最終年・3――視察のこと

「はぁっ!」
 ナップは大剣を素早く切り返し、エーランドの剣を跳ね飛ばした。
「そこまで!」
 ガレッガの鋭い声が響き、ナップは大剣を下ろす。エーランドも険しい顔で唇を噛みながらも剣を拾い、互いにとガレッガに向け礼をした。
 ウルゴーラの軍学校に来て一ヵ月。もはや授業形態にもすっかり慣れて、授業の際一緒になる顔ぶれにも馴染みが出てきた。
 ウィルは召喚術の方の授業を多く取るようになったから、戦技授業で一緒になるのは知らない相手ばかりだった。だがそれでも一ヵ月一緒に授業を受けていれば、自然と親しくなる人間も出てくる。ウルゴーラ軍学校とはいえ上級軍人候補を集めている(と陰で噂されている)クラスだ、腕の方もパスティス軍学校と比べて遜色ない者たちが集まっている。
 その中で一番相手をしているのがこのエーランドだった。自分には及ばないが腕はパスティスの生徒たちまで含めても最高のレベル、剣を交わしていても相当に楽しい。
 だが剣を交わせば交わすほど、訓練を共にすればするほど、エーランドの態度は硬化していった。常にこちらを苛烈な眼差しで見つめ、授業以外ではこちらをあからさまに避ける。
 自分が敵かなにかのようなその態度に、ナップは内心首を傾げていた。自分を敵視する相手というのはこれが初めてではないが、それらの多くとは微妙に彼の視線は違うような気がする。こちらに対する敵視の度を深めるほど、周囲とつるまずに孤立していくところとか、そのくせやたらこちらを意識しているところとか。
 でも、どこかでこういうのと相対したことがあるような気がするんだよな、とナップは次の相手と剣を交えつつナップは思った。
 どこでだっけ?

 授業が終わり、昼休み。ナップはいつもの場所でウィルたちと待ち合わせた。こういう機会を活用しないと寮で同室のウィルはともかく、ベルフラウやアリーゼとはろくに話す機会もなくなってしまうのだ。
「……って考えてたんだけどさ、誰だったかなかなか思い出せなくて。お前ら覚えて……るわけねーよな」
 食堂で一緒に飯を食べながらナップが言うと、ウィルはあからさまにむすりとしてベルフラウは吹き出しアリーゼは笑いを堪えるように咳払いをしながら下を向いた。
「? なんだよ、なんかおかしいこと言ったか?」
「だって、あなた……二年も経つと忘れちゃうものなのね」
「ナップくん、それって、ウィルくんと同じ反応じゃない?」
「え?」
 そう言われて、ナップは目を見開き、それからぽんと手を叩いた。言われてみればエーランドの自分に対する態度は、出会った頃の自分を意識しているのに口には出さずに真っ向から反発してくる態度に似ている気がする。
「そっかー……じゃああいつとも、俺もっと仲良くなれるかな、ウィルみたいにさ」
「……君のことだからすぐ仲良くなってしまうんだろうね」
「ウィルったら、なに拗ねてるのよ。まったく子供なんだから」
「拗ねんなよぉー、ウィルー。心配しなくても一番の親友はお前だってー」
「拗ねてないっ!」
 きっとこちらを睨んで怒鳴るウィルに、ナップたちは思わず笑った。
 と、食堂がざわめいた。ウルゴーラ軍学校の食堂は、パスティスより格段に広く、豪奢とまではいかないまでも華やかな雰囲気に包まれているのだが、そこにたむろしていた生徒たちがいっせいに騒ぎ出したのだ。
 ナップは思わず顔をしかめた。この一ヵ月半でもはや何度も聞いたざわめき。これはあの女生徒が現れる先触れのようなものだ。
「あら……こんにちは、パスティス軍学校からの留学生のみなさん」
 ざわめきを引き連れつつ取り巻きに囲まれつつやってきたその女生徒は、予想通りウルゴーラ軍学校生徒総代、マルジョレーヌ・セスブロン=ヴィズールだった。
