初日――ナップ学内の有名人になるのこと

 新入生入寮日翌日、新学期初日。
 ウィルは隣のベッドで立ったごそごそ、という音に目を覚ました。
 まだ半分眠りながらのろのろと起き上がって目を擦ると、声がかかる。
「あ、わり。起こしちゃった?」
「………ナップ?」
 寝ぼけ眼で隣のベッドを見つめ、ウィルは目を丸くした。まだ外は陽が上り始めたばかりだというのに、ナップは訓練用の服に着替えて大剣を背負い鎧を着込んだ完全武装をしていたのだ。
 家からの武器防具の持ちこみはある程度認められているし、ナップが大剣と軽鎧を持ち込んでいたのは知っているが、寮内で武装するのは禁止である。
「……なに、それは」
「あ、この剣はビリオン・デスっつってさ。無限回廊の第十五界廊で手に入れた逸品なんだぜ。鎧は竜鱗の鎧。こっちは第十四界廊で手に入れた奴で、防御力も魔防力も桁違い……」
「そんなことは聞いてないよ」
「は? じゃあなんなんだよ」
「なんで寮内で武装してるわけ? 寮内の戦闘行為はご法度だよ」
「んなもんするわけねぇじゃん。ただ単に訓練しようと思っただけ」
 ウィルは小さく口を開けた。
「――訓練?」
「そ、基礎訓練。基本の訓練は毎日やんねーと腕が落ちるだろ? 走り込みして型の練習するには、武装しないとどーしようもないじゃん」
「……戦闘行為ではなくても寮内の武装は禁止なんだけど」
 その言葉に、ナップはむっと唇を尖らせた。
「そのくらい大目に見てくれたっていいだろ。悪いことしてるわけじゃねーんだし」
「大目に見てもいいけどね。条件がある」
「条件?」
「僕もその訓練につきあわせること」
 ナップはきょとんとした。
「……そりゃ、別にいいけど。なんでわざわざ?」
 ウィルはふ、と冷笑する。
「今年の新入生総代の身体的レベルを知っておきたいだけさ」
「……ふーん。ま、いいけどな」
 ナップは肩をすくめると、ひょいとベッドに座り込んだ。体重+大剣と鎧の重さを加えられて、ベッドはぎしい、と悲鳴を上げる。
「……別に、先に出ててもいいよ」
「一緒に訓練すんだから一緒に出てきゃいいじゃんか。お前けっこう気ぃ遣いだな」
「……別に! そういうわけじゃないよ」
 苛立たしげに言うと、ウィルは大急ぎで寝巻きを脱ぎ出した。

「……………」
 ざしゅっ、とウィルは思いきり朝食のサラダをフォークで突き刺した。ざしゅ、ざしゅ、ざしゅ、と野菜が細切れになるまで執拗に突きまくる。
「あのさあ、ウィル。お前、なに怒ってんの?」
「別に怒ってないよ」
「怒ってんじゃん」
「怒ってない」
「……オレに体力で負けたの、そんなに悔しかったわけ?」
 そっと囁かれたナップの言葉に、ウィルはきっとナップを睨んで怒鳴った。
「次は負けない! 僕を甘く見るなよ!」
「……はいはい」
 ナップはぽりぽりと頭をかいて、食事――焼きたてのパスティス風パン、ベーコンエッグ、マッシュポテト、サラダ、デザートにナウバの実――に戻った。寮内の食堂にはまだ人が少ないため、飛んでくる視線も数少ない。
 ウィルは顔を真っ赤にしてひたすらにサラダを攻撃していた。実際には――図星だったのだ。
 ナップと一緒にやった基礎訓練で、ウィルはことごとくナップに負けた。別に勝負していたわけではないのだが、ウィルは負けたと感じたのだ。
 そもそもウィルがナップと一緒に訓練するよう申し込んだのは、ナップのレベルを知りたいと思ったのも確かだが、それ以上にナップに自分よりも多く訓練されるのが悔しかったからなのだ。ウィルはもちろん座学は予習復習怠りなくやっているし、本来ならもっと上の学年や軍に入ってから学ぶ知識も貪欲に吸収する。だが、早朝に個人で基礎練習をするという頭はなかった。それは文武両道を目指すウィルにとって、非常に悔しいことだったのだ。
 だが、対抗心で体をいっぱいにして受けた訓練では。
