少女はシャニーと名乗った。そして自分の家に僕たち(というかロレというか)を招待すると言って聞かなかった。 「ぜひ私のおじいさまに会っていってくださいな! 港近くの屋敷にいらっしゃるはずですから!」 「断る」 きっぱりと言うロレ。 「あぁん、ご遠慮なさらずとも〜」 「遠慮じゃねぇ。きっぱりはっきり嫌だっつってんだ」 「なぜですっ!? あなたは私を助けてくださったじゃありませんか!」 「助けたけどな。だからってお前と結婚する気はねぇ。第一いきなり婿扱いするような女の家に行ったらどんな面倒が起こるかしれたもんじゃねぇだろうが」 「そんな……あなたは私の王子様ではないのですか?」 うるうる瞳でロレを見上げるシャニー――その顔は綺麗って言ってもよさそうなものだったけど、ロレはあっさり肩をすくめる。 「少なくとも、てめぇの王子様じゃねぇな。つーか、てめぇに王子様認定される必要なんざこれっぽっちも感じねぇ」 ………ふーん。ロレ、こういう子は好みじゃないんだ。据え膳食う気はないみたい。 ふーん。 「………けっこうなことじゃない。女の子の王子様になるなんて名誉だこと。あなたも少しは王子様らしくなるんじゃないのかしら?」 あ……マリア、また意地張って………。 「……んだとコラ? 喧嘩売ってんのか? 俺は別に王子様らしくなりてぇなんて生まれてこの方一回も思ったこたぁねぇんだよ!」 「あら、あなたがそんなことを言っていられるご身分なんて驚きだわ。曲がりなりにも第一王位継承者が」 「ざけんなコラ、てめぇに言われたかねぇよ。第一……女の子の王子様だぁ? んな寒ぃもんになる気はこれっぽっちもねぇからな!」 「よく言うわね。あなたみたいな女たらしだったら国でも女の子たちを口説いて素性を知らない女の子にも王子様って呼ばれてるんじゃないの?」 「んだとっ!?」 「なによ!?」 睨みあう二人。……息ぴったり。 そんな二人を見てシャニーはしばらく呆然としていたんだけど、ふいにはっとして叫んだ。 「もしかして……もしかして、あなたは本当に王子様なんですか!?」 『……………』 しまった、という顔をするロレとマリア。……いまさら……ていうか、気づいてなかったんだろうか気づかれるって。 だがシャニーは遠慮も会釈もまるっきりなしで、ロレに怒涛の勢いで擦り寄る。 「やっぱりあなたは王子様だったのですね!? どこの国の……ううん、そんなことはどうでもいいわ。王子様なんですもの! さ、私を屋敷へ連れていってくださいな! あなたならおじいさまだって文句を言わないはずだわ!」 「だから行かねぇつってんだろこのスットコ娘……!」 「ああ、今日はなんて素敵な日でしょう! ついに、ついにずっと待っていた王子様がやってきてくださったなんて!」 「人の話聞いてるか、おい」 ロレの言葉などに耳も貸さず、一人盛り上がりまくるシャニー――ん? シャニー? 「ねぇシャニー、君はもしかして……シャニー・オワレイユ? ルプガナ市長の孫娘の?」 シャニーはきょとんとして、それからうなずいた。 「ええ、私はルプガナ市長の孫娘ですけど」 「………はァ!?」 仰天したロレはこっちに駆け寄ってきて耳打ちした。 「おいサマ、どういうことだ? あいつマジでルプガナ市長の孫娘なのかよ?」 「たぶんね、本人がそう言ってるし。シャニーってそう珍しい名前じゃないけど、橙色の髪に濃紺の瞳でルプガナ在住のシャニーさんならもしかしてと思ったんだ。けど……大当たりとはね」 「なんでお前がルプガナ市長の孫娘の名前なんて知ってんだよ」 「え、だって世界情勢を知ろうと思えばこれくらいは」 「……そーかよそーかよ、俺が悪うございました」 ふん、と鼻を鳴らしつつロレはシャニーに向き直った。 「おい、シャニーっつったな。わかった、一緒にお前のじいさんの屋敷に行ってやる」 「え! やっとあなたが私の王子様って認めてくださったのね!」 「ちげーよタコ。お前のじいさんに用があるんだよ」 「ちょっと、ロレイソム。これから重要な人間を紹介してもらうのにそんな言い方して……」 「ああ、やっぱり〜♪ あなたは私のおじいさまに挨拶してくださるおつもりでいたのね!」 マリアの心配も無用か。