黄昏、来たりて泣く者は

 フレイズがファリエルを守るために俺に戦いを挑んできたけど、戦いつつ説得して(ファリエルの言葉もあって)納得してもらった。
 これからは一緒に戦ってくれるそうだ。

 封印が解けたのかどうかヤッファとキュウマが調べに行ってくれたけど、遺跡はほとんど反応しなかったらしい。原因は不明だけど、とりあえず設備を破壊してきたので大丈夫だろうって。……まあ、一番安全な方法かもしれないけど……。
 とりあえず様子を見ることになった。帝国軍の動向も気になるし……。

 さて、今日も俺はナップと授業だ。いろいろ気になることは多いけど(帝国軍や遺跡のことも、ナップ自身のことも)、ナップとの授業はやっぱりすごく楽しみだったりする。
 俺って本当に教師失格かもしれないなあ、と落ち込むこともたまにあるけれど、ナップの笑顔を見るとそんな気持ち忘れてしまう……これってやっぱりよくない傾向なんだろうか……。
 それはともかく、今日の授業は――
「奉仕活動???」
 ナップが素っ頓狂な声を上げた。まあ驚くのも無理はないなと思いながら(そして驚いてまん丸になった目が可愛いなぁと思いながら)俺は説明する。
「うん、今日は趣向を変えて、集落のみんなの手伝いをしようと思うんだ」
「はぁ……手伝いねぇ……」
 気乗りしなさそうにナップが目を閉じる。俺は内心苦笑しながらも、大切な授業内容を言って聞かせる。
「君が軍学校に進学をするのは、決定事項だけど……世の中には、軍人以外の仕事だっていっぱいあるし、大切なものなんだ。だから、今のうちに少しでもいいからそういう仕事に触れてほしいんだよ。君が軍人になって守るものがなにかを知っててほしいんだ」
 俺が説明をするうちに、ナップの瞳が真剣味を帯びてきた。ナップも俺の言うことを真剣に受け止めてくれてるんだろう。たまらない幸福感に包まれた俺の前で、ナップがどこか切なそうに呟く。
「先生……」
 その声の響きにたまらなく胸をきゅ〜んとさせながら、俺は笑った。
「さあ、行こう? みんな、俺たちが手伝いに来るのを待ってるぞ」
「……うん!」

「よいしょ……っと」
「そのガレキ、一人で持ち上げられるか?」
「へっちゃらだって! これぐらい……」
 ナップは重いガレキをどけながら(ナップもずいぶん力が強くなったよな)、元気な、男の子らしい、俺の大好きな笑みを浮かべて言う。
 ラトリクスの工事を手伝うって言った時はさすがに顔をしかめていたけど……働いているうちにどんどん、いい笑顔をするようになったよな、ナップも……。
「ふう……っ、で、次はどこを片づけるんだ?」
「今日の作業は、それで終了といたしましょう」
 クノンが口にわずかに笑みを浮かべて言ってくれた。
「本当にいいのかい、クノン?」
「問題ありません。貴方たちのおかげで、作業効率は充分にあがりました。シャワーで汗を流してから、きてください。お礼に、甘いものを用意してあります」
「ピーピピ?」
「貴方には、高純度の液体燃料でしたね?」
「ピッピピーッ♪」
「では……」
 嬉しい知らせを告げて、クノンは去っていった。ナップにとっても嬉しいだろうと、俺はナップに微笑む。
「よかったな、ナップ?」
 ナップは口の端をゆるく持ち上げた、静かだけど気持ちよさそうな笑顔で笑った。
「うん、だけどお礼がなくってもさ、また、手伝いたいよ。みんなと一緒に働くの、結構、面白かったしな」
「そっか……」
 ああ、本当にナップはなんて素直で可愛いんだろう……とか思いながら俺は笑った。ナップと(ほぼ)二人っきりで長時間一緒にいられる……そんな至福の時間を過ごせて、俺も辛抱たまらないほど面白くて幸せだったよ、ナップ……。

