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いとしのチェリー

 モロゾフとチェリーは、どちらも関西在住の30代独身サラリーマンである。モロゾフというあだ名は、単に名前の諸口から来ているのだが、会社では、彫りの深い顔立ちがフィギュアスケートのモロゾフコーチを連想させるからとか、ホワイトデーのお返しをいつも神戸モロゾフのチョコレートにしているからだということになっている。

 モロゾフの思い人チェリーも、あだ名の由来は名前の櫻井なのだが、過去に東南アジア出張先で、慣例となっている「夜のご接待」を断った時につけられた「チェリーボーイ」というあだ名が由来だということになっている。その顔立ちはモロゾフとは正反対で、見た目は爽やかな草食系だが、心の中では何を考えているのかわからない不気味な存在だ。件の夜には一人で危険地帯へ遺跡見学に行っていたという、突拍子もない行動にでる事もあり、話題には事欠かない男である。

 チェリーが中途入社で入ってくるまで、モロゾフは孤独だった。会社は大手メーカーの子会社で国内外に支店がある規模の商社だが、同期入社の社員が次々と辞めていった上に年の近い同僚もいないため、会社ではやや浮いていた。浮いていた真の理由は同期がいないからではなく、その余りにもわかりやすい「男好きっぷり」が原因なのだ。来客や業者への応対が、好みのタイプの男とそれ以外では全く違うことに、本人だけが気づいていない。プライドが高くイジられるのを拒絶するモロゾフゆえに、同僚一同その「性向」については知らない振りをしている。

 そんなモロゾフだから、好みのタイプのチェリーに対しては「何かと面倒見のよい先輩」を演じていたので、人と一定の距離を保っているように見えるチェリーも心を開いているようだった。職場の忘年会の2次会がキャバクラだったときは、二人で抜け出して映画館のレイトショーに駆け込んだり、一緒にバーゲンに行って服の見立て合いをしたりという、(モロゾフにとっての)蜜月が続いた。

 しかし、そんな蜜月も長くは続かなかった。ある年の組織変更に伴い、チェリーのチームに長嶋という中途入社の社員が入ってきた。年齢はモロゾフと同じで独身、天然系で自虐ネタが得意な長嶋は、天然に負けない不思議系で突っ込みも鋭いチェリーとお似合いのコンビだった。時間に追われる仕事を黙々とこなす同僚たちにとって、仕事中に二人が交わす絶妙のテンポの会話は、BGMで漫才を聞くようなものだった。そのうちチェリーは、プライベートでも長嶋と出かけるようになり、モロゾは完全に放っておかれるようになってしまった。当然モロゾフは面白くなかった。放っておかれることは蜜月時代にもあったので慣れているが、面白くない一番の理由は、長嶋が「女」だということだった。

 長嶋が来てから何年か過ぎたある年、チェリーが突然退職すると言い出した。退職後はアメリカに留学し、1年後には現地採用で働くというプログラムに参加するのだという。リーマンショック直後に渡米という向こう見ずな転職計画に、同僚達は半分あきれ返った。以前からチェリーのアメリカへの深い憧れについて聞かされていたモロゾフは、呆れる事はなかったものの、退職を決意するまでの過程を聞かされていたのが自分ではなく、長嶋だったのだと思うと無性にムカついた。更にムカついたのは、チェリーは退職後も長嶋と頻繁に会っていることを聞かされたことだ。

 怪しげな転職計画は、周りの予想通り暗礁に乗り上げているようで、チェリーは退職後1年以上も自宅待機の状態が続いていた。モロゾフがチェリーにメールを送っても、当たり障りのないお天気メールのような返事が返ってくるだけだったが、これらの最新情報は長嶋のおかげで手に入るのだった。ある日、長嶋のお弁当仲間の女子社員から、二人が東京へ一泊旅行に行ったらしいと聞かされた時、モロゾフは『終わった』と思った。

 その日は早めに退社して、久々のジムで、筋トレやランニングでガンガン自分を追い込んだ。体は疲れ切っても嫉妬の炎は消えることなく、なかなか寝付けなかった。ウィスキーをロックで何杯かあおったら、翌朝二日酔いになっていた。午前中胃がムカムカしていたので、普段は足を踏み入れない湯茶室で水を飲んでいた。そこへ、来客用のお茶を下げてきたらしい長嶋が入ってきた。

「おはようございます。諸口さんがこんなとこに居たはるなんて珍しいですねえ」
「今日はちょっと二日酔いなもんで」
チェリーはこの女にくれてやったのだ。が、しかし、人づてに聞いた話でなく、事の真相を確かめてから、終わりにした方が良くないか? などとうだうだ考えているうちに、勝手に言葉が口をついた。