とことん都合のいいところしか聞こえてない耳だな。それとも頭かな。 「それじゃあ参りましょう! 私についてきてくださいな!」 シャニーはロレのかけてくれたマントを翻して、うきうきと言った。 それから、市長宅へ向けて歩いていく途中、ロレとマリアはシャニーを妻にするのかどうかということで少し言い合った。痴話喧嘩――というか、いちゃついてるとしか聞こえない内容だったけど。 ――ロレは。ロレの好きな人は――― 「可愛い孫娘を助けてくださったそうで、なんとお礼を言ってよいやら!」 そう言うルプガナ市長――デンダー・オワレイユは皺だらけの顔をにこにことほころばせた。孫娘の前だからかいかにも好々爺然としてるけど、これでも他の商人を抑えてルプガナ市長に就任した古狸だ、相当なやり手なはず。 気弱で頑固だってあのオカマさんは言ってたけど……。 「聞けばロト三国の王位継承者であられる勇者さまたちだとか。なにかわしにできるお礼はありませんかな?」 「いやですわおじいさま、そんなの決まってるじゃありませんの。私とのけっこ」 「でしたらひとつお願いを聞いていただけませんでしょうか」 ロレがシャニーの言葉に反応する前にと、僕は一息に言った。 「ラダトームへの定期船を、出していただきたいのですが」 「なんと……」 デンダー市長がわずかに眉をひそめる。 「なにゆえそのようなことを。お聞き及びかと思いますが、現在ルプガナの定期船は運休状態で――」 「ええ、それは承知しています。ですが僕たちも敵と戦うためにどうしてもラダトームに行くことが必要なのです。世界の敵を討つため、協力してはいただけませんか。少なくとも僕たちが乗る船の安全はほぼ確保できるかと思いますが」 「…………」 デンダー市長は眉間に深く皺を刻み、しばし考える風を見せた。 「……ラダトームに行ければよいのですな?」 「できればそれからも方々へ向かいたいと思いますので、定期便はできるだけ休まないでいただきたいのですが」 「………ふむ」 デンダー市長はぱんぱんと手を叩いた。 「ミランダ! ミランダはおるか!」 すぐさま応接室の扉が開いて、一人の知的な女性が入ってくる。秘書の人だろうか。 「はい、市長。なんのご用でしょう」 「こちらにおられる方たちに魔船を貸与する。手続きを頼む」 「………わかりました。少々お待ちくださいませ」 そう言って引き下がる女性――ミランダさんを見る余裕もなく、僕はデンダー市長に意気ごんで聞いていた。 「魔船とは、もしやあの魔力推進船のことですか? ルプガナ伝説の宝とも呼ばれる?」 「その通り。本来ならルプガナの外の人間には貸すことを禁じられておるのですが、あなた方は我が孫娘の命を救ってくださった大恩人、その恩を返さないのは信義にもとる」 「ありがとうございます、心からお礼を言わせていただきます」 深々と頭を下げる僕とマリア。ロレは慌てたようにそんな僕たちを一瞬見比べたけど、結局同じように頭を下げた。 デンダー市長は楽しげに笑うと、隣の不満そうなシャニーの頭を撫でつつ言った。 「それだけでなく、今宵はお礼の晩餐会を催させていただきますでな。夜までにはこちらに来ておいていただきたい」 「おい、魔船ってなんなんだよ。お前ら知ってんのか?」 魔船を見にいこうということになってミランダさんに案内されつつ市長の屋敷を出ると、ロレがそんなことを言ってきた。 「うん、知ってるよ。ロレは知らないの?」 「知らねーよ」 「……まぁ、あなたが無知なのはいまさらよね」 「んだとコラ!」 ……本当に、息ぴったりだね。 「魔船っていうのは昔――人に退歩の呪いがかけられるよりさらに昔、人が上の帝国の技術をまだ保有していた頃に作られた船でね。かけられた特殊な魔法を使うことで、風がない時でも自在に海を走ることができる船なんだよ」 「昔? って、どのくらい昔だよ、具体的に」 「うーん……精霊暦で五百年ぐらいかなぁ……」 「そんな昔の船だったらとっくに腐ってんじゃねぇのか?」 「保存の魔法がかけられているの。当時は他にも魔船はいくつもあったけど、保存の魔法がかけられていたのはここの魔船だけだった――だからこそルプガナの宝として伝えられてきたのよ。