馬鹿女の話・前編
 ルプガナの市場を前にして、俺はヒューと口笛を吹いた。
「すげぇ活気だな。さすが港町」
「噂には聞いていたけれど……アレフガルド一の貿易都市、っていうのは本当ね……」
「そうだね。西ウーラ大陸の陸路と海路の合流点にして海路の要所。都市国家ルプガナの首都。当然といえばそうなんだろうけど……こんな活気のある市場は僕初めて見るかもしれない」
 ドラゴンの角から北上すること二週間弱。ルプガナに到着した俺たちは、街の中に入るやいなやの市場の大騒ぎを感心したり圧倒したりされながら見つめた。
「はい豆いるか、豆いるか!」
「純ルプガナ産の香辛料! どこの店より安く売るよ!」
「ムーンペタ産の紅茶が二百ゴールドだとぉ!? ふざけんな!」
「そこのお嬢さん、寄っといで! ラダトームの香水、ルプガナでもここだけだよ!」
 にぎやかって言うよりやかましいってぐらいの騒ぎだが、たまにはこういうのも心地いい。だが地面が見えないぐらいの人の群れに巻きこまれ一瞬仲間の姿が見えなくなり、俺は慌てて叫んだ。
「おいサマ! マリア! ちゃんといるかコラ!」
「いるよー。けどマリアがちょっと人ごみに酔っちゃったみたい。ちょっとどこかへ入って休んだ方がいいね」
「だい、じょうぶ……ちょっと休めばすぐ治るから」
 そう強がりを言うマリアの顔は、とても大丈夫には見えない。ったくしょうがねぇなこの女は。
 なので酒場に入って休むことにした。うらぶれた酒場だったが、ちっと休むくらいなら大して関係ねぇだろ。
 とりあえずビールを一杯頼み、持ってこられたビールをぐいぐい飲み干す。
「ビール飲むと喉が渇くよ、ロレ」
「うるせぇな。酒場に来て酒頼まねぇでどうすんだ」
「どうするって……情報収集でもしようか?」
「情報収集〜?」
「あそこにいるお姉さんに、ちょっと最近の町の様子とか聞いてみるよ」
 そう言って立ち上がるサマに、俺は慌てた。
 サマの指したお姉さん≠チつーのが、白粉をたっぷり塗った上に露出度の高い衣装っつー、どー見ても娼婦って感じの女だったからだ。
「おい、こらサマ!」
 俺は声を上げるが、サマは気づいてんだか気づいてないんだかその女のところへまっすぐ向かう。
 ええいくそ、と俺は頭をバリバリかいた。あの馬鹿、あの手の女の扱い知ってんのか? 食われても知らねぇぞ俺は!
 隣ではマリアが水を飲みながら息をついている。やっぱこの女人ごみきつかったんだな。
「おい、大丈夫かよ、マリア」
「………ええ、大丈夫よ。ありがとう」
「無理すんなよ。お前体力ねーんだから」
「……それは悪かったわね。体力がなくて邪魔だと思うのなら置いていけばいいだけのことでしょう」
 きっと柳眉を逆立てて俺を睨むマリア。しょうがねぇなこの女は、ったく。
 俺はじろりとマリアを見て、きっぱり言った。
「邪魔じゃねーよ」
 マリアは俺を見返して、一瞬だけわずかに頬を赤くしてうつむく。? なに赤くなってんだこいつ。
 なんとなくサマの方に目をやって、はっとした。予想通り、サマが娼婦に絡まれて困惑している。
 腕を絡めて胸を押しつける娼婦。サマは困ったような顔をしてされるがままだ。
「……ったく、しょうがねーなあのタコ!」
 俺はお前らの保護者かよ、と思いつつ、立ち上がってサマのところに歩み寄る。
「おい、姐さん。悪いがこいつは世間知らずなんだ。手ぇ出さねぇでくれ」
 そう言いつつサマをぐいっと引っ張って俺の後ろに庇う。と、女が目を輝かせて言った。
「あらぁ………! なんって、いい男なのっ! ねぇ、それならあなたが相手してくれる? あなただったらあたし、商売抜きでも寝てみたいわ。いい思いさせてあげるわよ………?」
 ……お誘いか。まぁ、なかなかいい女だし乗ってやってもいいんだが――
 俺はちらりと、サマとマリアに目をやって答えた。
「悪ぃけど、今日はやめとく。世間知らずのガキどもの面倒を見てる最中だからな」
 このガキども、俺が女買ったって知ったら絶対うるせぇだろーしな。
 女はちっと舌打ちして、忌々しげに言った。
「あなたも女の方がいいのね。いじわる」
「………は?」
「あの、あなたは男性なんですか?」
「違うわよ、あたしはオンナよ。ただ、ルビスさまがあたしを作る時に性別を間違えちゃっただけで」
 …………。
 それって。それって、もしかして。
「お……オカマ―――っ!?」
 俺が絶叫すると、その女――もといオカマは胸を張る。
「そうよ、文句ある? オカマのどこが悪いのよ!」
 悪ぃだろ! どこもかしこも!
