戦いは遊びじゃすまないぜ・前編
「……武闘大会?」
 アディムは疑問といくぶんかの困惑をこめて、経済産業大臣リュームの顔を見返した。
「そうです」
 リュームは自信たっぷりにうなずく。
「現在城下には伝説の勇者セデルリーヴさまを一目見んと、世界各地から兵士武芸者の類がつめかけております。そやつら荒くれ者どもの血を静め、治安を回復させると同時に、武闘大会を国を挙げての大行事とすることにより景気の高揚を図ります。現在の問題を解決するに、またとない手かと存じますが」
「………うーん」
 アディムは苦りきったとはいかないまでも、それに近い表情をした。
 悪い提案ではない、と思う。現在グランバニアが抱える最大の問題は流民と、それに伴う治安の悪化だ。
 魔物たちがむやみに人間を襲うことをしなくなり、自然どの国も軍縮を施政方針として打ち出すようになった。そのためこれまで大量に雇われていた傭兵や不良軍人の類は次々と解雇され、流民として各地をさまようようになったのだ。
 その流民兵たちは、多くグランバニアに向かった。グランバニアには伝説の勇者がいる。その上尚武の気風で知られる土地だ。職業戦士の仕事の口もなんとか見つかるかもしれない、多くはそう考えたらしい。
 が、当然、そう簡単な話ではなかった。グランバニアは軍縮はあえて行わなかったものの、だからこそこれ以上軍事予算を増やす余裕はない。それにグランバニア軍人は魔物との戦いで鍛えられた精鋭揃い、めったな傭兵など雇ってはかえって足手まといになる。
 仕事の口を得られず、旅費もない流民たちが、食いつめて力任せの犯罪行為に手を染める。アディムや兵士たちの尽力で今のところ深刻な事態には陥ってはいないものの、流民と在来の民との対立は決定的なものにまでなりかかっていた。
 基本的に流民を受け容れて街を拡大する方針を打ち出しているアディムだったが、今の状態ではそれもしかとは立ち行かない。そのために必要な人材も資金も不足しているのだ。グランバニア国民の愛国心と矜持の高さが裏目に出て、流民たちなどのために手を貸してなどやるものか、という空気が立ち起こっている。
 だがもし武闘大会が首尾よく開催まで持っていけたならば、そのための準備やらなにやらの仕事に多くの人員を雇い入れることになるだろうから仕事の口がないという問題が一時解決する。その間に技術を学ばせることによりもっときちんとした仕事につかせることもできるようになるだろう。
 さらに武闘大会ともなれば尚武の気風を持つグランバニア国民は熱狂するだろうから、国家公認の賭博を試合に対して行ったり、試合の様子を記録した記憶珠を売り出したりすればその収入は莫大なものになるだろう。景気を高揚させることも確実で、税収もかなりの額が見込めるはずだ。
 それに武闘大会で好成績を収めた者を軍に雇い入れることを明言すれば、無事雇われるために犯罪行為を行う流民兵も少なくなるだろう。一手でいくつもの効果を生み出す、かなり有効な手段である。
 だが、アディムはどうにも気が進まなかった。伝説の勇者の父親であり、武の国グランバニアの英明なる王であり、自身当代最強の戦士であるアディムは、天性の戦上手でありながら、戦いというものが好きになれなかったのだ。
 アディムにとって戦いとは避けようとして避けられぬがゆえに生じるもの。魔物相手でもそれは同じで、彼は避けられる戦いは極力避けたし、どうしても戦いになる時でも楽しむようなことはなくできるだけ速やかに終わらせた。
 そんなアディムにとって、戦いを見世物にするという考えはどうにも馴染まないものだったのだ。
「……武闘大会を開くというなら会場がいるよね? 大々的に開くと言えるだけの会場を作り上げられる予算の当てがあるのかい?」
 とりあえず、公人としての立場から問題点を指摘してみる。
 リュームは大きくうなずいた。
「むろんですとも。実は六代前の国王陛下、マジャリュース二世の御世に、半ばまで作られた闘技場がいまだに放置されておるのです」
「闘技場を……? でも、グランバニア国内にそんなものなかったはずだけど……」
「ご存じないのも無理はありません。なにせそれがあるのは地下ですからな」
「地下?」
 驚くアディムに、リュームはにっと笑った。
「はい。マジャリュース二世は武を好んだものの、お体が弱く、陽の光に長時間当たるとお倒れになるような蒲柳の質であらせられたようでしてな。グランバニア城下脇地下に闘技場を作らせていたようなのです。むろん百年以上前のものですから補修や改装は必要ですが、零から作るよりははるかに安く済みますぞ」
