最終年・4――講演のこと

「今回の議題は、『陸戦隊第四部隊隊長ゼネスト殿の講演について』だ」
 会議室の議長席で、エーランドが仏頂面で言う。緊張してるな、とナップは内心苦笑した。エーランドはこういう前面に立って人を取りまとめるというのは苦手なのだ。どちらかというと目立つ人間から一歩退いたところで立ち働く方が性にあっているらしい。
 だが議長は持ちまわりだし、軍で出世するならこういったことは避けて通れない。頑張れ、エーランド、とこっそり心の中で応援した。
「第四部隊は旧王国に対する国境警備の中でも最前線のひとつ。意義ある話が聞けると思うが、だからこそ相手に無駄な時間を費やさせるようなことがあってはならない。少しでも効率よく話を聞けるようにするべきだというのは、みんなわかってるな?」
「ふん、その程度のことをわざわざ再確認せねばならんとは、これだから下賤な生まれの人間は」
「確かにその程度のことを再確認されるのは腹立たしいですが、あなた方がいるせいでそういう基本的なことすら再確認しなくてはならないほど不安だということを理解していますか?」
「なっ……貴様、ウルゴーラ軍学校を馬鹿にするのかっ!」
「あなた方のようなおべっかと悪口しかさえずることもできない人材が生徒総代候補になるくらいですからね。レベルはおのずと知れていると思いますが?」
「貴様ぁ……研究者風情が偉そうに!」
 あーもーまたかよ、とナップたちは内心ため息をつく。いつものことといえばいつものことだが、やっぱりそうそう慣れるものでもない。ウルゴーラの生徒会代表たちは(マルジョレーヌをのぞいて)常に居丈高で傲慢な態度を取るので、他の学校の面々と喧嘩が耐えないのだ。
 もっともライナーがそれをさらに挑発したり自分から喧嘩を吹っかけたりもするのでぶつかり合いがより激しくなっている面もあるのだが。エーランドは最近あまり相手にしていなくなっているというのに。
「静かに話し合いができないなら議長権限で退席を命じるぞ」
 じろりと睨んだエーランドに(内心よっしゃよく言った、と拳を握り締めた)、ラザールは顔を真っ赤にして唸りつつも口を閉じたが、ライナーはきっとエーランドを睨んで言う。
「議長権限? 暫定的な議長でしょう。そのような相手の命令になぜ我々が従わねばならないんです?」
「……ふざけてるのか? 暫定だろうがなんだろうが今会議の責任者をやってるのは俺だ。命令に従えない人間は軍人として失格だぞ」
「暗愚な上官に唯々諾々と従って死ぬような軍人になる気はないのでね。少なくともあなたのような相手の聞く意味のない命令を聞く気にはなれません」
「なんだと……」
 エーランドがぎろりとライナーを睨み返して立ち上がる。ヤバい、とナップは立ち上がり二人の間に割って入った。
「二人とも落ち着けって! 会議で喧嘩するなって何度も言ってんじゃんかよ」
「別に。喧嘩をするつもりはない。こいつを外につまみ出してやろうかと思っただけだ」
「ふん、脳味噌が筋肉になっている人間の考えることはいつもそうだ。最後には腕ずくでいうことを聞かせられると思っている」
「……貴様」
「だーかーらっ! そういういちいち喧嘩売ってるようなこと言うなって言ってるだろ!?」
「あなたにも言っているんですよ、マルティーニくん」
「え?」
 驚いて振り向くと、ライナーは驚くほど冷たい眼でナップを睨んでいた。思わずナップは目をぱしぱしと瞬かせる。
「あなたたちのような体を動かすしか能のない人間の命令を聞く気はない。講演の予定表についてはすでに草案を責任者に提出しました。改正する余地のないほど完璧なものをね」
「貴様っ、なにを勝手なことを」
「その方がはるかに効率がいいからそうしたまでです。あなた方のような思考力が不自由な人間につきあって無駄に時間を浪費するのは耐え難いのでね。あなた方との会議が無意味であるということは、前回の会議でよくわかりましたから」
