とりあえずマントを貸してやったその女が言うには。自分はシャニーって名前で、昔からずっと王子様が自分を迎えに来てくれるって夢見てて、だけど今まで自分を口説いてきたどんな男も王子様とは思えなかったんだそうだ。 で、今日俺と出会って、ようやく王子様認定してもいいと思える男を見つけた、あなたこそが私の旦那様だ――だと。 ……なんっっっじゃ、そりゃ! 「ぜひ私のおじいさまに会っていってくださいな! 港近くの屋敷にいらっしゃるはずですから!」 「断る」 冗談じゃねぇ。こんな勘違い女の家族に紹介された日にゃ、いきなり結婚話ぶちかまされかねねぇ。 「あぁん、ご遠慮なさらずとも〜」 「遠慮じゃねぇ。きっぱりはっきり嫌だっつってんだ」 「なぜですっ!? あなたは私を助けてくださったじゃありませんか!」 ……こんの勘違い女が………。 「助けたけどな。だからってお前と結婚する気はねぇ。第一いきなり婿扱いするような女の家に行ったらどんな面倒が起こるかしれたもんじゃねぇだろうが」 「そんな……あなたは私の王子様ではないのですか?」 「少なくとも、てめぇの王子様じゃねぇな。つーか、てめぇに王子様認定される必要なんざこれっぽっちも感じねぇ」 いまさら言うのも馬鹿馬鹿しいが、俺は実際に王子だし。それになによりこーいう自分が選ぶ立場だなんぞと勘違いしてやがる女は俺は大っ嫌いなんだよ。ローレシアの貴族娘にもよくいたけどな。 「………けっこうなことじゃない。女の子の王子様になるなんて名誉だこと。あなたも少しは王子様らしくなるんじゃないのかしら?」 ……このアマ。 「……んだとコラ? 喧嘩売ってんのか? 俺は別に王子様らしくなりてぇなんて生まれてこの方一回も思ったこたぁねぇんだよ!」 「あら、あなたがそんなことを言っていられるご身分なんて驚きだわ。曲がりなりにも第一王位継承者が」 「ざけんなコラ、てめぇに言われたかねぇよ。第一……女の子の王子様だぁ? んな寒ぃもんになる気はこれっぽっちもねぇからな!」 「よく言うわね。あなたみたいな女たらしだったら国でも女の子たちを口説いて素性を知らない女の子にも王子様って呼ばれてるんじゃないの?」 「んだとっ!?」 「なによ!?」 この女俺をなんだと思ってんだ!? 俺は素人娘には手を出さねぇって決めてんだからな、あとが面倒だから! 第一! なんでてめぇにそんなこと言われなきゃなんねぇんだよ、なんっか妙にムカつくぞ! 「もしかして……もしかして、あなたは本当に王子様なんですか!?」 『……………』 シャニーとかいう女の叫ぶ声が聞こえて、俺は固まった。 しまった。こいつのこと忘れてた。こいつが俺たちの話聞いてたんだったら……やべぇ、かも。 「やっぱりあなたは王子様だったのですね!? どこの国の……ううん、そんなことはどうでもいいわ。王子様なんですもの! さ、私を屋敷へ連れていってくださいな! あなたならおじいさまだって文句を言わないはずだわ!」 「だから行かねぇつってんだろこのスットコ娘……!」 「ああ、今日はなんて素敵な日でしょう! ついに、ついにずっと待っていた王子様がやってきてくださったなんて!」 「人の話聞いてるか、おい」 「ねぇシャニー、君はもしかして……シャニー・オワレイユ? ルプガナ市長の孫娘の?」 ふいにサマがそんなことを言い、俺は驚いた。 ルプガナ市長の孫娘? こいつが? 「ええ、私はルプガナ市長の孫娘ですけど」 「………はァ!?」 俺は思わずサマに駆け寄った。どういうことだよ、おい。 「おいサマ、どういうことだ? あいつマジでルプガナ市長の孫娘なのかよ?」 「たぶんね、本人がそう言ってるし。シャニーってそう珍しい名前じゃないけど、橙色の髪に濃紺の瞳でルプガナ在住のシャニーさんならもしかしてと思ったんだ。けど……大当たりとはね」 「なんでお前がルプガナ市長の孫娘の名前なんて知ってんだよ」 「え、だって世界情勢を知ろうと思えばこれくらいは」 「……そーかよそーかよ、俺が悪うございました」 となると……これはつまり、あれか。コネができたっつーことか。 それも市長にでかい貸しつきで。