「それに充分な人数を収容できるのかい? 地面が抜けてしまったりはしないか?」
「陛下、陛下は我がグランバニア職人の力を見くびっておられる。専門家に点検させましたところ、きちんとした工事を行えば雨が降ろうが槍が降ろうが地面が抜けることはない、と太鼓判を押されましたよ。収容人数も一万を軽く超えます、充分な数字かと存じますが」
「………うーん………」
「軍人たちの間で予備調査をしてみましたところ、ほとんどの兵が武闘大会を歓迎する意思を見せております。国民たちも喜ぶこと間違いなしかと」
「………そうだろうけどね………」
「陛下。ここは決断の時ですぞ」
 力をこめてそう説かれ、アディムはため息をついた。実際有効な手段ではあるのだ、この際為政者として個人的な好みは脇においておくべきだろう。
「わかった。話を進めてくれてかまわない。常識の範囲内で大々的に宣伝をするように。予算は相談に応じる」
「は、ありがとうございます」
 リュームは嬉しげに破顔すると、うやうやしく礼をした。アディムはもう一度ため息をついて、ふと気になったことを訊ねる。
「ところで、優勝者には商品が必要だね? なにを用意するつもりなんだい?」
「はい、賞金一万ゴールドと、副賞をつけるつもりでおります」
「副賞、ね。どんな? 武闘大会だから、強い武器防具かなにかかい」
「いえ、それも考えたのですが。武芸者にとってなによりの報酬は強い者との勝負かと思い、伝説の勇者であらせられるセデルリーヴさまとの真剣勝負ということに……」
「………………なんだってぇっ!!?」
 そのとたん、アディムの目がギカギカ〜ンと壮絶な色に光った。ギガンテスより強い腕力で、リュームの胸倉をつかみ上げてがっくんがっくん揺らしまくる。
「へ、陛下、くる、くるし……!」
「君はセデルに人間との真剣勝負をさせようっていうのか!? セデルは、セデルは、人間と戦うのに慣れてないんだぞ!? もしあの子が人間相手なせいで遠慮とかしてしまって不覚を取って、傷つくようなことがあったら……!」
 キッというのもギッというのも生易しい、ギュギッ! とでも形容したくなるような射殺さんばかりの視線でリュームを睨みつけてアディムは言う。
「僕は自分を抑えられるかどうかわからないよ……」
 リュームは自分の命を手に握られているような感覚にひっ、と凍りついた。汗すら出ないほどの冷たい殺気だったが、もはや生存を祈念する生物の本能ともいえる反射で震えながら口を開く。
「セ……セデルリーヴ王子は、喜んでいましたが……」
「……え?」
 アディムはふっと手を放した。殺気が弱まり、視線が軽くなる。だがいまだ恐怖から回復できず床に座って必死に息をつくリュームに、アディムは矢継ぎ早に訊ねた。
「どういうことだい!? セデルにもうこの話をしたのか!? セデルが喜んでたって……!?」
「で……ですから、事前にセデルリーヴ王子に話をしたところ、たいそう喜ばれて、『ボク絶対勝ってみせるよ!』とご発奮なされたご様子で……」
「…………!」
 アディムはもはやリュームには目もくれず、執務室の外へと走り出していた。
「セデルー! セデルーっ! どこにいるんだいーっ!?」

「はっ! てやっ!」
「せっ、やっ、たっ!」
 グランバニア近衛隊修練所――そこでは今日も近衛兵たちが激しい訓練に明け暮れている。特にその一角、近衛隊長オーギュの普段の訓練場所で行われる訓練の激しさは尋常ではなかった。
「でぇぃっ!」
 ピピンは鉛を入れた木剣を、凄まじい速さで袈裟切りに振り下ろす。
「ぬっ!」
 オーギュはそれを一歩退がりつつ受け流し、結果生まれたピピンの隙を狙って突きを放った。だが、ピピンはそれを予想していたようで、にっと小さく笑って体を沈めてそれを避け、そのままの動きで間合いを詰めてぴたりとオーギュの喉に木剣を突きつける。
「………参った」
 オーギュは渋々そう認めると、木剣を下ろした。ピピンもふう、と息をついて木剣を下ろすと、嬉しげな顔でオーギュに話しかけてくる。
「隊長、隊長。自慢じゃないけど、ボクも相当成長したと思いませんか? 最近は隊長からも三本のうち二本は取れるようになりましたからね。アディムさまと旅に出る前は散々なこと言われてましたけど、実はボクって相当才能あるんじゃないかって自分でも……」
「調子に乗るな、このたわけ者。お前が強くなったのは陛下のご温情の賜物だろうが。陛下が馬車を利用してレベルを上げてくださらなければ、お前などまだまだひよっこにすぎんのだぞ」
「う、それはそうかもしれませんけど……ううう、隊長相変わらず厳しいですねぇ……」
 はぁ、とため息をつくピピンにオーギュは威厳をこめて鼻を鳴らす――だが、内心ではピピンの指摘の正しさを認めていた。