 そう言ってライナーはすっと卓から立ち上がり、すたすたと扉へと向かう。他のベルゲン学校生たちも慌てたように立ち上がり後に続いた。
「それでは。なにかまた問題が起きたなら呼んでください。あなた方よりもはるかに効率よく、問題を解決してみせますよ」
 ふ、と冷笑を浮かべて、ライナーは部屋を出て行った。

「なんつーか……あいつ無茶やるなー」
 とりあえず今日はもう終わりにしよう、と衆議が一決し散会した会議の帰り。いつもの顔ぶれでサロンでお茶をしながら(ここではお茶一式が自由に使える上お茶菓子も買えるのだ)ナップが言うと、ベルフラウが苦笑した。
「そうね。効率がいいと言っているけれど、彼は人の和ってものをまるで考えてないわ。あれじゃ軍では、集団の中ではやっていかれない。こういう時にみんなでやりあって試行錯誤した経験が、いざという時の連携に繋がってくることだってあるのに」
「……僕は彼みたいな相手、嫌いだな」
 ウィルがぼそりと言う。思わず揃って目を見開いてしまった。
「珍しいな、お前がそういうことを口に出すなんて」
「ウィルくんは思ってても普段は全然言わないのに」
「いつも心の中に溜め込んでストレスをためる苦労性体質なのにね?」
「君たちね……もしかして喧嘩売ってるのかい?」
『ぜんぜーん』
 揃ってにっこり首を振ってやると、ウィルは小さくため息をついた。
「なんていうかね……我慢ができなくてさ。彼、僕に似てるんだよ」
「え? ウィルは状況考えずに我を押し通すみたいなことしないじゃん」
「今はね。……昔の僕に似てるんだよ。自分の頭の良さだけが頼りで、他人はみんな敵に見えて、馬鹿に見えて、自分のやり方を押し通せばうまくいくって自分の頭の仲だけで結論付けちゃうところとかさ」
『…………』
「まぁ、確かにナップと会う前のウィルにはそういうところがあったわね」
「な、なんでここでナップが出てくるんだっ」
「いまさら言わせる気?」
「っ……」
「う……」
 思わず顔を見合わせて、恥ずかしくなってお互い視線を逸らすナップとウィル。
「……けど、そういうこと聞くと、なんか放っとけない気持ちになってきちゃうな」
「あら、また? 相変わらずのお人好しね」
「お人好しってわけじゃないけどさ……」
 先生がここにいたら、きっと放っておかないと思うから。
「でも、確かにあそこまで会議の進行を妨げられては放っておくわけにはいかないな。対処の必要があるのは確かだ」
「そうね。いちいち喧嘩されるのも鬱陶しいし。険悪な雰囲気をかもし出してアリーゼを悲しませるのも許しがたいわ」
「ベル……そうね、私も、もっとちゃんと話し合いがしたい。ちゃんと話し合ってみんなで決めた方が絶対にいいと思うもの」
「よっし。それじゃ、決まりだな?」
 顔を見合わせて、にやりと笑いあう。お互いもう二年以上も一緒にいていろいろやってきているのだ、こういう時の呼吸はごく自然に合わさる。
「さって……じゃーどっから攻めてくか、なんだけど」
「ああいう人間は自分で築いたと思っているものが崩れるともろい。彼に付き従っているベルゲン学校生たちを彼から引き離すと焦ってこちらの言葉に聞く耳を持つんじゃないかな」
「さすが経験者の言葉は重みが違うわね」
「……悪かったね」
「じゃあ、私は同じ授業を取ってる人が一人いるから、そこから当たってみるわ。マテューって言うんだけど、あの霊界上級召喚術実践はライナーさんも取ってないから話しやすいと思うし」
「それじゃ私はその援護に回るわね」
「僕は海戦術の授業を取っている相手と話してみるよ。一度話したことがあるんだけど、常識的な人柄だった」
「そか……じゃー俺は残りの……ウィルの相手って名前なに?」
