わがままはあるがままに
「はよっ、在」
 ぽん、と背中を叩かれて、俺は振り向いて笑顔を見せた。そこには予想通り、俺の親友にして相棒(ああ……何度反芻してもたまらん響きだ……)、花村陽介が立って、こちらに笑顔を向けている。
「おはよう、陽介。今日も寒いな」
「だよなぁ、こっちって位置的には東京より南なのにさ、空気は死ぬほど冷てーわ雪はどかどか降るわ積もるわで最初はマジビビったぜ俺!」
「でもこういう風にどかっと雪が降ってる光景って、やっぱりちょっと感動しちゃったけどな、俺。まぁ雪かきとか雪下ろしとか大変だし、そんなのは甘やかされた都会人の感傷なんだろうけどさ」
「まぁなぁ……ま、お前の場合はどっちにしろ真面目ーに対応してそうだよな。こっちでは雪対策とかしっかりやって、東京ではそれなりの寒さ&暖房対策してそうな」
「買い被りだって。俺、基本けっこう面倒くさがりだぞ。そりゃ、雪かき雪下ろしはちゃんとやったけどさ、遼太郎さんに教わって」
「あー、堂島さん、やっぱまだ体の調子万全じゃなかったりする?」
「うん、本人は平気だって主張するんだけど、やっぱり時々痛そうにしてる感じで……」
「うわ〜……まぁ実際、刑事さんだし、体力しっかりあるって自負がなきゃやってられないとこはあんのかもな……」
「俺としては体を労わってほしいんだけどな。菜々子ちゃんのためにも、長生きしてもらいたいし」
「お、さっすがいいお兄ちゃん&甥っ子してんな!」
 連れ立って歩きながら、そんな風に言葉を交わす。笑みを浮かべ、ときおりじゃれ合うようにスキンシップしたりしながら。このこのと肘でつついたり、手で押したり、内緒話をするように肩を抱いたり……
 ………っぁぁあ! なんという……なんという幸せタイムなんだろうっ!
 俺は陽介とお喋りしながら、心の中でこっそり感涙してしまった。こんな、こんな風に同級生と仲よし〜に楽しげ〜にお喋りしたりじゃれ合ったりとか、しかもその相手が深く絆を結んでいると断言できる親友にして相棒とか……八十稲羽に来るまで同級生とはまともに喋ることすらほとんどなかった自分が、なんという、なんという大出世!
 いや、そりゃこっちに来てからはそんな珍しいことでもないんだけど、それでもやっぱりそのたびごとに俺は喜びに浸りまくってしまう。もう嬉しいなんてもんじゃないもんマジ。まともな友達を作るってことすらほとんどできなかった俺がこんな風に……しかも、相手がカッコよくて気が利いて親切なイケメン、というのがまたさらに。
 なんていうか、ゲイとして非常に嬉しく心がときめくんだよなぁ〜……いや、もちろん陽介とは今のところ親友で相棒っていう以上の関係は全然ないんだけど、それでもこんないい男といちゃいちゃできるってなんていうかホント、夢みたいな感じがする。それも関係を強要したわけでも金払って関係結んでもらってるわけでもなくて、お互い心の底から信頼し合って、深く絆を結べているんだ、と確信できるのがもうもう、こんなことあっていいのかって感じだよ!
 ああ……ペルソナに目覚めて本当によかった……と心の中で毎度おなじみの感涙にむせびつつ、昇降口に入る。同じクラスなので、当然下駄箱も近い。楽しくお喋りをしながら、靴を脱いで下駄箱を開け上履きを取出し――
 という動きの途中で、陽介は唐突に固まった。
「? 陽介?」
「あ………や………」
 陽介は思いっきり表情と体を硬直させつつ、まじまじと下駄箱の中をのぞきこんだ。それからそろそろと俺の方を見て、ばっと素早く目を逸らす。そしてまた下駄箱の中をのぞきこみ、表情と体を固まらせる。
 ……もしや。これは、まさか。
 俺は素早く自分の上履きを履き、陽介に向き直った。これは……このパターンは、普通に考えて、下駄箱の中にラブレターの類が入っていたか、とんでもなくえげつない嫌がらせ系のアレが放り込まれていたか、どっちかしかないっ!
 でも下駄箱の中をのぞきこむ陽介の顔に、確かな嬉し恥ずかしオーラが感じ取れたから、たぶんラブレター系のやつだと思う。となれば、親友で相棒である俺がここで返すべき反応は………
 ………思いつかねぇぇえぇぇ!!!
