2003.03.14.

青い目覚め
02
横尾茂明



■ 幼心1

「お嬢さん…一人?」
物思いに耽る由美はその声ではっと我に返った。
「お嬢さん…いくら…」
由美は男の言う意味が理解出来ずキョトンとした。
「お嬢さん…いくらなの…」
由美は男が自分の年齢を聞いてるのかと思い「16です」
と怪訝な顔で応えた。

男はニコっと笑い「これは失礼しました」と言ってから
「へー、今時こんなウブな子がいるんだネ!」
と関心した目で由美を凝視した。

由美はこの時初めて男の意図が理解出来た。
クラスで援助交際の話しをしていたのを聞いた事が有ったからだ。

由美は急に恐くなった、辺りに人影を求めたが先の電車は出たばかりでホームは由美と男だけである。

男も辺りを伺い、由美が一人と思い、大胆にも由紀の隣に寄り添うように腰掛け、由紀の肩に手を廻し…うつむく由美に、
「おじさん…お嬢さんのことすごく気に入っちゃった」
「お嬢さんになら…10万円払っても惜しくないな」
「これから、おじさんと食事しない?」

由美は震える手で、男が回した手を払いのけ立ち上がった。
そして駆け出そうと身構えた時、男の手の方が早く由美の腕を捕らえた。

「お嬢さん…ゴメンもう変なこと言わないから落ち着いて」
と言って、由美の腕を引っぱってベンチに座るよう促した。

ゆみは恐怖で涙が出そうだった。男の誘導で由美は再びベンチに腰を下ろした。

「ごめんごめん!」
「おじさんが悪かった」
「この通り謝るから機嫌を直して……さー」

由美のうつむいた肩が小刻みに震え、目から大粒の涙がスカートに落ちた。

「あー、とうとう泣かしちゃったよー」
「本当にゴメン」
「君があんまり可愛いから、まさかとは思ったけど…つい声掛けちゃって」
「本当にゴメンね」

男はおろおろして平謝りに由美に詫びた。

「おじさん向こうに行くからもう泣かないで」
「おじさん…ずーと以前から君のこと見てたんだ…我慢出来ず急に声掛けて…」
「ゴメンネ…おじさん不器用で…声のかけ方も解らず…」
男は立ち上がると由美をもう一度見て…さも惜しそうに
「気が変わったら…今度声を掛けてね」
「なわけ無いかー…」
男は自分の唐突な行為を恥じるようにホームの端に肩を落とし去って行った。
ホームにはちらほら人が増え始めていた。

由美は誰も待ってないアパートの部屋に上がった。
暗がりで電灯のスイッチを探して引いた、一つしかない部屋の暗い電球が点った。
母の作ってくれた夕御飯の惣菜が、部屋の中央の卓袱台に冷たく乗っていった。
由美は鞄を机の横に掛け、椅子に座り、先のホームでの出来事を反芻した。


(私って…そんな女に見えるのかしら…)

(おじさんは…私を可愛いと言った)

(あのまま…おじさんに付いて行ったら…何されるの?)

(Hなことされるんだ! …Hなことって…どんなこと?)

(裸にされて…由美の恥ずかしいとこ…いじられるんだ?)

(おじさんは私に10万円払っても惜しくないと言った)

(お母さんの1ヶ月分のお給料に近い金額…)

(おじさん…そんな大金払って私にどんな価値が有るのかしら?)

(分かんない…由美分かんないよー)

(男の人って…女にお金を払って何がしたいの)

(男の人はHな事がしたいだけだって…この前由紀が言ってたけど)

(この世に男と女しか居なくて…なぜ男の人だけが女にお金を払うの?)

(私がお金を払うのは必要な物が欲しい時………そっかーおじさんは私が 欲しかったんだ…お金をはらってでも私が欲しかったんだ…)

(でもなぜ私を欲しいの? …Hなことがしたいから?)

