海から来た暴れん坊は誰?

 地道に船の修理をしていたら、メイメイさんという謎の占い師に会って、教科書と海賊旗をもらってしまった。どうやって手に入れてるのかはわからないけど、いろんな武器とかも売ってるし、ちょくちょく寄らせてもらうことになりそうだな。
 さて、それはともかく今日も授業だ。船の修理が一段落したところでナップの部屋に行くと、ナップはつまらなさそうに一人でぼーっとしている。
 やっぱり周りが大人たちばかりじゃつまらないのかな、と不安に思いながらも授業を始めようと言うと、なんというかものすごく複雑そうな顔をして、こくんとうなずいた。

「それじゃ、今日は戦闘の基礎について勉強しようか」
「勉強って……訓練じゃないの?」
 一瞬顔を輝かせたものの、『勉強』という言葉が出ると顔をしかめてしまう。やっぱりこの子は体を動かしたい方なんだなぁ、と内心うなずきながらも俺は微笑んだ。
「訓練も大切だけどね、基本の戦術だけは最初に学んでおいたほうがいいんだよ。ただ漠然と訓練をするより、その方がずっと身につくからね」
「ふーん……」
 少し不満そうではあるが、一応納得してくれたようではある。俺は自分が教わった時のことを思い出しながら、できるだけやる気を引き出させようと質問してみる。
「まずは、武器ごとの特色についてだ。武器は、攻撃できる間合いで、大きく3種類に分けることができるわけだけど、その分類について説明できるかい?」
「そんなの、楽勝だよ」
 ナップはにっと得意そうに笑ってみせる。
「まずは、近接武器。敵と接触した状態で攻撃する武器のこと。剣とか斧なんかがこれなんだよな」
「うん、そのとおり。ほとんどの武器はここに分類されるね」
「ふたつめは射撃武器。弓とか、銃とか、遠くから攻撃できる」
「それじゃ、3つめは?」
「間接武器さ! 槍が、有名だよな? 近接武器よりも少し離れた間合いから攻撃できるんだ」
「うん、全部正解。よく知ってたなあ」
 半分くらいは本気で感心して嬉しくなり微笑みながらうなずくと、ナップは「へへへ……」と嬉しげに目を細めて笑い鼻の下を擦った(う……だからそういう仕草は可愛いからやめてほしいんだってば……理性が……ただでさえ密室で二人きりだってのに……)。
 俺は(理性を総動員して冷静さを保ちながら)解説する。
「武器にはどれも一長一短、様々な特色があるけど、それを補う戦術を用いれば、どんな局面にだって対応できるんだ。中でも大切なのが今説明した、間合いなんだよ」
「間合い、か……」
「相手の武器の間合いを外しつつ、いかに自分の武器の間合いにもっていくか。そのためには地形を利用したり相手の死角をつく必要があるんだ」
「???」
 よくわからないらしい。ここは家庭教師らしく冷静に、具体例を挙げて説明することにした。
「例えば、高さ。相手より高いところから攻撃すれば、武器の重みで威力が増す。逆に低いところから弓矢を放っても、届くまでに、威力が落ちたりするんだ」
「ああ、そっか! でっかい剣や斧は高いところから攻撃したほうがいいってことだよな?」
「そういうこと」
 俺は嬉しかった。こういう風にわからなかったことをわからせるのって、なんだか気持ちが伝わったって感じがする。錯覚かもしれないけど、ちょっと心が触れたって気がするんだ。
「攻撃を仕掛ける向きも重要だよ。真正面から攻撃するよりも、横や背後に回りこんで攻撃したほうが相手の隙をついて攻撃を命中させやすくなるんだ。攻撃する時だけじゃなくて、防御する時も理屈は同じだから。相手にそういう状況を与えないようにするのも、大切だからね。そういった意味でも戦いでは、単独行動は避けるべきなんだよ。敵に囲まれることは不利な間合いを作ることと同じだからね」
「うん、気をつけるよ。タコ殴りなんてぞっとしないもんな」
 ナップは真剣な顔でうなずく。そんな顔も可愛いな、としぶとくよぎる煩悩を心の中で叩き伏せ(理性理性!)、俺もうなずいた。
「最低限、知っていてほしいことは、こんなところかな。それでナップは、結局、どんな武器を使うつもりだい?」
 俺がそう言ったとたん、ナップは顔を輝かせた。
「そんなの、剣だよ! 剣に決まってるさ。カッコイイもんな」
 ……まあ、カッコイイと思えるスタイルを選ぶのは(好きこそ物の上手なれと言うし)悪いことじゃないけど……と内心苦笑していたが、ナップの次の言葉に一瞬理性が吹っ飛んだ。
「アンタが使ってるの見てたら、ますますそう思ったし」
 ………俺!?
 俺の剣を使ってるところを見てカッコイイと思った。つ……つまり、俺をカッコイイと思ってくれたってことかー!?
 ホントに? ホントに? などと迫りたいっ! でも、でも、人として、大人として、家庭教師として、それは、そんなことはできない……!
 というわけで内心の葛藤に知らぬふりをして(幻滅されるのは嫌だもんな……)、俺は微笑んだ。
「そっか……。それじゃ、君には片手剣の基礎から教えてあげるよ」
「えー? どうせなら、デカイ剣のほうが……」
「基本は同じさ。訓練して、力がついてきたら、大剣の扱いも教えてあげるから」
 大剣はかなり力がないと武器の重さに振り回されちゃうからな。
 そう言うとナップは目を輝かせて、
「よーし、がんばって早くデカイ剣を持てるようになるぞ!」
 とわくわくしたように言った。こういう素朴な向上心をむき出しにできるなんて……子供っぽくて、可愛いなぁ……。純粋な輝きがとっても眩しい……。
 などとほのぼのしていると、アールが(また存在を忘れてた……ごめん、アール……)「ピピピッ!」と鳴いたので我に返り、
「よしよし、その意気だ」
 と笑った。

