ロトの剣の話
 俺たちは再びの船出のあと、マイラの村に向かった。マイラの村は古くからの湯治場ってだけあって、メシも風呂もなかなかよかった。
 宿屋に着いてからとりあえず一風呂浴びるか、とサマを部屋に残して温泉場に向かおうとすると、マリアに会った。
 湯上りらしく、ほのかに体が火照ってて、頬がわずかに上気していた。普段はふわふわしてる薄紫色の髪が、お湯に濡れてしっとりしてるのがわかる。
 ……なんつーか、みょーに色っぽ……だーもーなに考えてんだ俺は。
「よう」
「……ロレイス」
 マリアは俺を認めると、わずかに微笑んだ。
「風呂上りか?」
「ええ。温泉って気持ちがいいのね。普通のお風呂よりお湯が硬くて、とても肌がさっぱりするの」
「へー、んなもんよくわかんな。普通お湯はお湯だろ?」
「あなたの感覚が人より鈍いことはいまさらだからなにも言わないけれど」
「言ってんじゃねーか、コラ」
「温泉と普通のお湯はあきらかに成分が違うのよ」
「んなもん知るかタコ」
「そう言うと思ったわ」
 マリアはくすりと笑ってから、少し迷った顔をして、それから俺を見上げた。
「ロレイス」
「なんだよ」
「最近、サウマリルトの様子が変ではないかしら?」
「はぁ?」
 俺は眉を寄せた。
「どこがだよ。あいついつも通りに毎日メシ作って魔物と戦ってってやってんだろ?」
「……あなたを避けているように思えるのだけど」
「………そうか?」
 あいつは別に普段通り……いや、そういやここんとこあんまべたべたはしてこねぇかもな。ルプガナの辺りから。
 いや、この前ディリィんとこで抱きつかれたりはしたか。そんくらいかな。
 けど、男同士だったらその方が普通だろ? 今までのあいつがおかしーんだ。
「別に普通だと思うぜ。お前の気のせいじゃねぇの?」
「そうかしら……」
「そーだよ」
 俺はきっぱり断言した。
「……そうなのかしら。それなら、気を遣わずに補助に回ってもらってもいいということ?」
「補助? ってなんの」
「精霊同調の儀の。儀式は私一人でできるから、サウマリルトには場を守る役をやってもらえないかと思ったの」
「ふーん。いいんじゃねーか? で、その間俺はなにをしてりゃいーんだ?」
 マリアは呆れた顔をする。
「あなたも儀式に参加するのよ」
「は? そうなのか?」
「普通に考えたらそうでしょう。本当にあなたって人は」
 そのあとちっとマリアとやりあったんで、サマがどうとかいう話は、すっぽり俺の頭から抜け落ちてしまった。

「あなたのやることは単純よ。できるだけなにも考えないで、普段通りにくつろいで座るの。あとは全部私がやるわ」
「それだけか? 楽だけど、退屈しそうだな」
「あなたって、本当に………」
「んだよ」
「……いいえ、いいわ、なんでもない。心配しなくても、ある程度まで儀式が進んだら私もあなたも忘我状態になって退屈など感じとれもしなくなるはずよ」
「ふーん……そーいうもんか」
「とにかく、心を落ち着かせてね。危険な儀式ではまったくないのだから」
「へいへい」
 などという会話を交わしてから、儀式は始まった。
 宿の離れの一室にこもって、向かい合う。なんでも結界を張ったそうで、外の音はまったく聞こえない。
 あぐらをかいて座った俺の前で、マリアがなにやら呪文を唱えながら木の枝を振っている。俺とマリアの間には火のついた蝋燭やら水の入った器やらわけのわかんねぇもんと――ロトの剣があった。
 ロトの剣か。別に使ってもかまわねぇっつってたからちっと素振りとかに使ってみたけど、普通の剣って気がしたけどな。そりゃ今使ってる普通の剣よりゃなんぼか鋭いが、それだけだ。ウチの国の宝物庫にあった光の剣の方がずっと切れ味いいって気がしたけどな。
 ただ、扱いやすいのは確かだった。別に軽いってわけでもねぇんだが、重さがすげぇしっくりくる。練習用にはいい剣だと思うけど――
 と、俺は息を呑んだ。目の前の蝋燭の炎が、爆発的に膨れ上がったからだ。
 爆発的に広がって宙で踊り狂う炎。それだけじゃねぇ、器に入った水やらなにやらも、震えたり量を増したり尋常じゃない反応を示してる。
 俺はややたじろいだが、心を落ち着かせろという指示を思い出して黙ってその光景を見つめた。
 すると、次第に――その光景が尾を引いて回り始めた。
 視界が回る。ぼやける。頭も一緒にぼうっとしてくる。
 なんだかわけがわからなくなって、なのに妙に気持ちは落ち着いていて――
 俺は、夢を見た。
 自分が妙な金属の塊になって、大金槌で打たれる夢。
 妙な力で熱され、延ばされ、叩かれる。二人の男に。
 だけど俺はそれが妙に心地よかった。自分があるべき姿に変わっていくという気がしたからだ。
 俺は武器だ。刃だ。そして力だ。そしてそれを超えるものだ。
 振るわれる喜び。使われる喜び。それがもうすぐ味わえるという興奮を、心の底から感じる――
 その感情に、俺の心のどこかが猛烈に反発していた。冗談じゃねぇ、俺はものじゃねぇ。どんな奴だろうといいように使われてたまるか。
 俺の主は――俺一人だ!
