竜王の曾孫の話・中編
 ディリィは目が覚めた俺とサマとマリアに、ロトの剣の力の話をした。なんかややこしい話だった。
 それからさらにややこしい話をしようとしたんで、俺が止めた。そんなややこしい話一度に聞いたら馬鹿になる。
 ディリィの招待を受けて、俺たちはここに泊まることにした。サマとマリアも反対じゃなかったんで、ちょうどよかった。
 ――俺は、まだこいつと離れるわけにはいかねぇ。

「う………っ」
 俺は思わず絶句していた。ディリィの作った料理――ローレシアの家庭料理を食って。
 ………めっちゃうまい。
 正直、サマを超えてんじゃないかと思うほどうまいメシを食うことになるとは思わなかった。……マジでこいつが作ったのか?
「うまかろう? 新鮮な魚介類をたっぷり使っておるからな」
 ディリィが笑いながら言ってくる。……なんかムカつくな、その笑顔。
「………よほどの修練をお積みになったんですね」
「いや、三百年も生きておれば自然とな」
「そういやお前三百年も生きてんだっけ……」
 俺はその三百年分の経験に負けたわけか。
 けど、そんなのは俺が負けていい理由にはならねぇけどな。
 サマはディリィの料理に、なんか対抗心を抱いたみてぇだった。……そりゃまぁ、確かにこいつの料理はうまいけど、お前のだってめっちゃうめぇじゃねーか。
「……お前ら、なんか火花散ってねぇか?」
「散ってるかもね」
「料理でんなもん散らしてどーすんだよ、ボケ」
「料理だからこそだよ」
 料理だからこそって……料理って勝負するもんじゃねぇだろーに。わかんねー奴。
 ともかく、俺たちはメシを食いながらいろいろと話をした。つーか、サマが話を振ってディリィがそれに答えるのがほとんどだったけど。
 ……なんか、気になったから、俺もついつい突っ込みを入れつつ耳を傾けた。
「ディリィさんは普段はどんなことをしてるんですか?」
「そうさなぁ。毎日の義務があるわけでもなし。日課の修練やら研究やらをしたあとは、方々の街にルーラで飛んで散歩をし、時には竜に変化して空を飛び、気の合った相手と話し込んだり一緒に暮らし、とまぁいろいろじゃな」
「……なんか、隠居みてぇな暮らししてんだなお前」
「まぁ、魂の年齢は二百五十を越えているでな。隠居してもおかしくない年ではあろう?」
「………くそ、そんな奴に………」
「ほほう? わしに負けたので拗ねておるのか? ふふ、若いのう」
 俺を挑発してんだろうとはわかっていたが、それでもやっぱり猛烈に頭に血が上った。
「拗ねてねぇっ!」
 ディリィは笑っただけで、俺の怒鳴り声を涼しい顔して聞き流した。……んのヤロ、ムッカつくー!
 よっぽど喧嘩売ってんのか!? と思ったけど、ディリィはなんかみょーにっつーか……心底楽しそうで、なんか怒ってる方が馬鹿みてぇな気がして、結局黙ってメシを食い続けた。
「あなたは竜に変化することができるのですか?」
「まぁ、やろうと思えば本来の肉体の機能だけで竜に変ずることもできるがな。わしは半分人だ。竜になるには無理がある。よって普段はドラゴラムを使っておるな」
「魔術師連合でも使えたのはただ一人だった呪文を? あなたは……本当にすごい魔術師なのね……」
「そう褒めるな。照れるであろう?」
「てめぇが照れるような奴かよ」
「ふふ。……まぁ、若い頃は方々の魔術師に弟子入りしたり荒行の旅に出たりと凄まじい勢いで修練と研究を重ねたからの。そのくらいでなくては困るわ」
「今は?」
「今のわしが弟子入りできるほどの魔術師は、噂にも聞いたことがないのう」
「もうひとつの方ですよ。旅には出たりしないんですか?」
「ふむ、旅か。しばらく城を留守にして、放浪したりすることはあるな。一年に何度か」
「はぁ? そんなに何度もなにやってんだよ」
「嫁探しじゃ」
 俺は思わず飲んでたワインを全部吹き出した。
「ほっ……えほっ……嫁探しぃ!? なんだそりゃ! んなもんのためにてめぇの城留守にしてんのかよ!?」
「そんなもんとはなんじゃ。生涯を共にする伴侶がほしい。そう思うのは当然であろう?」
「……そりゃ、そうかもしれねぇけどよ……」
 そういう言葉は、俺の人生に全然馴染まないもんだ。伴侶だなんだってのは、俺からしてみりゃ遠い世界の話。そりゃいつか俺も嫁はもらうんだろうが、俺には関係のない話みてぇに思っていた。
 だから、俺を負かした奴が、俺より強いこいつが、そんなもんにかまけてるっつーのは、なんか面白くなかった。
「首尾はどんな感じですか?」
「これがなかなか、はかばかしくなくてのう。別に高望みをしているつもりはないのだが」
「どんな女探してんだよ」
「別に女と限ったことではないぞ」
 俺はまた吹いた。
「な……なんだそりゃ!? てめぇホモか!?」
「少しはちゃんと話を聞け、わしは両刀じゃ。女でもいい、男でもいい。どちらにしろわしは相手を孕ませられるのだからな」
 ………そりゃ、そうなんだろうけどよ………。
「……うわー………想像したくねぇー……」
 なんつーか……キショい。ルプガナのオルガも男が好きな男だったけど、やっぱ男同士でヤろうっつーのは正気の沙汰じゃねーよ、やっぱ。
 俺のそんな内心の感想にもかまわず、ディリィは話を続ける。
「人でもいい、魔物でもいい、竜族でもいい。どんな容貌でもどんな性格でもわしはかまわん」
「はぁ? それでどうやって相手選ぶんだよ」
 俺の当然の疑問に――ディリィはきっぱり答えた。いっそ誇らしげと思えるほどに。
「ただ、わしを惚れさせてくれればいい。わしをたまらなく惹きつける、魂の輝きがありさえすれば」
「…………」
 なんだそりゃ。惚れるって、顔とか性格とかに惚れんだろ? 俺には関係ねぇ、想像もできねぇことだけど――
 ふいにマリアの顔が脳裏に浮かんで、俺は勢いよく首を振った。なんであいつの顔がこんな時に出てくんだ!
 惚れた腫れたに血道を上げてどうすんだ、そんなもん無駄なこっちゃねぇか、んなもんどーでもいいことだろうが。
 ――そう思うのに、どっか、心のどっかが――そういうのもあるかな、なんて思ってる気がして俺は頭を振った。
「母様と父様のように、一生に一度の恋をしてみたい。それができさえすればわしは竜族の寿命などいつ捨ててもかまわん。――こう思うのはわしのわがままだと思うか?」
「……さぁな。どうだろうな……」
 わかんねーよそんなん。俺にはわかんねー。惚れるってどーいうことなんかも、そんなもんがなんの役に立つのかも、さっぱりわかんねー。
 アレフはなんで竜王なんぞに惚れたんだろう。男同士なんてキショいこと、わかりきってんだろーに。
 竜王もなんでアレフに惚れたんだろう。生まれつきホモだったのか、竜王って。
 妙な気分だった。俺は考えんの嫌いだけど、こいつの――ディリィの言葉聞いてると妙に考えちまう。
 一生に一度の恋って、どんなもんなんだろうって。
 頭の中がぐるぐるしてきて、わけわかんなくなってきて、とにかく俺はやたらとメシを口に運んだ。

