晩春――ナップ秘剣を習得するのこと

「ナップせんぱぁーい! 待ってくださーい!」
(誰が待つか!)
 ナップは廊下を全速力で走った。あいつらに捕まったらまた昼休みがパアになる。
 古びた校舎の床を軋ませながら全速力で角を曲がり、階段を一番上から一気に一番下まで飛び降りた。
 足にはかなり自信がある。裏庭まで逃げてきて、これだけ走ればまけただろう、と歩を緩めた――とたん、後ろから抱きつかれた。
「ぎゃあっ!」
「もう少し色気のある叫び声出せないのかな? 召喚獣じゃないんだから」
「気色悪いこと言うなっ、あーもうっ! 放せよっ!」
「先輩に向かってその口の利き方。おしおきしちゃおっかなー」
「わっ、やっ、どこ触ってんだよっ、やだっ! もうっ、いい加減にしないと本気で殴るぞ先輩!」
「それは勘弁」
 笑ってジーウルクはぱっと手を放す。ナップがぜえはあと荒い息をつきながらジーウルクを睨みつけていると、茂みを通り抜けて残りの奴らが姿を現した。
「ナップ先輩、こんなとこにいたんですかー? んもう、探しちゃいましたよ」
「ジーク……! ナップ……大丈夫か、変なことをされてはいないか? また不埒なことをしたりしてないだろうな、ジーク!」
「ナップに追いつけなかったお前に文句を言う資格はありませーん。先回りしたのは俺の功績でーす」
「ナップ先輩v 今日はどこで食べますー?」
「今日もご飯のあと、一緒にお喋りしてくれます……よね?」
「……………………」
 ナップははぁ、とため息をつく。
 二週間前の兄弟騒動以来、ナップは何人かの上級生下級生につきまとわれていた。
 兄も弟も持つ気はない、と兄弟の契りを申しこんできた全員にきっぱり断りはしたが、それならお友達としておつきあいしましょう、と言われ、それならとうなずいたはいいものの。
 最初の一週間はそいつら全員が競ってナップの占有権を争った。休み時間はおろか、放課後も、寮に帰ってからでさえ争うようにしてつきまとわれ、ナップの周囲では口喧嘩が絶えなかった。
 喧嘩するなと何度も叱りつけると、今度は全員が結託してナップを共有しようとしてくる。最初はそれでこいつらが落ち着くならまあいいかと思ったが、寮で一緒の人間が多いのをいいことに朝食の時間から放課後までえんえんつきまとわれるというのはやっぱり嬉しいもんじゃない。
 そのせいかなんだか最近ウィルも機嫌が悪いし、ベルフラウは面白がって見てるだけだし、アリーゼは知らない人間がいるんでこっちを敬遠してきてるし。授業の予習やら訓練やらで忙しいっていうのに、こうもつきまとわれると正直げっそりする。
「ナップせんぱーい、早くぅv」
 甲高い女子生徒の声に、はあっと息をつく。
 かといって相手に悪気がないのはわかるから、そうそう邪険にするわけにもいかないしなー……。
 そんなことを考えながら周りをしっかり囲まれて、きゃいきゃいわいわい騒がれつつ共に食堂へ向かっていると――
「おい、そこのちっこいの」
 ふいに横から、そんな声がかかった。
「……ガレッガ教官!?」
 ナップは驚いた。今年新しく赴任してきた、ナップが初めて戦って負けた教官だ。
 この教官と剣を交わしてから一ヶ月ほど経つが、この教官が自分から誰かに話しかけるのを見たことがない。授業の時もやる気なさげに後ろの方でこちらを観察しているだけで、積極的に指導とかも全然してくれないのだ。
 一応自分から向かってきた生徒にはそれなりに相手してくれるのだが(ナップももちろんその口だ)、授業以外ではほとんど見かけたことすらない。ナップがある程度進歩したと思えるまではと試合を申し込むのを避けていたせいもあるだろうが――そんな教官がなぜいきなり?