『――ならば問おう、そなたは誰にも支配されぬのか』
 俺の叫びに、低く鈍い、だがどこか神々しさのようなものを感じさせる声が応えた。
(たりめーだ。俺は誰かに命令されるのが大っ嫌いなんだよ)
 俺もなぜか少しも疑問を抱かず返す。
『命令されなければ支配されていないというか。お前たち人は全て、神によって作られしものぞ。生まれし時より神の定めし運命のくびきに繋がされておる。そなたは世界の律に逆らえるとでもいうのか―――』
(うっせーな。んなことどーでもいいんだよ)
 俺はきっぱりと言い放った。
(運命がどうとか関係ねぇ、世界の法則がどうだかなんて知らねぇ、俺が誰に動かされてるかなんて興味ねぇ! 誰が俺になにを仕掛けてようが、俺のやることは俺が決めたことだ。許可されようがされなかろうがそんなもんはいらねぇ、俺がそう決めた、それでいい! 世界を誰が支配してようが、俺にとっちゃ世界は俺のもんなんだよっ!)
 俺の言い切った言葉に――声は、大笑した。
『―――然り!!』
 ずぉぅっ、と俺の体を取り巻いていた熱やらなにやらが集まって、なにか形をとるのが見えた。俺の目の前に像を結び、俺に大音声で語りかけている。
『我は勇者のために作られし、勇者の振るう剣なり! 汝は世界を背負いし世界の王者! 我は汝を勇者と――我が主として認めよう!』
 それは剣だった。柄のところにスプレッドラーミアが美しく彫刻され、刀身は鍛え抜かれた金属の輝きを発し、握りも鞘も、全てが強烈な力をもって俺に語りかけている。
 自分を使え、と。
『我を使おうとするならば我を手に取れ。そして我が名を呼べ。我が真の名は―――』
 朗々と、誇らしげと言っていいほどに、俺に向けて全身で叫ぶ―――
『王者の剣!!』

「――ロレイス。ロレイス!」
 揺り動かされて、俺はばっと飛び起きた。
「儀式はどうなったっ!? ロトの剣は!?」
「……儀式は無事終わったわ。ロトの剣は、そこにある」
 俺はマリアの指差した先を見下ろした。確かに、そこにはロトの剣がある。
 形としてはさっき夢の中で見たあの剣と同じだ。だが、輝きというか、迫力がまるで違う。
 あの剣は本当に、こんなすげぇ剣があるのか、と感動するほど、俺に力強く語りかけてきたのに。
 だが、俺は半信半疑ながらも、ロトの剣を手に取り、柄を握って鞘から抜き、言っていた。
「――王者の剣」
 そのとたん、ロトの剣が爆発した。
 いや、本当に爆発したんじゃない、爆発したかと思ったような強烈な閃光を出したんだ。その閃光は一瞬で消え―――
 次の瞬間には、ロトの剣は消えていた。
「…………」
「え? ど、どうしたの!? なんでロトの剣が消えてしまったの!?」
 マリアは驚いていたし、俺も驚いてないわけじゃなかったが、それよりも納得していた。
 そうか、ロトの剣についてディリィが言ってたのはこういうことだったのか、と。
「マリア。心配ねぇよ、ロトの剣は俺の中にある」
「え?」
「うまく言えねぇけど……そういうことなんだ、たぶん」
「どういうこと?」
「剣にして剣にあらず、力にして力にあらず、か……わけわかんねぇけど、そんな感じなんだよ」
「私、さっぱり意味がわからないのだけれど」
「俺だってわかってるわけじゃねぇよ。……要するに、ロトの剣はなくなったわけじゃなくて、俺の中にしまわれたんだよ。剣が使われてぇって思う時まで、引っこんでんじゃねぇか?」
「……なんでそんなことがわかるの?」
「さっきロトの剣と話してよ、なんかそーいうことしたがる性格だって思ったんだよ」