定期船を再開させてくれるぐらいでかい貸しかもしれねぇわけだ。 ……しょうがねぇ、か。 「おい、シャニーっつったな。わかった、一緒にお前のじいさんの屋敷に行ってやる」 「え! やっとあなたが私の王子様って認めてくださったのね!」 「ちげーよタコ。お前のじいさんに用があるんだよ」 「ちょっと、ロレイソム。これから重要な人間を紹介してもらうのにそんな言い方して……」 「ああ、やっぱり〜♪ あなたは私のおじいさまに挨拶してくださるおつもりでいたのね! それじゃあ参りましょう! 私についてきてくださいな!」 ……やっぱこの女、ヤバい。ルプガナの未来は暗いな。 だが鼻歌を歌いながら歩くシャニーの気分を損ねてもどーにもならん。俺は黙ってサマとマリアと並んで歩いた。 「………どうするの?」 マリアが唐突に口を開いた。 「は?」 「結婚、するの?」 「はぁ? なに言ってんだてめぇ」 わけのわかんねーこと言うなよ。 「ルプガナ市長の孫娘。ローレシア次期国王の王妃として、決して不釣合いな身分ではないはずよ。ルプガナとの繋がりができたとして歓迎する人間もいるかもしれない」 「………だから?」 「向こうは大乗り気よ。あなたは、どうなの。自分の妃として考える気があるの?」 言われて初めて気づいた。確かにあの女、妃になってもおかしくねぇよーな立場の人間ではあるんだよな。俺が望めば可能性は高くなるだろう。 が、当然俺はほんの少しも迷わず首を振った。 「冗談じゃねーよ。あんな勘違い女を好き好んで妃にしたい男がいるか」 「……でも、とても可愛らしい方よ」 「可愛いっつーならてめぇの方がよっぽど可愛いじゃねぇか」 「え……」 マリアの顔がぱっと朱に染まるのを見て、俺ははっとした。 な………なに言ってんだ、俺!? 「え、えーとだな! それはともかくとして! ……俺は、自分から妃を選ぶなら、どんなことでもいいから、俺が認められる奴がいい。頭のよさ、心根、なんでもいいからこいつのここは嫌でも認めざるをえないってとこがある奴がな」 「…………」 「そういう奴なら、その、なんだ……命を預けてもいいって、思えるから、な」 なぜかわからないが異様に照れくさくて、それだけ言って俺はそっぽを向いた。マリアはうつむいているのが気配で伝わってきた。 ――妙な気分だった。 市長は幸い一応判断力のある奴だったみたいで、孫娘がそう言ってるからっていきなり結婚話を持ち出すような真似はしなかった。魔船っつー船を貸してくれるそうだ。操縦方法を習った時によく見たけど、なかなかいい感じの船だった。 そんで、俺らは市長に晩餐会に招待されたんで、それ用の準備をしなけりゃならなかった。面倒くせぇなー、と思うものの、ここで市長の機嫌を損ねるわけにもいかねぇ。 久しぶりなんでうぜぇなー、と思いながらも着替えた俺を、サマはしばしじーっと見つめた。興味深げっつーか……どんな些細な部分も見落とさないように真剣に観察してるみてぇな顔だ。 「……おい。なに見てんだよ」 「え?」 一瞬夢から覚めたみてぇな顔になって。 「だって、ロレかっこいいから。ちゃんと見ておきたくて」 「…………」 阿呆か。同じ男に言う台詞じゃねぇだろ。 そーいうのはもーすでに何度も言って飽きたんで、俺は無視することに決めた。 部屋の外に出て、マリアが現れるのを待つ。マリアはドレスを借りるそうだから、それなりに時間がかかるだろう。 待たされすぎて俺が苛々して来た頃、扉が開き――部屋の向こうからマリアが現れた。 「……………」 俺は、不覚にも、一瞬見惚れてしまった。 きれい、だ。ゆったりとした朱色のローブ風のドレスは、マリアの薄紫色の髪とグラデーションを創り、肌の露出はわずかだがそれがかえってエロチシズムってやつを感じさせ、耳に輝く黄金のイヤリングが白い肌を引き立てて――あーなんだ、こんなことを言いたくはねぇが、女神ってのはこんなもんかななんて柄にもねぇことを考えちまったりして。 無言で見つめていると、マリアがさっと頬に朱を散らし、俺を見返してきた。しばらくひたすら無言で見つめあう。 サマにつんつんと肘でつつかれて、俺は我に返った。 「よ、よう。