 ………けど、どっからどー見ても女にしか見えねー………。
「……マジかよ? だってよ、胸が……それに、声が! 骨格だって女だぞ!?」
「そうだよね……あ、もしかして……トワイライト・ドローン?」
「へぇ、よく知ってるわね。もしかしてあなたも女に生まれ変わりたいコ?」
「いえ、そういうわけじゃ」
「あぁん、残念。きっとすっごく可愛い女の子になるのにぃ」
「……おい、サマ、なんだよそりゃ?」
 二人だけでわかりあってんじゃねーっつの!
「トワイライト・ドローンはね、性転換薬なんだ。飲むと男は女に、女は男になるわけ。容貌も体型も、個人差を残しつつその性別に見合った形に変換されるんだよ」
 はぁ!? なんだそりゃ……誰が使うんだよ? ……あ、こーいう奴か。
「そんな薬があんのかよ……誰が作ったんだそんなもん」
「ムーンブルクの魔術師連合。作るのに手間がかかるから高い薬なんだけど、けっこう需要あったみたいだよ」
「ホントによく知ってるわねー、ボク。そ、あたしは高い金払ってその薬買ったのよ。それだけの価値はあったわねぇ」
「はー……」
 俺は首を振った。話を聞いたことはあるが、生のオカマってもんを見たのはこれが初めてだ。
 はっきり言って理解できねー……つうかぶっちゃけキショい。男に生まれたっつーのにどーして女になりたいとか男を好きだとか思うんだよ?
 ……ま、いいけどな。こいつが好きでやってんなら。
「で、あたしに体以外のなんの用があるわけ? あなたたちみたいないい男なら、たいていのお願いは聞いちゃうわよ?」
「大したことじゃないんですけど。最近のルプガナの様子でも聞かせてもらえたらと思ったんです」
「ふうん……最近の様子、ねぇ……やっぱり、一番大きいのは定期船が運休してることでしょうね」
「え!? どういうことですか?」
「うん、それがねぇ……ルプガナの主……ここでは市長って呼ばれてるんだけど、とにかくその人が気弱なくせに頑固でね。最近魔物の跳梁が激しいでしょ? 特に海の魔物は強い。だから安全が確保されるまで船を出すべからずってお触れを出しちゃったのよ、三日前に」
「それじゃ港町ルプガナの産業自体が成り立たないじゃないですか」
「そうなのよー。だから商人組合が総出で今お触れを取り消させようと交渉頑張ってるんだけどね、市長ってほんっとに頑固だから。言えば言うほどムキになって、絶対わしの言うことが正しい! ってふんぞり返っちゃって。……あたしも早いとこなんとかしなきゃと思ってるんだけどねぇ……」
 半ば以上こいつらの話を聞き流していた俺は、ふと気になって聞いてみた。
「お前、領主と知り合いなのか?」
「え?」
 俺の言葉に、そいつは目を見開いた。
「なんで?」
「そんな風に聞こえたからさ」
「気のせいじゃない? ……それよりあなたたち、そろそろ自分の席へもどった方がいいんじゃないの? あの可愛い女の子がものすごい目でこっちを見てるわよぉ?」
 げ。言われてみれば、マリアの奴俺たちを殺しそうな目で睨んでやがる。
 娼婦口説いてるとでも思ってんだろーなー……ったく、そんなんじゃねーってのに。しょーがねー奴。
「しょうがねぇな……おい、戻るぞ、サマ。あの馬鹿女放っとくとなにしでかすかわかったもんじゃねぇ」
「……そうだね。あの、ありがとうございました。お礼に一杯おごらせてください」
 そう言って金を置くサマの頭を、そいつはむりやり抱き寄せた。
「うわ」
「あなたはいい子ね。今度また会う機会があったら、ちゃんと朝まで付き合ってもらうわよ?」
「だから手ェ出すなっつってんだろがコラ! サマ、てめぇもちょっかいかけられてんじゃねぇ!」
 ぐい、とサマの手を引っ張って歩き出す。娼婦だってだけでもタチ悪ぃのにお初がオカマじゃこいつの人生験が悪すぎる。
 そんな俺に、後ろから楽しげな声がかかった。
「嫉妬深い男は嫌われるわよ?」
「誰が嫉妬するかボケ! てめぇと一緒にすんな!」
 あーったく、てめぇの戯けた頭でもの考えんなってんだ。
 そしてマリアのところへ戻ってきた俺たちは、相当におかんむりなマリアをなだめるのに、多大な時間を費やさせられたのだった。

「船は出ねぇ、か……どうするよ、おい」