 オウキーニの新作料理『タコ刺し』を見せられてびっくりしたり、クノンにイスラが死と蘇生を繰り返しているような状態にあることを知らされたりしたあと、俺はヴァルゼルドに会いに行った。
 最初は寝てるのかと思ったんだけど、ヴァルゼルドは起動すると突然こちらに向かって撃ってきた。クノンが助けてくれて、みんなと一緒にヴァルゼルドを倒したんだけど……。
 ヴァルゼルドは適応に失敗して暴走をしてしまったらしい。今まで俺と会話をしてきたヴァルゼルドはバグで、サブの電子頭脳をつけて今の人格を消去すれば普通に行動できる――でも、俺はそんなの嫌だった。だって今話しているヴァルゼルドを消してしまうなんて――そんなの、ヴァルゼルドを殺すのと同じじゃないか!
 なのにヴァルゼルドは自分を役立ててほしいって言うんだ。俺のために、俺を守るために戦いたいって……。
 嫌だ、嫌だ、すごく嫌だ。だけど、もし俺がヴァルゼルドの立場だったら。なんの意味もなく消えてしまうより、なにも感じられなくなっても好きな人のために戦いたいって思うんじゃないか?
 だから……俺は、ヴァルゼルドのお願いに、最後のお願いに、うなずいたんだ。
 ヴァルゼルドは、それから、無言で、感情を感じることなく、ラトリクスの見回りや戦闘に参加してくれた……。

 キュウマにアルディラたちに事情を話すという決意を聞き、パナシェが船を見たって話を聞いたあと、俺が流れ着いた浜辺に行くとまた勝手に抜剣してしまった。ただ今度は遺跡のせいじゃない。ぼんやりとして色のない、召喚師風の衣服を着た長髪の男性が現れたんだ。
 その人は俺が遺跡に支配されそうになった時声をかけてくれた人。ハイネル・コープス、過去この島の核識となった人……。
 ハイネルさんの話では、分断されて封印されたハイネルさんの精神のうち、闇とでも言うべき暗い部分が暴走を始めてしまったらしい。暗い衝動が遺跡と結びつくことで生まれた存在、それがあの化け物――遺跡の意思だと。
 それを止めるためにハイネルさんは俺を呼んだ。核識となる可能性のある魂を持つ存在である俺なら、封印を解くことも封じ直すこともできるから……。
 だけどハイネルさんには俺の精神を守る力が残っていない。今度同じことがあれば……。これ以上は剣を喚んじゃいけない、そう言ってハイネルさんは消えていった。

 アルディラたちへの話が無事にすんで、ファリエルと話をしていると、ギャレオとイスラが宣戦布告にやってきた。最終決戦、あるのは勝利か玉砕のみという戦いをするために……。
 俺は人を殺す覚悟をする気なんてない、と言ったんだけど、お前がお前の信念を貫くように我らは我らの信念を貫き通す、とギャレオは言う。
 でも、それでも、俺は。
 俺は決戦の舞台に赴き、剣や島のことについて話をしようとした。でもアズリアは、隊長として部下たちを故郷に帰らせるため剣を振るわなくてはならない、他に方法はない――と断言する。
 どうしても、選ばなくちゃダメなのか? どちらかひとつしか選ばなくちゃ、絶対ダメなのか!?
 でもカイルたちはそんなことはない、って言ってくれた。俺は俺のやり方でいけばいい、って……。
 そうだよな……いつものやり方しか俺はできないんだ。それなら最後までそれでいくしかない!
 命を奪い合う以外の方法で、俺は、この戦いに決着をつけてみせる!
 そして、戦いが始まった……。

