招かざる訪問者がいっぱい

「だから、ナウバの実が5本あるって考えてさ、2人でわけたらって考えてごらん?」
 青空学校は初期のすったもんだを乗り越え、ようやく順調に動き出していた。ナップ、スバル、パナシェにマルルゥも加わって、初等教育から(人間社会における)一般常識までいろんなことを教える。
 スバルもパナシェもマルルゥも、『勉強する』ということの要領が飲み込めてきたみたいで、最初の授業みたいな混乱はほとんど起こらなくなっている。
「先生、ここのところがわかりません!」
「おいらも!」
「ああ、ちょっとだけ待っててくれないか?」
 一人でこれだけの人数を完璧に教えるのは大変でもあるけど、こうして生徒たちが向学心を見せてきてくれるというのはとっても嬉しいことだ。
 嬉しい悲鳴、ってやつかな。
「オレが見てやるよ」
 手が回りきらない俺の代わりに、自分の課題を片付けたナップがスバルたちにニッと笑いかけてくれた。
「え、ニイちゃんが教えてくれるのか?」
「これくらいの計算なら任せとけって! いいだろ、先生?」
「うん、ナップ。よろしく頼むよ?」
「まあ、委員長サマに任せとけって!」
 ナップに委員長を任せたのは正解だったみたいだな、と俺は思わず微笑んでいた。ナップは初等教育はもうすでに終えかけているし、一般常識の授業では俺と一緒に教える側に立っているので(俺の授業に横から補足する、と言う感じだけど)、スバルたちとの立場の違いが行き違いにならないように委員長という役職を与えたのだけど、それが思った以上に図に当たった感じだ。
 ナップはスバルたちを一緒に学ぶ存在であると同時に守り導く存在としても見るようになっている。守るものができたという責任感は、きっとナップを強くしてくれる、と思う。
 それに子供同士が愛らしく教えあったりじゃれあったりしてるのを見るのは頬が緩んでしまうほど楽しい……じゃなくて!
 ともかく、和やかなうちに授業は進み、帰りの時間がやってきた。スバルたちは挨拶をして自分の家に帰っていく。
 そこにアルディラさんがやってきて、この前俺が助けた人が目を覚ましたと教えてくれたので、俺はナップの授業のあと行く、と約束をして船へと戻った。

「よし、それじゃ今日は絵を描くことにしよう」
 そう言うとナップはきょとんとした顔をした。
「絵って……あのさ、それって入試となんの関係があるんだよ……」
 言ってから、はっと気づいたように大声で叫ぶ。
「ま、まさか……っ、絵がうまくなきゃあ軍学校には合格できないとか!?」
「あははは、まさか? そんなことはないよ」
 俺が笑うとナップは心底ほっとした顔をする。可愛いなぁ、と俺は一瞬だけ目尻を下げたが、すぐに怒鳴るナップに顔を引き締めて説明することになった。
「……って、だったらなんで絵なんか!?」
「絵を描くことは、召喚術の訓練になるんだよ」
「召喚術の???」
「ああ、嘘じゃない。頭の中で、召喚したい対象を、明確に描けるかどうかが、召喚獣の上達に繋がるんだ。はっきりとイメージできるほど、より強い召喚獣を呼べるようになるのさ」
「なるほど……」
 ナップは納得してくれたようだった。もちろんこれは本当ではあるんだけど(軍学校でそう教わったし)普通はやらないやり方ではある。それよりも召喚の場数を踏んだ方が手っ取り早いからだ。
 なのになぜこんなことをさせるかというと……どちらかというと情操教育のためだったりする。軍人に必要なのはリアリズムだけど、それだけじゃなく、軍だけじゃない世界にも目を向けられるような人間になってほしいと思って。
 ナップには、ただの軍人にはなってほしくない。
「というわけで、今回は俺の肖像画を描いてもらうことにしようか。できるだけ正確に、みたままを描くんだよ」
「へーい……」
「終わったら、声をかけてくれよな? それまで、じっとしてるから……」
 などと冷静を装ってはいるが、俺は実はすごく楽しみだった。情操教育だけなら風景画とかのほうがいいと思うんだけど、俺はナップに俺の顔を描いてもらいたかったのだ。
 だって……なんていうか、見たいじゃないか! 夢じゃないか、俺の……なんていうか、その、あれだ、まあ……好きな子に自分の絵を描いてもらうのって!
 ワクワクドキドキしながら待っていると、数十分後ナップが歓声を上げた。
「できた!」
「……どれどれ?」
 ドキドキドキドキ、と胸を高鳴らせつつ絵をのぞきこみ――俺は絶句した。
「あ、あのさ? これって、俺の顔……だよな?」
「へへっ、ちょっと男前にしすぎたか?」
「あ、いや……」
 眉毛がゲジゲジだ。顔もなんというか……漢! というか……むやみに男らしさが強調されているというか……。
 俺ってナップにこういう風に見られてたんだろうか。なんていうか……ちょっと、ショック……。
「ピピ……ッ」
「なんだよ、アール。もしかして、お前も描いてほしいのか?」
「ピピィッ!?」
「そうか、そうか♪ よーし、すっげえカッコよく描いてやるからな?」
「ピピッ!? ピピッピ〜ッ!?」
「あははっ、そんなにうれしいのか♪」
「……」
「まあ、その……あきらめてくれよ?」
「ピピプー……」
 アールとじゃれあうナップを見ながら、俺はちょっと哀愁を感じつつも絵を懐にしまった。
 ……やっぱりこの絵、とっとこ。そのために貴重な紙を使って描いてもらったんだし。

