微妙な恋敵の話・中編
 ロレは回復してから数分で目覚めた。口に出してはなんにも言わないけど、内心では相当悔しがって腹を立ててるんじゃないかと思う。だって顔が怒ってるし、ディリィさんに向ける視線がめちゃくちゃ熱いんだもん。
「さて、改めて自己紹介しよう。わしは竜王の曾孫にしてアレフの子、ゴーディリートじゃ」
 奥にあった居間に通されて、座った僕たちにディリィさんは言った。この居間は質素だけど品のいい家具で居心地よくしつらえられており、僕たちの座ったソファは暖かくて柔らかく、くつろいだ雰囲気を作り出すのに一役買っている。……ロレは(マリアも少し)殺気まきちらしてるけど。
「そなたたちがここに来た目的は、ロトの剣じゃな?」
「なぜそれを!?」
「てめぇ、俺たちに監視つけてんのか!?」
 立ち上がるロレとマリアに、ディリィさんは面倒くさそうに手を振る。
「そういきりたつな。単なる当て推量じゃ。他に勇者がこんな場所に来る理由などなかろうに」
「…………」
「話を続けるぞ。ロトの剣は、現在わしが所有している」
「は? なんでお前が」
「母様の形見のひとつじゃからな。当然じゃろうが」
「……あー、そうですか……おい、もしかして形見だから渡さねぇとか言うんじゃねぇだろうな?」
「いや。ロトの武具は魔を統べる者との戦いにはこれ以上ない武器になる、渡さぬ方が無法というものじゃろう」
「……ということは、あなたは今回の魔を統べる者との戦いでは、人間側に立つ、と?」
 真剣なマリアの問いに、ディリィさんは苦笑した。
「人間側というか、な。わしは基本的に喧嘩は止める主義だ。基本的にやられている方を助け、やりすぎた者を懲らしめる」
「……今は人間がやられているから? つまり、あなたはこちらが優位に立てば魔族の側に立つ、と?」
「話を急ぐな。まぁ、魔を統べる者が父様のように義のある者であるならば、わしはそいつを殺したりはせん。勇者に殺されそうになっていれば助ける。場合によっては仲間にもなるかもしれん。しかし、今回はそのようなことはせぬ」
「……なぜ?」
 ディリィさんは真剣な顔になって言った。
「此度の魔を統べる者、大神官ハーゴンは、世界の滅亡を目的としておる」
「それは、ハーゴンがシドーの神官と名乗っているからですか?」
 僕の問いに、ディリィさんは首を振った。
「それもあるが、わしは実際にハーゴンの手の者から情報を聞き出したのだ。以前ここに来て、ロトの剣を奪おうとした奴がおってな」
「その情報、どれくらい確かですか?」
 ディリィさんはにやりとする。
「コヨーミの呪文を使った。わしの呪文から逃れられるような魔族は、そうそうおらんぞ」
「なるほど……」
「コヨーミってなんだよ」
「心を読む呪文だよ。使える術者はめったにいない」
「ムーンブルクの魔術師連合でさえ、使える人間は一人か二人だったわ……」
「そう褒めるな。……ハーゴンの目的は世界の滅亡。人間を滅ぼすのでもなく、世界を支配するのでもなく、ただ世界の全てを無に帰することを望んでいる」
「なぜそんなことを……」
「ハーゴンの動機までは知らん。しかしこれは魔族の精神構造に非常に適合した思考じゃ。魔族どもが意気盛んになるのも当然じゃろう」
「意味わかんねーよ」
 むっとした顔になったロレに、ディリィさんとマリアは呆れた顔になった。
「あなた、魔族がどういう存在かわかってないの?」
「ロト三国の王族には当然の教養じゃろうに。ロトの伝説に出てくるのだぞ?」
「うっせーな、知らねーもんは知らねーんだよ!」
「まぁまぁ、落ち着いて。いいじゃない、ロレらしくて」
「そうか? ただのもの知らずにしか思えんが」
「んだとコラッ! もの知らずでなにが悪い!」
「いや、普通悪いと思うが。……まあよい、説明しよう」
 あ……僕が説明しようと思ってたのに。
 ロレには僕が説明したかったんだけど……まぁしょうがない、ディリィさんがどう説明するかお手並み拝見といこう。