「船がなければラダトームには行けない……サマルトリアに戻って船を出してもらうべきかしら」
「うーん、あんまり深刻に考えなくてもいいと思うよー? だってルプガナが交易なしで成り立つわけないもん。そりゃいよいよ危ないってなったら街の中に閉じこもるだろうけどさ、それはそれこそ命か金かって極限状況の場合だと思うよ」
「……それじゃまたすぐ定期船は出るってのか?」
「うーん、すぐ、かどうかはわからないけど。出るんじゃないかな。市長がいくら頑固だって言ったって商人組合全体から突き上げ食らったらそう長くはもたないでしょ」
「……でも待っている時間が惜しいわ……なんとか市長に働きかけられないかしら?」
「それは難しいんじゃないかな。僕たちは一応一国を背負ってる立場なわけだし、他国の首脳相手にうかつなことはできないよ。内政干渉にもなりかねないしね」
「そうね……」
「じゃあ俺たちは待ってりゃいいってのか?」
「うーんと。交渉の様子がわかるようにはしておきたいよね。ルプガナの商人の上の方に誰かコネない?」
 そんなことを話し合いながら、考えながら俺たちは歩く。俺を戦闘にしてずんずんがんがんと。
 歩いて、歩いて、どんどん歩いて―――
「どうしたの、ロレ?」
「……お前ら、帰り道わかるか?」
「え?」
 気がついてみると、俺たちは空き地の真ん中で道に迷っていた。……考えながら歩いてたら風景の変化を見過ごしちまった……。
「………あなたまさか行く先全然見ないで歩いてたの!?」
 うぐ………!
「んだよ! そーいうてめーらだって見てねーじゃねーか!」
「私たちはあなたが行く先をわかってると思ってたから……!」
「けっ、言い訳すんな。前見ねえで歩いてた時点で同罪だろーがよ」
「まぁまぁ、二人とも落ち着いて。外壁の中なのは確かなんだから、ちゃんと真っ直ぐ歩いてればどこかには着くよ」
 うっせぇサマ! てめぇも脳天気なことばっか言ってんじゃねぇ!
 そう怒鳴ろうと口を開けた時――
『!』
 俺たちは声のした方へ全力で走り出した。こういう時にどうするかは二月半の旅でマリアの体にも叩きこまれている。
「あそこ!」
 マリアが指差した先に一人女がいる。まだ若い。マリアより若いんじゃないかってくらいの年だ。
 そこそこの美人だが、格好はかなりやばかった。おそらくは背後にいる紫色の魔物にだろう、服をズタズタにされ肌にも何本か傷がついている。
「イヤアァァァァァァァ―――――!!! キャアアァァァァァァァァ―――――!!!!」
 すげぇやかましい叫び声を上げる女。まぁ、普通の女が魔物に教われりゃそうなるのも無理ないか。
 ……けど街の中に魔物を入れるなんざ、どういう警備してんだよルプガナ市警備隊!
 だが、今はそんなことを考えてる場合じゃねぇ!
「速攻で片付けるぞ!」
「了解!」
 一声かけると即座に返事が返ってくるのを小気味よく感じながら、俺は剣の柄に手をかけて駆ける。
 マリアの呪文を唱える声がかすかに聞こえた、と思ったらバギが発動した。敵が肉を斬り裂かれて悲鳴を上げ、こっちに向き直る、だが――
 遅ぇんだよ!
 俺はそいつらと女の間に割りこみ、剣を抜きざまに体を回転させることで突進力を回転力に変え、一撃で敵の首を落とした。横ではサマもそいつの頭を貫いている。
 他に敵がいないのを確かめてから、俺は女の方を向いて訊ねた。
「………………」
「大丈夫か?」
 女は呆然としている。俺の言葉が耳に入ってないみてぇだ。
「おいサマ、回復呪文頼む。こいつ正気に戻ってねぇ」
「わかった」
 サマが女に近寄る――と、女が動いた。
 すげぇ勢いで駆け寄ってくるから俺は反射的にそいつを突き飛ばそうとしてしまったが(こういうふいに近づいてくる奴って刺客かと思っちまうんだよ)、怪我をしてる女にそりゃねぇだろうと意思で体の反応を抑えた。
 すると、俺はその女に抱きつかれた。
 ……いきなりだな。そう思っていると、女はなんか、ヤバいくらいの幸福感に満ちた声で叫ぶ。
「結婚してください、私の王子様!」
「……………」
 ………いきなりなんだ、この女。

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