最終年・2――生徒総代のこと

「貴様、でかい面するなよ。ちょっとくらい飛び級してるからって、田舎学校からの留学生のくせをして。貴様らなんぞしょせん軍に入れば俺の命令であっちこっち飛び回る使いっぱしりにしかなれないんだからな」
 そんなことを凄みながら言われ、ナップはぽかんと口を開けた。ひとつには相手と自分にそんなことを言われるほど接点があるとは思えなかったからで、もうひとつには相手の言っていることがよくわからなかったせいだ。
 でかい面って。なに言ってんだこいつ? こっちの学校に来てまだ二週間なのにでかい面もくそもあるわけねーじゃん。つか、なんで俺らがこいつの使いっぱしりに?
 そう言ってやろうと口を開くが、その前に相手の同級生である男子生徒がふんと鼻を鳴らして背を向け駆け去ってしまう。
 言い逃げかよ、と少しばかり不機嫌になったが、ナップは気を取り直して試験会場へ向かい再び歩き出した。次の試験場は剣術の上級試験なのでウィルやベルフラウたちとは別会場なのだ。
 ウルゴーラの軍学校にやってきたナップたちは忙しい日々をすごしていた。ウルゴーラの軍学校は金持ちたちの社交場のようなものだと聞いていたので講師の質を少しばかり心配していたのだが、意外にもパスティス軍学校と遜色ない、一部では勝っているのではないかと思えるほど設備も講師も充実していた。授業時間自体は驚くほど短かったのだが、自分の勉強に使える時間が多く、講師たちに指導してもらおうとすれば勉強会という形で講習があったりする。
 どうやらウルゴーラの軍学校は、課される義務は少ないが自ら学ぼうとする者たちには存分に応える、という形をとっているらしい。考えてみれば当たり前だ、曲がりなりにも先生の学んだ、上級軍人を輩出する学校なのだから。
 なのでパスティス軍学校にいた時同様、訓練の日々を行っていたのだが、最高学年となると今までの忙しさとは質が違った。次の季節の巡りには卒業ということで、適性やら能力やらを詳しく調べるべく試験が異常に多くなっているのだ。
 そういうわけで新学期が始まってまだ二週間にもならないというのに、実力試験と称して試験を受けているわけだ。パスティスでもそれは変わらなかったろうが、違うのはウルゴーラでは選択試験が非常に多くなっていること。なので、ナップは戦技試験を中心に受けていた。勉強でもなんでも手を抜かないのはナップの絶対の決め事だし、どうせならいい成績を取りたい。
 試験場では予想通り、背の高いがっしりした生徒たちがごろごろしていた。だが全体的にパスティス軍学校に比べればずっと数が少ないし筋肉の鍛え上げ具合もずっと質が低い。それでもその中に何人か武器を振るうための筋肉をみっしりつけて、隙なく立っている人間がいて、そいつらは要警戒だ、とナップは注意深く観察しながら思った。
「上級剣技試験を受ける者は、集合!」
 会場中の生徒たちが素早く集まってくる。試験が始まるのだ。ナップはぎゅっと、鉛入りの木剣を握った。

「ナップ!」
 聞きなれた声にナップは振り向く。予想通りそこには仲間たちが立っていた。ウィル、ベルフラウ、アリーゼ。パスティス軍学校から一緒にやってきた親友たちだ。
「もう終わったのか? どうだった?」
「それなりに手応えはあったよ。試験方式はパスティスとさほど変わらなかったし……」
「試験問題の難易度もパスティスとさほど変わらなかったしね。ちょっと意外だったわ」
「難易度を変えないかわりに落第点が低いんだって。ただ進級や卒業するだけなら簡単なんだけど、上を目指すのは相応に大変なんだってガレッガ先生が言ってた」
「それなりにやる、と思える人間もいたしね……」
「ナップはどうだったの?」
「ん? 俺もまぁまぁ」
「とかいいながらしっかり勝ってるんでしょう?」
「そりゃ、当然」
 にっと笑ってやると、仲間たちも笑顔を返してきた。こういう顔を見るとやっぱり一緒でよかったな、と強く思う。
「……ふざけるな! お前らごときが伝統あるこのウルゴーラ軍学校の生徒総代になれるわけがないだろう!」
 癇癪を起こしたような声が響き渡り、周囲の視線が声のした方に集中した。ナップたちも当然そちらの方を見る。
 そこには生徒数人のグループふたつが険悪な雰囲気を撒き散らしながら向き合っている。双方見覚えがあった。同級生――すなわち特別上級科候補組の生徒たちだ(上級科は基礎科を卒業してから配属されるので、現在は成績順で分けられた組になっている。留学生以外は特別上級科のことは基本的に知らないということになっているが、優先的に質の高い授業が受けられるようになってはいる)。片方のグループは確かファルチカからの留学生だったはず。
 怒鳴られたファルチカからの留学生たちは、ふんと鼻を鳴らしてみせた。ファルチカ出身の者たちは全員体が大きくて筋骨が隆々としている。陸戦隊というのはこういう人間ばかりなのだろうか。
