三人での旅立ちの話
 ……むりやりマリアを市場に引っ張っていったはいいものの、俺たちはほとんどなにも買えず宿屋に戻っていた。俺とマリアが(認めるのはムカつくが)買い物にまったく役に立たなかったため、僕一人で大丈夫だよと笑って追い払われたからだ。
 サマのことだから買い物は無事すませてくるだろうが(あいつこういう時便利だよな)、なんとはなしに面白くなくて俺は蹴る石を探した。
 ……見渡す限り石畳でどこにも石なんて見当たらねぇ……そういやサマがムーンブルクの街はどこも石畳で舗装してるんだよそのくらい技術が普及してるからとか言ってた気が……。
「……あんなに人を引っ張っておきながら結局なんにもしなかったわね、あなた。最初からサウマリルトに任せておけばよかったじゃない」
 ぶっきらぼうに言うマリア。
「……うっせ、てめぇに言われたくねぇ」
 反射的にそう返したが、その言葉は我ながら喧嘩言葉にしては精彩を欠いていたと思う。
「……私を本当に連れていくつもり?」
「なんだよ。まさか俺らがお前を襲うとか心配してんのか?」
 俺は襲うなんて面倒くさいことしねぇけど、サマはどうかな、マリアを気に入ってるみたいだし。まぁあいつみたいないい子ちゃんはんなこと想像もしたこたねぇか。
 俺の言葉に、マリアはカッと顔を赤くして怒鳴った。
「あなたってどうしてそう下品なの!? 私はあなたたちに迷惑をかけるのも迷惑をかけられるのもごめんだっていうだけよ!」
「なんで。生きてりゃんなこと普通にあるのが当然じゃねーか」
「…………」
 言ったとたん、マリアは唇を引き結んでうつむいてしまう。なんかまずいこと言ったか、とちょっとばかし慌てて言った言葉を思い返してみるも、うつむかれるようなことを言った覚えはない。
 困惑した顔で見ていると、マリアはぼそりと言った。
「……私は、あなたたちとは違うから」
 それきり口を利かない。俺もなんか調子が狂って、つい黙りこんでしまった。
 それからまっすぐ宿屋に帰ってきて、サマを待つ。結局俺たちはサマが帰ってくるまで一言も口を利かなかった。なにやってんだかな。

 情報収集してきたサマの考えに従い、俺たちの現時点での最終目的地ととりあえずの目標が決まった。とりあえずはアレフガルドの竜王の城が目的地。
 その途中にある川を越えるためにとりあえず風の塔ってとこに行って風のマントを探さなきゃならねぇ、ということで、明日に備えてそれぞれ休むことになった。
 が、サマはマリアの部屋から出て行こうとしない。
「なんだよ、サマ。お前マリアになんか用事か?」
「まあね。マリアは徒歩で旅するの初めてでしょ? だからいろいろ教えておかなきゃならないことあるじゃない。買ってきたものの説明もしたいしね」
「ふーん。それなら俺も一緒に教えてやろっか? 一人より二人の方がいいだろ」
「駄目っ!」
 叫んだのはマリアだった。
「はぁ? なにが駄目なんだよ」
「あ、あなたみたいな脳味噌まで筋肉な男に、私に適切な助言ができるとは思えませんから! あなたにいられると、鬱陶しいの、早く自分の部屋に帰ってくださらない!?」
「…………そうかよ」
 俺はむっとして部屋を出た。苛立ちに任せてずかずかと床を踏みしめつつ歩く。
 サマはよくて俺は駄目ってか。俺みたいな脳味噌筋肉男はお呼びじゃありませんって? んだよそりゃ、俺だって別に好きで――
 足を止めて力をこめて壁を叩いた。ずん、と宿屋が揺れる。
 あーくそ、ムカつくムカつくムカつく!
「ロレー」
「ああ?」
 後ろから声をかけられて、俺は苛立ちに任せてぎろりと声の主――サマを睨みつけた。だがサマはいつものようにちっともこたえた様子なく笑う。
「そんなに怒らないでよ。マリアだって別に悪気があって言ったんじゃないんだから」
「ほー。悪気以外のなんだってんだよ。俺を追い出したかったんだろ?」
「そうじゃなくて。恥ずかしかったんだよ、マリアは。ロレには聞かれたくなかったんじゃないかな、旅の途中生理がきたらどう対処するかなんて」
「―――は?」
「ロレだってマリアの前でオナニーの話とかできないでしょ? それと一緒だよ」
 じゃあ僕マリアへの説明があるから、と手を振って戻っていくサマ。俺はそれを呆然と見つめ、数瞬後かぁっと顔が熱くなった。
 生理って。生理って。女の月のものってことだよな。
 ………そんなもんの話をなんでサマがするんだよ――っ!? マリアの奴恥ずかしくねぇのか!? ていうかサマ! なんでお前は平然とそんなこと口にできんだよっ!
 俺は俺にしては珍しく顔を真っ赤にして、頭を抱えた。