 いや、思いつくことは思いつくんだよ! 冷やかしたり、軽い感じで「お、ラブレターか? いいな」って流したり、適度な好奇心を見せつついつでも相談に乗るよ的な顔をして笑ってみせるとかそんくらいのことは!
 でも……でも! したくないんだよぉ、そんなことはあぁぁぁ!!!
 いや、わかってる、陽介の幸せのためにはちゃんと可愛い女の子とくっついて幸せにつきあって結婚して子供を作ってっていう人生を送るのがベストだってちゃんとわかってる! けど……けど! ゲイとして、陽介が好きで好きで仕方ないゲイとして、女に取られるのはっ……ムカつくんだよおぉぉっ!!!
 陽介とつきあいたいってわけじゃないけど(いやつきあえたらなーとか夢想することはかなりあるけど)! 陽介に手を出す気はさらさらないけど! けど、でも! 女の子に取られるって……陽介の性的フロンティアが女に開拓されちゃうって……もー、すんげームカつくんだよ! 悔しいんだよ! そんなに女がいいのかよぉっ! とか言いたくなっちゃうんだよ! フツーの男子高校生は女がそんなにいいんだろうなー、ってのはわかってるんだけどっ!
 男相手なら、まだ……ああ俺だけの陽介じゃなくなっちゃうんだな、的な思いを抱きつつも我慢できたと思うんだけど……まぁ普通に考えてそんなことはありえないとは思うけど……女はっ! 俺が性的関心を一mgも(性的じゃない関心なら普通に持ってるんだけど……)持っていない相手に俺の大好きな大親友の相棒が籠絡されるって……! 嘘だろぉぉおっ!? って叫びたくなっちゃうっ……!
 でも当然ながらそんな気持ちは表面に出せっこないので、俺は頭の中を思いっきりぐるぐるごちゃごちゃさせながら、陽介に近づき、「……陽介?」と心配そうな顔とか作って言ってみたりする……んだけどっ!
「あ、ああ。教室、行かねぇとな」
 そう言って慌てて下駄箱の中に手を突っ込み、こちらから下駄箱を隠すようにして素早く中のものを取り出す――ああもうなんで隠すんだよせめて見せてくれよ相談してくれよそうしたらせめて女と破局できるように脳味噌フル回転で応えるのに――じゃない! そういう考え方は駄目だ! 俺は陽介と親友で、相棒なんだから、絆を結んだ相手なんだから、そういう顔向けできないようなことしちゃ駄目だ!
 ああでもやっぱり気になる、邪魔したい、いや駄目だ駄目だ、でもでも。こっそり悶絶する俺をよそに、陽介はうまく俺の視線をブロックしながらさりげなく中に入っていたものをポケットにしまいこもうとする――や。
「あーっ! 花村先輩、なにそれ、ラブレター!?」
 高くてキンキンした、いかにも女の子〜という感じの声に、俺たちは揃って固まる。声の主は昇降口をすいすいとモデル歩きで歩き、ひょいと陽介がしまいかけた手紙(そう、手紙だったんだ)をまじまじと見つめ、きゃんきゃらした声で喋りだした。
「もー、花村先輩ってば、いっがーい! こーんな顔して実はこっそりモテたりしてるんだー! そーんなとこ全然見せなかったのに、びっくりー!」
「………りせちゃん」
 俺が小さく名前を呼ぶと、仲間の一人であり元準トップアイドルであり仲間内でもっともかしましい女子である久慈川りせは、「なに〜、センパイ?」と笑顔を向けてくる。さりげなくフラグを折ったあとも変わらず向けられるその秋波の入り混じった視線に、俺は内心腰を引かせつつも困ったような笑顔を浮かべて言った。
「そういうことを大声で言うのは、やめてやってくれないか? そういうプライバシーは尊重しないと。親しき仲にも礼儀ありって……」
「えー、でもぉ。センパイは花村先輩のそーいう話、気にならない?」
 う、と俺は一瞬答えるのに躊躇した。だが素早く頭脳を回転させ、ここは否定しなくても大丈夫だろう、いやむしろしない方が! という結論に達し、やや困ったような、戸惑ったような、でも確かに気になるという表情をできるだけ真摯な形で作り、言う。
「それは……気になる、けど」
「でしょでしょ? なのに気にしないふりして流す方が不自然じゃなーい。仲間にラブレターが来たんだよー? ここはみんなして冷やかしたり話聞き出したりするのが筋だよー」