 実際、ピピンの能力は兵士たちの中では頭一つ抜けていた。それはむろんアディムとの旅でレベルが上がったせいではあるのだが、その力と速さの上がりっぷりのよさはやはり才能と呼ぶしかないだろう。
 のみならずいかにも軽そうな童顔に似合わず、訓練も熱心に行うし職務も真面目にこなす。ついでに言うならばデスクワークも優秀だ。オーギュはこいつは間違いなくグランバニア軍の次代を担う人間だ、と判断し、多大な期待をかけていたのだ。
 これで女好きの遊び好き、という性格がもう少しなんとかなれば、と思いつつ、オーギュは厳しい口調で言う。
「第一、俺のような老兵を相手にして得意がっていてどうする。武闘大会ではお前もグランバニア近衛隊の一人として活躍してもらわねばならんのだぞ。どうせ相手にするならピエール殿やロビン殿も打ち倒してみせようというくらいの気概を持て」
「へ? ご、ご冗談を! 人間であいつらに対抗できるのは、アディムさまかセデルさまぐらいですよ!」
「馬鹿者! 我らはそのお二人を守るために存在しているのだぞ、お二人より弱くてどうする!」
「でも、それだったら隊長……あの中に、入れますか?」
 そう言って修練所の一角を示したピピンに、オーギュもぐっと言葉に詰まった。ピピンの示した先では、言葉どおり、魔物たちとセデルが訓練を行っている。
「せいっ!」
 セデルが目にも止まらぬ速さで天空の剣を振り下ろす。
「ふっ!」
 ピエールはその剣筋に自らの剣を絡ませるようにして、振り下ろした肩口へ剣をさかのぼらせた。
「く!」
 セデルはそれを顔をのけぞらせて紙一重で避け、不自由な体勢からさらに剣を回転させ脇からピエールに斬りつける。
「むっ!」
 ピエールはそれを大きく飛び上がることでかわした。思わず体勢を崩すセデルに、飛び降りざまぴたりと剣を突きつける。
「勝負あり、だよ!」
 スラりんの甲高い声に、セデルは剣を突きつけられたままはあ、と息をついた。
「負けちゃったぁ……どーしても勝率五割に届かないなー」
「いや、今のは運がよかっただけだ。下手をすれば降りてくるところを狙い打ちされて私の負けだった」
 ピエールも剣を引くと、ふう、と息をつきつつそう言ってくる。実際この二人の勝負はいつもほぼ互角だった。
 今のところは経験の差でピエールがわずかに勝率は上なものの、やがてその差は縮まり追いつかれるであろうことは、誰よりもピエール自身がよくわかっていた。
「ピピピ、ガガー、ギュイ、ビュイーン!」
「ロビンが、動き方そのものは間違ってないって。あとは何度も練習してさらに体の各所に指令を完璧に行き渡らせるようにするべきだって」
 ルビアがロビンの言葉を通訳する。ルビアは激しい訓練を行うセデルが心配で、訓練には参加しないもののすぐ側で見学をしていたのだ。
「うーん、そっか。つまり何度も訓練あるのみだってことだよね!」
「……ねえ、お兄ちゃん。ホントに武闘大会の優勝者と戦うの?」
 いかにも不安そうに問うルビアに、セデルは元気よく答えた。
「もっちろん! それに備えて今訓練してるんだから!」
「でも……怪我したりするかもしれないのよ?」
「怪我なんて旅の間に何度もしてたじゃないか。それに……」
「セデル――――っ!!」
 だだだだっ! と誰かが駆け寄る音がした――と思うが早いか、セデルは逞しい腕に抱き上げられていた。
 当然、その腕の主はアディムである。
「お、お父さん?」
「セデル……武闘大会の優勝者と戦えって言われたって本当かい?」
「う、うん、本当だけど……」
 アディムはセデルを抱き上げたまま、瞳をのぞきこむようにして視線を合わせた。じっと静かな、だが強い熱意を感じさせる瞳でセデルを見つめる。
 半ば反射的に背筋を伸ばしたセデルに、アディムは問いかけるように言った。
「セデル。お前はどうしてそれを受け容れたんだい? 断ろうと思えば断れる話だというのは、わかっているだろう?」
「うーん……」
 セデルはちょっと考えるようにすると、ぱっと顔を上げてアディムに訴えた。
「あのね、お父さん。ボク強くなりたいんだ。お父さんや、お母さんや、ルビアを守れるぐらい」
「今でもセデルは充分強いと思うよ?」
「ううん、まだお父さんより全然弱いもん。……それでね、一生懸命訓練してるんだけど、訓練してると、時々すごく自分の力を試したくなるんだ。自分の力は他の人と比べてどのくらい強いのかって」
「…………」
 アディムは黙ってセデルの話を聞いた。そういう感覚は、アディムにも戦いに対する忌避感を打ち破るほどではないにしろ存在している。