「ヨハンナ。女性だよ」
「じゃあエドガーだな。同じ授業取ってるわけじゃないけど、話してみりゃなんとかなるだろ。……それが終わったら」
 ちらりと、あのライナーの冷たい目つきを思い出して。
「ライナーと、真っ向から話してみる」
 その言葉に、ベルフラウは肩をすくめ、アリーゼは苦笑し、ウィルはむすっとした顔をしたが、全員揃ってうなずいてくれたのだった。

「いた、エドガー!」
 ナップが声を上げると、エドガーはびくんと震えてこちらを向き、いつもライナーといる時かぶっている冷静な優等生の仮面をつけた。
「なにか? マルティーニくん」
「いや、ちょっとお前と話したいと思ってさ」
「……なぜ、僕と?」
 少し動揺したようにまぶたをひくつかせる。やはりライナーほどかぶった仮面は強固ではないらしい。
「予定表提出したって言ってただろ、昨日? そのことについて、ちょっと、さ」
 個人的に話すのはこれが初めてだが、一応生徒会の人間の情報は覚えている。エドガーは次の授業はライナーたちとは別のはずだ。ならば、たぶん。
 エドガーはしばし黙ってから、うなずいた。
「わかりました。お役には立てないと思いますが」
 よし、とちょっと拳を握る。
 とりあえず廊下の端に寄って間近にある顔を見上げ囁いた。
「あのさ、ライナーっていつからその予定表作ってたんだ?」
「一週間前、ですがそれがなにか」
「うーん、前回の会議が終わった直後か。じゃあさ、それ決める時お前らに相談したの?」
「いえ……ライナーさんは、事後報告をしてくださっただけで」
「うーん……」
 ナップはうつむいて、ちょっと頭をぐしゃっとかき回してから、もう一度エドガーを見上げ言う。
「あのさ。それでエドガーたちは納得してるのか?」
「……納得、というと、なにがでしょうか」
「だってさ。学校が違う俺たちに気を許さないのもよくないとは思うけど、同じ学校の仲間のお前たちのことも、なんか仲間と思ってない感じがするんだけど、それって俺の気のせいか?」
「…………」
 困ったように眉を下げるエドガー。どうやら彼はわりと素直な性格らしい。
「それは……」
「俺はさ、エドガー。学校で仲間かそうじゃないかって分ける気ないし、お前らとももっと、その、仲良くなりたいんだよ。少なくとも一緒に生徒会の仕事できるくらいにはさ」
「……それは」
「だからさ、お前らもお互い同士仲良くしてほしいんだよな。そしたら一人友達になったら、友達の友達って感じで縁ができるだろ?」
 にっと笑って少し冗談めかして言ってやると、エドガーは思わずといったように小さく笑った。
「そう、ですね……マルティーニくんの、言う通りです」
「エドガー」
「ライナーさんは……ベルゲンにいた時から、一人でした。誰よりも成績がよくて。どんな課題も一番に提出して。周囲から遠巻きにされていたけれどそんなこと歯牙にもかけないで。だから、僕はあの人にずっと憧れていた」
「……うん」
「だけど、一緒に留学生としてウルゴーラに来ても、あの人は心を許してはくれなかった。僕たちにも、他の誰にも。なんとかしたかったけど、どうすればいいのかわからなくて。もう、本当に……」
 声を震わせてうつむくエドガー。ナップはじっとそれを見て、にっと笑って肩を叩いた。
「なら、一緒に頑張ろうぜ? あいつと仲良くなりたいって思うなら、拒絶されても何度でも近づいてくしかないじゃん」
「……マルティーニくん」
「ナップでいーよ。俺もお前のことエドガーって呼んでるじゃん」
「……はい、ナップくん」
 エドガーは少し恥ずかしそうに、顔を赤らめて笑った。
「……またかい君は。いつものことながら本当に誰彼かまわず見境なく……」
「わ! ウィル!? なんだよ、なにぶつぶつ言ってんだよ?」
「別に」
