「我が名はサマルトリア国王が第一子、サウマリルト・エシュディ・サマルトリア。共に並ぶはローレシア国王が継嗣ロレイソム・デュマ・レル・ローレシア、そしてムーンブルク国王が継嗣マリア・テューラ・イミド・クスマ・ムーンブルク。貴殿の尊名を賜りたい」 僕がロレたちと一緒にさらに近づいて言うと、竜王の曾孫はこだわりなく大笑した。 「そのようにわざわざ堅苦しい言葉遣いをせんでもよかろう。わしらは遠い兄弟だ、国家間の外交とも関わりのない立場なのだから、ざっくばらんなつきあい方をさせてはくれんか?」 それに、と竜王の曾孫はにやりと笑う。 「わしは隠してはおるが育ちが悪いでな、儀礼に乗っ取った言葉で喋っていてはいつボロが出るかと冷や冷やしなければならん。わしと近づきになってくれる意思があるのならば、せめて近しい親戚と話す時程度には警戒を解いてはくれまいか?」 「――育ちが悪いとはとても思えないほど、王族言葉が板についていらっしゃるようですが――わかりました、普通にお話しましょう。遠き兄弟、そして友になりうる可能性を持つ者として」 「それは重畳」 機嫌よさそうに言って、またも呵呵と大笑する。その態度はまさに自分が王だと知っている、生まれながらに人の上に立つ者のそれで、王の中の王と自称するのもあながち間違ってないな、と僕は思った。 実際、彼の威厳は今までに会ったどの国の王よりも毅いものだった。強烈な、苛烈にもなりうるであろう意思をたたえた瞳。笑みの形に吊り上がった唇からは、意図せずとも人を圧するであろう響きの言葉が次々発される。容貌の逞しさ、美しさも含めて、王として号令を発すれば何万という存在が彼のために戦って死ぬであろうと感じさせる姿だ。 ロレが年を取ったらどうなるかな、と考えてみた時の姿に少し似てる。ロレは今はまだ若くて荒々しさが先に立つけど、年を経て磨かれればいずれはこんな、ううん彼よりもっと猛々しい威厳を有する王となるだろう。 まぁ僕は今のロレも好きだけど。というか、僕はいつだって今目の前にいるロレが一番格好よく見えてしまうのだけど。 「そちらが名乗ってくれたというのにこちらが親の名を言っただけでは礼に欠くな。我が名はゴーディリート。竜と竜殺しの間に生まれし者」 「愛称のようなものはおありですか?」 「母様はディリィとお呼びになっておられた」 「そう呼んでも?」 「むろんのこと」 「おい、ちょっと待てよコラ」 ロレがいくぶん不穏な声を出して言った。険しい顔で僕と竜王の曾孫――ディリィさんを見比べている。 「話が全然見えねぇよ。竜王の曾孫ってなんだ? 竜王に子供がいたなんて話聞いてねぇぞ? アレフの子ってなんだ? なによりな、なんでお前らそんな親しげなんだよ? 普通先祖が戦ったってんならもっと刺々しくなるもんだろうに、っつーかお前らお互いの存在知ってたんじゃねぇか?」 思いきり不審そうな顔。マリアもひどく困惑した顔で激しくうなずいている。 僕とディリィさんは顔を見合わせた。しばし視線で相談して、僕がロレたちの方に一歩進み出る。 「ディリィさんの名前とか人となりとか、そういうことを知ってたわけじゃないよ。間違いなく初対面だし――だけど、僕は彼の、というか竜王の血を引く存在が竜王の城にいるであろうことは予想してたんだ」 「なんでだよ」 「アレフの残していった文章にそう書いてあったからだよ」 「はぁ? なんでアレフが竜王の子供のこと知ってんだよ。それなら普通後の憂いを断つために殺しとくとかするんじゃねぇのか?」 「うーん、だからね……」 なんて言えばショックが少ないだろう。僕でさえこの事実を知った時は相当に驚いたもんなぁ。 考える僕をよそに、こちらに一歩進み出たディリィさんが口元に笑みをたたえつつ言った。 