初めてのクエストの話・後編
 ……あーちくしょ、やりてえ。
 リリザの街出てからまるっきり女っ気ねぇからなー……溜まるのも当然か。
 洞窟はもう目の前だ。とりあえず今日は休んで、明日一日かけて洞窟を攻略する予定。
 だが、それはそれとして――溜まってんだよなぁ……もう二週間以上やってねえんだから。
 俺の目の前ではサマが毛布を被ってぐーすか寝てる。ったくのんきな奴、と思いつつ寝息を聞いて、きっちり五分間乱れがないのを確認してから、後ろを向いてそそくさとズボンを下ろした。
 あーくそ……城下の娼館じゃモテモテのこの俺が、この年になってなんで自家発電しなきゃなんねーんだ、くそ。つっても適度に抜いて腰軽くしとかねーと、いざって時に不覚を取る可能性もあるからなー……。
 それにそーいうことは抜きにして……イってすっきりしたいんだよ!
 サマが起きてこないうちに、となにも考えず一心に一物をしごく。ネタがないのが難だったが、それでも溜まっていたせいだろう、しごいているうちに先っぽが濡れてきた。
 う、あ、ふう。もう、ちょっと……
「ロレ……?」
 その声に、俺はびくーん! と硬直した。俺の後ろでごそごそと、サマが体を起こす音がする。
 ずりずりずり。そんな音を立てて完全に固まってしまった俺にサマは近寄り、声をかけてきた。
「ロレ……ズボン下ろして、なにしてるの?」
「……………………」
 なにって。なにって。
 普通こーいう時は男同士の武士の情けで見てみぬフリしてくれるもんじゃねーのか――っ!? 聞くなよんなこと――っ!! いくら男同士だからって、いやある意味男同士だからこそんなこと口にするのは恥ずかしすぎる………!
 どこかでそんなことを喚きつつも完全に頭の中が真っ白になってしまった俺は、一物を握りしめたまま動けなかった。さっさとズボン上げりゃいいんだろうが、わずかに動く頭の一部分はサマになんて言い訳すりゃいいのかとかそういうことばかり考えてしまって体を動かしてくれない。
 サマは立ち上がり、俺の前をのぞきこんだ(うぎゃああなにやってんだてめーはーっ!)。硬直する俺のすぐ横でしばしじーっと俺の一物と手を見つめ(見んなよ……)、やがてぽん、と手を叩く。
「ああ、そっかぁ! ロレ、オナニーしてたんだね!」
 ………うぎゃあああぁぁっ!!!
 そーいうこと大声で言うんじゃねぇこのバカヤローっ! お前には恥ずかしいとかいう感情がねぇのかっ!? この年になってオナニーしてるところ見られて大声で叫ばれて、って……うう、俺、もう死にたい……。
 さっさとズボンを上げて何事もなかったフリをしてしまいたい。でもタイミングがつかめねーっ! どーすりゃいいんだよこの状態ーっ!
 頭ん中はぐるぐる回転、もー大パニック。たぶん今俺の顔は真っ赤だろう。歯を食いしばって前だけを見つめていると、サマが朗らかな声で言った。
「ごめんね、邪魔しちゃって! 僕のことは気にせず続きやっていいよ!」
 な……阿呆かお前はーっ! この状況で気にするなっつわれて気にしないでいられる奴がいると思うかーっ!
 顔の表情は硬直させたまま、頭の辛うじて動く部分でそうののしる俺――だが、次の瞬間俺の頭の中は再び真っ白になった。
「ね、ロレのオナニーするとこ見ててもいい? 僕ロレのイくとこ見てみたいな」
「……………………」
 は?
 お前、なに言ってんの?
 俺には聞こえなかったぞ。聞こえなかった。『おなにースルトコミテテモイイ?』『ろれノいクトコミテミタイナ』ってなんだそれどーいう意味だ俺にはさっぱりわかんねぇよあっはっはー……
 とか現実逃避してる場合じゃねえぇぇ!!
 サマは俺の右隣に正座した。いつもの美少年面で俺の股間をじーっと見つめながらにこにこ笑っている。
 俺は震える手をそっと動かし――
「なに考えてんだてめぇはあぁぁぁ!!」
 と絶叫してサマをぶん殴った。サマは「わぎゃ!」とか叫びながら数m吹っ飛び、そのまましばらく動かなかった。

「……行くぞ」
「うん!」
 俺の言葉にサマは元気よく答え、俺の隣に立った。そのおきれいな美少年面にはくっきりと青痣ができている。
 俺は謝らなかった。そりゃ、少しはいきなり殴って悪かったなとは思うけどよ……あんなこといきなり言う方が悪い! はっきり言って俺はマジ死にそうに怖かったんだぞ!?
