一ヶ月――ナップ上級生に絡まれるのこと

「……だから、そうじゃないって。相手がここにこう立ってるだろ? そこに思いきって踏みこんで、自分の間合いにもっていって……」
 だっと勢いよく踏みこんで、持った大剣を軽々と動かし、立っている人形に振り下ろし――ぎりぎりでぴたりと止める。周囲の生徒からおおっと感嘆の声が上がった。
「……まずは力加減とか考えなくていいからさっき教えたみたいに全力で振り回してみること。じゃ、それぞれ練習してみて」
 言うと生徒たちは散開して練習用の人形に向けて剣を振り下ろし始める。ナップはふぅ、と息をつき、自分も剣の型をなぞり始めた。
 軍学校入学から一ヶ月。ナップの立場はずいぶん妙なものになっている。
 授業初日にセーガ教官を叩きのめしてからというもの、ナップは同級生たちに憧れの目で見られるようになってしまった。自分たちと同い年で教官に勝ち、しかもそれをさして誇るでもないナップ。さらに座学も優秀、性格も明るく親切とくれば、周囲から憧憬の視線を浴びせられるのも無理はない。
 おまけにセーガ教官を倒したということで学校中の戦闘実技担当教官から目をつけられてしまい、呼び出されては勝負を挑まれるのが日常になってしまった。現在のところ全勝しているが、それにより大抵の教官から妙に買われてしまい、お前には教えることはない、自分で修行しろ、と戦闘実技の時間は教官補佐のような役目を受け持つことになっている。
 それが嫌だ、というのではないが――ナップとしてはいいのかな、と思ってしまう。自分だって先生と違ってまだ修行中で、ここに勉強するために来てるのに、誰かにものを教えるなんてことしていいんだろうか。
 と思いつつも教えて教えてとまとわりついてくる同級生たちをむげにもできず、勉強や剣術を教えてしまうのだが。
 だけど、自分がなんの気なしにできてしまうことを教えるというのはとても難しい。自分だって半年前までは子供のチャンバラ程度のことしかできなかったのに、どうやってできるようになったのかもう忘れかけている。
 先生はどうだったんだろう。オレを教える時大変じゃなかったんだろうか?
 オレは今自分が腕にそれなりに自信を持てているのは、全部先生のおかげだと思ってるんだけど。
「おいナップ! そんなところで一人で剣振ってるんじゃない、せっかく時間が空いたんだ一勝負するぞ!」
「……生徒見てなくていいんですか?」
「生徒にだって模範演技を見せた方が刺激になるさ。ほれ勝負勝負」
「へーい……」
 ナップはもう一度息をつくと、ぎゅっと奥歯を噛み締めて気持ちを入れ替え、声をかけてきた教官の方へ向かった。

「ナップくんってほんっと、すごいよねぇ!」
 歩きながら同級生の少女の一人が嬉しげに言うと、周りにいた同級生たちがいっせいにうんうんとうなずく。
 ナップは一緒に歩きながら、居心地悪げに身じろぎした。
「別に、そんな風に言われるほどじゃ……」
「そんなことないよー、すごいよー! 僕ナップくんが戦うところ見て魔法みたいだって思ったもん!」
「ナップくんの剣さばきって本当に目にも止まらないくらいの速さでぇ、神業って言っていいくらいなんだもん! すごいよねー、私たちとはレベルが違うって感じ!」
「勉強もすごいできるしさー、天才っているところにはいるんだなって思っちゃう。ホントすごいよねー」
 この一ヶ月何度も繰り返されてきた話に、ナップは内心うんざりしてため息をついた。そりゃ自分にまったく才能がないとは言わないし考えたくないが、今の自分があるのは先生の的確で熱心な指導と、それに応えたくて自分が必死に努力したためだと思っている。
 こいつらは(なぜか軍学校では数少ない女子生徒が多かった)ずーっと周囲を取り巻いて自分を褒めちぎってくれるが、自分としてはもう少し普通につきあって、自分の努力を評価してくれる奴とつきあいたいなと思っているのだが。ナップはいろんな生徒と友達になって切磋琢磨したいと思っているのに、自分で努力もしないでナップを特別な存在にしてしまう奴ばかり周りに集まってくる。