「それはありえぬことだな」 「なんでだよ」 「なぜなら竜王の子はアレフの子でもあったからだ。愛する子供を殺すわけがなかろう?」 『…………………………はぁっ?』 珍しいことに、ロレとマリアが声を揃えて言った。かなりぽかんとした顔で。 「なんだそりゃ。わけわかんねーこと言うなよ」 「あの……詳しく説明してくださいません?」 「うむ。簡単に言ってしまえばだな、竜王とアレフはかつて愛し合っていた。そのたった一度の情交で、アレフは竜王の子を宿していた。アレフはローラ姫との子が全員成人したのち失踪し、ここ竜王の城に赴いて出産、一人子供を育てた。それがこのわしだ、ということだ」 『………………………………はぁ――――――!!??』 ロレとマリアは目を大きく見開いて絶叫した。顔全体に『驚愕!』と大きく書いてある。 あ、やっぱりすごく驚いたな、と僕は一人うなずいた。 「ちょ、ちょ、ちょっと待て! アレフって……女だったのか……? いやそんなわけねーよなローラ姫との間に子供作ってんだから。じゃーなんで竜王との間に子供が産まれんだよ!?」 「竜族はどちらかに片寄っているかという違いはあるが、基本的には両性具有。体内に男女の性両方を宿し、一人でも子供を作ることは可能なのだ。竜王がアレフの体内に注いだ精は、長い長い時間をかけてアレフの血肉と精と混じりあい、アレフの体内に子供を作ったのだ」 「だって……だって、男性なら子供を産む器官がないじゃありませんか! 女性器がないのに、子供を産めるはずが……」 「アレフは妊娠を精霊神のお告げによって知った。それからアレフは体が小さいなどの理由で出産に耐えられぬ母体のために作られた体内から直接子供を取り出す呪文を学び、少しずつ体内で子供を育て、もう産んでも大丈夫だと精霊神に教えられた時、竜王の城で精霊に守られながら子供――わしを産んだのだ」 「つうかよ! なんで竜王とアレフが愛し合うんだよ。あいつら敵同士だろ!? それ以前に男同士だけど! なんでそういう関係になんだよ!?」 「うむ、それはな、話せば長いことながら。竜王は私利私欲のために人間を滅ぼそうとしたのではない、竜族が、魔物が人間に虐げられることに我慢がならず戦を起こしたのだ。しかし同時にその賢明さゆえ自分の行いが人間と同様間違っていることにも気づいていた。そんな時にアレフと――母様とロトの勇者とは知らずに出会い、その真っ直ぐさと放っておけぬ雰囲気に、何度も会ううちに少しずつ惹かれていったそうじゃ」 「アレフを母様言うなよ……じゃあアレフはなんで竜王に惚れたんだよ」 「母様は最初魔物側の視点に立った竜王――父様に反発を覚えていたらしい。だが危ないところを助けられたり、しばらく共に旅をするうちに、人間側だけの視点に立った考えが間違っていることを悟り、同時に父様の包容力や強さにたまらなく惹かれていったらしい。……恋に理由なんてない、と母様は言われていたがな」 「恋、って……あのな……けど結局アレフは竜王を倒したんだろ?」 「ああ――心から愛し、恋していたにもかかわらず、世界を共に治めぬかと誘われたにもかかわらず、母様は人として生きることをお選びになった。だが死ぬほどに悲しんだし苦しんだそうじゃ。だからこそ父様の子を自らが宿していると知った時は、たまらなく嬉しかったと言われていた」 「はぁ……」 「……じゃあローラ姫は?」 ふいにマリアが固い声で言った。 「三人も子供を作り、国を創り上げる長い時間を共にしてきたローラ姫を捨てることに対して、アレフはためらいを覚えなかったのですか?」 マリアの女性らしい言葉に、ディリィさんは苦笑したようだった。 「ローラ姫はな、母様の内心というか、心のありようをまったく斟酌せぬ女性だったらしい。まさに女傑だと母様は言うておられたがな。