「長嶋さん、櫻井さんとしょっちゅう会うたはるらしいけど、彼元気?」
「えっ? 諸口さんは会うてはらへんのですか? むっちゃ元気ですよ」
屈託ない言葉にモロゾフはムッとしたが、長嶋はお構いなしに続けた。
「こないだも日帰りで名古屋に行ってきたんです。何か、名古屋グルメを堪能したいとか言って。私もヒマやし、食事代は出すっていうから、付き合ってあげたんですよ。あの人、私以外に友達いないみたいやし」
俺は友達ちゃうんかと、むかつく気持ちを抑えながらも作り笑顔で、モロゾフは言った。
「名古屋? 噂では一泊で東京に行ったって聞いたけど」
「東京」という言葉に一瞬間が空いたが、長嶋はにこにこして喋り始めた。
「あ〜、行きましたよ、東京にも。言っときますけど、部屋はシングルで別々ですよ。修学旅行みたいでしょ。会社の人たち、誰も疑ってくれませんけど」

――― シングルで別々?! ―――

「1日目は櫻井さんの行きたい所に散々連れ回されて、疲れたから夕食後8時解散やったんですよ。それで、私が行きたかったディズニーランドは……」

モロゾフには「シングルで別々」の後の言葉はもう何も聞こえなかった。
チェリーは変人で、セクシャリティが存在するのかさえも不明だが、長嶋の方は天然だとか、色気がないとか言われていても、普通の女性としての感情を持っているはずだ。退職後も会っているというのなら、それなりにチェリーの事が好きなのだろう。なのに、チェリーはその気持ちに答えようとはしていないと見える。

湯茶室の小さな窓から、希望の光がモロゾフを包んでくれているかのように感じた。さっきまで死んだ魚のようだったモロゾフは水を得た魚になり、目をキラキラさせて長嶋に言った。
「ふふふ、長嶋さん。独り占めしないで下さいよ」

長嶋は、モロゾフの「独り占め」という言葉の意味がわからず、昼食時に同僚女子にこの話をした。大阪支店の生き字引と言われているお局様が「またか」という顔をして言った。
「アホな男やねえ、どうせ片思いやのに」
「片思い?」
「いやん、ひょっとして長嶋さん、知らんかったとか?」
「知らんかったって、何を?」
弁当を食べる箸を休めることなく、長嶋を除く一同が目線を合わせた。
「諸口さんは櫻井さんにホの字やってこと」
「思い出すわぁ、櫻井さんが入ってきた時の目も当てられないはしゃぎっぷり」
「あはは。それと、櫻井さんが辞めた後の目も当てられない落ち込みっぷり」
「あんたら二人が仕事中に漫才してた時、モロゾフ、嫉妬の炎燃やして見てたん気づかへんかったのぉ?」
「そう言われてみれば……でも、あの人もともと目つき鋭いから全然気にならんかったし」
「昔、諸口さんが引越しする時に櫻井さんに手伝いに来て貰ったらしくて、その頃フォーリンラブやったみたいよ、諸口さんが一方的に」

 この話は、就職と同時に一人暮らしを始めたモロゾフが数年後に引越しをした時、チェリーに手伝いを頼んだ時のことである。チェリーは当時、雑誌モデルの彼女に振られた直後で、気分転換になるだろうと快諾した。自称ノンケ喰いのモロゾフにとって、失恋直後で自暴自棄になっているノンケは格好の獲物だった。これはチャンスとばかり、酒に弱いチェリーを「何とかする」べく、豪華な惣菜とアルコール度の高い酒を用意したのだった。

 帰って寝るだけの男の一人暮らしの荷造りは大したこともなく、朝からふざけあったりしながら楽しく荷造りを続けると、夕食の時間までには余裕で仕事を終えられた。後は予定通り、慣れないウィスキーのロック一杯で眠り込んだチェリーの寝込みを襲うだけだった。快楽追求のためなら、酒に酔わせてモノにするなどという卑劣な手段も厭わない、若かりし頃のモロゾフだった。しかしその目論見は「マンション上階で火災発生」のため強制避難させられるという想定外の事態によって、見事に外れてしまったのである。

 肉体関係を持つことは出来なかったが、それ以来モロゾフにとってチェリーは唯一の親友という地位を不動にした。一方、感情をあまり表に出さないチェリーは、誰に対しても卒なくスマートな付き合いを心がけているかのようで、特にモロゾフの事を重要な存在と思っている風には見えなかった。想いのベクトルが違う方向に向いていることは目に見えるようで、同僚達はモロゾフの片想いを哀れみの目で見ていたのだった。

