すれ違う想いと二人の心

 ――そうやって、貴様はいつも、笑うことで全てを曖昧に終わらせようとする……
 ――だがな、私は絶対に認めたりしないぞ!
 ――こんな形で……こんな理不尽な結末を認めるものか……っ
 ――絶対に、認めない!

「!?」
 跳ね起きると、そこはいつも通りの海賊船の俺の部屋だった。
「夢、か……」
 ――なんで今頃、思い出したんだろう。
 もう俺は、あそこに戻る気はないのに……。

 起き出してみんなのところへ行く。もうみんな朝ご飯を食べ始めてしまっていて、ナップに「寝坊だな、先生」とからかわれてしまった。
 ……恥ずかしいけど……これだけで「話しかけてくれた……」とジーンとしてしまう俺って、かなり末期かも……。
 みんな虫退治の一件以来積極的に島の人たちとも交流してるみたいで、残る問題は帝国の兵士たちのことだけになった。
 島の人たちとも仲良くなれたんだから、きちんと話ができれば彼女たちともわかりあえるんじゃないかって思うんだけどな……甘いだろうか。
「おい、先生。ぼーっとしてないでさっさと食べちゃって授業をしてくれよ」
「ピッピピー!」
「ああ、ごめん。食べ終わったらすぐに授業をするから」
「……」

「えいっ! やあっ! おりゃあぁぁっ!!」
「……そこまで!」
 俺は気合を籠めつつ懸命に剣の型をなぞるナップに、制止の声をかけた。
「そろそろ終わろう? 結構、長い時間訓練してたしね」
 授業中はやっぱり集中しなきゃならないから煩悩は必死に退散させてるけど、終わるととたんにぶわっと噴き出してきてしまう。
 こんなことを言いながらも俺は荒い息をつきながら気持ちよさそうに風で汗を冷やしているナップに鼻血が出そうだった。
 散れ! 散れ! 俺の煩悩! などと思いながら汗を拭いてやろうとタオルを持った手を伸ばすと――
「お!? その時計、なんかかっこいいじゃん!」
「ピピピッ!」
 俺の袖口からのぞいた時計に、ナップが反応した。
「ああ、この時計は「名もなき世界」のものらしいんだ」
 俺のものに注目してくれたことになんとなく嬉しい気持ちになりながら説明する。
「「名もなき世界」の?」
「うん、俺の父さんはすくなくとも、そう信じてたみたいだ。ネジを巻かなくても動くし、濡らしても平気だから、こうして使ってるんだ」
「すげえなあ……」
 ナップは目をキラキラさせながら時計に見入っている。可愛いなぁ……。
 と、その時ふと、俺はあることに気づいた。このシチュエーションなら、プレゼントしても不自然じゃない……!
「あげようか?」
 実は前から思ってたんだ。ナップになにかプレゼントをしたいなーって。
 なんていうか……その、それを見たら離れてる時でも俺のことを思いだしてくれるようなものをあげられたら、なんだかまた新しく繋がりができたような気がするし……。
 新しい武器防具なんかは共同財産から出してるからプレゼントって感じじゃないし、かといって他にこの島に気軽にプレゼントできるようなものってないし、第一いきなりこれあげるv ってのもなんか不自然だし――
 けどこのシチュエーションなら! それに俺が普段からつけてたものをナップも身につけてくれるなんて、もう鼻血出そうなくらい嬉しいし……!
「え、いいの!?」
 思い切り驚いた顔。
「大切に使ってくれるのなら、君にあげるよ」
「やったー♪」
「ピッピピ〜♪」
 満面の笑顔。あああ本当にナップってば可愛いなあぁぁ。そんなに喜んでくれるなんて……あげる決意をしてよかった……!
「でもさ、こんな時計よく手に入れることができたよなあ……」
「冒険者だった時に遺跡で見つけたって、父さんは言ってたよ。俺の宝物だぞ、って得意げに話してたっけなあ……」
 目を閉じると、その時の映像が浮かび上がってくる。本当に宝物を見せびらかす子供みたいに、嬉しげだった父さん。
「父さんの……宝物……」
 小さく呟いた次の瞬間、大きく目を見開いてナップは叫んだ。
「……って!? それじゃ、これって形見の品じゃん!?」
「あ、そっか……」
 そうなるのかな。
「なあ、いいのかよ? そんな大事なものをオレに……」
 不安そうに言うナップの頭を、俺は(教師としての)愛情を込めてくしゃくしゃにした。
「気にしなくていいよ。村に帰れば、父さんの宝物は、まだまだたくさんあるからさ」
「でも……っ」
 遠慮しちゃって。そういうところも可愛いなぁと、内心デレデレの俺は気合で顔をできるだけ優しく微笑ませて言う。
「はめてるだけで、俺あんまり時間を気にしたりしないし。使ってくれる人が持っていた方がその時計も喜ぶよ」
「う、うん……」
 ナップはちょっとうつむいたが、顔を上げた時の表情は真剣だった。
「ありがとう、先生。絶対、大事にする!」
「うん……」
 ああ……わが生涯に一片の悔いなし……って早すぎるよ。