なんつーか、その……似合ってんぜ」 マリアは少し恥ずかしそうに笑って、うなずいた。 「……ありがとう。あなたもよく似合っているわ……サウマリルトも」 「ありがとう。でもマリアの方がずっと綺麗だよ」 「ありがとう」 マリアは微笑んで返す。……けど、なんか間の抜けた褒め言葉だな、こいつらしくもねぇ。男と比べて褒められたって嬉しくねぇと思うんだが。 晩餐会の料理はうまかった。ここの料理人いい腕してる。俺はこの手の席は苦手だが(シャニーも飢えてるみてぇな目でこっち見てやがるし)、俺に話が振られるとすぐサマが引き取ってくれるんで俺はほとんど黙って食ってるだけでよかった。 晩餐の締めのデザートと茶を飲むためにサロンへ移動する。シャニーが近づいてくるのはわかってたが、放っておいた。ある程度はこいつも相手してやらなきゃまずいだろうしな。 「こちらからの眺めはなかなかのものがあ………!」 そう言いつつサロンに入った市長が固まった。 「おじいさま、そんなところに立っていてはお客さまたちが中に入れませんわよ?」 「………お前がなぜここにいる」 「あら、シャニーの王子様が見つかったって言うんですもの。姉の私が祝福しなくてどうするんですの? ……所用のせいで晩餐会には間に合いませんでしたけれど、ね」 この声。聞いた声だ。 ――もしかして。 俺は市長の後ろから扉を押し開いた。大股で中に入り、声の主を見る。 「あら」 「……マジかよ」 「……こんなところで会うとは思ってませんでした」 「私もよ、ボク」 そこにいたのは昼間のオカマだった。 オカマはオルガと名乗った。こいつもルプガナ市長の孫なんだそうだ。シャニーの兄貴ってことだな。姉貴とはぜってー呼んでやらねー。 だがどこに行っても孫娘で通しているらしい。それでいいのかと思うけど、オルガはいいんだと主張した。 「ま、あたしはおじいさんに嫌われてるけど有能だから。仕事で信頼できればそれ以外のことはわりとどうでもいいっていうのがルプガナ人の考え方なのよね、基本的に」 ふうん。じじいに嫌われてんのか。……まぁ孫がオカマだってんなら無理もねぇけど。こいつも苦労してんだな。 仕事が有能、か。ただの色ボケオカマってだけでもねぇんだ。それはちっと見直したかも。 「けど、なんでルプガナ市長の孫が娼婦の真似事なんてしてんだよ」 「趣味よ」 ………は? 「………趣味?」 「そう、趣味。ストレス解消」 「なんで娼婦がストレス解消なんだよ」 「だってあたし男と寝るの大好きなんだもん」 俺は唖然とした。やっぱりこいつはただの色ボケのオカマじゃねぇのか? 普通言うかそんなこと。 「あたしは男に天国を味あわせてあげるのが大好きなの。男があたしの中で射精するのを感じる時がサイコーに幸せ。それに男にいろんなところに突っ込まれるのってもうすっごく気持ちいいしね」 ………男の台詞か、これが………あーオカマだから男じゃねぇのか、まーどーでもいいけど。 「………っ!」 マリアがオルガと話すために離れたテーブルで様子をうかがってもらってた市長とシャニーのところへ行く。そりゃそうだ、あの世間知らずの初心な女がこんなシモいオカマと一緒に話せるわけがねぇ。 「………チッ。おい、オルガっつったな。お前そーいうこと言うなら相手考えろよ」 「うふん、わざとに決まってるじゃなーい。あの綺麗な顔したお嬢さんが、どういう反応してくれるか楽しみでねぇ」 「こんの根性曲がりが……」 だが俺はそれ以上言わずマリアのあとを追った。この手の奴と口で喧嘩しても勝てるわけがねぇ。 顔を真っ赤にして無言で市長を睨みつけるマリアからだいたいの事情を察したんだろう、市長は少しばかりおろおろしつつフォローに励んでいた。……そりゃあいつのこと嫌いにもなるわなぁ………。 「マリア」 「………ロレイソム」 マリアがいくぶんほっとしたように俺を見やる。俺はうなずいて、マリアの肩をそっと叩いた。 「忘れろ」 「………ええ」 マリアが朱のひいた顔でうなずいたので、俺はほっとして笑った――が、そのとたんシャニーに抱きつくようにしてしなだれかかられた。 「おい………」 「うふふ、ロレイソム王子。