「魔族というのはな、混沌から生まれた、滅びるために生きる種族のことじゃ」
「……滅びるために生きる?」
「そう。神に創られし我らとは正反対に、奴らは基本的に滅びをこそ求める。自殺志願者のように生きるのが嫌だから死ぬのではなく、種族の生得として滅びることこそが奴らにとっての理想なのじゃ。我らが生きたい生きたいと思うようにな」
「……おい、ちょっと待てよ。そんなんだったら魔族なんてとっくの昔に滅びてるはずじゃねーか」
「ある意味、滅びておるぞ」
「……はぁ?」
「魔族は実際力の強いものであればあるほど生まれればすぐに消滅してしまう。だからこそめったに人を始めとする神に創られしものと魔族が争うことはない。魔族は生まれる端から滅びていってしまうのじゃからな、遭遇すること自体が少ないのだ。まぁ会えば魔族は自分の消滅に相手を巻き込もうとするから、争いは必至じゃがな」
「…………なんだそりゃ」
 ロレは呆気に取られたという顔をした。確かにね、人間の常識からは考えられない話ではあるんだよ。
「それじゃーなんで魔族が俺たちの敵になってるんだよ? 生まれたらさっさと滅びるんだろ?」
「うむ。それが魔を統べる者の力なのじゃ」
「はぁ?」
 わけのわからないという顔をするロレ。
「魔を統べる者というのはな、ただ単に魔族の実力者というものではない。文字通り魔族の心身を支配できる力を持った者のことじゃ。大魔王ゾーマしかり、父様しかり。魔を超えた魔、限界を超えた負の思念を持つ者。そなたたち勇者が人でなしの力を持つなら、魔を統べる者は超魔の力を持つ。ある意味好対照とも言えるな」
「……具体的に言え」
「つまりな、魔を統べる者とはある意味天に選ばれた魔なのじゃ。意思、素質、力、どれが理由で選ばれるのかはわからんがな。そやつはありとあらゆる魔族を自分の意思で従える力を持つ。自らを滅ぼす魔族の本能すら抑え、自分のいいように操ることができるのじゃ。というか、魔族は超魔の力を持つ者には自主的に従うのでな」
「えーと、つまり……どういうことだよ」
 ディリィさんが心底呆れたと言う顔になる。
「……これだけ言ってどういうことか少しもわかっとらんのか?」
「うっせーな。結論を言え結論を」
「……仕方ないのう。つまりは、魔族は基本的に生まれればさっさと滅びるが、魔を統べる者がいれば人の敵になる、ということじゃ」
「最初っからそう言やいいんだよ、くだくだしい説明しゃあがって」
「……やれやれ。ローレシアの王子ともあろうものが、ここまで頭が悪いとは。ローレシアの先行きが不安じゃな」
 その言葉に、ロレの目尻がきりきりっと吊り上がった。やっぱり王子としてうんぬんという悪口は、ロレの一番嫌うところみたいだ。
「んだ、コラ? 喧嘩売ってんのかてめぇ? 王子だなんだって身分はな、俺は一度だってほしいと思ったこたぁねぇんだ! てめぇが選んだことでもねぇことに責任持てるか!」
 するとディリィさんはにやり、と面白そうに笑む。
「なるほど、それはもっともじゃ。ではこう言えばいいのだな。そなたの頭の悪さは人としてどうかと思うぞ?」
「………ぐあーっ! やかましーっ!」
 あ、ロレ反論できなかったみたい。顔真っ赤にして、ちょっと可愛い。
「話を元に戻すぞ。ともかく、ハーゴンの目的は世界の滅亡。よってなんとしてもきゃつの道を阻まねばならぬ。そのためにならわしはどのような手段でも講じよう」
「あ? それって……」
「ディリィさんも、僕たちの旅に同行してくれるってことですか?」
 これは予想外の展開だ。
 僕が少し目を見開きつつそう聞くと、ディリィさんは困ったように笑って首を振った。
「残念じゃが、それはできん。ロトの剣がここから動く以上、な」
「………どういうことかしら?」
「まず、聞こう。そなたたちはロトの剣とはどういう力を持つものだと思う?」
