俺の知らなかったあいつの話
「はぁ? なにキショい台詞言ってんだてめぇ」
 俺は、最初、当然少しも本気にはせずそう返した。いつものこいつのキショくて妙な戯言、そうとしか思えなかったんだ。
 顔をしかめて、馬鹿にしたように言った。
「お前な、『お前がほしい』だなんつーのは口説き文句にしか使えねぇぞ? もうちっと言葉の使いかた学べっつの、タコ」
「……口説いてるん、だけど」
「………は? なに言ってんだお前」
「ロレのことを口説いてるんだけど」
 そう真正面から俺を見て、真剣な、ひどく切なげな顔でサマは言った。
「………………は?」
 俺は、この期に及んでも、まだ理解しようとはしていなかった。一瞬呆然とはしたものの、こいつまた勘違いしてやがる、と頭の中で片づけて、ガキに言うような口調で言ったんだ。
「お前なー、そういうことは女に言えよ女に。口説くっつーのは普通相手と寝たい時に使う言葉だっての、ちったぁ考えろよボケ」
「……考えてるよ?」
「どこがだよ」
「僕、ロレと寝たいもん」
「はぁ?」
 また馬鹿なこと言い出しやがって、と俺は顔をしかめる。あとから思うと馬鹿は俺の方なんだが、この時の俺にはサマがまた阿呆言ってやがる、としか思えなかったんだ。
「お前なー、寝るっつー意味わかってねーだろ。お休みなさいって寝るんじゃねーんだぞ、抱く抱かれるの寝るだぞ。チンコ女の股に突っ込んであんあん言わせる寝るだぞ。んなもん男に言う台詞じゃねぇだろホント馬鹿だなお前」
「……僕は、そうしたいって思うよ」
「は? なに言って―――」
「僕は、ロレにおちんちん突っこまれて、あんあん言わされたいって思うよ。そういう意味で寝たいって思うよ」
「…………は…………?」
「ロレに抱かれたいって思うよ。――ロレが今まで女の人を抱いてきたような意味で」
「―――――――」
 俺は、頭の中が真っ白になった。
 なに言ってんだ、なに言ってんだこいつ? 冗談にしてもタチ悪すぎだろ、キショいっつの。
 抱かれたい? なに言ってんだこいつ、男だぞ俺は? お前も男だ。それお前わかってんのか? ガキだからわかってねぇのか?
 いつものキショい阿呆な戯言だろ。そうだろサマ。そうなんだろ?
「――なに馬鹿言ってんだお前、俺とお前は男同士だぞ? 勘違いしてんじゃねーよボケ」
 俺は一分近い時間が経ってから、ようやく馬鹿にしたような顔で言った。
「前からしょっちゅう俺のこと好きだなんだと言ってきたけどよ。今回のはまたとびきりキショいぜ。男同士で抱くの抱かれんのって、お前本気で言ってんのか? 男同士でんなことできるわけ――」
「できるよ」
 サマは静かに、俺の言葉を遮ってきっぱりと言った。
「男同士だけど、僕はロレに抱かれることはできるよ。やり方は知ってるし―――それに」
 一度言葉を切って、長い長い間溜まっていたため息を吐き出すように。
「僕は、ロレが世界の誰よりもなによりも好きだから。ロレに抱かれるためなら、どんな努力もしようって思う」
「―――――――!」
 その言葉は、俺に―――
 突撃槍で心臓を貫かれたような、衝撃を与えた。
 サマは顔を硬直させて自分の方を見てくる俺に視線を返して、訥々と言葉を重ねる。
「僕、ロレと初めて会った時からずっとずっとロレが好きだったよ。世界で一番。比べることなんかできないくらい。ロレにずっと好きだって言い続けてきたでしょ?」
「好きで好きで、本当に好きで。少しでも僕のことを好きになってもらえたらいいなって思って」