「…………」
 マリアは納得してはいねぇみたいだったが、それ以上聞いてきたりはしなかった。

 部屋の外に出ると、待ち構えていたように宿の女将にすがりつくようにして声をかけられた。
「お客さん! あああんたらなにやってたんだい! 大変なことが起こったんだよ!」
「……はぁ?」
 女将の話では、突然空が暗くなったかと思うと雲を突くような橙色の巨人が現れて、村は右往左往の大騒ぎだったらしい。
 それをサマが鎮めて一人その巨人に立ち向かい、相討ちに持ち込んだのだという。
「蘇生嘆願書を持ってたから、今教会に運んでいって蘇生の儀式をしてるところだけれども……あんな華奢な子が、命をかけてあたしたちを守ってくれたんだよ!? あんたたちはなにをしてたんだい!」
「……んの馬鹿っ!」
 俺は足早に女将の横を通り抜け、教会に走った。マリアもあとからついてくる。
「あの野郎……なんで俺たちを呼ばねぇんだよ! 強ぇ魔物が現れたんならさっさと俺たち呼べってんだあのタコっ!」
「橙色の巨人……もしかしたら、アトラス……? サウマリルト一人でどうやって勝ったというの?」
 マリアはなんかぶつぶつ言っている。だが足を止めはしなかったので、俺たちはとにかく教会へ急いだ。
 教会ではもう蘇生の儀式は終わっているようだった。神父や村の奴らが蘇生の儀式用の台を取り巻いて見守る中で、サマが目を閉じて横たわっている。
「おい。蘇生の儀式は成功したんだろ? こいつ起きねぇのか?」
「はい……蘇生の儀式は成功したはずなのですが、いっかな目をお覚ましになりません……」
「あの巨人の呪いじゃろうかのう……」
「お気の毒なことだ、わしらを守ってくれた方だというのに……」
「うるせぇ」
 俺がドスの利いた声で言うと、周りの奴らは全員口を閉じた。
 サマのうっすら上気した顔を見下ろす。こういう時の診断はサマに任せるのが一番話が早ぇんだが……そのサマが倒れてんだよな。ったく、しょうがねぇ奴。
「おい、マリア。なんでサマが目を覚まさないかわかるか?」
「……どなたか、サウマリルトとアトラス――出てきたという巨人の戦いを見ていたという方はいらっしゃいませんか?」
 そう言って眺め回すとたいていの奴らは怯えたように首を振って一歩退いたが、まだ五歳ぐらいのガキが前に出て手を上げた。
「あなたが?」
「うん。ぼく、お兄ちゃんがどんなふうにまものとたたかうのか見たくて、こっそりのぞいたんだ」
 そのガキが言うには、サマは一発殴られただけで動けなくなってしまったが、なにか呪文のようなものを唱えると巨人を消滅させてしまったらしい。そのあとびくびくしながら見に行くと、すでに息はなかったそうだ。
「なんだそりゃ……? サマのやつ、そんな呪文使えたのか?」
「やっぱり……」
 一人うなずくマリアを、俺は横目で睨む。
「なにがやっぱりなんだよ。一人で納得してねぇで説明しろ」
「おそらくだけど……サウマリルトが使ったのはメガンテだと思うわ」
「メガンテ?」
「自己犠牲呪文……自分の命と引き換えに敵を全て打ち砕く呪文」
「――――!」
「目を覚まさないのはそのせいよ。メガンテを使うということは一度命を粉々に打ち砕くということだもの。回復にもある程度時間がかかるわ……」
「……んの……馬鹿が………!」
 俺は腹の底から怒りがこみ上げてくるのを感じた。命と引き換え? んだそりゃ。確実に生き返れるから、死んでもいいってか? 残りのこと全部放り捨てて敵だけ倒す、って……
 その戦法、俺ぁ死ぬほど気に入らねぇ!