 チェリーと長嶋が恋人関係ではないのであれば、自分が引き下がっている必要はない。長嶋でなかっただけで他に誰かいるのかもしれない、という想像をする余地はモロゾフにはなかった。とりあえずは会わなければ。後の事は会ってから考えよう。「返しそびれていたCDがあるから会わないか?」とのメールに「それは返して頂かなくても結構です」という可愛げのない返事が返ってきた。負けずに「まだ自宅待機してるって聞いたで。気分転換に出て来いよ、奢ったるから」というメールを送った。これには「そういうことなら」という返事が返ってきた。

 モロゾフのテリトリーは大阪キタのゲイタウンがある東梅田なのだが、一応ノンケとのデートなので、西梅田のお洒落スポットで会うことにした。チェリーの近況は長嶋経由で聞いて知っていたものの、久々の再会なので話すことは山ほどあった。話が盛り上がり、店を変えようということで、昔一緒に行ったことのあるスペインバルへと移動した。長嶋が来るまでの蜜月時代のようだった。昔話で盛り上がった楽しさのあまり、二人はグイグイとシェリー酒やビールのグラスを重ねた。普段ウィスキーをロックで飲んでいるモロゾフはこれぐらい楽勝だと思っていた……。

 気が付くと、モロゾフは、ベッドの上に寝かされていた。上半身はネクタイを緩められ、下半身はベルトが外された状態
だった。
「あ、気ぃつかはりましたか? 諸口さん、飲みすぎで倒れるなんて初めてですやん」
隣のベッドに座ってテレビを見ていたチェリーが話しかけた。
「え? 俺、あの店でぶっ倒れたん? で、何でここにおるの?」
「諸口さんが言わはったんですよ、ピストンホテルに部屋とってるからって。覚えてないんですか?」
思い出した。計画ではチェリーを酔わせてホテルに連れ込むという、古典的な手を使おうと思っていたのだが、先に自分が酔いつぶれてしまうとは、またしても想定外だった。仕事の疲れ以上に、嬉しさのあまり昨夜殆ど一睡もできなかったことが敗因だと見える。

「で、なんでお前ベルトまで外してくれてるねん?」
「だって、諸口さんのそこ、窮屈そうやったから」
「へ?」
確認すると、言われる通り、モロゾフの息子は半勃ちしていた。
「泥酔してても半勃ちって、若い証拠ですねえ」
そういうと、チェリーはニヤリと笑って、モロゾフのベッドに移動してきた。
モロゾフの息子を覗き込むように見ると、ゆっくりとジッパーを下に下ろし始めた。
「な、何するねん!」
止めようとするモロゾフの手を丁寧に払いのけると、チェリーは、ボクサーの上からモロゾフの息子を撫で始めた。
「さ、櫻井……気は確かかっ!?」
「確かやから、こうやってるんですよ。諸口さん、その気で僕を連れ込んだくせに」
「連れ込んだのはお前やろ……予約したのは俺やけど……」
チェリーの撫で撫でのおかげで、モロゾフの息子はボクサーからはみ出さんばかりに膨らみ喜んでいた。
「安心して下さい。僕、昔つきあってた彼女がゲイ雑誌の愛読者で、いろいろ勉強したことあるから、たいがいのことは
できますよ」
「たいがいのことって、お前...…あっ、ああん……」
「僕、お尻は未開発ですけど、お口の方は結構なもんなんです。諸口さん、溜まってはるんでしょ? 
僕が手伝ってあげますから」
「あっ、あっ、あかんて。俺はっ……らせろっ、未開発やねんやったら、俺に一番にやらせろおおぅぅ……」

 チェリーと出会ってウリセン断ちをしてから何年もご無沙汰だったモロゾフは、ノンケ男のなんちゃってフェラであっけなく到達してしまった。何年もの間オカズにさせて貰っていた男とのセックスが、こんなイントロで始まっていいはずがない。
何で、自分は下半身すっぽんぽんで、服を着たままの櫻井に犯されようとしているのだ?
「僕も久々にエキサイトしたんで、汗出て来ましたわ。ちょっとシャワーお借りします」
セーターを脱ぎながらそう言うと、チェリーはすたすたとバスルームへと歩いて行った。
チェリーはバスルームからなかなか出てこなかった。シャワーを浴びるだけにしては長すぎる。そうこうしている間に、
モロゾフの息子は元気を取り戻していた。こんな状態で放置されて堪るもんかと呟くと、モロゾフは大股歩きでバスルームへと向かった。