「最初、ロレは僕のことさして好きでもないって思ってたんだけど。旅をしていくうちに、仲間として大切に思ってくれてるな、とかその他大勢に毛が生えた程度でも僕のこと好きかな、って思えてきて」
「もしかしたら、一瞬でも、ほんの一瞬でも、こっちを向いて僕を見てくれる時があるかもしれないって思えてきて」
「ロレがね、僕のこと好きじゃないなら、気持ち悪いって思うならしょうがないけど、少しでも、少しでもね、僕のこと嫌いじゃないって、大切だって思ってくれてるなら―――」
 サマの連ねる言葉を半ば以上右から左に聞き流しながら―――
 俺は、怒っていた。
 これ以上ないってくらいの怒りが、腹の底から湧き出してきていた。
「……んだよ、そりゃ」
「え」
「んだよそりゃ!」
 俺はがんっ、と手近にあった壁に思いきり拳を叩きつけた。ぐぁがっ! という音がして壁が崩れる。
 サマはいつものきょとん、としたなにを怒ってるのかわからない、という顔でこっちを見ている。俺はそんなサマに、殺気すらこめて怒鳴った。
「じゃあなにか? お前がこれまでしてくれたことはみんな下心があったわけか?」
「え……下心、って」
「食事作ったり服洗濯したり、細々とした旅の途中のなんやかや引き受けたり、俺が面倒くさいって思うこと代わりにやってくれたり――戦闘の時俺の後ろを守ってくれたのも、自分も危ないのに俺が危ない時回復呪文かけてくれたのも、攻撃から身を挺して庇ってくれたのも下心つきだったのか!?」
「………ロレ、僕は―――」
 震える声。サマが傷ついてるのはわかる。だけど許せない。許したくない。
「俺とヤりたいだの、妙なことしたいだの、ずっとそんなこと考えて俺と接してたのかよ! 男として仲間としてじゃなく、ヤりたい相手だったのかよ、お前にとって俺は!」
 握る拳が、たまらなく震える。悔しい。悔しい悔しい悔しい悔しい。
「俺は……お前を、ずっと………仲間だと―――」
 一緒に旅をしていくうちに、心の中で。
「一番の仲間だと、思ってたのに…………!!」
「――――ロレ」
 すっと弱々しく伸ばされたサマの腕を、俺は叩き落とした。
「触んじゃねえホモ野郎、気持ち悪ぃんだよ! てめぇみてぇな奴に触られると思うと虫唾が走る! 変な目で見んじゃねぇよ、吐き気がするんだよ気色悪ぃんだよ! その腐った頭と体で俺に近づくんじゃねえ変態、もう二度と――」
 いったん息を吸い込んでから、俺は一息に言った。
「顔も見たくねぇ!!!」
 それだけ言うと、俺は全力で走り去った。

 俺の頭の中は大混乱だった。サマが俺を好き。恋愛感情で。俺と寝たいと思ってるって言った。
 吐き気がした。男と絡むなんて想像だけしただけで気色悪さに死にたくなる。確かにあいつは女みたいな体はしてるが、それでも男だ。男にそういう目で見られてるなんて、気持ち悪くてしょうがなかった。
 ――だがそれよりも俺を揺さぶったのは、その相手がサマだということだった。
 サマ。一年近く一緒に旅してきた俺の相棒。
 最初は頼りない奴だと思った。使えないと思った。
 でも、一緒に旅してるうちに、いろんなことに気がついて、頭がすげえよくて、器用で、機転が利くやつだってわかってきて。
 傷ついた人間にあいつがどんなに優しく接することができるかとか、苦しんでる奴をどんなにうまく救うことができるかとかも知って。
 すげえなって、思って。あいつのことを俺にはできないことができる奴だって尊敬するようになって。
 背中を預けられる相棒だって、心から信じてて。
 あいつも俺のことをそう思ってくれてるって信じてて――
 それが。なんだって? 俺のことが好きだ? 初めて会った時からずっと好きだった?
