上がったり下がったりの話
「この旅人の服と、この布を一尺間隔で五枚下さい」
 僕はそう言って、お店の人ににっこり微笑んだ。お店の人は(まだ若い男の人だった)なぜか顔を赤らめて、注文した品を急いで僕の袋に詰めてくれる。
 僕はお礼を言って店を出た。予定していたものはこれで全部買えた。
 僕は明日からの旅に備えて、マリアの服やらなにやら旅の必需品を買ってきたところだ。女性は男よりずっといろんなものが必要になる。
 もちろん旅のことだから、城や宿屋にいる時みたいな生活ができると思ってはいないだろうし思ってもらっちゃ困るけど、不快な旅にはさせたくないものね。
 本来ならマリアを連れてどんなものが必要かとか教えながら買い物するべきなんだろうけど。最初ロレに引き連れられて三人一緒に買い物をしてたんだけど、ロレは横から交渉が混乱するようなことをいろいろ言うし、マリアは買い物するのが初めてらしくて、市場の人ごみにパニックになって座りこんでしまうしで、僕一人でいいよと二人には先に宿に帰ってもらったのだ。
 ムーンペタ大公と話してすぐ買い物っていうのもよくなかったんじゃないかな、マリアには。疲れてただろうし。――その程度で疲れていて、本当に旅ができるのかという疑問もあるけれど。
 やだな、なんだか僕刺々しい。苛々――っていうか、今にも泣き出しそうなくらいどうしていいかわからないのを他人を攻撃することで誤魔化そうとしてる。
 ――僕は、ロレにとっていらない存在かもしれない。
 その考えが頭にこびりついて離れない。僕はこれまで精一杯自分にできることをやってきたつもりだった、でもロレにはそんなことなんの役にも立たないことだったのかもしれない。褒め言葉は一度、礼の言葉も一度。一度でも言ってくれたことが嬉しかったけど、本当はその程度じゃロレにとってはとんでもなく足りなかったんじゃないだろうか。
 ロレにとって、僕を守ることは気持ち悪いことなのだから。
 僕がロレを守ることさえ、彼は許してくれないのだから。
 僕は頭を振って、足を速めた。早くロレたちのところに帰らなくちゃならない。
 と、僕の耳にふいに気になる言葉が飛びこんできた。
「……ドラゴンの角……」
「……橋が落とされて……」
「……復旧は長くかかる……」
 僕は足を止めた。できるだけ警戒心を削ぐようにっこり微笑んで、話をしている人たちの方へ一歩踏み出す。
「すいません、そのお話、僕にも聞かせていただけませんか?」

「ただいま! ごめんね、待たせちゃって」
 宿屋の人の言った通り、ロレはマリアの部屋にいた。二人とも喧嘩に飽きたのか離れて視線をそらし、相手が見えないようにしていたけど、それがかえって気が合っているように見えて僕の胸はいつものように痛む。
 もちろん、そんなこと表面には出さないけど。
「いえ……」
「おせーよ、タコ」
「……あなたね、サウマリルトに買い物を任せっきりにしておきながらなんでそんなことが言えるの? 普通人間はもっと謙虚であるべきだと思わないのかしら?」
「るっせ、バカ。同じようにサマに任せて休んでたてめぇに言われたくねぇ」
「……! それだからこそ謙虚な立場でいるべきだって言ってるんじゃない! どうしてあなたはいつもそう……」
「まぁまぁ、落ち着いて落ち着いて。……これからの旅の方針について、ちょっと話したいことがあるんだけど」
 僕の言葉に、ロレとマリアは目を見開いた。がなりあいをやめて、僕の方を見る。
「旅の方針、って……なんかあったのか?」
「うーん、僕は一応とりあえずの目的は考えてたけど。ロレとマリアはこれからどこに行こうとか考えてたことあったの?」
 う、と言葉に詰まるロレ。マリアは顔を赤らめてうつむいた。
「俺は……とりあえず、情報集めに世界中を回ってみよう、とか……」
 うーん、ただ情報集めっていうだけじゃ当てがなさすぎると思うんだけど。
「私は……ただハーゴンを倒さなくちゃ、っていうだけで具体的にどこに行けばいいかまでは考えていなかったわ……」
 なるほど。感情が先行して行動が追いつかなかったんだ。そこまで考えるほど余裕がなかったって言うべきかな。
「あのね、僕、一応ムーンブルクに来てからいろいろ情報を集めて、いくつかわかったことがあるんだけど。説明してもいい?」
「ええ。ぜひお願いするわ」
「御託言ってねぇでさっさとしろ」
「うん。まず、敵――ハーゴンなんだけど。そいつの本拠地がロンダルキアなのは、まず間違いないと思う」
「…………」
「へ? なんでだよ。ロンダルキアって確か聖地なんだろ? ルビス教の」
「うん。だからね、ハーゴンはもともとルビス教の神官だったんじゃないかって思うんだ」
「はぁ!?」
 ロレが仰天して叫ぶ。マリアは顔の色をいくぶん白くして、きゅっと唇を噛んだ。
「ちょっと待てよ。敵は魔王みたいなもんなんだろ? 魔族なんだろ? そいつがなんでルビス教の神官やるんだよ?」
「僕はハーゴンは魔族じゃないと思う。少なくとも、生まれた時は」
「はぁ?」
 困惑した顔をするロレ、うつむいたまま顔を上げないマリア。……この推測、間違ってないのかな?