 ……というか。
「ちっこいのって誰のことだよ!」
「お前に決まってるだろーが、豆粒っ子。いつも授業ン時俺に手ェかけさせるお前のことだよ」
「教官なんだから授業の時は生徒に教えるのが当然だろっ」
「教官として振舞ってほしいなら少しゃあ教官らしく扱ったらどうだ。軍でんな態度取ってたら即行で営倉送りだぞ」
「あんたに言われたくない!」
「……なんの御用ですか、教官?」
 いきなり始まった口喧嘩に我に返ったか、先輩たちがずずいと前に出てガレッガに言った。
「俺たちはこれから一緒に食事をしようとしてたんですが」
「いくら教官でも食事の時間を減らさせる権利はないんじゃないですか?」
 六年の先輩たちから口々に口撃を、周りの一年生たちから視線攻撃をくらいながらも、ガレッガはうるさげに顔をしかめ、一言言うだけですませた。
「お前らには話してねえんだよ」
「なっ……」
「おい、ちっこいの。話がある。興味があるならついてこい」
 そう言うなり背を向けて歩き出すガレッガ。ナップはむっとしたものの、この男の話というのにはかなり興味がそそられた。無視したところで待っているのは朝も食った面子との食事なわけだし――
「オレの名前はナップ! 覚えといてくれよな。みんな、悪いけど今日はみんなだけで食って。じゃ!」
「あ、ちょっと、ナップ!」
 ナップはすたすた歩いていくガレッガのあとを追ったのだった。

 ガレッガの向かった先は、普段は施錠されている屋内試合場だった。ここを使用する際は教官に届出の上教官の監督下で指示に従って行うこと、と厳重注意されている場所なのだが(なにせここは武器庫のすぐ隣なのだ。真剣やらなにやらを持ち出して殺し合いをするのも可能だということ)、まあガレッガも教官なのだから咎められることはないだろう、とナップは気にせず中に入った。
 ガレッガは鍵を開けたまま奥に進むと、武器庫から大剣を持ち出し、試合場の中央に立って軽く体を動かし始めた。なにをする気なのだろうと見ていると、ガレッガは肩を回しながらナップに話しかけてくる。
「おい。お前、帝国軍に伝わる秘剣って、知ってるか?」
「え? ……知らないけど」
 秘剣……なんだかすごい響きだけど……そんなのカケラも聞いたことない。
 ガレッガは苦笑した。
「まあ、今ではほとんど伝説になっちまってるからな。――帝国軍を創設した三傑と呼ばれた最強の戦士たちが得意とした、三つの秘剣。その習得の困難さに、技法だけは軍学校全てに伝わっているものの、使える人間は十年に一人出るか出ないか……」
「…………」
「秘剣は剣の扱い方の分類そのままで三つに分かれている。――突きの秘剣、紫電絶華。横切りの秘剣、閃舞絶雪。そして、縦切りの秘剣、斬絶月」
「……アズリアの使ってた剣技………?」
 口の中だけで呟いた声はガレッガには聞こえなかったようだった。剣を抜いて軽く振り回しながら言葉を続ける。
「これはみんなストラの技術に近いもんでな。精神力を呼吸と肉体の動きで攻撃力に変えて放つ。無茶撃ちできるもんでもないが、いざという時の攻撃力は絶大だ」
 ぶん、と大剣をナップの真正面に振り下ろし、眼前でぴたりと止める。途中で止めることはわかっていたのでぴくりとも動かなかったナップににやりと笑い、ガレッガは言った。
「おい、ナップ。お前、強くなりたいか」
「……なりたいよ」
 ナップはうなずく。真剣な顔で。
「なんで強くなりたい」
「それは――」
 ナップは目を閉じて思い起こした。あの人の、先生の傷ついた瞬間。倒れた瞬間。そんなもの、もう見たくないから。
「――好きな人がいるから。その人は、みんなのためにいつもいつも戦ってる人だから――オレはそんなあの人の隣で戦いたいんだ。あの人の背中を、みんなを守ろうとするあの人を、あの人と一緒にみんなを守りたいから」
「………言うもんだな。ガキのくせに」
「うるさいなあ。そりゃ、オレはガキだけど、ガキにはガキの意地があるんだぞ」