 走り込みではどんなに懸命に走ってもナップに大きく差をつけられ、のみならずウィルが体力を使い果たしてへたりこんだあとも平気な顔で自分の倍近いメニューをこなすナップの姿を見せつけられた。
 そのあとの型の練習でも負けた。むろん型の練習だからお互い戦闘訓練のように本気でやったわけではないのだが、剣術も平均以上のウィルには型をなぞるだけでもナップと自分との明確な腕の差がわかった。ナップと自分では、明らかにレベルが違う。
 第一大人でも大剣を振り回せるほどの力の持ち主は少ないというのに、この年でまったく剣に振り回されることなく型をなぞれるということからして尋常でない。
 つまり、体力面ではどこをとってもナップは自分を大幅に上回っている。
 それがたまらなく悔しく、苛立たしくて、ウィルはサラダに八つ当たりをしているわけだ。
 明日から僕も体力訓練をしよう。こいつの倍やってやる。なんとしても追いつき、追い越してやるんだ。そうウィルが決意しつつ今度はマッシュポテトにフォークを突き立てていると、ナップが困ったように言う。
「でもさ。そんなに悔しがることでもないだろ? オレとお前は違うんだからさ」
 ウィルはその言葉に血相を変えてナップを睨むと、押し出すような声で言った。
「……君と僕とは住む世界が違うとでも言いたいのか」
「あー、もう、そーじゃなくってさ! そう聞こえちまったら謝るけど……」
 ナップはぼりぼりと勢いよく頭をかくと、姿勢を正してちょっと改まったように言う。
「オレは体を動かすのが好きだし、得意だ。でも、勉強はあんまり好きじゃなかった」
「…………」
「でも、先生が――俺の家庭教師の先生な、すごく根気よく、優しく教えてくれて。オレがわかりやすいように苦労していろんな方法考えてくれて。ナップは頭が悪いんじゃない、ただじっとしてるのが苦手なだけだよって言ってくれて」
「……だからなにが言いたいの?」
「だからさ。人にはそれぞれ向き不向きがあるし、人によって合ったやり方は違うんだってことだよ。オレにはあれが合ってるってだけでさ。お前頭使う方が得意っぽいじゃん」
「…………」
 黙りこむウィルに、ナップは笑って言った。
「第一さ、人によって積んできた経験は違うんだから、いちいち訓練途中でどっちが上か下かって決めたってしょうがないじゃん。喧嘩してるんじゃないんだから、そんなのどーだっていいことだろ?」
「――――!」
 ウィルは思わずカッとなって、バン! と思いきりテーブルを叩いた。
「聞いた風な口を叩くな! 君はっ……本当に負けたことがないからそんな口が利けるんだ!」
 ―――食堂内が一瞬、しーんと静まり返った。
 ウィルは感情を爆発させてしまったことにカッと顔を赤らめたが、激情はまだ治まらなかった。悔しい。悔しい。負けるなんて――他人に負けたら、絶対駄目なのに。そんな声が、頭の中でわんわん響く。
 一瞬硬直したものの、すぐカッと顔を赤くしてナップは口を開く――だが、実際に言い返し始める前に後ろから声がかかった。
「騒々しいですわよ。ウィル」
「――ベルフラウ……」
 溜め息に似た言葉を発し、ウィルは顔色を元に戻した。かといって普段通りというのでもなく、なんだかげんなりした様子だ。
 なんなんだ、と声の方を振り向いたナップの目の前にいたのは、柔らかい色の長い金髪をおでこの上できれいに切りそろえたきつい目の少女と、紅茶色の長髪を頭の横で結んだ気弱そうな少女だった。二人とも手に朝食のトレイを持っている。
「隣、よろしくて?」
 言って返事も聞かずにナップの隣に座る金髪の少女。紅茶色の髪の少女も、困ったように周囲を見渡していたが金髪の少女に引っ張られてさらにその隣に座った。
「あんたら……」
「ウィルのクラスメイトよ。襟章でおわかりにならなくて?」
「オレ新入生だもん、六学年もある襟章の色なんていちいち覚えてないよ。あ、オレは……」
「存じあげてます。ナップ・マルティーニ。帝国屈指の大貿易商マルティーニ家の一人息子。ウィルの同室で、今年の新入生総代……ですわね?」