「ハーゴンっていう名前はね、魔族の名前じゃない。ルビスさまがこの世界をお創りになり、人々をこちらに連れてきた時、人々を導いた大神官の名前なんだよ。聖句にも使われてるようなそんな名前を、魔族がつけるはずがない」
「……じゃあ、なんなんだよ、ハーゴンって」
「人間、もしくは突然変異の人間外存在だと思う。とんでもなく変わった魔族って可能性もないとはいえないけど、そんなことがあったら魔族っていう存在そのものの定義をひっくり返しかねない大事だと思うよ」
 神と魔族は存在の本質からして相容れないんだから。
「待てよ。人間がどうして魔物を操れるんだよ」
「竜王は魔族じゃなくて竜族だったでしょ? たとえ魔族じゃなくても、強い魔力と魔的存在概念、そして魔たろうとする意思があれば魔を統べることはできるんだよ」
 それにはとんでもなく強い、人間ではありえないほどの意思が必要なのだけど。
「じゃあ、なにか? ハーゴンってのは人間で、そのくせ魔物を操って世界を支配しようとしてるってわけか? んだそりゃ、冗談じゃねぇ! 人間のくせに世界征服に魔族の力借りるなんざ、クソにも劣るやり方じゃねぇか!」
 怒りの表情を浮かべるロレ。……人間だけの力で世界征服するならいいのかな?
「まだはっきりとしたことはわからないけどね。ハーゴンの目的もまだはっきりとはしてないし。……ただ、どちらにしろハーゴンの本拠地がロンダルキアだというのは確かだと思うんだ。本人がそう言ってたらしいし、それに魔術師連合の支部に行ってみたんだけど、三ヶ月前からロンダルキアと連絡がつかないらしいんだよ。ルーラでも行けないみたい。いろいろ大変だったから、それ以上の調査は手が回らなかったらしいけどね」
「そうか。つまり目的地はロンダルキアってわけだな」
 ロレはぐっと拳を握り締めて、強く瞳を輝かせる。その光の眩しさに僕は一瞬くらりとするけれど、僕の理性は思った以上に強固で、破裂しそうに高鳴る心臓や感情など無視して話を進めることを要求した。
 そして今回もそれは僕には可能だったようだった。こんなに胸はドキドキしてるのに。
 その輝きの隣に僕がいることができないのが、たまらなく寂しいのに。
「最終的にはそうだね。でも今の僕たちじゃロンダルキアまでたどりつくことさえできないと思うよ」
「は? なんでだよ」
「ルーラが使えない以上地道に歩いてロンダルキアまで行くしかないよね? でも、ぺルポイ近くからロンダルキアまで通じている洞窟にはドラゴンやらキラーマシーンやら一匹倒すのに一国の軍勢が必要な魔物がうじゃうじゃいるんだよ。僕たちが行ったらきっとそいつらがあとからあとから出てくることだろうね」
「……だから?」
「今の僕たちの力じゃ勝てないってこと。もっと経験値を貯めてレベルを上げて、強力な魔法の武器も装備しなきゃハーゴンのところへたどりつくことさえできないよ」
「…………」
 ロレはぶすっとした顔になった。ロレとしてはきっとこれって気に食わない結論なんだろうな。
 でも、ロレはそれを受け容れられないような度量の小さい人間じゃない。
「……じゃあどうすんだよ。街の周りうろついて魔物を倒してレベル上げんのか?」
「それも一つの手ではあるけど、弱い魔物ばかり倒していてもレベルが上がる日は遠いしね。世界中のいろんな場所を旅して強い魔物を倒し経験値を稼ぎつつ、強力な武器を探すのがいいと思う」
「んだよ、結局俺の提案と似たような行動になるんじゃねぇか」
「うーん、まあそうなんだけど。とりあえずの目的地はラダトームの竜王の城かな」
「へ? アレフガルドの?」
 ここらへん、ちょっとややこしいんだけど、広義のアレフガルドっていうのはこの世界そのものだ。狭義でいうとラダトーム王国のある大陸を示す。