「は! そりゃそうだ」
 ガレッガは一声だけ笑うと、ぶん、と剣を振り上げた。
「一度だけしかやらんぞ。見てろ」
 数歩進んで鉄製の鎧兜をかけた掛け木の前に立つ。そして数度深呼吸して息を整えた。
 その呼吸は少しずつ、カイルのストラのように、吸気よりも呼気の方がはるかに長いものに変わっていく。それが限界まで極まった一瞬――
 光が閃いた。
「…………!」
 ナップは声にならない声を上げた。鋼鉄製の鎧兜が、見事にガレッガの一刀で断ち割れたのだ。
 動作そのものはただ思い切り剣を振り上げて振り下ろすというだけの単純なものだったが、そこにどれだけの力が入っていたのかナップにはよくわかった。
 アズリアの紫電絶華とはまったく質が違う。紫電絶華が迅雷の速さで突きまくる軽にして多の剣だとすれば、これは神速の一撃に全てをかける寡にして重の剣。その分一撃の破壊力は桁違い――
「――これが秘剣・斬絶月。大剣でも使えるから理論的には三つの秘剣の中で最大の破壊力を持つ――が、習得は最も難しいとされている。単純な動作の中に力を込めるやり方ってのが掴みにくいからな」
「……なんで、これをオレに見せたんだ?」
 その問いに、ガレッガは笑みを浮かべつつ答えた。
「やる気のある生徒にはとことんつきあうのが教官の仕事だろ?」
「……本気で言ってる?」
「半分はな」
「……残りの半分は?」
 にい、と唇の端を吊り上げて。
「俺はお前に強くなってほしいのさ。強くなってくれんと潰しがいがないだろうが」
「ふーん……」
 ナップはその言葉にさすがに少し驚いたが(正直に言うとは思わなかったので)、それでもにっと笑った。
「オレはあんたになんか潰されないけど。これを見せてくれたのは、ありがと」
「……別にいいさ。どうせ退屈しのぎだ」
「お礼に退屈なんて言ってられないようにしてやるからな。――オレ、強くなるから」
 照れたように頬をかくガレッガにそう言って、ナップは試合場を飛び出した。

「……ップ。ナップ! おい、ナップったら!」
「ナップ・マルティーニ!」
「はいっ!?」
 ナップは寝惚け眼のまま飛び起きて、ばばっと周囲を見回した。一瞬自分が今どこにいてなにをしているのかつかめず目眩のような混乱を起こす。
 そこは授業中の召喚術教室で、自分は居眠りをしていて先生に起こされたのだ――ということを数瞬ののちに悟り、ナップはかあっと顔を赤らめた。周囲からくすくすと笑い声が漏れる。
 召喚術講師スィアスが最上級生すら震え上がらせるという噂の絶対零度の視線をナップにぶつけながら言った。
「ナップ・マルティーニ。どうやら君には私の授業は必要ないらしいな。授業時間を睡眠時間にあてられるほど余裕があるのだから」
「いや、そういうわけじゃ、その――すいません」
「退室するかね?」
 ぴっ、と指揮棒で教室の外を指されて、ナップは慌てて首を振った。ここでうなずいてしまったら好成績を収めるなんて夢のまた夢、単位取得すら絶望的だ。
「すいません、今後こんなことがないよう気をつけますから、授業を受けさせてくださいっ!」
「よかろう。二度目はないぞ」
 はぁ、と安堵の息をついて席に着くナップ。ぱちぱちと自分の頬を叩いてノートを取ろうとする――だが、すぐにまたその頭は船を漕ぎ出してしまう。
 その隣でウィルは、ナップが机に突っ伏す寸前にナップを起こしながら、ナップをひどく心配そうな、ナップには絶対見せない目で見つめていた。

 昼休み。鐘が鳴って授業が終わったとたんナップは教室を飛び出していってしまう。
 その後ろ姿を複雑そうな目で見送るウィルに、ベルフラウが声をかけた。
「ウィル。ナップはいったいなにをしているの? この一週間っていうもの、ずっと様子がおかしいじゃない。授業中はほとんど寝っぱなし、休み時間になるとすぐどこかへ行くし、食事時間だってほとんど誰とも一緒にはいないし」
「……知らないよ」
「知らないって……聞いていないの?」