 オウキーニさんが料理の達人だということが判明したり、アルディラの薬の材料を取りに行ったクノンを襲ってきたジルコーダたちを倒してクノンを助けたりパナシェとイスラさんに青空学校で会ったり。
 そんなこんなの帰り道に、俺は帝国軍との話し合いの機会をどうやって作ろうか考えているうちに、疲れてきたのでちょっと横になって眠ってしまった。
 ――そして、目が覚めるとアズリアが目の前にいた。
 戦場を把握するための下見をしている、剣を取り戻さなければこれまで積み上げてきた全てが失われる、だから戦うと言う彼女。俺はそれを止めたいと思いながらもきちんと止める言葉を口にできなかった。
 他の者を巻き込みたくないなら今ここで二人だけで決着をつけようと言うアズリアに、俺は大切な人たちが傷つくことも戦う相手を傷つけることもしたくないから戦うことはできない、と答えた。
「奇麗事を抜かすなッ!」
 生きることは戦いだ、それを否定するなら貴様に生きていく資格などありはしない――アズリアはそう叫ぶと、俺に斬りかかってきた。
 でも、アズリア。生きることが戦いだというのなら、生きていく以上戦い続けなくてはならないというのなら、俺たちはいったいなんのために生まれてきたんだろう。
 俺は幸せになりたいし、みんなにも幸せになってもらいたい。生き物はみんなそのために生まれてきたんじゃないのか?
 なのに他の存在を踏みつけることでしか幸せになれないなんて――それじゃなんのために一緒にいるのか、わからないじゃないか……。
 みんなで幸せになる方法がきっとあるって、馬鹿かもしれないけど、俺は信じたくてしょうがないんだよ。
 結局、そのあとすぐにみんなが助けに来てくれて、水入りになったわけだけど。アズリアは必ず決着を着ける、みたいなことを言っていた。

