「ナップー! ウィルー!」
食堂で名を呼ばわれてそちらの方を向く。そこにいたのは、予想通りベルフラウとアリーゼだった。
「おう!」
笑って手を上げてトレイを持ってそちらに向かう。ベルフラウの席の方が近かったので、その隣に座った。
「選択の剣技演習はどう? ちなみに私は弓技演習でも当然トップの成績を取ってるわよ」
「へいへい、すげーすげー。……ま、俺らも一応縦斬りと横斬りでそれぞれトップ取ってるけどな」
「当然でしょ、それくらい。私のライバルならそれくらいはこなしてもらわないと困るわ」
「いつからライバルになったんだよ、俺たち。……アリーゼの召喚術各論は?」
「うーんとね、やっぱりかなり難しいよ、スィアス先生の授業だし。でもどんどん知識が増えて面白い」
「僕もスィアス先生の授業は取っておきたいんだよな。でも今期の剣技演習はどうしても外せないからな……」
「手広くやるのはいいけど、結局最後には器用貧乏で終わらないようにね?」
「……悪かったね」
「いいじゃん、器用貧乏。一人でなんでもできるってことだろ? 指揮官向けの人材だってことじゃんか」
「……まぁ、そういう人間になるために勉強してるから」
「あーっ、その気になってる〜」
「うるさいな! ベルフラウに言われたくないよ!」
「うふふ」
「あっはは、そんなに怒るなってー」
笑いあう四人――と、ナップの背中に、するりとしなやかな腕が回された。
「みーんな楽しそーに仲良し四人組やっちゃってー」
「……ユーリ! あ、クセードも」
「ああ」
クセードは軽く手を上げて、自分たちの向かいに座る。なぜかユーリの分のトレイも持っていた。
「いい加減放せよユーリ……つーかいっつもいっつもひっつくのヤメロ」
「えーっ、だーって気になるんだもーん」
「なにが」
「あれだけ盛大に気まずいオーラ出し合ってた四人がさー、どーやってこーも仲良し四人組に戻れちゃったのか。すっげーすっげー超気になるー」
『……………』
面白がるような、けれど底に真剣さを滲ませた声で言うユーリに、全員少し黙り込んだ。実際ユーリの協力がなければ、ベルフラウがさらわれることもなかっただろうしウィルと一緒に実戦を経験することもなかっただろう。今のようには喋れなかったに違いない。
「……私は、ただ、吹っ切れただけよ」
ベルフラウが小さく微笑みながら口を開いた。ユーリが静かに問う。
「吹っ切れたって?」
「私の想いが報われようが報われまいが、私はナップのそばにいたい。だから一緒にいる。それだけ」
「……ふーん。アリりんはそれでいーの?」
「私は、ベルがいいならいいの。……それにナップくん、ベルのために必死になってくれたし」
「……ウィルっちは?」
「……別に。ただ――こういうのも悪くないかなって思っただけだよ」
「こういうのって?」
ウィルはふっと、どこか寂しげな、けれど前向きな笑顔を浮かべて言った。
「ベルがナップを好きで、僕もナップを好きで、ナップは別の人が好きで。でも、僕たちは友達。その状態って、案外悪くないんじゃないかなって思ったんだよ」
「……なるほど、ね」
ユーリはウィルの言葉に、一瞬小さく息をついて虚ろに宙を見つめたが、すぐにかっと笑顔になってナップにしがみつく。
「じゃ〜、ナップたーん! 複雑な想いを抱えてた君は、どーやってそれに折り合いをつけたのかなー? お兄さんに言ってみよーう!」
「…………」
ナップは肩をすくめた。それは、自分でも、なんと言えばいいのかわからないところではあった。二人に申し訳なくて、でも一緒にいたくて、傷つけていないかと思うと苦しい。それは今も同じだ。だけど。
「……いいんだ、って思ったんだ」
「は?」
「だから、さ。一緒にいても、いいんだ、って」
「……どういうこと?」
「なんていうか……俺が友達を傷つけてないかって気を遣って、苦しんだとしてもさ。向こうも一緒に苦しんでるんだなって思って。それでもそばにいるっていうのは、お互いすごくそばにいたいってことだと思うから……だったら平気だ、って。どうせ一緒にいるなら楽しい方がいいし……それに、俺もみんなと一緒に前を見たいって思ったから」