(Hなことするのにどうしてお金を払うの)


由美は堂々巡りの思考にピリオドが打てず少しイライラした。
そして横の鏡を見た…顔を映した…(これが10万円?)と呟いた。

由美は子供の頃から、可愛い! と皆に言われた。最近は身長も163cmを越えた。自分でも脚が長くてスゴク綺麗と思う時がある。


(近所のお風呂屋で裸になると皆が私を羨望の目で見る…)

(この間なんか近所のおばさんが私の裸を正面から見て、綺麗ねーと驚いたように言い、男泣かせの体してるネって言った…)

(男泣かせの体ってどんな事…この体が10万円になるの?)

(何時間おじさんと居たら10万円貰えるのかしら?)

(まさかずーと居なくちゃいけないの?)

(今10万円有ったら…)

(携帯が買える…あの欲しくてたまらないセーターも買える)

(お母さんには絶対おねだり出来ないから由美…我慢しているけど…)

(10万あったらスゴクいいなー)

(修学旅行の払い込みの時期はとっくに過ぎて…先生から催促が来ている)

(お母さんには…言えないしナー……)

(10万円…かー…スゴク欲しい……)


由紀の想像はドンドン膨らんで行き、お金を貰う事が罪悪とは考えにくいものになって行った。


(おじさんに今度会ったら聞いてみよ)

(何時間一緒に居たら10万円貰えるのって)

(でも恥ずかしいな)

(10万円も貰うんなら…いろんな事しなくちゃいけないんだろうな)

(でも由美…なにしたらいいか分かんないヨー)

(そうだ!明日由紀ちゃんに聞いてみよ)


16才の由美は、余りにも幼な過ぎた、この時代に偶然にも純粋培養そのもで育った由美がいたのだった。

学校での昼休みは、由美はいつも由紀とお弁当を食べる。
「由紀ちゃんのお弁当…いつも可愛いね!」
「由美ちゃんのお弁当も美味しそうだよ」
「由美のお弁当…センスないもん」
「ただお腹が膨れればいいって感じにしか見えないヨー」
「そんなことないよー、そんなこと言ったらお母さん可哀想だよ!」
「そうだね……」

最近由美の母は毎日遅いせいか朝が辛そう…
今日も由美の弁当を作ると、
「由美ちゃんゴメン…もう少し寝かせて」
母はそう言って又フトンに潜り込んだ。

由美は弁当を見て……
(前のように可愛くしてくれないんだ!)
と思った……生活に疲れている母の姿が弁当に寂しく映っていた。

「由紀ちゃん……援助交際って…したことある?」

……由紀は口に含んでる物を吹き出しそうになった。

「由美ちゃん! 何を言うの…、援助交際の意味を分かって言ってるの!」

「……んー、男の人にお金を貰ってHなことするんでしょ?」

「由美ちゃん分かって言ってるなら…由紀怒るわよ!」
「由紀のこと…そんな子だと思ってたなんて……グスン」

由紀の目に、みるみる内に涙が湧いて出た。

「………」

「由紀ちゃん……ゴメン…ゴメンなさい…由美…よく分んなくって…」
「由美…変なこと言ったならゴメン…ごめんなさい…グスン」

由美の目にも、みるみる涙が湧いた。

二人は箸を手に持って泣いた。

由紀が先に泣きやんだ…。
「由美ちゃん! もー泣かないで」

「エーン…由紀ちゃんゴメンなさい…由美バカだから…」

「由紀ちゃんに聞いたら何でも知ってると思って…由美甘えてたの」

「由美…由美…何にも知らなくて…男の人のこと…何にも知らなくて」

周囲の女生徒達はこの二人の泣きを…また始まったと思った…。

この二人はハッキリ言ってクラスで浮いた存在だった。

現代のこの情報化時代に、こんな無垢な女の子の存在が許されるなんて。

クラスの皆は、この二人を特別扱いしていた。クラスのマスコット的存在でも有ったのだ。



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