「我が名はゴーディリート。竜と竜殺しの間に生まれし者」 仰々しい言葉遣いでそいつは名乗った。こっちにはざっくばらんに話せって言っときながら、なんなんだよその言葉遣い。 「愛称のようなものはおありですか?」 「母様はディリィとお呼びになっておられた」 「そう呼んでも?」 「むろんのこと」 「おい、ちょっと待てよコラ。話が全然見えねぇよ」 こいつらはなんか二人でわかりあってるみてぇだが、俺たちにしてみりゃなにがどうなってんのかさっぱりわからん。 「竜王の曾孫ってなんだ? 竜王に子供がいたなんて話聞いてねぇぞ? アレフの子ってなんだ? なによりな、なんでお前らそんな親しげなんだよ? 普通先祖が戦ったってんならもっと刺々しくなるもんだろうに、っつーかお前らお互いの存在知ってたんじゃねぇか?」 俺の当然の疑問に、サマと――ディリィとかいう奴は顔を見合わせた。――だから二人でわかりあってんじゃねぇよ。 「ディリィさんの名前とか人となりとか、そういうことを知ってたわけじゃないよ」 説明し出したのはサマの方だった。 「間違いなく初対面だし――だけど、僕は彼の、というか竜王の血を引く存在が竜王の城にいるであろうことは予想してたんだ」 「なんでだよ」 「アレフの残していった文章にそう書いてあったからだよ」 「はぁ? なんでアレフが竜王の子供のこと知ってんだよ。それなら普通後の憂いを断つために殺しとくとかするんじゃねぇのか?」 「うーん、だからね……」 「それはありえぬことだな」 「なんでだよ」 「なぜなら竜王の子はアレフの子でもあったからだ。愛する子供を殺すわけがなかろう?」 『…………………………はぁっ?』 わけがわからん。 「なんだそりゃ。わけわかんねーこと言うなよ」 「あの……詳しく説明してくださいません?」 「うむ。簡単に言ってしまえばだな、竜王とアレフはかつて愛し合っていた。そのたった一度の情交で、アレフは竜王の子を宿していた。アレフはローラ姫との子が全員成人したのち失踪し、ここ竜王の城に赴いて出産、一人子供を育てた。それがこのわしだ、ということだ」 『………………………………はぁ――――――!!??』 な、な、な、な………なんだそりゃ!!?? 竜王とアレフが……愛し合ってた……!? 「ちょ、ちょ、ちょっと待て! アレフって……女だったのか……? いやそんなわけねーよなローラ姫との間に子供作ってんだから。じゃーなんで竜王との間に子供が産まれんだよ!?」 「竜族はどちらかに片寄っているかという違いはあるが、基本的には両性具有。体内に男女の性両方を宿し、一人でも子供を作ることは可能なのだ。竜王がアレフの体内に注いだ精は、長い長い時間をかけてアレフの血肉と精と混じりあい、アレフの体内に子供を作ったのだ」 「だって……だって、男性なら子供を産む器官がないじゃありませんか! 女性器がないのに、子供を産めるはずが……」 「アレフは妊娠を精霊神のお告げによって知った。それからアレフは体が小さいなどの理由で出産に耐えられぬ母体のために作られた体内から直接子供を取り出す呪文を学び、少しずつ体内で子供を育て、もう産んでも大丈夫だと精霊神に教えられた時、竜王の城で精霊に守られながら子供――わしを産んだのだ」 「つうかよ! なんで竜王とアレフが愛し合うんだよ。あいつら敵同士だろ!? それ以前に男同士だけど! なんでそういう関係になんだよ!?」 「うむ、それはな、話せば長いことながら。竜王は私利私欲のために人間を滅ぼそうとしたのではない、竜族が、魔物が人間に虐げられることに我慢がならず戦を起こしたのだ。しかし同時にその賢明さゆえ自分の行いが人間と同様間違っていることにも気づいていた。そんな時にアレフと――母様とロトの勇者とは知らずに出会い、その真っ直ぐさと放っておけぬ雰囲気に、何度も会ううちに少しずつ惹かれていったそうじゃ」 「アレフを母様言うなよ……じゃあアレフはなんで竜王に惚れたんだよ」 「母様は最初魔物側の視点に立った竜王――父様に反発を覚えていたらしい。