「生徒総代は伝統でなるもんじゃない、一番優秀な生徒がなるもんだろ。軍ってのは実力主義だからな」
「だからってウルゴーラの生徒総代に他校からの留学生がなるなんて聞いたことがない! 第一生徒総代は万事に優秀な、戦技のみならず戦術指揮も礼儀作法も一流の人間がなると決まってるんだ、お前らのような育ちの人間がなれるはずがないだろう!」
「なんだと……!」
 いきりたちかける仲間たちを、ファルチカ組のリーダー(確か名前はエーランド・メルケルスといったと思う)、が制してまた鼻で笑う。
「なんにだって初めてってものはあるさ。それに少なくとも俺たちは、別の学校から来ただの家柄がどうだのにこだわって人を馬鹿にする奴よりは万事優秀だと自負しているんだがね」
「なんだと……!」
 拳を振り上げる(おそらくは)ウルゴーラ出身の生徒たち。構えるエーランドたちに、ナップは思わず走り寄った。
「おい、こんなところで喧嘩する気かお前ら? やるんなら人の邪魔にならないとこでやれよ」
「む……」
「お前は……」
 まじまじと見られて、その時はじめてナップはウルゴーラ側の生徒たちの中心にいるのが、試験前にいちゃもんをつけてきた男だと気付いた。
 その男はふん、と鼻を鳴らす。
「ふん、たかだか田舎学校を数年飛び級した程度で偉そうにしている坊ちゃん生徒か。なんだ、田舎者同士徒党を組もうって腹か?」
「なんだとっ!」
「言っておくがな、ウルゴーラはお前らのような野卑な者どもが大きな顔をできる場所ではないんだ! 良家の人間が知性と技を磨きぬく高貴なる舞台なんだぞ! お前らごときが生徒総代になれると思ったら大間違いだ!」
「……は?」
 ナップは思わず眉を寄せた。生徒総代。生徒の代表として学校側と話し合い対外的な交渉、式典にも出席する人間。最高学年がなるものと決まっているから確かに自分たちには資格があるわけだが。
 だからといってなんでそれがこんなところで喧嘩する原因になるんだ?
「おやおや、こんなところで喧嘩ですか。みっともない」
 冷たく、けれどどこか面白がるような声が自分たちにかかる。振り向くと、また数人の同級生が立っていた。眼鏡をした細くて背の高い男子生徒が率いるその一群は、ベルゲンからの留学生たちだ。
「ふん! 研究屋風情が、なんの用だ!」
「研究屋風情とはいってくれますね。あなた方の快適な生活、それを支えているのは我々研究者たちの日々の努力の結晶なのですよ? それをお忘れなく。まぁ、もっとも、私は研究者だけで終わるつもりはありませんが?」
 自信たっぷりに言ってくい、と眼鏡を押し上げる男子生徒。名前は確か、ライナー・ビュンテとかいった。
「ふん! 勉強しか能のないもやしどもが、偉そうに!」
「だからな、お前ら、喧嘩するなら……」
「他人事か? ナップ・マルティーニ。少なくとも俺にとってはお前も生徒総代の座を巡る相手なのには違いないんだがな」
「え?」
 ナップはきょとんとした。考えたことがなかった。確かに生徒総代というのは基本的に生徒の中で一番優秀な人間が選ばれるけれど……。
「そんなこと、喧嘩の勝ち負けで決めることじゃないだろ」
「その通りですね」
 涼やかで艶やかな声が周囲に響く。とたん、ウルゴーラ組が姿勢を正した。
 女性の声だ。少しアルディラに似た、柔らかく落ち着いた響きの。
「マルジョレーヌさまっ!」
 いっせいに叫ぶウルゴーラ組。周囲の生徒からもどよめきが上がる。ファルチカ組とベルゲン組は舌打ちをした。
 ウルゴーラ組の後ろから現れたのは、美しい女性だった。女子という言葉はすでに彼女には似つかわしくない。鮮やかな金髪を腰まで伸ばし、顔貌も驚くほどに整っている。背も高く、形のいい骨の上に薄く鍛えられた筋肉が乗っている、ほっそりした印象を受けるのに相当な腕力を持つ女性だ。
 ナップは彼女を知っている。上級剣術の講習会で一緒になり、稽古をしたこともある。マルジョレーヌ・セスブロン=ヴィズール。真聖皇帝の傍流といわれる名門中の名門、ヴィズール家の息女だ。
「生徒総代は学校が決めるもの。このようなところで争ったところで、意味などありませんよ」
「しかし、マルジョレーヌさま!」
「そもそも、我らの剣は等しく真聖皇帝に捧げられるべきもの。このようなところで仲間割れしていては資質を疑われてしまうのでは?」
「む……」
「……そうですね、確かに」
 ナップは黙っていた。ナップはこのマルジョレーヌという同級生が苦手だった。別にどこかいやなところがあるわけではない、成績も優秀らしいし礼儀正しいし誰にでも親切で、ウルゴーラの生徒たちには女王のように扱われている。だがなんというか、なぜかはわからないのだが、どこか彼女はイスラを思い出させるのだ。