「……ども」
「こんにちは、マルジョレーヌさん」
「ご機嫌はいかがかしら?」
 ナップたちがそれぞれ挨拶をすると、マルジョレーヌは優雅な笑みを浮かべながらナップの隣に着席した。なんで隣に座るんだ、と一瞬困惑を感じたが、すぐに首を振ってその思考を追い出し、少し無理をして笑顔を返す。
「これから飯?」
「貴様! マルジョレーヌさまに対しなんという口の利き方を!」
 殺気立つ取り巻きたちに、ナップはべっと舌を出してやった。
「同じ軍学校の同級生に敬語とか使う方が馬鹿みたいだぜ。そーいう風に上下関係ばっか気にしてっと、軍には言っても出世できねーぞー」
「なっ、きさ……」
 マルジョレーヌはふふ、と変わらぬ優雅な笑みを浮かべてみせる。
「ナップさんは、面白いことをおっしゃるのですね。けれど、至極もっともなことだと思いますわ。軍人ならばどうしても階級を意識せずにはいられないでしょうけれど、そればかりにこだわっていては有事に柔軟に動けませんものね」
「……そうだな」
「あら。ファルチカ軍学校のみなさん、こんにちは」
 食堂に入ってきたファルチカ軍学校の留学生たちにマルジョレーヌが声をかける。先頭のエーランドがぴくりと眉を動かした。
「……どうも」
「よっす。なぁ、一緒に飯食わね? そっちの席空いてるぜ」
 マルジョレーヌの視線が逸れたことについほっとして笑顔で言うと、エーランドはまたぴくりと眉を動かしてきっぱりと首を振った。
「断る」
「あ……そう」
 そのあまりにきっぱりした口ぶりに思わず目をぱちくりさせると、エーランドはぐっと唇を噛み、足早にその場を立ち去っていく。仲間たちも慌てたようにその後を追うのに、ラザールたちがむっとした顔になって喚いた。
「まったく、薄汚い賤民が! マルジョレーヌさまが声をおかけくださったのにそれにろくに答えもせぬとは!」
「食堂で騒ぐのはやめにしませんこと、みなさん? ファルチカのみなさんとご一緒できないのは残念ですけれど、また次の機会があります」
「はっ、マルジョレーヌさまのご寛容なお心、感服仕りました」
 は、とナップは小さく息を吐いて、パンを口に押し込み立ち上がった。もとより食べようと思えばウルゴーラのナップには少し量が足りない食事など一分で完食できるのだ。ただウィルたちとおしゃべりしたくてゆっくり食べていただけで。
 ウィルたちもナップと同様に騒ぐウルゴーラ軍学校の面々に辟易したのか、素早く食べ終え立ち上がる。残りの昼休みの間一緒に訓練でもするか、と少し気分を浮き立たせながらマルジョレーヌたちの方を向いて言った。
「じゃあ、俺たち行くから。あんましょーもないことで喚くなよな、ラザール、ドミニク、ジュスタン」
「え……」
 一瞬ぽかんとしたマルジョレーヌの取り巻きたちは、すぐに顔を赤くしてまた喚き出す。
「ふっ、ふざけるな! 我らを誰だと思っている、いわばマルジョレーヌさまの親衛隊とも呼べる存在なのだぞ!」
「そ、それを貴様なぞに……そうだ、貴様ごときに命令される筋合いはないわ! 我らは伝統あるウルゴーラの……」
「はいはい、だっからしょーもねーことで喚くなっつの。じゃーな」
 言って身を翻しウィルたちと一緒に食堂の外に出る。ふぅ、と思わず息をつくと、ベルフラウがからかうように言ってきた。
「あら、そんなに緊張していたの? あなたってマルジョレーヌがいるといつもそんな風に緊張するわよね」
「んー……まーなー。苦手なんだよ、あいつ」
 はー、と息を吐き出しながら言うとウィルがわずかに眉をひそめて訊ねる。
「苦手、って。君がそんな風に言うなんて珍しいな。彼女はウルゴーラの生徒会の中では、例外的に常識的な言動をしているように思うけど」