 戦いが終わり、アズリアは全てを諦めたような顔で全てを終わらせてくれ、と言った。勝者にはそれをする役目がある、と。
 ――冗談じゃない。ただでさえ争うのは嫌なのに、なんでこれ以上望んでもいないことをやらされなくちゃならないんだ?
 生きようとすることがみっともないわけがない。剣は渡せないけれど、帝国に帰るための手助けならできる。一緒に互いの望みを叶える方法を探そう。俺はその方法があると信じる、信じなければどんな思いもかなわないから――そう言うと、アズリアはうなずいてくれた。
「あはははは! ははっ、あはははっ、あはははははっ!! なんだかんだ言って姉さんは、結局覚悟ができてなかったってワケだ?」
 ――イスラが笑う。
 イスラはビジュと共に、アズリアに離反すると宣言した。力で決着をつけさせてもらうと。
 戦力は全てこの一戦に費やした、戦いを続けて行くことなど不可能だと言うアズリアに、イスラは言った。
「それは、姉さんの部隊の話でしょ? 僕の部隊は、傷ひとつついちゃいないよ。なにしろ……ついさっき、到着したばかりだからねえ」
 嵐の結界はすでに消え去った、とイスラは言う。その言葉と共に、ざっ、ざっ、ざっと音を立てて黒装束の兵隊たちがこちらに進軍してくる。
 唇を噛む俺の前で――アズリアが叫んだ。
「違うぞ……」
「え?」
「そいつらは、帝国の兵士じゃないっ!?」
 と同時に――黒装束たちが動く。
「……いけ!」
「シャアアァァッ!!」
 スパアッ! 目にも止まらぬ速さで帝国軍兵士――アズリアの部下の体が斬り裂かれた。
「ぎゃあああっ!?」
「な、なんで……どうして、味方を攻撃すんのよ!?」
「ヒヒヒヒ、そりゃあ味方じゃねェからさ、お嬢ちゃん?」
「……なんだと?」
 イスラがいつもの薄笑いを浮かべながら言う。
「僕の部隊は僕の味方さ。援軍だなんて、一言も言ってないってば」
「な……っ!?」
 強力な召喚術が炸裂する。アズリアの部下たちが何人もまとめて吹っ飛んだ。
「だずげ……っ、げ、ふぁ……っ!?」
 こちらまで這ってこようとした男が、召喚術で焼かれる。人の肉の焼ける、震いがくるほどのおぞましい匂い。
 喉を切り裂かれる。血が噴き出す。背中をばっさりと斬り裂かれ、腕が、足が、体が千切れる……!
「あ、ああぁ……っ」
「見るんじゃない! ナップっ!!」
 ナップは硬直して、見たくなどないだろうに目を逸らせず、その無残な光景を見つめている――俺は思わずナップを抱きしめてかばった。こんな……こんな光景、ナップに、こんな小さい子には見せたくない、見せちゃいけない……!
 俺自身ぞっとするような見たくもない光景をナップが見ているということが、怖くて、悲しくて、いたたまれなくてたまらなかった。
「ひ、人が……あんな……っ、う、ぐえぇ……!?」
 限界に来たのか、ナップがパニックになったように頭を振って、涙を流しながら地面に膝をついて吐いた。俺はその背中を抱きしめるようにしながら、背中をさする。
「これだよ。これこそが、本物の戦場ってヤツさ。強い者が、弱い者からなにもかも奪い取る。単純で、明快な真実。君たちのやってきた戦争ごっことは違う! 奇麗事なんて意味ない世界なんだよ!!」
 狂ったように笑うイスラ――震えながらその光景を見つめていたアズリアが、全身の力を搾り出すように叫ぶ。
「やめさせてえぇぇっ! イスラあぁぁぁっ!?」
「聞けないね……目障りなものはこの際、まとめて排除するって、もう決めたんだもの」
「貴様アァッ!?」
「あはははっ! あはっ、あははは!!」
「そんなこと、絶対にさせるものか!!」
 俺は武器を構え、飛び出した。
「止めてみせる……こんなひどすぎること許しちゃいけないんだ、だから……っ、絶対に、止めるッ!!」
「へえ……それじゃ、証明してもらおうかな……力ずくで、君の奇麗事とおしてごらんよ!?」
 言葉と同時に、黒装束たちがこちらにも襲いかかってきた……。