 じゃああいつがこれまで俺にしてくれたことはみんな俺が好きだからやってくれたことなわけか。あいつは最初から俺を仲間だなんて見てなかったわけか。俺が娼婦に対して思うような、寝たい対象だったわけか。
「―――冗談じゃ、ねえ………っ!」
 裏切られた気がした。手ひどく。
 俺はあいつを仲間だと思ってたのに、あいつにとって俺は最初っからそういう対象じゃなかった。
 あいつは俺を、俺が娼婦を見るみてぇな目で見てた。
「ちくしょう、ちくしょう……」
 あいつに寄せてた俺の信頼、友情、その他もろもろの気持ちのいい感情。
 それに全部後ろ足で泥を引っかけられたみたいな気がした。あいつには俺のそんな気持ち、全然意味なかったんだって。
「ちくしょう、ちくしょう、ちくしょう、ちくしょう………!」
 あいつがそんな気色悪い感情で俺を思っていたんだと思うと、悔しくて悔しくて悔しくて―――
 そして、認めたくはねえけど、ひどく悲しかった。
「あの野郎………!」
 俺の目に、ほんの少しだけ涙が滲んだ。あいつと俺はもう仲間じゃない。最初っからあいつにとって俺は仲間なんかじゃなかったんだ。
 俺はあいつを、こんな風に思いたくなかったのに。気色悪い存在だなんて、絶対に絶対に、思いたくなかったのに。
(あいつは俺を裏切った)
 そんな風にしか思えなかった。
「サマの……クソ馬鹿野郎―――っ………!!!」
 思いきり、血が出るほど拳を握り締めて、たまらない思いで、俺は夜空にそう叫んだ。

 ――俺は本当に、どうしようもないほどバカでガキで自分のことしか考えてなくて――今サマがどんな気持ちでいるかなんて、想像してみもしなかったんだ。

 その日、サマは俺たちの部屋には帰ってこなかった。

 翌日、少しも眠れず、食堂に向かう。まだ収まらぬサマへの怒りと、サマに言い過ぎちまったかもという罪悪感で頭の中をぐるぐるさせながら。
 するとそこにはサマがもう座っていた。顔に薄い笑いを乗せて。
 一瞬頭が混乱して俺は硬直する――だが、サマはその薄い笑顔を崩さないまま、すうっと立ち上がって食堂を出て行った。
 俺には視線すら向けないままで。
(…………なんだよ、そりゃ)
 俺は猛烈に面白くない感情が湧き起こるのを感じていた。なんでそんなに平然とした顔で俺を無視しやがんだよ。
 なにか? 俺に振られりゃ俺にはもう一切用がねぇってか? こっちを向かねぇ野郎には興味ねぇってか?
 上等じゃねぇか、あのクソボケ野郎。てめぇがその気なら、こっちだっててめぇにゃ話しかけねぇよ!
 俺はへそを曲げた。サマへの怒りもまだ燃え盛っていたから、それはひどく簡単なことだった。
 サマになにか用がある時はマリアに話しかけて、マリアから言わせた。サマの方を見ることもしないようにした。
 サマもこっちには話しかけてこなかった。次どこに行くかを話し合う時も、徹底的に俺を無視して、視線を向けることすらせず、ひたすらマリアとだけ話した。
 俺はひどく苛々したが、それでもサマに話しかけることはしなかった。
 悪いのはあいつだ。あいつが好きだなんて馬鹿なこと言いやがるのが悪いんだ。
 つーか、あいつ本気で俺のこと好きだなんて思ってんのか? 思ってるとしたら勘違いに決まってる。今マリアに話しかけていろいろ気遣ってんの見てると、やっぱりこいつはマリアが好きなんだとしか思えねぇし。本当はあれも冗談で、それを俺が本気にして気まずいから俺を無視してるだけなんじゃ――
 そう思った。そう思いたかった。
 けどそう思うたびにあの時のサマの瞳が頭の中に蘇る。あの時のサマの目は、俺には心の底から本気で言っているように感じられた。
 だけど俺は、あいつのなにを知ってるっていうんだ? あいつがずっと俺を裏切り続けてきたことすら知らなかったのに。