そのくらいのことは察してしかるべきでしょうに……」 はぁ、とわざとらしくため息をつくマリアに、ロレがすかさずなんだとと噛みつく――そんなことをやっているうちに、港についた。 「こちらです」 今まで見たどの港より大きいその港に僕たちが感心する暇もなく、ミランダさんはどんどんと先へ進む。何重にもなった扉や倉庫を越えて、ようやっと魔船にたどりついた。 「はぁ……これが魔船、か」 大きさは中ぐらいだな、と思った。保存の魔法がかかってるだけあって綺麗だ。凝った装飾や構造や白色に塗られた様子は優美とすら言っていいくらい。 ロレもマリアも感嘆したような顔で見ていた――と、ミランダさんが声を上げる。 「こちらへ。操縦方法、お手入れの方法、等々魔船の所有者に不可欠な知識をお教えいたしますわ」 「おう、頼む」 そう言ってロレが真っ先にミランダさんに続く。もちろん僕たちも追いかけたけど。 ロレはこの船が気に入ったみたい。もしかしたら単純に大きな乗り物っていうだけのせいかもしれないけど。 湯屋で汚れを落として、市長宅でそれなりの服を貸してもらい。荷物を宿屋に置いて、晩餐会が始まった。 「では我々の出会いに、乾杯!」 『乾杯』 広いテーブルについて、葡萄酒を乾す。 ……おいしい。お酒を飲むなんて、ずいぶん久しぶりだ。 そして、こういう改まった席も。 「いかがですかな、当家の料理人の腕は。なかなかのものでしょう、ロレイソム殿?」 「ああ」 ぶっきらぼうな返事。でも食べる速さが早いから、本当においしいとは思ってるみたい。 「たいへんおいしくいただいていますわ」 「本当に。香辛料の使い方がルプガナならではですね」 とか言ってるけど、ルプガナ料理の特徴なんて一度本で読んだことしかないんだけどね。 「ほほう、サウマリルト殿はいい舌を持っておられる。いやむしろよい頭というべきですかな?」 愉快そうに言うデンダー市長。その隣ではシャニーが食いつきそうな顔でロレを見ている。 ……そりゃそうだ。だってただでさえロレはかっこいいのに、汚れを落としていい服に着替えた今ではまさに貴公子と言うにふさわしい姿だもの。 実を言うと涼しい顔して食事しながらも、僕はロレを見るたびに心臓がときりと跳ねるのを自覚しないわけにはいかなかった。だって……ロレのこんな姿初めて見たんだもん。 めったに喋りはしないけど、食べ方は綺麗で礼儀正しい。言葉遣いは乱暴だけど、本当はきちんと躾けられてるんだよね。 肉を切り分け口に運び、グラスの下の方を持ってワインを飲む。その仕草だけですごく絵になる………。 食事も終わりに近づいた頃、デンダー市長が言った。 「それではサロンに移動いたしましょうか。茶を飲みつつ菓子をつまみつつ、旅のお話でも孫娘ともどもお聞かせ願いたい」 ああ、そういえばルプガナの晩餐会って最後にサロンに集まってお茶するんだったっけ。逆らうこともないので、僕たちは市長に続いてサロンに向かった。 談笑しながら(シャニーがロレに近づくのをこっそり邪魔もしつつ)サロンの扉の前へたどりつき、先導のメイドさんが扉を開ける。 「こちらからの眺めはなかなかのものがあ………!」 上機嫌に中に入っていったデンダー市長が硬直する。なんだ? と思う間もなく、サロンの中から優しげな声が聞こえてきた。 「おじいさま、そんなところに立っていてはお客さまたちが中に入れませんわよ?」 「………お前がなぜここにいる」 苦虫を十匹まとめて噛み潰したような顔と声で言う市長。 「あら、シャニーの王子様が見つかったって言うんですもの。姉の私が祝福しなくてどうするんですの? ……所用のせいで晩餐会には間に合いませんでしたけれど、ね」 ん? この声……どこかで聞いた覚えが……。 と、固まっているデンダー市長の後ろから、ロレが扉を大きく押し開いた。豪奢な装飾をしたサロンの部屋内が目の前に広がり――奥のソファに座っている、清楚なドレスを着た女性の姿が見える。 ――いや、女性じゃない。 「あら」 その人の顔が驚きの表情を作る。 「……マジかよ」 軽く舌打ちするロレ。 「……こんなところで会うとは思ってませんでした」 「私もよ、ボク」 そこにいたのは、昼に会ったオカマさんだった。 