「うん……そうなんだけどな。なんか……なんつーかなー。昔嫌いだった奴に似てるんだよ、あの人」
「へぇ……どんな人?」
「…………」
 ナップは下を向いて、少し考えた。周囲のすべてを否定し、蔑み、たった一人で終末へ向かい突き進んでいった男。
 あいつが嘲笑う時の目と、彼女の笑んだ目が似ていると、本当にどうしてそう思ってしまうのだろう。
「すごく……寂しい奴だよ」
 細かく説明する気にはなれず、それだけ言って足早に歩を進めた。

「今回の議題は、『人事院人事官ガッツァニーガ閣下の軍学校視察について』です」
 会議室、会議の卓。議長席についたマルジョレーヌが書類を前に言う。
 議長役は生徒総代候補の中で持ちまわり、ということになっていた。今回は初回、マルジョレーヌが議長の回だ。
 今回が生徒会としての初仕事。全員で会議をするのも始めてだ。ここはひとつ気合を入れていかなければ。
「人事官の視察は毎年行われていますが、今年は我々生徒会が存在しているため、試験的に我々に案内を任せようと校長が決定されました。閣下をどう出迎えるか、どのような場所を案内するか、すべて我々に任されています。みなさん、どのように閣下をご案内するかご意見はありませんか?」
「ガッツァニーガ人事官は軍の人事を事実上統括される方。誠実なお人柄で有名な方でもある。視察の目的はあくまで全体の生徒間の雰囲気とレベルをざっとつかむということのはず、奇をてらわないで実技授業を全体的に案内するということでいいと思うけど」
 ウィルが資料を見ながら発言する。と、ライナーが手を上げた。
「閣下は昼過ぎに到着されるご予定、選択科目の時間になっています。今年の生徒は脳味噌がないと思われるわけにはいかない、戦術討論会などの授業もきちんとご案内するべきでしょう」
「頭の程度は試験の結果を見ればわかるだろう。それより具体的な能力のレベルが不分明な、実技、特に戦技を中心にご案内した方がいいだろうが」
 エーランドがぼそりと言う。それにライナーが眼鏡を光らせて応じた。
「筆記試験で測れる程度のおつむの持ち主の方はそれでいいのでしょうが、あいにくと我々はこの学校の筆記試験の程度では満点が当然なものでね」
「なんだと……」
「貴様っ、ウルゴーラ軍学校を馬鹿にする気かっ!」
「おやこれは失礼。ただ我々とあなた方では頭脳のレベルが違うということを申し上げたかっただけなのですがね」
「なっ……」
「その分体は軍人としてはお話にならない程度にしか鍛えられていないようだがな」
「むっ……」
「もう! 喧嘩したいならよそでおやりなさい、私たちは目的のある会議をしてるのよ!?」
 ベルフラウが苛立たしげに言う。一瞬会議室は静まり返ったが、すぐに先刻に倍する騒々しさでそれぞれ喚き始めた。
「だいたい、軍人たるもの、体が資本で……」
「上級科は体しか取り得のない奴らを動かす人間を育てるためにあり……」
「そもそも貴様らのような下賤な人間に指図される覚えは……」
 ぎゃあぎゃあ喚く生徒たちに顔をしかめながら、ナップは書類を何度も見た。それからぱっと手を上げる。
「はい、議長」
「はい、ナップさん」
 マルジョレーヌの声に、会議室が静まり返る。確かにこの人、人を圧する雰囲気はあるなと思いながらナップは立ち上がった。
「こんなことで喧嘩することないだろ。昼過ぎに到着するんだから、戦技各種も討論会や講義も召喚術実技も全部見てもらえばいいじゃんか」
「その割合をどう配分するかで今討論しているんですが?」
「ガッツァニーガ人事官のこと、いくつだと思ってんだよ」
「……は?」
