俺たちは嵐をやり過ごして、水と食糧を手に入れるためにザハンって島に来ていた。小さな島だけど、一応村がちゃんとある。やけにでかい神殿に村のかなりの部分占められてる、変な村だけど。 ここの隣の小島にはローレシアに通じる旅の扉があるとかいう話をしていると、ふいにサマが言った。 「漁に出てるのかな」 「へ?」 「男の人がいない」 「……そういや、そうだな」 周りを見回して見ると、確かに見えるのは女ばっかだった。 「嵐の後は漁には絶好の機会だっていうけど。もうすぐ昼になるのに、一人も男の人がいないっていうのはなんだか変な感じだね。近海ならご飯を食べに戻ってきてもよさそうなものなのに」 「そうだな……けどまあ、んなこと聞くのは後でもいいだろ。とりあえずは水と食糧だ」 「そうね……」 「それが終わったら宿屋でパーティだね」 「お前……本気でやんのか?」 「駄目なの? せっかくの誕生日なんだから、遅れてもパーティぐらいやりたいよ」 誕生日パーティ……ねぇ。 サマが俺とマリアの誕生日パーティをやろうと言い出したのは二週間ほど前のことだった。確かに俺は二ヶ月ほど前が誕生日だったけど、その頃はんなもんに気を回すほど余裕なかったし、第一この年になって誕生日パーティもねーだろ。そりゃ国にいりゃ面倒な行事がなんやかやあるけど。 けど俺はきっぱり嫌だと断る気はなかった。死ぬほど嫌ってわけでもねーし、なにより――これもサマが俺を好きだからやることなんだろーなーと思うと、邪険にできなかったんだ。 あの抱こうとした時のことから一ヶ月。俺は一応前みたいに、普通に喋ることはできるようになった。気を遣ってない振りしてサマに面倒かけて、仕事頼んで、メシ作ってもらって。――意識的に優しくすることも、しないようにして。 だけど、完全に元通りになったわけじゃない。 俺はやはりどこか、サマに対して遠慮していた。傷つけないように、ひでぇことを言わないように、苦しめないように。こいつの好きって気持ちを踏みにじるような真似をしないように。 それは当たり前と言えば当たり前のことだったろう。そんなことも俺は今まで気がつかなかったんだ。 でも、俺はまだ当たり前≠カゃなく気を遣っていた。サマに。 だから表面上は以前の通りでも、底の方でどこか少しぎこちなさがつきまとった。 だけど、俺は、またこいつを傷つけてしまったら、あの時みたいに自分の命を捨てるような真似をさせてしまったら、だらしねぇことにそれがひどく怖くて、ぎこちなくてもどうしてもサマに気を遣わずにはいられなかったんだ。 水と食糧を船に運び込んで自由行動になったあと。俺はうろうろと村をうろついていた。俺は珍しく悩んでいた。最近はサマのことでうんうん考えるのもそう珍しいことじゃなくなってたが、今考えてるのはマリアのことだった。 今日は誕生パーティがある。誕生日パーティといっても、俺だけのじゃない。マリアのも一緒にやるから、当然俺もマリアへの誕生日プレゼントを用意しなけりゃならねぇわけだ。 ……で、なににすればいいかが全然思いつかねぇ。 そりゃ今まで母上とか、あと娼婦相手に何度かプレゼントしたことはあるけどよ。それ以外にプレゼントの経験なんてねぇから、なに贈りゃいいかなんて全然思いつかねぇよ。 娼婦の時と同じように服とか宝石とか贈りゃいいのか? ……けどなぁ……あいつがそーいうの喜ぶかどうかなんてわかんねぇしなぁ……つーか、あいつなにが好きなんだよ? あいつほしいものとかあんのか? あーちくしょ、半年以上一緒に旅してきて仲間の好みも知らねぇのか俺って奴は……なんか自分が駄目人間みてぇに思えてくんじゃねーか。 そんなことをぶつぶつ呟きながら俺は村を歩く。だが当然といやあ当然だが、誕生日プレゼントになるようなもんなんぞどこを探しても売ってなかった。 つぅか、道具屋が一軒ある他は、店屋なんてひとつもありゃしねぇ。その道具屋に売ってるもんも、貝や魚の干物やら珊瑚の欠片みてぇな土産物にしかならねぇようなもんか、薬草とか聖水とかのいまさら使わねぇような消耗品ばっか。 『魔除けの鈴』っつーちっときれいな鈴があるにはあったんだが……金が足りねぇ。俺の手持ちは今五百ゴールドしかねぇんだよ! どーすりゃいいんだ、くそーくそーと思いながら村をうろつき、神殿の裏手にさしかかった――と、ゴットンゴットン、と織り機を動かす音が聞こえてきた。 神殿で機織りしてんのか? 変わってんなーと思いながらなんとなくそっちに近づく。と、裏口から巫女らしき女が一人出てきたのと目が合った。 「――よう」 なんとなく手を挙げて挨拶する。女の顔がぱぁっと一気に赤く染まった。 