仲間の貞操の話
 ムーンペタに戻ってきた俺たちは、サマのとりまとめで西に向かう隊商の護衛として雇ってもらうことになった。西に行くと砂漠があるってのは聞いてたから、いい話だと思った。マリアの体力で三人だけで砂漠越えできるたぁ思えねーからな。いつものことながら気のつく奴だ。
 なんだが、二日間たっぷり休んで(隊商の出発はムーンペタに戻ってきた明後日だった)隊商とその護衛と引き合わされた俺は、嫌な予感に顔をしかめた。
 そいつらは全員男だったんだが(まあ当たり前だな)、サマとマリアに向ける視線がはっきり言って怪しいったらねぇ。
 どいつもこいつも二人きりなら即行押し倒して犯してるだろうって気配をぷんぷんさせながらサマとマリアに接してるんで――まあこの二人がむさい男どもには極上の肉みてぇに見えるのはわかってんだが――、これから一ヶ月(この隊はドラゴンの角まで、一ヶ月で向かう予定らしい)俺はこの二人の股を守ることに神経を注がにゃならんのかと、正直うんざりした。
 マリアの方は最初に魔物が襲ってきた時にその実力を示したのと(恐れられるんじゃなく崇拝するみてぇに接されたのは俺としても以外だったが、簡単に手を出せる女じゃねぇってのはわかったはずだ)、こいつは俺が守るって俺の宣言であからさまに手を出そうとする奴はいなくなった(最初に因縁つけてきた奴がいたんでちっと腕前見せてやったから、俺に正面から喧嘩売ろうって奴はいない)。
 ただ、サマの方は、その気安さとほとんど戦ってないことで、ちょっかいを出してくる奴がなかなか減らなかった。

「ったく、この贅沢者が。どっちか一人ぐらい俺たちに分けてくれてもいいだろうが」
 夜の酒盛りで昼にサマの荷物を持ってやろうとした男が言うと、周りの奴らがうんうんとうなずいた。
「まったくだぜ。あんな上物を両脇にはべらせてよう、しっかりしまいこんで見せてもくれねぇ」
「俺たちゃあんな美人に会うことすらめったにねぇってのによ。ちっと顔がいいからって調子に乗りやがって、どっち先に食ったんだ、えぇっ?」
「………阿呆かてめーら。そんなんじゃねーっつってんだろうが。マリアはクソ生意気だし態度でけぇし、サマはそもそも男だぞ男」
 俺がぶっきらぼうに言って酒をあおると、男どもはぎゃははは、とやかましい声を上げた。
「なぁに言ってんだかこのガキは。クソ生意気けっこうじゃねぇか、女なんてのはみんなそんなもんさ」
「あの男の子だってそりゃあ男ではあるが、あそこまでの美人だったら俺ぁぜひ一回お願いしたいね。あの擦れてなさからしてまだどっちも処女だろ?」
「かっわいいよなぁ、この前なんか俺が魔物との戦いで怪我したら優しく介抱してくれてよ、回復呪文かけてくれてよ。もう大丈夫ですよってにっこーって笑ってくれたんだぜ? その顔がまー肌から目からばしばしのまつげやらもーきれいなのなんのって……」
「まぁマリアちゃんもぞくっとするような美人だが、高嶺の花って感じでなぁ。可愛がってやりたくなんのはサウマちゃんの方だな」
 ぎゃははは、とまた声を揃えて笑う。サウマちゃんってのはサマが自分の名前をサウマリルトだと言った時、愛称かなにかないのかと聞かれてあいつはサウマって呼んでくださいっつったからだ。サマじゃねぇのかっつったら真剣な顔して、僕はロレ以外の人にサマって呼ばれるのは嫌だ、ってよ。変な奴。
「……お前らあの二人のうち一人でも手ぇ出したらその粗末なもん切り落とすぞ」
「おっと、怖ぇ怖ぇ」
「わかってんよ、だからこーしてお前に愚痴ってんだろーが。少しくれぇ仲良くさしてくれてもいいだろーってよ」
「あいつらにてめぇらの基準で接すんじゃねぇよ」
「へいへい。そーして箱入りにさせるくれぇなら旅なんかさせんなよ、ったく」
「こっちにもいろいろ事情があんだよ」
 俺はぐいっと酒をあおり、ぼそりと言った。
「……ま、お前らがあいつらを襲ったところで返り討ちになるだけだろうけどな」
 その言葉に、一瞬周りが静まり返る。
「……なんだと? そりゃマリアちゃんに呪文を使われりゃあヤバいけどな、サウマちゃんにやられるほど俺たちゃ」
「言っとくけどな、サマだって攻撃呪文は使えんだぞ。それにあいつはあれでもリザードフライぐらいなら一撃で倒せるぐらいの腕はあるんだ」
 その言葉に、再び辺りは静まり返った。
「……マジかよ?」
「大マジだよ。だからな、てめーら。サマにもマリアにも手ぇ出すんじゃねーぞ。俺だけじゃなくあいつらもきっちり殺してくれっからな」
 その言葉に、男どもはおずおずとうなずいた。