「お兄ちゃんを怒るなよ!」
 叫ばれて、俺は我に返った。周りの奴らが非難の視線を俺に向けている。
「お若いの、確かにその方は軽率だったかもしれんがな……その方が一人で我らの村を守ってくれたのも確かなのじゃぞ」
「そうね……アトラスのような強大な魔族相手では、サウマリルト一人ではそれしか手がないと思ったのかもしれないわ……」
「………それは、そうかもしれねぇけどよ」
 けど俺はムカつく。こいつが簡単に、あっさり命捨てるみてぇに思えて。
 思いっきり、ムカつく。
 ……そのあと、サマをベッドに寝かしといた方がいいってことになって、俺がサマを宿屋まで運ぶことにした。マリアには先に帰ってベッドメイクを頼んでもらう。
 俺はサマを背負って歩きながら、だんだん怒りが冷めてくるのを感じていた。
 こいつだって、そりゃ好きで自己犠牲呪文なんて使ったわけじゃねぇんだよな。他に方法がねぇから、やむにやまれず使ったんだ。必死に考えて。
 やっぱり俺ぁこいつの取った戦法はムカつくけど、こいつを叱るのもなんか……悪い気がしてきちまった。
 と、背中でサマが身じろいだ。俺はサマが完全に目を覚ますのを待って声をかける。
「お、起きたか。おい、起きたんなら自分の足で立てよ。体も元気になってんだろ?」
 サマは無言で俺の背中から降りて俺について歩き出す。そしてふいに聞いてきた。
「……ロレ」
「ん?」
「ここ、どこ?」
「マイラの村に決まってんだろ」
「アトラスは死んだんだよね? なのに、なんで僕が生きてるの?」
 はぁ? なに言ってんだこいつ。
「お前な、阿呆なこと言ってんじゃねぇ。俺らは教会で絶対確実に蘇生できるっつったのお前だろーが」
「…………」
「それから、な……」
「え?」
 俺は一発サマの頭を殴った。
「いたーい!」
「自分一人で勝てねぇって思ったんだったら俺ら呼びやがれ! なんのために一緒にいると思ってやがんだ! 自己犠牲呪文だぁ!? ざけんな、俺ぁたとえ蘇れようがどうだろうが命と引き換えに敵を倒すなんて戦法認めねぇぞっ!」
「え、ロレ、だって」
「お前にも大切なもんはあんだろーが、死んだらそれ守ることもできなくなんだぞ、俺の許可なく勝手に死んでんじゃねぇっ!」
「…………!」
 やっぱり、一応このくらいは怒っとかねぇとな。まだムカついてるのも事実だし。
 けど、サマはなぜか、愕然とした顔をして俺を見た。
「ロレ」
「んだよ」
「僕は、ロレの許可なしで死んじゃいけないの?」
 …………。
 また妙なとこに着目しやがってこいつは、と思いつつもうなずく。
「ああ。てめぇは俺の………なんだ、その………なんつーか、あれだほら………」
「あれって?」
 あれって、って……んっとにこいつはこーいうとこいちいち聞いてきやがってボケが………!
「………だーもうっ、ぐだぐだうっせーっ! いいからとにかくてめぇは死ぬな! 俺を守るっつうんならしっかり最後まで生きて俺を守りやがれ! 俺もお前のこと守ってやっからな!」
 俺がそう怒鳴ると、サマは目を潤ませてじっと俺を見た。どうせまた妙なこと考えてやがんだろーなー……。
 けど、こいつは真剣にそーいうこと言ってんだよな。
 恥ずかしーことやたら言いやがるし、言わせたがるけど。こいつは本気で俺らを大切だと思ってやがんだろう。そうでなきゃ、自分の命犠牲にしてまで守らねぇよな。そりゃ、マイラの村を守ろうって気持ちもあったんだろうけど。
 俺はやたら恥ずかしくなってきて、頭を掻く。それからぶっきらぼうに言ってやった。
「まー、お前のやったことは褒められたこっちゃねぇが……村の奴らを無事守ったことは褒めてやるよ。マリアと相談して、お前になんか褒美やるってことになったんだ。なにがほしい?」
 その言葉は俺としては出血大サービスのつもりだった。もちろんマリアと相談したってのは嘘だ。マリアに言っても拒否されはしねぇだろうとは思ったが。
 ただ、俺としてはめちゃくちゃ珍しく、こいつに優しくしてやるかな、という気になったんだ。こいつも必死になって俺たちを、村を守ってくれたんだろう、その時一緒にいてやれなかったのは気づかなかった俺たちにも責任があるし、詫びと、ちっと礼をこめてなんか買ってやるのも悪くねぇだろうと思ったんだ。
 だから。俺は。
「ロレが」
 こいつが、こんなことを言うなんて。
 俺の思ってもみなかった、今までの俺とこいつの関係を壊しちまうようなことを言うなんて。
「ロレがほしい」
 ――微塵も、思ってやしなかったんだ。

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