「………ふーん………」
ユーリはナップの首に腕を絡めながらそう呟く――と、ナップの両脇から同時に手が差し出されてその腕を解いた。
「さっきから言おうと思ってたけど」
「ユーリ、くっつきすぎ」
ベルフラウとウィルが同時に行った攻撃――それにユーリはきょとんとして、それからぷっと吹き出した。
「いやーかっわいーなー二人とも! そんなくらいで妬いちゃうなんてもー汚れた俺には考えられないよー!」
「お前なぁ、ふざけたことばっか言ってんなよ」
「ナップ、ほっぺに食べかすがついてるわよ」
「え?」
言われて振り向くと、ベルフラウがひょいと食べかすを指で取っていく。
「あ……悪い……」
「どういたしまして」
でも、そんなの言ってくれれば自分で取るのに……と思いつつも、なんとなく照れくさくなりながら礼を言うと、ベルフラウはにっこりと笑った。
そして――
「………っ!?」
「おお〜」
「ベルったら……」
その取った食べかすを、ぺろり、と自分で食べた。
カッと顔が熱くなる。そんな、そんなまるでいちゃついてる恋人同士みたいなこと、先生とだってめったにやらないのに。
「なになに、ベルちゃんってば実はナップたんを落とす気満々?」
「なっ……」
「決まっているでしょう? 報われようが報われまいがそばにいたいけど、報われた方がずっといいに決まっているし。それなら頑張るしかないじゃない」
「おお〜」
「すごいね、ベル、前向き。私だったらなかなかそこまで思えない、きっと」
「…………」
「……ナップ」
「へ?」
言われて振り向くと、突然ウィルに指先で顎をつかまれてくい、と持ち上げられた。
「ウィ……ウィル?」
「不注意だな、君は。……顔に傷がついてる」
「え……へ?」
「あんまり体に傷をつけると……お仕置きするぞ」
「は……はい………?」
間近で微笑みながらそんなことを言われて、ナップは思わず固まった。どう答えればいいのかわからないうちに、ウィルの顔が近づいてくる――
そして途中でがっしとベルフラウの手で止められた。
「こんなところでなにをする気、ウィル?」
「別に妙なことをするつもりじゃないさ。ただ傷を治してあげようとしただけだ」
「舐めて治してあげる♪ って? ふざけるのもたいがいにした方がいいわよ?」
そんな会話を聞きながらナップは今までのウィルからは考えられない行動に呆然としていたが、ふとウィルの耳が赤いのに気がつき、自分も真っ赤になった。
――ウィルも恥ずかしいんだ。なのに、俺にあんなことしたんだ。
「モテモテだね〜、ナップたん♪ 二人の心をこんなに翻弄して罪なコ!」
「……モテモテだな」
「モテモテね」
言い争うウィルとベルフラウの横でそんなことを言われ、ナップは真っ赤になりながら脱力してテーブルの上に突っ伏した。
紙にさらさらと文章を書き連ねていく。その手紙はいつも、書きたいこと、伝えたいことがいっぱいで文章に詰まるということがない。
「なにを書いてるんだい?」
後ろからふいにそんな声をかけられ、一瞬ナップは飛び上がりかけた。思ったよりも声の距離が近かったのだ。
「な、なんだよウィル、もう風呂上がったのか?」
「まぁね。……先生≠ヨの、手紙?」
「………うん」
ナップは小さくうなずいた。ウィルにそれを言うのは、吹っ切ったつもりでもだいぶ心苦しいことではあったけれども。
だが、ウィルは怒りの感情も悲しみの感情も見せず、普通の表情で聞いてきた。
「なんて書いたの?」
「………秘密」
ナップは笑った。ウィルに本当のことを言うのは、やっぱりちょっと恥ずかしいからだ。
「ま、ウィルのことはいつも通り書いたけどな」
「………ふぅん」
返事は無愛想だが、耳が少し赤い。こういうとこは変わってないなぁ、と嬉しくなってナップはウィルにじゃれついた。
「わ!」
「ウィルー」
笑いながらぐりぐりと頭を押し付ける。ウィルの体温がなんだかひどく嬉しかった。その気持ちの半分は、先生が今ここにいないという理由から来るものだったとしても。
――手紙には、こう書いたのだ。
『俺のことを好きだって言ってくれる奴ができたよ。先生、心配?』
―――と。