「聞く暇がないんだ。朝は僕が起きるより早くどこかへ行ってしまっているし、夜はひどく遅く帰ってきたと思ったら宿題を片づけたとたんベッドにばったりだし」
「時間を作ろうと思えばいくらだって作れるじゃないの、クラスも部屋も一緒なんだから」
「……ナップは最近いつも疲れてるみたいだし、時間を取らせるわけにもいかないじゃないか……」
「あーもう!」
 ベルフラウはばん! と机を叩いた。
「ウィル! あなたは彼の友達でしょう!?」
「………っ、なんだよ、その言い方」
「答えて! 友達じゃないの!?」
「………友達、だよ。それがどうしたっていうんだ」
「友達だったら! 友達の様子がおかしいって時に一歩踏みこんで心配する権利があるじゃないの!」
「………………」
 ナップと出会うまで友達というものがいたことがなかったウィルは、反論も同意もできず黙りこむ。
 そこに、アリーゼが口を開いた。
「ウィルくん……心配な時は、心配だって言っていいんだよ?」
「……っ」
「言わなきゃ、相手に自分がどんな思いでいるかなんてわからないもの。それは、権利で、義務なんだよ?」
「…………」
 顔を真っ赤にして黙りこむウィルに舌打ちをして、ベルフラウは立ち上がった。
「私たちはナップがなにをしてるか調べに行くわよ。あなたは?」
「……っ、行くさ!」
 ベルフラウとアリーゼは顔を見合わせ、にこりと笑みを交わした。
「さて、それじゃナップがどこにいるかだけど……」
「ナップたんなら校舎裏にいるよん」
 後ろからかかった声にウィルたちは振り向き、思わず声を上げた。
『ユーリ!』
「なんであなたが知ってるの?」
「そりゃ聞いたからよ」
「誰に」
「ここんとこナップたんを追っかけまわしてた取り巻きの一人に」
 ウィルたちは顔を見合わせた。ナップがいないから当然と言えば当然だが、あいつらはここのところ見ない。なにをやっているのかと思っていたが――
「またナップを追いかけ回してるのか、あいつら……」
「いんや、そーでもないみたいよ」
「え?」
「とてもそばにいれる雰囲気じゃないって言ってたもん。悲しそーに」
「どういうこと……?」
 不思議そうな顔をする三人に、ユーリは笑った。
「ま、行ってみりゃわかるって」

「せぇっ! はぁっ、りゃあっ! はぁっ、てやぁっ! ……はぁ、はぁ、はぁっ」
 校舎裏。そこに間違いなくナップはいた。
 訓練をしているんだな、というのは見ればわかる――だが、その訓練方法が尋常でなかった。
 まず体には完全武装の上重りをぐるぐる巻きつけ、剣にもがっしりと重りを巻きつけてある。その状態で何度も何度も、渾身の力をこめて剣を振るっているのだ。
 それがどれだけ体力を使うかというのは、普段の訓練ではほとんど乱れもしないナップの息がひどく荒れていることからもわかった。
 それでもナップは、何度も何度も剣を振るう。睡眠不足でふらふらになっていたのに、荒い息をつきながら懸命に。
 ――その姿には、鬼気迫るものが、確かにあった。
「………………」
 なにも言えず校舎の陰からナップを見守っていると、ベルフラウがふいにすたすたとナップに近づいた。
「お、おい、ベルフラウ!」
「ナップ!」
 叫ぶと、ナップは素直にくるりと(まだ息が荒いまま)こちらを向いた。
「……ベルフラウ。ウィルにアリーゼも。どうしたんだ?」
「いや、これは――」
「最近あなたの様子がおかしいから心配になって探しにきたのよ」
「ベルフラウ!」
 ベルフラウの言葉に、ナップは照れたように笑った。
「そうなのか? ごめんな、みんな、心配かけちゃって」
「ぼ、僕は別に心配なんか――」
「それであなたはなにをしているのよ」
「見ての通り。訓練に決まってるだろ?」
「訓練はわかるけど。あなたの普段の訓練のやり方じゃないわよね? なんの訓練をしてるの」
「――秘剣の訓練だよ」
 三人は思わず目を丸くした。
「秘剣?」