「……つまり、あなたはルプガナ市長の孫息子でいらっしゃったのね」 「んもう、お嬢さんったら意地悪ね。あたしはもうオンナ。孫娘って言ってよ」 「言うかボケ。てめぇは女じゃなくてオカマだろーが」 「そういう細かいこと気にすると男にモテないわよ」 「モテたくねーよ!」 オカマさん――オルガって名前だそうだけど、彼女は本当にルプガナ市長の孫なんだそうだ。普段はルプガナ市長の仕事を手伝ってるんだって。 で、どこに行っても自分はルプガナ市長の孫娘だ、ということで通しているらしい。子供の時からルプガナにいたんでほとんどの人はオルガさんの本来の性別を知ってるんだけど、暗黙の了解で口にしないことになってるんだと言った。 「ま、あたしはおじいさんに嫌われてるけど有能だから。仕事で信頼できればそれ以外のことはわりとどうでもいいっていうのがルプガナ人の考え方なのよね、基本的に」 「けど、なんでルプガナ市長の孫が娼婦の真似事なんてしてんだよ」 そうだね、それは僕も気になった。 「趣味よ」 きっぱりオルガさんは言う。 「………趣味?」 「そう、趣味。ストレス解消」 「なんで娼婦がストレス解消なんだよ」 「だってあたし男と寝るの大好きなんだもん」 ロレがぽかんと口を開ける。マリアがさっと顔を紅潮させた。 「あたしは男に天国を味あわせてあげるのが大好きなの。男があたしの中で射精するのを感じる時がサイコーに幸せ。それに男にいろんなところに突っ込まれるのってもうすっごく気持ちいいしね」 「………っ!」 マリアが立ち上がってすたすたと離れたテーブルで様子をうかがっていた市長とシャニーのところへ行く。オルガさんと話がしたいというので席を外してもらってたんだ。 顔真っ赤だったな……よっぽど恥ずかしかったんだろう。腹を立ててもいたと思うけど。 「………チッ。おい、オルガっつったな。お前そーいうこと言うなら相手考えろよ」 「うふん、わざとに決まってるじゃなーい。あの綺麗な顔したお嬢さんが、どういう反応してくれるか楽しみでねぇ」 「こんの根性曲がりが……」 ぶつぶつ言いながらロレはマリアのあとを追う。僕は追いかけたらオルガさんが一人になってしまう、とバランスを考えてオルガさんのそばに残った。 なんとなくロレとマリアとシャニーたちを見つめる。シャニーがロレにしなだれかかるのが見えた。 「あーあ、あの子ったらあんなあっからさまにぃ。あーいうことするから女の子に嫌われんのよ」 「あーいうこと?」 「あからさまに男に媚びること」 「…………」 「ま、しょうがないっか。ロレイソム王子っていい男だものね」 「オルガさんもそう思うんですか?」 「思うわよ。野性的で男の色気ぷんぷんで。剣の腕もアッチの腕も一流っぽいし。すっごい激しく抱いてくれそう」 「…………」 僕はその言葉に、少しだけ体の芯が熱くなった。ロレが誰かを抱くところを想像してしまったからだ。 ……もっとも、僕がロレのその姿を知ることは永遠にないだろうけど。 「マリアっつったっけ、あのお嬢さんがすっごい顔してロレイソム王子睨んでる。あの子もロレイソム王子が好きなのね、かっわいいなぁ」 くすくすと笑うオルガさん。その姿は優美で可愛らしくて、姿のせいじゃなく女性らしいと思った。 僕はただロレたちの方をじっと見ながらオルガさんの話を聞いていたのだけれど――そのせいか、オルガさんがふいに言った一言に反応が遅れた。 「………でしょ?」 「………え?」 「だから、あなたもロレイソム王子が好きなんでしょ、って」 「―――――」 僕は一瞬絶句してから、ちょっと笑った。 「誰かに気づかれたのは、初めてです」 「そりゃ無理もないでしょ。あなた隠すのうまそうだし」 「じゃあなんでオルガさんは気づいたんですか?」 「あたしはその手の恋のエキスパートだもん」 胸を張るオルガさん。僕は笑顔を浮かべたまま肩をすくめる。 「……別に、僕隠してないですよ」 「ふうん。堂々アプローチとかしちゃってるんだ?」 「いいえ――隠してもないけど表してもないって言った方がいいのかな。アプローチっていうか……僕、ロレに自分を好きになってもらおうとか、あんまり考えてないので」 「へぇ? そりゃまたなんで?」 