「………眠れねぇ」
 俺はがばりとベッドから起き上がった。俺は普段めったに眠れねぇなんてこたねーんだけど、なんかみょーにディリィの言葉が頭ん中ぐるぐるして頭を冴えさせていた。
 こーいう時は稽古だ。俺は剣を持って部屋の外に向かった。
 ホールまで出てきて、剣を抜く。鞘をそこらへんに転がして、構える。
 どの型をなぞるかちっと迷ったが、結局基本の稽古からやることにした。まず、中段に構える。そこから踏みこんで払う。右へ、左へ。一歩退いて、敵の剣を受け、刀身を滑らせて斬り下ろす――
 稽古の時はいつもそうなるように、雑念が消えていく。世界にあるのはただ、俺と剣、そして頭の中に描かれた敵だけ。
 俺はただ剣を振るうだけの、それだけの存在に変わっていく。剣と俺が一体化し、頭の中が真っ白になっていく――
 一通りの型をなぞり終えて、俺はふうと息をつく――と、ぱん、ぱん、と拍手の音が聞こえた。
「見事だったぞ」
「―――ディリィ」
 俺はひどく面映い気分になった。稽古なんて、対戦相手に見られて嬉しいもんじゃない。
「うっせ。世辞はいい」
「そんなつもりはないがな」
「てめぇの方が強ぇんだから俺の稽古してるとこなんざ見ても面白くねぇだろ」
「いや。本当に見事だった」
「……どこがだよ」
 どこが見事なんだが言ってみろ、とディリィを睨む。言い負かしてやるつもりだった。
 だが、ディリィは静かな笑みをたたえながら妙に優しく言った。
「お前が真に無心に剣を振るっておるところが、だ。心と体が研ぎ澄まされ、一振りの刃のごとくなっていくのは、たまらなく美しかった」
 俺はしばしぽかんとして、それから猛烈に恥ずかしくなった。なに言ってんだこいつ、サマみてーなこと言ってんじゃねーよ。
「お主はまさに剣を振るうために生まれてきたような男だな。それだけの腕を持っているにもかかわらず、いまだ未完成というところが凄まじい。遠からず、世界最強の戦士となることであろうよ」
「……けっ、なに言ってやがる。てめぇはその俺にあっさり勝ってんだろうが」
「わしはただ少し長く生きて経験を積んでおるだけさ。小器用なだけだ。だが――そなたは、天の高みへ羽ばたく翼を持っておる」
 ディリィがこちらに近づいてくる。俺はどんな表情をするべきか迷って、結局ぶすっとした顔でディリィを睨んだ。
 ディリィが笑う。ひどく優しげに。
「そなたは人を惹きつける。その強さで、美しさで。そしてその想いを超えて、どこまでも高く飛翔する――」
 すうっと手が伸びて、俺の頬に触れた。
「――それはわかっているのだが。わしも、一目見た時からそなたに魅せられた」
 俺は、速攻でディリィの手を叩き落とし鼻を鳴らした。
「キショい。触んな」
「………………」
 ディリィはちょっとの間、まじまじと俺を見つめ、それからいきなり吹き出した。ぶふふ、うはは、わはははは、とでかい声で、腹を抱えて笑う。
「……なにがそんなにおかしいんだよ?」
「ふはっ、くくくっ、いやなに、まさかああいう反応をされるとは思わなかったものでな。わしとしてはなかなかよい雰囲気で口説けておったと思ったのだが」
「はぁ?」
 俺は呆れて口を開けた。
「阿呆かてめぇ。俺はホモじゃねぇぞ。ふざけたこと言ってんじゃねぇ」
 そう言うとディリィはますます大笑いし始め、馬鹿にされてると思った俺は一発蹴りをくれて部屋に戻った。

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