愛する者を手にかけて地の底より深く落ちこむ母様に、あなたが誰を好きでいようがそんなことはどうでもいいから私と結婚しなさい。子供を作って国を作りなさいと、押して押して押しまくる女性だったと言うていた。彼女は母様を愛していたが、母様の愛をあえて求めようとはせんかった、と。ただ隣にいて、自分とは違い前を見つめていた、と――そのことにどれだけ救われたかわからぬ、ローラ姫には感謝している、と言うておられたがな」 「……でも、ローラ姫を愛してはいなかった、と?」 「愛しておらなんだわけではない。ただ父様をそれ以上に愛しておられた。一生に一度の恋だった、なにもかも捨てても惜しくない、そう思うほどの恋だった――ローラ姫のそばにいても、愛しい子供を抱いていても、父様を思い出さずにはいられなかった、と、自分の息子に言うほどにな。だからその子供を産み、育てることに躊躇はなかったと言っていた」 「……ローラ姫との子供だって愛する子供だったでしょうに――無責任だわ。アレフがそんな人だったなんて」 マリアは唇をわずかに噛みながら、底に憤慨を隠した声を発した。尊敬すべき人だと思っていたご先祖に、これ以上ないほど大きな瑕を見つけて許せない気分になっているらしい。 だが、ディリィさんはにやりと笑ってみせた。 「確かにな。だが、母様がその決断を下してくれたからこそ、わしは幸せな子供時代を送ることができたのじゃ。そこのところは忘れんでくれ」 マリアがはっとしたように口に手を当てる。確かに、アレフが出奔せずに王宮で子供を産もうとしたら、無事に出産できたかどうかも怪しいだろう。産めたとしても、周りからの軋轢でまともに育てることはできなかったに違いない。 「ご……めんなさい、私……」 「いや、気にするな。そなたの困惑も憤慨も理解できるつもりなのでな、腹を立てる気はないぞ」 「……つうかよ……本気の本気で、お前の言ってることは全部マジなんだな?」 ディリィさんは片眉を上げた。 「嘘をついてもしょうがなかろう。母様が嘘をついていたというなら、サマルトリアに残されたアレフの手紙との一致はどう説明する」 「じゃあなんでお前はアレフを母親って呼ぶくせに竜王の曾孫なんだよ。竜王の子じゃなくて」 「わしはこれまでに二度、卵に戻って転生している。竜と人の間の子であるわしは、魂の寿命は長いが体の寿命は人とさして変わらぬでな。長く生きるためには幾度も赤子に還る必要があるのじゃ。母様に育てられた魂の持ち主であることは変わらぬからアレフの子。父様から与えられた体から二度生まれ変わっているから竜王の曾孫。そういうことじゃ」 「…………っはー………マジかよ。アレフがホモで、竜王とガキまで作ってたって……ロト三国がひっくり返るぜ、マジで」 深々とため息をつくロレ。確かにね、うちの父上あたりが知ったら必死になって隠すことは疑いようがない。 だがディリィさんは大笑した。 「ひっくり返って悪いこともなかろう、事実なのじゃから。別に家庭の事情を吹聴する気はないがな。尻の穴の小さい男じゃな」 その言葉に、ロレはあからさまにムッとする。 「んだと? てめぇみてーにケツの穴おっぴろげてんのよりはマシだろーが」 「女子の前で言う台詞か、それが。これだから餓鬼は始末におえん」 ロレの両目がきりきりっと吊り上がった。 「てめぇ……誰がガキだ?」 「お主以外の誰だというのじゃ? 図体はそこそこ育っておるようだが、頭の程度も情緒の程度も、下町を走り回っておる餓鬼と毫も変わらぬわ。もしや、下の足も餓鬼並みなのではないか?」 うわ……言うなぁ。間違ってはないかもしれないけど。いや、ロレのおちんちんはかなりおっきいんだけど。 