2004.10.01.

体罰
02
ドロップアウター



■ 1

 あれは、私が転校して二週間が過ぎたある日のことでした。その日、私は初めて脱衣罰の光景を目の当たりにしたのです。
 それは、部活動を始める前、記録ノートを顧問の先生に一人一人チェックしている時でした。ある先輩のノートを見て、先生が急に怒り出したのです。
「何を言いたいのか全然分からないじゃない。ただ書けばいいって思ってるんでしょ!」
 突然のことで、私もかなり驚いたのでよく覚えていないのですが、たぶんそんな感じのことを言っていたと思います。
 私はこの日までに、すでに他の体罰を行っているところを見ていました。だからてっきり、その先輩も同じように平手打ちや正座罰が科せられるものと思っていたのです。
 でも、先生は妙なことを口にしたのです。
 ここから先のことは、よく覚えています。
「あなたは、心の修養が必要みたいね。今回は、少し恥ずかしい思いをしてもらうわね」
「・・・はい」
「それじゃあ・・・靴下と制服を脱ぎなさい」
(えっ・・・)
 その時私は、自分の耳を疑いました。
(先生・・・今・・・なんて・・・)
 でも、それも束の間のことでした。
「はい」
 先輩は、信じられないほど素直に返事しました。そして先生に言われたとおり、服を脱ぎ始めたのです。
(やだ・・・ウソ・・・!)
 私は目の前の光景が信じられなくて、あやうく叫びそうになりました。
 先輩はあっという間にブラジャーとパンツだけの姿になりました。そして、その場で正座したのです。
 意外なことに、先輩はあまり表情を変えていませんでした。恥ずかしいせいか少し頬が赤くなっている感じはあったのですが、それほど動揺している様子はありません。それどころか、他の先輩と目があって、照れ笑いを浮かべていたのです。
 その日の活動が終わった後、私は蒼井さんとこの出来事について話をしました。
 その時に聞いた蒼井さんの言葉に、私はまた驚きました。
「あれは、よくあることだよ」
「ウソ・・・」
「うん、早苗は転校してきたばかりだしね、ショックなのも無理はないよ」
「うん・・・」
「でも、叩かれたりするよりはマシだと思うよ。そりゃあ恥ずかしいけど、でもその場限りだし・・・」
「そうかな・・・あたしは・・・まだ叩かれる方がいい」
「そうかな・・・女同士だし、そんなに恥ずかしがることでもないんじゃない?」
「でも・・・」
 その後の言葉が出てこなくて、私はしばらく黙っていました。
 しばらくして、私は思いきって聞いてみました。
「蒼井さんは、あの罰受けたことあるの?」
「うん、あるよ」
 思ったよりあっけなく、蒼井さんは答えてくれました。
 私はびっくりして、また言葉が出なくなりました。
 蒼井さんは苦笑いしました。
「そんなに驚かなくてもいいのに」
「うん・・・ごめん・・・」
「やだぁ・・・そんなに深刻な顔しないでよ。あたしはそんなに気にしてもいないんだから」
 蒼井さんは笑って、それから、自分が脱衣罰を受けるに至ったいきさつを話し始めました。
「入学して一ヶ月くらいの時かな・・・その日、部活が始まる時間に遅刻しちゃったの。あと、提出したノートの内容も適当で・・・それで、先生かなり怒って・・・それで・・・反省のために、服を脱ぎなさいって」
「うん・・・」
 私は相づちを打つのがやっとでした。
「さすがにその時はショックだったよ・・・ホント・・・泣きそうになっちゃった。でも我慢して・・・靴下、ブラウス、スカートって脱いで・・・最後に先生にシミーズも脱ぐようにって言われて、それも脱いだ。パンツ一枚。先輩とか友達に裸見られて・・・おっぱいとか・・・さすがにちょっと涙ぐんじゃった」
「胸まで・・・見られたの?」
「うん・・・あ、そんなに怖い顔しないでよ。なんか、また恥ずかしくなっちゃうじゃない」
 蒼井さんはそう言って笑いました。
 私がうつむいていると、蒼井さんは言いました。
「早苗、その罰受けるの・・・怖い?」
「うん・・・怖い」
「大丈夫だよ。早苗真面目だし・・・あの先生真面目でおとなしい子には一応加減してるみたいだから・・・たぶんあたしは少々辛い目にあわせても平気だって思ってんじゃないかな」
「そんな・・・そんなの不公平だよ!」
 私が声を上げると、蒼井さんはいたずらっぽく笑いました。
「あれえ・・・さっきは怖いって言ってたのに・・・早苗、あの罰受けてもいいって思い直したの?」
「えっ・・・そういうわけじゃ・・・ないけど・・・」
「ふーん、そっかぁ・・・でも、早苗ってかわいいから、きっと裸もキレイなんだろうなぁ・・・早苗の裸、見てみたいかも」
「やだぁ、そんなの」
 私は、ようやく笑みを浮かべることができました。