 マルルゥという妖精の子に案内されて、俺は各集落を回ることになった。まあ相互理解の第一歩というやつなんだけど、「ナップも一緒に来るかい?」とナップに訊ねたら「いいよ、別に……」とすげなく断られてしまい俺はちょっと落ち込んでしまった。
 他のみんなも来ないって言うし、お互いにまだ警戒しあってるんだな……。
 順番に集落を回って、代表者の人たちに挨拶をする。軽く見て回っただけだけど、それぞれ世界の特色が出てて面白かった。
 メイトルパの集落、ユクレス村で広場を通ると、マルルゥが声をかけられた。
「おっす、マルルゥ。そいつが、母上たちが言ってたニンゲンか?」
 声をかけたのは……耳が尖っていて体毛が薄いところを見ると、シルターンの、鬼の子かな? いかにもやんちゃそうな、ちっちゃい男の子だ。大きな瞳と陽に焼けた細い手足がなかなか可愛い。俺の好みからするとちょっと幼すぎるけど……ってなにを言ってるんだ俺はっ!
 ともかく、スバルくんというらしいその子に、俺は話しかけた。
「スバルくん、か。君は鬼の子だよね?」
「おう! おいらは鬼神の血をひく一族のまつえいなんだぞ」
「へえ……」
「あ、ヤンチャさん、ワンワンさんとはいっしょじゃないですか?」
「……あっち」
 指差された方を見ると……! ………!
 犬だ! 犬がいる!
 二足歩行の真っ白いでかい耳をした子犬がいるうっ! かっ、かっ、かわ……っ、はぁはぁ(一瞬錯乱しかけた)。
 いや亜人の子だということはわかってるんだけど、こういうタイプの可愛さも俺大好きで……とにかく俺は必死に冷静になろうとしながらその子(バウナス族のパナシェくんというそうだ)と話しかけて、ちょっぴり仲良くなった。
 集いの泉に(キュウマさんとヤッファさんに戻ってくるように言われていたので)戻ってきて、泉の奥にこの島が召喚術の実験場だった頃の施設の跡が残ってることを知ったりしたあと、護人たち全員から夜盗討伐に協力してほしいともちかけられてきた。
 俺としては(最初から争うつもりで行くわけじゃないということだし)当然協力するつもりでいたんだけど、やっぱり俺だけのことじゃないから帰ってみんなに相談したところ、やっぱりGOサインが出た。
 その後、みんなに集落の様子を聞かれている時、ふいにナップが外に出て行ってしまった。
 ……なんだ? どうしたんだろう。なんだかすごく……寂しそうに見えた。
 まさかさっき他の男の子を可愛いと思ったから腹を立ててるわけじゃないよな、などと馬鹿なことを考えながら(本気で馬鹿だ……)、俺は慌ててナップを追った。アールを連れて浜辺をどんどん歩いていくナップに後ろから叫ぶ。
「ナップ、待ってくれよ!?」
「!」
 ナップは俺に声をかけられると、びくんと体を震わせて、のろのろとこちらを振り向いた。その顔はひどく不本意そうにぶすくれている。
「どうかしたのかい? 黙って、出てったりするなんて」
「別に……」
 別にっていう顔じゃないよ。
「別に、って言ってくれなくちゃわから……」
「わかるわけなんてないんだよ!」
 俺はびくりとした。こんな風にナップが傷ついているように見えるのは、あの船の上以来だった。
「ナップ……」
「アンタは、俺と違う。だから、絶対にわかりっこない……。……っ!!」
 言うや駆け去ってしまうナップ。俺は――俺は、それをただ見送るしかできなかった。ナップをわかりたいと思うのに、ナップがなにをそんなに苦しんでいるのか、結局わからなくて。
 なにを言えばいいのか、どうすればナップを傷つけないようにできるのか、わからなくて……。
 スカーレルに鏡の話をされたけど、それでも俺は、ナップがなにに苦しんでいるのかわからなかった。
 俺って……先生失格かもしれない……。