「六十五だぜ、六十五。こっちの都合でどこそこは長く見てどこそこは短く、なんて引っ張りまわしちゃ疲れるじゃん。俺らにできることは人事官が見たいだけ授業を見れるように、どんな授業をいつ見たいっつっても対応できるように、効率よく授業見れる道筋考えて、いつどこでどんな授業してるか頭に入れて臨機応変に対応することなんじゃねーの?」
『…………』
 なぜか気圧されるように黙り込んだ生徒たち。そこにマルジョレーヌの声が響いた。
「では、さっそく効率のいい道筋を考えましょう。閣下は正門前においでになるはずですから、そこから案内を始めるとして……」

 ナップは夕食を食べ終えると、さっそく大剣と鎧を装備して外に出た。いつも通りの稽古の時間だ。
 ベルフラウは弓射、ウィルとアリーゼは召喚術の訓練にいそしんでいるため(ウィルはたまに一緒に稽古することもあるのだが)、ナップはほとんどいつも一人で稽古をする。普段は寮の裏庭で大剣を振っているのだが(何人かの生徒とそこでかち合うこともある)、今日はふと気が向いて寮の裏手の林の方まで足を伸ばしてみた。自由に武器を振り回せない場所で戦うこともあるだろう。
 鼻歌を歌いながら中に入る――とたん、自分より頭ひとつは確実に背が高い男子生徒と目が合った。
「あ……エーランド」
「…………」
 剣を振っていたエーランドはあからさまに嫌な顔をして、ぐるりとこちらに背中を向ける。ナップはむっとしてエーランドに駆け寄り、服の裾をつかんだ。
「待てよ、おい! なにもそんなにあからさまに逃げることないだろ」
 エーランドはひどくむっとした顔でこちらを睨んだ。
「誰が逃げてるって?」
「お前に決まってんだろ、エーランド・メルケルス! 俺にムカつくんなら真正面からぶつかってこいよ、男だろ!」
「…………」
 エーランドは思いきり渋い顔になったが、それでもとりあえずは足を止めた。それにほっとして、ナップは笑顔で言う。
「一緒に稽古しねぇ? エーランド」
「……なんでそうなる」
「だって、エーランド強いし。稽古は一人より二人でやった方が実になるだろ? 一人でないとできない稽古ってのもあるけどさ」
「断る」
 きっぱり言って歩き出そうとしたエーランドを、また裾をつかんで引き止める。
「待てよ! 待てったら! だから言ってるだろ、逃げるなって!」
「……誰も逃げちゃいないだろ。俺はお前と一緒に稽古をする気はないってだけのことだ」
「なんで?」
「決まってるだろ。お前は俺にしてみれば……」
 言いかけてエーランドは黙った。ひどく忌々しげな表情になりまたナップに背を向ける。だがナップは今度は腕をしっかりとつかんで放さずに、きっとエーランドを睨んで言う。
「俺がお前より強いから、向き合わないで逃げ出すのかよ」
「!」
 エーランドはぎっとナップを睨む。だがナップもしっかりとエーランドの瞳を見据え睨み返した。ナップも伊達に荒くれ予備軍揃いのパスティス軍学校の中で注目されてきたわけではないのだ。
「乗り越える相手から逃げ出して、それでホントに相手より強くなれんのかよ。お前、俺を超えたいんだろ。だったら俺に真正面からぶつかってくるのが一番手っ取り早いじゃんか」
「っ」
「言っとくけどな、俺はまだまだ自分の強さに満足してないぜ。もっともっと上に行くつもりでいる。もっといっぱい稽古して、いろんな奴と勝負して、もっともっと強くなる。……お前は?」
 真正面から見据えて放った言葉に、エーランドは唇を噛んでからこちらを睨み返して言う。
「俺ももっと強くなるに決まってるだろう」
 ナップはにっと笑った。こいつならそういうと思ったのは、間違いじゃなかった。
「なら、一緒に稽古しようぜ。ずっととは言わない、そうだな、人事官の視察までの一週間。夕食のあとの稽古、全力でぶつかってみねぇ? 授業の時よりもっと全力、本気の勝負で。そしたら、俺らもっと強くなれそうじゃねぇか?」