 ディリィさんの真剣な口調に、僕たちは顔を見合わせた。
「……剣だろ。ロトの勇者が使ったっていう」
「ロトの武具にどういう力があったのか……そういえば、私具体的なことはなにも知らなかったわ……」
「ロトの武具は神の力宿りし武具。だから強力な破魔の効果がある、と僕は思っていたけど」
 といっても、とりあえずの目的にする程度だから強い確信があったわけじゃないけどね。
「サウマリルトはいいところをついている。ロトの武具はその通り、魔と対峙した時にその力を発揮する神の力宿りし武具だ。――さて、その神とは誰だ?」
 再び僕たちは顔を見合わせる。
「精霊神ルビス、じゃねぇの?」
「他の神はロトの時代に殺されているから……」
「ロト伝説の中に記述があるよ。ロトはルビスさまを封印から解き放った時に武具にも新たなる祝福をも受けた、って」
「その通り。ロトの武具の中には太古、アレフガルドが作られる前の古代帝国の時代の神の力も関わっているものもあるが、基本的には精霊神ルビスの力が籠められている。では、精霊神ルビスとはどのような力を持つ神か?」
「……精霊の神様、だろ?」
「精霊、すなわち世界の律を司る神でしょう」
「そしてこの世界を作り支える、この世界そのものとも言える存在」
 僕の言葉を聞くと、ディリィさんは楽しげに笑んだ。
「驚いたな。そこまで深い考察を加えている者がわし以外にいようとは。これでも学界の情報には詳しいつもりでいたのじゃが」
「僕が旅に出る前に発表した学説のひとつなんです。――つまり、ディリィさんの言いたいことはこういうことですか? ルビスさまの力が宿るロトの武具には、世界の在りようを変える力がある――と」
 ディリィさんがうむ、と嬉しげにうなずき、膝を叩いた。
「大したものじゃ、サウマリルト。よくそこまで独力でたどりついた。目前にロトの武具があったわけでもないのにな」
「サマルトリアにもロトの盾はあるんですよ。僕も何度か考えたことがあるんです、ロトの武具の効果については。――だけど、そう考えるとおかしなところがあるじゃないですか」
「ほう、言ってみよ」
「ロト伝説ですよ。ロトはゾーマ、そして神竜というとてつもない強敵と戦っているのに、そういう特殊な力を使ったりはしていないじゃないですか。どこの資料を当たっても、ロトはその勇者として磨き上げた人でなしの力をもって、魔を統べる者と神殺しを駆逐した、という意味の記述しかありませんでしたよ」
 僕の反論に、ディリィさんは我が意を得たり、というように笑みを浮かべた。
「そこよ」
「どこだよ……っつうかなに話してんのかさっぱりわかんねぇぞてめぇら」
「つまり、ロトの武具の力は装着者を神ともするが、その力を振るえる時間はごくわずか、ということよ。それゆえロトはその力を使わなかったのだ。使わなくても勝てたからな」
「……その説の根拠は?」
「わしが実際に使って確かめた」
「えぇ?」
 僕は正直、かなり驚いた。ロトの武具を実際に使いこなせたのは、勇者ロトと竜殺しのアレフだけ。それ以外はたとえロトの子孫でも身の丈に合わずまともには使えなかったというのに。
「なんでお前が使えるんだよ?」
「わしもロトの子孫なわけじゃしな。しかも魔を統べる者の曾孫じゃ。血統としては申し分なかろう」
「血統はそうかもしれないけれど……」
「ともかく、神の力というのは神に創られし者には制御が難しい。誰もがルビスになれるわけではない。――しかし、それでもわしはロトの剣の力はそなたたちに必要だと思う」
「……必要?」
「うむ。ロトの剣はオリハルコンを材質にしているせいか、剣という武器の特性のせいか、混沌に対して強く反応し、封滅の力を発揮する。混沌、すなわち魔族であり魔を統べる者だ。同時に世界を文字通り意のままに操る力も持つ――万一シドーが復活させられたとしても、ロトの剣と武具があれば対抗は可能になるであろう?」
 ……シドーの復活、か。