「しゃべれる程度には手加減しといた。ぶっ殺したい気分ではあるんだがな。さあ、答えやがれ!? お前ら、いったいなにも……」
「新たなる世界にッ!! 勝利と栄光をォッ!!」
「いけない! カイルさん!!」
 ヤードが叫ぶのとほぼ同時に、黒装束の兵士は自爆した。絶句する俺たちの前で、スカーレルがひどく冷静な、でもどこか軋んだ声で言う。
「こいつらにとっては当たり前のことよ」
「スカーレル……」
「標的を殺すためなら手段を選ばない、命さえ武器にする。「紅き手袋」の暗殺者にはね!」
「「紅き手袋」って、たしか……」
「大陸全土にまたがる犯罪組織ですよ。汚れ仕事の代行者。その名は、血染めの手袋に由来する」
 ヤードが呻くような声で言うと、カイルがかすれた声を出した。
「なんで……知ってんだよ……」
「……」
「お前ら、どうしてこいつらの正体知ってるんだよ!?」
「それは……」
 そんな言葉を交わしている間も、こちらに向かってこなかった兵士たちは着実にアズリアの部下たちを殺していく。
「雑魚の始末はこれでおしまい」
「あとは……」
 ギャレオの目の前で帝国兵がまた一人殺された。ギャレオが絶叫する。引き絞るような声で。
「ヒヒッ、寄せ集めの部隊なんて、所詮はこんなもんよォ」
「ビジュぅぅッ!! 貴様が、それを口にするかアァァッ!?」
 ギャレオがビジュに向かい襲いかかる――その途中に立っていたイスラは、熱くなりすぎて大振りになったギャレオの拳を軽々とかわした。
「おっと……まあ、そんなに熱くならないでよ? どうせ、玉砕覚悟の戦いだったんだからさ。殺される相手が違っただけのことじゃない」
「……っ」
「それより、静粛に。今から、式典が始まるんだからね」
「式典、だと……」
「そうさ、姉さん。病気で苦しんでいた僕に、生きるための方法を与えてくれた偉大な力の持ち主。この血染めの宴の、主賓が登場するのさ」
 その言葉に覆いかぶさるように、コツ、コツ、コツという足音が聞こえてきた。妙に響く足音の前に、黒装束の兵士たちがさっと道を作る。
「来る……」
 俺は思わず呟いていた。武器に手をかけて。
「夕陽の向こうから、誰かが……」
 俺の本能が、全力で逃げろと呟いている。どんな存在かはわからない、けど――なぜだろう、相手は凄まじく危険な存在だという気がする。
「く……っ」
 ナップも似たようなことを感じているのか、俺の隣でぎゅっと俺の服の裾をつかんだ。俺は守りたいというせめてもの想いをこめて、ナップの手を上からそっと握る。
 そして――そいつが現れた。
「ようやく、ここまでこぎつけたか……ゴミどもの始末、存外手間どったものだ。待ちかねたぞ?」
「もうしわけございません」
「まあ、よかろう。長い船旅で、勘が鈍ったことにしてやる」
「は……」
「さあ、あなた、こちらへ」
「うむ……」
 黒眼鏡に黒の長髪の召喚師の男。王のように振舞うその男を見て、ヤードが愕然とした。
「バカな……っ」
「どうしたの、ヤード。顔、真っ青だよ!?」
「まさか、直々に出向いてくるなんて、そんな……!?」
「なるほど……アイツが、そうなのね」
「スカーレル?」
 俺たちにかまわず、その男は悠然とした態度で言った。
「同志イスラはどこだ?」
「はい、こちらに」
「今日までのお前の働き、見事だった。我らのこの一歩は、始祖らが夢望み続けた新たなる世界への架け橋となるだろう」
「ありがたきお言葉、感謝にたえません。そして……遠路よりのお越し、心より歓迎いたします。オルドレイクさま」
「控えなさい、下等なるケダモノどもよ! この御方こそお前たち召喚獣の主。この島を継ぐためにお越しになられた、無色の派閥の大幹部。セルボルト家のオルドレイク様です!」
「な……!?」
 無色の派閥……!?
「我は、オルドレイク。無色の派閥の大幹部にして、セルボルト家の当主なり……始祖の残した遺産、門と剣を受け取りにこの地へとまかりこした」
 傲然と言う男――オルドレイクに、ギャレオが叫んだ。
「それがどうしたッ!?」
「……ギャレオ?」