「ああ、帝国軍に伝わる秘剣をガレッガ教官に伝授してもらったんだ。それを自分のものにするために、特訓中ってわけ」
「特訓……」
「……ちょっと待ってくれ。君はそのために睡眠時間を削って他の勉強を後回しにしてるのか?」
 そう言われると、ナップは困った顔になった。
「うーん、まあ、そうなんだけど……」
「それじゃ本末転倒じゃないか! 君はより実力をつけるために特訓してるんだろう? もっと余裕のある時にやれば授業に遅れをとらなくてすむのに……!」
「……そーいうんじゃ、ないんだよ」
 ナップはふいに真剣な顔になって、ぼそりと言った。
「なにが!」
「そーいう……授業に後れをとるとか、そーいうんじゃなくてさ。オレ、強くなりたいんだ。いろんな経験積んで、心も体も強く。授業も大事だけど、それを受ければ強くなれるってもんでもないだろ? ……今だって気がするんだ。今やるべきだって気がするんだよ」
「なにを……」
「……それで結果的にダメだったとしても?」
 ベルフラウがふいに言葉を挟み、ナップはそれにうなずいた。
「しても」
「それが明らかに自分にとって無理なことだったとしても?」
「しても。今が無理のし時だって気がするんだ」
「………そう」
 ベルフラウはそう言うと、くるりと踵を返した。
「ベルフラウ?」
「私は納得したわ。ナップがどんなに大変でも、納得してるならいいって思えた」
「そ、そうなの?」
「そう」
 ここでくるりと顔だけナップを振り返って一言。
「ナップ。私、負けないから。私も無理をするわ。あなたを見ていて、私も無理をしたくなってきたから」
「……そっか……うん、頑張れよ。オレも頑張る」
「ええ」
 そう言って立ち去るベルフラウ、慌てたように二人を見比べてベルフラウのあとを追うアリーゼ。ウィルはぎゅうっと唇を噛んで、怒鳴った。
「――勝手にしろっ!」

 夜。
 ナップはふらふらになりながら部屋に戻ってきた。放課後から今までずーっと体中に重りをつけて全力で剣を振ってきたのだ、疲れもする。
 一応栄養補給はしたものの、これからさらに宿題をやって勉強をしなくてはならないと思うとさすがにぐったりしてしまう。
 今日は寝ちゃって明日の朝勉強しようかな、いやいやそんなことしたら朝まで寝こけるに決まってる、などと考えつつ明かりをつける。もうウィルは寝ているようだった。
 鞄を開けて机の上を見る――と、そこには広げたノートが置いてあった。
 なんだろう、と中を見てみる。そこには、今日の宿題、そして明日の予習分の勉強の注釈が記してあった。
「…………」
 ナップは目を見開いた。これがあれば勉強の労力は一気に半減する。
 こんなことをしてくれるのは――
「ウィル」
 かすかにウィルのベッドが身じろいだように見えた。
「すっげえ、ありがと。超嬉しい」
 ――返事は返ってこなかったが、ウィルの耳が赤くなっているのがかすかに見えた気がした。

 それから、二週間。
「ウィル―――っ!」
「ナ……ナップ?」
 ナップはもうすぐ夕飯、という時間に、部屋の中に飛びこんできた。そしてがばぁっとウィルに抱きつく。
「!?!?!!??」
「聞いてくれよウィル! オレ、やっと秘剣習得できたんだよ! ガレッガ教官に見せたら、文句なしで合格もらってさ! オレ、もう、もう、すっげー嬉しいっ!」
 がっしりウィルを抱きしめつつ、すりすり顔をすりよせる。
「!!!!?!!」
「ありがとなーウィル、お前のおかげだよ! 毎日注釈書置いといてくれて! ベルやアリーゼにもお礼しなくちゃな、いろいろ励ましてくれたし勉強手伝ってくれたしフォローしてくれたし! あーもうマジでありがとうっ!」
「………は………」
「は?」
「いいから、離れろぉ―――っ!!」
「わ!?」
 ウィルに押されてナップはすてんとひっくり返った。

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