 この日の出来事は、何事もなければ、単にいくつものエピソードの中の一つとして、私の記憶に残るはずだったのです。
 何事も、なければ・・・。
  

 記録ノートを忘れたことに気付いた後、しばらく呆然としていました。そのうち、私は「あっ!」と思って、もう一度リュックの中を調べました。
 動作をやめると、ため息が出てきました。
「そんな・・・」
 私が忘れたのは、記録ノートだけではありませんでした。茶道の二冊のテキスト、各自で管理するように言われているちょっとした小道具。部活動に必要なものを、私は全て忘れてしまっていたのです。
「ウソ・・・やだ・・・もう・・・」
 私は机に顔を伏せました。
 本当に泣きたいです。でも、周りにクラスの子が何人もいるので、泣くわけにはいきません。私は、涙がこぼれ落ちそうになるのを必死でこらえました。


 私は、ようやく顔を上げました。
 このまま落ち込んでいても、どうしようもありません。
 私は、覚悟を決めようとしていました。
(もう・・・仕方ないよね・・・悪いのは・・・悪いのは・・・あたし・・・なんだし・・・)
 今回のことは、私の方にはっきりと落ち度があります。忘れ物には、言い訳のしようがありません。うっかり準備するのを忘れてしまった、それだけのことなのです。
(怖い・・・怖いよぉ・・・でも・・・これじゃあ何をされても・・・仕方・・・ないよね・・・)
 これから自分の身に何が起こるかを考えると、とても怖いです。でも、どんな罰を科されることになったとしても、原因は全て、私にあるのです。それだけは、認めなければなりません。
 私は教室を出て、深呼吸しました。
(先生に・・・何を言われても・・・何をされても・・・耐えるしか・・・ないよね・・・服・・・脱がされても・・・恥ずかしいけど・・・我慢・・・しよう)


 私は、廊下を歩き始めました。
 行き先は、職員室です。
(先生に謝りに行こう)
 私はそう決めていました。
 茶道部では、必要なものを持ってくるのを忘れるというのは、本当に大変なことです。体罰は関係なく、周りに迷惑をかけることになると思います。だから、自分にできるだけの反省を示さなくては、と思ったのです。
 でも、やっぱり怖いです。歩幅が自然と小さくなってしまっています。胸がドキドキして、少し息苦しい感じがします。
 廊下の角を曲がると、すぐに職員室の扉が見えました。
 途端に、足がすくみました。
(どうしよう・・・やっぱり・・・怖いよ・・・)
 私は両手で胸元を強く押さえました。胸がますますドキドキして、少し痛むような感じがしたのです。
 何とか自分を落ち着かせて、私は一歩一歩進んでいきました。
 ようやく扉の前に辿り着いて、私は扉に手をかけました。
(がんばれ・・・がんばれ・・・)
 私は、自分にそう言い聞かせました。
 そして、扉を思い切り左に引きました。
 私は、ビクッとしました。
 扉を開けた瞬間、先生方の視線が一斉にこっちに向けられたのです。それがまるで、私を睨んでいるように感じました。
「失礼・・・します」
 私の声は、少し震えていました。
 