普段なら僕はロレを悪く言われて黙っていることなんてできないんだけど、この時はなぜか反論する気が起きなかった。たぶんディリィさんが口ではひどいことを言っていても、態度や視線が優しくて親しげで、ロレと仲良くなろうとしてこんな態度を取っているのがよくわかったからだと思う。 だけどロレはそうは思わなかったみたいで、もろに殺気だった視線でディリィさんを睨んだ。 「てめぇ……喧嘩売ってんのか? 言い値で買うぞコラ」 「ほう、買えるような甲斐性があるとは驚きじゃの」 「……上等だ」 じゃりん、とロレは剣を抜いた。ディリィさんも持っていた錫杖を構える。 うわぁ、ロレ喧嘩モードだ。マリアが仲間になってからはなりをひそめてたけど、ロレって何度か酒場の酔っ払いと喧嘩になったことがあるんだよね。いつも大勝してたけど。 「ちょっと、二人とも! まだ話が終わってもいないのにそんなこと――」 「黙ってろ。こいついっぺん泣かしてやらなきゃ気がすまねぇ」 「貴様にわしが泣かせられるとは思えんがな」 「言ってろ!」 叫ぶやロレはディリィさんにすくい上げるような一撃を放った。少し手加減してるけど、まともに受ければ魔物でも骨の一本ぐらい折れるんじゃないかってくらい速い、けれんのない一撃だ。 だが、ディリィさんは顔に浮かべた笑顔を消しもせず、わずかに体を動かしただけで避けた。 ロレが目を見張る。僕もちょっと驚いていた。ロレの一撃を一分の見切りで避けるなんて、この人の技量、尋常じゃない。 ロレはぎゅっと唇を噛み、今度は手加減抜きで連撃を加えた。突き、そこから変化した払い、さらにそこから袈裟斬りと、それこそ流れるように見事な連続攻撃だ。 しかしディリィさんは寸分も表情を変えぬまま、突きをわずかに体を揺らして避け、払いを一歩下がってかわし、踏みこんで放たれた袈裟斬りをさらに下がって避けた。全てぎりぎり、一分の見切りで。 ロレは意気を阻喪することもなく、むしろ苛烈な熱意をこめて攻撃を続けた。懐に飛び込んでの突き、遠距離からの振り下ろし、すくい上げるような一撃、回転斬り等々、多種多様な攻撃を一瞬の遅滞もなく続ける。 それはまさに見事と言うしかない、天才と努力に支えられた見惚れるような技だったのだけど―― ディリィさんの技は、そのさらに上をいっていた。 次から次へと繰り出されるロレの攻撃を、体捌きだけでかわしている。錫杖を構えたにもかかわらず少しも使っていない。それがどれだけの余裕を表しているかは誰でもわかるだろう。 ロレはぎり、と奥歯を噛み締めながらますますいきり立って苛烈な攻撃を加え、けれどディリィさんは表情を笑顔のまま少しも変えず攻撃を全て一分の見切りでかわす。息詰まるような、というにはロレが遊ばれている感覚が強すぎる攻防。 ――ロレが戦いで相手に翻弄されるのなんて、初めて見た。 ちょっと新鮮かも、と思いつつ二人を凝視していると、ふいにロレが瞳に決意をこめてディリィさんを睨むのが見えて、僕は思わず息を呑んだ。 ロレ、絶対、なにかやる気だ。 ロレはすうはあと数度深呼吸した。ロレはかなり息が荒くなってたんだけど、それで少し呼吸が落ち着いた。 それからなんの予備動作もなしにぱぁんと跳ね上がった。重い鋼の鎧を着けているにもかかわらず、普通の人間にはありえないほど大きな跳躍だ。レベルと力が上がっていなければ不可能だったろう。 一気に間合いを詰めて切りかかるつもりか、と息を呑む。だがディリィさんは笑みを崩さずに、跳躍の軌道からわずかに身を逸らした。その動きはロレの跳躍より速い――飛んで落ちるのは一秒にも満たない時間なのに、軌道を完全に把握してる。 ――しかし、ロレはそれを読んでいた。 「ふっ!」 空中で大きく体を伸ばす。そして一本の棒のようになったロレは、宙でぐるりと一回転した。鎧を着ているというのに、信じられない膂力と身の軽さだ。 