 帰ってきて、船長室で話し合いをした。みんな剣を渡さないためには戦いは避けられないって考えているみたいだった。
 ソノラが、あの剣はなんなんだ、ヤードも知っていることを全部話したわけじゃないんだろうと怒鳴った。俺が気にしていないと言ったら――
「また、そうやって笑ってごまかして!」
 ――正直、効いた。
「得体の知れないものが自分の中にあるんだよ、どうなっちゃうかもわかんないんだよ。不安じゃあ……ないはずっ、ないじゃないのよぉ……っ」
 話し合いがお開きになったあと、俺は甲板に出た。なんていうか、自分の弱さが情けなくて、少し頭を冷やして考えたくて。
「先生?」
 そう、声がかかった。
「ああ、ナップ。どうしたんだい?」
「聞きたいことがあるんだ。あのアズリアって女、アンタと、どういう関係だったんだ?」
 ………別に後ろめたいことがあるわけじゃないけど。少しだけ、説明しづらいな。
 でもそんなこと言うことでもないから、俺はちょっと考えてから口を開いた。
「アズリア・レヴィノス。彼女はね、軍学校で俺と同期だったんだ」
「……同級生?」
「うん、そうだよ。レヴィノス家の名前は知ってるかい?」
「たしか、授業でそんな名前を習ったような気はするけど……もしかして!?」
 驚愕の態のナップに、俺は小さく笑う。
「ああ、そうさ。レヴィノス家は帝国一の軍人の名門。そして、アズリアはゆくゆくは、その家の跡継ぎになるはずの女性なんだ……」
 これを最初に知った時は、それがどんなに大変なことかわからなかったけど。
「これは、ウワサで聞いたことなんだけど。彼女には、弟がいてその弟さんが、とても身体が弱いそうなんだ。療養生活を続けていて、軍人どころか、跡継ぎになれるかどうかすら難しいそうだよ。そんな弟の代わりに家を支えていくために彼女は、軍人になると決めたらしい……」
「それって……」
「うん、彼女は本気で上級軍人を目指してる。帝国の歴史上前例のない、女性の上級軍人にね……」
「すげえ……」
 ナップは心を動かされたようだった。やっぱりこの子は強いものに憧れるんだなぁと思うと、ちょっと悔しい。ちょっとだけど。
「「誰もが認めるだけの優秀な軍人になる、そうならなくてはなんの意味もない」。アズリアは、いつもそう言っていた。口だけじゃなく、努力も怠らなかった」
「よく、そんな相手と親しくなれたもんだな」
 感心しているナップに、俺は苦笑する。
「最初の試験で、同点をとったのがきっかけでなんか、競争相手にされちゃってさ。次は負けないぞ、って勝負を挑まれるうちに自然に、親しくなっていったんだよ。正面きって、色々と言われもしたなあ」
「例えば?」
「お前は甘すぎる! とか……笑ってごまかすな! とか……なんか、口を開くたび叱られてばかりだった気がするなあ……」
「……。ソイツのこと、キライだった?」
「嫌いでは……なかったと思うよ」
 苦手ではあったかもしれないけど。
「アズリアの真剣さは本当に尊敬できたし、もっと色々なことを話してみたかった」
 こんな風に戦場でまみえるんじゃなくて。
「結局、その機会はこなかったけれどね。彼女は海戦隊に、俺は陸戦隊に配属されて。ほら? そこで俺はいきなり失敗して軍を辞めちゃったから」
「それっきり?」
「いや……本部に、辞表を出したその帰りに、出くわしちゃってさ……はははは……めちゃくちゃに怒鳴られたよ。「勝ち逃げなんて絶対に認めない!」そうやってまくしたてる彼女から俺は逃げてきたんだ。彼女と向き合うことがつらくて、さ……」
「……」
 俺はしばらく黙ってうつむくナップを眺めていたが、やがて言った。
「さあ、もう夜も遅いし部屋に戻って休もう?」
「うん……」
 俺は少し浮上していた。ナップを見ていると、この小さな体で懸命に戦う少年を見ていると、しっかりしなくちゃと思わずにはいられなくなる。
 彼と共に在れるような、できるなら導いてやれるような、そういう人間にならなくちゃって。
 ――今の俺は、そんな存在には程遠く、どうすれば戦いを避けられるのか惑っているみっともない男なのだけど。

 ヤードに剣が無色の派閥の始祖によって作られたものだと聞いたり、カイルに海賊のメンツの話をされたり、キュウマさんとミスミさまの口論を目にしたりとかしたあと、俺は船の外でナップに声をかけられた。
「先生!」
「ナップ?」
 振り向くと、ナップは少し潤んだ瞳で俺のことを見つめていた。
 心臓が、少し、ドキリと跳ねる。
 潤んだ、ひどくひたむきな瞳で、ちょっと困ったように笑うナップ。
「オレ、バカだからさ。みんなみたいにはうまくはいえないけど、でも……」
 きっと俺を睨むように見つめ、はっきりと言う。
「今の先生は変だよ!? 自分のしたいことをしてないよ!?」
「!?」
 ……驚いた。
 ナップが、そんなに俺のことを見通したようなことを言うなんて。
「心配も、不安も全部笑い飛ばして、自分の願いを本当にしちまう。それがアンタだろ? そうやって、今までやってきたんだろ!?」
「ナップ……」
 俺はそんな強い人間じゃないけれど。ナップの目にはそんな風に映っていたんだろうか。
 俺はただ、弱くて、甘ちゃんで、みんなが当然のこととして受け入れている戦いをどうしても受け入れられずに、あがいていただけの奴なのに……。
「いいじゃないかよ、人とは違ってたって、自分がそうしたいって思ったんなら……。そのとおりにしろよ! アンタなら、それを現実にできるんだから……そうだろ!?」
 俺のことを信じきった、強く激しい、泣きそうな瞳―――
 俺はなんだか、感動してしまっていた。ナップがそこまで、俺のことを信じて、想いをぶつけてきてくれるなんて……。
 そうだよな、ナップ。どんなに人とは違ってたって、俺は俺の道を行くしかないんだよな?
「そうだな……」
 君がそんな風に俺のことを信じてくれるなら、俺はいくらでも頑張れる。君が現実にできると言うならば、現実にしてみせよう。どんなに辛くても、苦しくても、絶対に自分の想いを貫いてみせようじゃないか。
 俺が君にとって、そういう存在であれるのならば。
「俺らしくないよな? 立ち止まって、考えてばかりいるのは……」
「そうだよ……アンタが沈んだ顔してると、こっちまで調子が狂っちまうぜ」
 ナップはくすっと笑った。その笑顔がひどく可愛くて、俺はしばしたまらなく幸せな気分に浸った。

