僕の、必死の願いを込めた言葉に―― 「はぁ? なにキショい台詞言ってんだてめぇ」 ロレはあっさりそう返した。いつも通りに。馬鹿にしたように。 「お前な、『お前がほしい』だなんつーのは口説き文句にしか使えねぇぞ? もうちっと言葉の使いかた学べっつの、タコ」 ……僕は、一瞬、呆然とした。 いつも通り、ロレは僕のことなど少しも好きではないということを表している台詞。こういう言葉を聞くたび、ロレは僕のことなどどうでもいいと思っていることを思い知らされる。 本来ならここで諦めるべき場面だっただろう。だけど僕は、さっきのロレの、僕を好きだと示してくれた言葉を信じたくて、やめればいいのについこう続けてしまった。 「……口説いてるん、だけど」 「………は? なに言ってんだお前」 「ロレのことを口説いてるんだけど」 「………………は? お前なー、そういうことは女に言えよ女に。口説くっつーのは普通相手と寝たい時に使う言葉だっての、ちったぁ考えろよボケ」 ちゃんと言っているつもりだ。心から好きだって気持ちを表しているつもりだ。 でも少しも相手にされていない。まるっきり好き≠フ対象にならない。 まだ足りないの? もっとちゃんと表さなきゃ駄目? ――それとも、僕の言葉は、君に届かないの? それを思い知らされて、僕はひどく苦しくなった。自分の気持ちが、心からの本心が――少しも相手に信じてもらえない、相手にしてさえもらえない、それがひどく辛く感じた。 それは今に始まったことじゃないだろうに――今この時、気づいてしまったんだ。 ロレは本当に、僕の気持ちを気にかけてさえいないんだってことに。 ――それは気づいてしまうと、いまさらながらに、ひどく苦しく、辛いことだった。 ロレ、君にとって、僕ってなに? ロレにとって、僕の気持ちって、相手にもならないものなの? 「……考えてるよ?」 「どこがだよ」 「僕、ロレと寝たいもん」 お願い、否定しないで、ちゃんと僕の言葉を聞いて信じて。せめて僕を君と同じ土俵に立たせて。 言いながらそう必死にかけた願いは、あっさりと否定された。 「はぁ? お前なー、寝るっつー意味わかってねーだろ。お休みなさいって寝るんじゃねーんだぞ、抱く抱かれるの寝るだぞ。チンコ女の股に突っ込んであんあん言わせる寝るだぞ。んなもん男に言う台詞じゃねぇだろホント馬鹿だなお前」 ロレ。ロレ、お願い。お願いだから。 一瞬でいい、一瞬でいいから。 僕を、ちゃんと。サウマリルト・エシュディ・サマルトリアを、サマを、僕を――ちゃんと見て! 「……僕は、そうしたいって思うよ」 「は? なに言って―――」 「僕は、ロレにおちんちん突っこまれて、あんあん言わされたいって思うよ。そういう意味で寝たいって思うよ」 「…………は…………?」 「ロレに抱かれたいって思うよ。――ロレが今まで女の人を抱いてきたような意味で」 「―――――――」 必死に言った言葉に、ロレは絶句した。 その端正な顔に浮かんだ呆然とした表情に、僕はもしかして伝わったのかな、とかすかな期待をこめてじっとロレを見つめる。 「――なに馬鹿言ってんだお前、俺とお前は男同士だぞ? 勘違いしてんじゃねーよボケ」 一分近い時間が経ってから、ロレは普段通りの、馬鹿にしたような表情を作って言った。 「前からしょっちゅう俺のこと好きだなんだと言ってきたけどよ。今回のはまたとびきりキショいぜ。男同士で抱くの抱かれんのって、お前本気で言ってんのか? 男同士でんなことできるわけ――」 キショい。気色悪い。 その言葉はこんな時でも僕の心に突き刺さるけど、それでも僕は必死に言った。僕の気持ちをちゃんと伝えて、見てほしくて。 「できるよ。男同士だけど、僕はロレに抱かれることはできるよ。やり方は知ってるし―――それに、僕は、ロレが世界の誰よりもなによりも好きだから。