よっぽど男慣れしてねぇんだな、と思って見ていると、その女はふらふらとこっちに近寄ってきて、俺に倒れこむようにしてしがみついた。 「っと。どうした? 大丈夫か?」 とりあえず助け起こして顔を見る。その女は真っ赤な顔を両手で覆いながら手の下から俺を見つめ、なんかぶつぶつ言ってる。 「なんて、いい男……ああ、私もう駄目、ずっとろくな男と会ってこなかったんですもの。もういいわ、なにもかもどうでもいいわ、なにもかも捨てるから私をさらって逃げて……」 「……おい、本当に大丈夫か? 頭はっきりしてるか?」 ぱしぱし、と頬を軽く叩くと、女ははっとしたように飛び跳ね、俺から離れて平伏した。 「す、す、すいませんっ! わ、わ、私ったらなんてはしたないことを……!」 「は?」 「ど、どうかお許しを。このことはご内密に! そうでなければ、私は、私は神殿から追い出されてしまいます……!」 「いや、別に言いふらす気はねぇけどよ」 それ以前にあんたが誰なのかも俺は知らねぇんだけど。 それを言う前に、その女は俺の言葉にぱぁっと顔を輝かせた。 「あ、あ、ありがとうございますっ! このご恩は、一生忘れません……!」 「いや忘れていいって。俺別になにかしたわけでもねぇし」 「代替わりした巫女頭さまは、ことのほか男性と巫女が接触することに厳しく……男性に近寄った巫女は穢れたとされて三日忌まねばならないのです」 「へぇ……」 変な話だな。そーいや宿屋の女将がなんかそんなようなこと言ってたっけ。巫女頭が男の参拝客を追い返すくらい男嫌いで女好きだって。 「我らが神殿では巫女は常に清らかな体でいなくてはなりません。そうでなければルビスさまに奉仕することかなわぬと……男性を見ただけでその日は聖なる織り機に触れることが許されないほどなのです」 「聖なる織り機?」 「この神殿に収められている聖具です。なんでも水の羽衣を織ることができる世界で唯一の織り機とか。普通の布を織る時でも聖なる力を付与することができるそうです」 「水の羽衣ってなんだ」 「雨露の糸により織られる世界で最も清い衣です。纏う者を炎や冷気から守る、強力な防具としても使えるとか。一度宝物庫にあるものを見たことがありますが、水のごとき布がキラキラ光って、とても綺麗でしたよ」 ―――! それだ。それならいける。それしかねぇ! マリアの誕生日プレゼントにぴったりじゃねぇか、水の羽衣! 強力な防具だってんなら重い防具を装備できねぇマリアにとっちゃすげぇ実用的だし、きれいな服だってんならマリアも贈られて悪い気はしねぇだろう。それに世界で一番清い衣っつー謳い文句も、なんかあいつに合ってる気がする! 「その聖なる織り機って、借りられねぇか!?」 俺の勢い込んで言った質問に、その女は驚愕の表情で激しく首を左右に振った。 「と、とんでもない! 聖なる織り機はこの神殿で最も大切にされている宝物でもあるのですよ? そんなものを男性にお貸しするなんて、巫女頭さまがどんなにか怒り狂われますことか!」 「……ふーん。じゃ、その巫女頭ってのと直接話つけようじゃねーか。話したいって言ってくれねーか」 「無理です! 巫女頭さまは殿方は見るだけで穢れとするようなお方なのですよ?」 「……わかった。あんたの力は借りねぇ。正面に回って直接乗り込む」 「そんな……!」 「そこでなにをしているのです!」 やたらキンキン響く金切り声の絶叫が、俺の耳に飛び込んできた。 声のした方に立っていたのは、ガイコツみてーに痩せ細った中年後半のおばはんだった。きっと俺と、脇の女の方を燃えるような目で睨んでいる。 「み、巫女頭さま! これは……」 「俺がこの女に聖なる織り機を貸してくれねぇかって聞いただけだ」 俺は割り込むようにして言った。意識的にずんずんおばはん――巫女頭に近寄って、俺だけに注目させるようにする。 巫女頭はさっと顔色を変えて、俺にけたたましく怒鳴った。 「近寄るんじゃありません、汚らわしい! 我らはルビスさまにその身を捧げた清らかな巫女なのです、穢れた男が声をかけていい存在ではありません!」 「ほー。この世の半分は男だぜ? あんたのルビスさまってのはこの世の半分も汚らわしいもので埋め尽くすようなお方なのかよ?」 巫女頭は真っ赤な顔で、視線で殺せるなら五回は殺してるだろうってくらいの目で俺を睨みつつがなりたてる。 「お黙りなさい! 男はルビスさまが作ったものではありません、古き神々が作ったものを滅ぼさないでいただけなのです! 男というものは女を歪ませ、誘惑し、堕落させる、子を作る時にしか価値のない存在です!」 ……ここまでむちゃくちゃ言われると呆れて腹も立たなくなってくるな。けどこの女をこのまんまにしとくのはどーかと思うんで、一応言いたいことは言っておく。 