「櫻井、開けるぞ? シャワー長すぎるねん、お前」
バスルームのドアを開けると、案の定、チェリーは気持ち良さそうにバスタブに浸かっていた。アメニティのバスソルトを投入したらしく、甘いフルーツ系の香りが充満していた。中途半端な前戯で人を放置しておきながら、勝手にゲーム終了させてリラックスしているチェリーを見ると、モロゾフは気分がムカムカしてきた。そしてムクムクと暴れだした息子に引っ張られるかのごとく、バスタブに飛び込んだ。

バッシャーーーーーン

「何ですか、急に」
「何ですかはこっちの方や、フェラ1回で勝手に終んな! 次は俺の番じゃっ」
モロゾフは、いい湯加減でピンクに染まったチェリーの身体を力づくで持ち上げると、くるっと後ろ向きにさせた。
すると、チェリーがバスタブの淵に両手をついて、ほかほかに上気した尻を突き出した。
「どうぞお好きに使って下さい。でも、痛いのはイヤですよ」
「わ、わかっとるわい! お前が喋ると萎えそうやから黙っててくれ」

そう言うと、チェリーの双丘をぐいっと両手で掴んで開き、その谷間の奥に舌を差し込んだ。
「んぁぁ……は、はあぁぁん……」
舌をレロレロ、指でグリグリ、レロレロ、グリグリ、レロレロレロレロ……。
本当にチェリーがチェリーボーイなのであれば、念入りな愛撫でアナルをほぐしてから突入しなければならない。
もっとも、この段階ですでにそれは単なる噂に過ぎないことをモロゾフは知っていたのだが、楽しみをできるだけ先に延ばそうと考える余裕が出てきていた。この乱れぶりからすると、恐らくこの男もかなりのご無沙汰なのだろう。先ほどの仕返しではないが、アナルへの前戯だけでヘロヘロになっているチェリーをバスルームに残して、モロゾフは用意していた発射のためのアメニティを取りに部屋へ戻っていった。

「あああん、諸口さん、は、や、く……ところてんを、ください」
バスルームに戻ると、いつもは人を小ばかにしたような口しかきかない男が、懇願するように小さな声で言った。
「言うとくけどな、ところてんはそんな簡単に誰でもできるもんやない。ケツと竿とタイミングの問題やねんから」
馬鹿な講釈をたれながら、コンドームを装着する。一緒に持ってきたチョコレート風味のゼリーをコンドームの上から塗り、チェリーのアナルとビンビンに反り上がったペニスにも塗ってやった。今度はバスルームに甘いチョコレートの香りが漂った。
「ほら、突いてやるから出せよ、ところてん」
そう言ってモロゾフは、バックの体勢のまま、体液とゼリーでぐちゃぐちゃになりながらヒクついているチェリーのアナルにチョコレート砲をぶち込んだ。
「ひゃあ、あっっんんっっ、も ろぐち さん……出したり……入れたり……してぇ……」
「はぁはぁはぁ。そんな、面倒臭いことするか。ゴムしてんねんから、入れたまま…発射したるっ」
しかし、この一発でチェリーが満足することはなく、二人は朝までところてん造りに励んだのであった。

「諸口さん、言い忘れてましたけど、実は『未開発』っていうのは嘘なんです」
「誰が信じるねん。ケツ毛剃ってるの見た時点でわかったっちゅうねん」
「剃ってるんじゃなくて、レーザー脱毛ですよ」
「それやったら、なおさら『お仲間』やんけ」
「残念ながら、ゲイではないですよ。その彼女のゲイ雑誌読んでて『ところてん』を体験してみたくなって、堂山町のハッテン場に行ってみたりしたんですけどね、バックで気持ちよくなっても、その状態で射精するまでには至りませんでしたわ。
諸口さんは、バックの方は……」
「もうええ、お前喋んな。俺、ごっつ疲れてきた……」

 女性とのセックスでは味わえない快楽を得るためにハッテン場に通うノンケがいるのは知っていたが、自分が何年も想っていた相手がそんな男だったということは知りたくなかった。ゲイたるもの、よほど出会い運がない限り、セックスに愛だの恋だのを関連付けていたら自分が傷つく事の方が多い事はわかっている。わかっていても愛のないセックスは空しく、セックスのない恋愛は味気ない。一度は長嶋に「勝った」と思ったが、実は自分と長嶋は同じハンデを背負っているので「引き分け」なのだと実感したモロゾフであった。

その翌朝、ホテルから会社に直行したモロゾフは、また湯茶室で長嶋と遭遇した。
「おはようございます。諸口さんお疲れですかぁ、目の下に隈できてますよ?」
「ああ、これはちょっと想定外の事故があってね……」
うまい言い訳が見つからなかったが、湯茶室を去る前にひとこと言わずにはおれなかった。
「長嶋さん、空しいねえ」
またしても言葉の意味がわからなかった長嶋は、お昼休みにお局に聞くことにした。

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