 ルビスさまが最初に降り立ったのがロンダルキアなら、ルビスさまが最初に作ったのがラダトームのあるアレフガルド。最初の頃はロンダルキアはまだ混沌の海の中のわずかな秩序でしかなかったと言われている。
 つまりアレフガルドは始まりの地ということになっているんだ。最初に人々が降り立った場所だと。もちろんそこから世界中に人は広がっていったわけだけど。
 アレフっていうのは古代語で風、ないし炎。ガルドっていうのは大地みたいな意味だから、それ自体で風と炎の大地、みたいな意味を含んでる。
 ここらへん、どうしてそう呼ばれるようになったかを説明するといろいろ面白いんだけど、割愛。
「うん。あそこにはロトの剣があるから」
「はぁぁ!?」
 ロレはまたも仰天してくれた。
「なんでそんなとこにロトの剣があるんだよ。敵の本拠地だったとこだろ?」
「竜殺しの勇者アレフが、子供たちが全員成人した翌日姿を消したってことは知ってるよね?」
「ん? ああ。勇者ロトと同じようにだろ。ローラ姫……つか女王もあえて探索の手を向けなかったとかなんとか」
「そのあとアレフが向かったのが竜王の城なんだよ」
「なんでそんなことがわかんだよ」
「サマルトリアに伝わってるんだ。アレフから初代サマルトリア国王にあてた、失踪予定を書いた手紙がね」
「…………お前、本気で言ってるか?」
 疑わしげな視線に、僕は困って眉を寄せた。
「本当だよ。公文書には残ってないけど、代々サマルトリア王家にきちんと保管されてきたんだから」
「じゃあなんでサマルトリアはアレフを探さなかったんだよ。行く先わかってたんだろ?」
「アレフがどんな気持ちで失踪したのかよく知ってたから、探す気が起こらなかったんじゃないかな。だからこそアレフも手紙を残しておいたんだと思うし」
「………ふーん」
 あからさまに疑わしげな視線をロレは僕によこしたが、そのことに口に出してはなにも触れず、こう言った。
「わかった。つまり竜王の城にロトの剣があるから、とりあえずはそれを手に入れにいこうってこったな?」
「うん、とりあえずの目的としてはね」
「よし。それじゃあどう行く? サマルトリアに戻って海路か?」
「ううん、少しでも経験値を稼ぐためにもできるだけ陸路を使った方がいいよ。ルプガナまで行ってそこから定期便だね」
「それがいいか。じゃあ明日西に向かって――」
「その前にちょっと寄らなきゃいけないとこがあるよ」
「は? どこだよ」
「あのね、西ウーラ大陸の南北を結ぶ橋がね、魔物の襲撃の時に落とされちゃったんだって。復旧の見通しは立ってないらしくて、このまま行っても河を渡るのは難しいと思うんだよ。できなくはないけど」
 メイルス――水中呼吸の呪文もあるし、メイルフォ――水上歩行の呪文もあるし。ただメイルフォは本当にごく短時間しか使えないし、メイルスは流れの激しさで有名なドラゴーナ川では効きはするだろうけど押し流されるのを防ぐ役には立たないと思うけどね。
「……だからなんだよ。結論言え」
「うん、ムーンブルクの東に風の塔って呼ばれる塔があるんだ。そこは風の精霊力がすごく強くなる場所でね、風の呪文の研究なんかに使われてるんだけど。そこでは風のマントって呼ばれる道具が生まれるんだ」
「生まれる……ってなんだよ」
「風の精霊力が凝結して自然にできる道具なんだよ。それにはいくぶん浮力を生じさせる力があって、高いところからそれを着けて落ちると風に乗ればかなり遠くまでいける。ドラゴーナ川のすぐそばにはドラゴンの角って高い塔があるから――」
「そっから落っこちて川を越えようってか? 突拍子もないこと考えるなお前」
「……そうかな?」
 それほど変な考え方じゃないと思うけどな?