なんで僕この人にここまで話してるんだろうなー、と思いながらもなんだか止まらなかった。もしかしたら僕は、ずっと誰かに自分の気持ちを聞いてほしかったのかもしれない。 僕にもそんな人がましい気持ちがあったんだ、と思うと少しおかしかった。 「もちろんロレが僕を好きになってくれたらそれ以上嬉しいことなんてないけど……ロレには、自分の自由な気持ちで好きになる人を決めてもらいたいから。もちろんロレには僕のありったけで優しくするし、親切にするし、面倒も見るけど――そんなことは当然のことだと思う。僕がロレを好きだから生まれる権利っていうだけだもの。ロレには僕の気持ちとか、僕に借りを作ったとか、そういうことを気にしないでほしいんです」 「なぜ? 自分の気持ちをわかってほしいとは思わない?」 「思わなくもないけど。それ以上に僕は、ロレに幸せになってほしい。だから、僕がその妨げになるなら――」 僕は、僕を排除する。 そう言うとオルガさんは一瞬、大きく目を見開いた。 「……辛くない?」 「なんでですか? だって僕は、ロレが好きなのに」 誰よりも何よりも好きだから、僕のただ一人の人だから。 だから僕の全てをかけてロレに尽くす。見返りがあろうがなかろうが。 それだけ。僕の最優先事項はロレだという、ただそれだけの単純な理屈―― 「……告白とか、しないの?」 「? 僕はロレが好きだっていつも言ってますよ?」 「うーん……男同士じゃ好きっつったって友達の好きとしか思われないもんねぇ。だったらもっとストレートに、『抱いて』とか言ってみたら?」 僕はしばらく無言で考えて、かあっと顔を赤くする。そんなこと、考えたこともなかった。 「……無理ですよ。だって、ロレは僕のこと好きじゃないから」 「んー、あたしはけっこう脈ありと見てるんだけどね」 「え?」 僕は驚いてオルガさんを見る。オルガさんは思いのほか真剣な顔をしていた。 「たぶんロレイソム王子はあなたのことかなり好きよ。見てればわかるわ、あの人はあなたに対する愛情をちゃんと放っている」 「………本当に………?」 「人生の先輩を信じなさい」 そう言われてもとても信じるなんてできない。できっこない。 だってロレは、僕のことをなんとも思ってないって、ずっと思ってたから。 ううん、なんとも思ってないわけじゃない。仲間だとは大切に思ってくれてるって実感することが何度もあった。 でも、それは、抱いてもいいって思えるほど………? オルガさんがそっと手を伸ばして僕を抱き寄せる。僕はされるがままにオルガさんにくっついた。 オルガさんが優しい声で言う。 「あなたはいい子ね。本当に、ロレイソム王子が好きなのね」 「………はい」 「そんな風にひたむきに誰かを好きになれるってすごいことよ。だからあたしはあなたにもちゃんと報われてほしい……一方通行は嫌なのよ」 その言葉にはやけに実感がこもっていて、オルガさんが過去に一方通行の恋をしたことがあるんだろうな、とわかった。 「なんで男なのに男を好きになるのかな……おかしなことなのにね。普通じゃないのに……でもそれでもあたしは男しか好きになれない。女の子に生まれたかったな。そうしたら好きな人と結婚して、好きな人の子供を産めただろうに……」 トワイライト・ドローンの唯一の欠点。それは性別を変えると生殖能力がなくなることだ。男性が女性になっても女性が男性になっても、子供を作ることができなくなる。 僕は女性になりたいわけじゃないけれど―― 「結婚したいなぁ。好きな人と………」 「そうですね………」 結婚できたら――ロレと結婚して、ロレの子供を産むことができたらどんなに幸せだろう。 でも、現実に僕は男で、子供を産むどころか結婚もできない。ロレが僕を好きになってくれたとは思えなかったから、それを負担に思ったことは今までなかったけれど。 僕の思いは普通じゃないんだ、と、初めて強く実感した。 「おい、オルガ! そいつにちょっかい出すなっつったろーが!」 ロレがこっちに近寄ってくる。僕を心配してくれたのかと思うと嬉しくて、自然に顔が笑んでしまうのだけれど、ロレはなに笑ってやがんだといつものように僕の頭を殴りつけた。 |