「あんたがどー思おうとどーでもいいけどよ。女を勝手にきれいなもんにすんなよな。女だって騙すし誘惑するし男を歪める時だってある。汚ぇこと考える時も汚ぇことする時だってあるだろうさ。それ見ねぇ振りして清らかだなんだっつーのは女にとってだって迷惑だと思うぜ」 「…………! あ、あなたのような汚らわしい男に乙女について言われたくはありません!」 ………阿呆らし。 「話聞く耳持たねぇってんなら好きにしな。けどな、あんたのやり方じゃここの神殿、長続きしねぇと思うぜ」 「お黙りなさい!」 「……それより、頼みがある。俺に聖なる織り機貸してくれねぇか? 俺はそれが必要なんだ」 予想通り、巫女頭は据わった目で俺を睨み怒鳴った。 「馬鹿なことを! あれは男などが触れていい品物ではありません!」 「てめぇが決めるこっちゃねぇだろ。仕様説明書に男が触れると壊れるとでも書いてあんのかよ」 「なにを愚かな……! この世の清らなるものは全て乙女の所有すべきものなのです! 男の手で穢してはなりません!」 「じゃー世界にうじゃうじゃいる男の聖職者はどーなんだよ。あれだって清らかなもん触ってんだろーがっ」 「真に清らかなものは男の触れていないものだけです。女の手によらないものなど清らかとは呼びません!」 「あのなぁ! だっから女だろーが男だろーがんなこた清らかさには関係ねーっつの! つーかな、聖なる織り機ってのは清らかじゃねぇ人間が触れたら壊れるとでも書いてあんのかよ!?」 ……そのあともさんざんやりあったが、巫女頭はがんとして聖なる織り機を(すぐ終わるからと言っても)絶対に貸すとは言わなかった。 「あーくそっ、わかったあんたはどーあっても俺に織り機を貸す気がねーんだなっ!? それならそっちから貸さないわけにはいかなくしてやるよ!」 腹立ちに任せて適当な捨て台詞を言うと、俺はぎっと巫女頭を睨んだあと、巫女の方に軽く手を上げてその場を足早に立ち去った。 ――歩きながら、感じていた。 なんか、視線を感じる。食いつくように強烈な、飢えた犬が肉を見るように焦熱的な。 こりゃ……あの巫女頭か? と思ってちらりとそっちの方を見やる。すると巫女頭が殺気バリバリこめた視線で俺を睨んでいるのと目が合った。 俺はふん、と鼻を鳴らし、向き直って早足で歩いた。 俺は宿屋の方に向かって歩きながら考えていた。 どーすっかな。巫女頭がアレじゃ聖なる織り機貸し出しなんて無理だろうし。けど俺はなんとか水の羽衣をマリアの誕生日プレゼントにしたい。話聞いてこれだって思ったんだ。 どーするか。巫女頭をなんとか説得する手考えねぇと……。あのおばはん、俺が立ち去る時、なんか食い入るみてぇな目で俺の方見てたよな。なんか気になんだよな、あの視線。どっかで、旅に出る前ぐらいに、同じような視線浴びたことあったような……。 などと思いつつ宿屋の扉を開けると、なんかサマとマリアともう一人知らねぇ男が顔つき合わせて相談していた。なんだ? 「おい、お前らなにやってんだ?」 「ロレ」 「ロレイス……」 困ったような表情を見せる二人。 「……なんかやべぇことでもあったのか?」 「やばいっていうか……」 「そうなんです、とてもやばいんです!」 声を上げたのは知らねぇ男だった。 「は? やばいってなにが……つうか誰だお前」 「この島の男たちが乗った船が……魔物に襲われて……!」 ………は? 聞いてみりゃわりと話は単純だった。この島の男たちが乗った船が魔物に襲われて沈んだ。それを伝えるためにこの男はザハンにやってきたんだが、なかなか言い出せなくてマリアに相談したらしい。 「………そりゃ、確かに言い出しにくい話ではあるわな」 「でしょう!?」 「けど、早く話すに越したこたぁねぇ。でねぇとますます言い出しにくくなるぜ」 「はい……」 「村長さんに話をして、村長さんから村の人たちに話をしてもらうっていう手もあるけど。たぶん村長さんも実際に見てきた人の話をしてもらいたがると思いますよ」 「そう、でしょうか……」 「それで、私たちが一緒についていって話をするっていうのはどうか、と話し合っていたところなの」 「は? 俺たちがついてってなんの役に立つんだよ」 「少なくとも一人で話すよりは気が楽になるでしょ?」 ……まぁ、そうかもしんねぇな。 「おい、俺たちがついてたらきっちり話せるか?」 男は決意の表情でうなずく。 「………話します。私の船はこの島の人たちの乗った船が襲われたおかげで助かったんですから」 「……んなこと島の女どもの前で話すんじゃねぇぞ」 村長に話を通して(当然だが村長はすげぇうろたえてた)、村の奴らを集会所に集めて話をする。