「ゴミだ? 雑魚だ? 目障りだ? 貴様らに、そんな扱いを受けるいわれがあるものか……帝国軍人を……ナメるなあアァッ!!」
「やめるんだっ! ギャレオォォォッ!!」
 アズリアの叫びも聞かず、ギャレオはオルドレイクに突っこむ――が、オルドレイクは悠然と一歩退き、隻眼のシルターン風の衣服を着た男が前に進み出て、一太刀でギャレオを斬り倒した。
「武器も、技量もその程度では、結果など知れている。己の技量を恥じて、出直すがいい!!」
 そう言って膝をついたギャレオを蹴り飛ばす。
「さすがはウィゼル。その剣の冴え、実に頼もしいな」
「お前を喜ばせるために振るったわけではない」
「ふふふ、口の悪さも相変わらずよ……さて、まずは剣の方から受け取ることとしようか」
「……っ」
 俺は思わず、びくりと震えた。
「お前が、そうだな?」
「…………っ!」
 俺は抜剣した。せずにはいられなかった。自分の心が吹き飛ばされそうになっているのを感じる。
 認めなくちゃいけないだろう。――怖い。俺はこの男が、怖い。
 オルドレイクは抜剣した俺を見てむしろ微笑んだ。心地よさそうに言う。
「おお、素晴らしいぞ。解き放たれた魔力が心地よく、吹きつけてくるではないか」
 俺は召喚術を放った――だが、オルドレイクは微動だにしない。
「どうした? それで、終わりか?」
「う……っ、うわああぁぁぁっ!?」
 俺は召喚術を連打した。しかしオルドレイクには効いた様子もない。
「どこを狙っているのだ。そんな有様では私から逃げられぬぞ」
 俺自身わかってる。俺は怖いんだ。この男だけじゃない、この男を殺してしまうことも――殺される恐怖と殺してしまう恐怖の板ばさみになって、体も心もまともに動かない……!
「せんせえぇぇぇっ!?」
 ナップの声が聞こえる――駄目だ、こんなことじゃ、俺は、ナップを守らなくちゃいけないのに……!
「うおおぉぉぉっ!!」
 オルドレイクの召喚術が放たれようとした時、アズリアが凄まじい速さで突っこんできた。
「そうなにもかも貴様らの思いどおりになると思うなッ!!」
「アズリア……」
「逃げろ……レックス……この血まみれの戦場にお前の居場所などどこにもありはしない。こんな戦場に立つのは軍人だけで充分だ!!」
「かしましいぞ……帝国の犬が……」
 オルドレイクが召喚術を放つ……!
 アズリアは吹っ飛んだ。だが、それでも彼女は立ち上がる。そんな彼女にイスラは言った。
「少しは僕の立場も考えてくれない? 姉さんがあがいたらせっかく評価された僕の功績が、台無しになるじゃない!」
 そう言ってアズリアを剣で斬り裂く。
「やめろ、イスラ! アズリアは、君の姉さんだろう!? 君の代わりに軍人になって、レヴィノスの家を守ろうと……」
「そんなこと、僕は一言だって頼んじゃいないッ!!」
「……!?」
 アズリアのしたことは自分をレヴィノス家に不必要な存在にすることだ、自分の害になることだ。弁解しなくていいから黙って死んでくれ――そう言うイスラの前に、俺は飛び出した。抜剣して。
「やめろおぉぉぉっ!!」
 なんだかもうわけがわからなかった。アズリアと和解できたと思ったら、無色の派閥がやってきて、帝国兵が次々と無残に殺されて、碧の賢帝を奪おうと恐ろしい男が手を伸ばしてきて――
 怖い、許せない、悲しい、恐ろしい。でも。
 ただ、もう、とにかく、止めなくちゃと思った。守らなくちゃと思った。
 俺の存在全てをかけて――アズリアを、みんなを、そして――ナップを。
 そのためになら俺の存在なんか消えちゃってもいいから……頼む、剣よ、ナップを……守る力を……!
「オオオォォォ……オオオオオオォォォォォォォォォッ!!!!」
 力が――やってきた。オルドレイクがなにか言っていたが、俺の耳には入らなかった。ただ俺は体の奥から凄まじい勢いで湧き出て、吹き荒れ、暴走する力に支配され、まともに考えることもできなくなっていたんだ。
 ただ、一つ――想いだけは残っていた。
「ウバワセナイ……モウ、コレイジョウナニモ……ウオオオオオオォォォォォォォォォォ!!!」
 ――そして、俺は意識を失った。

