断罪の剣は誰の手に

「そういうわけで、しばらく、学校は休むことになったよ」
 無色の派閥の出現――それに伴い青空学校は休校することになった。確かに、授業をしている時に無色の派閥が襲いかかってきたら大変なことになるもんな。無理のない提案だろう。悔しいけど……。
 俺がそうナップに伝えると、ナップは複雑そうな顔をした。
「やったーっ♪ ……って、普通なら喜ぶんだけど、場合が場合だからなあ」
「護人の話し合いでも集落の外に出るのは控えることになったし。子供たちが外で遊ぶのも、しばらくの間は無理だろうな」
「スバルのやつ、きっと退屈してるだろうなあ」
「そうだね」
 話しながらも俺は、内心唇を噛み締めていた。無色の派閥を島から追い出さない限り、ずっとこんな毎日が続くことになる。早く、なんとかしなくっちゃ……。
「あのさ、先生」
 ふいにナップが話しかけてきて、俺は慌てて微笑んだ。
「ん?」
「学校だけじゃなくてさ。家庭教師も、しばらく休んだっていいんだぜ」
「え……」
 な、なななな、なにを言うんだ、ナップ………!?
 ナップとの授業は、ナップと二人っきりになれる(アールもいるけどさ……)数少ない時間。俺にとっては至上の甘露、砂漠を行く旅人が飲む一杯の水より貴重なものなのに……!
 俺に、俺にその時間を放棄しろっていうのか………!? そんな、そんな殺生なーっ! ナップ、ナップ、それはいくらなんでもあんまりだよ………!
 内心恐慌状態に陥っている俺に気づきもせず、ナップは口元に困ったような笑みを浮かべながら言う。
「あ、別にオレがサボリたいってワケじゃないんだぜ!? たださ、今の先生、なんていうか、すごく大変そうだし……そういうの、見てて辛いんだよな」
 そう言って沈んだ表情になってうつむくナップ――
 ナップ……君は、俺のことを本当に気遣ってくれているんだね。
 俺を労わって、少しでも楽にしようとしてくれているんだ。本当に、優しいいい子だな、ナップは……。
 ……けど、俺にとってナップとの授業は活力の源なんだよー! それがなかったらかえって力が出ないんだよー! どんなに大変でもナップとの授業があるって思ったら頑張れるのに……!
 それをどう伝えればいいかわからず、ただ俺はじっとナップを見つめて名を呼ぶしかできない。
「ナップ……」
「無色の連中を追い出すまでは、オレ、今まで習ったこと復習するよ。だからさ、先生は、みんなのためにも早いとこ、あいつらをやっつけてくれよ。スバルたちも、きっとまた学校が始まるの楽しみにしてると思う。だから……な?」
 完全に善意の顔で俺に微笑むナップ――
 ああああああああああ。ダメだ……この笑顔を曇らせるなんて俺にはとてもできない………!
「そうだな」
 俺はわずかに微笑んで言っていた。
「わかったよ、ナップ。一日でも早く、学校が再開できるよう、俺がんばってみるよ」
「うん、約束だからな」
 小さく笑って言うナップ――
 ああ。ああ、君はなんて可愛らしくも残酷なんだ……俺にとって君は無邪気で残酷な愛の妖精……ってなにをわけのわからないこと言ってるんだろう俺は……。

 アズリアたちは日常生活に支障のないくらいには回復したものの、戦闘を行うのはやはり無理らしい。時間をかけて回復させる必要があるそうだ。
 だから、彼らの想いを俺は託された。無念を、怒りを、悲しみを。もうあんな戦場を作り出させないために……。
 俺は力じゃなく言葉で、わかりあうための力で問題を解決したい。もちろん、キュウマにも言われたけど、そんな甘い考えが通用するような相手じゃないのだろう、本当に。
 でも……できるだけやってみたい、俺の甘っちょろいわがまま通してみたい。だって、ナップが、俺は俺らしくやればいいって、そんな俺を信じてるって言ってくれたから……。