「そ、そういうものかな……?」
「いやっ、相棒、言っとくがそれはちげーぞっ! 友達なら、仲間ならここは大人になってスルーするのが親切ってもんで」
 りせちゃんの登場にほとんど硬直してしまっていた陽介が復活して慌てたように手を振りながらそう主張するが、りせちゃんはあくまで強気に、きっぱりと告げる。
「私たちまだコドモでしょ? 健全なコーコーセーだったらそーいう行動の方がフツーだよ! ていうか普通とかそういうのどうでもいいから、私は花村先輩の恋バナ聞き出したいの。センパイは?」
「………それは、聞きたい、とは思うけど………」
 保身と好奇心、嫉妬と執着に頭をぐるぐるさせながら、安全を確保しつつうまく情報を聞き出すためにと考えて、困ったような顔をしながらも気遣わしげな表情を作って戸惑いがちにそう言うと、りせは華やかに笑って手を打ち鳴らす。
「でしょでしょ! じゃ、今日の放課後、ジュネスに集合ね! 花村先輩はその手紙が呼び出しだったらそのあとでいいから、とりあえずちゃんと来ること! 決定ね!」
 言って「じゃ、放課後にね!」と笑って去っていくりせちゃんをぽかんとしながら見送る――というそぶりをしながら、俺は陽介の様子をうかがっていた。陽介はどう反応するか。怒るにしろ、照れるにしろ、反応をしっかり見ておかないとどう対応するかも決められない。
 が、陽介は怒りも照れもしなかった。なんというか、戸惑ったようなというか、困ったようなというかな顔で、ラブレターを鞄にしまってため息をつく。
「……とりあえず、教室行こうぜ。早くしねーと予鈴鳴っちまう」
「……ああ」
 俺は表情に困り、とりあえず困ったような顔でうなずいて、歩き出す陽介のあとについて教室へと向かった。とりあえず、陽介にとってあの手紙は無条件に嬉しい、というものではないっぽくて、それはすごく嬉しいんだけど……
 は、と小さく息をつく。陽介と一緒にいるのに、心に満ちる感情が喜びだけじゃない、というのは、なんだかすごくもったいないことをしてる気分になる。

「えぇ!? 花村にラブレター!? マジでぇ!?」
 ジュネスの屋上で、これまた仲間の一人、里中千枝ちゃんが目をひん剥いて叫ぶ。その気持ちについつい共感してしまいつつ(だって千枝ちゃんにはたぶん普通の男女の友達より一歩踏み込んだ仲の良さがあると思うんだ)、俺は小さくうなずいた。
「うん。手紙の確認は一人になった時にやってたから、内容を詳しくは知らないけど……内容確認してからも陽介はずいぶん浮き足立ってたから、ラブレターで間違いないと思う」
「うっはー……あの人なんだかんだで、そこそこモテてたんスねー」
 焼きそばをがつがつ食いつつ感心したような声を出す完二に、やっぱり仲間の一人で千枝ちゃんの親友、天城雪子ちゃんはこっくりとうなずく。
「花村くんって、こっちに転校してきてすぐの頃はすごくモテてたよ。でも、その頃は花村くんの方が荒れてて、あんまりそういう気分になれないみたいだったけど」
「へー……」
「ムムムム、許せんクマ。ヨースケのくせにクマを出し抜いて高校生なガールとイチャイチャチュッチュしようっていうクマかー!?」
「出し抜いて、って何様だよ、オメーは。出し抜かれるほど実績ねーだろ」
 完二に突っ込まれつつも、クマくん――やっぱり俺たちの仲間で、元シャドウだったクマの人間サイズぬいぐるみ(中身も生えた)はムキーと悔しがる。この一年、特にクマくんがこっちに出てきてからはずっと陽介と一緒に暮らしてきて、女の影がさっぱり感じられなかったっていうのに、いきなりラブレターなんてものが送られてきたことに驚き、うろたえてるんだろう。
「ですが……そういったことは、基本的にプライベートな問題では? あまり他の人間が首を突っ込むのはよくないと思うのですが……」
 そう良識的な発言をする高校生探偵白鐘直斗(実は男装女子高生)に、りせはきっぱり首を振る。