 俺の助けた人はイスラさんといって、最近の記憶を失っていた。俺は気晴らしにイスラさんを外に連れ出したんだけど、その帰り森がひどく荒らされているのを発見した。
 護人のみんなも呼んで調べてもらったんだけど、やはりみんなこの荒れようは尋常じゃないと言う。集いの泉に集まって会議をし、みんなで警戒しながら様子を見ることに決定した。
 解散後、ヤッファさんに俺のあの剣はあまり喚ばない方がいいと言われた。俺もあんまり喚ぶ気はないと言いたかったんだけど、そこにキュウマさんが現れて、剣は島を護る力となりえると主張。ヤッファさんは去り、キュウマさんはそれにかまわず俺にこの島の由来にもまつわるあるものを見てもらいたいと言った。

 みんなに会議の結果を伝えてからキュウマさんに会いに集いの泉へ向かう。すると、キュウマさんはヤッファさんから近づくなと言われていた遺跡を見せたいのだと言う。
 あの遺跡は危険な場所ではない、この島にいた召喚師たちが実験のために作り上げた施設だ、そしてその活動は今も続いている、と。
 護人のみんなが召喚術を使えるのもその施設のため。無駄な争いを招かないようずっと隠し続けてきたのだと。
 それを独断で俺に話し、この島を出る方法や剣の出自について知りたくないかと持ちかけ、俺が亡くなったキュウマさんの主君リクトさんに似ている、だから役に立ちたいのだと言ってきた。
 それでも黙っていくなんて、と俺が難色を示すと、罪を承知で自分は貴方に真実を知ってほしい、とかきくどく。
 俺はうなずかざるをえなかった。

 連れられていった先にあったのは、上に鍵穴のようなオブジェをつけた巨大な門だった。あちこちにへこみや欠けた部分があるのが、その建造物が長い時間を経てきたことを感じさせる。
『喚起の門』だと、キュウマさんは言った。
 召喚師たちがその知識の全てをかけて作り上げた、自動的に誓約と召喚を実行し召喚獣を呼び続ける機巧。この島の召喚獣たちはみなこの門から呼び出されてきたのだと。
 この門を作った人は、この島にあらゆる世界の生物が平和に暮らせる楽園を作ることを夢見ていたのだという。しかし召喚師たちは互いに争い自滅し、喚起の門も中枢を破壊され制御を受け付けなくなって無秩序に得体の知れない存在を呼び出す危険なものへと変わった。護人はそうした未知の敵からこの島を守るために生まれたそうだ。
 ここでキュウマさんは俺に言った。俺の持っている剣の力を使えば遺跡の機能を正常に回復できるはずだと。
 剣には遺跡に訴えかける力があるというのだが――
 俺は剣を抜かなかった。剣の力も、遺跡とのかかわりもはっきりしていないのに剣を抜くなんて危険すぎると思って。
 ところが、抜くのだ、お前にはその資格がある、全てを継承せよ――という声が頭の中に響き、俺の意思に反して勝手に抜剣してしまった。
 意識が剣に引きずられるような感覚があり、呑み込まれそうになった時――
「呑まれるなッ!!」
 ――ヤッファさんの声がした。
 ほとんど反射的に元に戻る俺の前で、ヤッファさんはキュウマさんに詰め寄る。
「なんで、そいつをここに連れてきた!?」
「必要だったからです。彼の力で、遺跡を復活させるために」
「わかってんのかおい? 勝手に遺跡に触れるのは、オレらの間でも絶対に許されねえ掟だぜ? 過去の過ちを繰り返すつもりか!?」
「全部、覚悟のうえだと言ったなら?」
「……ブッ殺す!!」
 爪を構えるヤッファさん。キュウマさんも刀を抜く。
 俺はもうなんだかわけがわからなかったが、とにかく二人を止めなくちゃと声をかけるものの、二人は戦いを始めてしまう。
「やめるんだっ!? やめろおおぉぉッ!!」
 絶叫した時――
「Gyshaaaaaaaaaaaaaッ!!」
 巨大な蟻のような蟲たちが俺たちに襲いかかってきた。
「ジルコーダだと!? そうか……森を荒らした原因はこいつらか!?」
 ヤッファさんがそう叫ぶ。二人とも争っている場合じゃないと理解したのか、協力して戦い、蟲を倒した。