 目覚めた時には、なにもかも終わっていた。無色の派閥によって黄昏の中へと描かれた血の色をした悪夢――それが本当に悪い夢だったかのように。
 あれは、あの力はなんだったんだろう? 俺になにかがとりついたかのようだった。
 そばについていてくれた人たちが止めるのも聞かず、俺はベッドから起き上がる。ふらつく足取りでたどりついた先にはおびただしい弔いの炎。
 夜空に向かって伸び上がるそのゆらめきは、彼らの無念の姿にも似て、俺は立ちすくまずにはいられなかった。傷ついた身体のまままばたきもせずに。
 部下たちの最期を見送る彼女の、その隣で……。

 しばらくそばにいたけれど、結局なにも言えず船に戻ってきて。俺はナップの部屋を訪れた。
 ナップは具合を悪くして寝込んでいるって聞いたから――理由は大体想像がつくけど。
 とにかく放ってはおけない。俺はナップの部屋の扉をノックした。
 しばらく経っても返事がないので、俺は「ナップ? 入るよ?」と言って扉を開ける。
 部屋には明かりがついていなかった。ベッドの布団がこんもりと盛り上がっている。
 俺はそっと近づいて、布団に優しく触れた。布団がびくりと震える。
「……大丈夫かい?」
 できるだけ優しく、そっと、静かに。ナップが安心できるように神経を集中して、声をかける。
 布団の裾が持ち上がってナップが顔を見せた。その顔を見て俺は思わずずきりと胸を痛める。
 ナップは泣いていた。泣き腫らして目を赤くしながらも、まだ眼を潤ませていた。
 俺はもうたまらなくなって、ナップの目の前で腕を広げる。
「―――おいで」
「………先生………」
 ナップはふえっ、と顔を歪めると、俺の腕の中に飛びこんできた。
「う………うわああぁぁぁっ!!」

「すこしは、落ちついてきたかい?」
 ナップが静かになって、俺に抱きしめられながらひっくひっくとしゃくりあげるようにしてきた頃を見計らって、俺はそう言った。
「…………」
 ナップはうつむいたまま、口を開かない。
 胸が痛い。ナップが可哀想で、可哀想でしかたがない。煩悩なんか起こる暇もなく、ただこの稚けない子供を慰めたくてしょうがなかった。
「無理もないよな、あんな光景を目の前で見せられたんだから。あれは……ひどすぎた……」
 そう言うと、ナップはばっと顔を上げた。
「でも、あれが戦場なんだろ? 軍人になるってさ、ああいう戦いに参加するってことなんだろう?」
「……」
「わかんなくなってきちゃったよ。強い軍人になってみんなを守りたい、だけど……あんな戦いを続けていく自信なんて、オレ、全然ないよ!」
「ナップ……」
 俺はたまらず、ナップをもう一度抱きしめた。強く、強く、けれど抱き潰さないように優しく。
「わからないよ、先生。オレ、どうしたらいいのか……わからないよぉっ!?」
 ごめん、ナップ。俺にはその問いに答える資格がない。
 俺にもその答えは、軍人は殺さなければ守れないのかっていう問いに対する答えはわからないんだよ。軍人から逃げ出した今でも……。
 しばらくナップは俺に抱きついたまま泣きじゃくっていたが、ふいに顔を上げて言った。
「先生……」
「なんだい?」
「今日、一緒に寝てくれる?」
 ぶほぉっ!
 思わず吹き出した俺に、ナップは上目遣いで言う。
「俺……今日は一人で寝たくないんだ。一人だと苦しくて死んじゃいそうなんだ。だから……」
「…………」
 ナップ―――っ! そんなこと言っちゃ駄目だよ! まさか誰彼なしにそんなこと言ったりはしないと思うけど!
 俺は、ナップはただ寂しくて辛くてたまらないだけだとわかっていても、『……もしかして誘われてるのかな?』なんて思っちゃうようないけない大人なんだから……って、それは俺が悪いんじゃないかーっ! こ、こんな時にまで、ナップがこんな辛い時にまで俺って奴は……!
 無言の俺に、ナップは必死な顔で言う。
「一人じゃいやなんだよ。アールとか、他のやつじゃ駄目なんだ。先生に、そばにいてほしいんだよ」
「…………!」
 俺は、その言葉に、頭の中が真っ白になった。
『先生にそばにいてほしいんだよ』
『他のやつじゃ駄目なんだ』
 ナ、ナナナナ、ナップ…………君はどこまで俺の理性を試せば気が済むんだ……!
「先生……ダメ?」
 最期のとどめに上目遣いの潤んだ瞳で『ダメ?』――――…………。
 俺は無言で、どこか安らかにすら見えるだろう笑みを浮かべうなずいた。
 ナップが喜色を満面に浮かべた顔で微笑う。俺も微笑み返す。俺の精神はもはや彼岸に行っていた。人が何人も死んだその夜に、俺って奴は……人として、教師としてこれでいいのか……?
 ナップがそっと布団を持ち上げる。俺にとっては、長い、長い長い夜が、始まろうとしていた………。

 本日の授業結果……人間失格。

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