あの方のことなんて気にすることありませんわ。それよりも、私とこれからのことについて話し合いましょう?」 「……これから?」 「そうですわ。私と王子様の、これ以上ないくらい幸せな生活について!」 ………なんだそりゃ? 眉根を寄せる俺に、市長が苦笑しつつ、そのくせ裏にぎらぎらしたものを隠してる顔で言う。 「この子は昔から夢見がちでしてな。いつか王子様がやってきて自分をこれ以上ないくらい幸せにしてくれると信じていたのです。笑い話だったのですが……まさか本当に王子様を捕まえて帰ってきてしまうとは」 「…………」 こっちにとっては笑い話じゃねぇよ。 冗談じゃねぇ。俺はこんな女と結婚する気なんざさらさらねぇ。 結婚生活なんざ今の俺にゃ想像もつかねぇが……この女とじゃ幸せになんざなれっこねぇっつうのはわかる。 つうかな、王子様がやってきて自分を幸せにしてくれるっつー考え方自体が気に食わねぇ。てめぇで幸せになろうって気が全然ねぇじゃねぇか。他力本願すぎだっつの。 女っつーのはこれだからタチが悪ぃよな。 「ねっ、ロレイソムさま? あなたが私を助けてくれた時から、ううんもっとずっと前から運命は決まっていたのよね?」 んなわけねーだろ。 ……と言いたいところだが、市長の前でそれを言うわけにもいかねぇ。俺は黙って耐えた。 「……ロレイス」 「え?」 俺は思わずばっと振り返った。マリアが言ったその名前は―― 「ロレイス。そう呼んでもかまわないでしょう? あなたの愛称ですものね、三ヶ月も一緒に暮らしてきたのだから、呼んでもいいでしょう?」 「あ、ああ」 俺はかなり驚いたが、うなずいた。こいつに俺の愛称を教えたのは一ヶ月ぐらい前になるが――ちーともそんなもんで呼ぶ気配を見せなかったのに、なんなんだいきなり。 「ねぇロレイス。こちらのシャニー嬢の話に少しつきあってさしあげたら? どうせすぐ出発するんですもの、少しばかり夢を見てらっしゃるいとけない少女につきあってあげても悪いことはないでしょう?」 そうマリアが言うと、シャニーがきっとマリアを睨んだ。 「私が幼いとおっしゃりたいの?」 「まさか。そう聞こえたのならお詫びするわ。ただ、夢は夢だということを理解せずに他人にも押しつける方は私どうしても幼いと思ってしまうので、それでそう聞こえてしまったのかしらね」 「ほら、やっぱりそう言ってるじゃない!」 「あなたが幼いなどとは一言も言っていないでしょう。なにかやましいところがおありになるのかしら?」 「ふざけないでよ、この、この………!」 「ふざけてらっしゃるのはどう考えてもあなたのほうだと思いますけれど。小さな頃から夢見ていた王子様にぴったりの人間が来たからと言って、その人と当然結婚できると思うなんて、ね」 ………なんか………こいつら、すげぇ火花散らしてねぇか? なんでマリアがシャニーを挑発してんのかわかんねぇが……なんか、口を挟めねぇ雰囲気がある……。 俺は視線を逸らしてサマたちの方を見た。あ、オルガがサマに抱きついてやがる。 「おい、オルガ! そいつにちょっかい出すなっつったろーが!」 別に逃げるつもりじゃないが、ちょっとばかりサマたちに近寄る速さが普段より増してたのは否定できない。サマがいつもの嬉しげで幸せそうな笑みを浮かべてるんで、男に抱きつかれてなに笑ってやがんだと頭を一発殴ってやった。 「んもう、乱暴ねぇ」 「いいんです、それだけロレが僕のことを心配してくれてるってことだから、嬉しいです、僕」 「んまぁっ! もう、なんて健気なのかしらサウマちゃんはっ! いい子いい子」 「だから抱きつくなっつってんだろーが!」 サマとオルガを引き離し、俺はサマに言った。 「サマ、ちっとあっちの方なだめてきてくれ。マリアとシャニーが角突き合わせちまってんだ」 「……わかった。やってみるよ」 向こうのテーブルに向かうサマを見て、俺はほっと息をついた。あいつならあの二人の衝突をそらせられるだろう。 「モテる男は辛いわねぇ」 くすくすと言うオルガを、俺は睨んだ。 「馬鹿言ってんじゃねぇ」 「事実でしょ」 「あんな女にモテたって嬉しくもなんともねぇよ。