女どもは初めは戸惑ってたが、男の話が進むにつれパニック状態になっていった。 男に殺気立ちながら詰め寄る女たち。 「私のルークは!? どこかに流れついているとかいうことはないの!?」 「うちの旦那は! 本当に、本当に死んじまったのかい!?」 「わしの息子は……! わしの息子は!? 生きているよね、生きていると言っておくれ!」 必死の形相で詰め寄る女たちに、男は悲痛な表情を浮かべて首を振った。 「申し訳ありませんが……あの状況では、誰も……」 『………! ああ!』 あるいは絶叫し、あるいは絶句し、あるいは泣き喚く女たち。だがどんな形にしろ、悲嘆にくれているのははっきりわかった。 ……やりきれねぇよな。こういうのは。 と。そんな中、一人の女がぼそりと言った。 「……巫女頭さまのせいだわ」 「え?」 「巫女頭さまが……ううん、巫女頭が男たちの参拝を拒んだから、船が沈んだのよ!」 はぁ? そりゃいくらなんでも無茶だろ。 だが俺の感想など関係なく、女たちは一気に殺気だった。 「そうだ……あの女がうちの旦那の参拝を拒んだから、うちの旦那は死んだんだ!」 「許せない……許せないよ! うちの息子の祈りを退けるなんて、巫女のやることじゃない……!」 「あたしの恋人を殺したのはあいつよ! よくも……よくも………!」 女たちは見る間に盛り上がり、俺たちが呆然としている間に怒涛の勢いで走り去った。 「殺せ!」 「殺せ、殺せ、巫女頭を殺せ!」 「生贄にしろ、海に捧げろ! そうすれば男たちは帰ってくる!」 そんなような叫び声を上げながら。 残ったのは俺たちと、男と、村長だけだった。 「……おい。これ、めちゃくちゃまずくねぇか?」 「まずいね。古来より神に仕える存在っていうのは災いを防ぐ者として様々な特権を与えられている代わり、いざ災いが起こった時には民の憤りをもろに受ける立場なんだよ。強引なやり方で村の人たちを押さえつけていた巫女頭さんとやらが、男たちが死んだという現実に対する苛立ちや不満をぶつけられるのは必定だろうね」 「んなこと言ってる場合じゃねぇだろ! 放っといたら本気であのおばはん死ぬかもしれねぇんだぞ、おらぼっとしてんな、行くぞ!」 「――了解」 「ええ!」 俺たちが神殿に着いた時には、女たちは今にも神殿の扉をぶち破らんとしてるとこだった。「おやめください」「落ち着いてください」と巫女たちが言うのも無視して、神殿の扉に何度も体当たりをかける。 「開けろ! 開けろ!」 「逃げるな、出てこい!」 「殺せ、殺せ、殺せ!」 大声でそんなことを叫びまくる女たち。俺は思わず顔をしかめた。 「こりゃ止まれっつって止まるような状況じゃねぇなぁ」 「そうだね」 「ラリホーをかけましょうか。安全に全員止められると思うけど」 「そうだな……いや待て! 扉が開くぞ!」 ぎぎぃ、と軋むような音を立てて扉が開いていく。姿は見えないが、以前聞いたのと同じ、ぴしゃりと叩きつけるような声が聞こえた。 「なんですかこの取り乱しようは。あなた方も女性なのだから、常に厳しく自分を律しなさい。見苦しい」 ……このおばはんさっきもそうだったけどむやみやたらと態度がでけぇよなぁ……。 当たり前だが、その態度に女たちはいきり立ったらしい。怒涛の勢いで扉の向こうに殺到し―― 短い詠唱が聞こえたあと、足が止まった。 「これは、バギームの呪文……!」 「どういう呪文だそりゃ?」 「強風を吹かせる呪文よ。殺傷能力は低いけれど、うまく使えば相手を吹き飛ばして怪我をさせるぐらいたやすい……こんな呪文を守るべき人間相手に使うなんて……!」 女たちがじり、じりりと道を開けた。さっきまでの勢いが見るも無残に衰えちまってて、びびってる空気がばしばし伝わってくる。 女たちの開けた道からあのおばはん――巫女頭が見えた。あくまで平然とした、高飛車な表情で周りを眺め回している。 「愚かな。私を傷つけることはできません。私は清き乙女、ゆえに私にはルビスさまの加護があるのですから」 ……あんのおばはん……。 「サマ、マリア。怪我した奴の治療してくれ」 「ロレは?」 「俺はあのおばはんと話つける」 うなずいて走るサマとマリアの後ろから、俺はずいっと進み出た。 「おい、おばはん」 「―――! なんですあなたは! 汚らわしい男が私に近寄るなと言ったはずです! 退がりなさい!」 「そうはいくかよ。あんたがどんな阿呆な考え持ってようが俺にゃあ関係ねぇけどな。その考え振りかざして俺の目の前で馬鹿やられちゃあ、放っとくわけにもいかねぇんだよ」 巫女頭は顔を真っ赤にして、据わった目で俺を睨む。他の女たちなんてまるで眼中に入ってねぇみてぇだ。 「私は自らの身を守っただけです。