 ロレは肩をすくめた。
「ま、いいや。それでいくか。じゃ、明日さっそく風の塔に向けて出発だ」
「うん。マリアに戦闘馴れしてもらうためにもとりあえず手近なところからいくのがいいと思うしね。マリアを加えたコンビネーションの開発もしたいし。……それでいい? マリア」
 僕はずっとなにかを考えるようにうつむいているマリアに声をかける。マリアははっ、と慌ててこちらを向いた。
「ご、ごめんなさい。なんの話だったかしら?」
「……お前な、全然人の話聞いてなかったのかよ。それでよく人に自分の話を聞けなんて言えたもんだな、この田吾作が」
「だ、誰が田吾作よ!?」
「まぁまぁ」
 二人の喧嘩を仲裁しつつ、僕は思った。
 僕はロレの邪魔にはなってないつもりだった。役に立ってると自惚れていた。今回もなんとかロレに役に立つと思われようと必死に情報を集めてきた。
 だけど、これも。ロレにとっても決して役に立たない情報ではないつもりの、これもロレにとってはなんの意味もないのだとしたら。こんな情報なくてもロレは自分一人でなんでもしてしまえると感じているのだとしたら。
 僕はロレに、なにをしてあげられるのかわからない。

 旅立つ際の見送りは、ジョールだけだった。彼は三週間前にマリアに引き合わされて、自らの罪を許されて以来何度もここへ来てマリアの話し相手になろうとしていた。
 彼に彼を手続きの際にムーンペタ大公に紹介したことを教えて、ムーンペタ大公に会いに行くように言い、僕らは旅立った。ジョールはムーンブルクの王女であらせられるお方が盛大な見送りもなく旅立たれるとはとか嘆いてたけど、マリアはむしろその方がありがたいと思ってるみたいだった。そりゃそうだよね。
 だから旅立ちは文句なし――だったんだけど、旅程の進みはとんでもなく遅かった。
 それはマリアの体力が僕たちの予想を上回って低かったせいだ。深窓の姫君ってここまで体力ないもんなんだな。サリアは十一歳だけどもう少し体力あったと思うんだけど。
 一刻やそこら歩いただけでもうふらふらだし、一刻に一里進めればいい方ってくらい足も遅いし。歩き慣れてないからちょっと歩いたらすぐ歩きやめないといけないし、二人なら一日で歩ける距離に四日はかかった。
 だけど、ロレは一言も文句を言わなかった(僕も言わなかったけど)。それはたぶん、マリアが必死になって足手まといにならないように頑張ってるのがよくわかったからだと思う。
 そして、戦闘では、マリアは、僕よりはるかに役に立った。

「風、そは刃、精霊の剣、敵を屠るものにて。精霊よ盟約に従え。吹き荒れよ風、向かうは我が敵、打ち倒すべし。斬り裂け!=v
 ズバズババァ!