 サマとマリアは妙に仲がいい。一緒に旅してると、そんな別に知りたくもないことがよくわかった。
 ムーンペタを出発して、東に進む。予想通り、いや予想をさらに上回って、マリアはおっそろしく足が遅かった。たぶん長い距離を歩いたことなんてほとんどないんだろう、一日の間にたびたび休憩を入れなきゃ駄目だったし、入れたって俺たち二人で歩くのよりよっぽど進みが遅い。
 けど、マリアは一言も愚痴を言わなかった。休憩を取るたびに私は平気よ、早く進みましょうと急き立てた。……体の方は意地についてってなくて、ふらふらだったけどな。
 そして、サマはなにかっちゃそのフォローを買って出ていた。
 毎晩休む前に薬草を使ってマリアの足をマッサージしたし、マリアが意地を張るときは説得をして落ち着かせ、食事もマリアにあわせて消化のいい滋養のある食事ばっかり作った(マリアにこんなに料理が上手なのかと驚かれていた)。
 別に、だからどうってわけじゃない。こいつらがいくら仲よかろうと、俺には別にどうでもいいことだ。
 ただ、なんか。なんとなく、面白くなかった。俺だけ一人蚊帳の外かよっつうか、なんつうか……。
 まぁ別にどうでもいいことだ。マリアは思ったより強かった(サマより強力な呪文をばしばし唱えてきた)、俺の出番がないくらいだった。旅する仲間が強い分には大歓迎だ。俺がマリアを守るのは(自分で言ったんだから)当然だが、マリアが強くて困るってこたぁねぇしな。
 だから別に俺にしてみりゃどうでもいいことだ。
 ――どうでもいいことなんだが。

 風の塔に入っても特に辛いと感じるような時はなかった。つーか、マリアがガンガン呪文唱えて俺が武器を構える間もなく敵を蹴散らしていったからだ。
 サマがめったに攻撃呪文使わなかったからなんか妙な感じだな。ちっと面白くないのも確かだが。誰かに頼りっきりってのは趣味じゃねぇ。
 けどそんなにガンガン呪文唱えて魔法力もつのか? ……もつんだろうな。そうでなきゃああもためらいなく呪文唱えねぇだろうし。
 先頭に立って進みながら(明かりはサマがつけてるから気にしなくていい)、ふと叫び声が聞こえたので後ろを振り返ると――
 サマとマリアが内緒話をしていた。ごく親しげに。
 イラッ、とした。いちゃついてんじゃねぇよてめぇら。ここはダンジョンだぞ、敵が次から次に湧いてくんだぞ。
 俺を無視すんのは勝手だけどな。チームワークが乱れるとか、そういうこと考えないのかよ? 別にお前らがくっついたって俺はなんも言わねぇし腹立てたりしねぇけどよ、それならそれで一言くらいあったっていいんじゃねぇのか?
 そんなことを考えるとますます苛ついてくる。けどこんなことで苛つく自分が馬鹿らしく思えてきて、俺は首を振って前へ進んだ。
 と、部屋の中には宝箱が一つ置いてあった。俺は即座に駆け寄って箱を開ける。
 ――中身はマントだった。妙にしわしわした、紺色のマントだ。
 俺は後ろを向くと、まだ話しているサマとマリアに苛つきながら怒鳴る。
「おい、サマ。風のマントってこれじゃねぇか?」
「え? これだよ、間違いない。風のマントだ。すごいねロレ、どこで見つけたの?」
 駆け寄って目を輝かせるサマ。賞賛されるのはやはり悪い気分ではなく、俺は少し顔を緩めて答える。
「そこの宝箱だよ。開けたらいきなりマントだからな、さすがに気づくぜ」
 サマはなぜか一瞬固まると、マリアの方を向いた。
「マリア、風のマントが……」
 そこまで言って駆け出す。なんだ? と思って見てみると、マリアの後ろには魔物がいた。今にもマリアを襲いそうに腕を振り上げている。
 俺も即座に駆け出した。声をかけるのはかえって反応を遅らせる。
 一発や二発殴られたところで死にゃしないかもしれない、が――冗談じゃねぇと思った。守るって約束した相手をそう簡単に傷つけさせてたまるか。
 なにより、あの細い綺麗な体に傷がつくのは、俺は我慢ならなかったんだ。
 サマがマリアを突き飛ばした。身代わりになる気かあの阿呆、と俺は舌打ちして魔物とサマとの間に割りこむ。
 振り下ろされた腕を盾で受け止め、即座に首を切り落とした。
 一応周囲に他の魔物がいないか確認してから、マリアに大丈夫かと声をかける。しりもちをついていたがうなずいて自分で立ち上がったので、俺はサマに向き直った。
 そして顔をしかめた。サマが、なんつーか……妙に頼りなげっつーか、探していた親を見つめる迷子みたいな顔で俺を見ていたからだ。
「お前、なんつー顔してんだよ。呆けてんじゃねぇ、タコ」
「……なんで」
 サマが今にも泣きそうな、震える声で言う。
「あ?」
「なんで、僕を助けたの?」
「はぁ?」
 なんだそりゃ。
「僕は、マリアじゃないんだよ?」
「なんだそりゃ。女扱いするなってことか?」
「そうじゃなくて。ロレ、言ったじゃない。僕を守るなんて、気持ち悪いって」
「…………」
 言ったっけ。
 ……あー、あーあーあー確かに言った。言ったが……あんなこといちいち覚えてて言うか? 普通。
「お前なぁ……アホか? んなこと改めて言うこっちゃねぇだろうがよ」
「え……?」
「そりゃ……なんつうかな、普段っから男同士で守るの守られるのっつってるのはキショイ。俺は女相手だって言うのは好きじゃねぇし……けど、それとこれとは別だろうが。目の前で襲われてんなら、ましてそれが仲間なら……助けちまうもんだろうがよ」
 ……あー、なんか妙に恥ずかしくなってきた。なんで俺がこんなこと言わなきゃならねーんだ!
「あー、ったく! こんなこと言わせんじゃねぇボケ! おら、とっとと帰るぞ! てめぇのルーラでムーンペタまで戻れんだろ?」
「………うん! 待ってて、今すぐリレミトするから!」
 なんか異様なくらい輝いてる笑顔でそう言うと、サマはマリアがやってくるのを待って呪文を唱えた。
 ……なんだかな。こいつ、マリアに対してはまともなのに俺に対しては妙に間抜けだよな。
 それだけマリアが好きだってことか。なんとはなしに面白くない、と思いながら俺はそう結論を出した。

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