プレコマンド
「滝川。…ただの人間が、我らに勝てるか?」
「我らって……もしかして俺と芝村の…ことか?」
 舞はしばし無言で滝川を見つめたあと、右頬をつねり上げた。
「いひぇ! いひぇっひぇ、ははひひぇふれほひばむらっ!」
「たわけ。お前はどうしてそこまでたわけでいられるのだ? いっぺん脳味噌をかち割って思考回路を組み直したくなるぞ」
「な、なんで怒るんだよぉ!?」
 ただ自分は舞と自分が舞の中で一組になっているのを知り、小さな幸せに浸っていただけだというのに。
 だってつきあいだしてからまだ二週間ぐらいしか経っていないのだ。たまにはこういうささやかな幸せを味わったっていいじゃないか。
 しかもその期間の大半は、速水とのバトルに時間を取られてゆっくり話すことなんてできなかったんだから。
「もう一度聞こう。ただの人間が我らに勝てるか?」
「ただの人間って……俺たちだって人間だろ? あ、まさかおまえ実は人間じゃなくて宇宙人なんて言い出すんじゃねぇだろうな!?」
 それもなんか種族を超えた愛って感じでいいかも、とかちらっと思ったが、思った次の瞬間には両頬を思いきりつねり上げられていた。
「いひゃいいひゃいいひゃいっひぇば!」
「たわけ。お前は今まで私の話をちゃんと聞いていたのか? 一度地獄を見ねば理解できぬというのなら喜んでそうしてくれるぞ」
「そ、そんなこと言ったってー!」
 確かに舞からは今までいろんな話を聞いた。芝村の友として生きよと言われたり(これはつきあい始める前のことだ)、三百の首を狩れと言われたり(どういうことなのかよくわからないけど、頑張って幻獣を倒そうと思った)、そなたがヒーローだと嬉しいと言われたり(このときはメチャクチャ照れた。なぜかちょっと胸が苦しくなったりもしたけど)。
 だが、一気に長い話をされると滝川はどんなに必死に聞いていても話の中味を覚えきれなくなってしまうのだ。今ここで舞の話の内容の概略を言えと言われたら、正直言えるかどうか自信がない。
 おずおずとそういう意味のことを言ったら、今度はボディにパンチが飛んできた。
「ぐふっ……」
「たわけ」
「……ひでぇよ、芝村……」
「そなたに言われると妙に腹が立つな。人の話を聞いた端から忘れるミジンコ並みの脳味噌しか持っておらぬ奴めが」
「ううう……そりゃ俺だって悪いと思ってるけどさ……俺だって好きで忘れてるわけじゃ……」
「それならば覚えられるよう知力を磨け。この大たわけが。いや、そんな言葉では足りん。無知無教養の単細胞、ニューロン不足の脳細胞欠如人間め」
「……あのさ、芝村。もしかして……怒ってる?」
 ギロリとかなり怖い目で睨まれ、滝川は思わず土下座した。
「ごめんなさい! 俺が悪うございました!」
「一応謝罪を受け入れておこう。今度同じ事態に陥った時にはもう二度と朝日が拝めなくなると思え」
「ううう……」
 知力磨かなきゃなんないなー、と滝川はため息をついた。
「一応聞いておこう。強いものはどうあるべきだ」
「強いもの? ……うーん、強い奴は……やっぱ弱きを助け、強きをくじくって感じじゃねえかな」
「そうだ」
 舞はいつもの倣岸な表情で滝川を見た。
「人の守り手たるは我ら。万難を排し、人を守って戦うは我ら。誰の許可も要らぬ。我らが決めた。世界は、我らの好き勝手によって守られよう。それが世界の選択だ」
 滝川は必死で舞の言ったことを覚えようと口の中で反復している。それを見て、舞はうなずき、話を続けた。
「戦いは、敵を全滅させるのが理想だ。…そこで、敵を追い込んで、これを撃破する。包囲戦だ。成功すれば敵の戦力を大きくくじけよう。…具体的には熊本市中の全敵幻獣を一点に集め、これを我らが撃滅する」
 滝川は口の中で反復していて、はっとその内容に気付き舞を見た。
「そんなこと……できるのかよ?」
「ただの人間が出来ないからといって、芝村まで出来ないと思ってもらっては困る。我らはただの人間から生まれたが、逆から言えばそれだけだ」
「はー……」
 わけがわからないけど、なんだかすごい。
「幸い、熊本中心部には戦闘向きの場所がある」
「へ? どこだよ、それ」
「熊本城だ」
「熊本城ぉ?」
 滝川はかなり驚いた。熊本県民な滝川は熊本城は小さい頃からよく知っているが、そこが戦闘向きの場所とかそういうことは考えたことがなかったのだ。
「どうせ天守閣は再建されたレプリカだ。今更どうなっても、許されよう。それに城は元々戦うために作られたのだ。もっとも、今回は逆。攻めるために使うのだがな」
「はー……」
「数日中に命令が下ろう。覚悟をしておけ」
 覚悟って言われても。
 滝川は今聞いた話を必死に反復しながら理解しようと努めた。
 えーと、芝村は弱い奴らを守ろうって言ってて、それで幻獣を集めて一気に叩こうって言って、我らはただの人間から生まれたが逆から言えばそれだけだって言って……あれ? なんでそういう話になったんだっけ? なんか繋がりが悪いような気がすんだけど。
 舞は、しばし滝川を見つめて、今度は鼻をぎゅうっとひねり上げた。
「いひぇ!」
「たわけ。そなた私の言ったことをきちんと理解しているか?」
「今頑張ってたところなんだってばー!」
 舞はわたわたする滝川を見て、ふっと笑った。
「……芝村?」
 笑顔を見てちょっとドキドキしながら滝川が見上げるようにして言うと、舞は滝川の耳を軽くつねった。
 今度は別に、痛くはない。
「……なんだよ」
「おまえは本当によくわからん奴だな。これだけ一緒にいてもまだわからん。芝村でもなければ、ただの人間でもない。……面白いぞ」
「……そう?」
 滝川は『面白い』と言われたことがなんとなく嬉しくて、にへらと笑った。
「言っておくが、誉めてはいないぞ」
「あ、あれ? そうなの?」
 ぽりぽりと頭をかく滝川を見て、舞は珍しくちょっとだけ声を立てて笑った。涼やかな声が聞こえてくる。
 滝川もちょっと笑った。
『201v1、201v1……』
 多目的結晶体からの戦闘コール。滝川と舞は顔を見合わせもせずすぐさま走り出した。お互いの呼吸は既に体に染みついている。
 さあ、気合を入れよう! 速水の指示に負けないようにしないと!
 滝川はぱあんと顔をはたいて、ハンガーへと向かった。

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