当然リーチは伸びて、ディリィさんの腹部辺りをロレの剣が襲う。これはさすがにディリィさんも予想の範囲外だったらしく、錫杖を使ってこれを受けた。キン! と金属音が辺りに響く。 ディリィさんの錫杖は傷つきもしていなかったけど、避けるのが間に合わなかったのは事実だ。 ロレがにやりと笑った。 「次は体に当てるぜ」 それは難しいと思うんだけど、ロレは本気だった、僕にはわかる。過信じゃない、自信ですらない。 それはただの意思≠セった。やると決めた。だからやる。なんとしても絶対に。それは当然の帰結だ。 ただそれだけの子供っぽい、だけど圧倒的に力強い論理。 ――ロレ、カッコいい。ロレはどんな時もカッコいいけど、やっぱり本気で戦ってる時が一番カッコいい。 その言葉をどう受け取ったのか、ディリィさんはふ、と笑んだ。 「わしに錫杖を使わせたのはお前が三人目じゃ」 「前の二人は誰だよ」 「一人は母様。二人目は名も知らぬ旅の戦士――その意思に敬意を表して、本気で=\―やってやろう」 言うや、ディリィさんは消えた。 いや、本当に姿が消えたんじゃない、消えたと一瞬感じさせるほど速く動いたのだ。これでもレベルはかなり上がってる、動体視力も鍛え上げられたはずだ。それでも一瞬姿を追えないほど、速い動きだった。 少なくとも三発はロレは錫杖で急所を突かれたはずだ。頭にも一発打ち込まれた。それも、驚くべき力で。 ロレは、ゆっくりと、その場に倒れた。 「ロレ!」 「ロレイス!」 僕とマリアはだっとロレに駆け寄った。ロレが倒れるなんて、当然初めて見たのだ。 「心配するな、死んではおらん。わしが本気を出したのは一発だけじゃ、あとは手加減した。こやつ、なかなか丈夫じゃな」 「ふざけないで! 稽古だって死に至ることはあるのよ、手加減するのが当たり前じゃない!」 「そうであろうな。だがわしはこの若者とどうしても本気で相対してみたくなったのじゃ、許せ。もし万一命を失うような羽目になれば、わしが責任を持って蘇生させるゆえな」 「あなたなにをっ……」 「マリア、今はロレの体を治すほうが先だよ」 「……っ、そうね」 マリアは震える唇を一度噛み締めてから、僕にベホイミの呪文に続いて呪文を唱えた。 「人の命司る精霊たちよ、我が言葉と力によりて汝を呼ぶ、この者の傷つきし身体深く癒したまえ=v 「命よ、万物の力の源よ、我が声を聞け。此れ在るは肉体、命の器。命は原初、まったき力、器は誕生の完全に還る!=v ぽう、と僕の手とマリアの手が光り、ロレの体にこぼれ落ちていく。マリアの発する光の量の方が、僕のベホイミよりはるかに多い。 「すごいね、マリア。ベホマを覚えたんだ。これで長期戦がより戦いやすくなるね」 「そ、んな、こと……ありがとう、サウマリルト」 マリアは恥ずかしそうに微笑む。僕は内心、また僕の存在意義がひとつ消えたな、と思いはしたけど口には出さなかった。いまさらだし。 ロレを攻撃されたにもかかわらず、僕はディリィさんに対して怒りを覚えなかった。稽古だからっていうんじゃなくて、いやそれもあるけど……ロレとディリィさんが相手を認めるために必要だと、双方が感じたから起こったことだと思うから。 だから僕はむしろ羨ましささえ感じながらディリィさんを見上げ、こう言った。 「あなたはロレを、好きになれそうですか?」 ディリィさんはちょっと眉を上げてから、愉快そうに答えた。 「むろんのこと」 それから少しだけ首を傾げて聞いてきた。 「しかし、そなたはロレイソム王子の側に対しては心配せんのか?」 僕はちょっと笑って答えた。 「ロレがあなたを好きになることは、最初からわかってましたから」 ディリィさんはしばし奇妙な顔で僕を見ると、ちょっとだけ吹き出した。 |