清らかな乙女にルビスさまが与えてくださった力です。男に従う哀れで愚かな娘たちには、罰が必要なのです!」 「身を守るだけならもっとやりようってもんがあるだろ。それに……罰だ? そりゃ暴走したのはまずいけどな、惚れた男やら旦那やら息子やらを失った奴らに言う台詞かよそれが。こーいう時に助けになるのが神殿やら巫女やらの仕事じゃねぇのか?」 「ほ!」 巫女頭は頭をのけぞらせて笑った。狂ったみてぇな勢いで。破裂するみてぇに。 「ほほほほほ、男などに穢された女など、ルビスさまがお救いになるものですか! 男たちが死んだ? 当然です、当然の罰です! 女を穢す男たちなどみんな死ぬのが当然なのです!」 ぐわっと再び女たちの間に殺気が盛り上がりかけた。俺はすかさず女たちに殺気をぶつけて動きを止める。このおばはんにとりあえず、言うだけ言わせてからの方がいいと思ったんだ。 「男、男、男! この呪わしきもの、汚らわしきもの! 清き女を穢す男はみな死ねばいい! この世から男はみんな、消えてなくなればいいのです!」 阿呆か、と思いながら巫女頭が喋り終わるのを待って――俺は、ふと気づいた。 このおばはん、なんかまた食いつくような目で俺のこと見てる。 どこで感じたんだったかなこれと同じ視線、と頭の中を引っ掻き回して――気がつき、驚いた。 ………まさかなー。けど、でもこの視線……。苛立ちと憤りと困惑、それに抑えきれない情熱が混じったこの視線は……。 間違いねぇって気がする。 俺は叫び疲れたかはぁはぁと荒い息をつく巫女頭をじっと見つめ、言った。 「言いたいことはそれだけか?」 「………ええ」 「本当にそれだけか?」 「な……なにが言いたいのです」 俺はたじろぐ巫女頭を見つめながら言葉を重ねる。 「あんたは俺にもっと別のことを言いたいんじゃないのか」 「――――!」 巫女頭の顔からさっと血の気が引き、それからカッと赤くなった。 「なにを馬鹿なことを! 私があなたになにを言いたいというのです!? 男など全て死ねばいいと思っているこの私が!」 「嘘つけ。あんたは男が死ねばいいなんて思ってねぇ」 「…………!」 「いや、実際思ってはいるのかもな。けど、それはあんたが言うのとは別の理由でだ」 「な、なにを、なにを……」 ぜいぜいと息をする巫女頭に、俺は一歩近づいた。 「近寄るのではありません!」 「言えよ。言いてぇこと」 一歩、また一歩。俺は巫女頭に歩み寄る。 「近寄らないでと言っているでしょう!?」 強烈な風が吹く。俺の体にがつんと石がいくつかぶつかった。 サマとマリアが身構えるが、俺はそれを制した。この程度の力でどうにかなるほど俺はやわじゃねぇ。 「あんたもう自棄になってんだろ?」 「なにを……」 「そうでなきゃいっくらあんたを襲おうとしたからって信徒に呪文ぶちかましてあーも暴言かますわけねーもんな。あんたはもうここではやってけない。それをあんたもわかってる。だからもうどうだっていいって気分でむちゃくちゃやったんだ。違うか」 「………っ」 じりじりとあとずさる巫女頭に、俺は容赦なく歩み寄る。 「どうせもうあんたはここにはいられないんだ、だったら言っちまえ。言ってすっきりしちまえ」 「なにを……なにを、なにを……」 「あんたが男をどう思ってるか、ホントのとこをだよ」 「…………!」 また呪文が炸裂した。だがしょせん攻撃呪文と言うにはあまりに弱すぎる呪文だ、そんなもん俺には蚊に刺された程度にしかなんねぇ。 何度も何度も呪文を唱えながら、巫女頭は絶叫する。 「憎い! 憎い憎い憎い憎い憎い! あなたたち男はいつもそうやって私の心を乱す! 私を穢そうとする!」 「…………」 「男は女を穢す! だから死ねばいい! 死んでしまえ! この世から消えてしまえばいいんだ!」 「…………」 「お前たちなんか、全部、全部私が、殺して、殺して………!」 「…………」 俺はただ無言で歩み寄る。目の前まで近寄り、しゃがみこんですでにしりもちをついていた巫女頭と視線を合わせた。 目の前に顔を突き出してやると、巫女頭の顔は大きく歪んだ。荒く息をつきながら、必死に首を振る。 「来るな……来るな、来るな」 「言え」 俺はきっぱり言い放つ。 「言え。今なら言えるはずだ」 「ああ―――」 巫女頭の顔がくしゃくしゃに歪んで、ぼろぼろと涙が落ちた。 そして、そのぐしゃぐしゃになった顔で―― 「あああああ………っ」 泣きながら、呻きながら、巫女頭は俺に抱きついて顔を胸にすりつけ、叫んだ。 「私は、男に――愛されたかった……!」 そう叫ぶや身も世もなく泣き崩れる巫女頭に、俺はそっと背中を叩いてやった。 ――私は幼い頃からずっと、ロンダルキアの神殿で清らかな暮らしをしてきた。 