちは、ハヤトが名もなき世界の日本という、米食を中心として様々な食文化を飲み込んできた国から召喚されてきた人間だということを知ったのだった。

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