 仏頂面で半ば独り言のようなことを言っていたウィルは、すっと表情を変えてナップたちに向き直った。
「ヨハンナに話通ったよ。彼女もライナーのやり方には反感を持っていたみたいだ。今ベルフラウとアリーゼと一緒に今マテューと食堂で話してる。言ってることはわかってるみたいなんだけど、アリーゼになんだか反感を持っているみたいで素直に聞き入れないんだ。ベルフラウはアリーゼの方が成績がいいから嫉妬してるんだって言ったけど。一緒に来てくれないか」
「よっし、わかった。行こうぜ、エドガー」
「……うん」
 ナップがそう笑いかけると、エドガーは照れくさそうな顔でちょっと距離の近い返事を返した。

 ライナーは苛々と廊下を突き進んだ。腹が立つ。なにを考えているんだ学校側は。あれ以上に効率のいい予定表なんて、会議したところで絶対に作れはしないのに。
 なのに責任者の教官は首を振ったのだ。何度提出しても。『全員できちんと会議を行ってから提出しなおしなさい』などと。あんな会議などになんの意味があるというんだ、全部自分に任せてくれたら誰よりもうまくやれるのに。
 だって自分は優秀なんだから。誰よりも頭がいいんだから。これまでずっとそう言われてきて、努力も怠っていないんだから。だから自分のやり方でやれば、生徒総代になって当然というくらい効率的な生徒会運営ができるはずなんだ。
 だって自分は、
「ライナー!」
 きっ、とライナーは声のした方を向いた。今自分が一番敵対視している相手、これがパスティス軍学校からの留学生、ナップ・マルティーニだ。
 パスティス軍学校始まって以来の剣の天才と呼ばれる少年。ウルゴーラでも着実にその評価をものにしている。戦いの才能、体を動かす才能に恵まれ、周囲の理解に恵まれ、三年も飛び級して生徒会に入ってきた相手。
 腹立たしい。
「なんですか、マルティーニくん。私は急いでいるのですが」
「話もできないほど急いでるわけじゃないだろ。もう昼休みなんだし」
 きっと睨み返して言い返してくるナップ・マルティーニ。生意気な。非常に腹立たしい。
「あなたと話をして私に益になるようなことがなにかあると?」
「わかってるくせにごまかすなよ。お前が逃げてることについてだ、ちゃんと話聞け」
「……っ」
 ライナーは大きく舌打ちする。逃げている。別にそういうわけではない自分はこのような脳味噌まで筋肉でできているような相手と話しても益などなにもないから無駄な時間を過ごしたくないから立ち去るだけだ別に逃げてなんていない。
 そう脳は素早く回転して主張するが、ナップの眼差しがなによりも雄弁にその言葉を言い訳だと宣言している。それに気圧されてしまいそうになっていることがさらに腹立たしく、苛ついて、もう話したくなくて、ライナーは素早く踵を返した。
「待てよ、ライナー!」
 追ってくる。これまではこちらが立ち去れば追ってはこなかったのに。
「話聞けって言ってるだろ!」
 素早く前に回りこまれて通せんぼされた。体の大きさはライナーの方が大きいが、力でも足の速さでも、ライナーはたぶん勝てない。それがひどく腹立たしくて、せめてもの抵抗にきっと顔を睨みつけた。
「話なら手短にしてくれ、話したところで意味なんかないと思うけどね」
「じゃあはっきり言うけど、なんでお前そんなに自分だけでやろうとするんだよ。お前一人で生徒会やってるんじゃないんだぜ、どうして他のやつのことちゃんと信頼して」
「僕が自分でやった方が手早く効率よくいい結果に終わるからだ。話は終わりだな」
「待てって! なんでそんなことがわかるんだよ」
「そのくらいのこと最初の会議ですぐにわかるだろう。どいつもこいつも言い争ってばかりでまともに考えようとしない。そんな脳味噌のない奴らとなにをしろと」
「最初の会議ではお前だって俺の意見に納得したし、第一言い争ってたのはお前もだろ!」