ロレに抱かれるためなら、どんな努力もしようって思う」 「―――――――!」 ロレは顔を硬直させて、僕を見た。 僕を、見てくれたんだろうか。 期待しちゃいけないんだろうけど、それはわかってるけど、僕の気持ちが少しでも通じたんだろうかと期待する気持ちを抑えられず、僕は懸命に言った。 「僕、ロレと初めて会った時からずっとずっとロレが好きだったよ。世界で一番。比べることなんかできないくらい。ロレにずっと好きだって言い続けてきたでしょ?」 少しでも、少しでもいいから。 「好きで好きで、本当に好きで。少しでも僕のことを好きになってもらえたらいいなって思って」 僕がどんなにロレのことを好きかって伝えたくて。 「最初、ロレは僕のことさして好きでもないって思ってたんだけど。旅をしていくうちに、仲間として大切に思ってくれてるな、とかその他大勢に毛が生えた程度でも僕のこと好きかな、って思えてきて」 そんなの、ロレには迷惑なことかもしれないけど。 「もしかしたら、一瞬でも、ほんの一瞬でも、こっちを向いて僕を見てくれる時があるかもしれないって思えてきて」 でも、僕はロレのことが本当に好きなんだ。 「ロレがね、僕のこと好きじゃないなら、気持ち悪いって思うならしょうがないけど、少しでも、少しでもね、僕のこと嫌いじゃないって、大切だって思ってくれてるなら―――」 僕の気持ちを、信じてほしい。 僕の気持ちを、否定しないでほしい。 そう続けるつもりだった僕の言葉を、ロレの声が遮った。 「……んだよ、そりゃ」 「え」 「んだよそりゃ!」 がんっ、と手近にあった廃墟の壁にロレが拳を叩きつける。大きな音がしてあっさり壁が崩れた。 ロレは、怒っていた。 心の底から、僕に怒りを、憎しみって言っていいくらいの感情をぶつけてきていた。 「じゃあなにか? お前がこれまでしてくれたことはみんな下心があったわけか?」 「え……下心、って」 「食事作ったり服洗濯したり、細々とした旅の途中のなんやかや引き受けたり、俺が面倒くさいって思うこと代わりにやってくれたり――戦闘の時俺の後ろを守ってくれたのも、自分も危ないのに俺が危ない時回復呪文かけてくれたのも、攻撃から身を挺して庇ってくれたのも下心つきだったのか!?」 「………ロレ、僕は―――」 声が震えた。下心。そうじゃない、そうじゃないんだ。僕はロレに振り向いてもらうためにロレに尽くしてたわけじゃないんだ。 本当にロレが好きで、大好きで、ロレが幸せになってくれることがなによりも嬉しいから、だから僕は――― だけど、その言葉は口から出なかった。 「俺とヤりたいだの、妙なことしたいだの、ずっとそんなこと考えて俺と接してたのかよ! 男として仲間としてじゃなく、ヤりたい相手だったのかよ、お前にとって俺は!」 違う、そうじゃないんだ、そういう意味じゃないんだ。 でも、そういう気持ちが微塵もないのかと言われると、あるとしか言えない。僕はロレに、こっちを向いてほしい、少しでも好きになってほしい、できるなら抱いてほしい――そういうことを心のどこかでずっと願っていたのだから。 「俺は……お前を、ずっと………仲間だと―――一番の仲間だと、思ってたのに…………!!」 けれど、ロレにとって、その気持ちは許せないものなんだ。 それを呆然と認め、僕は無意識に、そろそろとロレに手を伸ばした。 「――――ロレ」 ロレはその手を叩き落して怒鳴る。 「触んじゃねえホモ野郎、気持ち悪ぃんだよ! てめぇみてぇな奴に触られると思うと虫唾が走る! 変な目で見んじゃねぇよ、吐き気がするんだよ気色悪ぃんだよ! その腐った頭と体で俺に近づくんじゃねえ変態、もう二度と――」 いったん息を吸い込んでから、ロレは大声で言った。 「顔も見たくねぇ!!!」 僕は、一人村の外れの道に残されて、ぼうっと宙を見つめていた。 