 聞いていたオーギュたち兵士の多くはそれじゃあセデルと比べてはるかに弱い自分たちはどうすりゃいいんだと思ったが、口には出さなかった。
「だから、これっていい機会だと思ったんだ。ボクの力はどのくらいのレベルにあるのか。本当ならボクもみんなと一緒に武闘大会に出場したいくらい……」
「……セデル?」
 急に黙りこんでしまったセデルにアディムが声をかけると、セデルは慌てて顔を上げて言った。
「だから、ボクこの話嫌じゃないんだ。嬉しい。自分の力を試せるって、嬉しいもん」
「………そうか………」
 アディムは深い深いため息を飲みこむと、セデルと視線を合わせて微笑んだ。
「セデルが本当にちゃんと考えて、それを嬉しいと思えるならお父さんが口を出す問題じゃないな。頑張るんだよ、セデル」
「うん! ボク、絶対勝つよ!」
 元気に笑うセデル――それを見ていたアディムは、ふいにくしゃっと顔を歪めると、セデルを思いきり抱きしめた。
「わ!?」
「セデル―――っ! ああそれでもこういう時は見ているしかないとわかってはいるけれど、お父さんはめちゃくちゃ心配だよぉっ! セデルの心と体が傷ついたり痛めつけられたりするんじゃないかと思うと対戦相手を人知れず抹殺したくなるっ……!」
「陛下……不穏当な発言はお控えください……」

 王の許可を得て、『グランバニア王室杯武闘大会』は正式に開催が決定し、各部署から人員が放出され開催に向けて動き出した。
 国内外に使者を送り、放送珠や記憶珠も駆使した大々的な宣伝を行い、闘技場の補修改装を行う。そのために人を集め、仕事と衣食住を与え、並行して訓練を施す。
 優秀な指揮者と技術者の下、それらは滞りなく行われ、ラインハット、テルパドール、都市国家群、北西の古大陸群にすら武闘大会の件は知れ渡るようになった。まさに世界が注目する大会となったわけである。
 またたくまに時は過ぎ、アディムが武闘大会の開催を許可してから半年後――第一回グランバニア王室杯武闘大会は開催された。

 パパン、パーン!
 昼用の花火が何発も打ち上げられ、派手な音を立てる。単なる景気づけとはいえ、やはりそれらは祭の雰囲気をかもし出す一因になった。
 立ち並ぶ出店が客引きの声を上げ、この半年で大きく広がった城砦外の城下町のあちこちで報道屋が武闘大会の詳しい内容を大声で解説する。それらをにわかに人口を数倍にしたグランバニア城下町住民が流民旅人住人の区別なく聞き入った。
 いよいよ武闘大会の開催日――いやがおうでも気分は盛り上がる。それこそ立錐の余地もないほどの街を出歩く人の群れも、街を歩く人々の中に戦士風の人間が多く見られることも、いよいよだという印象を強めた。
 期間は一応五日をめどにしているが、ある程度の延長短縮はありえると明言されていた。予選を通過する者が何人いるかによって試合数は変わる。
 予選は基本的に報道屋以外は立ち入り禁止、ということになっていた。見た目に面白くないだろうと予想されたため、一般の人間が見て祭気分を盛り下げることを危惧したのである。
 とにかく、武闘大会開催日朝九時。グランバニア近衛隊修練所で、予選は始まった。

「これより、第一回グランバニア王室杯武闘大会、予選を開始する!」
 修練所に集まった、数百人もの戦士たちを前にオーギュは声を張り上げた。体つきも雰囲気も種々雑多、実にさまざまな顔をした戦士たちは、一応静かにその声を聞いている。
「選出する人数はとりあえず六十四人とし、六回戦のトーナメントを戦うことになるわけだが、予選を通過できる人数が少なかったり多かったりすればその分本戦に出場する人数も増減する。通過人数が奇数などでどうしても人数が足りない場合は、我らグランバニア近衛兵団より推薦という形で人を出すことを了解されたい。では、予選の方法を説明する」
 戦士たちがどよめいた。ぴょこん、ぴょこんとオーギュの横からスライムナイトが一体現れたからだ。
 当代のグランバニア王が魔物を使うことは広く知られているが、実際に目にするのはまた違った衝撃があった。
「このピエール殿に五人単位でかかっていって、三十秒の間に一撃でも入れられた者が予選通過となる。その三十秒の間、ピエール殿はこの(と脇の円を指差して)円の中から動かない。ピエール殿を円の外に出した者も同じく予選通過となる」
 またもどよめく戦士たち。その多くはあまりに簡単に思える予選をいぶかしんでの声だった。
 スライムナイトはけして弱い魔物ではないが、職業戦士が何人もかかって倒せないほど強い魔物ではない。しかも三十秒の間に一撃入れればよいだけならば、ある程度の腕の持ち主なら簡単にできる仕事のはずだ。