 あの蟲たちはジルコーダ――メイトルパの言葉で食い破る者という虫の魔獣らしい。興奮状態になるとその鋭い牙で周囲のものを手当たり次第に噛み砕いて回る。しかもその興奮は仲間へと伝染するのだそうだ。
 その上とてつもない勢いで増えるという。この非常事態に、俺たちは否応なしに協力して事態に当たることになった。
 マルルゥがこっそりついてきていたのを見つけて待っているよう説得するという一幕もあったが、とにかく俺たちは揃ってジルコーダの巣のある廃坑へと向かったんだ。
 ジルコーダたちの数は相当なものだった。これを一匹ずつ倒していくのは相当な労力が必要だろう。
 ヤッファさんは狙いは巣の奥の女王だけでいい、と言った。そうすればこれ以上ジルコーダが増えることはなくなる、と。
「でも、他の虫だって黙っちゃいないだろ?」
 とナップ。
 ……俺は正直ナップがついてくることにはかなり複雑な思いを抱いていた。決して足手まといにはならない、と言えるだけの能力は持っているし、なによりナップは自分で俺たちと一緒に戦うと決めたんだ、いくら先生っていったってちゃんと真剣に考えて決めたことに口を出すべきじゃない。
 でも、それはそれとして俺はやっぱり不安だった。ナップが傷つくんじゃないか、それどころかもしかして、死ぬようなことになったりしたら――
 ナップはそんなに弱くないって知ってるはずじゃないか、俺の護りたいっていうエゴを跳ね返すくらいナップは強いんだから――と何度も自分に言い聞かせつつも、それでもやっぱり怖くて、迷いから抜け出しきれなかった。
 当然、俺のそんな葛藤など知る由もなく話は進む。
「二手にわかれて一方が、他のムシを巣から引き離すの。その隙に、もう一方が女王を叩くのよ」
 ……俺は、葛藤から抜け出し言った。今は目の前の事態に集中しよう。
 それに、本当に危なくなったら、俺が命に代えても護ればいい。俺はナップの先生なんだから、そうしてもいいはずだ。
 ――それもエゴだと言われたら、返す言葉がないけれど。
「女王を倒す役目は俺が引き受けるよ」
「先生!?」
 驚いたようなナップの声。
「わかってんの? もし陽動が失敗したら一番、危険なのよ!?」
「うん……だからこそ、俺が行くべきだと思うんだ。いざとなったら「碧の賢帝」の力を使うことができるから……」
『…………』
「つきあうわよ?」
「ソウダナ……」
 アルディラとファルゼンがそう言って笑う。俺も微笑みを返した。
 結局、キュウマとヤッファが囮になり、他の全員で女王に向かうことになった。

「なんとか、始末がつきましたね?」
 無事戦闘が終わり、キュウマにそう言われ、俺は力なく「うん……」とうなずいた。
「先生?」
 気遣うようなナップの声。ナップに気を遣わせちゃいけないと思いながらも、沈んだ気持ちが口をついて出た。
「俺たちと、こいつらは一緒に暮らせはしない。わかってるけど……」
 相容れない存在だけれど、相容れないのを当然として邪魔だという理由で相手を片付けてしまうのは。
「なんか、イヤだよね、こういうのは……」
 誰が悪いといえるわけでもないけれど、その分ひどくやるせない気持ちでそう言うと、
「たしかに、な……」
 とヤッファが小さく応じてくれた。

「みなさーん!」
 もう陽も暮れた帰り道。空からそんな声が降ってきた。
「ピーピピッ♪」
「マルルゥ、お迎えにきてくれたのかい?」
「はいですよー! 灯りが見えたので呼びにきたんですよ」
「呼びに来た、って?」
「シマシマさん、言ってたじゃないですかー? 宴会の準備をして待ってろ、って」
 ……確かに、言ったと思うけど……。
「おいおい、マルルゥ、まさか、お前……」
「えっへん! ばっちり、準備はできてますですよ。さあさあ、みんなで楽しくお鍋を囲むですよー♪」
「こっ、コラっ! 耳を引っ張るなっ!?」
 俺たちは思わず、顔を見合わせて笑ってしまった。
「……だってさ」
「鍋か……かーっ、いいねェ!」
「アタシ、もぉお腹ぺっこぺこだわよ」
 くい、くい。ナップが俺を見上げながら裾を引っ張る。
「先生は……」
 ぐぅぅぅ。俺の腹が大きな音を立てて鳴った。
「あ」
「あはははっ、聞くまでもなかったな」
 苦笑して、みんなの顔を見る。全員考えていることは一つのようだった。
「では、ご好意に甘えましょうか?」
「みんなで、お鍋で宴会しちゃおう!」
『おーっ♪』