「なあ、先生ってオレのオヤジを助けてくれたことがあるんだよな? その時の話、聞かせてくれよ」
 授業を行うことはできないけれど、せめて復習していてわからないところとかあったら聞いてもらおうと思ってナップの部屋を訪れた俺に、ナップはそんなことを言ってきた。
「お父さんから、なにも聞いてないのか?」
「うん、まあ一応、説明してはもらったんだけど。へへへ……あの時は、別に興味が無かったから、適当に聞き流しちゃってさ」
「君が期待してるような面白い話じゃないぞ?」
「いいから、ほら、聞かせてよ?」
「わかったよ……」
 正直、あんまり気は進まないんだけどな。
「俺が君のお父さんと出会った場所はね、学究都市ベルゲンだったんだ」
「ベルゲンって、たしかえらい学者が集まって、発明や研究をしてる街だよな?」
「ああ、そうだよ。軍人になった俺は、その街で警備の任務についていたんだよ」
 今ではもうほとんど思い出すこともなくなった、俺の最初で最後の任地。
「ある日、そこで行われていた研究を狙って、旧王国の工作員たちが忍び込んできた。見つかってしまった彼らは、召喚鉄道を乗っ取って、逃げようとしたんだ。そして、運悪く奪われたその列車に乗っていたのは……見学のために各都市から招かれた、高名な技術者や、投資家たちばかりだったんだよ」
「もしかして……」
「うん、君のお父さんもその列車に乗っていたせいで、人質になってしまったんだよ」
「……」
 ナップは目を見開いた。自分の父親がそんな目に遭った話を聞くっていうのは、やっぱり落ち着いてはいられないものなんだろうな。
「人質を乗せたまま列車は、帝国領の外へ向かって走り出した。それを阻止すると共に人質を無事に救出する任務を与えられて、突入役に選ばれたのがたまたま、俺だった。ただ、それだけなんだ」
「それだけ……って、充分、すごいじゃん!」
 ナップが目を丸くして叫ぶ。ナップに感心されたり褒められたりっていうのは俺としてもすごく嬉しい。
 だけど……本当に、俺は褒められるようなことをしてはいないんだよ。軍人としても、人としても……。
「走ってる列車に乗り込んで、犯人を捕まえたんだろ?」
「まあ、それしか方法がなかったからね……」
「すげえなあ……勲章とか、貰ったりしたんだろ?」
「その前に、ほら。俺は軍を辞めたから」
「あ……」
 目を輝かせていたナップは、悪いことを言ったかのように罪悪感に満ちた顔をした。そんな顔をさせたくはないのに……ナップの少年らしい憧れ(それも俺への)を汚してしまったような気がして、俺は胸が痛んだ。
 ナップはしばらく黙ってうつむいていたが、やがて顔を上げて言った。
「どうして、辞めたの?」
「うん、まあ……その時に、ちょっと失敗しちゃってさ。向いてないな、って自分でわかったから辞めたんだよ」
「そうなんだ……」
 俺の大ざっぱな説明にも、ナップは一応納得してくれたようでほっとする。詳しく説明するのは、恥ずかしながら、俺に憧れてくれる気持ちを(あるよな? ナップの中に、ちゃんとあるよな!?)粉々にしてしまう気がして、怖かったから。
「でもさ、オヤジは先生に感謝してたぜ?」
 ナップは明るい表情になって、俺に言った。
「自分が生きてるのは先生のおかげだって。あの人こそ、本物の軍人だったってさ」
「そんなことないよ。買いかぶりだってば」
「あーっ、もしかして照れてるだろぉ!?」
 久しぶりに悪戯っ子っぽい、面白がるような表情になる。俺はそれにつきあって、怖い顔を作った。
「ナップ!?」
「あははははははっ♪」