 俺は、サマが今までしてきてくれたことが、サマと俺が二人で作ってきたと信じてた絆ってやつが、今の俺は少しも信じられなくなってて、サマにどう接すればいいか、サマのなにを信じればいいか――
 そういうことがなんもかんもわかんなくなっちまったんだ。

 だから、星の紋章を手に入れるべく大灯台に言ったときは悲惨だった。
 俺とサマが少しも連携を取ろうとしねぇんで、マリアはひどく困惑して(つーか、マイラの村から何度も)、なにがあったのか何度も聞いてきたんだが、俺は絶対に答えようとはしなかった。サマもたぶん答えなかったんだと思う。
 そしてその連携を取らない弊害が、ここで出てきちまったんだ。
 俺はひたすらサマの方を見ようとせずがむしゃらに攻撃を続ける。サマも俺とは別の敵に攻撃する。
 だけどそんな無理な姿勢で戦って、いつも通りに戦えるはずもない。大灯台の敵は決してめちゃ強ぇってわけでもねぇが、決して弱くはなかった。
 微妙な戦闘の感覚のズレが次第に大きくなっていく。レベル上げした甲斐あって、そう簡単には倒れやしねぇが、少しずつ傷は重なっていった。
「んっの……しぶ、てぇんだよこのっ!」
 鋼の剣でゴールドオークの首を斬り飛ばす。一太刀で斬り伏せられない敵が増えてきた。
「ロレイス! 前にサーベルウルフが!」
 マリアが叫ぶ声にはっと顔を上げるが、その時はすでに遅かった。鎧も突き通す魔物の牙が、ぐっさりと俺の腿を貫く。
「………っ!」
 激痛に歯を食いしばって耐えて、噛み付いてきた魔物の首を斬り落とす。腿から魔物の首が自然に落ちた。
「ロレイス、大丈夫!?」
「心配ねぇよ」
 走り寄ってきたマリアにぶっきらぼうに言って歩き出す。本当はかなり痛かったが、サマの――今のサマの前で弱味を見せるわけにはいかない。
「意地を張らないで! そんなに血が流れてるじゃない!」
「うるせぇな! 大丈夫だっつってんだろ!」
「腿から血を噴き出させながら言う台詞じゃないでしょう!? サウマリルト、手伝って。血止めをして回復するわ」
「やめろ!」
 こちらに視線をやらないまま包帯を取り出してこっちへやってこようとするサマを見た瞬間、俺は怒鳴っていた。
「……冗談じゃねぇ。こんな奴に触られてたまるか」
「ロレイス! あなたとサウマリルトの間になにがあったのかは知らないけれど――」
「知らねぇんだったら黙ってろ!」
 言い捨てて、俺は走り出した。ダンジョンの中じゃ単独行動は危険だってわかってるけど、こっちを見もしねぇ奴に治療されるなんて、俺はごめんだったんだ。
 マリアとサマが走って追ってくるのがわかったが、俺は意地になって走り続け、足音が聞こえなくなって心配になってきた頃にマリアに居場所を見つけられた。……我ながら阿呆なことしてんなとは思うけど――
 どうすりゃいいかなんて、俺にわかるかよ。

 ややこしい道を行ったり来たりする。なんかすげぇ効率悪くうろうろしてる気がした。
 以前もダンジョンに挑む時こんな風だったか? と思って、以前はサマが詳しくマッピングしてどう行けばいいか提案してくれてたことを思い出し、俺はむしょうに苛立った。
 階段を登って厳重に閉じられた扉をサマが銀の鍵で開けて。壁もなにもなく風が吹きつけてくる塔の外周をぐるりと回って。
 いかにも魔族という感じの紫色の肌の男がうろうろしてるのを見つけた。近寄ると、壁に囲まれた通路の中へすうっと逃げ込む。
 その誘うような動きにちっと警戒したが、サマやマリアに相談するのも嫌で俺は無言でそのあとを追った。二人も無言で俺のあとをついてくる。
 すると、そこにはひどくよぼよぼの爺さんが立っていた。腰は曲がっているのに、ひどく眼光は鋭い。
「なにも言わなくとも爺にはわかっておりますとも―――」
 こちらがなにも言わないうちから、吐き出すように声を発する。ひどく遠くから響いてくるような、妙な声だった。