「なに言ってんの、もー。私たち花村先輩の仲間でしょ? 仲間がこういう時にイジらなかったら、誰がイジってくれるっていうワケ?」
「いえ、ですからあまりからかったりしない方がいいのではと……」
「そんなわけないじゃない! もー、直斗ってばわかってなーい。こーいう話は周りにイジってもらえた方が本人だって嬉しいこと多いんだから! 幸せなら自分の幸せ見せつけられるし、駄目なら駄目で誰かに話聞いてもらえないとやってられないってこと多いじゃない」
「そ、そういうものですか……?」
「うん、そういうもの!」
 その間違ってはいないかもしれないが微妙に賛成もしづらい発言を極力スルーしつつ、俺は陽介が来ないかちらちらと屋上入口の方に視線を向けていた。なんというか、実は本当に陽介が来てくれるか微妙に不安で……いや、陽介が約束を破るような奴じゃないっていうのはもちろんわかってるけど、これはりせちゃんが一方的にしてきた約束だし、守る必要ないっていえばないし……でも、やっぱり来てはほしいし。
 ただなんていうか、その……もしあのラブレターがお呼び出しで、そしてそのお呼び出しがうまくいって、陽介とその子がつきあうことになったとしたら、普通わざわざこっちに来ないよなー、と思えてしまうんだ。普通に考えて恋人は友達より優先するもんだし、それに……スケベ心にあふれるお年頃の男子高校生として言うけど、もし万一好みの子とつきあえることになったとしたら、その子と微塵もいちゃつかずにそのまま帰ってくるなんてもったいないこと、なにかとんでもない事情がなければ絶対しない。普通の男子高校生は。
 そして、陽介は頭がよくて、気が利いて、優しくて、おまけに面白くて顔もよくて、というスペックの高い奴ではあるけど、普通の男子高校生という領分に十分に入る奴でもある、と俺は思っている。
 だから俺は、もし来なかったらどうしよう=もし陽介が女とつきあうことになったらどうしよう、と不安と焦りと恐怖で胸をドキドキさせながら、できるだけさりげなく、周囲の空気に溶け込みつつ屋上入口をちらちらと確認してたんだけど――
「あ! はっなむらー! こっち、こっち!」
 千枝ちゃんが上げた叫びに思わずびくっとしてから、さりげなく、さりげなく! と自分に言い聞かせつつゆっくりと屋上入口の方を向く。そちらから、戸惑ったような、困ったような、つまり今日学校でずっと見てきたのと同じ迷いに満ちた顔で陽介がやってくるのを見て、思わずほっとした笑みを浮かべてしまった。つまり、陽介はまだ手紙の主とつきあうとも何とも決めてないんだな、とわかったから。
 陽介は俺たちのいつもの指定席までやってきて、「花村先輩はここ、ここ!」とお誕生日責を指差すりせに眉をひそめつつも自分の席に着く。
「つか、お前ら、全員集まったのかよ、こんなことで……ヒマな奴らだな、ったく」
「ヨースケー! ヨースケはクマを裏切ったクマか!? 彼女を作るのは一緒と誓ったあの日の涙は嘘だったクマか!?」
「んなこと誓ってねーしそもそも俺はお前の前で泣いたことなんざいっぺんもねーっつーの!」
「んなことどーでもいーじゃん! っつーか花村さぁ、どうなのよ結局?」
「……どうって?」
「その手紙の子と、つきあうことになったわけ!?」
「……いや、そーいうことにはなってねーけど……」
「けど!?」
「いや、っつーかさ、もともと手紙には……その、つきあいたいとかは書かれてたけど、いつまでに返事くれとかそーいうことは書かれてねーんだよ」
『そうなの!?』
 思わずユニゾンしてしまった俺たちに、陽介は眉を寄せながらもうなずく。そこにりせちゃんがかしましさ全開で喋りかける。
「じゃあー、その手紙くれた子ってどんな子なわけ? 花村先輩、知ってる子?」
「いや、全然。っつーか、顔もまだ知らねーし。名前とクラスは書いてあったけど……」
「先輩? 後輩? 同級生?」
「や、後輩……っつかな! 言おう言おうとは思ってたけど、こーいうことはプライベートなんだから、いちいち首突っ込んでくんなっつの! こっちが話す気ねーのに無理やり話させるとかどー考えたってまずいだろ!」