 笑いかけながら言うナップを、エーランドはしばし固まったように見つめたが、やがてぐっと拳を握り。
「いいだろう、思いっきりやってやろうじゃないか」
 苛烈な瞳でそう言ったのだった。

 視察の日、午後の最初の授業。ナップは戦技授業を取っていた。いつも通りにガレッガ教官に教わりながら、様々な生徒とときおり喋りながら稽古をする(人数がさして多くないので自然結びつきも強くなり、仲もよくなってくる)。上級科候補の生徒たちだけあって、腕は全員悪くない。ナップとの腕の差を認めつつも自分なりに精進して立ち向かってくる生徒がほとんどで(ウルゴーラ軍学校でもラザールのようなのはむしろ少数派だ)、ナップとしても稽古していて楽しい。
 と、対戦相手が途切れ一息ついた時に、す、と剣が差し出された。
 顔を上げる。ナップより頭ひとつ高いところに顔があった。筋骨隆々の、逞しい大男――エーランドだ。
「勝負しろ、ナップ」
「……本気で?」
「ああ。当然だろう」
「…………」
 ナップは少し考えた。エーランドの思惑、授業の邪魔にならないか、自分にとってのエーランドの行動の価値。
 だが、考えるより前に、心はすでに決めてしまっているのだ。
「うん。やろーぜ」
 うなずいて数歩間を空け、大剣(模擬刀だが)を構える。エーランドも剣を構えた。
 周囲の生徒たちがざわ、とざわめく。自分たちのただならぬ雰囲気を察したのだろう。
 ナップは大剣をエーランドに向けながら、静かに呼吸する。真剣勝負に合図はいらない、互いの気がうまく合致すればその瞬間勝負は始まる。
 静かにこちらを見つめるエーランドの瞳を見据えながら、ナップは思い出していた。
『俺は貧乏農家の三男坊だったからな。家を出て自活しなくちゃならなかった』
 エーランドが稽古の合間に、ぼそぼそと言った言葉を。
『体がガキの頃からでかかったから、軍に入れば出世するとずっと言われてきた。家族からもそう期待されてきた。親父もお袋も兄貴たちですら、みんなで協力してろくに食えない時も俺の学費を積み立ててくれてきた。いつか出世した時に返してくれ、って言ってな』
 ナップから微妙に目を逸らしながら、少し苦しげにエーランドは言った。
『だから、俺にとっちゃ軍で出世するのは人生のすべてなんだ。ウルゴーラの奴らやお前みたいないいとこの家の奴らとは違う。俺には自分の、家族の人生がかかってる。……負けるのを誇りだなんだで片付けられるほど、安くないんだ』
 ナップにしてみれば思ったこともない言葉だった。想定外の人生だった。それでも、ナップは必死に考えて言葉を紡いだ。
『確かに、俺は食うのに困ったみたいなことはないよ。飢えたこととかもないし学費の心配だってしなくてよかった。……だけど、俺だって負けるのは嫌だ。ううん、生き延びられるなら負けてもいいけど、そこで足を止めるみたいな負け方するのは絶対に嫌だ』
『……なんなんだ、そりゃ』
『大切な人と約束したんだ。みんなを守れるように、大切な人を守れるように、もっともっと強くなるって。だから、エーランドの方が俺より強くて負けるんならそれはそれでいい。だけど負けてもしょうがないとか思いたくない。諦めるのは絶対に嫌だ。だから、俺は頑張るんだ。その頑張る気持ちは、お前の人生かかってるって気持ちにだって負けないって思う。俺にだって――笑って大切な人のそばにいられるかどうかがかかってんだ』
 そう懸命に言うとエーランドは顔をしかめて。
『そういう話か、これ。……お前、妙な奴だな』
 と言って肩をすくめたのだ。
 エーランドの必死な気持ちはわかるし、すごいと思う、けれど。
 だからって、負けを肯んずるつもりなんて、ない!