「え、なんで……」
「ウィルが一人でぶつぶつ言ってたのを漏れ聞いたの。私はベルフラウ・ガスタロッシ。ウィルと同じく飛び級組よ。こっちはアリーゼ・スーリエ。同じく飛び級組ですわ」
「よ、よろしく……」
 ベルフラウが高飛車に宣言する脇から、アリーゼがちょっとだけ顔を出してか細い声で言う。ナップはこういう自分と同じ年頃の少女と接した経験がないので少し戸惑ったが、なんにしろ仲良くしておくにこしたことはないだろうとにっと笑いかける。
「ベルフラウとアリーゼか。よろしくなっ!」
「は、はい……」
 アリーゼは少しはにかむような顔になってそう返事をしたが、ベルフラウはナップの言葉にきりりっと柳眉を逆立てた。
「ちょっと貴方。その前になにか言うことがあるんじゃありません?」
「は? 言うことって?」
 怪訝そうな顔になるナップに、ベルフラウはやっぱり高飛車に宣言する。
「私は帝国でも名門中の名門、軍事政財界各方面に優秀な人材を輩出しているガスタロッシ家の息女ですのよ! 家名に敬意を払い、敬礼の一つでもするのが礼儀じゃなくて?」
「はぁ!?」
 唖然とするナップ。アリーゼがおろおろと二人を見回し、ウィルがはぁ、と大きな溜め息をつく。
「何度言ったらわかるんだベルフラウ。軍人はあくまで実力世界だって。どんなに家名が高かろうが、実戦ではなんの役にも立たないんだからね」
「あら、そんなこと当然承知しているわ。でもここは戦場じゃない。軍人には派閥作りも重要な仕事よ。上級軍人を目指すなら高度な政治感覚がなければ勤まらない。高い勢力を持つ家の名前には、相応の敬意を払うのが当然でしょう?」
 やれやれ、と再び息をつくウィルにかまわず、ベルフラウはナップをじっと見つめた。
「さ、なにか言うことは? ……もしかしてガスタロッシ家のことをご存じないとかおっしゃるんじゃないでしょうね?」
「あのなー……」
 ナップははぁ、と大きな息をついて、ざっと髪をかき上げた。
「知ってるよ。ガスタロッシ家はあちこちいろんなところに閥を作ってる帝国の柱の一つと呼ばれてる一家。スーリエ家は軍人の名門。アルダート家は代々帝国執政官の家柄なんだろ」
「………!」
「あら、ウィルの家のこともご存知なの。なぜ執政官の血筋の者が軍人を目指すかお聞きになった?」
「聞かないよ。そんなんどーでもいいもん」
「興味がない、ってことかしら?」
「そーじゃなくてさ。有名な家に生まれたのがそいつの手柄じゃないように、自分の好きなことや得意なこととは違う家に生まれたのだってそいつのせいじゃないじゃん。有名な家に生まれたってのはいいこともあるし悪いこともあるけどさ、人が家のためにあるんじゃなくて人の集まりが家なんだろ。家名とかなんだってのに縛られるのって、すげえくだらねえよ」
 アズリアやイスラを見ていて、ナップは強くそう思ったのだ。
「…………」
「ふうん……」
 怒るかと思いきや、ベルフラウはなぜかにこりと笑った。
「頭は悪くないようね。……気に入りましたわ」
「はぁ?」
「これからよろしく、ナップ。仲良くしましょう」
「ああ、うん、よろしくな……」
 戸惑いながらもそう答え、食事を始めたベルフラウたちに習って食事を再開する。
 気に入ったという言葉は嘘ではないようで、ベルフラウは食事しながらアリーゼやウィルと同様にナップにも活発に話題を振ってきた。どーいう性格なんだろな、と考えて、ちょっとこういうことじゃないかな、と考えつく。
 ベルフラウにしてみればさっきの家名が云々の一件は彼女なりのテストなのだろう。相手が家名を畏れるか、敵視するか。家名というしがらみが人付き合いにすらついてまわるほど高名な家に生まれてしまった人間の編み出した自衛手段の一つというわけだ。
 気の毒だな、とも思ったが、ベルフラウは家名の重圧やらなにやらを跳ね返して元気に高飛車にやっている。こいつを本当に気の毒に思うのはこいつともっと仲良くなってからだ、と心に決めた。
