『お父さんはどうしてお母さんと結婚したの?』
 山並みに巨大な魔物、ブオーンを倒し、ルドマンの家でフローラたちに歓待を受け、一晩経って出立したあと。
 セデルとルビアがなにやらちらちらこちらを見ながらこそこそ話しているのを見て、アディムはくすりと笑うと、ふいにすっと二人の間に顔を突き出した。
「なにを話してるんだい?」
「わっ!」
「きゃ……!」
 首をすくめる二人に、優しく笑う。
「お父さんのことでなにか話してただろう?」
「え、なんでわかるの!?」
 驚いた顔をする二人の額をちょんとつつく。
「お父さんを見くびっちゃいけないな。お父さんはお前たちのことならたいていわかっちゃうんだぞ」
「すごーい……」
「お父さんにも教えてくれないか? なにを話してるんだい?」
 その言葉に双子は顔を見合わせて、すがるような問いかけるような複雑な目で父親の顔を見上げた。
「あのね……」
「お父さん、どうしてお母さんと結婚したの?」
「…………」
 アディムは一瞬戸惑ったが、すぐににこりと笑った。
「フローラさんから聞いたのかい?」
「ううん……ルドマンさんから」
「お父さんはもしかしたらフローラさんと結婚するかもしれなかったんだよ、って……」
「そうか」
 アディムはしゃがみこみ、視線を合わせて子供たちに問う。
「僕がどうしてお母さんと結婚したか、聞きたいかい?」
「うん! 絶対聞きたい!」
「わたしも聞きたい……どうして私たちが産まれたのか」
 真剣な顔の双子に笑いかけ、アディムは魔物たちに言った。
「悪いけど、先に馬車に乗っていてくれないか。この子たちに少し話があるから」
「ガルルゥ」
「承知した」
 去っていく魔物たちの背中を見送ってから、アディムは子供たちに再び笑いかける。
「落ちついたところで話そうか。どこか行きたいところはないかい?」

 二人がお父さんとお母さんが結婚したところがいい、と言ったのでアディムは教会へと向かった。サラボナの教会は大聖堂の名を冠されるほどの大きさで、その見事な建築技術を見るために各地から観光客が訪れるほど有名だ。
 だが、今日は珍しく人が少ない。アディムは物珍しそうにきょろきょろしている二人を、真ん中当たりの席に連れていった。
「ここでお父さんとお母さんは式を挙げたんだよ。教会中に僕たちの友達とか、町の人たちが集まってね、その中を僕たちは神父さんの前まで歩いたんだ」
「へえぇ……」
 興味深げにうなずく二人を両脇に座らせて、アディムは交互に二人の顔を見る。
「それで、どうして僕がお母さんを選んだか、だったね?」
「あ、うん!」
「お父さんは天空の盾を手に入れるためにお母さんと水のリングを持ってきて、ルドマンさんにフローラさんとお母さんどっちかを選べって言われたのよね?」
「お母さんを選んだってことは、お母さんってフローラさんより美人で優しかったの?」
 興味津々な双子に、アディムは笑った。
「いや、どっちが美人かって言ったらフローラさんの方が美人だったよ。どっちが優しいかっていうことでも、初対面の人ならたいていはフローラさんの方が優しいって言うだろうな」
「え……」
 不安そうな顔をする二人の頭を、ぽんと叩く。
「でも、お母さんの方が僕の好みだ。ちゃんとつきあった人なら、お母さんもすごく優しいって言うと思うしね」
 ほっとした顔をする二人の頭を優しく撫でて、アディムは大聖堂の神父のいる祭壇の方を見る。
「……最初、フローラさんと結婚した人間に天空の盾が渡されるって聞いた時、困ったことになったな、って思ったんだ。ヘンリーとマリアさんが結婚したことは会って知っていたし、二人ともすごく幸せそうだったけど、僕自身は結婚する気なんて全然なかったから。父さんの志を受け継いで母さんを探している最中の僕には、家族っていう責任を新しく負うなんて考えられなかった」
 双子は大人しく聞いている。アディムはサラボナを初めて訪れた時の困惑を思い出し、追憶に耽った。あの時のなんとも言えぬ感情を思い出す。それはどこか恐怖に似ていた。その頃は新たに責任を負うことに対する恐怖だと思っていたが、今ならわかる。
 自分は、十年以上奪われていた、家族というものを再び得られるかもしれないという自分の未来に、すくんでいたのだと。
「でもルドマンさんは僕の話なんか少しも聞いてくれなかったし。しょうがないから、とりあえずリングを手に入れてから話をしようと思って炎のリングを手に入れて、水のリングへと向かい――その途中で、ビアンカに出会った」