 マリアのバギがかぶとむかでを全てズタズタに斬り裂く。はっきり言って、僕のギラよりもはるかに強力だ。
「……はー」
 ロレは剣を抜く間もなく敵を全員片づけられて、気の抜けたようなため息を漏らした。
「マリア、お前けっこうやるな。サマの呪文より強いんじゃねぇか?」
「そうだね。思った以上だった。すごいね、マリア」
 僕たちの言葉に、マリアはかっと頬を染める。
「……この程度、別に大したことはないわ。普段足を引っ張ってるんだから、この程度できて当然でしょう?」
 その言葉にロレはくくっとからかうような笑いを浮かべる。
「照れてやんの。褒めてやってんだから素直に褒められとけよ」
「……っ、私は別に……!」
「んだ? てめぇなにか、責められたいわけか? この程度で調子乗ってんじゃねぇぞとか言われたいわけか?」
「そ、そういうわけじゃ……」
「だろ。だったらしっかり褒められてろ。人が褒めてやってる時はな」
 ………………。
 ロレ、すごく機嫌がいい。それは、マリアが足手まといじゃないって証明されたから?
 マリアと一緒に旅ができるってわかったから?
 僕にはそんな楽しげな笑顔、向けてくれたことないのに、マリアには簡単に向けるんだね。
 ――ズキリ。
 胸がたまらなく痛む。引き絞られるように刃を突き刺されたように痛む。息が苦しくなる。
 これはなんだろう。この生きているのさえ苦しくなるような痛みは。心のどこかがその痛みの名前を知っているのはわかっていたけれど、僕は知らないふりをしていつのまにか喧嘩になっているロレとマリアをなだめる。
 ――たとえロレが僕を不必要だと思っているとしても、僕はロレのそばにいたかったから。

 風の塔はさほどややこしい塔というわけではなかった。魔物もそれほど強いわけではない。
 お化け鼠が群れで現れた時も、マリアが瞬時にバギを唱えあっさり一掃できてしまった。
 ただ、僕はマリアの魔法力の消費が激しいのが気になっていた。敵が二匹程度でもどんどん魔法を使うんだもの。確かにそのおかげで僕たちはいまだ誰一人怪我もなく進めてるんだけど……。
 大丈夫かな、と思いながらも僕は口を出せなかった。マリアの魔法力がどれくらいなのかわからないから、この程度余裕なんだとしたら口出ししたらうるさいと思われるだろうし。
 塔の奥に進むにつれ、マリアの表情がどんどん切羽詰ってくるのがわかった。魔法力が残り少ないんだろうか。
 僕はこっそりマリアに近づいて耳打ちした。
「マリア、大丈夫?」
「……ええ、平気よ」
 でもそう言うマリアの顔色はかなり悪い。
「……マリア、具合が悪いのに無理して平気なふりをするのはね、パーティメンバーを信用しない、間違った行為なんだよ? メンバーが今どういう状況にいるのか把握できてないと、思わぬところで不覚をとることもあるんだから」
「………………」
「僕たちを見返してやりたいとか、力を見せつけてやりたいとかいう気持ちもわかるけど――」
「そういうわけじゃ!」
 叫び声に、先頭を歩いていたロレがこちらを振り向く。それに大丈夫だよと手を振って、僕はマリアに向き直った。
「そういうわけじゃないのならよけいに言ってほしい。疲れたのなら疲れた、魔法力が残り少ないのなら残り少ないってね。一緒に旅をしてるんだ、どんな状況になっても僕たちは君を見捨てないしフォローが必要ならいくらでもフォローする。それはちゃんと、信じてほしい」
「………………」
 マリアはわずかに顔を赤らめてうなずき、小さく囁いた。
「実は、もう魔法力がほとんど残ってないの」
 やっぱり。派手に魔法使ってたもんね。
「旅の途中は私のせいで遅れてばっかりだから、少しでも役に立つところを見せなくちゃと思って……こんなに次から次に魔物が出てくるなんて思ってなくて……」
 瞳がわずかに潤むのを、隠すようにうつむいた。
「ごめんなさい……足手まといになるまいとして、一番足手まといになってしまった……私は魔法が使えなくなったらなんの役にも立たないのに……」
「そんなこと、ロレは気にしないよ。もちろん、僕もね」
 にっこり笑ってみせる。
「魔物と戦うの、これが初めてなんでしょ? なのにこんなに役に立っただけでも大したもんだよ。僕なんか最初の頃はロレにくそみそ言われてたもの」