 これからの授業の予定やら、一年の時の授業がどうだったかなどを話しているうちに、ナップは食事を終え、立ち上がる。
「ごちそうさまっと。それじゃお先〜」
「もう校舎の方に行くのかしら? また始業までだいぶありますわよ」
「図書室行くんだよ。ここにどんな蔵書があって、どんな勉強ができるかってこと調べとかないとな」
「あの、勉強熱心、なんですね……」
「オレ勉強苦手だから人の倍やんなきゃダメなんだ。じゃあまたな、ウィル、アリーゼ、ベルフラウ!」
 言うとナップは歩きながらポケットから豆本を取り出し、それを読みながら去っていく。人の倍勉強するというのは駄法螺ではない。それは昨日一日一緒に過ごしたウィルにはよくわかっている。
 それを見つめながら、ベルフラウがウィルに言った。
「悪い人間ではないように見受けますけれど?」
「まだよくわからないけれど、優しい、と思います……」
「……別に嫌な奴だなんて言ってないだろ」
 言ってウィルは半熟のベーコンエッグの黄身をぶちゅっ、と突き刺した。

 新学期と言っても去年となにか変わることがあるわけではない。授業は事前に充分に余裕をもって予習を済ませてあるし、実技の方も修練に怠りはない。
 本来の学年より二年上というくらい、ウィルにはハンデにならない。むろん純粋な体力勝負になればウィルは大きく見劣りするのだが、ウィルはそういう時も巧みに力のなさをごまかして弱みを見せなかった。
 素行も成績も家柄も優秀、頭もよければ弁も立つ。飛び級しているにもかかわらず、押しも押されぬ優等生。ウィルは大半の生徒からそんなイメージを抱かれていると自覚している。
 別にそのイメージにわざわざ沿う気はないが、得もないのに逆らうのも馬鹿らしい。朝の苛立ちを忘れるべく、ウィルは授業に集中した。
「……この陣営の時、敵召喚師に対して取るべき戦法はなにか? ラムジーくん」
「え、えと、斧戦士が接近して攻撃を……」
「違う。この距離では接敵するより先に敵の召喚術をくらう。……アルダートくん、答えてみたまえ」
「はい、憑依召喚術で肉体的防御力を弱体化させ、射撃武器で遠距離狙撃を行います」
「その通り」
 小さく起こるどよめき。その中には素直な感嘆も含まれているが、嫉妬やら苛立ちやら憎悪やら、否定的な感情が篭っているのが大半だ。
 別に、今に始まったことではない。出る杭は打たれる、それはごく当然のことだ。自分はそうやすやすと打たれる杭にはならない、そう決めているから構わない。
 ――自分は、勝たなくてはならないのだから。
 授業が終わって、昼休み。昼食を食べに食堂へ行こうと立ち上がった時、教室に一人の生徒が駆けこんできた。授業態度は不真面目だが、校内外の情報に聡い諜報部志望の生徒だ。
「ニュース、ニュース、大ニュース!」
「はぁ? なに興奮してんだよお前」
「いつものことじゃん。こいつがタダで流す噂の八割は捏造だもんな、そりゃ興奮でもしてみせなきゃ説得力に欠けるわ」
「違うって、今回はマジ! 激マジ情報!」
 荒い息を整えて、教室内のかなりの人数が注目しているのを確認してから、その生徒は叫んだ。
「セーガ教官が、今年の新入生総代に練習試合挑んで一撃で倒されたんだって!」

「ナップ!」
「ん?」
 食堂でクラスメイトに囲まれて昼食のローストビーフサンドイッチ(一個目)をぱくついていたナップは、声のした方を向いてあ、という顔になった。ウィルがすさまじく厳しい表情でこっちを睨んでいる。
「よお。お前もメシ?」
「それもあるけどね。君に聞きたいことがあるんだ」
 クラスメイトたちの訝しげな視線の集中砲火を浴びてもびくともせず、ウィルはナップの目の前に立ち、ほとんど詰め寄るようにしてナップに言う。
「君がセーガ教官と練習試合をして、一撃で相手を倒したっていうのは本当なのかい?」
「あー……」