 しごくごもっともな台詞をぶつけられ、りせちゃんは一瞬口を閉じたが、すぐにじっと陽介を、微妙に上目遣いの、さすが元準トップアイドルと言いたくなるようなごくごくさりげない媚態を織り交ぜて見つめた。陽介はその視線に、うぐ、と言葉を失って、りせちゃんの顔に吸い寄せられるように視線を向ける。
「花村先輩……わかんないの? りせの気持ち……」
「な……き、気持ちって」
「りせね、思ってたんだ……ずっと。花村先輩の下駄箱に手紙が入ってるの、見た時から」
「な……なん、て?」
 りせちゃんはにこっと、照れくさそうに、だけど嬉しげに笑んで、陽介の耳元に口を寄せ――
「花村先輩だけ幸せになるなんてずっるーいっ!」
「どわわぁっ!」
 陽介は耳元で大声を出されて仰天したらしく、ずてっと椅子から転げ落ちた。俺は慌てて手を貸して立ち上がらせたけど、りせちゃんはそれを見てあはははっ、と笑い転げる。
「……っの……りせっ! お前なー、いい加減にしねーとマジ怒んぞっ!」
「えー、だってさぁ。どう考えたってそうじゃない? こう言ったらなんだけど、私たち、ずっと一緒に、事件解決のために頑張ってきたわけでしょ? なのに一人だけ事件が解決したらあっさり彼女できるとか、ずるくない?」
「どんだけ理不尽なんだよ! 俺はフツーに女子から手紙もらっただけだっつの! 俺の人権とか完無視かよ!」
「……だって」
 りせちゃんは一瞬口ごもり、なんというかひどく渋々というようにぼそっと言う。
「りせたちがフリーなのに、花村先輩だけ彼女ができるとか。ありえないし」
「ありえないってなぁ……!」
 ……あ!
 脳裏にひらめくものがあり、俺ははっとした。一刹那の間に頭をフル回転させて考えをまとめ、伝達力をフルスロットルにしてりせに微笑みかける。
「そうだな。わかるよ、りせちゃん、その気持ち」
「え……」
「あ、相棒、お前までなぁっ……」
 俺は陽介に困ったような苦笑の表情を向けてから、その表情を崩さずりせちゃんの方を向いて言う。
「これまでずっと一緒に、みんなで事件解決に向けて頑張ってきたのに。みんな一緒だったのに。陽介一人だけが、そこから外れてってしまうような気がして嫌だったんだろう?」
「え」
 りせちゃんはひどく困った顔をして、そろそろと陽介の方を見て、またそろそろと俺の方を向き、こくん、とどこか頑是なくうなずいた。
「……うん」
「え……」
「だって……さ。私たち、これまでずっとみんなで一チーム、って感じだったじゃない? なにするにしても。センパイはりせたちがアプローチしてもみんなうまーくかわすし」
「はは……」
「でも、だからこそっていうか。誰か一人だけが特別っていうんじゃなくて、みんなが仲良しなチームっていうのが、なんだか……気持ちよくて。ずっとこのままでいられたらな、って思っちゃうくらい……楽しくて」
「…………」
「子供っぽいってわかってるの。わがままだなって自分でも思う。でも、せめて……せめて、センパイが東京に戻っちゃうまでは……このままで、いたいな、っていうか……」
『…………』
 しばし、場に沈黙が下りる。その重くなくはないけれど、どこか心地よいような、照れくさいような空気の中で、千枝ちゃんが苦笑して椅子に背中を預けやじろべえのように揺らした。
「そうだなー。あたしも、ちょっとわかるな、その気持ち。なんていうか、こういう風に、事件がなかったら仲良くなることなかったような子たちとも、一緒にお喋りしたりとかできちゃうの……嬉しいし、楽しいし。ウンメー的ってほどじゃないかもしれないけど……そういうの、大切にしたいなっていうか」
「……そうだね。私も、そう。こういう風に、大勢の、仲間たちって呼べる相手ができるなんて、考えたこともなかったもの。私、もともとちゃんとした友達って千枝くらいしかいなかったし……みんな一緒にいろんなことするの、すごく楽しくて。そういうのが壊れちゃうのは……やだな」
「そっスね……俺も、ダチって言える奴なんてほとんどいなかったし。こーいうの、なんつーか、悪くねーな、とは思うっス」