 甘く見られたものだな、とピエールは内心苦笑する。ただのスライムナイトを英雄の国、グランバニアが試験に使うと思っているのだろうか。
 だが口に出してはなにも言わず、ただ円に入って剣を抜いた。世界で最も固く鋭い武器メタルキングの剣、ピエールほどの使い手が振るえば岩をも切り裂く。むろん今この者たちを斬るために振るうつもりはないが、こちらを意図的に傷つけるつもりで剣を振るうものには容赦する必要はないとアディムから言われていた。
「一番から五番の選手、前へ!」
 むくつけき大男たちが前に出る。どの男もにやにやと笑みを浮かべ、この小さな魔物を切り裂いて自らの力をアピールしようという意図が見え見えだった。
 容赦する必要はなさそうだ、とピエールは鎧の中で笑みを浮かべる。
「はじめっ!」
「うおらぁっ……!?」
 威勢のいい掛け声はあっという間に消えた。ピエールが同時に襲いかかってきた男たちの剣を、あっという間に跳ね飛ばしたからだ。
 ついでに利き腕にも軽く傷をつけておいた。斬ろうと思えば斬れた、というアピールである。
 選手たちがわっと驚愕の声を上げた。ピエールの剣技は、明らかに通常の戦士の技とは桁が違っていたからだ。
 それも当然。ピエールはアディムの旅の初期から終盤までほぼずっと同行しているのだ。そのレベルは魔物たちの間でも一、二を争うほど高い。
 一番から五番の選手は呆然としているうちに持ち時間を使い切った。次の選手たちが呼ばれる。
 ピエールはそれからもその調子で次々に挑戦者たちの剣を跳ね飛ばしていった。全員失格にするわけにもいかないので、大会に選手として出るに堪える、と判断した選手はあえて一撃を受けたりもする。
「百二十一番から百二十五番の選手、前へ!」
 お、とピエールは目を見開いた。百二十三番にグランバニア兵士の代表の一人としてピピンが参加している。ピエールと目が合うと、にっと笑ってぺこりと頭を下げた。
 手加減をしてやるつもりなど毛頭ないが、彼がこの九ヶ月でどれほど成長したのかということにはいくぶん興味があった。
「はじめっ!」
 選手たちが雄叫びを上げて踊りかかってくる。だがその中にピピンの姿はない。
 選手たちの姿で見えないが、気配はある。どういうつもりだ、と眉を寄せつつも次々と選手の剣を跳ね飛ばしていくと、最後の一人の剣を跳ね飛ばした瞬間ひゅっとどこからか剣が突き出されてピエールの鎧に触れた。
 どこから!? とわずかに慌てて剣の元を目で辿ると、選手たちの間からにやりと笑いつつピピンが姿を現す。
 なるほど、全員の剣を跳ね飛ばしてわずかに生じた安心と油断。その隙をついて人と人の間から大体の見当で剣を突き出したわけか。人で視界をふさがれていたとはいえ迂闊だった、が――ここは人の群れの間から人を傷つけることなく狙い通りの場所を突いた、ピピンを褒めるべきだろう。ピエールは苦笑しつつ言った。
「百二十三番、合格」
「百二十三番、こちらへ!」
 その後も何度か休憩を挟みつつ予選は進む。さしものピエールにも五人もの腕を瞬時に判断し、誰を合格にし失格にするかを決めるのは集中力を要する仕事であった。
「三百四十六番から三百五十番、前へ!」
 ふう、と息をつきつつ剣を構える――そのとたん、一瞬体が硬直した。
 あれは――三百五十番だ。見たところなんの変哲もない中肉中背の男にしかすぎない、が――その気迫はなんだ。殺気、闘気、そういった類の気が、質量すら感じられるほどの大きさでもってこちらに吹きつけてくる。
 周囲を見る。この気を他の者は感じていないようだ。となると、意図的にこちらに気を集中させてきているわけか――相当な達人だ。
「はじめっ!」
 気合を入れ直し剣を握り締めた――と思うより早く。
 きぃん、とピエールの手から剣が飛んでいった。三百五十番が迅雷の速さでピエールの剣を跳ね上げたのだ。
 速さ、力、平衡を取る技量、どれをとっても絶妙。
 ピエールは思わず呆然と三百五十番を見た。こいつは、凄まじく――強い。
 他の選手もオーギュたちも思わず一瞬呆然としたが、残りの選手たちはすぐにはっとしてピエールに襲いかかってくる。
 やむなくピエールは剣抜きで三十秒円の中だけの動きで攻撃をかわしきり、言った。
「三百五十番、合格」
「さ……三百五十番、こちらへ」
 オーギュの声もやや自失しているように感じられる。
 剣を拾ってきてまた予選を始めながら、ピエールは思った。
 おそらく優勝するのはあの三百五十番だろう。他の者たちとはあきらかにレベルが違いすぎる。