けれどいつの頃からか、私は男の姿に心を乱されるようになってしまった。男の姿を見るたびに、その逞しい腕に抱かれたいと思うようになってしまった。 私の師は清らかな乙女でなければルビスさまに祈りを捧げる資格はないという教えをひたすらに守り続ける、ひどく厳しい人だった。その人に男に視線をやるたび心を乱したと厳しく罰されて、私は男を憎むようになった。 私の心を乱すもの、女を穢すもの、男。けれど憎みながら、退けながら本当はわかっていた。私は男に、普通の娘のように愛されたいと願っているのだと。 だからこそよけいに男を退けずにはいられなかったのだ―― 巫女頭が泣きながら語った身の上話に、女たちはいきり立った。 「そんな理由で男たちに祈らせなかったのかい……!」 「なんて女! 汚らわしいのはあんたの方だよ、この薄汚い痩せっぽち女!」 巫女頭に手をかけようとする女に、俺は声をかける。 「おい」 「なんだい、まさか止める気じゃないだろうね!?」 俺は首を振った。 「止めねぇよ。その女が阿呆な理由で馬鹿なことをしてたのは確かなんだからな」 「へ……? そ、そうかい」 「けどな」 俺はぎっと視線の力を強めて、女たちを眺め回した。 「お前らがやろうとしてるのは復讐じゃなくて憂さ晴らしだってのはしっかり自覚しとけよ。自分の憂さをこの女にぶつけてすっきりしようとしてるだけだってのはな。そんで、俺は憂さ晴らしで誰かが死ぬのは馬鹿らしいと思ってるから、この女が死にそうになったら止める、ぶん殴ってでもな。それでもやるってんなら好きにしな」 『…………』 女たちはうつむいた。うっくうっくと泣き声を漏らしてる奴もいる。こーいう雰囲気は苦手だぜ、とため息をつきたくなるような息苦しい気分で俺は言った。 「あんたらがどんなに苦しいかは俺にゃわかんねぇ。けどな、これだけは確かだ。あんたらが今どんなに辛くても、それはこの女のせいでもルビスのせいでももちろんあんたらのせいでもない。ただしょうがねぇって思うしかねぇことなんだ、こういうことは」 『…………』 「そう簡単に思えるもんじゃねぇのはわかってるけどよ。せめて今日ぐらいはそーいうことなんにも考えねぇで素直に泣いてやれよ、泣けるだけ。……そうでなきゃ、男どももあんたらも、浮かばれねぇだろ」 そう言うと、女たちは次第次第に嗚咽を上げて泣き始めた。あるいは地面をかきむしり、あるいはどんどんと膝を叩きながら泣き喚く。 俺は小さくため息をついて、空を見上げた。女の涙が苦手っつーほどウブじゃねぇけど、こーいう涙は正直やりきれねぇ。誰も悪くない、だからこれ以上どうしようもない、だからこそ流れるやるせない涙。 はっきりいってしょうがねぇなんて思えるこっちゃねぇだろう。まだまだ生きるはずだった人間が死ぬ、その理不尽さ。この世っつーのはそういうもんだが、だからって今家族や惚れた相手を亡くした苦しさが薄れるわけでもねぇ。 「……魔物……か」 別にハーゴンがいなくたって魔物は人を襲うだろうが、その頻度はぐっと減るはずだ。考えようによってはこれもハーゴンのせい、と言えなくもない。 それにここの女たちが気づくかどうかはわかんねぇけど―― 「……どっちにしろ、ハーゴンは許しちゃおかねぇさ」 ムーンブルクを襲わせたのは、間違いなくハーゴンなんだから。 結局、巫女頭はローレシアの教会に移籍することになり、神殿は巫女の一人が責任者になることに決まったらしい。 あと、ローレシアの方から男の移住者を募ることにもなった。……ある程度年取った女には朗報とは言えねぇだろうけど。 で、巫女頭が隣の小島に移る前、俺のところに会いに来た。俺は愛想よくする義理もねぇけど喧嘩腰になるのも馬鹿らしいし、普通に話した。 「ありがとうございました」 あなたのおかげで長年心の底に秘めた思いが吹っ切れそうです、と少し柔らかく微笑む元巫女頭に、俺は肩をすくめた。 「別に礼言われるこっちゃねぇよ。俺は言いてぇことを言っただけ、やりてぇことをやっただけだからな」 「ふふ……あなたはそうしてこれからも人を救っていくのでしょうね」 なんだそりゃ。 俺は呆れたことを表すために片眉を上げたが、元巫女頭はかまわず、潤んだ目で俺に縋りついた。 「……どうした?」 「馬鹿なお願いだとは承知しております……けれど」 「けれど?」 「無様な女よとお笑いになって構いません。けれど、どうか、私に、一欠片の思い出を……」 そう言って元巫女頭は目を閉じた。 ……この女ははっきり言ってブスだし、年食ってるし、そそられるそそられねぇでいったら微塵もそそられねぇ。 けど、それとこれとは話が別だ。