 一応自分を慕ってくれているのだろうと思うと邪険にはできないが。こいつらならまだウィルの方がいいな、とちらりと思ってしまい、ナップは内心苦笑した。
 ウィルはこの一ヶ月というもの(つまり出会ってからほとんどの間)、徹底的に自分をライバル視していた。それもあからさまに。
 朝は自分より早く起き出して別の場所で訓練をし、自分より遅く戻ってきて自分より早く食事をし(何度か一緒に食事をしようと待っていたことがあったのだが、冷たく断られた)、話をしようとしたら思いきりつんけんした態度で対応され、ときおりナップとしては普通に話してただけなのに凄まじい目でこちらを睨み、自室で勉強しているとふらふらになりながらもナップが寝るまで絶対に勉強をやめない。
 むやみやたらに崇拝されるよりはマシだが、なにもそんなにムキにならなくてもなぁ、と思う。部屋にいる時はほとんどずっと顔を合わせている相手になにかにつけて突っかかられては、さすがに神経がくたびれるのだ。
 先生もアズリアにこんな風に突っかかられてたのかな。ふとそんな考えが頭の中に浮かび、胸につきりという痛みを覚えてナップは窓の外の空を見る。先生は今、はるか遠くの空の下だ。
 あー……なんか久々にすごく先生に会いたいなぁー……などと切ないため息をついた時、声がかかった。
「おい。ナップ・マルティーニだな?」
 ひどく険悪な、篭るような声。
 ナップがはっとして声の方を見ると、自分たちよりはるかに体の大きい、多分四年か五年生あたりの生徒たちが、数人固まってこちらを睨んでいるのが見えた。周りにいる連中が怯えたようにナップの後ろに退がる。
「そうだけど。なんか用……ですか?」
 襟章を見て五年生だと確認し、ナップは一応敬語を使った。相手の男たちは尊大に、ナップに向けて顎をしゃくる。
「顔貸しな。話がある」
「…………へーい」
 こんな偉そうな奴らに従う義理はないが、一応話くらいは聞いてやってもいいだろう。ちょうど昼休みだし時間はある、これも経験だ。ナップは肩をすくめてうなずくと、不安そうな周りの奴らに手を振って先輩たちのあとについて歩き出した。

「お前なぁ、ちょっと目立ちすぎなんじゃねぇか?」
「新入生ってのはもっと大人しくしてるもんだろーが」
「ちょっと剣の腕が立つからってなぁ、調子乗ってんじゃねぇぞ、コラ」
 似たような言葉が以下えんえんと続く。
 裏庭で自分を取り囲んで言う先輩たちの勝手な言葉をしばらく黙って聞いてから、ナップは肩をすくめた。
「んだコラ? 先輩に向かってなんだその態度は?」
「ざけんなよ。泣かされてぇのか、コラ」
「あのさ。あんたたち結局なにが言いたいの?」
 ナップは敬語を使う気をなくしていた。こんなことを本気で言ってるんだったら、こいつらは大馬鹿だ。
「先輩に向かってなんだその口の利き方は!?」
「先輩だって威張るんなら尊敬されるだけのことしろよ。オレにはあんたたちが単にひがんでるだけのようにしか見えないんだけど」
 五年生たちは一瞬絶句して、顔を真っ赤にして怒鳴り出した。
「てめぇ、調子くれてっとぶっ殺すぞ!」
「違うんならなにが言いたいのかちゃんと結論言ってくれよ。オレは調子に乗ってもいないし殺される気もない。別に悪いことなんかなにもしてないもん。あんたたち、ただオレに意地悪したいだけとしか思えないぜ」
「…………!」
「ざけんじゃねぇぞてめぇ!」
 一人がいきり立ってパンチを繰り出してきた。一応それなりに慣れた感じではあったが、ナップの目から見るとてんでなっちゃいなかった。余裕をもってかわそうと一歩退く――その瞬間、ナップの前に人影が飛び込んできた。
「………っ!」
「ウィル!?」
 ナップは仰天して叫んだ。その人影は自分の同居人、ウィル・アルダートだったのだ。
 ウィルはナップの代わりに五年生のパンチを食らったものの、切れた口元を拭う素振りも見せず五年生たちを睨み回す。
「五年生の先輩方が、一年生を取り囲んで新入生いじめですか。ダルヴァ教官が知ったらなんと言うでしょうね?」