 そのすぐあと、帝国軍の使者が来て宣戦布告をしていった。カイルたちは挑発に望んで乗ったって感じで、戦う気満々だったんだけど、俺が頼んで戦う前にアズリアと話す時間をもらった。
 俺は必死に食らいついて話をしたが、アズリアはむしろこの島を接収することに心を決めてしまった。なにを言ってもあきらめてはくれない、そう思ったけど――
 あきらめない。あきらめたくない。ナップはこんな俺を、願いを現実にできると信じているんだから。
「あきらめるものか!」
「!?」
「どれだけ大勢の人が信じているものでも、そのほうが、うまいやり方でも……俺には、それが正しいこととは思えない! 周りに流されて、従うことはできない!」
「な……っ」
「ごめん、アズリア。俺は、戦いも、降伏も、どちらも選ばない。戦いから逃げたくてそうするんじゃない、自分の信じているものを貫くために……絶対に譲れないんだ!」
 怒って斬りかかってきたアズリアに、笑ってみせる。
「俺は、信じ続けるから。君なら絶対、わかってくれるって……」
 アズリアは俺を睨みつけ、攻撃開始の命令を発した……。

「なぜ、勝てない……戦う覚悟もできてない甘い理想ばかり、口にしているような相手にどうして……どうして、この私が勝てないのだ!?」
「覚悟がないってのは間違いみてえだぜ、隊長さんよ」
「!?」
「たしかに、こいつは争いごとに関しちゃあ甘過ぎる。覚悟なんてなっちゃいねえ。だがな、その代わりにこいつは別の覚悟を持ってるんだよ。どんなに苦しかろうと損をしようと、自分が正しいと思うことを貫いていく覚悟をな」
 ………カイル………。
 俺は、少しでも伝えられたんだろうか? 少しでも、願いを現実にできたんだろうか?
 ――その時、遠くからなにかが飛んできた。
 大砲の弾だ!
 ビジュが大砲を持ち出してこちらに攻撃を仕掛けてきたのだ。アズリアたちはその隙に去っていってしまい、ビジュはいい気になってどんどん大砲を撃ちまくる。
「うわあぁぁぁぁっ!」
 ―――ナップ!
 俺はその時、自分の頭の線が一本飛ぶのを感じた。
 息を吸い込むより前に抜剣し、我ながら今まで走った中で最高の速度で間合いを詰める。
 ビジュがこっちに気づいて慌てて大砲をこちらに向けたが、かまわない。俺はすかさず剣の力を解放した。
「ウオオォォォォッ!!」
「ひいぃぃ……っ!」
 ――俺の一撃で、大砲はあっさり吹っ飛んだ。

「どうしてだよ……」
 俺はただ守りたかっただけだ。みんなの想いを、幸せを。
 誰も傷つかないように、誰も悲しい思いをしないように、みんなに笑っていてほしいだけなのに。
 なんでうまくいかないんだろう。なんで力で無理矢理ねじ伏せなくちゃいけないんだろう。そんなの間違ってる。争わなくちゃいけない理由なんて、どこにもないはずなのに――
「それって……いけないことなのか?」
 みんなが幸せになれるようにと、思い願ってかなえようとすることは。
「本気で、そう考えたら、真剣に目指したら、いけないのかよ!?」
「先生……」
「ちくしょお……っ」
 情けないけど、悔しくて、切なくて、やりきれなくて――俺は、泣きながら叫ばずにはいられなかった。
 ナップの目の前だっていうのに――ナップの言葉に応えられなかった自分が、ひどく情けなくて。
 叫ぶだけ叫んだら我に返って、俺はいつもの調子に戻った。みんなには心配そうな顔で見られたけど、俺は大丈夫。まだ、大丈夫。
 俺はまだあきらめない。負けるつもりもない。だから見ていてほしい。心配しないで、笑顔を見せて。
 俺も笑うから。笑って、頑張るから……。