 ずきり、と痛む胸に知らないふりをしてそう笑うと、マリアは少し顔を上げて小さく微笑んだ。
「最初の頃はうまくいかないのが当然なんだ。仲間なんだから、その間のフォローをするのは当たり前だよ。君は有能だよ、とっても。だから大きな顔をして助けを要請すればいいんだ」
 胸がズキズキと痛む。こんな偉そうなことを言っているけれど、僕はいつまでロレに仲間扱いしてもらえるのかもわからないんだ。
 それでも一緒にいる間は彼女のことを助けなくちゃならない。僕はロレに声をかけようとした。
「ロレ……」
「おい、サマ。風のマントってこれじゃねぇか?」
「え?」
 僕は慌てて駆け出して、ロレの突き出しているマントを見た。見たところは普通のマント、けれどレミリュール――精霊感知の呪文を口の中で唱えると、凄まじい風の精霊力が感じられた。形も構造も本で読んだ通り。
「これだよ、間違いない。風のマントだ。すごいねロレ、どこで見つけたの?」
「そこの宝箱だよ。開けたらいきなりマントだからな、さすがに気づくぜ」
 に、と笑うロレ。僕はふいに泣きたくなった。なんでロレは、いつもこうかっこいいんだろう。こうも僕を惹きつけるんだろう。
 ロレにとって僕は不必要な存在なのに。
 それを誤魔化すために僕はくるりとマリアの方を向いた。
「マリア、風のマントが……」
 言おうとして気づいた。マリアの後ろにリビングデッドがいる。
 マリアはぼうっとこちらを見ていて気づいていない。リビングデッドが腕を振り上げる――
 僕は考えるより早く動いていた。全速力でマリアのところに駆け戻り、マリアをリビングデッドから離れた場所に突き飛ばす。
 リビングデッドの腕はそのまま僕に振り下ろされようとしていたが、僕はほっとしていた。これで、ロレが悲しまないですむ。
 マリアが傷ついたら、ロレはきっと悲しむだろうから。
 ――なんで、マリアだと悲しむんだ?
 それは、ロレがマリアのことを――
 一瞬で頭の中を思考がそこまで駆け巡った時、がす、と鈍い音がした。
 僕は目を見開いた。目の前にロレの広い背中がある。
 ロレが盾でリビングデッドの攻撃を受け止めたのだ、と気づいた時には、ロレはもうリビングデッドの首を切り飛ばしていた。
「…………」
 僕はぼうっとして、ロレがぐるりと周囲を確認するのを見ていた。周囲の様子を確認し、マリアの方を見て「大丈夫か?」と声をかけ、それから僕の方を振り返って顔をしかめる。
「お前、なんつー顔してんだよ。呆けてんじゃねぇ、タコ」
「……なんで」
「あ?」
「なんで、僕を助けたの?」
「はぁ?」
「僕は、マリアじゃないんだよ?」
「なんだそりゃ。女扱いするなってことか?」
「そうじゃなくて。ロレ、言ったじゃない。僕を守るなんて、気持ち悪いって」
「…………」
 ロレは、僕を見て呆れ果てたという顔をした。
「お前なぁ……アホか? んなこと改めて言うこっちゃねぇだろうがよ」
「え……?」
「そりゃ……なんつうかな、普段っから男同士で守るの守られるのっつってるのはキショイ。俺は女相手だって言うのは好きじゃねぇし……けど、それとこれとは別だろうが。目の前で襲われてんなら、ましてそれが仲間なら……助けちまうもんだろうがよ」
 そこまでむすっと言うと、ロレは顔を真っ赤にして怒り出した。
「あー、ったく! こんなこと言わせんじゃねぇボケ! おら、とっとと帰るぞ! てめぇのルーラでムーンペタまで戻れんだろ?」
「………うん! 待ってて、今すぐリレミトするから!」
 少し離れたところから僕たちを見ていたマリアがこっちに近寄ってきたので、僕は呪文を唱える。
「風よ大地よ、閉ざししものを解き放つべし。閉ざされし世界の閉ざされし部屋より、我らを広き世界へ運び出せ=v
 リレミトの呪文を使うのは二度目だけど、失敗するなんてこれっぱかりも考えてなかった。
 使える、という確信もあったし、それ以上に――
 僕はロレが、僕を仲間と言ってくれたのが、気絶しそうなほど嬉しくて嬉しくてたまらなかったから。

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