だが危ないところを助けられたり、しばらく共に旅をするうちに、人間側だけの視点に立った考えが間違っていることを悟り、同時に父様の包容力や強さにたまらなく惹かれていったらしい。……恋に理由なんてない、と母様は言われていたがな」 「恋、って……あのな……けど結局アレフは竜王を倒したんだろ?」 「ああ――心から愛し、恋していたにもかかわらず、世界を共に治めぬかと誘われたにもかかわらず、母様は人として生きることをお選びになった。だが死ぬほどに悲しんだし苦しんだそうじゃ。だからこそ父様の子を自らが宿していると知った時は、たまらなく嬉しかったと言われていた」 「はぁ……」 信じらんねー………。 マジか? マジなのかこの話? 信じらんねー、アレフがホモだったとは………。しかも竜王との間にガキまで作ってて、それがこの目の前の野郎だぁ? 正気の沙汰じゃねぇな。 「……じゃあローラ姫は? 三人も子供を作り、国を創り上げる長い時間を共にしてきたローラ姫を捨てることに対して、アレフはためらいを覚えなかったのですか?」 「ローラ姫はな、母様の内心というか、心のありようをまったく斟酌せぬ女性だったらしい。まさに女傑だと母様は言うておられたがな。愛する者を手にかけて地の底より深く落ちこむ母様に、あなたが誰を好きでいようがそんなことはどうでもいいから私と結婚しなさい。子供を作って国を作りなさいと、押して押して押しまくる女性だったと言うていた。彼女は母様を愛していたが、母様の愛をあえて求めようとはせんかった、と。ただ隣にいて、自分とは違い前を見つめていた、と――そのことにどれだけ救われたかわからぬ、ローラ姫には感謝している、と言うておられたがな」 「……でも、ローラ姫を愛してはいなかった、と?」 「愛しておらなんだわけではない。ただ父様をそれ以上に愛しておられた。一生に一度の恋だった、なにもかも捨てても惜しくない、そう思うほどの恋だった――ローラ姫のそばにいても、愛しい子供を抱いていても、父様を思い出さずにはいられなかった、と、自分の息子に言うほどにな。だからその子供を産み、育てることに躊躇はなかったと言っていた」 「……ローラ姫との子供だって愛する子供だったでしょうに――無責任だわ。アレフがそんな人だったなんて」 「確かにな。だが、母様がその決断を下してくれたからこそ、わしは幸せな子供時代を送ることができたのじゃ。そこのところは忘れんでくれ」 「ご……めんなさい、私……」 「いや、気にするな。そなたの困惑も憤慨も理解できるつもりなのでな、腹を立てる気はないぞ」 マリアに笑いかけるディリィ。その姿はどっからどー見ても壮年の、普通の男だ。 「……つうかよ……本気の本気で、お前の言ってることは全部マジなんだな?」 「嘘をついてもしょうがなかろう。母様が嘘をついていたというなら、サマルトリアに残されたアレフの手紙との一致はどう説明する」 「じゃあなんでお前はアレフを母親って呼ぶくせに竜王の曾孫なんだよ。竜王の子じゃなくて」 「わしはこれまでに二度、卵に戻って転生している。竜と人の間の子であるわしは、魂の寿命は長いが体の寿命は人とさして変わらぬでな。長く生きるためには幾度も赤子に還る必要があるのじゃ。母様に育てられた魂の持ち主であることは変わらぬからアレフの子。父様から与えられた体から二度生まれ変わっているから竜王の曾孫。そういうことじゃ」 「…………っはー」 俺はたまらずため息をついた。なんつうか……身近な先祖だったアレフのとんでもねー一面を知って、一瞬常識が崩壊しかけちまった。 「………マジかよ。アレフがホモで、竜王とガキまで作ってたって……ロト三国がひっくり返るぜ、マジで」 アレフがホモ、ねぇ………。勇者で初代国王ともなれば、絶世の美女だったっつーローラ姫も含め、女なんかよりどりみどりだっただろーに……なんでまた男、しかも敵になんていくかね。 まー俺には関係ねーからいいけどさ。 