 ……なんてことを言ったあとでも、サマにちょっかいを出す奴は減らなかった。
 しかも砂漠に入ってマリアが元気なくなってきたのをいいことにマリアにまでちょっかいかける奴が増えてきやがるし! おまけに砂漠は昼は暑いわ夜は寒いわ、マリアは泣き言言わねぇくせにどんどん元気がなくなっていきやがるわで俺は苛々し通しだった。
 そんなある日の夕方、夜営の準備がもうすっかり整った頃、料理番に言われてサマを探していると(サマの奴ぁご苦労なことに隊商全員の料理も作ってやがんだよ。しかも自分で志願して。まーおかげでまずい飯食わずにすんでるけどな)、隊商の小間使いみてぇなことやってるガキが俺の方に駆けてきた。
「ロレイソムさん! ロレイソムさん!」
「おう、どうした」
 こいつはなぜか俺に懐いて普段からいろいろ話しかけてくるんで、俺も気軽に返す――が、そいつの顔はずいぶんと切羽詰っていた。
「あの、ガンフルさんが、サウマさんを自分のテントに呼び出して……テントから人払いしたんです。なんか、まるで……」
 ガンフル――サマにあからさまにご執心だった、隊商の責任者だ。
「……わかった。お前はみんなのとこへ行ってろ」
 足早に歩き出した俺に、そいつは不安そうに声をかける。
「あの……」
「教えてくれて、ありがとな。カルン」
 そいつの名前を呼んでやると、カルンはひどく嬉しそうに笑ってうなずいた。
 俺がガンフルのテントについて中をのぞいた時、サマは手にほおずりをされているところだった。思わずカッと体が熱くなったが、まだ変なことをしてるとこまではいってない。俺はぎりっと奥歯を噛み締めて耐えて、テントの中を観察した。
 こうしてやってきはしたものの、実は俺はあんまり心配してなかった。サマの力ならこんな奴簡単に振りほどける。押し倒されても簡単に跳ね除けられるはずだ。
 ――だが、サマはなかなかガンフルを殴り倒そうとはしなかった。
 ゆっくり押し倒されて、あちこち触られても。変なとこ舐められても。サマは抵抗しようとしない、されるがままになっている。
 いつか抵抗するだろうと思って苛々しながら見ていたが、キスされそうになってるところを見て、カーッと頭に血が上ってテントの中に駆けこんだ。
「おい、おま――」
「やだ――――っ!」
 ――その時になってサマはようやく抵抗した。
 ガンフルを宙に浮くほど思いきり蹴り飛ばし、はぁはぁと息をつく。それからはっとしたようにガンフルを介抱して、回復呪文をかけた。
 ……ああ、そりゃ宙に浮くほど思いっきり蹴り飛ばしゃあ普通の人間は死にかけるわな……。
 それから顔を上げて、俺と目が合った。そして呆然としたような顔で、ぽかんと呟く。
「ロ………レ」
「………おう」
 俺がそう答えると、サマはいきなり顔を真っ赤にした。
 俺は少しばかり驚きながらそれを見る。こいつがこんな風に顔赤くするなんて、初めてじゃねぇか? いっつもにこにこしてるか泣きそうな顔してるかどっちかのくせに。
 なんだか決まりが悪くなって、俺はぶっきらぼうに聞いた。
「お前、どうして最初から抵抗しなかったんだよ」
「……え?」
「お前ならこんな奴一撃だろ?」
「……抵抗したら水や食糧が分けてもらえなくなるかもしれないと思って……」
「本気で言ってんのかてめぇ!?」
 俺がかっとして怒鳴ると、サマはなにを怒ってるのかわからない、という顔で困ったように言う。
「え……だって、砂漠のど真ん中で水や食糧を分けてもらえなくなったら、ロレもマリアも困るでしょ? 少なくともマリアの体力は保たないと思うし……」
 ……なるほど。マリアのためか。こいつこの一ヶ月もやっぱり細々とマリアの世話焼いてたもんな。こいつはマリアのことを本気で好きなんだろう、それはわかるが。
 俺ははーっとため息をついてからサマに近寄り、頭を殴った。
「いったーい!」
「阿呆。んなことでてめぇの貞操散らしてどーすんだよ。貞操と引き換えに水と食糧もらいましたっつって喜べると思うのか、あのお堅い女が。水だろうが食糧だろうがてめぇが犯されるぐらいなら少しもいらねぇって言うだろうぜ、マリアならな」
 そう言うとサマは、なんか妙に真剣な顔をして俺を見た。
「なんだよ」
「ロレは?」
「は?」
「ロレは、僕の貞操が散らされて水と食糧をもらうのと、僕の貞操が無事で水も食糧ももらえなくなるのと、どっちを選ぶ?」
 …………。
「馬鹿にしてんのか?」
「……水と食糧?」
 もう一発殴ってやった。
「いったー!」
「阿呆! お前俺を舐めてんのか!」
「だってー」
 あーったくもう、こいつは阿呆か! もう半年近くつきあってきて、俺がその程度の人間かどうかもわかんねぇのか!?
 怒鳴りつけてやりたかったが、サマの顔があんまり不安そうで、今にも泣き出しそうな顔をしてるので。
 あーくそなんで俺がこんなこと言わなきゃなんねーんだ、と思いつつぼそりと言ってやった。
「仲間の貞操と引き換えにもらうメシなんぞまずくて食えるか」
「…………」
 するとサマは今にも蕩けそうな顔をしてぱーっと花がほころぶように笑う――やべぇ!
「ロレ! ロレロレロレ、ロレ!」
「だぁっ! ひっつくな鬱陶しい!」
 抱きついてきたサマを俺は振り払おうとしたが、サマは俺よりいくぶん速い動きを駆使して巧みにまとわりついてくる。
 あーったくもー、なんでこいつはこうなんだっ!

 ドラゴンの角の下の街、ドラゴーマで俺たちは隊商の奴らと別れた。大半の奴らは今度会ったら酒をおごれよ、とか抜かしてきやがった。
 こういう奴らとつきあうのも久しぶりだからそれなりに楽しいとは思ったが、こんな――仲間の股を守るために奔走するようなしんどいことは、二度とごめんだと思った。

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