「ハーゴンはシドーを復活させることが可能だと思いますか?」
「不可能ではないであろう。魔を統べる者の力、それに魔物の大規模召喚が可能な呪力。混沌への入り口を開く呪文をさらに突き進めて、混沌を具現する方法を知ったとしてもなんの不思議もない」
「……あなたは、パルプンテの呪文のことを言っているの?」
 マリアが言うと、ディリィさんは口の片端を上げる。
「さすがはムーンブルクの王女じゃな。パルプンテなど魔術の世界でも知っている者の方が少ない呪文であろうに」
「皮肉を言わないで。パルプンテはあくまで混沌の欠片を呼び込む呪文にすぎないのよ。シドーのような真なる混沌を呼び込むのとは、まったく水準が違っているわ」
「皮肉を言ったつもりはないがな。……確かに現在の人の混沌に対する研究はパルプンテのような子供騙しがせいぜいじゃ。しかし魔族は混沌の落とし子じゃぞ。そして魔*@の申し子だ。今でこそ精霊の力を借りているが、本来魔法とは混沌を世界に呼び込む術だったのだからな……真なる混沌を呼ぶ呪文を知る可能性も、零とは言えぬということじゃ」
「それは……確かに、そうだけれど」
「おい。結局なんなんだよ」
 ふいにロレが苛立った声を上げた。
「てめぇは結局なにを言いたいんだ。俺たちと一緒に行かねぇって理由、まだ聞いてねぇぞ」
 確かに。最初はそこからロトの武具の話が始まったんだよね。
 ロレの言葉に、ディリィさんはうなずいた。
「うむ。わしがお主たちに同行できぬ理由はな、わしはここでロトの剣の代わりをせねばならぬからだ」
「……どういうことだよ」
「……ラダトームに始まる魔の端緒、ですか」
 ディリィさんは深くうなずき、ロレは眉根を寄せた。
「なんだよそりゃ」
「知らぬのか、たわけ。よいか、なぜラダトーム王家が封印の一族と呼ばれていると思う? それはラダトームが全アレフガルドの中でもっとも混沌の生じやすい場所だからじゃ」
「………なんで?」
「ルビスがこの世界を創りし時、彼女は混沌の海の中で最も危険な場所から制しはじめた。すなわち、混沌がより混沌らしい場所、混沌の勢力の強い場所からじゃ。つまりラダトーム、そしてここ竜王の城、かつての大魔王ゾーマの城のありし地は、この世界で最も強力な魔≠ェ生まれる危険性が高い場所。ラダトーム王家はそれを見張り、いざという時には封滅の先兵となる義務を負っておるのじゃ」
「……だから?」
「わからぬのか。この場所は魔が生じやすい、よってロトはロトの剣をもってこの地の混沌を抑制してきたのじゃ。アレフもロトの剣を見つけたのはこの城でだったじゃろう?」
「…………………あー、あーそうかそうか! それがロトの剣の力がどうこうってのと繋がるのか!」
 ロレは感心したように何度もうなずく。ロレは理解するのに時間はかかるけど、決して頭が悪いわけじゃないんだよね。理解しようとする気さえあれば。
「ま、そういうことじゃ。ロトの剣を持っていく以上、わしが剣の代わりをせねばならんというわけじゃ。長い前振りだったがな。で、ロトの剣の力をどう扱うかじゃが――」
「……ちょっと待て。まだ話が続くのか?」
「おお。これからロトの剣の力の受け継ぎ方の話をして、それからルビスの加護の受け方の話をして、それから――」
「あーもーいいっ! 今日はもういいっ! 明日にしろ明日に! 俺もーこれ以上こんなくだくだしー話聞いてられねぇっつーんだよ!」
「……やれやれ。仕方ないのう……今日のところはこれで終わりということにするか。よいか、サウマリルト、マリア?」
「――ええ。私も少し疲れたし」
「話は気になりますけど、どうせなら全員でお話を聞きたいですから」
 僕たちの言葉に、ディリィさんはうなずく。
「では、今日はわが宮殿に泊まるがよかろう。遠き兄弟に対する誠意をもって、そなたたちを歓待しよう」
「謹んでお受けします」
「宮殿とやらの様子を見るに、あんまり期待はできねーけどな」
「ロレイス!」