「紋章を探しているならわしのあとをついてきなさい。ほっほっほ―――」
 耳障りな笑い声を上げると、すぅーっと滑るように、かなりの速さで向こうへ移動していく。その動き、人間の、ましてや老人のもんじゃねぇ。
 だが、俺はためらいもせずあとを追った。
 罠だってことはわかってる。だが今の俺がほしいのは敵だ。このあとからあとから湧いてくる怒りのぶつけどころだ。
 だからどんな罠だろうが、俺としてはむしろ望むところだった。
 ――マリアや、サマを。俺の個人的な感情に巻き込んでいいのか。ちゃんと相談するべきじゃないのか。
 そんな風に心のどっかから降りてくる忠告に、俺は聞こえないふりをした。その声とまともに向き合って、俺がまだサマを大切に思ってるなんて結論にたどりついちまったら――ひどく面白くなく、惨めで、苦しいことは目に見えていたからだ。
 こちらに遠くから声をかけながら、ジジイは移動し続ける。俺はそのあとをひたすら追った。
「ちょっと、ロレイス! 待って………!」
「マリア、お前はそこで魔物に見つからねぇ呪文かけて待ってろ!」
「あのね、なにを………!」
 ジジイの足が速いのは俺にとっては幸運だった。いちいち話してる時間はない。
 外周を回り、階段を下り、俺は通路のどん詰まりの部屋に行き着いた。ジジイが不気味な笑みを浮かべながら宝箱の前に立っている。
 この宝箱を開けろってか、と俺は鼻を鳴らし、無造作に近寄って宝箱を開けた。
 中身は空だ。
「けけけ……! ひっかかったな! ここがお前たちの墓場となるのだ!」
 わかりやすい悪役台詞抜かしてんじゃねぇよボケ!
 俺は振り向きざまに敵の首をひとつ落とした。敵はグレムリン、今の俺にとっちゃはっきり言ってザコだ。
 四匹いたグレムリンは、隊列を組んで火の息を吐いてくるが、俺はそれを無視して次々と敵を切り倒す。そりゃちっとは熱いし痛いがこの程度の傷ならなんとでもなる。
 残り一匹。グレムリンは焦って逃げ出そうとする。俺はそれを追ったが――ちょうど逃げる道の途中に、追いついてきたサマとマリアが現れた。
「サ……!」
 言いかけて、俺は拳を握り締めた。サマ、足止めしろ――今、そう俺は叫ぼうとしちまった。
 冗談じゃねぇ、俺はもうサマのことなんざなんとも思ってねぇんだ。仲間だとも、なんとも。
 だが俺が逡巡している間に、サマはマリアと協力してグレムリンを片づけていた。
「………これは?」
 マリアがふと気がついたように、床に落ちたなにかを拾い上げる。
 それは俺の目には石ころに見えた。星の形をした石ころだ。
 だがマリアは口の中で呪文を唱えて、目を見開いた。
「これだわ、間違いない! 星の紋章よ! でも、なんでこんな低級魔族が持っていたのかしら……紋章は精霊力の結晶だと言っていた、ゴーディリートの言葉が正しいならば、浄い精霊力によってあの程度の魔族の力など浄化してしまうはずでしょうに……」
「たぶん、あれは本当は紋章を奪取しに来た魔族だったんじゃないかな。それが紋章に一部だけ浄化されて、支配されたんだよ。星の紋章を取りに来た人間を案内する役割を負いながら、ハーゴンに命じられたことも残っていてああいう行動に出たんじゃないかな」
 わけのわかんねぇことを言い合っている二人に、俺はぶっきらぼうに声をかけてその横を通り過ぎた。
「ここでやるこたぁ終わったんだろ。行くぞ」
 苛々は収まらない。この程度じゃ少しも収まった気がしねぇ。
 俺はサマを殴り倒してやりてぇ。俺をこんなに苛立たせるあいつをぶん殴ってやりたかった。
 そうすれば、少しはすっきりして――あいつとまともに話せるようになるかも――
 俺はぶるぶると勢いよく首を振る。そんなこと考えてどうすんだ、あいつと俺はもうなんの関係もねぇんだから!