 もしかしてこいつはホモなんじゃないか、俺を狙ってるんじゃないかと思うとおちおち眠れず今日は睡眠不足だ。朝に覚悟を決めて「お前ホモ……っつか、男が好きなのか?」と聞いてみると、首をかしげて「別に好きっていうか、普通だけど……」って言ってたから、一応今は安心してはいるけど……。
 けどそれでも、っていうかホモじゃないならホモじゃないでこいつは変すぎる。この先一緒にやってって大丈夫なんだろうか。俺はなんだか激しく不安になってしまった。
 だがそれはそれとして洞窟攻略だ。俺は剣と盾を構えつつ洞窟に入った。サマもすぐあとをついてくる。
「暗いじゃねーか。なんだよこの暗さ。勇者の泉の洞窟はやたら明るかったのによ」
「そりゃそうだよ、勇者の泉はレミーラの呪文が固定化されてるもん。ここは曲がりなりにも宝物の封印の洞窟だからね」
「おい、じゃあ真っ暗闇の中俺たちは洞窟攻略せにゃならんわけか? 俺たいまつなんて持ってねーぞ」
「心配することないよ。僕がカンテラ持ってるし、レミーラの呪文も使えるから」
 そう言うとサマはなにやら呪文を唱えた。とたん、辺りがパッと明るくなる。たいまつとかの明かりとは明らかに違う、そこだけ太陽が照らしてるみたいな、それでいて月の光みたいに冴え冴えとした光だ。
「この光、どれくらいもつんだ?」
「その気になれば数日はもつよ。こういう便利呪文は改良に改良を重ねられて、魔法力もほとんど消費せず大きな効果を得られるようになってるからね。数少ない失われずにすんだ進歩ってわけ」
「ふーん……」
 よくわからんが便利ならなんでもいいや。サマが念の為カンテラを持って(ふいに消えてしまったときの用心のためなんだそうだ)俺たちは少しずつ奥に進む。
 洞窟の中はひんやりとして湿っぽかった。どこかに穴が開いているのか、わずかに吹きつける風が心地いい。
 もともと自然の洞窟を使ったんだろう、ごつごつした壁に囲まれた通路を歩いていると予想通り次から次へと魔物が出てくる。見たことない奴らもけっこういた。
 だがどんな奴も俺の一撃であっという間に倒れた。ったく、もーちょい歯ごたえのある奴いねえのかよ。
 洞窟の通路の大きさの関係でいちどきに大量の魔物が襲ってくることってないし。ちょろい、ちょろすぎる。
 サマはなにやら細かくマッピングとかしてたけど、宝物ってのは奥にあるもんだろーに。進んでりゃ手に入るってのに、よくんな面倒くせえことする気になるな。
 まあ、戦闘では役に立ってねえからそれぐらいしようってつもりなのかもしれねえけど(ほとんどの敵は俺が一撃で倒しちまうし、複数表れてきた時もサマが一匹の敵にとどめを刺すより俺が全員斬り倒す方が早いし)。んっとに救急箱くらいの役にしか立たねえな、こいつ……まあいいけど、明かりとか便利だし。
 途中で宝箱を開けたりしつつ、俺たちはいいペースで奥に進み、ついに通路の奥に安置された銀の鍵を見つけた。やりぃ。
 銀の鍵はミスリルでできてるというだけあって、ずいぶんきれいな鍵だった。宝飾品としての価値もあるんじゃないかってくらいだ。
「しっかし、いっくら魔法の鍵だからって……鍵穴はどの扉も違うんだろ? ホントに開けられんのかよ、これで」
「うん。これで開けられる扉は魔法で閉じられてる扉だもの、魔法の鍵で開けられるよ。鍵穴に合った鍵でだって簡単な魔法をかけなくちゃ開けられないんだから」
「ふーん……ま、いいや。これはお前が持ってろよ。俺が持ってたらなくしそうだ」
「え……うん!」
 なんかやたら嬉しそうな顔でうなずくサマ。なにがそんなに嬉しいんだか。
 とにかく取るもん取ったらこんなとこに長居は無用だ。さっさと帰路に着く。
 だが、ここの魔物もそう簡単には帰してくれなかった。俺たちが地下一階に戻ったとたん、とんでもない数のでかいアリ――ローレシアの辺りにいたのとは色が違うやつ――の群れが押し寄せてきたのだ。
「な……っんだぁ!?」
 驚きつつも俺は素早く動いてアリを斬り捨てる。だが一匹一匹は大したことないが、とにかく数が尋常じゃない。次から次へと怒涛のように押し寄せてくるアリの群れ。俺が一匹を斬り捨てるより早く別のアリが襲いかかってくる。ほとんどちぎっては投げのノリで斬り倒してはいったものの、少しも減った気がしない。
 こうなりゃ猫の手でもほしい。サマはなにをやってるんだ、と後ろにちらりと目をやったとたん、ごうっと業火が俺をとりまいた。
「うわぁ!」
 叫んで思わずその場にのた打ち回る俺――だが、しばらく経っても痛みも熱さもまったく感じないのに気づき、目をぱちくりさせて起き上がった。なんなんだ今のは?