 食堂のテーブル――六人掛けがせいぜいの小さいものだった――に並べられた料理を見て、ロレは目を丸くした。
「んだこりゃ、ローレシアの家庭料理じゃねぇか。街の奴らんとこに遊びに行った時よく食った」
「これ、どなたがお作りになったの?」
「わし以外に誰がいる」
 その言葉に、ロレとマリアは目を見開き、僕は逆にすっと細めた。
「……ディリィさん、料理はどこで学ばれたんですか?」
「基本は母様に習った。それから旅先で技術を磨いて、今ではそれなりの腕前だと自負しておるぞ」
「……そうですね」
 僕は注意深くそう答えた。
「どこまでマジで言ってんだか怪しいな、てめぇは。ちゃんと食えんのかこれ」
「失礼な奴だのう。論より証拠、とりあえず食うてみよ」
「へいへい。……じゃ、食うか」
「いただきます」
「いただきます……」
 僕たちは揃ってはくり、とローレシアの家庭料理――魚介類をたっぷり使ったブイヤベースを口に運んだ。
 ―――とたんの、衝撃。
「…………!」
「う………っ」
「……おいしい………!」
 一瞬言葉を失うほどのおいしさに僕たちが返した三種三様の反応。それを見てディリィさんは満足げにうなずいた。
「うまかろう? 新鮮な魚介類をたっぷり使っておるからな」
 いや、違う。この味は単なる素材の良さだけじゃない。スープは多種多様な野菜を使ったそれだけで出しても料理になりそうな一品、なのに魚介類の味をあくまで引き立てる脇役に徹している。火の通りは絶妙、どの具材もその食材の最上の煮込み加減だ。香辛料の量、投入する瞬間、その全てが計算しつくされている。なのに味の基本はあくまで素朴、飽きのこない家庭料理で――。
 ―――この人、達人だ。
「………よほどの修練をお積みになったんですね」
「いや、三百年も生きておれば自然とな」
 ディリィさんは涼しい顔だ。
「そういやお前三百年も生きてんだっけ……」
「いいえ、いくら長く生きていたってきちんと料理に取り組まない人にはこの味は出せません。あなたはちゃんとした師匠について修業をなさったはずだ」
 ふふ、と笑う声。
「それがわかるそなたも相当の腕の持ち主と見たが。普段はそなたがパーティの食事係になっておるのか?」
「ええ」
「ふふ、それではここにいる間は骨休めするがよいぞ。久しぶりの客じゃ、腕を振るうよい機会だからのう」
「いいえ」
 僕はきっぱり首を振った。
「明日の昼食、ないし夕食は僕が作ります」
「ええ?」
「ほう。わしに挑むか?」
「それもいいですね」
 僕とディリィさんは見つめあう。なんというか、ものすごく久しぶりに戦闘態勢に入った気分だった。
 ただ料理がうまいというだけなら挑戦なんてしない。僕より料理がうまい人はいくらでもいるし。
 ――だけど、ロレの反応が。
 あんな風に、食べたとたん絶句するような反応、僕の料理じゃしてくれたことなかったんだもの。
 数少ない僕がロレの役に立っていると思えることのひとつ、料理であんな反応を引き出された上、やすやすと白旗を上げるなんてことは、いくらなんでもできない。
「……お前ら、なんか火花散ってねぇか?」
「散ってるかもね」
「料理でんなもん散らしてどーすんだよ、ボケ」
「料理だからこそだよ」
 まだ僕はロレに「おいしい」って言ってもらってないんだから。
「まあそんなことは今はよかろう。それよりも久しぶりの人のいる食事じゃ、楽しもうではないか」
「俺たちは昨日も人とメシ食ったっつーの」
 と言いつつも、ロレもブイヤベースやらいい香りのする黒パンやら漬物やらなにやらの味には抗しきれなかったようで、勧められるままにばくばくとおかずを食べた。顔はむすっとしていたけど。
「ディリィさんは普段はどんなことをしてるんですか?」
「そうさなぁ。毎日の義務があるわけでもなし。日課の修練やら研究やらをしたあとは、方々の街にルーラで飛んで散歩をし、時には竜に変化して空を飛び、気の合った相手と話し込んだり一緒に暮らし、とまぁいろいろじゃな」