「っ……」
 うるさい。うるさいうるさいうるさいうるさい。そんなのはわかってる。僕はもっと。ちゃんとできるんだ。ちゃんと言えるんだ。頭がいいんだ、僕は。ベルゲン軍学校で一番で、どんな課題もすぐに終えられて、なにより毎日この軍学校内の誰よりも勉強してるんだから、それにそれに。
「お前、なにごまかしてんだよ。なんでそんなわかりきった言い訳してまで人から逃げてんだよ! どういう理由あるのか知らないけど、こっちが真剣に向き合おうとしてんだからお前もちゃんと向き合え、ばかっ!」
「……っ!」
 思わず拳を振り上げかけ――
 そして、下ろした。駄目だ、自分は暴力に訴えてはいけない。自分は頭がいいんだから、論理的な思考ができるんだから、こんな奴と違って暴力なんかには訴えなくてもいいのだから。
「………っ」
 だから、さぁ反論しなければ。この相手を、このひどく腹の立つ相手を、徹底的に叩きのめすような言葉を投げつけてやらなければ。早く、早く。早く。
「そこまで腹が立っても殴れないほど君は自己愛が強いんだね」
「っ!」
 思わずライナーは振り返る。そこにはウィル・アルダートが立っていた。ナップ・マルティーニと同じ飛び級しているパスティス生徒。ナップ・マルティーニとはまた別の意味で腹立たしい相手だ。
「……突然話しかけてきたと思ったらその言い草。君には常識というものがないんですか?」
「会議を行って方針を決めて予定表を作る、という尋常な方法を無視して横紙破りを通そうとしている人間に言われる筋合いはないよ」
「……っ」
「自己愛……って、なんだよウィル」
「ああ。彼は……ライナーは自己愛が強いんだよ。頭がいい自分が好きで好きで仕方ないんだ。逆に言えば、そういう頭のいい自分しか認められないんだよ。そうでなければ自分には存在価値がない、と思えてしまうから」
「な……」
 ウィル・アルダートはこちらを冷たい目で見据えてずけずけと言ってくる。
「他人に対して気を許せないのもやたらとげとげしいのもその裏返し。君は要するに他人に負けるのが怖いだけなんだろう。どうせ暗い過去のひとつでも持って、その中で唯一認められた頭脳を全力で活かそうとでもしてるつもりなんだろう」
「……っ」
 反論したい。言い返したい。なのに言葉が出てこない。
 ウィル・アルダートの言葉は確かに、自分を言い当てていたから。
「だけど君は頭がいいわけじゃない」
「な」
「単に課された課題を片付けるのが得意なだけだ。だから実務を任されると自分の頭の中だけで通用する理屈で行動してぼろが出る。自分でした方が効率がいい? 笑わせるな。そもそも僕たちがなんのために生徒会をしていると思ってるんだ、その中には異なる意見のすりあわせを行う能力の修練・審査も含まれてるんだぞ。何度も予定表を返されているにもかかわらずそんなことも理解できない底の浅さでよくそんなことが言えたものだ」
「っ……」
 違う。そんなことはない。自分はただ、頭悪く群れて喚きあうよりもっといい方法があるはずだと。そう思っただけで。
「少なくとも君は、軍人として最低限必要な状況判断能力すら、生徒総代の候補に上るどころか、卒業できる段階にすら達していない」
「――――!」
『お前みたいな奴が軍人になれるわけないだろ。軍人ってのは運動神経がよくなくちゃなれないんだよ』
『お前みたいな体力のない奴が軍人? 馬鹿を言うな、お前はせいぜい勉強してどこかの学者に弟子入りしてせいぜい自分の面倒を見れるぐらいの金を稼げる研究ができるようにするのが関の山だろうが』
『お前みたいな頭しか取り得のない奴が軍人になれるわけないでしょう? 訓練にすらついてこられないでしょうに』
「うるさいっ!!」
 絶対に違う。絶対に絶対にそんなことはない!