 五年生たちが一瞬硬直する。ダルヴァ教官は実技担当教官の中でも一番の武闘派で、生徒の校則違反やいじめには特に厳しい教官だった。
「ば、馬鹿にすんなよ。チクりやがったらどうなるかわかってんだろうな?」
「少なくともしばらくは教官たちは僕たちのことを注意して見てくれているでしょうね。それに僕たちはあなたたちが僕たちになんらかの攻撃を仕掛けてくるたびに教官にお願いして罰を与えてもらいますよ。罰が何度も繰り返されれば留年や放校という可能性もあるでしょうね、ミールさんドクオさんフェッツィさんシルガさん?」
「な、なんで俺たちの名前……!」
「教官から問題児だとお聞きしたことがあったので。さらに覚えをめでたくしたいですか?」
 微笑みを浮かべながら容赦なく言うウィルに、五年生たちはしばし蒼白になった顔を見合わせていたが、やがて誰からともなくばっと後ろを向いて逃げ出した。
 それを少し呆然としながら見送ってから、ナップははっと気づいてウィルに向き直る。
「ウィ……」
 言う前に、ウィルはくるりとナップの方に向き直った。目が怖い。顔も怖い。ほとんど殺気すら込めてナップを睨んでくる。
 一瞬たじろいだナップに、ウィルはずだだだだと言葉を乱射した。
「なにを考えてるんだ君は!? あんないかにもな奴らについてくるなんて、君の頭には脳味噌の代わりにレバーペーストでも詰まってるのか!?」
「え……お前、見てたの?」
「食事を終えて訓練しようと裏庭にやってきたら君が絡まれてるのを見ただけだ! そういう状況に自分を追い込むことがそもそも間違ってるんだよ! あいつらはこの学校内でも札つきの不良なんだぞ! 顔を見たらわかるだろ、少しは警戒しろっ!」
「はぁ……スイマセン……」
 ウィルの勢いに圧倒されて思わず頭を下げてから、ナップはあ、と気づいた。
「ウィル……」
「なんだよ!? 言っておくけど僕はものすごく腹を立ててるんだからな! 君がこうも迂闊な人間だとは思わなかった!」
「お前さ。オレのこと心配してくれたの?」
「…………!?」
 ウィルはナップの言葉に、ぱあっと顔に朱を散らした。
「な、なにを馬鹿なことを……」
「だって、そうだろ。ただ通りかかっただけでわざわざ殴られるところに飛び込んでくるなんて。オレのこと、もしかしてすげえ心配してくれたんじゃないの?」
「…………っ!」
 ウィルは顔を真っ赤にして、ナップを睨んだ。
「……っ、僕はただ君に問題を起こしてほしくなかっただけだ! 君にはさっさと僕と同じ学年に上がってもらわなくちゃ困るんだよ! 僕はきちんと君と勝負をつけたいんだから!」
「ふーん……」
 ナップは口元が笑うのを抑えられなかった。
「な……なにがおかしいんだ!」
「いや。ありがとな、ウィル」
「べ、別に僕は自分のためにやっただけで、礼を言われるようなことは……」
「意地張んなよ。へへっ、オレ、なんかお前気に入っちゃったな」
「な……」
 ウィルはまた顔を赤くしてナップを睨んだが、ナップは本気だった。こいつ、けっこういい奴だ。それに、面白くて潔い。意地っ張りだけど、こいつは俺に真正面から全力でぶち当たってきている。
「オレ、お前と友達になりたくなった。うん、なんかすげーお前と仲良くしたくなったぞ」
「な、なにを馬鹿なことを……」
「これから改めてよろしくな。オレ、お前と友達になろうと頑張るからさ」
「っ、僕は君と友人になるつもりはないっ!」
 ウィルは真っ赤な顔でそう怒鳴ると踵を返す。ナップは口元に笑みを浮かべながらそのあとを追った。
 先生。俺、仲良くしてみたいって思う奴ができたよ。アズリアに対して先生もそう思ったのかな。
 俺、友達になろうと頑張ってみる。そんでいっぱい成長して経験積んで、先生のところに戻ってくるからね。
 昼下がりの青い空を見上げて、ナップはそう空の向こうの先生に語りかけた。

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