 本物の軍人、か……そんな風に呼ばれる資格、俺にはないよ。だって、あの事件は本当は……。
 そんなことを考えている時、スバルが無色の派閥が風雷の郷を襲ってきたことを知らせてくれた。
 俺たちは急いでオルドレイクたちのところに向かう。彼らはこの島に住む人々をどう扱おうと自由だと言い放った。
 怒りで色をなす俺たちに、ヤードは彼らにとってはそれが当たり前だと言った。全てを派閥の利のための道具と思え、とオルドレイクに教わったと。
「オルドレイクは私の召喚術の師です」
 お前には期待していたのだがな、と言うオルドレイクにヤードは食ってかかった。
「私は知っているんだ、派閥の記録をあたって知ったんだ……貴様こそが、私たちから全てを奪った元凶だったということを!?」
 父と母の仇、と召喚術を放つヤード――オルドレイクはそれを弾き返して高笑いをする。が、その瞬間、ヤードは叫んだ。
「……今です!!」
「くたばれッ!!!!」
「な……っ!?」
 ぎぃん、という金属音。
 スカーレルだった。ヤードの放つ召喚術にオルドレイクが気をとられた隙にスカーレルが襲いかかり、傍らにいたサムライ――ウィゼルに防がれたのだ。
「なるほど……追っ手を始末したのは貴様だったか……。「珊瑚の毒蛇」、裏切り者め!!」
「ご挨拶だわねえ? 「茨の君」さん!」
 暗殺者の頭目の女性に軽口を返すスカーレル。だがスカーレルもヤードも敵の懐に深くもぐりこんでいる分俺たちより突出している。早く助けなければ、と俺たちは二人の方へと走り出した……。

 ヤードとスカーレルの村は過去に無色の派閥の儀式が原因で壊滅をしているそうだ。オルドレイクがその儀式を実行した張本人、その私怨を晴らすための行動ゆえみんなのことを巻き込みたくなかったと。
 そんなことを話している間に、今度はイスラが前に進み出て、再び戦闘に突入した……。

 イスラを倒した。そう思った瞬間、イスラの手の中に紅い剣が現れた。あっという間に傷が治り、イスラの髪が白く変わり、背後に光る輪が生じ、首飾りが持ち上がってくるくると周りを取り巻く。
 これは――まるで――
 なんとかもう一度倒したものの、イスラはまるで傷など存在しないように笑い――事実、みるみるうちに傷は消えていった。剣がどくんどくんと脈打つたびに、イスラに生気がみなぎってゆく。
「いいね……実にいい気分だよ、これは……。君が大口を叩く理由今なら、わかるよ。誰にも、負ける気がしないもんね……」
 ヤードが半ば呆然と呟いた。
「紅の暴君……キルスレス……もう一振りの封印の剣!!」
 碧の賢帝が勝手に抜かれる。理屈以前に剣が反応しているだろうとイスラは笑った。
「封印の剣とは、元来使い手のもつ魔力をサモナイト鉱石の刃に通わせることにより、比類なき破壊力を発揮する、いわば精神の剣よ……封じこめた核識の力と一体化したことによりその能力は、桁違いに増しているようだが、反面、核識と同調する意識の持ち主にしか使えなくなったようだ」
「つまり、僕もまた適格者ってことさ。レックス、君と同じようにね?」
 ウィゼルの言葉に付け加えたイスラに、ナップが叫んだ。
「デタラメ言うなっ!? 先生とお前なんかが一緒のはずあるもんか。先生は、お前みたいな卑怯者じゃない!?」
 ナップ………。
「だが、現に剣は同志イスラに力を与えている。結界を消し去り、我らを導き入れたのがなによりの証拠よ」
 オルドレイクがそう言うと、イスラの目がぎらりと光った。
「試してみようか? どっちが、本当に剣に選ばれるべき人間なのかさぁ!?」
 イスラはなんの遠慮もなく、剣を振り回してくる。強烈な魔力のこもった一撃を、俺は必死に碧の賢帝で受けた。
『いいぞ……この激しい情動、これさえ、取り込むことができれば、新たな核識を得ずとも我は、封印から解放される!!!!』
 遺跡の声がかすかに聞こえる――
 大地が鳴動する。剣と剣の激突で、島の根本が揺らいでいるんだ。
「剣をおさめろ、イスラ。このまま戦ったら取り返しのつかないことになるぞ!?」
「……」
「今の声は、君にだって聞こえただろう!?」
「わかったよ……」
 イスラはいかにも渋々と剣をおさめた。元の姿に戻り、ふらふらしながらオルドレイクのそばに立つ。
 余裕の笑みさえ浮かべて去っていく彼らを、俺は見送るしかなかった。剣と剣が激突したせいか、俺の体もろくに動かなかったのだ。
 見せつけられたのはけして、相容れない思い。言葉では埋められない絶望的な距離。そして、歴然とした力の差。
 紅の剣を抜き放ったイスラは、ためらいもせずその力を振るっていた。迷いつつ、剣を振るう俺のことを見下すように。
 それが正しいのかもしれない。今のままでは、きっと守れなくなる……わかっている、わかってはいるんだ。だけど……俺は、やっぱり彼と同じ場所には立てないから……。
 だから、笑うんだ。せめて、みんなに、ナップに、心配をかけないために……。