 
「何か用?」
 手前の席に座っていた教頭先生が、私に声をかけました。
「はい。あの・・・佐伯先生にお話しがあって来ました」
「あ、そう。佐伯先生なら、奥の方にいるから」
「はい。ありがとうございます」
 私は教頭先生に礼を言って、それから先生の座っているところへ向かいました。
 私達茶道部の顧問は、佐伯絹代先生といいます。年齢は二十代後半とまだ若い先生なのですが、実は生徒指導も担当していて、とても怖い先生として生徒からは恐れられています。
 佐伯先生は、入り口から見て奥側の席で、書類をチェックしていました。きれいな女性なのですが、紺一色の地味な服装が、近寄りがたい雰囲気をかもし出しているようです。
「佐伯先生・・・」
「蓮沼さん!」
 私が言うより先に、佐伯先生が口を開きました。
「はい!」
 私はビクッとしました。
「あなた、さっきの教頭先生へのお辞儀の仕方は何? 少し頭を下げただけじゃない。あんなのお辞儀って言わないわ。礼儀作法は普段の生活から心がけるようにっていつも言っているでしょう!」
「はい、すみませんでした・・・」
 私はすっかり気圧されてしまいました。
「・・・で、何の用?」
「はい・・・実は・・・あの・・・」
 ここまで来て、私はためらってしまいました。息苦しさが、さっきよりも増している気がします。声が、なかなか出てこないのです。
「一体何なの? はっきり言いなさい!」
「はい・・・あの・・・すみませんでした・・・」
「何が?」
 私は、とうとう覚悟を決めました。
「ごめんなさい・・・あたし・・・部活に必要なもの、全部忘れてきてしまったんです!」
 一度言い始めると、あとは勢いに任せて全部吐き出すことができました。
「本当に・・・すみませんでした」
 私は、佐伯先生に深く頭を下げました。
 佐伯先生は、しばらく何も言いませんでした。ただ黙って、私をじっと見つめているのです。
 その沈黙が、私には余計に怖かったです。
 やがて、佐伯先生は静かに口を開きました。
「・・・廊下で話をするから、先に出て待っていなさい」
「はい・・・」
 私はもう一度先生に頭を下げて、きびすを返しました。