 邪気こそ感じられなかったものの、あの異常なまでの闘気は放置しておけば危険をもたらすのではないかと思えるほどだ。武闘大会を開催する側としては願ったりだろうが、あのままにしておいてよいのだろうか。
 そんなことを思いつつもあっという間に予選は進み、最後の一人になった。これまでの合格者は六十二人、もし彼が不合格ならグランバニア軍から二人推薦されることになる。
「五百十一番、前へ!」
「はいっ!」
 割れ鐘のような声に似合わぬ、元気で朗らかな返事。ピエールはやや興味を持って、五百十一番を観察した。
 背が低い。子供ではないかと思えるほどだ。その上体中に布を巻きつけ、露出しているのは目の部分だけ、それ以外は顔も髪も肌さえまともに見えない。
 はっきり言って非常に怪しい。だが気は清冽なまでに清浄だ。こちらまでエネルギーを分けてもらえるような健やかな気。なんだかどこかでよく知っているような……
 ピエールははっとした。
「はじめっ!」
「あなたは、まさか……!」
「えーいっ!」
 声をかけようとしたのが命取り。
 真正面から強烈な打ち込みを顔面に受けて、ピエールは見事に気絶してひっくりかえった。

 立見席まで大入り満員の闘技場。話し声やらなにやらでひどくざわめいていたその場所が、アディローム王が貴賓席に立ったとたんさーっと波が引くように静まり返った。
 ここにいるのは多くがグランバニア住民、みな彼の顔を知っている。人差し指ほどに小さい姿でも、彼の姿といるだけで空気が清められていくような独特の雰囲気はよくわかった。
 グランバニア住民でない者たちは、放送珠によって空中に大きく映し出されたふるいつきたくなるような美男子の顔に圧倒されて声が出せない。
「開会宣言」
 静かで低い、だがよく通って聞いていて気持ちがいいとすら感じられる声が闘技場中に響く。
「これより、第一回グランバニア王室杯武闘大会を開催する。グランバニア王アディローム一世」
 そう落ち着いた声で言って、にこりと笑う。
 わっ、と闘技場中が沸いた。その涼やかでかつ温かみのある笑顔に魅了され陶然となる女性客もけっこうな数がいた。
 アディローム一世、即ちアディムは挨拶を終えると席に戻り、こっそりため息をつく。
「アディム、こんな時にため息ついてたらみんなに不審がられるわよ」
 ビアンカが笑みを含んだ声で言うと、アディムはまたふうとため息をつきつつ答える。
「いいだろう、ここには僕たち以外誰もいないんだから――とうとう武闘大会が始まってしまうんだ、少しぐらい憂鬱になっても仕方ないじゃないか」
「なんでそんなに嫌がるの? だって試合じゃない。殺し合いってわけじゃないんだから」
「実質殺し合いじゃないか。一対一という以外はルール無用、完全KOかギブアップ以外の決着は認めない、死んでもお咎めなしなんだよ?」
「ギブアップできるんでしょ? それに死んでも生き返れるじゃない、棺も教会も準備してあるんだから」
「そうだけどね……」
 はあ、と再びため息をつくアディムに肩をすくめ、ビアンカは脇の椅子に座っているルビアに話しかけた。
「ルビア、セデルが見当たらないけど、どこに行ったか知らない?」
「え……」
「そうなんだよ、セデルが朝から見当たらないんだよ! だから僕のこの憂鬱気分は収まらないんだ!」
 びくりと震えたルビアとの間に割り込むようにして叫ぶアディムに、やれやれと首を振りつつビアンカは言う。
「あのね、あなたそんなにあたしたちだけじゃご不満なわけ?」
「そうじゃなくて。なんだか嫌な予感がするんだ。なにかセデルに危険が迫っているような……ルビア、お前はなにか感じないかい?」
「わ、わたしは、あの……」
「あ、始まるわよ! 確か第一試合がピピンなのよね?」

「第一試合、ピピン選手対……謎の仮面戦士X選手!」
 ふざけた名前の選手の登場に、闘技場はどよめいた。名前のみならず格好もふざけている。体中を布でぐるぐる巻きにして、見えてるのは布の隙間の瞳ぐらい、それもしかとは見極められない。
 背も子供なんじゃないかと思うくらい低いし、盾にも布を巻きつけている。あからさまに怪しい、と観客席はざわめいた。
 ピピンもやれやれこいつ大丈夫か? と思いつつもにやりとしていた。こういうキワモノじみたヤツはたいてい実力はたいしたことない。軽〜くやっつけてボクが『キャー、ピピンさんステキー!』とかわいい女の子たちに言われるための礎となってもらおう。
 すらりと旅の際にアディムからもらった最強最硬の剣、メタルキングの剣を抜く。相手も剣を抜いたが、背に余るほど大きなその剣はやはり革布で巻かれていた。
 やっぱり色物だ。勝利を確信したピピンに、闘技場全体に、声がかかる。
「はじめっ!」
 ヒュッ!