 だっ! と同時にナップとエーランドは地面を蹴った。エーランドは背の高さを活かして剣を上方から振り下ろしてくる。ナップはそれを見切ってかわしながら、遠心力を活かして大剣をエーランドの腹めがけ打ちつけた。
 稽古を始めたばかりの頃はこの打ち込みの速さにエーランドが対応できず一本で終わりだったのだが、毎日飽きるほど稽古をしていて目が慣れてきたのだろう、エーランドは腕力で軌道を変え大剣に剣を打ちつけ軌道を逸らす。ナップは流れに逆らわず大剣を引き、くるりと手首を返して別の方向からエーランドの首を刈ろうとした。
 エーランドはぐっと体を沈めてそれを避け、その下へ向かう動きを利用して剣を突き出す。ナップは大剣を流しながらそれをかわしたが、エーランドは突きから斬りの動きへ変化させてこちらを攻撃してくる。
 エーランド同様体を沈めて避け、その動きの反作用を腕に伝えて腰めがけ大剣を突き出す。がぃん、と音を立ててエーランドはそれを受けた。
 互いに一歩も退かず、一歩も譲らす、常に互いの隙を狙い打ち込む。互いに必死にそれを防御し、攻撃に繋げ相手を打ち負かすべく奮闘する。
 互いの腕も技のほどもこの一週間でよくわかっている。だがそれでも必ず勝負はつく。今回の勝負にこの一週間の稽古の結果を出すつもりだとお互いわかっていた。
 振るう。突く。避ける。かわす。何度も繰り返し、相手の隙を狙う。相手の体勢を崩し、必殺の一撃を叩き込もうとする。
 ふっとエーランドの右足が沈んだ。そこを狙い全力の突きを放つ。
 だが、それは誘いの手だと一瞬遅れてわかった。エーランドはナップにちょうどのタイミングで首を刈るべく剣を振るう。
 それに対しナップは――
「はぁっ!」
「っ!」
 がづっ、どたっ。ひどく鈍い音が響くと同時に、ナップとエーランドはもつれ合いながら地面に倒れた。
 はぁはぁと荒い息をつく――と、ぱちぱちぱち、と拍手の音が聞こえた。
 なんだ、と周囲を見回すと、稽古場の入り口の辺りから白髪の老人が拍手しているのが見えた。その横にはライナー、そしてマルジョレーヌ、ラザールが立っている。
 ということはあのじいさんが人事官か、とぼんやり思っていると、ずかずかと床を踏み鳴らし歩み寄る音がしてぐいっとナップは立たされた。
「おら、どけナップ! エーランド、どこが痛い」
「……っ、どこも、かしこも……」
「軍学校上級科候補生が馬鹿言ってんじゃねぇ! どこだオラっ」
「……腹……」
「ここはどうだ? 痛いか?」
「ってぇっ! ……っ……」
「ん……肋骨二本ってとこだな。よし大丈夫だ死にゃしねぇ。医療科に回せばいい実験台になんだろ」
「俺、実験台ですか……」
 ナップはしばし呆然とエーランドと手当てをするガレッガを見つめ、それからはっとしてエーランドに駆け寄った。
「エーランド、大丈夫かっ!? 痛いのかっ?」
「痛いに決まってんだろ、馬鹿……すっげー腹、痛ぇ……」
「ご……ごめん、俺……」
「馬鹿……謝んじゃねぇよ」
「う……ごめん」
「だから、謝るなって……俺も、少しすっきりしたし。なんていうか……気持ちよかったし、な」
「……うん。だよな!」
 一瞬涙ぐみながらもにっと笑ってみせると、エーランドも痛みに脂汗を流しながらもにっと笑い返す。ガレッガがやれやれと肩をすくめる。
 そんな自分たちに、人事官の老人はひたすらに拍手を送ってくれた。

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