 私が廊下に出ると、佐伯先生はすぐに後からついてきました。
「で・・・具体的に何を忘れたのか、ちゃんと言いなさい」
 佐伯先生は淡々とした口調で言いました。
 この頃になると、私も変な緊張が抜けていました。もう、どうにでもなれ、というような感じでした。
「はい。記録ノート、テキスト二冊、それから小道具の箱・・・です」
「あらら・・・本当に全部忘れちゃったの・・・」
 先生はくすっと笑いました。
 でも、それは一瞬のことでした。先生はすぐに、怖い顔になりました。
「あなた、一体どういうつもり? 必要なものを全部忘れてくるなんて、やる気がないっていうことかしら?」
「いいえ・・・そんなことはありません・・・」
「じゃあ、どうして忘れ物なんかするの!」
 私は、前の晩のことを思い出しました。確か宿題が多く出されていて、それを終わらせるのに夜中までかかってしまったのです。終わった頃には本当にくたくたで、いつもは寝る前に準備をすませるけれど、その日に限って、準備もせずに寝てしまったのです。
 朝起きるといつもより寝坊していました。だから、すごく慌てて準備しました。たぶん、それが忘れ物の原因だと思います。
 でも、私はそれを言おうとは思いませんでした。言ったところで、罰が軽くなるとも思えません。それなら言い訳せずに、きちんと自分のあやまちを反省したかったのです。
「黙ってないで、何とか言ったらどうなの?」
 佐伯先生は少し苛立っているようでした。
「先生の・・・おっしゃる通りです」
 私はようやく口を開きました。
「私は、茶道への心構えが足りなかったんだと思います。だから、忘れ物なんてバカなこと、してしまったんだと思います」
 私の言葉が意外だったのか、今度は佐伯先生が黙っていました。
 しばらくして、佐伯先生は言いました。
「あなたなりに、反省はできているようね。でも、それで罰が軽くなるって思わないで。忘れ物をするというのは、本当に大変なことなんだから。覚悟、しなさい」
「・・・はい」
 無意識のうちに、私は胸元に手をやっていました。
 そして、佐伯先生は、私が一番恐れていた言葉を、冷淡な口調で言いました。
「あなたには、恥ずかしい思いをしてもらうから。それと、痛い思いもね・・・あなたも罰をするのは見てきているから、私の言葉の意味、分かるわよね?」
 先生はそう言って、私を睨みつけました。
「は・・・はい」
 私は素直に言いました。
「よろしくお願いします」
 その言葉は、脱衣罰を受けることを自ら認める、ということを意味していました。
「ふっ、殊勝なお言葉だこと・・・具体的にどんなふうに罰を行うかはその時に言うから、それまで心の準備をしておきなさい」
 佐伯先生はそう言い残して、職員室に引っ込みました。
 一人取り残された私は、呆然と立ちつくしていました。
(やっぱり・・・受けることになるんだ・・・脱衣罰・・・)
 私は、逃れることのできない運命を悟ったような気分でした。


 自分の教室に戻る前に、私は二年生の教室に向かいました。茶道部の部長の堀江桐子先輩に謝るためです。
 私が忘れ物をしてしまったことを告げると、堀江先輩は口を手で覆いました。
「ウソ・・・早苗ちゃんそれって・・・」
「はい。先輩にご迷惑をおかけして、本当にすみませんでした」
「いやいや、あたしらはいいけど・・・佐伯先生、こういうこと妙に厳しいから・・・あまり言いたくはないんだけど・・・早苗ちゃん・・・たぶん辛いことに・・・」
「もう・・・先生から聞いてます。自分がどんな罰を受けるかってこと」
 私はきっぱりと言いました。
「恥ずかしいとは思いますけど、悪いのはあたしだから・・・もういいんです」
「でも・・・」
 堀江先輩は、それっきり黙り込んでしまいました。
 私は、そんな先輩の姿を見てさすがに心配になりました。
「あの・・・そんなに、辛いんですか?」
「ん・・・ああ、そこまで辛いってわけじゃ・・・いや、でもそれはあたしらみたいに慣れちゃったらの話で・・・慣れてないと・・・やっぱ・・・」
 先輩は少し慌てているみたいでした。
「でも・・・やっぱり一年生にはかなり辛いと思う。特に早苗ちゃんみたいな性格の子だと・・・」
 堀江先輩は、本当に深刻な表情をしています。
 堀江先輩のことを、私は尊敬しています。厳しい部活で自分も大変なはずなのに、ちゃんと周りの気配りもできる人なんです。
 そんな先輩に心配かけてしまったことを、私は申し訳なく思いました。
「ごめんなさい・・・先輩にまで心配かけちゃって・・・」
 その時、ふっと緊張の糸が切れました。
 急に、涙がどっとあふれてきたのです。
(ウソ・・・なんで泣くの・・・?)
 自分でもびっくりしました。
「早苗ちゃん・・・」
「ひっく・・・先輩・・・ごめんなさい・・・ごめんなさい・・・」
 涙が止まらなくなってしまいました。もう、こらえることなんてできません。幼児に戻ったみたいに、私は泣きじゃくりました。
 堀江先輩は、私の肩をポンポンと叩きました。そして、何かを言おうとしているみたいでした。
 でも、先輩の口から言葉が出てくることはありませんでした。
 私はひとまず涙を拭ってから、先輩と別れました。



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