「……!? くっ!」
 ピピンは飛んできた斬撃を辛うじて盾で受け止めた。
 速い。とんでもなく。
 のみならずこんなに小さい体なのに一撃一撃が重い。人間とは思えないほどの力がこもっている。盾ごと打ち飛ばされそうになって、ピピンは唇を噛み締めた。
 袈裟切り、足払い、振り上げ、突き。目にも止まらぬ速さでの一撃一撃に必殺の気合がこもった連撃に、ピピンは防戦一方に回るしかない。
『このままじゃジリ貧だ、なんでもいいからこっちも攻撃しないと!』
 必死に相手の攻撃を止めながらそう考えて、ピピンは相手の頭上から振り下ろし攻撃を行った。体の大きい分こういう攻撃はこっちが有利だ、相手の攻撃に合わせていたら速すぎてとてもタイミングが取れない。
 だが、相手はそんな攻撃が通用するほどちょろい相手ではなかった。必死の攻撃は全て剣で軽く受け流され、しかも受け流す動きを利用して体勢を崩してはびしばしと攻撃を当ててくる。革に包まれて斬られることはないとはいえ、そのとんでもない力では鎧の上からでもダメージを負わずにはすまない。
 まったく隙がない。それでも攻撃の一瞬の間をぬって無理やり得意の振り下ろし、突き、払いのコンビネーションを放つ。これはピピンの必殺技とも言える連続攻撃で、最初の一撃で相手の動きを止め、そこから最小限の動きで多大なダメージを与える突きを放ち、払いでとどめ――ともっていく相当に自信のあるパターンだった。
 が、相手である謎の仮面戦士Xは初見のはずのそのコンビネーションをあっさり見抜いた。まるで何度も見たことがあるかのように振り下ろしを剣から一寸も離れていないほどのぎりぎりの見切りで避け、その後ろに下がる動きを反動にして突きを放つ前にぱあんと飛び上がった。手に握った剣を思い切り振りかぶり、体全体を使ってこちらの脳天に振り下ろしてくる――
 ピピンは絶句した。このパターンは――!
「あなたは、まさ――」
「ごめんねっ!」
 小さく言って、謎の仮面戦士Xは見事な一撃をピピンに食らわせた。
 脳天に会心の一撃を食らったピピンは、当然、見事に気絶してしまったのだった。

「………………!」
「アディム……どうしたの?」
 わっと歓声を上げる観客席とは対照的に明らかに色を失っているアディムに、ビアンカが不審そうに訊ねる。
 アディムは喘ぎながら答えた。
「セデルだ」
「は?」
「あの謎の仮面戦士Xは、セデルだ」
「えぇ!?」
 ビアンカは慌てて勝利の判定を受けて退場していく謎の仮面戦士Xを凝視する。
「……確かに背は同じくらいだけど……盾とか剣とかもそういえば天空の武具っぽいけど……でも声が違うじゃない! 出した気合の声はセデルの声というより、むくつけき男の声だったわよ!」
「それはそうだけど、あれはセデルだ。なんであんなところに……! なんで武闘大会に出現してるんだ……!」
「なんでわかるのよ。声が違うのに」
「わかるよ! わずか三年のキャリアしかないけど、僕はあの子の親だ。歩き方動き方剣の振るい方、そういうものをずっと見てきてるんだ。どんな格好をしていようと、あの子と他の人間を間違えるわけがない……!」
「……あーはいはい、そーね……」
 ビアンカはやや脱力しつつ答えた。アディムのこのどこから来るともしれぬ圧倒的な親としてのエネルギーには、ビアンカは正直勝つ自信がない――というか勝つ気になれない。
「でもなんであんな声に……もしかして薬を使ったのか? ああ、セデルのあの可愛らしい声が再び聞けなくなったらどうすればいいんだ……!」
「どーとでもすれば……?」
「……大丈夫だと、思うの。あれは妖精の薬を使ってるから」
 小声で言ったルビアに、アディム(とビアンカ)は思わず目をむいた。
 だが、ルビアを万一にも怯えさせないようにと、瞬時に表情を落ち着けて話しかける。
「どういうことだい? 話してくれるかな、ルビア?」
 ルビアは今にも泣きそうな顔で、ぽそぽそと言う。