この女がここまで必死に言う想いに応えてやれなきゃ男がすたる。 俺はすっと元巫女頭を抱きしめて、そっとキスしてやった。 「………ありがとう、ございます………」 唇を離すと、元巫女頭はそう言って走り去った。俺はそれを見送る。 「……あの女、どんな女になるかな」 俺はわずかに口の端に笑みを登らせて一人ごちた。 その後、出発の時、サマの見送りに一人ガキが来てた。なんかサマに懐いてるみてぇだった。 泣きそうになりながらまた来てねと言うそのガキに、サマはずいぶんさらっと軽く返していた。 ちっと不審に思って、船に乗り込みながら俺は訊ねてみた。 「……お前、いいのかよ」 「いいのかよって、なにが?」 「あのガキと仲良くなったんだろ? もーちょいちゃんと話さなくていいのか?」 「珍しいね、ロレがそんなことを言うなんて」 「……別に。てめぇにしちゃ珍しいなって思っただけだ」 「そうかな。僕はいつもこんな風だと思うけど」 「……そうか?」 「うん。人に嫌われても困るけど、好かれもしないように、僕はいつも他人には礼儀正しく冷たく接してると思うよ。……今回は、相手が子供だからうまくいかなかったけど」 「はぁ? なんでわざと好かれないようにしなきゃなんねぇんだよ」 「好かれると、苦しいから」 は? 「人に好かれても、僕はその相手を好きになることはできないから。好きだって思いを、愛情を返せないんだ。一方的に好かれて、優しくされて――自分が人を愛せない人間だって再認識させられるのは、正直きつい」 ……なに言ってんだこいつ。人をあんな風に、死ぬ気で、本気で命かけて好きになりやがる奴のくせに。 「なに言ってんだお前。俺はお前みてぇに思いきり人好きになる奴見たことねぇぞ?」 「え?」 「だっておま……」 そこまで言って、俺は口を閉じた。……こんなこと本人に、好かれてる当人が言うこっちゃねーよな。 「……ロレ?」 「なんでもねーよ、忘れろ」 「…………。ロレ」 「……んだよ」 「あのね」 サマが背伸びして、俺の耳元に囁く。 「好きだよ」 俺は正直どー反応すりゃいいんだよ、と困り果てたが、なんにも言わねぇのもおかしいんで、とりあえず一言ぶっきらぼうに言った。 「――知ってる」 それ以外に言いよう、ねーもんな。 最初の舵取りはマリアだった。俺は甲板でいつも通り、剣の稽古をする。サマは船室で呪文の勉強するとか言ってた。 ………なんつーか……微妙な気分だ。 あんなことがあったんで誕生日なんて雰囲気はどっかに吹っ飛んじまった。で、誕生パーティは一ヵ月後、サマの誕生日の時に三人まとめてやろうってことになったんだが―― 俺は正直気が抜けていた。必死こいてマリアのためにプレゼント用意しようとしたのが馬鹿みてぇだ。なにやってんだ俺。 まー巫女頭だった女は吹っ切れたみてぇだからそれはいいとしても。俺としては最初巫女頭を助けようとしたのはいくぶん聖なる織り機を手に入れるためってのがあったってのに。 なんやかやが無事終わって、今朝水の羽衣織るから聖なる織り機を貸してくれっつったら。 『あなたになら喜んでお貸ししますが、水の羽衣を織れるような人間はほとんど人間外の織り手になりますよ?』 ……つまりザハンとかじゃ水の羽衣織れねぇんだよ! 聖なる織り機はどうせ使わないしって無期限で貸してくれたんだけど! あーくそまたプレゼントなににするか考えなきゃなんねぇじゃねえか。 ……いい考えだと、思ったんだけどな。 「――ロレイス」 声をかけられて、俺ははっとマリアの方を向いた。 「どした? もう交代の時間か?」 「ええ。そろそろ昼だから」 「そっか。お疲れさん」 「………………」 「なんだよ」 なんかマリアの奴、俺を上目遣いでじーっと睨むように見てやがる。 俺も黙って見返すと、ふっとその視線が逸らされ、無表情な声で言われた。 「あなたって、誰にでもキスするのね」 「………は?」 「偶然見たの。あなたと巫女頭だった女性が、キスするところ」 「はぁ!?」 ……マジかよ!? 冗談じゃねーぞなんでそんなとこ見せなきゃなんねぇんだよりによってマリアに! ……待て、なんでマリアだと『よりによって』になるんだ? 第一たかがキスくれぇ別に見られてもどうってこと…… でもなんか、なんっか、面白くないっつうか……嬉しくねぇ、それ。なんか……見られてもどうってことないとこなはずなのに、見られたくなかったって思ってる、俺。 ………なんで? 頭の中でぐるぐる考えてる間に、マリアは一人でどんどん話を進める。 「あなたがなにを考えて気軽にキスするのかは知らないけれど。見えないところでやってくれないかしら。サウマリルトだってそんなところを見たら傷つくし、それに……私、だって、不愉快だわ。