「ひっくり返って悪いこともなかろう、事実なのじゃから。別に家庭の事情を吹聴する気はないがな。尻の穴の小さい男じゃな」 ……尻の穴の小さい男、だぁ? 「んだと? てめぇみてーにケツの穴おっぴろげてんのよりはマシだろーが」 「女子の前で言う台詞か、それが。これだから餓鬼は始末におえん」 「てめぇ……誰がガキだ?」 「お主以外の誰だというのじゃ? 図体はそこそこ育っておるようだが、頭の程度も情緒の程度も、下町を走り回っておる餓鬼と毫も変わらぬわ。もしや、下の足も餓鬼並みなのではないか?」 のヤロ……。 「てめぇ……喧嘩売ってんのか? 言い値で買うぞコラ」 「ほう、買えるような甲斐性があるとは驚きじゃの」 「……上等だ」 俺は剣を抜いた。幸い俺たちが話してたのはホールみたいな場所でかなり広い、斬り合いをするには悪くない場所だ。 ディリィも杖を構える。こいつの得物は杖か。後の先を取る防御重視の戦法とみた。 それならこっちは防御が間に合わなくなるほど攻めて攻めて攻めまくるだけだ! 「ちょっと、二人とも! まだ話が終わってもいないのにそんなこと――」 「黙ってろ。こいついっぺん泣かしてやらなきゃ気がすまねぇ」 「貴様にわしが泣かせられるとは思えんがな」 「言ってろ!」 俺は下から斬り上げる一撃を放った。まずは小手調べ、ちっと手加減した一発だ。 ――かわされた。ほんのわずか体を動かしただけで。 刀身と体の距離はわずか一分、ぎりぎりもぎりぎり。そこまでしかかわせなかったんじゃなくて、余裕をもってかわしてその位置。 つまり、手加減したとはいえ、俺の攻撃を完全に見切ったってことだ。 ……のヤロ。 手加減抜きで攻めた。突き、払い、斬り下ろし、斬り上げ。フェイント入れて籠手狙い、右左右と連続技、懐に飛び込む体全体での突き―― だがこいつはそのことごとくを一分の見切りで避けた。武器の杖すら使わずに、体捌きだけで。 完全に、遊ばれている―― かぁっと頭に血が上ると同時に、どっか冷静な部分が呟いた。 こいつ、めちゃくちゃ強ぇ。 身につけた技を一通り試して有効打がない、と確認すると、俺は攻撃をやめた。俺の攻撃を完全に見切られてる。こいつは、俺より強い。それは事実だ。 だが、それは負けを認める理由にはならねぇ。 距離を取って、数度深呼吸する。体の感覚を確認する。できることは決まってる、体に叩きこまれたことだけだ。 あとはその組み合わせ。奇策を放つ時はいつもそうするように、頭の中で行動を組み上げる。 そして、実行に移す。 俺は、大きく跳んだ。大きな跳躍ってのは基本的に褒められた戦法じゃない。相手の不意は討てるが、跳んだ一瞬は受けもかわしもできない。こっちの攻撃をかわせる腕のある奴なら、逆に狙い撃たれちまう。 けど、こいつは予想通り、攻撃せずに身を退いてかわした。 ――うし、狙い通り! 「ふっ!」 俺は宙で体を伸ばし、縦に一回転して斬りつける。剣の間合いが伸びて、相手の体に届く―― と思ったが、ぎりぎりで杖で防がれた。キィン! と金属音が辺りに響く。 ――よし、まずは杖を使わせた。俺はしっかり着地しつつ、にやりと笑った。 「次は体に当てるぜ」 こいつの方が強かろうがなんだろうが、俺は勝つ。そのために俺は戦ってんだ。 戦うからには絶対勝つ。それが俺の生得原則だ。 と、ディリィが笑みを浮かべて言ってきた。 「わしに錫杖を使わせたのはお前が三人目じゃ」 「前の二人は誰だよ」 「一人は母様。二人目は名も知らぬ旅の戦士――その意思に敬意を表して、本気で=\―やってやろう」 そう言った、と思った刹那――俺は強烈な一撃を食らっていた。 周りの全てがのろくなる呪文でもかかったみてぇにのろのろと動く。右から左へ。縦から横へ。 そうか、俺が倒れようとしてんのか、と気づいた頃には、視界がどんどん暗くなってきていた。ディリィの姿がぐるぐる回る。音が聞こえなくなっていく。 ――俺は負けたんだ、としっかり認識できたのは、目が覚めてからだった。 |