………あ、悪ぃ。あいつお前の妹だったな」 「んー、別にいいわよぉ。あの子もあたしのこと嫌ってるしー」 「……あいつも?」 「うちって早くに両親が死んで、あの子とあたし二人で育ってきたのよね。じいさまは仕事が忙しかったし。昔はすんごい仲良かったのよ」 「……へぇ………」 「けど、あたしが女の姿になって、男が好きなんだって言った時からかな。もう徹底的に無視ってくれてさ。たぶん大好きなお兄ちゃんが変態だっていうの認めたくなかったから、あたしの存在ごと消しちゃえって気持ちだったんだと思うけど」 「……………」 「今は慣れたけど、最初はへこんだなぁ。あたしとあの子の間の絆はあたしが女になっただけで壊れちゃうようなものだったのかって。そんな絆しか築いてこれなかったのかって……まぁ、今はあの子にとってはそのくらいの衝撃だったのかって思うけどね。生まれた時からこの性癖とつきあってるあたしはともかく、あの子にとっては青天の霹靂だっただろうし」 俺は少しばかりしんみりした気分になってオルガの話を聞いていた。こいつは根性の曲がったオカマだが、こいつはこいつなりに家族のことを大切にしてるっつーのがよくわかったからだ。 そりゃ辛いわな……こいつの性癖はやっぱり理解できねぇけど。 「あの子の悪い癖も、そのせいで――あの子を理解して上げられる人間がいなくなっちゃったせいで加速しちゃったのかなって思うと、悪いことしたなぁって思うのよね」 「悪い癖?」 「……あの子呪術の才能があってね。街中の空き地で魔物を召喚して、魔物を操って人が来たのを見計らって自分を襲わせるの。それで助けてもらった人の中から自分の王子様を探すわけ」 「………なんだ、そりゃ?」 「あたしもやめさせようやめさせようとはしてるんだけどね……あたしの言葉になんて耳を貸さなくなっちゃったからさ」 「………ざけんな」 低く吐き捨てると、オルガがびくっと震えた。俺はそれにかまわず、すたすたとシャニーに向けて歩み寄る。 「ちょ、ちょっと? なにする気? ねぇ、ロレイソム王子ってば!」 俺は後ろから取りすがるオルガを無視して、シャニーの前に立った。シャニーがすぐさま嬉しそうな顔になって俺に笑いかける。 「どうなさったの、ロレイソム王子?」 「お前、あの魔物自分で召喚したのか」 低く訊ねると、シャニーはびくりとして、それから顔を真っ赤にして首を振った。 「私が? まさか! あの魔物は私が空き地を歩いていたら突然現れたんですのよ?」 「じゃああんな人っ子一人通らないような場所で何してた」 「な、なに、って………」 緊張した空気。市長はおろおろと俺とシャニーを見比べ、サマは静かに、マリアは驚きの顔で俺を見つめている。 シャニーはその空気に慌てたように、必死に首を振る。 「な、なんにもしてませんわ! 散歩……そう散歩ですわよ! ただの散歩しかしてません!」 それから笑顔を浮かべて俺にしなだれかかった。 「ねぇ、どうせそこの人からお聞きになったんでしょ、そんな馬鹿なこと? 私がそんなことするはずないじゃありませんの。そんな汚らわしい方の言うことなんて、ロレイソム王子はお信じになられませんわよね?」 「…………」 俺は無言で、軽くシャニーの頬を張った。パァン! という音がサロンの中に響いた。 「な……なにをなさるの………」 呆然とした顔のシャニー。 「な、なにをなさる! 女に手を上げるとは……!」 激昂した様子の市長。 「…………」 呆気にとられたマリア。 「…………」 静かに俺を見つめるサマ。 そいつらをぎろりと睨み渡して、俺は低く言った。 「自分のことを大切に思ってくれてる家族を汚らわしいなんぞと言う奴は、打たれても当然だ」 それからサマとマリアの方を向いて言う。 「おいサマ! マリア! 魔物を召喚した証拠ってあとからつかめるのか?」 「え……えぇ。魔法陣は残るし、魔力の痕跡も残るから……」 「魔力の追尾を行えば誰が魔物を召喚したかすぐにわかるよ。召喚から数日はね」 「……シャニー。正直に白状するなら、今だぜ」 じっとシャニーを見つめる。シャニーは震える顔でしばらく俺を見返していたが、すぐにわっとその顔が歪んだ。 