 ナップはやや辟易した顔をした。同じことをもうすでに何人もの人に話していたからだ。
「別に、そんなに大したことしたわけじゃないんだけどな……」
「本当なのかい、嘘なのかい? はっきり答えてくれ!」
 ウィルの必死な様子に、ナップは少し戸惑ったが、わざわざ話さないのもなんか妙な感じだ。ナップは渋々口を開いた。
「だからさぁ……」

「この授業は初の実技授業ということで、まず自分がどの武器を選ぶか決めてもらう。どの武器も一通り扱い方は教えるが、主軸となる武器は基本的に一つか多くても二つ。すでに武器の訓練を受けているものはそこへ行くこと。ただし、武器に対する個人の適性も判断するので、今までの自分の経験にとらわれずいろんな武器を試してみるように」
 教官の言葉に従い、生徒たちは各武器を準備している担当教官のところへ散っていく。ナップもあとに続こうとしたが、周囲のどこを見渡しても大剣を持っている担当教官がいない。仕方なく主任教官に聞いた。
「あの、すいません。大剣を選ぶ奴はどこ行けばいいんでしょうか?」
 教官は笑った。
「最初からいきなり大剣を持とうというのは無理だ。まずは普通の剣からやってみるといい」
「いや、無理っていうか。実際に使ってるし……」
 ナップが呟くと、教官は少し顔色を変える。
「それは本当か?」
「はい。型も陸戦隊剣術なら大体習ってます」
「ふむ……」
 教官は少し考えて、言った。
「ちょっと待ってなさい。今練習用の大剣を持ってくる」
 数分後、ナップと教官は練習用の(木製の刀身に鉛を入れて重さを同じにし綿入りの布をかぶせた)大剣を持って対峙していた。
「どのくらいの腕か軽く試してやる。どこからでも打ちこんでこい」
「……じゃ、よろしくお願いします」
 教官としてはナップの腕を試すつもりなのだろうが、ナップとしてもそれは望むところだった。ナップも自らの腕に自信はあるが、それが軍学校ではどのくらいのレベルにあるのか試してみたい気持ちは強い。
 それに教官の腕がどのくらいのものかも知りたい。先生や護人たちと比べてどうなのか。先生はきっと軍の中でもすごく強かったに決まってるけど、できることならそれを自分の体で知っておきたかった。
 負けないぞ。伊達に幻影龍妃と何度も斬り合いしてきたわけじゃねぇってこと見せてやる!
 ナップは小さく息を吸い込むと、一歩踏みこみ全身の力をこめて凄まじい速さで打ちこんだ。

「……で、それを教官が防御し損ねてさ。頭狙ってたから脳震盪を起こしちゃったわけ。ま、当たり所もよかったしな」
「…………」
「だから今回のはどっちかっていうと運の問題なんだよ。本気ならああも簡単にはいかないだろ。実際油断してたわりには受けようとする動きは悪い腕って感じしなかったし」
「悪い腕……?」
 パスティス軍学校の教官は現役でも最前線で活動できるほどの腕の持ち主ばかりだ。新米軍人など問題にもしないし、エリートと呼ばれる軍人の中でも腕は決して悪くない。しかもセーガ教官はその中でも腕はトップクラス、その彼をいかに運がよかったとはいえ、自分と同じわずか十二歳の少年が一撃で倒すとは――
 顔を蒼白にしてナップを睨むウィルなど気づかぬげに、ナップは笑った。
「そりゃ、先生よりは全然弱かったけどさ」
 言って照れたように微笑むその仕草――
 ウィルはバン! とナップのそばのテーブルを叩いた。驚くナップをぎっと睨み、告げる。
「僕は絶対君には負けない! 今に見ていろよ!」
 言うやくるりと振り向いて食堂を出て行く。
「誰だよあいつ……いきなり偉そうに」
「やな感じ。ナップくん、あの子誰? 知り合い?」
 クラスメイトたちが不満を漏らす中、ナップは唖然とした表情から回復して、困った顔をしつつ言った。
「……あいつ、なんか以前のアズリアに似てるなぁ……」

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