「……一週間前お兄ちゃんに声を変える方法がなにかないかって聞かれたの。それでわたし、さえずりの蜜っていう妖精の薬を使えば声がきれいになるから、妖精さんなら方法を知っているかもって言ったの。そうしたら、ルーラで妖精の村まで連れて行ってくれって言われて……どうしてって聞いたら、武闘大会にこっそり出場したいんだ、って。わたし驚いて、そんなのだめよって言ったんだけど、セデルがどうしてもお願いってきかなくて、それでわたし……」
「わかった。もう無理して言わなくてもいいよ」
 アディムは泣き出す寸前のルビアを優しく抱きしめて、ぽんぽんと背中を叩いた。
「悪いお兄ちゃんだな。妹を泣かしそうになるなんて。帰ってきたらお仕置きしなくちゃね」
 おどけたように言うと、ルビアの表情がほっとしたような笑顔に変わる。
「セデルに始まるまで黙っててって頼まれたんだね?」
「うん……」
「……しょうがないな。セデルは……」
 諦めた風のアディムに、ビアンカは意外に思って言った。
「止めないの?」
「僕たちに黙ってまで武闘大会に出場したっていうことは、本当になんとしても武闘大会に出たかったんだろう。それを止めることは、僕にはできないよ」
「あなたってほんっとに子供たちには甘いわよね」
「武闘大会が終わったらきちんと叱るよ……確かに甘いかもしれないけど」
 はああああ、と深い深いため息をつき、セデルの退場していった先を眺めて呟く。
「でも、心配だなぁ……本当に心配だよ……セデルうっかりして怪我とかするんじゃないだろうか。痛い思いをしないだろうか。人を倒すことで心を痛めたりしないだろうか……そういう機会が一気に六倍になったんだもんな……」
「心配性ねぇ。大丈夫よ見たところセデルの相手になるようなのはいないみたいだし。セデルの優勝で決まりでしょ? 第一旅の途中ではあなただってどんどんセデルを前に出してたじゃない」
「旅の途中は自分の力で守ってあげられるじゃないか! それに……それにそれに、心配性だと心配のしすぎだとわかっていても、心配してしまうのが親ってものだろうっ!?」
「……はいはい」

 その後もほぼ滞りなく試合は進み、アディムたちもグランバニア王室の一員として試合を観戦した。みな予選を通過したのだから相当な腕の持ち主なのだろうということはわかっているが、やはりどうしてもアディムたちと比べれば大きくレベルが落ちる。
 戦いを見物するという嫌悪感だけでなく、いささか退屈してアディムはビアンカたちとお喋りしていたが――ふいに口を閉じた。
「どうしたの、お父さん?」
「……あの選手……ヴァスコ選手っていったよね?」
「うん、そうだけど……?」
「あいつ……なにかおかしくないかい?」
「え……そう言われてみれば、なんとなく……」
「なにが? 私にはちょっと美形の、普通の選手に見えるけど……」
 確かに一見したところ普通の中肉中背の選手に見える。それもかなりの美男子の。
 だが、アディムの目にはどこか違和感があるように映った。なにかがわずかに、歪んでいる。
 のみならずこの男はとんでもない手練だ、とアディムは見抜いていた。あんな静かで、かつ旺盛な闘気を持てる者はそうはいない。
「はじめ!」
 声がかかる。同時にヴァスコの相手が剣を振り上げて間合いを詰め、勢いよく振り下ろす――そのとたん、ヴァスコの相手は横に吹っ飛んでいた。
 観客席がいっせいにどよめく――相手の選手は、壁まで吹っ飛んだきり動こうとしない。
 十秒を待って勝負あり、の声がかかり、慌てて救護班が飛び出す――それを見もせず、ヴァスコ選手は悠々と元来た選手入場口へと向かった。
 観客席の人々はその態度にもなにがしかの感銘を受けたらしく、あちこちで大声で騒ぎ出す。
 だがアディムたちは、静まり返ってヴァスコ選手を見つめていた。ビアンカがおそるおそる、といったように口にする。
「今の……見た?」
「うん……」
「ああ……頭にいきなり三発もの連撃。それもピエール並み、いやそれ以上の力で」
 つまり普通のギガンテスやグレイトドラゴンよりはるかに強い力で、ということだ。
「……とんでもない奴がいたもんだな」
「何者……かしら?」
「わからない――けど」
 アディムはぐっと指を噛んでから、ぼそりと言った。
「そう簡単にセデルが優勝とはいかなくなったことは、確かみたいだな……」

戻る   次へ
DRAGON QUEST X topへ