そんな女たらしが仲間かと思うと」 ……言ってることは生意気なんだが。なんっか、こいつ、泣きそうに見える。うつむいて小声で言うその声が少し震えるとことか、拳を思いきりぎゅっと握り締めてるとことか、なんか、苦しくて苦しくてたまらないって感じに見える。 しょうがねぇな、と俺は息をつき、マリアの肩をつかんで身をかがめ、マリアと視線を合わせて言った。 「おい、お前な、言っとくけど俺ぁお前らと会ってからは清く正しい生活してんだぞ」 「………そんなこと聞いてないわ」 「だー、だからなー、誤解すんなっつってんだよ。あれはなんつーか、あの女が必死だったから、応えてやりてーと思って……」 「あなたは必死だったら誰にでもキスするの?」 「だぁかぁらぁ〜……」 俺はぐしゃぐしゃと髪をかき回して呻いた。こんな言い方じゃ埒が明かん。 俺は言い方を変えることにした。 「ああ、俺は誰とでもキスする。したいと思った時にはな」 「…………」 びくん、と小さくマリアの体が震えた。 「けど、それは誰でもいいってこっちゃねぇ。俺にも好みはあるし……なにより、『こいつにはキスする価値がある』って思った奴にしか俺はしねぇ」 「…………」 「あの女はこれから必死に生きていこうって顔してた。今まで必死に保ってたことが崩れて、これからどう生きるかもちゃんとはわかってねぇ。けど生きようとしてた。そーいう奴が生きていくための思い出がほしいって言うんだ。キスぐれぇしてやってもいいと、俺は思った」 「…………」 「お前がどう思うかは知らねぇけど。俺はあれを別に恥ずかしいことだとも間違ってるとも思ってねーかんな。そんだけだ」 言って踵を返そうとする――と、その動きが途中で止められた。 マリアが、俺の服の裾をぎゅっと握ってる。 なんだ? と思ったが、マリアがうつむいたまんま震えてるんでとりあえず待った。 マリアが口を開く。 「……あなた、すごく慣れてるみたいだった」 「……まぁな。ローレシアにもいたんだよ、あの手の自分押さえつけてるおばはん。なんか俺そーいうのに好かれるみてぇで、何度か相手したことあったんだ」 「……そういう風に、いろんな人と、遊んだの?」 「遊んだってな……大したことはしてねーよ。俺は面倒は嫌いだからな」 素人女に手を出すのも、家族のある奴に手を出すのも面倒の元だ。 だがマリアは、俺のその言葉にびくんと震え、掠れ声で小さく聞いてきた。 「面倒じゃなかったら、遊ぶの………?」 「は?」 「………今も遊んだり、するの………?」 「………………」 俺ははーっとため息をついて、ぴんっとマリアの額に軽くデコピンをかました。 「いたっ! なにするのよ!」 「阿呆かお前は。ちゃんと俺の話聞いてたか、あ?」 「聞いていたわよ! なによ偉そうに!」 「だからなー、俺はお前らと会ってからは清く正しく生きちまってんだよ。あんま挑発すっと本気で遊ぶぞ、コラ」 「…………」 「ったく、必死こいてプレゼントの準備した相手にこうも見くびられるなんざ、馬鹿みてーじゃねぇか俺が」 「え?」 マリアの顔が一瞬、ぽかんと呆けたような顔になった。……やべ、なに言ってんだ俺は。 「……プレゼントの準備、してくれたの?」 「……して悪ぃかよ」 「だって、なにも用意した様子なんて」 俺はばりばりと頭を掻いて、白状した。 「だからなー、聖なる織り機あるだろ? あれと雨露の糸使って水の羽衣織ってもらおうと思ったんだよ。防具としても使えるっつーし、お前に似合うんじゃねぇかと思ってさ。……結局織れる奴いねぇから駄目になっちまったけど……巫女頭助けようとしたのにはちっとだけそーいう理由もあるってくらいには、必死だった。俺も」 「…………」 「……結局準備できなかったから、なに言われてもしょーがねーけど。一ヵ月後のパーティまでには、きっちり準備してやっから覚えとけ……よ……?」 逸らしていた目をマリアに合わせて、俺は仰天した。マリアがすげぇ顔真っ赤にしてる。 目ェ潤ませて顔赤くして、今にも泣きそうな、いっぱいいっぱいって顔で俺を見上げるマリア――― 顔を見た瞬間、頭ん中が真っ白になった。 「………っ、馬鹿! ロレイスの馬鹿! 馬鹿なことばっかり言わないでよ!」 「な……っ、誰が馬鹿だこのボケナスビ!」 泣きそうな声で叫んで走り去るマリアにそう怒鳴り返して、俺は操舵輪のところへ足早に向かいかけ――途中でへたへたとしゃがみこんじまった。 「だ〜〜〜、も〜〜〜………」 マリアのさっきの泣きそうな、俺にはわけわかんねぇけどいろんな想いでいっぱいになった顔は、思わず顔が赤くなるくらい、その場の勢いでもブスだなんて言えないくらい、めちゃくちゃ可愛く見えたからだ。 |