 雪ちゃんがしみじみとした口調で言うと、完二が少しぶっきらぼうにぽそぽそと続ける。そこにクマくんと直斗も続いた。
「そんなの、クマも同じクマー! みんなずっと仲良しでいたいクマよ!」
「そうですね……僕も、こういう風に、みなさんと一緒にいるのは楽しいです。友達とか、いなかったですし……ずっとこのままでいられたらな、と思うくらい。……でも……」
 少し口ごもる直斗に、俺は小さくうなずいて、そのあとを続ける。
「ずっとこのままでいられるっていうことは、ないよ」
『…………』
「俺も、友達とかいなかったからな。こういう風に、大切なみんなと一緒にいられるっていうのが、どれだけ嬉しいかわからない。……でも、終わりがない人間関係はないんだ。俺は三年になる前に向こうに戻らなきゃならないし、他のみんなも、それぞれの道に向けて進んでいく。ずっとこのままっていうのは、物理的に不可能なんだ。……でも」
 ここで俺はにこっと、優しげに、柔らかく、伝達力を死にもの狂いでフル活用して微笑んでみせた。
「そうしたら、また別の関係を始めればいい。俺はみんなと、どんな形でも、一生繋がってたいから、その努力は絶対に怠らない。形は違ってしまうとしても、俺たちは一生仲間だ。……そういうのじゃ、駄目かな」
 少し困ったような顔を作って言うと、みんな、りせちゃんも千枝ちゃんも雪ちゃんも、完二もクマくんも直斗も、どこか少し泣きそうな顔で首を振った。
「ううん……駄目じゃない」
「そうだよね……そう簡単に、終わりになったりしないよね、あたしたち」
「うん……そうだよね」
 ……俺は優しげに微笑みつつ、みんなを見つめ――ながらも心の中では大泣きしていた。
 嘘だ――――っ! 反射的にリーダーとしての本能が働いて話をうまくまとめちゃったけど、心情的にはそんなの大嘘だ――――っ!
 だって俺だって今の状態がずーっと続いたらなーとか思ってるもん。ていうかずっとこのままでいたいって一番思ってるの俺だもん! 陽介に恋人ができるとか絶対嫌だーって思ってたもん! だってのに別の形でもいいとかそんな悟れるわけないじゃん! ラノベとかのノリでうまくまとめちゃったけど、本当は……本当はぁぁあ!
 ちくしょーちくしょー俺なにやってんだぁぁぁ、とか思いながらも、俺はちらりと陽介を見た。陽介は、小さく目を見開いて、どこか戸惑ったように俺を見つめていた。

「……なぁ、在。お前さぁ」
 帰り道、二人きりになって。しばらく無言で歩いてから、陽介はおもむろに口を開いた。
「……なんだ?」
「マジで……俺が彼女作っても、いいって思ってんの?」
「え」
 俺は一瞬絶句した。え、だって、なに、その発言?
 陽介は少しこちらから目を逸らし、ぼそぼそと言う。その仏頂面、というよりはどこか固くこわばった顔からは、どんな感情も読み取ることができない。
「どうなんだよ。俺が彼女作っても、いいわけ?」
「…………」
 俺は体中から、どっと汗が噴き出すのを感じていた。だって、だってその言い方って、普通、どう考えても。
 俺がゲイだってことを知ってて、陽介に好意持ってるのも知ってて、それで……それで、やきもち焼かれないのが不満だ、とか、そういうことにしか思えないんだけど!?
 いやいやいやいや待て待て待て待てちょっと待て、先走るのはやめろ。常識的に考えろ。普通の男は友達がゲイだとかそんなことは全然考えつきもしないもんだ、普通(ネットとかで聞いた限りでは)。現実では。BL系の話では山のようにあるパターンだけど。でもあれはファンタジーで、現実じゃなくて、そんなこと絶対にありえないはずで……
 でもこの言葉はどう考えてもそういう風にしか受け取れないんだけど。
 いやでもだけど、そういう風に受け取って、俺がゲイだって明かすようなこと言って……もし違ったら? そんで、陽介に、軽蔑……はされなくても、敬遠とかされちゃったら?
 うああぁ―――駄目だ、無理だ、絶対駄目だ。そんなことになったら俺にとって世界は終わる! 別れるまで、あと……あとまだ二ヶ月も時間があるのにぃぃぃぃ………!