「どうしたの、ロレ? 軍隊アリは焼き払ったよ」
 サマの声。言われてみるとアリどもはみんな黒焦げになっている。
 俺はばっとサマの方を振り返った。サマはきょとんとした顔でこっちを見ている。
「焼き払ったって……もしかしてさっきの炎、お前が……?」
「なに言ってるの、当たり前じゃない。ギラの呪文を使ったんだよ。呪文詠唱の時間稼いでくれてありがとね、ロレ」
「け……けど、俺は炎に取り巻かれたのになんで無事だったんだ!?」
「え……もしかして、知らないの? 攻撃呪文は攻撃対象を術者の任意で選ぶことができるんだよ? 仲間を傷つけない≠チて条件付けして使えば同士討ちすることなんか絶対にないんだよ」
「…………」
 俺は無言でサマの頭に拳を落とした。
「いたーっ!」
「だったら最初っからそう言え! 攻撃呪文使えるなんて一言も言わなかったくせにっ!」
「それは僕が悪かったけどさ……んもー、乱暴だなーロレは」
 と言いつつも俺は顔を真っ赤にしていた。よーするに今のは照れ隠しだったのだ。くそー俺かっこわりーあんなにうろたえて。バカみてえじゃねえかちくしょー。
 にしても……
「おい、サマ。お前攻撃呪文使えるくせになんで今まで使わなかったんだよ。もっとガンガン使やあ少しはマシな戦力って認めてやったのによ」
 俺がそう言うと、サマはきょとんとした。
「なんで? ロレの力で充分戦えてたのに。いざという時回復するために、魔法力はできるだけ温存しておくのがセオリーでしょ? もちろん使った方が傷を負わなくてすむんなら使うけど」
 ……そういうもんか? 普通なら男として俺だけが敵を倒すのを黙って見てはられないと思うんだが。
 まーこいつは変なやつだからそーいうことは考えねえのかな、などと思いつつ俺は足を進めた。そのあとは魔物が出てくるということもなく、俺たちは洞窟の入り口に近づき――
 そこで俺は呆然となった。洞窟の出口が、土で塞がれている。
「なんでだ……? 最初に入ってきた時は土砂崩れの気配なんてかけらもなかったのに!」
 叫ぶ俺に、サマはいつものすっトロい口調で答えた。
「うーん、たぶん僕たちが奥に行ってる間に魔物たちがやったんじゃないかなぁ? 魔物たちの中には魔術師とかいたから、そいつらが他の魔物を指揮して僕たちを閉じ込めようとしたんだと思うよ」
 サマの言葉の内容はよくわからなかったが、そんなことを考えてる場合じゃない。どうすんだ。どうすりゃいいんだ? このままじゃ俺らはこっから出られねえじゃねーか!
 半ばパニックに陥って辺りをうろうろする俺に構いもせず、サマは自分で書いた洞窟のマップを取り出すと、なにやらぶつぶつと呟き始めた。呪文じゃない、なにか考え事をしてるみたいだ。
「おい、のんびり考え事してる場合かよ!」
「ちょっと待って。ここがこうなってるんだから……ここをこうすれば……こうなって……うん、ここだ!」
 言うとサマは立ち上がり、歩き出した。
「おい、どこ行くんだよ?」
「うん、地図と入る前に見たこの辺の地形を考え合わせてたんだけど。一番土の層の薄い部分がわかったから、穴を開けようと思って」
「………はあ?」
 俺は耳を疑った。土の層が薄いって……なんでそんなことわかるんだ? 第一穴を開けるって、そんなことができるって本気で思ってんのか?