 みんなが部屋に引っ込んでから、俺は船の外に出た。一人で夜風に当たりたかったんだ。みんなの目の前でそんな素振りを見せたら、また心配かけちゃうから。
 一人で座って星を眺めていると、ふいに、背後に気配を感じた。
 慌てて振り向くと、そこにはナップが立っていた。
「……どうしたんだい、ナップ? もう寝たほうがいいよ」
 正直まだナップと顔を合わせるのは恥ずかしかったんだけど、それでもナップに冷たく当たるなんて俺には絶対できない。できるだけ普段通りに微笑んでみせた。
 ナップはわずかに顔を赤くしてうつむいて、一人がどうとか、泣くがどうとか言っていたようだけど、やがてきっと俺のほうを見て言った。
「ちょっとぐらいいいだろ! 俺だって夜遅くまで外にいたい時もあるよ!」
「…………」
 俺はちょっと呆気にとられたけど、すぐに仕方ないなぁと微笑んだ。
 ナップは俺の隣に座って、同じように空を見上げていた。でももじもじしていたから、なにか言いたいことがあるのはすぐにわかる。
 思った通り、ナップは俺の顔をちらりと見つめて言ってきた。
「惜しかったよな。せっかく、話ができるかもしれなかったのに。あの大砲のせいで全部、ブチ壊しになっちゃってさ」
 ……ナップ。
 この子は俺が外に出て行くのを見たのか、感じたのか。俺を慰めようとして、部屋から出てきてくれたのか。
 心がちょっとほわっとした。
「仕方ないさ。あの状況じゃ、みんなを守ることのほうが大切だったからね。それに、機会はまた作ればいいだけさ」
 ナップ、君が俺を強い人間だと信じてくれたことを、俺はまだ忘れていないから。
 ナップはちょっと考え込むような顔をしたが、すぐに微笑んだ。
「そっか……そうだよな?」
 こんな時でもやっぱりナップの笑顔は可愛いと感じられる。俺もつられたように微笑んだ。
「ああ、俺は俺の信じてるやり方でこれからもがんばっていくことに決めたよ。ナップがきっかけをくれたおかげだな……」
 これは俺の心からの素直な気持ちだったのだけど、ナップはムッと口を尖らせた。
「よしてくれよ。オレはただ、アンタがへこんでるのが気に食わなかっただけで、別に、たいしたことしてないんだからさ」
 ……もしかして、ナップは自分がたいしたこと≠ェできなかったことに、引け目を感じているんだろうか。
 そんなことないのに。俺が少しは前向きになれたのも、みんなナップのおかげなのに。
 ただ俺はそれをナップの機嫌を損ねずどういう風に説明するか思いつかず、でも感謝の気持ちを持っているということは伝えたくて、考えに考えたあげく結局素直に頭を下げた。
「それでも、ありがとう」
 ナップは顔を赤くして、目を吊り上げて怒鳴った。
「や、やめろってば!」
 う……やっぱり機嫌を損ねてしまったんだろうか。
 だがナップは顔を赤らめたまま俺の顔を見上げて、ぼそぼそと言ってきた。
「ったく……どうしてアンタはそう恥ずかしいことを言えるんだよ?」
「……恥ずかしいかな?」
「恥ずかしいよっ!」
 顔が真っ赤だ。
 照れてるんだな、とわかり、俺はちょっと笑った。
「なに笑ってんだよ!」
「いや。……そろそろ部屋に戻らないか?」
「………うん………」
 二人で一緒に立ち上がる。その時、ナップが「つっ」と言って足を引きずった。
 ――俺は顔面蒼白になった。
「ナップ! もしかしてまだあの大砲の怪我が……!?」
「ち、違うよ、そんなわけないだろ? あの時の怪我は召喚術で全部治してもらったもん!」
「なら………いいけど………」
 俺ははぁ、と溜め息をつき、ナップの頭を撫でた。
「頼むから、無理はしないでくれよ。ナップにもしものことがあったら、俺はどうしていいかわからなくなってしまう」
「…………」
 ナップはうつむいたまま、答えない。俺はそれに勢いを得たというわけじゃないけど、思ったことをそのまま口にしてしまっていた。
「君が大砲の砲撃に巻き込まれた時、心臓が止まるかと思った。俺は君にいろんな力をもらってる……だから、わがままなのはわかってるけど……君をちゃんと守ってあげたいんだ」
「…………だから、なんでそんな、恥ずかしいこと…………」
「え? なに?」
 俺が声をよく聞き取ろうと顔を近づけると、ナップは真っ赤な顔で俺の手を払って、一言叫ぶ。
「先生こそ無理すんなよな! おやすみっ!」
 そしてそのまま船に向かって駆け出していく――
 数秒後、つまり俺がナップを気遣うようにナップも俺を気遣ってくれたのだとわかった時には、俺の顔も真っ赤になっていた。

 本日の授業結果――心少し寄り添う。

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