■ 驟雨2
「………………」
「あっ! 淑ちゃん…淑ちゃんだよね…」
「こんなに大きくなって、これじゃ分かんないヨー」
「それにこんなに綺麗になって…」
「あれからどうしてたの?、俺…何日も探したよ、約束…約束してたのに」
「ごめんなさい…あの後…母が坊ちゃんにはもう会ってはいけないって言われ…」
「何故? …どうして会っちゃいけないんだ?」
「……坊ちゃんのお母様があの夜…扉の向こうで聞いていらしゃったの…」
「次の日…私の家にいらして私の母をすごく叱ったの…あんなふしだらな娘を息子に近づけないで! って言われ…」
「あの事…母に知られてたのか…」
「ごめん…俺が悪いのに…」
(母は何も言わなかったが…)
「俺…そんなこと知らないから淑子ちゃんのこと毎日待ってたんだ…」
「君のお母さんもあの日を境に家に来なくなり…俺には何が何だか…」
「母に何度も淑ちゃんの家が何処なのか聞いたが…怒ったように知らないと言うだけだった…」
「あー淑ちゃん…やっと逢えた…家はこんなに近くだったんだね…」
女は瞬きもせず一郎を見つめる…まるで奇跡の人を見るように…。
女の目から涙が溢れた…一郎も女の顔を見つめる…。
路地を濡れ鼠のように走ってきた学生が格好の軒先を見つけ飛び込もうとするが…二人の雰囲気に一瞬立ち止まり…舌打ちして駆けていった。
先に女が我に返った…
「あっ! こんなに濡れてしまって…」
「坊ちゃん風邪をひいてしまいます、どうか…どうか中に入ってくださいまし」
「……………………」
一郎は女の後について格子戸を潜った。
「坊ちゃん、お洋服を脱いで下さいまし…アイロンを当てて乾かしますから」
「いいよ…家の人の留守中に上がり込んで洋服を脱ぐなんて…とんでもない!」
「坊ちゃん…父も母も昨日から山梨の親戚の方に行っていますの、叔父が結核で亡くなりまして…私3日間ぐらいお留守番なんです」
「だからお洋服くらい脱いでも…」
「そう…んん…じゃぁ甘えようかな…」
「それと…おズボンもこんなに濡れてしまって…それも脱いで下さいまし。」
「いや…ちょっとこれは…これを脱いだら下帯だけになってしまうから…」
「いいじゃありませんか…」
「でもこれを脱いだら…初秋とはいえ…少し寒いような…」一郎はたじろぐ…
「そうだ! 私…今日は父も母もいないし日曜だからちょっと贅沢してみましたの…ウフフ」
「お昼からお風呂に入ったの…残り湯で申し訳ありませんがまだ熱いから入りません?」
「こんな明るい内からお風呂だなんて…なんか天罰が下りそうで怖いな…」
「何を迷信じみたこと仰るの! 帝大の学生さんが…」
「そうですね…でもいいのかなー留守をいいことにお風呂までいただいて…」
「ここには坊ちゃんと私だけ…」
女は意味ありげに一郎を見つめた…。
浴衣に白いうなじ…一郎は先程来よりこの清楚な女の言動には完全に圧倒されていた。
「じゃぁ…お風呂…借りようかな…」
「そうなさいまし、その間にお洋服は乾かしておきますから」
女は立ち上がり、一郎を引っ張るように前を歩いて内庭に面した風呂に案内する。
「…淑ちゃんはいま何してるの?」
「今年から小学校の先生になりましたのよ…」
「へーっ…淑ちゃんが学校の教師ですかー…」
「変でしょうか?…」
「……………………」
「ここです…お湯加減は丁度よいころと思いますよ…」
一郎は脱衣所に入りズボンを脱ぎ…躊躇しながらも半開きの引き戸からそっとズボンを廊下に落とした…。
女が屈んでズボンを大事そうにたたむ…浴衣の襟口から豊かな乳房が一瞬のぞいて消えた…。
「坊ちゃん暖まって下さいね…」
嬉しそうな足音が遠ざかる…一郎は下帯を外しシャツを脱いで湯殿に入る、湯船からお湯をすくい体にかけてから湯船に浸かった…。
(あぁー丁度いい湯加減だ…気持ちいい、しかしこんな真っ昼間から女性一人の家に上がり込んで風呂に浸かるとは…母さんが知ったら発狂するだろうな…)
(偶然の雨宿りが…探してた初恋の人の家…こんな奇跡があるなんて…)
(しかし淑ちゃん…見違えるほど綺麗になったなー)
(たしか俺より三つ下だったから今年18か…見違えるはずだよな…)
(初めて見たときはなんて可愛い子と思ったものだったが…今ではこんなにドキドキするほど色っぽくなってしまって…あれからもう何年経つのか…)
|