 予想もしない形だったけど、こうして俺たちは島のみんなと食卓を囲むことになったんだ。
 みんな揃って、初めて食べる食事は、いつもよりずっとおいしくて、楽しくて、たくさん、たくさんおしゃべりをしたんだ。
 ひとつの目的のために力を合わせてがんばったこと。それが、みんなの距離を縮めてくれたのかもしれない。
 よそ行きの言葉遣いを捨てていつしか、名前で呼び合って、宴はいつまでも続いた。
 ただ一人……無言のままに立ち去っていたあの人をのぞいて……。

 俺はみんなとおしゃべりしつつも、ずっとナップを見ていた。大丈夫だとは思うけど、こう人が多くなると、ついついトラブルの心配をしてしまう。普段つきあっている人だけじゃなく知らない人も宴会に加わっているから、新しい人間関係を築くチャンスであると同時に困ったことが起こりやすい環境でもあると思ったりしてしまい。
 だけどナップは楽しそうにみんなと話している。スバルとか島の子供たちがほとんどだけど、話しかけてくる大人にも愛想よく応対しているみたいだ。
 この分なら大丈夫かな、と俺はちょっと寂しい気持ちになりながらも鍋の方に向かった。大量に用意された鍋の具も、それを上回る宴会参加人数のせいでもう残り少なくなっている。
 ――と、鍋から具を取っている時、ナップが俺の横に立った。
「……ナップ?」
「ちぇっ、もうこんだけか。肉もうなくなっちゃった?」
 俺はナップの旺盛な食欲に思わず笑った。
「俺のを分けてあげようか。俺は野菜いっぱい取ったから」
「ホント!? じゃ、一口、一口!」
 ナップは嬉しげに言うとあーんと口を開けた。
 ……これはまさか……
 俺に『はい、あ〜んv』とナップに食べさせてもいいってことか!?
 うわあ本気でそんなことやってもいいのか、嬉しいけど嬉しいけど嬉しいけど!
 俺は思わずささっと周囲を見渡して誰も見てないのを確認してから、フォークで取った肉を突き刺し、震える手でそうっとナップの口に運んだ。
「……はい、あ〜ん」
「あ〜んっ!」
 ナップはフォークごと口の中に含むようにして肉を受け取った。俺の使っていたフォークにナップの舌が、唇が触れる。……間接キス……!?
 そして幸せそうな顔をして肉を咀嚼する。『あ〜ん』した上にそんな幸せそうな顔をしてもらえるなんて……俺も幸せだ……。
 たぶん顔が緩んでいたのだろう、ナップが怪訝そうな顔をしてこっちを見てくる。俺は慌ててなんとかごまかそうと頭の中を引っ掻き回して話題を探し、こんなことを言った。
「ナップはさ、最近、スバルと仲がいいみたいだね」
 ナップは唐突に話題を振られてちょっときょとんとしていたが、すぐに笑って言う。
「うん、まあな。俺もあいつも、勉強より、身体を動かすことが好きだからさ。一緒になって、外で遊んでるんだぜ」
 それは知っていたことではあったが(学校帰りとかに一緒に遊んでいるところとかを見かけたことがあったので)、俺はただ
「へえ」
 と言った。
 ナップは、ちょっと照れくさそうに笑って、
「それに、俺一人っ子だったからさ。ニイちゃんって呼ばれるとさ、やっぱうれしいんだよな」
「そっか……」
 ナップの護りたいものの一つになったって、ことかな。
 ずっと一人でいたナップの、護るべきものに。
 それなら、俺はやっぱり、ナップにとって頼れるような、気持ちを与えてあげられる人間になりたいな。
「この島にいる連中と仲良くしていくなんて、最初は絶対無理って思ってたけど、話してみたら全然、そんなことなかったって思ったよ。先生が言ってたとおりだったってね」
 ナップ……。
 へへへっと微笑むその顔が、俺にはなんだか眩しかった。
 ナップも少しずつ、成長していくんだな。それなら俺はその成長を見守る人間になりたい。頑張ったらよくやったなって褒めてあげられる、迷った時には道を示してあげられる、そしてナップと一緒に変わりながら時を過ごしていける人間になりたいよ。
 もちろんいつかはナップも俺の手なんか必要としなくなる時がやってくるんだろうけど――
 今はまだ、その時じゃないだろうから。

 本日の授業結果……一歩ずつ。

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