「……なんか、隠居みてぇな暮らししてんだなお前」
「まぁ、魂の年齢は二百五十を越えているでな。隠居してもおかしくない年ではあろう?」
「………くそ、そんな奴に………」
「ほほう? わしに負けたので拗ねておるのか? ふふ、若いのう」
「拗ねてねぇっ!」
「あなたは竜に変化することができるのですか?」
「まぁ、やろうと思えば本来の肉体の機能だけで竜に変ずることもできるがな。わしは半分人だ。竜になるには無理がある。よって普段はドラゴラムを使っておるな」
「魔術師連合でも使えたのはただ一人だった呪文を? あなたは……本当にすごい魔術師なのね……」
「そう褒めるな。照れるであろう?」
「てめぇが照れるような奴かよ」
「ふふ。……まぁ、若い頃は方々の魔術師に弟子入りしたり荒行の旅に出たりと凄まじい勢いで修練と研究を重ねたからの。そのくらいでなくては困るわ」
「今は?」
「今のわしが弟子入りできるほどの魔術師は、噂にも聞いたことがないのう」
「もうひとつの方ですよ。旅には出たりしないんですか?」
「ふむ、旅か。しばらく城を留守にして、放浪したりすることはあるな。一年に何度か」
「はぁ? そんなに何度もなにやってんだよ」
「嫁探しじゃ」
 ぶーっ。ロレは飲んでいたワインを全部吹き出した。
「ほっ……えほっ……嫁探しぃ!? なんだそりゃ! んなもんのためにてめぇの城留守にしてんのかよ!?」
「そんなもんとはなんじゃ。生涯を共にする伴侶がほしい。そう思うのは当然であろう?」
「……そりゃ、そうかもしれねぇけどよ……」
「首尾はどんな感じですか?」
「これがなかなか、はかばかしくなくてのう。別に高望みをしているつもりはないのだが」
「どんな女探してんだよ」
「別に女と限ったことではないぞ」
 ぶふーっ。ロレがまた吹いた。
「な……なんだそりゃ!? てめぇホモか!?」
「少しはちゃんと話を聞け、わしは両刀じゃ。女でもいい、男でもいい。どちらにしろわしは相手を孕ませられるのだからな」
「……うわー………想像したくねぇー……」
 げんなりした様子のロレに、僕の胸は少し痛んだ。ロレがやっぱり男同士の恋愛を、拒絶しているように見えて。
「人でもいい、魔物でもいい、竜族でもいい。どんな容貌でもどんな性格でもわしはかまわん」
「はぁ? それでどうやって相手選ぶんだよ」
 ロレの言葉に、ディリィさんは真剣な顔で、きっぱり答えた。
「ただ、わしを惚れさせてくれればいい。わしをたまらなく惹きつける、魂の輝きがありさえすれば」
「…………」
 ロレもマリアも、なんと言っていいのかわからないようだった。
 僕はなんだか、ディリィさんの言葉にうなずいてしまった。そうだよなぁと思ってしまったんだ。
 そう、ただ好きにならせてもらえるだけでいい。他に理由はいらない。自分に好き≠ニいう力を与えてくれる人に近づくのに、他にどんな理由がいるだろう。
 好きという感情、ただそれだけで、僕はなんだってやるに決まってるんだ。
「母様と父様のように、一生に一度の恋をしてみたい。それができさえすればわしは竜族の寿命などいつ捨ててもかまわん。――こう思うのはわしのわがままだと思うか?」
「……さぁな。どうだろうな……」
 ロレの声には、力がなかった。

 客間には幸い、三つ部屋があった。どちらも清潔に掃除されていて、ベッドのシーツにもちゃんと糊がきいている。
 僕たちはロレの部屋に集まって、軽く相談をした。
「……このまま竜王の曾孫の世話になってしまって、いいのかしら?」
「別にいいと思うよ? 彼が僕たちを襲うとは思えないし。お客さんなんて滅多にこないから歓迎したいっていうのもウソじゃないと思うから気は使わなくていいだろうし。それに、遠い兄弟だしね」
「……ロレイスはその遠い兄弟という話、どう思った? 受け容れられた?」
