その晩サンジは、昼間からどんどん前倒しに食事の仕込みやら何やらを片づけ、いつもならば明日の仕込みを始める時間にはもう、すべての仕事を終わらせていた。 サンジは風呂に入って身支度を整えてばっちり決めてから、いそいそと展望台に登って行く。 今日の夜番はゾロではなかったが、今日の当番にはサンジが勝手に話を付けた。元々ゾロは、夜中に訓練をするからとよく代理を引き受けていたので問題はない。 おれも一緒に行くからといえば、ゾロは夜のお誘いと取ったのか、ちょっと酒をねだったくらいで、文句も云わずに展望台に登り、サンジを待っていてくれた。
「なあ、ゾロ。おれも、おまえのこと好きになっちゃった。」 サンジはゾロにぴったり身を寄せて、精一杯の決め声でそうささやいた。 「おまえ、おれのこと、好きなんだろ……?」 ゆったりと引き寄せて、顔を近付ける。 ゾロは目を丸くしていた。 まじまじとサンジを見て、ゆっくり何度も瞬きする。それをうっかり可愛いと見入ってしまう自分に、サンジはゾロに惚れた自分を再認識した。 ようやくサンジの告白を理解したらしいゾロは、こつんと額を、至近距離のサンジの額へとぶつけてくる。 「ああ。好きだ。」 わーい両想い。と、サンジは幸せいっぱいににっこりした。 間近のゾロも笑顔になる。 しかし。 それはどう見ても、にやりとしか表現できない、悪い笑顔だった。 「作戦通りだ。」 「………………はい?」 「てめえは情にもろいからな。体くっつけてやることやってりゃ、情が沸いて、そのうちおれに惚れると思った。目論見通りだ。」 「…………………………はい?」 「一度このおれに惚れたって云った以上、余所見も浮気も許さねえからな。てめえはおれのもんだ。」 むぎゅううう。 と、首に回ってきたぶっとい腕に、ここぞとばかりに締めあげられた。 と思ったのはサンジの誤解で、どうやら熱い抱擁をされたらしかった。 もがきながらも呆然としていたサンジは、ようやくゾロの言葉の内容を飲み込む。 「て、てめえこの野郎、脳味噌までマリモのくせに!!」 あれもこれも全部、ゾロ流の恋の駆け引きだったというのか。 ある意味ひどく単純だが、微妙にいい感じにサンジのツボをついている。 サンジは口惜しくなって怒鳴ったが、ゾロの顔を見たら、その怒りはあっさりと空に溶けた。 ゾロは確かに、にんまりと、偉そうに小憎たらしげに笑っているけれども。 目が潤んでいるとか、頬が真っ赤になっているとか。それにちょっと落ち着けば、サンジに巻き付いている腕はとても熱く、とんでもなく早い心臓の鼓動が伝わってくる。 全身が訴えてくる喜びを、しかしゾロは無意識でいるのだろう。本人的には多分、勝利感満載でいるに違いない。 そんなゾロがあまりにも馬鹿で、あまりにも可愛いので、サンジは苦笑をひとつ零しただけで、ゾロに先刻されたように、こつんと額をぶつけ返した。 そのままじっとゾロを見つめると、次第に居心地が悪くなったようにゾロはもぞもぞとする。 「な、なんだ、文句あるのかよ。今更撤回なんてさせねえからな、男の言葉に二言があっちゃいけねえんだからな!」 サンジとしては、ムードを盛り上げようとしてゾロを見つめていたのだが、どうにも盛大な誤解をされたようだ。 「撤回なんてしねえよ。悪いクソマリモにたぶらかされちゃったラブコックさんが、愛しい恋人に愛情たっぷりの情熱ちゅーをしてやるかどうか、迷ってただけだよ。」 にっこり、笑ってやると、ゾロは一瞬の動揺をさっと払って、また偉そうな表情になった。 「しろよ。」 堂々と云い切り、ゾロはくいとあごをあげる。 だからこう、もうちょっとムードを……と、サンジはゾロに説教のひとつもしてやりたくなったが、閉じた目の先で、まつげが揺れているのに気付いた。 偉そうなんだか初々しいんだか。 多分どっちもなんだろうなと、サンジはたまらなくなって微笑んだ。 わずかな距離を詰め、サンジはゾロの唇に、自分のそれを押し当てる。 