 俺がその疑問を口に出すと、サマはいつもの笑みを浮かべつつ答えた。
「マッピングをしてる時に土の層の質もメモしておいたから。地表に現れる地質を考えれば地表に近い層はわかる。そこにはわずかに風も吹いてたから小さな穴も空いてるんだと思うよ。方角と地形を考え合わせれば、間違いなくそこが一番地表に近い。それほど掘る必要もないと思うよ。それに、この状況で他にできることってあんまりないでしょ?」
「…………そりゃ、そうかもしれねーけど…………」
 ほどなくサマは行き止まりの壁にたどりつくと、磁石やら地図やらを確認してから剣の鞘を使って壁を掘り始めた。土は思ったよりも柔らかいみたいである程度はあっさり掘れるものの、やっぱり土の重みのせいか土中深くなればなるほどその進みは遅くなっていく。
 ただ見てるわけにもいかねーから俺も仕方なくサマの横で壁掘りを手伝い始めた、が―――固い、重い、疲れる、面倒くさい。土掘りなんて俺ぁ一度もやったことねーぞ。
 他にどうしようもねーから剣の鞘で必死に土を掘る。固くて重い、掘れば掘るほど肩と腰にずっしりのしかかる土を。
 ………もう掘り始めてから数時間が経ったと思う。だが一向に進展したという感じはしなかった。
 第一、本当にここを掘ればいいのか? ここを掘るように言ったのはサマだ。あいつの思いこみ以外、ここを掘る理由はない。
 こいつの勘違いなんじゃないのか? 俺たちは地の底に向けて掘り進んでるんじゃないだろうか。この脳味噌ユルユルのガキのことだから、そっちの方がよっぽどありそうだ。
 暗い思いが俺の体に侵入し、ずっしりと重い錘になって俺の体から活力を奪う。腕が重くなってきた。こんなことをやっていてもどうにもならない、という投げやりな思いが俺を支配する。
「あ―――もうっ、やってられるか―――っ!」
 俺は剣を投げ出してその場にひっくり返った。ひんやりした土の温度が熱いほほに心地よい。
 横のサマを見る。――サマは、俺が作業を投げ出したのを見ても顔色一つ変えず土掘りを続けていた。
 いつものにこにこ顔に汗をにじませながら、休むことなく。
「……休まねえのかよ」
 俺は思わず聞いていた。
「うん。ロレは休んでていいよ。僕はもうちょっと頑張ってみる」
「俺がやってられるかーっつって投げ出したんだぞ? 少しはやってらんねーとか、思わねえのかよ」
 サマはちょっと首を傾げると、くすっと笑った。
「なんで? だって、僕にはまだやれることがあるのに」
「……………………」
 俺は――――
 立ち上がった。剣の鞘をまた持ち上げて、土掘りを再開した。
 サマはちょっと笑っただけで、なにも言わなかった。俺の気持ちを見通してたのかもしれない。
 それからは無言で、掘って掘って掘り続けた。手も、腕も、腰も痛んだが、それでもお互い休まずに掘り続けた。
 そして、掘り始めてからどのくらい時間が経ったのかもわからなくなった頃―――
「あ!」
「やった………!」
 ふいに土壁が軽くなり、壁に大きな穴が開いた。
 ちょうど夕方のようだった。茜色の光が目に飛びこんでくる。春の涼しい風が顔をくすぐった。
「………よっしゃあ―――っ!」
「やったね! ロレ、やったね!」
 俺たちはお互い手を叩きあって互いの健闘を讃えた。というか、ほとんどハイになってお互いの体を叩きまくった。その様子が、サマも不安と戦いながら土を掘っていたことを教えてくれた。
 サマはめちゃめちゃ嬉しそうに笑っていた。俺も自分の顔が笑ってるのがわかった。……なんか悔しい気もするが、めちゃくちゃ嬉しいんだからしょうがない。
 少し興奮が鎮まってきた頃、小さく口にした。サマのやつが興奮に紛れて気にしないでくれることを期待して。
「おまえ、すげえな。なかなかやるじゃん」
 俺の言葉をしっかり聞きつけて――サマはこれ以上ないってくらい嬉しげに微笑んだ。

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