 俺は数瞬でそこまで考えて、悩んで、困り、心の中でのた打ち回って――結局、こんな風に言った。
「そりゃ……俺だって、陽介が彼女作ったら寂しい、とは思うよ」
「…………」
「彼女作ったら、やっぱり最優先は彼女ってことになるだろうし。俺たちとも、あんまり一緒にいられなくなるだろうし。……みんなの前ではあんなこと言ったけど、俺も、やっぱり……せめて、俺が東京に戻るまでは、みんなで一緒の仲間っていう形、崩したくないとか……本音では、思ってるし」
「…………」
「でも、だけど……俺が陽介になによりも望むことは、幸せになってほしい、ってことだから」
「…………」
 陽介がこちらを向いた。やっぱりどこか少しこわばった顔に向け、怖ぇよぉ〜〜こんなこと言って引かれたらどうしよう!? とか思いながらも賢明に言葉を紡ぐ。
「俺じゃ、陽介に大したことはしてあげられないけど……陽介が幸せになれる手助けなら、いくらだってしたいって思ってるから。だから……陽介が幸せを手に入れるのを、俺のわがままで潰すようなことは、絶対にしたくない、って思うんだ」
 言い切ってじっと陽介を見つめる。そのこわばった顔を。内心では目ぇ逸らしてぇ〜〜逃げ出してぇ〜〜とか思いまくっていても! 勇気を全力で活用してーっ!
 ここで逃げたら、絶対に、陽介に変に思われる……!
 ……と、陽介のこわばった顔が崩れた。いつも通りの明るい笑顔になって、っていうかどこか照れくさそうな顔になって、俺を飛びつくように小突いてくる。
「バーカ、なーに言ってんだよお前は、はっずかしー奴だな。そういうこと真面目に言うかぁ? 普通」
「え、あ……ごめん」
「謝んなって。俺、お前のそーいうとこ、好きなんだからさ」
「え……」
 俺が目を見開くと、陽介は苦笑してみせた。
「俺だって同じだよ」
「え?」
「俺だって、お前と……お前らと一緒にいるの、楽しいんだよ。みんな仲間って、今の状況がさ。ずっとこのままでいられたらとか思っちまうし……それが無理でも、せめてお前が東京に戻るまでは、このままでいてーなとか思ってたしさ」
「…………」
 え、えぇ? マジで? それマジで? とか詰め寄りたいのを必死で我慢してじっと陽介を見つめていると、陽介はどこか照れくさそうに笑って言った。
「だからさ、お前があっさり、別の形でもいい、とか言ってたの……なんつーか、面白くなくてさ。ついあんなこと聞いちまった。はっずかしーよな、俺」
「…………!」
 俺は脳をひっくり返されたような衝撃を受けた。え? 陽介、え!? それって、それって、マジで、その、やきもち?
 いやいやいや違う違う違う、だってその、これは……そう! 友達に対するやきもちなんだ! 仲いい友達が自分のことあんまり気にしてないとか言われて、ショック受けたとか、そういう……そういう……
 うわ……うわうわうわ、なんなんだこれ。あくまで友達だってわかってるのに……陽介的には俺は友達以外のなにものでもないってわかってるのに。なんか……なんか、すごい、すごい嬉しいんだけど……!
 いやだって、普通の友達だったらそんなことないよな? 気にされなかったからって不満とか抱かないよな? つまりこれは俺のことを、マジに、心の底から、親友で、相棒だって思ってくれてるってことで………
 うわ……どうしよう、マジ泣きそう……。めちゃくちゃ……めちゃくちゃ、嬉しい……! ゲイ的な感情じゃなかったとしても、陽介が、大好きな奴が、俺のことをそんなに気にしてくれてるとか、マジで泣く……!
 けれど本当に泣いたらどっ引かれるのがわかってるので、俺は必死に表情を整えて(たぶん少し目は潤んでたと思うけど)、こう言った。
「ごめん、陽介」
「え、ナニその発言」
「身勝手な言い草で申し訳ないんだけど……陽介が、彼女作りたくないって思ってくれたのとか。気にされてないのが面白くないって思ってくれたこととか。なにより、陽介とまだ一緒にいられるのが……すごく、嬉しい」
 陽介は一瞬ぽかんとしてから、すぐにすごく照れくさそうに笑いながら俺を小突いてくる。
「なーに言ってんだよお前、んっとに恥ずかしい奴だなー」
「うん、ごめん」
「謝んなって、お互い様だろ、相棒」
「うん……相棒、だもんな、俺たち」
「だろ? 在」
「うん……」
 お互い顔を赤くしながら、じゃれあい、小突き合う。それがなんだかひどく楽しくて、嬉しくて、俺は顔が笑み崩れるのを抑えられなかった。

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