「ロレイス、待って、今リレミトを………!」
 マリアの声も耳に入らないほど考え事に没頭しながらずんずん先に進――もうとして、戦士の本能が俺の後ろからなにかが迫ってきたのを感じた。
 振り向こうとする、だが間に合わない。食いつかれる! と覚悟した一瞬――
 ぞぶり、と、俺ではない奴の体に牙が突き刺さる音が聞こえた。
「…………!」
 サマだった。サマが俺の目の前で、サーベルウルフに食いつかれている。
 サマの体はおそらくは痛みに震えていた。そのくせ退こうとは少しもせず、肩に食いつかれたまま槍を全力でサーベルウルフの心臓に叩き込み、殺す。
 ――こいつが俺をかばいやがったんだ、と、俺でもわかった。
「――サウマリルト!」
 マリアが声を上げ、駆け寄ってくる。その声にはっとして、俺は無意識にサマに伸ばしていた手を引っ込めた。
 体の中にたまらない苛立ちが生まれる。サマの野郎、勝手に俺をかばいやがって。いつ俺がそんなことしてくれって頼んだ? 俺をずっと無視し続けてるくせに。
 先に俺を切り捨てたのは、お前じゃねぇか。なのになんで勝手に守ろうとしやがんだよ。
「ロレイス! あなた、サウマリルトにお礼ぐらい言ったらどうなの!? 食いつかれそうなところをかばってもらったのよ!?」
 マリアが真剣に怒った声で叫ぶ――その声に滲む必死さに、俺は思わずはっと顔を上げたが、そのとたんぎりっと奥歯を噛み締めた。
 俺が顔を上げてサマを見ても、サマはこちらを見ようとも、注意を払おうともしなかったからだ。
「――頼んでねぇよ」
 俺は、そう言って――踵を返した。

 それから一ヶ月は、ずっとそんな感じだった。
 サマは完璧に俺を無視し続け、俺も意地を張ってサマを無視し続けた。時が経っても俺のサマへの怒りは薄れはしなかった。
 いや、正確に言うなら最初の、裏切られた怒りは少しずつ薄れてきていた。決してなくなったわけじゃねぇが、俺はいつまでもひとつのことを恨んでいられるような型の根性は持ち合わせちゃいねぇ。裏切られたんだったらしょうがねぇ、そっからまた築いていきゃいい。俺はそんな風に考えちまうんだ。
 ただ、戸惑いがあった。サマが俺のことを、俺が娼婦に思うみたいに好き。抱かれたいと思ってる。
 そんな感情、男同士で抱いてどうなるってんだ。俺とサマがどうかなるってか? なにをどうするってんだ、ずっと一緒に旅してきた俺たちが。
 わけわかんねぇよサマ、お前本気でそんなこと考えてんのか? 俺とお前は、男同士だってのに。
 そんな風な戸惑いの気持ちと、サマに徹頭徹尾空気のように無視されている怒りやら、しょうもなさやら、認めたくはねぇが奇妙な寂しさみたいなもんが入り混じって、俺はひどく苛々した。それにただでさえ三人きりの旅でそのうちの一人を無視し続けるのは精神的にもきつい。
 けどサマは俺をひたすら無視し続け、俺も自分からやめることなんてできなくてサマを無視し続けた。
 ……マリアには、間に入らせちまってマジで悪いことしたなーって思ってる。

 結局なんとか俺らからどういうことか聞き出そうとするマリアになにも応えることなく、サマを無視することをやめることもなく。
 俺たちは当初の予定通り、大灯台から一ヶ月の時間をかけてエマヌリゼ大陸最大の都市、ベラヌールにたどりついた。その間の時間は正直、地獄みてぇに苦しかった。
 こっから強い武器を手に入れるためにぺルポイに行ったり紋章を探したりする予定だったが、その相談ができるかどうかかなり心もとない。
 無言のままベラヌールの宿屋へ向かう俺たち。偶然ぶつかったイっちまってる目をした奴が喚きたてた。
「なんと不吉な! あなた方の顔には死相が出ていますぞ!」
「うるせぇ。知るかんなもん」
 一睨みしてさっさと宿屋へ向かう。当然それきり俺は、そんな奴のことは忘れちまっていた。
 ――その宿屋で、どんなことが起きるかも知らずに。

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