 あの時の目も眩むような幸福感を、確かに覚えている。
「僕とビアンカは幼馴染みだった。一緒にいたのは一ヶ月にも満たない短い時間だったけど、一緒に暮らして、一緒に遊んで、一緒に冒険して。僕は父さんと旅をしてたから、友達ができてもすぐ別れるのが当たり前で、でもビアンカとは夜眠ってもまた会うことができて、それがすごく楽しくて嬉しくて――」
 別れる時はまた離れ離れになっちゃうのかってわんわん泣いた。物心ついてからあんなに泣いたのは初めてだってくらいに。
「別れ際に、ビアンカも泣きながら、こう言ってくれた。また会おうね、絶対一緒に、また冒険しようねって」
 目を閉じて思い出す。その約束。それでようやく自分は笑って、さよなら、また会おうねと言うことができたのだ。
「僕にとってその約束は一つの希望だった。――十年。あのたまらなく長い十年という時間の中で、毎日絶望と不安と戦っている生活の中で。僕が死なないで生きてこれた理由の一つには、ビアンカとの約束があったんだ」
 くじけそうになる度に、死んでしまいたいと思ってしまう度に、思い出して自分を励ました。
「父さんは死んで、もういない。母さんだって魔界に連れていかれたんだ、いつまで生きていられるか。そう思うと、ここから逃げ出してもなんの意味もないんじゃないか、僕はここでこのまま死んだ方が楽なんじゃないか、そう思ったことが何度もあった。でも」
 大聖堂の高い高い天井を見上げて、独り言のような言葉を続ける。
「その度にビアンカとの約束を思い出した。少なくとも、一人。この広い世界に少なくとも一人は、自分のことを待ってくれている女の子がいるんだ。ビアンカは絶対また会おうねって言った。ビアンカは一度言ったら絶対聞かない子だ。だから今も、きっと僕のことを待ってる――そう思って、僕は絶対ここから脱出するぞ、って自分に、ヘンリーに言い聞かせたんだ……」
 天井を見上げながらまた目を閉じて、思い出す。
「……また会えて、泣きそうになるくらい嬉しかった。水のリングを手に入れる冒険を一緒にできて、すごく楽しかった。また別れることを思うとすごく寂しかった――それで、ルドマンさんにビアンカとフローラさんどっちかを選べって言われて、気がついたんだ。僕は家族がほしいんだってことに。もう失ってしまって、二度と手に入らないんだって決めこんで、もうその方が楽なくらいの気持ちになっていたけれど、本当はこの十年間ずっとずっと、もう一度家族がほしくて、ビアンカにもそれを求めてたんだって――」
 いったん言葉を切って、もう一度祭壇を見つめた。自分とビアンカが夫婦になった場所を。
「どっちが得かって言ったらフローラさんだったと思う。美人だし、優しいし、黙っていても天空の盾が手に入るだろうし、実家はお金持ちだし。でも、僕は、この十年間僕の支えになってくれたビアンカがよかったんだ。ビアンカと一緒にいて、一緒に暮らして一緒に笑って、一緒に生きていきたいと思ったんだ……」
 目を閉じて、しばしビアンカを思い出し――その時ようやく、はっとした。
「ご、ごめんね、長いこと一人で喋ってしまって」
「なんで? いいじゃない! お父さんがお母さんのことすごく好きなんだなってわかって、ボク、嬉しかった!」
「わたしも! お父さんはお母さんが世界で一番好きなのね。わたし、嬉しい!」
 アディムは本当にすごく嬉しそうな双子に一瞬呆気に取られたが、二人に見上げられてにこりとした。
「世界で一番じゃないかもしれないよ?」
「え……」
 不安そうになる双子に、笑いかける。
「お前たちの次だから。いや、やっぱり同着一位かな」
 双子はとたんに嬉しそうな笑みを満面に浮かべて、アディムに抱きつく。
「どうちゃく一位がいいよ!」
「わたしたちもお父さんたちが同着一位だもの!」
「そうだね……それじゃあ、そろそろ行こうか。ソロたちを待たせちゃったから、なにかお土産を勝っていってやらないとね」
「うん!」
「せっかくだから、なにかお前たちにも買ってあげようか。サラボナは果物が美味しいんだよ」
 立ち上がって笑いかけるアディムの両脇に、セデルとルビアは嬉しげに笑って抱きついた。
 そしてこっそり目を見交わして合図しあう。お父さんが一瞬でもボクたちのこと忘れるの初めて見た、お母さんのこと本当に(同着で)世界一大好きなのね、と。

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