初めての、サンジからのキスだ。 サンジの背を抱くゾロの腕に、一瞬強い力がこもった。 薄目でゾロの様子をうかがいながら、サンジはふにふにと唇を擦りつけ、軽くついばんだりしてみる。 密着しているゾロの体温と鼓動がますます上がるのが判った。 唇の合わせ目に舌を這わせると、ゾロの顔がますます真っ赤になる。少しだけ緩んだ隙間に舌を差し伸べ、サンジはじっくりと深く、ゾロの口腔を舐め回した。 唇の裏、歯茎、頬の内側に口蓋、ゾロはどこが好きかなと、舌で丁寧に探っていく。けれどもどこを舐めてもぴくんと肩を揺らし、サンジの服の背をぎゅっとつかんでくるので、ここぞというポイントが決まらない。 「……ん、く……。」 小さく洩れるゾロの声に気をよくして、奥の方で縮こまっている舌を絡め取ろうとすると、驚いたように逃げようとするので、サンジは熱心に追いかける。 「いてっ。」 いきなり髪を引っ張られ、サンジは驚いて口を離した。 「何しやがるクソマリモ!」 同意のキスは初めてなのに何が不満だとサンジが声を荒げると、ゾロは真っ赤な顔をしたまま、はあはあと荒く息をついていた。 呼吸が持たなかったのだなと、それはそれで可愛くないこともないが、それを訴える態度は可愛くない。まだちょっと髪を引っ張られた後頭部が痛いくらいである。 「…しつっけえんだよ、てめえはよ……。」 まだはあはあと肩を揺らしているゾロは、あごを手で拭いながらサンジを睨んでくる。唾液も上手に飲めなかった様子だった。 「しつこくねえもん。普通だもん。……いいぜ、別に。おまえが嫌ならキスなしのお付き合いでも。」 愛情たっぷりのキスをしつこいと云われては、サンジもちょっとおもしろくない。わざとらしくふてくされた様子で、つんとそっぽを向いてやる。 「……んなこと云ってねえ。」 ゾロは小さく呟いたが、サンジがしらんぷりをしていると。 すーはーと大きく深呼吸し、すーともう一度大きく息を吸って、止めたゾロは、サンジの頭をひっつかみ、顔をぶつけるようにキスをしてきた。 というか、本当に歯が当たった。 というか、まだ当たりまくっている。 痛い痛い唇が切れる、と、じたばたするサンジをはがいじめにして、ゾロは目茶苦茶にサンジの口内を舐め回してくる。 とりあえず一生懸命さだけは評価して、サンジもどうにかその激しいだけのキスに応え始めた。 正直下手だが、舌の動きは大胆で力強い。サンジは舌をひらめかせ、がんばって動いているゾロの舌の裏側を舐めたり側面をたどったり、時には絡ませたりしてゾロを煽る。 ゾロの舌が止まってしまう時には、軽く噛んだりして抗議すると、すぐにまた激しく動いてサンジを楽しませた。 そしてその途中で気付く。どうやらゾロは、今もさっきも、息を止めたままのようだ。重ねた唇の隙間とか、鼻とかで息をしていれば、これだけ顔をくっつけ合った状態では嫌でも判る。なのにゾロからはそれがない。 あれ、もしかして、べろちゅー初めて? でもまあ確かに、お仕事のお姉さま方の中には、キスはさせない方も多いし……、とか、そんなことを思いながら、ゾロのキスの熟練度を図る。 ぷは、と、ゾロが口を離して大きく息をした。何分間も海にもぐっていられる肺活量のゾロにしては、随分と短かったといえるだろう。 何度かまた肩を上下させてから、上気した頬をして、どうだと威張るようにサンジを見つめてくる。 お世辞にも上手とは云えないキスだったが、サンジはすっかりノックアウトされて、ゾロにがばと抱きついた。 「ゾロ、好きだー。」 「……と、当然だな!」 なにが当然なのかは謎だったが、胸を張りつつも満面の笑顔という大変に判りやすいゾロが、愛しくてかわいくて仕方がない。 サンジは馬鹿な子ほど可愛いと云う言葉の意味を心の底から実感しながら、ゾロをその場に押し倒したのだった。
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