 殺し、壊し、裏切り、高笑いしながらいろんな人を傷つけて、でも苦しくて苦しくてたまらないという顔をしていたイスラ。そのイスラが見せた高笑いする時の瞳に、マルジョレーヌの瞳の光は似ているような気がしてしょうがなくて。
「我々は共に戦う仲間であるべきでしょう? こんなところで争うのはやめにしませんこと? 生徒総代に誰が任じられるかは、一週間後になればわかることなのですから。今回の試験の結果でね」
「………あ、そっか」
 思わず漏らしたその言葉に、全員ぐるりとこちらを向いてきた。少し驚くナップに、ライナーが眉間に皺を寄せて訊ねる。
「『あ、そっか』とは? なにか思い出したことでもあったのですか?」
「いや、思い出したっていうかさ。そういえばこの試験、生徒総代を選び出すための試験だったなー、って思って」
『………はぁ?』
「君、また試験の目的を忘れていたのかい?」
「え、だってなんのためにやる試験かなんて試験のできにはあんま関係ないじゃん。やるんだったら全力投球するのは当たり前だし、それをどう相手に評価されるかなんて今どうこういってどうなるもんじゃないだろ?」
『…………』
「ふふ、あなたらしいわね」
「ナップくんはやっぱり、そう考えるよね」
「……馬鹿馬鹿しい。失礼する」
「ふん……面白い。やはり一筋縄ではいかない坊主だな」
「ふん! 田舎の愚か者が! 参りましょう、マルジョレーヌさま」
「……そうですね」
 最後にマルジョレーヌはちらりとナップを見て、にっこり微笑んだ。優雅に、優しく。どこか、狂っているような瞳の光で。
「一週間後の生徒総代選出が、楽しみですわね」

「どういうことですか、これは!」
 ばん! と試験の時自分に絡んだ男(名前はラザールというらしい)が校長の机を叩いて怒鳴った。校長(壮年の落ち着いた男性だった)は微動だにせずこちら――ナップと仲間たち、ファルチカ組、ベルゲン組、マルジョレーヌとその最も近しい取り巻きたちを見つめる。
「どういうこともこういうことも、そこに書いてある通りだ」
「生徒総代を四人も選び出すなんて……しかも他校の人間も含めて! ぜん……前代未聞ですよ校長!」
 そう、生徒総代は四人選ばれていた。総合点の優秀な人間が四人。けれど、全員別の学校という条件付で。
 それが、ナップと、エーランドと、ライナーと、マルジョレーヌだったのだ(ナップたちパスティス軍学校生の点数はほとんど団子だったのだが、たまたまナップがわずか数点上だった)。しかも、『生徒会≠ニ呼ばれる生徒を動かす組織を結成するため、それぞれに三人、協力者を選び出すべし』という注文までつけて。
 ナップはもちろん仲間たちを選び、一緒にきてもらったのだが――
「これは実験なのだよ、ラザールくん」
「じっけ……?」
「それぞれ違う学校の出身者たちがどれだけその壁を乗り越え協力し合ってくれるか。その時どのような力が生まれるか。生徒会≠ニいうものを創り出し、そこで実験をしようと思っているのだ――将来上級軍人となるであろう諸君に協力してもらってな。そしてこの一年で切磋琢磨してもらい、最終的な生徒総代を決めようと思っている」
「しかし、だからといって!」
「素晴らしいお考えですわね、校長」
「マルジョレーヌさま!?」
 マルジョレーヌが一歩前に出て、とうとうと語りだす。
「違う階層の出身者が共に協力し合いひとつのことを成す。軍人には当然求められる能力です。それもできぬようでは軍人の名が泣くというもの。それを軍すべてに行き渡らせるための端緒として我々の行動の情報が必要だとおっしゃるのなら、いくらでも協力いたしますわ」
「うむ、頼もしいな、マルジョレーヌくん。君には期待しているよ」
「俺もやりますよ、校長。切磋琢磨っていうのなら黙っちゃいられません」
「……私もかまいません。ベルゲン軍学校の誇りにかけて、ご期待にお応えしてみせましょう」
「うむ」
 ナップは少し考えていた。面白い話に思える。実際いろんな経験をしたいナップには、願ってもないといえるかもしれない。
 でも、ナップの心のどこかが警戒警報を発令していた。なにか、なにかがナップの第六感をちりちりと焦がす。危険だと心に囁いている。
 この申し出を受けていいのか?
 いいや、とナップは首を振った。勘で物事を判断していいなら戦術なんて存在しない。物事は頭と心で判断しなきゃいけないんだ。
「俺もやります。やってみたいです。よろしくな、エーランド、ライナー、マルジョレーヌ」
 そうにっと笑って手を差し出すと、エーランドは苦笑しながら、ライナーは冷たい目で、マルジョレーヌは微笑みながら握手を受けてくれた。
 ――マルジョレーヌの手は、乾いていたが、不思議に冷たかった。

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