「んー……マジかよ、とは思ったけどな。あいつが嘘つくとも思えねーし。実際あいつの言う通りだったんだと思うぜ」
「そうじゃなくて。感情的に、よ。……アレフと竜王が恋仲だったなんて……なんだか、自分の血脈に疑問を感じてしまいそうで……」
「は? なんでだよ。血なんて自分が選んだもんじゃねーんだから責任持てなんて言われる方が間違ってんだろ? アレフと竜王がなにやってよーが、別に俺ら自身には関係ねーこっちゃねーか」
「……じゃあ、単純に、ロレはアレフと竜王の話を聞いてどう思った?」
 これは僕の質問。ロレが、男同士の恋をどう思うか、知りたかったんだ。
 ロレは問われて、顔をしかめた。
「んー、まー最初は驚いたけどな。別に俺に関係ある話じゃねーし。いいんじゃねぇの? 別に」
 ……うーん、これはどう読んだらいいんだろう……不快感はなさそうなんだけど……。
「………そう」
 マリアがぽつんとそう言った。なんだか、少し寂しそうに。
「それより、ディリィさんの話なんだけど。まだ詳しい話が必要そうだね」
「あー、考えただけでうぜぇ……サマ、お前聞いといてくんね?」
「駄目だよ。きっとロレにだって必要な話だと思うもの。聞き逃がしがあっちゃいけないでしょ?」
「……ちっ。さっさと剣の稽古したいのによ」
「剣の稽古?」
 船の旅になると暇な時間によくやってたけど。
 ロレは真剣な顔で、大きくうなずいた。
「ああ。あいつ――ディリィの強さは尋常じゃねぇ。今の俺より明らかに、一段も二段も上だ。けどな」
 ロレはにっと、鮮烈に、たまらなく魅力的に笑んだ。
「だからってこのまま引き下がれるか。せめて一本は取る。それまで俺はここに居座ってやる。――俺が今までの人生で築き上げてきた全てにかけて、譲れねぇ」
 ああ。僕は微笑んだ。
 ロレは、やっぱり勝つのが似合うな。最終的にはかならず勝利をもぎ取る人間だ。それはローレシアの王子だからでも、剣の天才だからでも、勝利に執着する人間だからでもなくて――そして同時にその全てのせいでもある。
 ロレが、ロレだから。
 だからロレは、きっと最後には勝つだろう。僕はうなずいた。
「わかった。ディリィさんから入手したい情報はいっぱいあるし、そうでなくてもいろいろ聞きたい話はあったし、少なくとも数日はここにいることになるだろうからね」
「おう、任せろ。そう長くは待たせねぇよ」
「でも……そう簡単に勝てるとは思えないのだけれど。相手は二百五十年を越えるほど生きた竜王の曾孫なのよ?」
「うっせーな、それでも勝つ! ぜってー勝つ、俺がそう決めた、だから俺は勝つんだ。勝つまでやる」
「そんな、子供みたいな……」
「ロレ、剣の稽古もいいけど、レベル上げもしようよ。いい機会だから。ここ、ちょっと上に出ればけっこう強い魔物がごろごろ出てくるでしょ? レベル上げに最適だと思わない?」
「お、そりゃ言えてるな。お前らどんくらいつきあえる?」
「僕はいくらでも。聞きたいことはマリアに聞いてもらえばいいし」
「……人をそういう風に使わないでもらえるかしら。休息時間もゴーディリートの相手をする時間も必要なのだから、レベル上げに回せる時間は八時間がせいぜいではないかしら?」
「うっし、わかった。八時間な。その間死ぬほど戦って、あとの時間は剣の稽古か。よっしゃ、燃えてきたぜ」
「ロレ、なんだか嬉しそうだね」
「……わかるか? 負けたのはめっちゃ悔しーんだけどよ、やっぱ強い奴と戦えるってのは、なんつーか……張り合いがあるんだよな。ここんとこずーっとそんなことなかったからよ」
 そう言って笑うロレは、やっぱり輝いている。イキイキしてる。
 僕はそれが嬉しくて、「僕も剣の稽古につきあうからね」と言ったんだけど、ロレにあっさり「てめぇはてめぇに合ったことをやれ」と言われてしまった。

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