 夜、みんなが部屋に引き取る頃。俺はふと、ナップと目が合った。ナップはどこか不安そうに揺れる瞳を、俺と目が合ったとたん元気なものに変えて、俺のそばに寄ってきた。
「先生、オレの部屋に来いよ。この前クノンにもらったお菓子、まだ少し残ってるんだ。分けてやるよ」
 ナップ……俺を、元気づけようと?
 自分も不安でしょうがないだろうに、俺のことを気遣ってくれる、その優しさに俺の心はきゅ〜んとしてしまった。こんな状況なのに胸が疼く。たまらなくこの子がいとおしい。
「ありがとう。じゃあ、お邪魔しようかな」
「うん!」
 俺なんかの言葉に、ひどく嬉しそうにうなずいてくれるナップ。なんて……なんて可愛いんだ、君は……!
 俺とナップは一緒にナップの部屋に入り、お喋りをした。授業がない今、ナップとお喋りができる機会っていうのはすごく貴重だ。一瞬たりともナップの表情を見逃さないように、全神経をナップに集中した。
 ……やっぱり、どんな時でも、ナップの笑顔は俺に力をくれる。なんとしても守らなきゃって気持ちになる……。
 ふと話題が途切れた。ナップは話題を探してか、小さくうつむく。
 俺はじっとナップを見つめていたんだけど、ナップはうつむきながらぽそりと言った。
「まさか、イスラがもう一本の剣の持ち主だったなんて……」
 …………。
 俺が黙っていると、ナップははっと顔を上げて一瞬泣きそうに顔を歪め、小さく首を振って表情を元に戻し、軽く、腹立たしげに言った。……そんなに無理して明るくして、俺を元気づけようとしなくてもいいのに……。
「なんで、あんなヤツが選ばれたんだろう。見る目が無いよなあ、剣の意思ってのも」
「うーん、だけど、それを言うんなら、俺が選ばれたのだってどうかと思うぞ?」
 俺もナップに合わせて、軽く言う。ナップの心遣いを無駄にするような真似は、したくない。
「先生はいいんだよ。だって、正しい使い方してるじゃないか?」
「正しい使い方って、なにを基準にして?」
「え、それは……」
 俺が静かに言うとナップは言葉に詰まってしまう。
 ナップの気持ちはありがたいけれど、俺を盲信させるような真似はしたくなくて、俺は言葉を重ねた。
「俺にしろ、彼にしろ、選ばれたのは、多分そんな理由じゃないんだ。単純に、剣を使える素質があっただけ。そういうことさ。だから、決められた正しい使い方なんてあの剣にはないんだよ」
「そんな……」
「いくら強い力を秘めていたって道具は道具、使い方を決めるのは持ち主なんだ。そのことを忘れたらいけないよ」
「う、うん……」
 俺自身に言い聞かせる意味もこめて言った言葉に、ナップはうなずいた。久しぶりに教師らしい台詞を言ったような気がする。
 ナップはしばらくうつむいていた。もしかして傷つけた!? ま、間違ったことは言ってないと思うんだけど……! と俺が内心恐慌状態に陥りながら声をかけようとすると、ばっと顔を上げる。
「でも、先生は正しい使い方してると思う」
「え……?」
 真剣な瞳でじっと俺を見ながら。
「そりゃ、道具に決まった使い方なんてないかもしれないけどさ。先生は、ちゃんと考えて、みんなに正しいっていうか、いい方に向かわせるための使い方してると思うよ。イスラとかとは、全然違う」
「ナップ……」
「オレ、先生は間違ってないと思うぜ」
 どこか重々しく、大真面目に言うナップ。
「……ありがとう」
 ナップ……君は、俺を本当に信じてくれているんだね。
 こんな俺に寄せる絶対的な信頼。それを裏切っちゃ絶対にいけないと思う。
 だけど、どうすればいいんだろう。俺は君を守りたい。心も体も守りたい。
 でも敵の力はあまりに強大で、君を守りながら君の信じる俺でいつづけられるかどうか――
 俺にはさっぱり、自信がないんだよ。

 本日の授業結果――離れてる?

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