 ずっと言われてきた。下級軍人の家に生まれ、無駄に多い兄姉の下で、身体能力が低かったせいでいつも虐げられ馬鹿にされながら必死に勉強して生きてきた。
 いつか絶対にこいつらを見返してやるんだと思いながら。軍学校でいい成績をとって上級軍人になって、こいつらに命令してやるんだって思いながら。身体能力が低くたって、頭を使うことなら自分は誰にも負けない。そういう上級軍人だっているはずだ。いなければ自分がその最初の一人になってやればいい。
 その思いだけを支えに、生きてきたのに。
「――ライナー」
 思いきり壁に拳を叩きつけて息を荒げる自分に、静かに声をかけてきたのはナップだった。落ち着いた瞳でこちらを見つめてくる。それがひどくいたたまれなくて足が勝手に逃げ出そうとした時、ナップに言われた。
「お前の提出した予定表、見たよ。確かにこれ以上ないってくらい考えられた予定だった」
 思わずぽかんと口と目を開く。そこにすっと指を突き出された。
「けど、お前予定表提出したあとのこと考えてなかっただろ。俺らの仕事は予定考えるだけじゃないんだぜ。一般生徒への布告とか、講演会場の音響とか、ゼネストさんとの講演内容の打ち合わせとか、予定決めてからの仕事の方がずっと多いんだ」
「あ」
「ライナー。お前さ、本当にすごいと思うよ。ひとつのことに集中する力とか、演算能力とか。そういうの、正直俺全然かなわないって思った」
 ライナーは絶句する。ナップ・マルティーニが。軍人としての才能に恵まれた存在が。自分を、認めた?
「だけどさ、まだまだ未熟なんだよ、お前。俺たちと同じようにさ。発展途上なんだ。一人前になるためには、自分の至らない、足りないところを補って磨いていかなくちゃならない。そのためには、一人でいちゃ駄目なんだ。他人と競い合って、磨きあっていかないとさ」
「…………」
「もちろん無駄にぶつかり合うのは馬鹿みたいだと思うけど。だったらそういうところも直していけばいいんだよ。俺たち、まだ生徒会になってから二週間くらいしか経ってないんだぜ。今から始めたって全然遅くないと思わないか?」
「………っ」
「お互い、強くなろうぜ。見習うべきところは見習って、直した方がいいと思うところは冷静に指摘しあってさ。とりあえず、みんなでお前の作った予定表照合して、作業内容見直さないとさ」
「っ………」
 ライナーはぐっと奥歯を噛み締めて、きっとナップ・マルティーニを睨んだ。
「言っておくが、生徒総代は譲らないからな!」
 なんて台詞。これだけ無様なところを見せておいて言えた台詞じゃない。
 けれど、ナップ・マルティーニはにやっと、悪ガキのように笑ってみせた。
「当然。俺だって負ける気はねーよ」
 その言葉は、ひどく強い力でライナーの心臓を揺らした。
「っ」
「あ、ライナー! それと、俺らのこと名前で呼べよな! 俺たちがライナーって呼んでるのに変だろー!?」
 背中を向けて、そんな声をかけられて、真っ赤になりながら必死に足を動かす。負けない。負けるもんか。確かに自分はミスをしたかもしれないけど、そんなのはいくらだって取り返せる。これから成長して、もっと能力を磨けば。
 今から始めても遅くないと、ナップは言ったのだから。
 すうっと息を吸い込む。久しぶりにすっと頭がスッキリした。さぁ、生徒会室に行こう。自分の考える理想的な作業案を、あの馬鹿どもに教えてやらなくては。

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