『―――ロレ』 心の中だけで、もう一度そう呼んだ。声に出したらロレがいやな気がするんじゃないかと思って。 僕はその場に立ち尽くしていた。これからどうすればいいのかわからなくて。 『触んじゃねぇ』 ロレはそう言っていた。 『気持ち悪ぃんだよ』 僕のことが気持ち悪いって。 『二度と――』 顔も見たく、ないって。 僕はぼうっとした頭で、はたから見たらたぶん呆然とした顔で、その言葉を受け容れた。 ロレにとって僕は触られたくない存在。 ロレにとって僕は気持ち悪い存在。 ロレにとって僕は二度と顔も見たくない存在。 ロレを愛している僕は、ロレにとって存在すら許したくない存在。 『―――ああ』 僕はいつしか、微笑んでいた。 『じゃあ、僕はもういらないな』 ごく当たり前に、自然にそう想った。 『僕っていう存在、もう必要ないな。この世に存在してる価値ないな。だって』 ただ一人愛している人が、僕をいらないって言ったから。 微笑みながら、そう思った。 でも、ハーゴンを倒すまでは一緒にいなくちゃいけないな。世界の危機だもん、好き嫌いはある程度おいておかなくちゃならないはず。ロレには悪いことしちゃうな、でも僕はどんなに嫌われててもロレのそばにいられて嬉しいけど―― 『―――あれ』 僕は目の前の風景が歪むのを感じていた。 『これって、涙? 僕、泣いてる?』 生まれてこの方、涙ぐんだことはあっても涙を流したことなんて一度もなかったのに。 でも涙はあとからあとから僕の頬を伝う。拭っても拭っても拭いきれないほど。僕の顔はこんなにも微笑んでいるというのに。 僕はそっと、口を押さえた。 「―――あ」 口から嗚咽が漏れるのを防ぐためだ。 すぐにも大声で泣き叫びそうになる口を、必死で閉じようとした。体中、心中、僕の存在すべてが上げる絶叫に、いよいよ耐え切れなくなってきた口を。 ―――大声を上げてロレに聞こえたら、ロレがいやな思いをするから。 「あ、あ……あ、ああ、あ………」 僕は必死に口を押さえて手の甲を唇を噛み締めて、声を出さずに、泣いた。 それから一ヶ月のことはあんまりよく覚えていない。 ぼんやりと、マイラの村を出て海路を南下し大灯台に登って星の紋章を手に入れたのは覚えている。そこからベラヌールに向かったんだ。 その間、僕は一度も、ロレを見ることなく、話しかけることもなく過ごした。 ロレが、二度と僕の顔を見たくないって言ったから。 僕は、これから二度と、ロレに話しかけることも、顔を見ることもしないし、できないんだ。 辛いというのではなかった。 ただ、ひたすらに空虚だった。なんにもなかった。僕はもうロレを守ることも、尽くすことも、一緒に戦うこともできないのだから。 ――ロレにとって僕は、気持ち悪い存在なのだから。 死にたいという思いはなかった。僕はもう死んでいた。今は執行猶予期間のようなものだ。肉体も死んで、不自然が是正されるまでの、僕が心身ともに死ぬまでの、死刑受刑者のわずかな猶予。 僕はそんなものいらないけれど、ロレにこれ以上迷惑をかけないために、嫌な思いをさせないために、ハーゴンを倒すまでは生きていなければならなかった。 ロレと肩を並べて戦うことはできなかったけれど、ロレの後ろから攻撃しようとしている魔物を倒したり、ロレへの攻撃を体で受け止めたりすることは何度かあった。ロレに気づかれるのではないかとひどく怖かったことを覚えている。 ロレに気づかれたら、きっと、ロレがいやな思いをするから。 ロレにとって、僕は、触られたくない、気持ち悪い、二度と顔も見たくない――存在すら許したくない存在なのだから。 ――そして、ベラヌールで。 ロレを見ることができない、たまらなく空虚な日々はとりあえず終わりを告げた。 その代わりに、もっと直接的な、苦しさと辛さをえんえんと味わわされる日々が始まったのだった。 |