 夜盗はジャキーニ一家というカイルたちとは旧知(というか仇敵というか)の海賊の人たちで、話し合おうとしても聞いてくれず戦闘に突入。
 快勝した後、彼らをどうするかは俺が決めていいということだったので、労働で謝罪してもらうことにした。やっぱり盗んだものはきっちり返さないと。
 カイルには『甘いなぁ』と笑われてしまったけど、たぶん、これが双方に一番遺恨の残らない解決法だと思うんだよな。
 ジャキーニさんたちも働いた分のご飯は食べさせてもらえるわけだし。

 夜、俺はナップに船の外に呼び出された。俺もできるならもう一度話をしたいと思ってたから、ナップから話をしにきてくれたのは願ったりなんだけど……。
 とにかく、俺はできるだけさりげない風を装って、上目遣いでこちらの様子をうかがっているナップに話しかけた。
「なんだい、話したいことがあるって?」
「あのさ……一応、謝っとく……さっきから、オレなんか態度が悪いから」
 ナップの口元はちょっと困ったように照れているように少し笑っていて、俺はすごくほっとした。それで思わずにこにこ笑って言ってしまった。
「気にしてないよ、そんなこと。誰だってさ、機嫌が悪い時はあるものだからね」
「……っ」
 とたん、ナップの眉がきゅっとしかめられた。俺は硬直する。
 俺は、俺ってやつは、またナップの機嫌を損ねてしまったらしい。
「アンタ……やっぱり、ちっともわかってない……」
「ナップ?」
 搾り出すようにいうナップに恐る恐る俺は話しかけるが、ナップはぎっと俺を睨んで怒鳴った。
「用事はそれだけだよ。じゃ、おやすみ!」
 そしてそのまま駆け去ってしまう。
「あ……」
 結局俺は、ナップが今なにをそんなに苦しんでいるのか、その理由のかけらすらわからないまま話を終えられてしまった。
 そうだね、ナップ。俺はちっともわかってない。
 ナップがなにに傷ついているのか。なにをそんなに苦しむことがあるのか。君がなにを求めているのか……。

 本日の授業結果……すれ違い。

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