「だって! だって……私、王子様に会いたかったんですもの!」 泣き、喚き、地団駄を踏むその姿は、美しいとはとても言えないものだった。 「まさか突然あんな強い魔物が出てくるなんて思わなかったんですもの! 普段ならスライムクラスか、せいぜいが魔術師なのに! 私の力でちゃんと支配できたのに……あんなのが出てくるなんて……!」 「……認めるんだな。自分が召喚したって」 「ええ、ええ認めるわ。だけどしょうがないってわかってくださるでしょう? つまらない生活に心底絶望していた私が、王子様に出会うために魔物を少し召喚したぐらい、女の手遊びと許してくださるわよね?」 その言葉に、俺はふっと笑う。 「許す――わけねぇだろこの馬鹿女!」 俺はシャニーをぐいっと引っ張りつつ椅子に座ると、シャニーを膝の上に抱えこんだ。そしてそのままスカートを捲り上げて尻を露出させる。 「な、なにをっ!」 市長が騒ぐが、そんなこたぁどうでもいい。 「うるせ。ちっとお仕置きしてやるだけだ」 言うや俺は少しだけ力を入れてパァン! とシャニーの尻をはたいた。 「いったぁぁぁぁい!!」 叫ぶシャニーに、俺は怒鳴る。 「魔物に襲われた時の方がもっと痛かったろうが!」 「そうだけど! じゃあなんで魔物に襲われた私をぶつのよ!?」 「てめぇは阿呆か、そんなこともわかんねぇのか! もしあそこに偶然俺たちが通りかからなかったらどうなってたと思うんだ!」 「ど、どう、って」 「あの魔物はてめぇを殺して、次はルプガナの住人を襲っただろうぜ」 「…………」 「それがわかっててやったのか? 自分のやってることが他人にとんてもねぇ迷惑、それも命に関わる迷惑をかけるってわかっててやったのか、てめぇは?」 「そういう……そういうわけじゃ……!」 「じゃあてめぇは物知らずで馬鹿なガキだ。そのくせ力を持ってやがる。そういう奴はきっちり躾けなおさねぇとダメだよな?」 「え……」 パァン! と俺はもう一発シャニーの尻をはたいた。そしてさらにもう一発、もう一発……。 「いたぁぁい! 痛い、痛い、やめてよぉっ!」 「魔物は痛いっつってもやめてくれねぇんだよ! てめぇはそういう思いを何人もにさせる可能性のあることをやってたんだ!」 「わかった、わかったから、もう反省したから、やめるからやめてよぉっ!」 「ダ・メ・だ! 反省しても今までの分の仕置きはきっちりしとかねぇとな!」 俺はパンパンとシャニーの尻をはたき続け、シャニーが泣き疲れてきた頃になってようやくやめた。 考えてみたらこれから船を貸してもらうのに市長の機嫌を損ねちまったらやべぇんじゃねぇかと思ったんだが、市長は思いのほかしゅんとして俺に感謝してきた。 「わしは今までロレイソム王子のようにあの子を叱ることができませなんだ。市長だなどと偉ぶっていても、しょせんわしは息子夫婦を助けられなかった男……そのことをずっと引け目に感じてきましたが、それも間違っていたのかもしれませんな……」 オルガも別れ際に俺だけ引きとめて礼を言ってきた。 「ありがとう。あなたのおかげで私、もう少しあの子たちと話せる勇気が持てそうだわ。……ずいぶん荒療治だったけどね」 「別に俺はお前らのためにしたこっちゃねーよ。上に立つ者として許せねぇことを叱っただけだ。それにあの程度荒療治だなんて言えるか」 「ふふ……あなたけっこうお人よしなのね」 「誰がだ」 オルガはにっと笑うと、ぐいっと俺の耳元に口を近づけて言った。 「そんな優しいあなたに忠告よ。私たちみたいな人間を、軽蔑しないでね」 「………は?」 「男だけど女になりたいと思うような、男を好きになるような、そういう人間は確かに奇形なのかもしれないけど――私たちはそういう形に生まれついてしまった。だから、私たちにとってはそういう姿が自然なの。そういう思いを抱くことが当然なのよ。私たちの、そういう感情を否定しないでほしいの。否定されたら――私たちは生きていくこともできなくなってしまう……」 「……それのどこが忠告なんだよ」 俺の質問に、オルガは不思議に優しい笑顔で答えた。 「じきにわかるわ。じきに、ね」 |